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2018-08

うちで年越し #リュウ82 - 2013.12.31 Tue

先日クリスマスの時うちで一泊して、病院に戻った翌日朝から高熱が。
誤嚥性肺炎の疑いで、ご飯はダメになり、一日半抗生物質を点滴しました。
誤嚥性肺炎は、かれこれ三回目になります。
もしかしたら、お正月の二泊の計画は許可がおりないかと心配されたのですが、その後はなんともなく、先ほど無事に帰れました。


↑着いた途端、乾杯!私の方が量が多い?


↑今日のパン。

みなさん、今年はお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。



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うちで一泊でクリスマス会 #リュウ81 - 2013.12.23 Mon

 昨日の12月22日の日曜日の午後、家族でクリスマス会をするため、リュウを病院から連れてきました。うちで一泊します。私は夕食の準備を。


↑普段刻み食のリュウも食べられように、ハンバーグを作ろう!

 夕飯のつくる時間に、うちに家族全員がいて、私がこうしてハンバーグをつくるために肉をこねるのは何年ぶりだろう。その時は、何も思わなかった。かけがえのない時間でした。


↑完成。どこから見ても手作りのハンバーグ。上にチーズがかかっています。


↑汁物はどうしよう。リュウはなめこのお味噌汁が好きだから、なめこと大根おろしに。
 リュウは、「ツクッテクレルトオモッタ」と言い、ごくごく飲んでいました。
 うちは、いまだに煮干しでダシをとっています。

 ほかに、お寿司とか、まぜご飯とか、この日冬至のためかぼちゃとか、統一性のないお料理が食卓に。
 リュウは、私の手助けで、「オイシイオイシイ」と言って食べていました。

 あっ!一緒にビールも飲みました。


↑夕食の後は、バニラ家恒例のクリスマスケーキタイム。
 毎年同じお店の同じケーキにろうそくを灯し、電気を消し、クリスマスソングをうたいます。
 今年はリュウが、フ~~~ッと、ろうそくの火を消しました。


 みなさん、ひと足お先に、

 メリークリスマス!



↑今日のパン。



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お医者さんたちのクリスマスソング #リュウ80 - 2013.12.23 Mon

 12月20日の金曜日のことです。
 いつものように夕飯の手助けをしていると、リュウがトイレに行きたいと言うので、トイレに行き、用を足し出てくると、ディスペースに10人くらいの人が。
 私たちが何が何だか分からないうちに、その人たちが、クリスマスソングを歌い始めました。

 よ~く見ると、院長先生もいるし、トナカイの格好をしたお医者さん、女性のお医者さんも。それから、頭の上にクリスマスツリーをのせたソーシャルワーカーさんも。
 練習を重ねたというような見事なハーモニーで、5曲くらいうたってくれました。



 突然始まったコンサート、病室から歩ける患者さんが出てきました。ひとり、ふたり・・・
 コンサートが終わると、

「メリークリスマス!」

と言って、ちがう階に去っていきました。そこからまたうたごえが。

 お医者さんたち、さわやかな素敵なクリスマスソング、ありがとうございます。
 



↑今日のパン。



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S田さんのお見舞い #リュウ79 - 2013.12.23 Mon

 12月14日の土曜日、リュウの友人のS田さんがまたおいしいケーキを持って、リュウのお見舞いに来てくれました。
 今までの私のブログ記事を見て、私がS田さんのケーキを重点にアップしていると勘違いされているのでは?と思う時があり、心外です。



↑今回も南円山のパールモンドールから、おいしいケーキをはこんできてくれました。
 リュウは、イチゴのスライスがたくさんのっている三角のケーキを、私は写真右下のフルーツがたくさんのっているケーキを、いただきました。
 S田さんは、写真左下のチョコのロールケーキを選択しました。
 私はリュウの手助けをしていたのですが、途中、それぞれのケーキが二分の一になったところで交換したら、二種類の味が楽しめると思い、リュウに提案し実行しました。




↑ケーキのほかに、ブルータスの12/1日号の「小津の入口。」という雑誌を持ってきてくれました。
 それを、三人で見たのですが、楽しかったです。小津安二郎の映画は、S田さんとリュウはそれぞれ、映画館ではないですが見たことがあり、いろいろと教えてもらいました。
 リュウとは劇場で、黒澤映画を見たことがあるのですが、小津映画は私は劇場でもビデオ等でもないです。
 リュウは言葉が出づらくて、教えてもらったのはとくにS田さんからなのですが、リュウも写真の女優さんの名前とか言ってくれました。
 「東京物語」など、黒澤映画同様海外でも評価が高くて、いつかは私も見てみたいな~!

 S田さん、いつも本当に本当にありがとうございます。



↑今日のパン。



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アレ?イッテナカッタッケ? #リュウ78 - 2013.12.23 Mon

 12月13日の金曜日の夕食の手助けのときの話です。

 今日はゆっくりですが、スプーンを口に運んでいると思って見守っていると、しばらくしてピタッと動きが止まってしまいました。
 あれ?どうしたんだろう?と思い、

「どうしたの?どこか痛い?それともこわばり?トイレに行きたくなった?急に眠たくなったの?」

と、ひとつひとつ確かめるように聞きました。でも、どの質問にも返事もしなければ表情に変化もなく、動きが止まった原因がわかりませんでした。仕方がなく、

「私が代わりにスプーンで口に運ぶね」

と言い、食事の手助けをはじめました。
 15分くらい経って、もう食べ終えるかというくらいにリュウが、

「(ダカラ)モレルッテ!」

とせっぱ詰ったように言ったのでびっくりしました。

「だから言ってないって!」

と私が返すと、

「アレ?イッテナカッタッケ?」

と言いました。
 言ってないです。言ってないし、私がゆっくりひとつづつした質問にも首をたてにも振らないし、表情も変えないし、ウンのまばたきも何もしてませんでした。反応がなかったのです。

 でもやっぱりリュウには聞こえていたし、リュウは返事していたようなのです。返事が声や動作となっていないだけで。

 
 あ、やっぱり私の言っていることは聞こえているんだ~。
 リュウなりに返事しているんだ~。


 そう思った貴重な瞬間でした。




↑今日のパン。



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「旅の宿」#リュウ77 - 2013.11.19 Tue

 今日、夕食後漢字クイズをしていたら、「浴衣」のところでリュウが、

「ユカタ」

と答えると同時に、

「・・ユカタ・ノ・キミハ・ススキノカンザシ~」

とうたい始めました。

「あれっ?このうた誰のだっけ?タイトルは?」

と聞くと、

「・ヨシダタクロウ・・タビノヤド・・・」

と教えてくれました。

 そっか、吉田拓郎だ。

 いま病院というこの状況の中、浴衣の女性、すすきのかんざし、それを見ている恋人、を私が一瞬思い浮かべることができ、吉田拓郎がギターを抱えてうたっている姿も想像でき、新鮮な感覚になりました。

 リュウのうたいはじめの表情も楽しそうで、何よりの時間でした。



↑11月17日のパン。今日、昨日はパンはありませんでした。



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リュウ、お誕生日おめでとう! #リュウ76 - 2013.11.16 Sat

 今日11月16日は、リュウの56回目のお誕生日です。

 私はケーキとプレゼントを買い、イブキとワタルと午後から病院に行こうと考えていたところ、今日の午前中家の呼び鈴がピンポンと鳴り、出てみるとケーキ屋さんが頼まれたというケーキを届けてくださいました。お義姉さんが手配してくださったのです。もうこの時点で私は感謝感激。


↑M病院の4Fの談話コーナーで、家族四人でリュウのお誕生日をお祝いを。


↑昨夜、カレンダー係のリュウは、自分の誕生日のカードを交換しました。この時「明日はケーキ持って、イブキとワタルと3時に来るからね」との私の言葉を覚えていて、今日はそのことを看護師さんに伝え、待っていてくれました。私の言葉を覚えることも伝えることも困難なのに、ありがとう、リュウ。


↑プレゼントも渡し、美味しいケーキを、四人でいただきました。


↑4Fの談話コーナーから病室に戻ってみると、お誕生日カードが壁に。
 それもケーキを目の前にした私たちの写真入りです。カレンダー係にリュウを任命してくれ、手づくりの日めくりのカレンダーを作ってくれたS看護師さんが、ケーキを目の前にした私たちの記念写真を写し、私たちが4Fの談話コーナーから病室のある2Fに戻る間に作ってくれていたのです。
 もう、これも感謝感激。

 この数日前の連絡ノートに妙なことが書かれていました。リュウが笑顔でジャンプした、というのです。そんなことは信じられなかったのですが、その場面にいたのがS看護師さんだったそうです。今日、その時のことをS看護師さんに聞いたのですが、ジャンプではなくスキップ?それも2回もしたそうです。そのことを見たS看護師さんからその時の模様を伝えていただき、嬉しかったです。

 リュウ、56回目のお誕生日おめでとう!

 リュウ、来年の57回目のお誕生日目指して、ジャンプ!だよ!

 




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クマのプーさん #リュウ75 - 2013.10.01 Tue

 昨日、今日と夕食時、リュウの反応も動きも今ひとつでした。
 スプーンを持ったまま動かないので、助ける?と聞くと、

「デキルトコロマデヤル・・・」

とかすかな声で言いました。
 今日はあきらめないんだ、その気持ちがすごいと思ったのですが、やっぱり動かないようです。見かねて、手伝うからねと言って、私がスプーンを持ちました。

「あ、今日はお味噌汁じゃなくて、お吸い物で、麩が浮かんでるわ!」

と私。続けて、

「麩が三つで?」

とリュウに聞きました。私の答えは、ただ単に「フ、フ、フ」です。するとリュウが、急に笑顔になりながら、

「プーサン」

と言いました。

「え?プーサン?あのクマのプーさん?」

 私が意外な答えにちょっと驚いて聞き返すと、コクンとうなずきました。

「へ~!自分でもうまいこと言ったと思ってるしょ!」

と私も笑いながら言いました。
 そのリュウの笑顔がとってもうれしかったです。 
 
 食事の後は、二巡目の漢字クイズをしました。
 その後は、カレンダーの交換です。カードを抜くのは、速くなってきました。入れるのも何とかできました。


↑明日の日付。病院のディスペースのカレンダー。リュウのために、S看護師さんが作ってくれました。

↑今日のパンのクロワッサン。

↑昨日のパンのバターロール。



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リュウ、カレンダー係りに任命される #リュウ74 - 2013.09.24 Tue

 一昨日、S看護師さんから、リュウのためにカレンダーを作っていると言われました。
 実は、リュウは今日の日付がわからなくて、カレンダーが必要だと思っていたのですが、ベッドのまわりの目に入る所に、貼るところがなくて、ずっと、困っていたのです。私が、毎日ではないですが、口頭で今日の日にちと曜日を伝えていました。

 そのカレンダーもディスペースに設置し、リュウが毎日、日付けを合わせるのだそうです。

「すごい!リュウ、カレンダー係りに任命されたよ!」

と、私一人興奮してしまいました。
 リュウは、プレッシャーを感じたみたいです。

「夕ご飯食べ終わったら、一緒に日付けを翌日のにしよう!」

 そうリュウに言い、今日からさっそく実行しました。
 リュウの苦手な動作ばかりで、すごく困難でしたが、せっかく任された係、責任を持ってやりたいです。

嬉しい~。

 S看護師さん、ありがとう~!


↑S看護師さんの手作りのカレンダー。いつもみんなで食べているディスペースの壁に設置されました。
 透明なポケットのカードを差し替えます。何でもない動作のように思えますが、カードを引き抜く、差し込むという動作は、リュウには非常に困難です。


↑全部手づくりのカード。感激。

 私は、小学校時代とかからの、「ナントカ係」の重要さ、ありがたさが、今になってわかった感じです。



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中秋の名月 #リュウ73 - 2013.09.19 Thu

 今日、病院に行くと「十五夜」のイラストのカードが、リュウのテレビ台に貼ってありました。
 季節を感じさせてくれる病院のこうしたお心遣いはうれしくて、ありがたくて、私はそのカードをはがし、ディスペースのふたりの目に入るテーブルの上に持って行き、ふたりでそれを見ながら、リュウが夕食を、私はリュウが残してくれたパンを食べました。
 夕食を食べ終わり、病室に戻ると、窓ぎわの患者さんのNさんと看護師さんの会話が聞こえてきました。

「あ、見える!満月のお月様。Nさん、教えてくれてありがと!」
と看護師さん。
 その言葉を聞き、
「お月様、見えるんですか?」
と私。
「見えますよ!」
とNさんが言い、続けて、
「みなさんにも見せて上げてください」
と看護師さんに言いました。
 その言葉で、
「リュウ、見せてもらおう」
と言って、ふたりで窓ぎわへ。

 電気を消して、Nさん、当直の看護師さん、リュウと私で、雲のあいだから見えている満月を見ました。
 私は、この瞬間をこのメンバーで共有し、見ていることが、何ものにもかえがたい貴重なものであるような気がして、月のかたちの満月のように気持ちもまん丸くなりました。

 でも、Nさんの向かいの窓ぎわの患者さんは、そのお月様が見えないようで、ベッドをずらそうか、と看護師さんが言うと、そこまではいい、と患者さん。看護師さんが鏡を取り出し、お月様を写して見えるようにと努力したのですが、見えない、とのこと。そこで私は、さっき携帯電話で写した写真をお見せしました。
 少しでもお役に立てたでしょうか。

 今夜はお月様、ありがとう。


↑右下がリュウの頭。Nさんが教えてくれた満月を見ています。この写真を、向かいの患者さんに見てもらいました。


↑病院が用意してくださった十五夜のカードと、今日のパンのバターロール。


↑この写真は、上が昨日のリュウが残してくれたパン。下が一昨日リュウが残してくれたパン。いずれもクロワッサン。時間がなくて、アップできませんでした。



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S田さんのお見舞い #リュウ72 - 2013.08.31 Sat

 今日、リュウの友人S田さんが、お見舞いに来てくれました。ケーキとCDを持ってきてくれました。
 M病院の4階のテーブルとイスがある談話スペースで、ケーキをいただきながら、三人でお話ししました。
 S田さんは、アウトドアが趣味で、冬はスキーをはいたまま山頂まで登り、降りてきます。夏は登山です。しょっちゅう登っているようです。その時の模様の写真を、アルバムで見せてくれました。私たちが見ることができない風景の写真で、リュウも私も、病院にいながら、別世界に。空が澄みきっていて、青いです。
 S田ファミリーの写真もあります。うちもですが、子どもたちが本当に大きくなりました。
 また、S田さんは、大阪出身で、小学校の修学旅行で、三重県の二見の夫婦岩を見に行ったと、話してくれました。ずっと大阪で過ごしていて、大人になってから、北海道に住むようになりました。今も、大阪弁です。

 リュウ喜んでいました。ありがとうございます。

 S田さんのお見舞いのケーキとCDを一挙公開。

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↑今日、平成25年8月31日。札幌白石の「きのとや」のケーキ。

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↑平成25年5月11日。札幌中央区南円山「パールモンドール」のケーキ。

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↑平成24年11月17日。札幌中央区南円山「ポルト ルージュ」のケーキ。

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↑平成24年9月17日。「フルーツケーキファクトリー」札幌中央区円山店のケーキ。

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↑平成24年8月4日。札幌白石「きのとや」のケーキ。

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↑平成24年7月8日。札幌中央区南円山「パールモンドール」のケーキ。



↑今まで持ってきてくれたCDの数々。「テレビまんが主題歌のあゆみ」が特にお気に入り。

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↑今日持ってきてくれた「青春歌年鑑デラックス'70〜'74」DISK1とDISK2。西城秀樹、郷ひろみ、野口五郎、中3トリオとかが入っていると、リュウが教えてくれました。喜んでいました。

※ケーキばかりに主眼が置かれることがないようにと、私なりに注意し、慎重にアップしています。




年に一回の病院祭 #リュウ71 - 2013.08.25 Sun

 年に一回の病院祭は、平成25年8月24日(土)13時からでした。
 私は、リュウの昼食の手助けに行き、13時過ぎリュウと一緒に一階に降りると、お祭りの準備も済み、スタートしていました。


↑病院の正面玄関前に、露店が出現していました。
 食べものは、フランクフルト、から揚げ、焼きそば、フライドポテト、ゆでとうもろこし、わたあめなどです。
 売り子さんは、看護師さんや事務の方。
 リュウは、いつもお世話になっている看護師さんから、フライドポテトを買いました。そのやりとりが嬉しそうでした。ほかに、瓶のラムネを買いました。


↑子ども連れの近所の方々の姿もありました。元気な子どもたちの声が病院内にも響きます。


↑14時から一階のロビーで、院内コンサートが始まりました。やはり、地域の方々もたくさんいて、患者さんと一緒に聞いています。
 去年は、音楽療法士という肩書きもある方が演奏者で、聴いている人もどんどん参加しましたが、今回の方のプロフィールにその肩書きは見当たらなく、じっくりと聞かせていただくという風な感じでした。
 ソプラノの方と、ヴァイオリンの方です。
 久しぶりに聞く生のヴァイオリンの音色も素晴らしかったのですが、ソプラノの方の声が、きれいでうつくしくて、聞き惚れてしまいました。一緒に聴いていたリュウもですが、まわりのみなさんも同様だったように思います。
 曲目は、アベマリア、オンブラ マイ フ、野ばら、シリチアーノ、浜辺の歌、おぼろ月夜、月の砂漠なのです。そして、去年と同じ曲がありました。「故郷」です。「故郷」は、最後にもみんなでうたいました。
 
 コンサートが始まってからも、看護師さんたちが、入院患者さんたちを、ロビーに連れて来ていました。私のとなりの席に看護師長さんが連れて来た患者さんに、看護師長さんがなにやら紙に字を書いていました。耳がとおい患者さんなのだそうです。そうですね、耳がとおい患者さんも、何とかして、音楽に触れられるといいですね。そういうこと考えたことなかったです。

 リュウの感想は、

「ホンカクテキデ、アットウサレタ」

というものです。
 少しでもお祭りの気分を味わえ、その後に本格的な音楽を聴くことができ、よかったです。
 この日を楽しみにしていました。ありがとうございました。



今日のパン。レーズンパン。



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お墓参りに行く #リュウ70 - 2013.08.18 Sun

 8月4日の日曜日、ちょっと早いですけど、佐藤の方の親戚一同でお墓参りに行きました。リュウは、このお墓参りで、親戚のみなさんに会うことを、毎年楽しみにしています。バニラ家一家も昨年とほぼ同じような感じで出かけられました。よかったです。

 お墓は、病院から近いです。その後の食事会場も昨年と同じところです。食事会場は、昨年「ちか場で、車イス対応のトイレがあり、あまり人も混んでないところ」と私が希望し、親戚の方が、選んでくれました。

 11時頃お墓の前に集合しました。リュウは、お墓の前まで歩いて行き、その後、車イスに座りました。お墓には、それぞれが持参したお花やお供え物が。
 リュウの甥っ子の赤ちゃんが、もう赤ちゃんでなく、子どもになっていて、歩いていることに、びっくりしていました。
 そしてリュウは、「かわいい、かわいい」と何回も言っていました。
 その後みんなでお参りをし、昼食先のホテルへ向かいました。


↑昼食会場は、ホテルの12階にあるバイキング会場で、とても見晴らしがいいです。


↑柱から柱のあいだにいる人たちが、ほぼ親戚の方々。
 リュウは、私とお料理を見てまわり、食べられそうなものを私がお皿にとり、私の手助けで食べました。


↑ホテルの前で集合写真を撮り、その後、くつろいているみなさん(写真右下)。

 別れ際、助手席に乗っていたリュウに、一生懸命わかれの挨拶をしていたお義母さんに、

「ちょっとちょっと今生の別れではないんだから・・・」

と言ったお義兄さんの台詞に笑ってしまいました。

 今年も無事にお墓参りの行事が終わりました。
 ありがとうございました。



S病院H医師の一年ぶりの受診と、ディサービスGのみなさんと約一年半ぶりの再会! #リュウ69 - 2013.07.21 Sun

 特定疾患の受給者証の年に一回の更新もあり、7月19日(金)に一年ぶりにS病院に。

 いつもの駐車場にくるまを停め、いつも入っていたドアから入り、いつも座っていた待合室のイスにリュウと並んで座りました。平成18年の受診以来、平成24年の4月まで、毎月一回受診していた病院です。最初リュウはひとりで通っていましたが、症状が進んできて、途中から私も付いて受診するようになりました。

 「佐藤リュウさん」

 名前を呼ばれたので、二人で歩いて診察室へ。なつかしいH医師の姿が!私は思わず笑顔で、

「お久しぶりです!」

と挨拶。先生は、

「車イスで入って来ると思いましたけど、歩いて入ってきたので、びっくりしました」

と笑顔で言いました。私はH医師にときどきのことをFAX等でお伝えしていました。そして、リュウが残してくれるパンのこと、お伊勢詣りの旅行に行ってきたこと、先生の方から話題をふってくれました。
 その後診察に入りました。
 ペンライトをリュウの目の前に持って行き、これを見てくださいと言って、ゆっくり動かしました。左、右、上、下の方向にです。やはり、上と下が見づらいです。特に下の方が見づらいです。
 進行性核上性麻痺の名前の由来は、この目の動きに制限がでることから来ているそうです。目の動きを調節する目のまわりの筋肉等の問題ではなくてもっと上位(脳、神経核)の麻痺ということが、名前の由来だそうです(のぞみの会でいただいたパンフレット参照)。
 その後先生は、手の指や腕や足をのばしたりまげたりしました。そして、質問をしますと言って、質問が始まりました。

「今日は何年何月何日ですか? 100ー7はいくつですか? 野菜の名前を10個言って下さい」

等です。リュウは答えられないものもけっこうありましたが、野菜の名前は10個言えました。リュウすごい!そう言えば、野菜の名前は得意だと前に言っていたことがあります。
 長谷川式スケールは、19点とのことです。去年の7月の転院時は、18点とのことです。認知機能はこの一年、保っているそうです。よかったです。

 薬ですが、H医師は、「三剤療法」という処方をしてくださっていました。私たちは、H医師の薬の処方は普通なんだと思っていたのですが、そうではなかったんだということが最近わかってきました。
 進行性核上性麻痺では、脳の三系統の神経伝達物質の減少が報告されていて、その三つの神経伝達物質を同時に補充する三剤療法というのを、H医師は実行してくれていたのです。
 先生はリュウのほかの進行性核上性麻痺の患者さんにも処方していて、先生は効果がある、と学会でも発表していました。そして、この三剤療法をひろめたいと思っていました。
 三剤とは、三つの種類の薬のことですが、ひとつ目は、ドパミンが減少するので、それを増やす目的の薬です。レボドバ含有薬(パーキンソン症状の薬)で、主な商品名は、メネシット、マドパー、ネオドパストンです。
 ふたつ目は、ノルアドレナリンが減少するので、それを増やす目的の薬、ノルアドレナリン補充薬(パーキンソン症状の薬)で、商品名はドプスです。
 みっつ目は、アセチルコリンが減少するので、それを増やす目的の薬、認知症薬で、商品名は、アリセプト、レニミールなどです。そしてその割り合いというのもH医師は工夫されているのでした。
 先生は20例以上の進行性核上性麻痺の患者さんを診ていて、その方達に三剤療法をされていて、結果的に、一般的な進行度合いよりも遅いと実感していて、その結果を学会で発表していました。
 そのことを私が知ったのは、最近です。
 私は今まで、漠然とですが、パーキンソン症状には、パーキンソンの薬を、認知症状には認知症の薬を処方されている、と思っていました。また、パーキンソン症状の薬は、役割によって種類があると思っていました。それらをH医師はリュウに処方してくださっていると思っていました。それはだいたい合っていると思うのですが、それらのこと、最近H先生から、具体的に聞いて、普通だと思っていたことが普通ではなかったと実感している最中です。
 いま現在、進行性核上性麻痺という病気では、「治療法もないし治療薬もない」というのが、もしかしたら、主流かもしれないのです。
 そんな中、H医師にしても、河野先生にしても、患者の立場に立って、あらゆる実践をしてくださるお医者さんは、まれではないかということを感じてきました。
 H医師の学会での発表の内容(三人の先生の共同研究)は、承諾が出ましたら、公開したいです。

 検査も終わり、診察も終了の時間がせまってきて、昨日と同じようにまた私は記念写真が欲しくなりました。看護師さんが三人を写してくれました。

「ハイ、チーズ!」

 やっぱりいい笑顔!

 H先生、ありがとうございました。またよろしくお願いします。


 S病院を出て、近くのカレー屋さんで昼食を食べ、その後、約一年半ぶりにリュウがお世話になっていたディサービスへ。中に入らせていただきました。なつかしいスタッフの方、利用者さん、そしてYさん。みなさんリュウのことを覚えていてくれ、なつかしがって「また戻っておいで」「元気そうでしょ」と声をかけてくれました。リュウも覚えていると言っていました。Yさんに、

「カラオケうたう?」

と言われ、カラオケ室で、うたうことに。曲は、「宇宙戦艦ヤマト」「サボテンの花」「ラブ ミー テンダー」をうたいました。声がそれほど出ませんでしたけど、なんとなく歌えました。リュウは入院前、ディサービスで、このカラオケ室でみなさんとうたったりしていました。

 ここでも私はやっぱり記念写真が欲しくなり、Yさん、リュウと私三人を、Yさんの奥さんに写してもらいました。Yさんの奥さんは、新聞の「いずみ」欄の私の投稿を読んでくれたと言っていました。ありがとうございます。

「ハイ、チーズ!」

 やっぱりいい笑顔!

 ディサービスGのみなさんお世話になりました。再会できてよかったです。ありがとうございました。



↑うちの近くの道路沿いの花壇ますのラベンダー。いま、あちこちできれいに咲いています。

 この日、私は会社お休みいただきました。ワタルがどのようにヘルバーさんとバス停まで向かうのか、朝の様子を知りたくて、ワタルとヘルパーさんのうしろを歩いてついて行きました。バス停では、養護学校のバスを待っているほかの母子が。その中には、ワタルの転校前と転校後それぞれのお友だちの母子や、いま入っている親の会のメンバーの方がいて、お話しもはずみました。
 ラベンダーの写真は、この時、写しました。

追記(7/27):私の元にあるH医師の学会で発表した論文というものは、論文そのものではなく、抄録でした。抄録の権利は、学会にあるかもしれないということで、公開はしないことになりました。しかし個人的にお見せしても問題ないと思うとのことですので、見たい方は、ブログのメールフォームより私にメールください。




リュウのケアマネージャーさんとの再会! #リュウ68 - 2013.07.21 Sun

 年に一回の特定疾患の受給者証の更新での診断書の必要もあり、7月19日(金)にS病院のH医師の受診をすることにしました。H医師と会うのは、去年の7月10日のS病院からM病院への転院の日以来です。一年ぶりです。なつかしいです。
 19日の受診後、リュウが入院前に利用していたディサービスGに行けないかな?と思って、事前に電話したら、大丈夫とのことで、これまたなつかしい人たちに会いに行くことにしました。
 そうなると、心残りなのは、訪問看護の看護師さんや、ケアマネージャーさんに会っていないことです。でも、どうやって会えばいいのかわかりませんでした。
 そんなことを考えながら、受診日前日の夜、リュウの夕食を見守りながら、リュウが残してくれたパンをアップしようとしていたら、私たちの目の前にとつぜんケアマネージャーさんの顔が。

「あれっ!K所長!(訪問看護ステーションの所長さんでありケアマネージャーさん)」

 私がびっくりして声をあげると、

「お見舞いに来たよ〜」

と言ってくれました。すごいタイミングでびっくりしました。K所長とお会いするのは、リュウが去年4月に骨を折って、A病院に入院していた時、心配して来てくれた時以来です。私の方も、ときどきのこと(いずみのこととか旅行のこととか)を、FAX等でK所長に報告していたのですが、いつかリュウとふたりでお会いしたいと望んでいました。わざわざ病院に寄ってくれました。

 よかった〜。

 K所長は、最近のリュウや私の心配のほか、イブキやワタルのことも気にかけてくれました。訪問看護でうちに来ると、イブキやワタルのことを目にすることがあって、様子を知っているのです。K所長の患者家族の立場に立った相変わらずのやさしさにまた触れることができ、感激です。
 私は記念写真が欲しくなり、ディスペースにいた患者のご家族の方にお願いし、三人を写してもらいました。三人ともいい笑顔。

 最後所長は、

「またね〜またね〜」

と言いながら、去っていきました。

 本当にお世話になりました。再会できて、よかった〜。


↑札幌厚別の「マザーズ」のシュークリーム、ごちそうさまでした。




シャガール展に行く。#リュウ67 - 2013.07.17 Wed

「シャガール展行きたいね」
「ウン」

 リュウと私のあいだで何回かこのやりとりがあり、7月15日(月/祝)に、北海道立近代美術館で開催されているシャガール展(2013/6/29〜8/25)に行ってきました。メンバーは、リュウと私とイブキです。イブキは私たちの手伝いです。
 ワタルは、月曜日はディサービスとショートスティ利用日でもあるため、お願いしました。ワタルの各事業所には、その日夫と美術館に行きたいとも伝えました。
 今回のお出かけですが、事前に確認することが何点かありました。身障者用の駐車場はどうなっているのだろうか。車イス対応のトイレはあるのだろうか。せっかくだから、二階のレストランで食事をしたいけど、車イスのまま入って行けるのかどうか、席は予約はできるのか、刻み食は対応してくれるのか。以上のことです。
 まず、駐車場ですが、難病で入院中の夫と美術館に行きたいと伝えると、館のすぐ近くに停められるということで、名前を告げて予約しました。すぐ近くと聞いて、貸し出し用の車イスがあるかどうかお聞きし、あるとのことで、お借りすることにしました。遠くなら病院の車イスを、近くなら美術館の車イスをお借りしようと思っていたのです。そこでいったん電話を切りました。次にレストランに電話しました。
 車イス使用の夫とレストランを利用したいけど大丈夫ですか?、刻み食はできますか?席の予約はできますか?と聞きました。
 すると、車イスのまま席に座れます。席の予約はむずかしいのですが、レストランの開店くらいに来ていただけると、ほぼ確実に座れると思うし、こちらも気にしています。あと、刻み食も対応します、こちらに来ていただいてから、選んでもらっても対応できますと言って下さいました。事前にメニューを選ばなくでも、それほど種類がないので、その場で対応できるとのことで、これはまた嬉しいと思いました。最後に、利用する日時と名前を告げました。

 リュウのここのところの体調は、手と足の動きがじゃっかん鈍く、自力でスプーンをなかなか口にはこべない、歩行も歩幅がちいさい感じです。でも会話は、まあまあです。

さあ、出発です。
 私とイブキは自宅から病院に行きました。そしてリュウの着替えをし、イブキの助けも借り車の助手席に座ってもらいました。
 道立近代美術館は北一条線沿いにあるので途中から北一条線に入りました。同じく北一条線沿いにある札幌時計台の近くを通ると、時計台の鐘がカーンカーンと鳴りました。11時の鐘の音です。

「リュウ、時計台の鐘がちょうど鳴ってるよ!」
「ウン」

 さあ、北海道立近代美術展に着きました。どこから入るのかわからないので、電話すると、女の人が出てきてくれ、誘導してくれました。そして、車イスを持ってきてくれ、それに座り、裏口のようなところから中へ。
 時間的にまずは、二階のレストランで食事です。エレベーターで上がり、レストランに。レストランに入って行き、事前に電話で伝えていた者ですと伝えると、

「お待ちしていました。車イスのまま、こちらのテーブルへどうぞ」

と入口に一番近い席に案内されました。電話で応対してくださった方が言っていた通り、開店後まもなくはそれほど混んでいませんでした。
 そこでリュウとイブキは、「和風ハンバーグセット」を頼みました。リュウは刻み食、イブキは普通食です。
 私は「シャガール展ランチ」を頼みました。

 リュウは私が持参したいつも使っているスプーンで何口か食べられましたが、手が思うように動かずなかなか食べられません。そこで私がスプーンですくってリュウの口にはこぶと、むせたりすることなく完食することができました。食後にホットコーヒーをいただきました。

 無事にレストランでの食事が終わり、よかったです。

 レストランのみなさんにお礼を言って出口を出ると、二階のロビーが見えました。壁いちめんが大きなガラス窓になっていて、美術館の前庭が見えます。そこから庭の造形物や、池などが一望できます。

「シャガール展見る前に、ちょっとあっちに行こう!」

と私が言い、ロビーから、美術館の前庭を眺めました。変わらぬ風景だと思いました。

 それからエレベーターで一階に行き、いよいよシャガール展を観ます。車イスのまま入って行ったのですが、すぐに私が、

「立って歩いて見ようか?」

と言いました。絵画が立って歩く人の位置にかけてあり、車イスだと上を見上げなければなりません。リュウは前傾姿勢なのでそれは困難です。絵画から離れて見ると全体も見えてくるのですが、それだと、車イスと絵画のあいだにほかのひとが通る格好になり、さえぎられてよく見えません。リュウは、

「ウン」

と言い、車イスからおり、私にささえられ、ゆっくり歩いて見てまわりました。うしろから、車イスを押したイブキがついてきています。展示場内の足元が暗くてよく見えないようで、それから歩幅もちいさくて、ゆっくり確かめるようにして歩きました。絵も、一枚一枚じっくり見ていました。
 途中、座席があるスクリーンコーナーがあり、リュウもみずからすすんで座りました。そこでは、オペラ座の天井画だとか、フランス各地の教会を飾るステンドグラスだとかが、写し出されていました。迫力のある映像ばかりです。ひとりの人間のつくり出すものは偉大ですね。ふと、シャガールは、どこにむけて発信していたのだろうかと思いました。
 映像を見終わり、また、展示物の続きを見て歩きました。ある絵画のところでリュウがボソっと、

「ムナカタシコウにニテル」

と言いました。シャガールと棟方志功が似てる?そう言われてみると、女の人を書く輪郭の筆の感じとかが少し似ているのかもしれません。

「へ〜〜」

 私はリュウに感心しました。

 絵画のほかにも、シャガールがデザインした舞台衣装や、タペストリー、陶芸、像、聖書の挿絵の原版なども展示してあり、それらも見ました。私は、展示物の説明の一番あとに、「個人蔵」と表示されているのがたくさんあり、その三文字がとくに気になりました。

 最後まで行って出てきましたが、喉がかわき、自動販売機を探しましたが、どこにも見当たらず、途中コンビニに寄ることにしました。
 係の人に、車イスと身障者用駐車場をお借りしている者だと言い、案内してもらいながら車のところまで行き、そのとき乗っていた車イスから降り、お礼を言い、車イスをお返ししました。無事に観ることができ、よかったです。

 途中、コンビニ寄り、何が飲みたい?と聞くと、

「シャーベット」

と言うので、シャーベットを買ってきて、食べてもらいました。冷たい冷たいシャーベットでした。とても暑い日でした。

 その日はリュウと私が好きな絵画を鑑賞することができ、楽しめることができ、よかったです。
 イブキも黒子のようについてきてくれていました。

sya.jpg

追記(8/25):「飲料の自動販売機は、館内には設置せず、正面玄関を出た西側に設置しております。この次おいでの折りには、係の者におたずねくださいませ。」←北海道立近代美術館さんのメールより




リュウの目がイキイキとする #リュウ66 - 2013.06.27 Thu

 今日、リュウの目がイキイキとなりました。

 この目は、S病院入院中のとき、私のiPhoneのYou Tubeで「怪獣マリンコング」を見たとき以来だと思いました(#リュウ8←クリックしてください)。
 何を見て、イキイキしたかと言うと、りー坊の高校の卒業アルバムのツッパリの顔写真です。

 すごいすごい。

 高校時代のりー坊のツッパリは、病人の目をイキイキさせる効果がありました。
 当時の写真は、目に棒線を入れて、近日公開予定です。

 りー坊、ありがとう。




同じ病気の家族の方とお会いする #リュウ65 - 2013.06.23 Sun

 5月3日の北海道新聞に掲載された「いずみ」に私が「進行性核上性麻痺」という病名も公表したところ、ご家族が同病のお二人の方より北海道新聞を通して連絡があり、昨日リュウの病院でお会いしました。
 旦那様が同病のSさん、Kさんお二人です。私たちと同じS市内在住です。

 お昼の1時にディスペースで待ち合わせしました。リュウは、スプーンでの食事が終わり、お菓子を食べるところでした。この日は、八割くらい自力で食べ、残りを私が手伝いました。私がお皿にかき餅を少し小さくしてのせると、リュウがつまんで口に入れ、もぐもぐと食べました。そのかき餅は、ソフトかき餅で、リュウが好きなお菓子のひとつです。
 スプーンだとか入ったカゴに、朝食のパンのひとつ、バターロールが入っていました。
 ディスペースでSさん、Kさん、リュウと私でしばらくお話ししました。リュウには、

「この方たちは、私の新聞の投稿を見た方で、旦那様がリュウと同じご病気だそうです。だから、私と同じ立場の方々です。珍しい病名で、北海道で同じ病気の方に会ったことがなくて、情報交換をしたいそうです」

と言うと、うなづきました。
 そろそろトイレに寄って、ベッドに横になった方がいいかと思い、私が付き添い、リュウは失礼させていただきました。その後私たち3人で、4階にある談話コーナーに移動しました。

 お二人とも、
「食べられるし、歩けるし」
とリュウに会って、そう言っていました。
 
 Sさんの旦那様は現在75歳で、発病が平成19年頃で、進行性核上性麻痺と診断されたのが、今年2月。そして1月から入院中です。最初の症状は、めまいと転倒だそうです。
 Kさんの旦那様は現在65歳で、発病が平成15年頃で、進行性核上性麻痺の診断が平成19年、入院は平成19年からしています。最初の症状は、表情がとぼしくなり、前のめりで歩き、転びやすいということだそうです。
 リュウは現在55歳で、全身がだるい、手に力が入らないなどの症状で仕事ができなくなったのが平成17年ですが、症状はもっと前から、平成15年には目が二重に見え、メガネを作り替えています。進行性核上性麻痺の診断は、平成22年です。
 ここで、旦那様の年齢がちょうど10歳刻みで、3人で笑いました。
 Sさん、Kさんは、旦那様が診断されたと同時に、

「治療法はないし、薬もない」

と言われたと、言っていました。そのこともあり、この病気の情報を知りたいと思っていたそうです。私は、

「いまわかってきたことのひとつに、リュウがS病院のH医師にかかったことは、幸運だったということがあります」

と言い、言葉を続けました。

「H医師は、薬はその時の症状で最初から色々な種類のものを処方してくださっていました。H医師は、この病気に薬はある程度有効と考えていたお医者さんでした(それらのことH医師は学会に発表なさっていました)。私たちはそれが当然だと思っていたけど、それは当然ではなかったんですね。根本的に治すことができませんが。でもたとえば、リュウがからだが固まってきたと不快を訴えたら、薬を飲む時間を多少前倒しにして飲んでもらったりしていました。リュウもそれをのぞんだし、飲んだら効く?と聞いたら、うんと言っていました。のぞみの会のパンフレットにもありますが、動作が鈍くなったり、からだが硬くなったり、というパーキンソン病の症状には、パーキンソン病の治療薬が用いられることがあります、とあります。ほかにリュウは、途中から認知症状も出てきて、いま、その薬を飲んでいます。身体的な症状には、パーキンソン病治療薬、認知症状には、その治療薬、今はレミニールを処方してもらっています」

「最初からきちんと薬が処方されていたおかげで、リュウさんの症状が3人の中で、いま一番軽いんじゃないかしら」

 Sさん、Kさんが言いました。
 お二人の旦那様は、えん下の問題と時間がかかりすぎるということから口からものは食べていないということでした。立って歩くことはむずかしい。コニュニケーションはスムーズではありませんが取れているそうです。Sさんの旦那様はご家族の方と、しりとりをしているそうです。Kさんの旦那様は、テレビ番組で自分の好きなテレビを見たがるそうです。

 うーん、もしもリュウが「薬はない」と言われていて、薬を飲んでいなかったら、どうだったんだろう?
 私は、H医師の当然と思っていたけど当然ではなかった薬の処方、いまあらためて気付かされました。

 それから、名古屋のフォレストクリニックの河野和彦先生のことと、河野先生のブログで登場する栄養補助食品をM病院の主治医にも伝え、約三ヶ月前から飲んでいることをお話しました。この栄養補助食品(フェルラ酸とガーデンアンゼリカ含有サプリメント)も効くように思うのです。現在、H医師の処方してくれた薬と、この栄養補助食品を飲んでいることを伝えました。
 
 北海道新聞で「療養中の人も旅行に行ける」旨の記事を見つけ、先月リュウと伊勢神宮と熊野古道に行ってきたアルバムも見ていただくと、びっくりしていました。
 すると、Kさんが、

「アロハ オラって、以前どこかで見たことあるわ。恵庭ではなかったかしら?と。1時間でも夫を家に帰らせてあげたいと思っていて」

と言いました。ご存知の方がいました。私は、江口優子さんの会社の電話番号をお伝えしました。
 ほかにも、空飛ぶドクターってどこにお住まいなんですか?刻み食で?などの質問を受けました。

「まずはのぞみの会に入って欲しい。郵送会員でも参加できますが、のぞみの会で、メーリングリストもあるし、私も夫の様子をブログに書いているし、ほかにも病気の情報とか知ることができるし、パソコンをぜひ」

と言うと、北海道新聞のシニアなんとかで安くつなげられるはずだわ、とお二人言っていました。

 あっという間に時間が経ってしまいました。
 みなさん話しませんでしたけど、共通も思いは、

「パートナーを大切に思っていて、少しでも良くなって欲しい。充実した日々を過ごして欲しい」

ということです。
 北海道で進行性核上性麻痺のご家族の方と、情報交換できたこと、本当によかったです。
 わざわざ病院までお越しいただいたSさん、Kさん、ありがとうございました。
 私の方もいろいろ教えていただきありがとうございました。また、情報交換しましょうね。







病院の玄関外のライラックのお花 #リュウ64 - 2013.06.09 Sun


病院の玄関外のライラックがきれいに咲いていました。今日は、イブキ、ワタルも一緒に病院へ。

世界遺産 熊野古道「大門坂」-和歌山県 #リュウ63 - 2013.05.30 Thu


熊野古道「大門坂」。

●持ってきたもんはぜんぶ持って帰ってよ。
●残していってええのは足あとだけやで。
●持って帰ってかまんのは土産と思い出だけやで。
「火の用心」那智山商店会

下りを見ても石畳の階段。

登りを見ても石畳の階段。

まるで絵画みたい。

リュウと座った石畳の階段は、こんな風になっていました。






空飛ぶドクターと旅行に行ってきました。 #リュウ62 - 2013.05.26 Sun

 5月22日(水)〜24日(金)まで、二泊三日で「空飛ぶドクターと行くお伊勢詣りと和歌山熊野詣」に、難病で入院中で車イス移動の夫、リュウと行ってきました。
 詳細をアップするつもりが、約450枚写真を写して来て、さっきまとめていてギブアップしました。そちらは、後日アップします。今日は、簡単なものですが、旅のご報告します。

 予定通り新千歳空港を飛びました!新婚旅行以来?また二人で飛行機に乗るなんて。信じられません。

 この写真は、車イスで機内に移動しているところです。この辺のことも詳細版でアップします。

 中部国際空港に着き、バスガイドさん付きの貸し切りバスで移動し、まずは三重県二見興玉神社・夫婦岩を観光しました。リュウが海を見るのは、何年ぶりでしょう〜。思ったほど暑くもなく、湿度もなく、気持ちがいい〜。

 午後から、伊勢神宮の内宮と外宮へ。伊勢神宮の電動車いすをお借りし、移動しています。砂利道での電動車いすは経験がなく、ちょっと乗り心地わるそう。
 そのせいではないと思いますが、リュウは、車イスから降り、内宮の正宮の大石段をチャレンジし、支えられながら見事に上り下りしました。お参りもしてきました。
 真ん中のピンクのシャツを着た男の方が、専門のガイドさんで、とってもとっても丁寧に説明して下さり、終わって出てくると、おはらい町・おかげ横丁は閉まっていて、赤福本店には行けませんでした。残念。

 一日目宿泊先の、志摩観光ホテルクラシックの豪華なフランス料理です。このひとときも、とっても印象的でした。フランス料理もそうですが、デザートのスィーツも、うなるほど美味しかったです。
 リュウは、刻みのフランス料理。こちらも写真写してきました。

 ホテルのお部屋から見えるすばらしい景色。真珠の養殖しているのが見える英虞(あご)湾。

 二日目、貸し切りバスで途中まで移動し、ワゴン車に乗り換え、那智山へ。途中、世界遺産の大門坂へ。ここでも専門のガイドさんが説明してくれましたが、この景色は、何もかも、リュウのことも忘れるほど、感動!私が、花より団子ではないと証明した瞬間でした。リュウもこの地点に立ち、少し上まで上がりました。

 こちらも一帯が世界遺産に登録されている那智山から写した那智滝です。
 熊野那智大社などがあるこんな高いところに、リュウと来れるなんて。三つの神社の建物も風格があるし、それに那智滝の間近まで、特別(?)に行けたんです。リュウも那智の滝すごい!と帰って来てからも、言っていました。
 あと、那智山の売店で、「黒飴ソフト」をふたりで食べました。那智黒飴って、有名なんですね。会社のお土産の一つに買いました。

 二日目の宿泊先、串本ロイヤルホテルのお部屋から見える風景。すばらしいです。海の中に奇岩が一直線に並ぶ「橋杭岩(はしくいいわ)」が見えます!岩の一つがお坊さんみたい?こちらも豪華ホテルです。

 ホテルでの夕食。リュウの刻み食ですが、私たちの目も楽しませてくれる豪華和食。病院では、お刺身が出ないのですが、今回の旅行でたくさんお刺身食べました。特に、マグロです。

 次の日は、バスの中から観光。本州最南端の潮岬近くもバスで通り、紀伊半島の海岸沿いを関西国際空港の方向へ。この写真は、白浜近辺です。こういう樹(フェニックス)は、北海道になく、本当に珍しかったです。

 白浜のビーチで、海岸にズラッと三角の砂山が。砂の造形物をこれからつくるそうですが、砂が白くてびっくり。昨日リュウが看護師さんに「砂が・・・、白い・・・」と言っていたそうです。

 帰りは、関西国際空港から新千歳空港へ。リュウはがんばって、三席つづきの席、窓側に座りました。この位置の席に座るのに困難がありましたが、助けてもらい、座ることができました。座ったかいがあり、しっかり窓の外を見て、本当によかったです。

 新千歳空港からは、添乗看護師さんであり、今回の旅行の協賛会社であるアロハ オラの代表の江口優子さんが付いてくださいました。
 中部国際空港に着いてから帰りの関西国際空港までは、江口さんに加え、空飛ぶドクターの坂本泰樹先生、今回の旅行の企画・実施の近畿日本ツーリスト株式会社和歌山支店支店長さん、バスガイドさん、運転手さんが、私たちとずっと一緒でした。
 二日目の朝、リュウが部屋で転倒してしまい、ちょっと頭を打ったのですが、すぐに江口さんと坂本先生が対応してくださり、大事にも至りませんでした。転倒時も、私も、医療関係者がいる、と動揺しないで済みました。
 他の参加者の方が途中カゼを引いてしまい、坂本先生から薬をもらい飲むと、治ってしまいました。先生は、その方にたいへん感謝されていました。
 食事は全食とも刻み食で、リュウが席に座ると、食べるに丁度いい具合になって用意されていました。様子をみて手配して下さっていた方と各手配先の方が、協力して下さっていて、本当にスムーズに食事にかかれました。
 参加者の方は、口々に、「旅行に行きたくても行けなかった」と切実に語っていました。「普通のツアーだと、みんなに付いて行けなくなった」「いつもは家族とだけど、ひとりでツアーに参加したかった」と、今回の旅行の企画を喜び、参加していました。
 リュウも喜んでくれたかどうか、本人は「楽しかった」と言っていますが、今はまだ、行ったばっかりで、本心はどうだったのだろうって思っています。帰りの車の中で、「大変で、楽しかった」と言っていて、それが本音かもしれません。でもまた行きたいとも言っていました。
 リュウの車イスは、坂本先生、江口さん、支店長さんが交代で押して下さり、私はまわりの景色を楽しむことができました。
 あと、バスではベテランのガイドさんがずっと説明してくださっていて、話し方に感心しました。眠たくなったら眠っても、起きても、ずっと説明してくれているのですが、眠って申し訳なかったと思わせないような話し方で、起きて説明聞いていても自然と耳に入ってくるしで、とにかくすばらしかったです。
 運転手さんも急ブレーキかけないでくれて、やさしい運転でした。
 ほかにも空港や色々なところで、たくさんの方が助けて下さいました。

 そして、私の母や家族親戚の方や、私の会社や、そしてそして入院先の主治医や看護師長さんや看護師さんたち、リハビリの先生!

 というように、尽きずにずっと書き続けるので、いったんここで、今日の報告はおしまいにします。 
 応援してくださったみなさん、ありがとうございました。

 リュウと私、本当に、空を飛べました!




空飛ぶドクターと旅行中 #リュウ61 - 2013.05.23 Thu

 一日目の伊勢神宮参拝も無事に終わり、宿泊先の志摩観光ホテルクラシックの朝食も終わり、いま、貸切バスで伊勢から熊野に向かっています。リュウも元気です。


↑さっき寄った紀伊長島道の駅の入り口ののぼり。「マンボウの串」。こちらは、マンボウを食べる。


↑一日目の写真です。
伊勢神宮参拝の前に寄った、二見の夫婦岩、興玉神社のところにあった龍の置物?の口から出る水。




漢字クイズやっと終了しました。 #リュウ60 - 2013.05.15 Wed

 私のスマートフォンのアプリで始めた漢字クイズ。初級、中級、上級とすすんで、上級に入ってからがペースが落ちていました。むずかしくて、私のやる気が起きなかったのです。
 先日、リュウの友人S田さんがお見舞いに来てくれた時、これがそのアプリだよ、と見せていたら、三人でやることになりました。
 やっているうちにゴールが見え、三人で終わらせることができました。
 その瞬間、三人で大喜びです。
 約半年かかりました。

 よかった〜。

 また、ちがうアプリ探して、挑戦したいと思います。

 ちなみに、三人ともわからなかった漢字です。

 「齷齪」






リュウとふたりで旅行に行きます。その2 #リュウ59 - 2013.05.11 Sat

 あとは、私の職場の上司への伺いと、ワタルの問題です。
 職場の上司には、チラシを見せて、「今の夫の状態なら行けそうで、お医者さんも看護師さんも同行で、なので、三日間有給休暇いただいていいですか?」と言ったら、「へぇそんなのあるの。えぇ、いいですよ」とその場で言ってくれました。
 最後の難関、ワタルですが、この4月からショートスティを利用するようになっていて、あと一日増やしたら旅行期間中の二泊をショートスティ先に宿泊し、そこから学校に通うかたちになります。
 4月からワタルのスケジュール調整でお世話になっているNPO法人WのMさんに、「こういうのに行きたいからなんとか旅行期間中、ショートスティさせたい」とメールしたら、後日「大丈夫になりました」と連絡が来ました。

 やったー!

 いよいよ、本人に発表する日が来ました。

「リュウ、二人で旅行に行かない?」

 すると、リュウは、

「お伊勢詣りだろ?」

と答えました。知っていた!
 そして、前からあれこれ考えていた風に、むずかしい表情になりました。

「モンダイは・・・」

 問題は?あ、そうだね、初めて車イスで旅行に行くし、食べるものとか、本人だから、色々不安なことも山ほどあるよね

「問題は?なに?リュウ」

 私がそう言うと、むずかしい表情のまま、言葉を続けました。

「モンダイは・・・、テンキだな・・・」

「テンキ?天気?」

「ウン」

 そう言って、深くうなづきました。

「あ、そうだよね、雨降ったら、大変だものね!カッパ持って行こうね!」

と言うと、

「ウン」

とまた深くうなづきました。

「楽しみだね!何十年ぶりだろう!二人で旅行なんて。それも飛行機で三重県の伊勢神宮だよ。それに二日目の大浴場、入浴介助してくれて入れるんだって!」

 私がそう言うと、表情が和らぎ、

「ウン」

とまた深くうなづきました。

 その日から、私たちは旅行のことについて、話し始めました。リュウと私のからだの中に、「旅行」というあたらしい血管ができ、そこに温かい血がドクドクと流れはじめたような、そんな感じがしています。



 江口優子さんに承諾を得ており、二人の旅行の模様は、写真でブログ等でお伝えします。
 江口優子さんの会社 ALOHA OLA(アロハ オラ)(所在地北海道恵庭市)のホームページはこちら(←クリックしてください)です。
 そこに、【空飛ぶドクターと行くお伊勢まいりと和歌山熊野詣】というところがありますので、そこをクリックすると、今回の旅行の詳細が見れます。
 空飛ぶドクターの坂本泰樹先生のホームページ 旅行医学の「カノヤ・トラベルメディカ」(←クリックしてください)です。

【空飛ぶドクターと行くお伊勢まいりと和歌山熊野詣】
新千歳空港発着 5月22日(水)~5月24日(金)
二泊三日 (7食付き)
協賛 ALOHA OLA
旅行企画実施 近畿日本ツーリスト(株)




リュウとふたりで旅行に行きます。その1 #リュウ58 - 2013.05.11 Sat

 北海道新聞の生活面「いずみ」に私の投稿が載る日はまだかまだかと、新聞をひろげ、かたわらでサインの練習をしていたある4月のすえの日、ひとつの新聞記事のタイトルが目に入りました。

「療養中の旅する夢支えます」「医師も同行ツアー企画」

 私はそれを見て、サインを練習する手も自然と止まり、記事を読み始めました。体調に不安がある患者の人でも行ける旅行を紹介する内容です。
 ツアーを企画したのは、北海道恵庭の看護師江口優子さんで、添乗員の資格も持ち、旅行の付き添い看護を主に行なう事業所「アロハ オラ」の設立者です。
 その江口優子さんが付き添い看護をし、旅にはお医者さんも同行するというものです。
 お医者さんは、九州福岡の「空飛ぶドクター」坂本泰樹先生。坂本泰樹先生は、高齢者の方や末期がんの患者さんの旅行添乗をするお医者さんです。

 え!そんなのあるの!それにそんなこと考えてくれる人もいるの!それだったら、いまのリュウで行けないかな!

 そう思いました。
 でも行き先は、道外の三重県伊勢神宮、和歌山県熊野古道などで、それも往復飛行機です。
 平日なので私の仕事もあるし、ワタルの学校もあるし、それに、主治医の承諾もいるし、それからそれから、リュウのからだの状態で参加できるんだろうか、とあれこれ考え始めました。
 でも行きたい!リュウと二人で旅行なんて、新婚旅行でバンコクに行って、それから子どもが産まれる前に、車にテント積んで東北旅行した約20年前ぶりです。それも、進行性核上性麻痺という病気になって、入院中で、飛行機に乗って旅行に行くなんて、考えてもみなかったことです。

 私はイブキとワタルに、「イブキは高校の修学旅行で沖縄行って、お母さんが行きたいちゅら海水族館見てきたよね?ワタルは、高校の修学旅行で飛行機に乗って、ディズニーランドに行くよね?お母さんもお父さんと二人で飛行機に乗って旅行に行きたい!」と訴えました。

 さあ、色々なところに確認や手配が必要です。リュウには、がっかりさせないために行けるめどが付いたら伝えようと思いました。

 まずは、リュウが参加できるかどうかの電話を新聞を見た4月末、江口優子さんにしました。

「もしもし新聞で、えぇ、それでいま進行性核上性麻痺で入院中の夫は旅行に参加できますか?私が付き添って。えぇ、車イスでの移動になります。歩けることは歩けますが、歩行は危険です」

「大丈夫です」

と江口優子さん。

「え!大丈夫?食事なんですが、今は、刻み食で」

「ホテルも出先の食事もすべて刻み食対応できます」

「え!そうなんですか!」

 カロリーや塩分の制限の食事や胃ろうの方も対応しているとのこと。

「飛行機なんですけど、乗り降りが心配。あと飛行機のトイレはとても狭いから、乗る前に空港の身障者用トイレに寄ってから乗ります」

「飛行機は車イスに乗ったまま機内に入れます。そこから座席に移動していただきます。飛行機のトイレは、車イスのまま中に入れます」

「え!トイレに車イスのまま?」

「はい、飛行機によっては車イス対応のものがあり、そのタイプの飛行機に乗ります」

「そうなんですか!」

「バニラ様、まずは主治医の承諾が必要です」

 そう言われ、電話を切りました。
 その日、プリントアウトしたツアーパンフレットを病院に持って行き、看護師長さんに相談しました。

「こういうのに参加したいのですが、主治医の許可が必要で」

「伊勢詣?お医者さんも一緒に?まあ!こういうのがあるの?行けるといいですね。リュウさんも喜ぶわぁ。うん、今のリュウさんなら大丈夫そうですね。でも、気を付けなくてはいけないことありますから、先生と私でちょっと考えてみます」

 そうして次の日のことです。

「あ、バニラさん、M先生がご主人のA○○でよければいいということですよ」

 そう看護師長さんが私に言いました。

 A○○?Aから始まる医療用語で私が知っているのは、AED。「リュウが持っている自動体外式除細動器でよければいい?」と主治医が?

 そんなこと言うはずないと私は思いました。それにリュウは、自動体外式除細動器は所持していないのです。
 看護師長さんは、あえてそのまま先生が言った言葉を私に伝えているという感じでした。その言葉は聞き覚えなくて、質問しようかと思いましたが、何となく意味がわかり、はいと言いました。

 A○○とは、日常生活動作をあらわす英語の頭文字で、ADLです。ご飯を食べたり、椅子から立ったり座ったり、歩いたり階段を上ったりの日常生活を送るための身体機能の状態、あと、認知症状等で会話がどれくらいできるとかの精神的な面での状態をあらわす言葉です。
 それは、江口優子さんに、いまこういう状態であると伝え大丈夫とのことだったので、主治医から承諾を得たかたちになりました。

 やったー!


その2につづく(←クリックしてください)


リュウが残してくれたパン #リュウ57 - 2013.04.16 Tue

 昨日、いつものように会社帰り夕飯のお手伝いに病院に寄りました。

 リュウのスプーンだとかコップが入った食事セットのカゴの中に、個包装のバターロールが入っていました。私は、(あ!リュウが朝食のパン、食べ残したんだ!)と思い、お腹が空いていたので、「リュウ、このパンもらうね!」と言って、ムシャムシャ食べはじめました。
 するとリュウが、

「ノコシテオイタンダ・・・」

と言うので、(え!私のために?)と涙が出そうになりました。

「ありがとうリュウ美味しい・・・」

 そう言って、ひきつづき食べました。


 今日、食事セットの中にまた個包装のパンが・・・。

「このパン食べていい?」

 そう言って、また今日もムシャムシャ食べ始めました。すると、看護師さんが来て、

「奥さんのために、朝食のパン、残しておくんだよね」

と言いました。

「私のために?」

「うん、私には?と言っても首を横に振って、奥さんにだって」

 私は、また涙が出そうになり、

「私に残さないで、リュウが全部食べてくれた方が私は嬉しいのに・・・、でも、せっかくだからもらうね・・・」

「うん、食べてあげて。その方が喜ぶから」

 そう看護師さんは言いました。

 いつだったか、リュウが食べ残したパンを私が、もらうねと言って、ムシャムシャ食べたのが、リュウの強烈な印象に残っていたのでしょうか?
 
 
 リュウの食事が終わり、「たまにしょっぱいもの、かっぱえびせん食べよう」と言って、お皿にかっぱえびせんを出して、リュウに食べてもらいました。親指と人差し指でつまんで食べていました。。
 すると違う看護師さんが来て、

「かっぱえびせんパーティー?」

と言うと、リュウが笑顔になりました。その看護師さんが、

「最近、リュウさん、調子いいですね!」

と言ってくれました。

「ありがとうございます」

と私もニコニコして言いました。




入院して一年が経ちました。その4 #リュウ56 - 2013.04.13 Sat

 さて、私が「手を打つ」と考えて浮かび上がってくるのが、河野先生が一貫して多くの人に効果が認められると薦めている栄養補助食品(フェルラ酸とガーデンアンゼリカ含有サプリメント)です。最初は、一人のお医者さんがそういうものを薦めるなんておかしいと考えていました。裏で何かあるのではないだろうか?と思いました。ですから、本気で試してみたいと今ここで思うまで、その食品を知ってから5年も経つのです。その間ずっと、定期的に河野先生のブログを見ていました。そして、進行性核上性麻痺の改善例とかを見て、試してみたいという気持ちも徐々に強くなってきたのです。ここにその進行性核上性麻痺の改善例のブログを紹介します。

介護通信2012年1月12日←クリックしてください。
介護通信2013年2月25日←クリッックしてください。

 私は、本人も自覚し始め言葉に発し、私もなかなか調子を取り戻さないことから、ついに、インターネットで、栄養補助食品を申し込みました。栄養補助食品なので、薬と飲んでも問題はありませんと説明書に書いてありました。リュウにも「リュウもお会いした河野先生がお薦めするサプリメントだよ」と言い、2月25日、夕食後一日一包飲みました。次の日すぐに、会話がスムーズになったと思いました。そして、2月28日の連絡ノートに、「会話の発音、呂律が全然違い、よかったです」と看護師さんが気付いたことを記入してくれていました。そのノートを見て、効くかもしれないから病院にお知らせしようと思いました。その後も、表情、手の動き、発語、発音、飲み込み、姿勢の保持、歩行等改善が見られました。でも、やはり波があり、調子の悪い日もありますが、あの「何とか手を打たないと」という状態からは、今は,脱していると思います。

 入院してちょうと一年の4月9日のリュウの様子を書きます。

 15時19分に私の携帯電話に「佐藤リュウ」の着信の表示が。私の携帯は仕事でロッカーに置いてあるので、当然出れません。会社帰り、病院に寄ると、リュウがもうディスペースに座っていました。
 私が「ただいま〜」と言うと、リュウが私を見て「おかえり」と言いました。この挨拶はもうずっと変わりません。そして、「電話くれた?」と言うと、「うん、なかなか出ない」と少し怒っていました。「仕事中だったから。どうしたの?」「ケガ。ワタルのケガ」「ワタルのケガが心配で電話くれたの?」「うん」携帯電話は、いつでも私に鳴らせるようにナースコールにぶら下げていますが、M病院で鳴らしてくれたのはたぶん初めてです。S病院でも鳴らしてくれたことはありましたが、聞いても鳴らしたことは忘れているようでした。自分でボタンを押し、耳に当て、コール音を聞いて、出ないと思い、その思いを私に伝えてくれたのは、入院以来は初めてのことです。そして、「ワタルのケガ」とは、前々日の夜ワタルが夕食にサンマを食べ、サンマの骨が喉に刺さり、ゲェーゲェーと吐き出そうと苦しんでいたことを次の日リュウに話したのです。幸い、翌朝には、喉は痛くないとのことでしたが、私は少々心配していました。それを9日に心配して、私の携帯に電話したのでした。私は、ワタルのことを心配してくれるリュウが、とても嬉しかったです。

「ワタルの喉の骨、もう大丈夫だよ、さ、何か飲み物飲んで」

と、ディスペースに座っているリュウに冷蔵庫から飲みたい紙パックのコーヒー飲料とかを渡して、ストローで飲んでもらいます。それから、ゆっくり一時間くらいかけてスプーンで食事をとり、食べ終えると一緒に歩いて給湯室へ行き、私がコップとかを洗ったものをリュウに拭いてもらいます。スプーンで口に運べる日もあれば、運べない日もあります。この日はほぼ自力で食べれました。むせたりとかもありませんでした。それから、トイレに寄りました。そこでがっしり掴んだのは、また私の腕・・・。「リュウ、それは手すりじゃないよ!私の腕だよ!」と言うと、すぐにはなしてくれ、本物の手すりに持ち替えました。それから、洗面所により、歯磨きします。うまく磨けませんが、ある程度磨いて、ある程度うがいもします。それが終わったら、ベッドに横になり、テレビを見たり、ラジオを聞いたりします。その後、食事の量やトイレの回数、水分量も含めて私が今日の様子をノートに書き込みます。何かあれば、看護師さんも書いてくれます。
 それから、「じゃあ明日ね」と言ってわかれます。「いってきます」という時もあります。
 
 私もまわりのみなさんと相談しながら、今後もリュウを見守っていきたいと思います。
 もしも、栄養補助食品(フェルラ酸とガーデンアンゼリカ含有サプリメント)に興味を持たれた方がいましたら、セカンドオピニオンの意味も含め、名古屋の河野先生か、河野先生のホームページ(←クリックして下さい)のコウノメソッドの実践医(河野先生のホームページに掲載されています)にかかることをお勧めします。




入院して一年が経ちました。その3 #リュウ55 - 2013.04.13 Sat

 平成19年の冬、寒くなってきたので、リュウが毎年着ているダウンジャケットを持ってきて、「寒いからでかけるときは今日からダウンだね」と言ってリュウに渡すと、リュウが左右のファスナーを組み合わせないで、下げたり降ろしたりしていて、閉め方を忘れてしまっていたようでした。そのダウンは、ファスナーが二個付いていて、上からも下からも開けられる仕組みになっていました。右に二個、左側に二個ファスナーの部品が付いていて、その四つの部品を組み合わせることなく、不思議そうに下から上、上から下にずらしていたのです。ですから、単純なファスナーではなかったのですが、毎年普通に閉めていたものです。その動作をずっと私の目の前でしていました。私は、びっくりしてファスナーが一つの普通のダウンをすぐに買ってくると、それは、閉められました。
 でも、パーキンソン症候群は、身体症状だけだと思っていたので、すぐに、受診しました。すると、CTを撮ってくれ、「認知症状を伴うこともありますが、画像に変化はないので、なんともありません」と言われ、ホッとしました。
 でも、家に帰って冷静に考えてみると、「何ともないと言われたけど、家族がおかしいと気が付いて、本当に何でもないのだろうか」と初めて、H医師に疑問を持ち、そして初めて、インターネットで調べました。それまでは、患者家族は病気に対する知識は必要なくすべてお医者さんにおまかせがいいと私は思っていました。
 そして、一人のお医者さんのブログに目がとまりました。
 名古屋フォレストクリニック院長で認知症専門の河野先生(当時共和病院勤務)です。
 そこに書かれていることを読むと、CT画像だけの診断への疑問や認知症に様々な種類があること、それに、当時一種類だけ認められていた認知症の薬アリセプトの認知症の種類によっての少量投与の重要性、それから河野先生が多くの人に効果が認められるという栄養補助食品のことが書かれていました。
 私は、知らないことがたくさんあると気付き、セカンドオピニオンを受けたいと、S病院の窓口に、「しばらく旅に出ます」と書き置きを残して、リュウととぼとぼと旅に出たのです。
 とぼとぼと最初どこに行ったかというと、札幌サンプラザです。それは、平成20年の夏のことでした。札幌サンプラザで、河野先生の講演会が開かれると聞いて、リュウと申し込んだのです。
 そして、事前に河野先生にメールして、講演会が終わったら、対面してくれることになりました。現在は河野先生へのメールでのコンタクトはできません。講演が終わり、河野先生にお会いし、河野先生が、「病気の種類によっては、認知症状を改善するアリセプトは少量投与が必要になり、それを実践しているのがコウノメソッドの実践医ですが、バニラさんの住む市の実践医を紹介しますから、そこに行ってみて下さい」と言って下さいました。
 そして次にとぼとぼとリュウと旅に出て行ったのが、紹介された実践医のX病院のX先生のところです。そこで認知症のテスト、脳の血流の検査、MIBG心筋シンチグラフィ検査を受けました。
 X先生の紹介で、さらにセカンドオピニオンとして、S医大に行き、そこでも認知症のテストを受けたりしました。
 そして、S医大の先生に、「さあ、旅は終わりました。X医師のお手紙、私のお手紙持たせますから、S病院に戻って下さい」と突然言われ、お手紙とともに、「ただいま帰りました〜」とS病院に帰ることになりました。
 河野先生、X先生、S医大の先生は、「レビー小体型認知症」と診断し、いずれもアリセプト少量投与開始との見解です。私もレビー小体型認知症だと思いました。でも、どの先生も口々に「診断が非常にむずかしい」と言っていました。
 旅を終えて考えたことは、「疑問質問はお医者さんにした方が不信感を持たなくなる。ある程度の病気と薬の知識は持っていた方がいい」ということです。
 旅から戻って、私は、連絡ノートを作り、H医師にわからないことを何でも書きました。H医師はひとつひとつ丁寧に対応してくれました。私はいい勉強をしました。
 そして、アリセプトは少量で正解でした。どれくらい少量かというと、アリセプトを砕いて、耳かきにのせるくらいでも多いのです。すぐに体がだるくなったり、調子が悪くなりました。でも、認知症状が進まないようにと私もなるべく薬を飲んで欲しいと工夫を続けました。毎日ではなくとか、もっと少量にするとかです。それらの変更は、すべてH医師に連絡ノートで伝えました。
 現在の「進行性核上性麻痺」という診断は、平成22年に主治医のH医師がしました。病気の初期のころは、画像に変化がありませんが、進んでくるとその病気の特徴が画像にあらわれてくるのです。私も納得しました。




入院して一年が経ちました。その2 #リュウ54 - 2013.04.13 Sat

 話しかけたり、手を振っても反応がない時が目立ってきて、前のような笑顔がなくなったと看護師さんが心配してくれ、2月6日に、先生とお話しすることになりました。

 他に、機嫌が悪くなり、看護師さんから薬を飲むのを拒否することもあるそうです。
 私も気になることろが。座る姿勢がやや保てなくて、右に傾いていったり、左に傾いていったり。日によっては話しかけても反応がとぼしく、無表情で一点を見つめたまま。私が、スプーンを口の前に持って行っても一点を見つめたまま、開かないことが。口に入れても入れたままで咀嚼することもしないことが。それだと、むせてしまいます。ストローも吸っても途中で止まったり。会話もいま一つ成立しにくい。
 起きているのだけど、半分眠っているような感じです。赤ちゃんとかが食事の最中で眠くなったら、咀嚼がおろそかになります。ストローも途中までしか吸えません。眠くなったら姿勢も傾いてきます。会話もちぐはぐです。起きていてもそういう状態が見られるようになり、そうなると、食事も水分も摂れる量も減ります。
 私は、クリスマス会、年越しと家で過ごした後だから、精神的に少し落ち込んでいるのだろうかと思いました。他の患者さんも、年越しを家で過ごすのを楽しみにしていて、病院に戻ると、元気がない感じがしました。
 それと、とても気になっていることがありました。それは、本当なら鼻からのくだが必要なのに、自分で抜いてしまったことです。水分の確保ができているのだろうか。もしかしたら、脱水症状ではないだろうか?脱水症状が進むと、あたまももうろうとしてきます。私はそれが心配で、リュウの腕の皮膚を押してみました。脱水なら、皮膚に弾力がなくなり、押してももどらなくなります。リュウの皮膚を押した後、自分のほおを比較で押してみました。私のほおは、ぱんぱんで弾力があり、リュウとは全然違い、ため息が出ました。
 先生からお話しがあると聞いて、私も脱水のこと聞きたかったので、聞こうと思いました。

 2月6日の会社帰りです。先生がナースステーションに私を呼び話し始めました。

「毎日リュウさんに接している看護師がこのごろリュウさんの調子がよくないと心配しています。これが入院してからの体重の変化、月一回している血液検査の結果ですが、ここにはそれほど異常は見られません。奥さんは、水分が摂れているか気にされているようですが、腎臓の数値、異常は見られません」

そこまで聞いて、安心しました。もしも脱水症状だったら、またすぐにでも、鼻からのくだか、胃ろうを検討しなくてはなりません。今日はそのお話しかと思っていたのです。

「脱水症状ではないんですね!よかった!」

 私はそう言いました。

「はい。そうですが、もしも奥さんも最近のリュウさんのこと心配しておられるようなら、看護師も提案しているように、薬の再調整も合わせて、S病院のH医師に一度受診してみてはどうでしょうか?お手紙は私から書きます」

 それを聞いて、言いました。

「夫は、一日の中でも日によっても週によっても季節によっても、調子が悪くなります。でも、入院中は、決まった時間に起き、決まった時間にご飯を食べ、決まった時間に薬も飲み、環境が整えられ、調子が悪くなる変動がそれほどありませんでした。看護なさっている方にとても感謝しています。でも家では、そこまで持って行けなくて、調子が悪くなることは、入院中よりあったと思います。今回調子悪いですが、私は今までも経験していました。秋から調子を落として、寒い冬も調子が落ち気味でした。もう少しこのまま様子を見させて下さい」

「奥さんのお気持ちを聞けて安心しました。奥さんと今日お話し出来てよかったです」

「私も脱水ではないとわかり、先生とお話し出来てよかったです。ありがとうございました」

 そう言いました。それから、また、様子をみる日々が始まりました。
 私の経験から、少しずつ調子も戻して行くのかと思っていたのですが、なかなか戻りません。
 本人の口から、「体のバランスが悪い。病気が進んでいる」と聞いた時はさすがに、ついに、私も行動を起こさなくてはならないと思いました。

 S病院を受診するか、私たちにはもう一つ試してみたいことがありました。それは、リュウの認知症状が出始めたときから知っていた栄養補助食品を飲んでみるか、です。リュウは最初身体症状だけだったのですが、途中から認知症状も出始めました。身体症状は平成17年頃からで、認知症状は平成19年の冬からです。



入院して一年が経ちました。その1 #リュウ53 - 2013.04.10 Wed

 リュウが自宅の外で転倒して右の股関節を骨折して、入院したのが、去年の4月9日でしたので、昨日で一年経ちました。

 翌日、右の股関節を人工の股関節にする手術が行なわれました。
 その時につなげた鼻からのくだが、そののちもなかなか取れません。
 4月12日に、神経内科の主治医のいる急性期型病院のS病院へ。いつなったのか、肺炎にもなっていました。それは、落ち着きました。
 最初リハビリは、ベッド上で、足を伸ばしたり、曲げたり。それから、少しずつ歩く訓練が始まりました。
 おしっこのくだが取れたのが、5月の末です。
 6月に入り、おもゆの食事がお昼に一回出されるようになりました。それまでは、鼻からのくだでの栄養摂取です。三食の食事(刻み食)になったのが、市内の最大のお祭りの日の特別食の日の6月15日です(#リュウ6)。
 6月23日、初めて病院の外へ。院外散歩です(#リュウ7)。

 7月12日に、S病院から療養型病院のM病院へ(#リュウ12、#リュウ13、#リュウ46、#リュウ47)。
 鼻からのくだはしたままの転院となりました。その鼻からのくだは、水分補給のためだけのものです。一日の水分がなかなか進まないので、一日の必要量摂取出来ないと、毎食後に水分補給していました。
 転院の時、S病院の主治医のH先生に、「胃ろう」を勧められました。先生のお話しの中に、「私の家族だったらこうする」という台詞を聞き、私も納得しました。
 転院後のM病院の主治医M先生にも、「胃ろう」を勧められ、私も納得し、リュウに先生から説明してもらいました。すると、本人がうんと言わないため、そのまま鼻からのくだを入れたままになっていました。
 8月のお盆のお墓参りの時に、初めての院外外出をしました(#リュウ25)。その日の朝、一日だけ鼻からのくだを取るはずが、その前々日、本人も無意識のうちに、夜自分で取ってしまったのです。それからは、M先生に、一日800cc水分摂取できたらそのままでいいと言われ、その日から今現在も鼻からのくだはしていません。
 結局、胃ろうもしていません。
 水分摂取はなんでもいいと言われ、ストローで飲む紙パックのコーヒーだとか用意しています。それから、水分摂取がすすまないとき用に、ドリンクゼリーも用意しています。

 私が壁に当たっていると思った時は、去年のお盆休みのリュウの朝の様子を見た時に、薬の量が合ってないと感じた時と(#リュウ42、#リュウ43)、初めての外泊(#リュウ40)、わが家での年越し(#リュウ44)をした後の、今年に入ってからです。どんどん調子が落ちてきて、まわりの看護師さんも心配になるほどで、主治医のM先生に呼ばれ、2月6日に私と話しをした時です。
 時間が来てしまったので、続きは、帰宅してから書きます。




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vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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