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2018-08

リュウのお兄さんが亡くなりました。 - 2018.06.17 Sun

 4月にリュウのお兄さんが突然亡くなりました。趣味で出かけた際、不幸なことが起き、亡くなってしまいました。

 突然の連絡で、茫然自失。

 リュウはお母さんが亡くなった時と同じように、私と葬儀場に会いに行き、翌日の火葬場でお骨を拾いに行きました。

 お母さんもお兄さんもリュウのお見舞いに来てくれていて、元気に日常生活を送っていました。

 リュウは兄弟は男ばかりで、リュウは三男です。一番上のお兄さんが亡くなってしまったので、お父さんもお母さんもいなく、一つ上のお兄さんと二人だけになってしまいました。

 今月、リュウのお兄さんの四十九日と、私の父の一周忌があり、無事に終わることができました。

 お兄さんの葬儀でお坊さんが、「一生懸命生きるということを、お兄さんが教えてくれました」と言っていたのが印象的でした。

 一生懸命生きます。

 お兄さんのご冥福をお祈りします。




6月に私の父が亡くなりました。 - 2017.11.26 Sun

 喪中ハガキの時期になり、今年は私も出しました。
 6月に私の父が、享年81歳で亡くなりました。

 山登りが好きで、特に退職後はたくさん山に登っていました。日本百名山、北海道百名山、外国の山もです。
 6月に父は道東の山にガイドさん同行のツアーに参加し登山開始、そして下山途中に見舞われた急激な悪天候で低体温症になってしまい、ベースキャンプの中で意識がなくなってしまいました。その後、病院に運ばれた父の死亡が確認されました。この時、たくさんの方にお世話になりました。ありがとうございました。

 父の死から5ヶ月経ったのですが、突然のことでまだ信じられないです。母は伊達に一人になってしまいました。


 私が最後に会ったのは、5月に札幌で行われた姪っ子の結婚式です。私はその時会場まで自分の車で行くか、公共の交通機関で行くか迷っていた時、父から電話がありました。

「Nちゃんのお祝いの席だよ、同じテーブルだし、一緒にアルコールを飲もう。だから車で来ないでね」

と。私は何かその父の電話が嬉しくて「うん、わかった」と言いました。父のそういう電話は珍しかったです。そうして、両親と弟、私とイブキとワタルが一つのテーブルを囲み、結婚式に参加しました。斜め前の最前列には、姉夫妻とお義兄さんのご両親、もう一人の姪っ子ちゃんと婚約者が座っていました。

 新郎のSさんは凛々しく、新婦のNちゃんはきれいで、二人とも素敵でした。みんなニコニコしていました。

 そうそう、この私たちの席決めですが、私は当初「ワタルが急に立ち上がって会場の外に出て行くかもしれないから、後ろの方で、出口の近くでいい」と姉に伝えていました。姪っ子ちゃんは「気軽な形式の結婚式だから気にしなくていいよ」と言ってくれていたのですが。ところがそれを知ったお義兄さんが「バニラ、イブキ、ワタルは、お父さんお母さんの席と一緒じゃないとおかしい」と反対してくれ、それでその席になったのです。お義兄さんの台詞も嬉しかったです。

 お祝いの席で、美味しいお料理とビールを父と一緒のテーブルでいただくことができました。父と乾杯できたこと、感謝します。

 帰りの送迎バスに乗ったら父がキャスター付きの大きなトランクを持っていたので、「大きいカバンだね」と聞くと、「今日はスーツを持ってきたからね、このカバンは若い時から外国に行く時に使っていたものなんだよ」と見せてくれました。父がそのトランクを持っている姿、私は初めて見たと思いました。

 私たちが先に降りることになり、「じゃあね、またね、バイバイ」とお互いおわかれの挨拶をしたのが、最後の会話になりました。

 私は父から色んなことを学んだと思います。特に「疑ってみること」です。小学生の時だったと思いますが、「新聞にこう書いてあったよ」と私が言うと「新聞に書いてあることが正しいとは限らない」と言われ何かこう嫌に気持ちになりました。ニュースが嘘を伝えるはずがないのにどうしてそんなこと言うんだろうと。
 でもその後歴史を見たら、人間はたくさん悲しい出来事も生み出していて、何とかならなかったのかなと思うものもありました。悲しい出来事が起こる前、その時どういう空気感だったんだろう?誰も何も疑問を唱えなかったんだろうか?唱えられない様になっていたんだろうか?じゃあ、そうなる前に軌道修正はできなかったんだろうか?昔の歴史を知っている未来から誰かがタイムマシンに乗ってきて、「これから大変なことが起きるよ!」と言っても誰も耳を傾けないんだろうか。
 父は、タイムマシンに乗ってきたのか、世の中の色々なことを心配し、危惧し、反対していました。フランク・パヴロフ著「茶色の朝」の様に世の中が一色に染まってしまうことを恐れたのだと思います。

 お父さんの3月の傘寿のお祝いには伊達に集まってみんなでお祝いできて、お父さんも喜んでくれて良かったです。
 お母さんが一人になっちゃって心配だと思うけど、みんなで気遣い合いながらやっていくから、安心して欲しいです。

 お父さんありがとうございました。安らかにお眠りください。



2017年北海道マラソンにお義兄さんとKさん。 - 2017.08.28 Mon

 8月27日(日)に北海道マラソンが開催され、頑張って毎年出場しているお義兄さんが、今年も札幌の街を走りました。そして、姪っ子ちゃんのパートナーも初めてのフルマラソン参加!私とイブキとワタルも応援に行きました。
 二人とも無事に完走しましたよ!


↑しっかりした足取りで走るお義兄さん。姪っ子ちゃん撮影。


↑初めてのフルマラソンのKさん。真ん中、グレーのTシャツを着ています。姪っ子ちゃん撮影。


↑あれ!この人は!姪っ子ちゃん撮影。


↑ゴール近く。私たちはいつもこの位置から応援しています。ところがお義兄さんが知らないうちに通過してしまい・・・、ワタルがとってもくやしがっていました・・・。Kさんはわかりましたよ!


↑ゴール後、姉、姪っ子ちゃん、パートナー、みんなに会えました。
 完走メダル、完走記録証を見せてくれるお義兄さん。4時間43分03秒です。なんと!昨年より3秒速い!すごい!

 2013年→3時間49分29秒
 2014年→4時間17分52秒
 2015年→4時間50分16秒
 2016年→4時間43分06秒
 2017年→4時間43分03秒


↑ところがっ、お義兄さんより10分ちょっと遅れても、無事に完走できたKさんに私が会った時は、どんよりでした・・・。本人から「無事に完走できた」感はまったくなく、私は突撃インタビューを。

私「初めてのフルマラソン、完走おめでとうございます。感想をお聞かせください」
Kさん「こんなの人間のやることじゃないっ(訳:人間の限界を超えている)。それが走ってみてわかったことが良かったです」

私「来年はどうしますか?」
Kさん「・・・。考えます」

 疲れているところ、ありがとうございました。続いてお義兄さんにインタビューを。

私「完走おめでとうございます。来年も挑戦しますか?」
お義兄さん「(ワシは)挑戦する。バスに続けて3回乗ったらやめる」

 各関門に通過時間があって、それより遅れると失格となり、走ることをやめて、バスに乗ることになるんだそうです。


↑私の差し入れのアルコールで笑顔を見せてくれたお二人。


↑完走したランナーだけがもらえるフィニッシャーズタオルを広げてくれるお二人。姪っ子ちゃん撮影。


↑お義兄さんが帰宅後、愛犬にメダルを。愛犬は老犬で頑張って生きているとのこと。

 お義兄さん、Kさん、一生懸命走ってくれ、それも完走してくれて、その姿を見せてくれてありがとうございました!

 その日も夕方病院に行きリュウに報告。その後、支えて歩きました。リュウも頑張ってます!



2016年北海道マラソンにお義兄さん力走。 - 2016.09.04 Sun

 お義兄さんは北海道マラソンに毎年出ているのですが、私がブログにアップするようになったのが、2013年からです。年々タイムが遅くなってきていて、それは「加齢によるものもあるだろうから仕方がないこと、時間制限があり完走できるだけでもすごいこと」と私は思っていたのですが、今年(8月28日開催)は昨年より速くなっていました!びっくりしました。

 2013年→3時間49分29秒
 2014年→4時間17分52秒
 2015年→4時間50分16秒
 2016年→4時間43分06秒

 人間って心身ともにだんだん衰えていって弱々しくなるものなんだと思っていたのですが、「そうでもない」ということを知りました。
 そしてゴール後、お義兄さんから「ゼッケンについているアルファベットの『D』を『C』に戻したい」と聞き、「それはどういう意味ですか?」と聞くと、「タイムがいい順にゼッケンにA、B、C、D、E、F〜と付いていて、前までCで、今はDだから、またCに戻したい」とのこと。
 これを聞いてまた、「人間ってトシと共に、心身が衰えて行くものだと思っていたけど、DをCに戻したいとゴール直後にお義兄さんが言っている、人間って望んだら色んな可能性を持っているんじゃないか」と深く考えさせられました。


↑ゴール直前のお義兄さん。上がオレンジで下が黒。私撮影。


↑ワタルのお出かけの都合もあり、姉と姪っ子たちと別々で応援するため、姉に「スマホに応援ナビを入れて」と言われたのでその通りにしてみると、お義兄さんがどこにいるのか地図上に現れて、驚きました。Sがスタートで、Gがゴールです。ピンクの丸がお義兄さんの現在位置で、この時は折り返し地点からまた大通公園に向かっているところです。今時のマラソンはハイテクですごいなぁって思いました。昔のマラソン事情も知りませんが。


↑これも応援ナビのページなのですが、何キロ地点を何時何分何秒に通過したのかわかるようになっていました。黒が実際に通過した時間で、ピンクが通過予想時間です。この写真だと35キロ地点を12時48分51秒に通過しています。ちなみに35キロ地点の関門は13時15分です。この時間を過ぎると完走の資格がなくなります。


↑「ワシはゼッケンのDをCに戻したい」。ゴール後、私の差し入れの缶チューハイを飲んで、抱負を語るお義兄さん。まわりの人たちは、マラソンランナーや家族たち。今日の大通公園はマラソン一色です。写真に写っていませんが、この時、姉たちと会えました。ここにいるメンバーは、お義兄さん、姉、二人の姪っ子と姪っ子の彼、私とイブキとワタルです。


↑この写真はクリックすると大きくなります。完走者に贈られる完走記録証と完走メダルとタオル。昨年までの安田侃氏制作完走メダルからこの様なメダルになりました。今年は北海道マラソン開催が30回目だそう。


↑完走メダルの裏側です。


↑お義兄さん撮影のTVニュースによるスタートシーン。上がオレンジでカメラに向かって手を挙げているのがお義兄さん。


↑こちらもお義兄さん撮影のTVニュースによるスタート前の様子。上がオレンジで一番前に座っているのがお義兄さん。ちょっとわかりづらいかも。


↑こちらは北海道マラソンのフィニッシュページより。お義兄さんのゴールシーン。向かって右側を走っていて、右端にゴールするお義兄さん。昨年ゴールした瞬間、一礼をしているのを見たので、「どうして?」と尋ねると、「柔道部だったから自然と」とのこと。今年だけなぜか「合掌」したそう。「理由は自分でもわからない」のだそう。その合掌のシーンは映ってないです。

 お義兄さん、またまた元気と勇気たくさんいただきました。ありがとうございました。また姉や姪っ子たちや彼にも会えて嬉しかったです。

 その日リュウにも「今年も完走できたよ!」と伝えました。




2015年北海道マラソンにお義兄さん。 - 2015.09.05 Sat

 8月30日札幌の大通り公園スタート(朝9時)、ゴールで北海道マラソンが開催されました。
 フルマラソンが15000人。ファンラン(11.5キロ)が3000人。合計18000人のランナーが夏も終わりかけの札幌をかけぬけました。
 それから初めて「はまなす車いすマラソン」が合同開催されたそう(朝8時半スタート)。また、オープン競技として重度の障がい者や初心者を対象とした1.5kmのショートレースも開催されたとのこと。
 なんか、色々な方に身近になってきました!

 そして今年もお義兄さんがフルマラソンに挑戦。姉と私と、二人の姪っ子と応援に行きました。

 今年も頑張って!


↑大通り公園近くでお義兄さんを待っていたら、姪っ子の帽子にトンボが。ずっと留まっています。トンボも一緒に見ていたのかな。


↑枝豆の格好をしたランナーが。「枝豆ちゃん!」とあちこちから声がかかり、笑顔で手を振っています。
 でもなかなかお義兄さんが来ません・・・。姉と姪っ子がスマホをにらめっこ。お義兄さんが何キロ地点を通過したのかスマホでわかるそう。そして、各地点を何時までに通過できないとその時点で失格になり、収容バスに乗らなくてはなりません。35キロ地点を通過し、その後40キロ地点がなかなか通過にならないそう・・・。

 頑張って!


↑「あ、40キロ通過できた!」とスマホを見て嬉しそうな声の姪っ子。もうゴールは間違いなし!
 しばらくして、お義兄さんが見えてきました。

「頑張って〜!頑張って〜!」女四人で大声援。


↑目の前を通過するお義兄さん。私たちに気がついてくれました。苦しそう。あともう少し!


↑そして今年も無事に完走できました!すごい!完走者に贈られる完走記録証と完走メダル。


↑こちらも完走者に贈られるタオル。

「足の裏が途中でつって大変だった。いま座ったら立てなくなりそう」となかなか座れません。


↑しばらくして、大通公園の芝生の上に座りました。私の差し入れの缶チューハイ飲んでます。


↑完走メダルは、北海道出身の世界的な彫刻家・安田侃氏制作です。何とこのメダル、今年で最後だそうです!ええ〜。


↑お義兄さんのゴールの様子の動画。北海道マラソンのホームページで公開されているものです。

 お義兄さん、今年もたくさんの元気と勇気ありがとうございます。
 また姉と姪っ子たちとも同じ時間を過ごせて嬉しかったです。



2014年北海道マラソン開催。 - 2014.08.31 Sun

 今年も北海道マラソンがスタート、ゴールとも大通公園で開催されました。
 私の姉の旦那さんが毎年参加しています。
 昨年と同じメンバー、姉と私、姪っ子と姪っ子の彼と四人で応援へ。
 28回目の開催で約1万六千人の参加です。お天気もよく最高気温27度で暑かったです。


↑「お義兄さん、頑張って!」。私たちの声援に、右手を上げて応えてくれました。ゴール間近の辛い時です。


↑無事に完走。私の差し入れの缶チューハイを飲むお義兄さん。ちょっとうなだれてます。

「昨年より遅かった。途中で足がつっちゃってどうしようもなく後半何回か歩いた。救護の人にテントに連れて行かれそうになったけど、自分は走るんだ、と言って断った」

「昨年より遅かったかもしれないけど、参加しようというだけでも、それに時間内(5時間)に完走できたからやっぱり凄い!」

「リュウさんのためにと走ったんだけど・・・足がつって・・何回か歩いた」

「完走できない人もいるからやっぱり凄い!凄い!凄いよ!」


↑時間内にゴール人だけに贈られる完走メダル。北海道出身の世界的な彫刻家・安田侃氏制作のものです。貴重。


↑4時間17分52秒。完走。やっぱり凄い!


↑ランナーでごった返す大通り公園。ど真ん中にカラス。今年もカラスびっくり。

 今年の男子の優勝は、辻 茂樹選手で2時間15分24秒。女子の優勝は、野尻あずさ選手で2時間30分26秒。


↑札幌の新名所、赤れんがテラス側から旧北海道庁を見ています。


↑旧北海道庁前庭がコースになっているため、敷地内に入ると、「札幌高等養護学校」の生徒が作った木製のベンチが。

 夕方私は病院へ。ディスペースのいつものイスに夕食を食べるため座っていました。

「ただいま」

「オカエリ」

「今日、北海道マラソンだったんだよ。誰が出場したと思う?」

「・・・○○○さん・・・」

「そう!お義兄さん。頑張って完走したよ!」

と言い、私は写してきた写真を一緒に見ました。お義兄さんが毎年北海道マラソンに頑張って出場していることがリュウが忘れないでいてわかり、リュウの口からお義兄さんの名前が出てきたことが、とても嬉しかったです。

 今日はお義兄さん、お姉ちゃん、姪っ子ちゃん、姪っ子ちゃんの彼、ありがとう。



_

私の実家に行く - 2013.10.27 Sun

 10月26日、27日と久~しぶりに私の実家に行きました。父も母も元気で何よりです。イブキもワタルも一緒です。
 私の5月の「いずみ」の投稿が父のスクラップに貼ってありました。そのスクラップブックは初めて見るもので、見させていただくと、たくさんの父の投書の中に、ひとつだけ母の投稿が。私もその投稿は覚えていて、新聞で見て、電話した記憶があります。その母の投稿と、たくさんの父の投稿から一つ紹介したいと思います。


↑『手術の不安消す夫からの贈り物』
テーマ 「新しい服」
2002年4月10日北海道新聞声欄:母の投稿

 それは私の手術前日のことでした。寝ているベッドから不安があふれて病室中に充満しているような精神状態の時です。
 静かに入って来た夫が手際良く用事を片付け、何気なく手にしていた茶色の紙袋を、ロッカーに収めました。夫が帰った後でその袋を開けて見ると、そこには明るいオレンジ色の半袖セーターとカーディガンが入っていました。
 四十年近い二人の生活にプレゼントをし合うようなことはめったになかったのに、灰色の気分の手術前夜、思いがけない贈り物でした。「このアンサンブルに腕を通す日は来るのだろうか」と私は思いました。
 でも、とても幸いなことに術後の経過も良く、日に日に病室から見える空の色も沈うつな冬の色から、早春の薄明かりに転じ、確実に春の扉を開けています。このセーターはきっと退院の日の玄関ガラスをオレンジ色に染めることでしょう。




『「北海道百名山」楽しんで踏破を』
2013年1月5日北海道新聞声欄:父の投稿

 去年夏、胸に秘めていた道外の3山に登った。世界自然遺産に登録されている白神山地の白神岳と、かつて登り損ねた栗駒山、それに年間250万人が訪れるという高尾山だ。
 振り返れば,学生時代に一度、札幌岳に誘われて登ってみたのが登山歴のスタートだったが、この時はさほど感動しなかった。
 その後、空白があり、30代前半に日高山脈最高峰の幌尻岳の山頂に苦労して立った。その素晴らしい展望に感激し、山の魅力にとりつかれた。
 それからほそぼそではあるが登山を継続し、2年前に「日本百名山」を踏破した。道外の山は昨年の3山で一段落と考えている。
 新年からは「北海道百名山」(山と渓谷社刊)全山登頂を目指そうと思う。これまでに70座近く登っているが、その中でも特に、日高山脈のカムイエクウチカウシ山や一八三九峰などは印象に残っている。
 目標を持つことは日常生活にも張りがでる。余裕を持って楽しく登りたい。珍しい高山植物やナキウサギなどに出合うのを今から楽しみにしている。


 父と母は今現在元気で、ちょっと前まで二人で国内外のウォーキング大会にも出かけていました。現地で知り合った知人を訪ねて、昨年は夫婦でイギリスにも行っていました。それから父は、国内の山だけでなく、キリマンジャロも登り、モンブランも二回アタックしています。
 父は、母の短歌や川柳の才能に轢かれて、結婚したそうです。これは、初めて聞きました。

 父からアドバイスがあり、「今回の旅のことを投稿したらぜったいに載るよ」とのことで、私はこう答えました。

「いずみは、担当者の方から半年は載らないと言われ、それを待っていて、先々週旅のこと応募したけど、連絡がないから没になったと思う」

と。
 あと、「初投稿が載って嬉しかったかい?」と聞かれたので、「あまりにも嬉しすぎて、毎日サイン書く練習した!」と言ったら、すごいウケていました。


↑国内外行ったたくさんのウォーキング大会のメダル。



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北海道マラソン開催される。 - 2013.08.25 Sun

 北海道の夏の風物詩のひとつ、北海道マラソンが今日行なわれました。

 なんと、一万五千人の人が、札幌市内を走るのです。スタート、ゴールともに札幌大通りで、大通公園は、一万五千人の荷物置き場にもなっており、応援の人も含め、大勢の人であふれかえっていて、いつもの公園とちがった雰囲気です。
 私は、去年に引き続き、札幌大通りのゴール付近に行きました。
 お義兄さん(私の姉の旦那さん)が、毎年フルマラソンに挑戦しているのです!すごい。
 マラソンという競技は自分とのたたかいで、その過酷さから、ただただ、すごいと思うばかり。

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↑「ナンバー53○○の腰痛ランナーさんがんばって!」
 札幌大通り北、ゴール間近。一緒に行った姉と私と、姪っ子と姪っ子の彼と四人で応援しました。


↑ゴール直後。脚がつっていて、歩けない、とのこと。でも、20キロくらいからつっていたそう。それなのに、完走しました!気力が、からだの状態を超える?


↑走り終えた人で、埋め尽くされた公園内。正面はテレビ塔。その右の棒の上にカラス。いつもとちがう公園でカラスもびっくりしています。
 この日も天候が不安定で、雨が降ったり、止んだり。

 男子の優勝者は、JR東日本の五ヶ谷宏司選手で、2時間14分26秒。女子の優勝者は、エディオンの渡辺裕子選手で、2時間29分13秒。

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↑お義兄さんの完走証明書。

 3時間49分24秒!

 元気と勇気をもらいました。すばらしいです。お疲れさまです。



↑追加写真掲載(8/27):時間内にフルマラソンを走りきった人のみに贈られる貴重な完走メダル。デザインも素敵だったな〜と思い、昨日姉に写真を写してもらい、送ってもらいました。北海道出身の世界的な彫刻家・安田侃氏制作のものです。




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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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