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2017-08

今国会で採決されるTPPで国民皆保険制度があってないものにある??? - 2016.11.02 Wed

 今衆議院で採決されるTPP参加(採決で賛成多数で可決になり、参議院に送られ30日で自然承認になったら)で日本の国民皆保険制度があやういものに?日本医師会もTPPに反対してるそう。国と企業との関係で、国内法は優先されない?私も反対の反対の反対!

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2015年5月3日北海道新聞朝刊「はなし抄」外交評論家孫崎享さん(3月22日、札幌市中央区で開かれた「TPPから命と暮らしを守ろう!北海道緊急大集会」基調講演より)

 環太平洋連携協定(TPP)で最も危惧しなくてはならないのは、「国の主権」がなくなるということです。「いくらなんでも誇張じゃないか」と言う人もいますが、TPPに盛り込まれる「ISDS条項」(投資先の国の政策変更で損害を被った企業が相手国を訴えることができる内容)は本当に危ない。この条項によって、どのような問題が日本に降りかかる恐れがあるのでしょうか。まず例を挙げて考えてみたいと思います。

 ある国の政府が(他国の)企業に廃棄物処理の許可を与えたとします。そこ(廃棄物処理施設)から出た有害物質で、飲料水に汚染が生じ、病人も発生した。その結果、地方自治体がこの施設の営業を差し止めました。地方自治体による措置は、ISDS条項と照らすとどうなるのか。すでに条項のある北米自由貿易協定(NAFTA)での実際の事例をみれば、回答は出てきます。

 この企業は「営業を停止させられ、『間接的に(施設を)収用された』と同じ」として国際仲裁裁判所に提訴し、その結果、政府が多額の賠償金を支払うことになりました。みなさんが正しいと思うような行政を行ったら、「罰金」を命じられたのです。この裁判所は国会決議より、行政より、最高裁判決よりも上に位置します。国の主権は薄らいでしまいます。

 ISDS条項はもともと西側諸国にとって法律体系が必ずしも十分でない中央アジアなどで(西側企業が)投資した際に、思わぬ被害を受けても救済できるよう設けられました。ところが大企業や多国籍企業は法律が整備されている国に対しても条項を適用させ、自分たちの主張を貫けるようにしようと考えました。

 日本はこれまで、日米包括経済協議など米国とのさまざまな交渉を行ってきました。それは独占禁止法の改正、大規模小売店舗法の緩和、健康保険の本人3割負担などに結びつきました。しかし、これらは米国の圧力があったとしても、日本が自ら決めたこと。もし問題があれば、法律を改正すれば元に戻すことができます。しかし、ISDS条項があると、自国の判断ではなく、仲裁裁判所の判決によって日本は社会が変えられていくのです。

 農業ばかりに目が行きがちなTPPですが、日本国民全員に関係してくるのです。特に医療への心配は大きい。私たちは病気になった際、「お金がないから医者にかかるのはやめよう」と思ったことがどれだけあるでしょう。(国民皆保険制度のない)米国では医療費を気にして医療機関を受診しない人がたくさんいます。TPPが締結されれば、日本でもこのような状況がおこるかもしれません。農業よりも、はるかに深刻な問題を抱えているのです。

 日本国民のほとんどは「私は中流階級」と言ってきました。そんな社会を今、なぜ捨てなくてはいけないのか。地方や農村、労働者、貧しい人々を切り捨てることをこれまでの日本はしなかった。それが自民党であり、彼らも誇りだったはずです。米国は「自分さえ繁栄していればいい」という社会になっています。だから、夜中に歩けないような場所もある。誰かを切り捨てる形で社会を構成していっても、私たちの望む繁栄とはならないのです。

 今、日本は大変な曲がり角に来ています。TPPに参加すれば、かつての日本の姿は消えてしまうでしょう。10%の富んだ人と、残り90%の貧困層に分かれていきます。日本国民は自ら立ち上がってTPPに反対しなくてはいけない。しかし、そうなっていない今、やはり組織化されている農業関係者のみなさんに頑張ってもらわないといけません。みなさんが先導役となり、反対運動が広がることを期待しています。

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IWJ Independennt Web Journalのページより抜粋。
記事公開日2016.10.27

 ISD条項とは、「その国の生活や文化、富を守るための規制や措置によって、外国企業が『本来得るはずだった利益を得られない』と判断した時に、膨大な賠償金を請求することができる」というものだ。

 例えば、重篤な副反応が報告されている子宮頸がんワクチンについて、厚労省は現在、「積極的勧奨」を「控えて」いる。この措置もTPPの下では、「ワクチンの健康被害が科学的立証されたわけではない」のに、「予防原則に則って」勧奨を控えるというのは、「不当だ」と外国の製薬企業がISDで訴える可能性がある。

 このISDでの訴えを「仲裁」するのは、当事国の裁判所ではなく、米ワシントンの世界銀行内にある「仲裁センター」であり、3人の「仲裁人」だ。この「仲裁人」は、「投資仲裁ムラ」とも言うべきごく少数の弁護士から選出される。
 三雲弁護士によれば、この「投資仲裁ムラ」の最大の関心事は、「公共の利益」ではなく、自分たちの食い扶持である「仲裁ビジネス」の繁栄と継続にあるという。

 つまり、彼らにとってはISD条項の「利用者」である大企業に勝たせ続けることが重要であり、また例えば、「ここで米国を負けさせると米国民の世論が沸騰して、反ISDの動きにつながりかねない」という局面では、過去の判例などは全く無視して米国に勝たせることが重要となる。

 ISDは、こうした「恣意的」で「その場限り」の判断ができる仕組みとなっており、その判断のいかなる結果に対しても、責任を負わなくて済むようになっているという。

 日本を含め、各国の独立した司法主権は空洞化され、司法を通じた公正や正義や弱者の救済の実現が危うくなる。グローバルな資本力を持つ強者の言い分だけが通るように、司法が捻じ曲げられてゆくのだ。こうなってしまったら、民主主義だけでなく、法治主義も終りを迎えてしまう。

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報道ステーションサンデーで堤未果さんがTPP参加で、日本の医療制度、皆保険制度がどうなっていくのか、伝えています。
2013年放送。
リンク先のページより抜粋。

堤未果「あの、すごく変わる可能性は高いです。で、もちろん皆保険制度自体は交渉のテーブルには載ってないです。それはあの、本当の事を言ってると思うんですけども。ただですね、交渉参加国11カ国の中で、製薬に関してはアメリカが8割なんですね。ですから非常にこう……力が強いこと。
それから知的財産所有権、について、これを保護を強化する、ということをずうっと交渉の中でアメリカは主張してるんです。
で、 それはどういうことかといいますと。例えば薬の特許権を延長する。そうなるとなかなか安いジェネリック薬が作れなくなったりとか。それから新薬の承認過程をもっと迅速化するとか。もっとこう新薬というのは高いわけですね。それがもっともっと入ってくる、ということになります。
それからもう1つはですね。TPPは日本は関税の話ばっかりされてますけれども。実はメインは非関税障壁、ですから、ここにサービス、医療、投資、っていうのが入ってきます。でそうなってくると、薬の値が、薬価がまず高騰しますし、それから医療保険もアメリカの会社がまあどんどん参入してくる。
そうなったときに結果的に、薬価があがった場合に、国民皆保険を残していたとしても、皆保険でカバーしきれなくなりますよね。
結局全部国庫で負担するのか、って話になるとそれは無理ですから。多分こう自発的に日本国内から、もう皆保険が維持できないから混合診療にしてくれと、そういう形で段階的に、混合診療が解禁されてく。」

長野「結果的に皆保険制度が崩れてく可能性もあるという」

堤未果「皆保険制度は残るかもしれないんですが。皆保険でカバーできる薬が、どんどん、あの…自費…自己負担のほうが儲かるので、そっちに製薬会社もいれますよね。そうすると、お医者さんに行くたんびに、じゃあ薬はバージョンアップしましたけど、もう皆保険きかないから、じゃああの、これ、今度自己負担になります、ってことが段階的にこっちが増えてくわけですね。それで形骸化するっていうのが一番、大きいと思います。」


↑2015年5月3日北海道新聞朝刊「はなし抄」外交評論家孫崎享さん



安保関連法反対の集会デモ行進、またO先生と。 - 2016.09.25 Sun

 昨年7月に安保関連法案が衆議院で採決されそうになった時に、弁護士さん主催の集会パレードにイブキ、ワタルと私三人で参加しました。その時偶然ワタルの担任のO先生と会って、手をつないでもらってパレードしました。忘れられません。

 衆議院は通過してしまい、今度は参議院で採決される前の9月に、弁護士さん主催の二回目の集会パレードがあり、また私たち三人は参加し、やっぱりワタルは担任のO先生と手をつないでもらってパレードしました。

 その後安保関連法は参議院で成立した形になってしまい、今度は施行になる今年の3月に、弁護士さん主催の三回目の集会パレードがあり、またまたワタルは担任のO先生と手をつないでもらってパレードしました。

 そして、今月の9月19日は、あの参議院での採決から1年経った日でした。今度は主催者が「戦争をさせない北海道委員会」の集会デモがあり、私たち三人と担任のO先生、「高教組」の中に混じってデモ行進しました。主催者発表で1300人が集まりました。デモ行進前の集会では、北星学園大の岩本一郎教授、室蘭工大の清末愛紗准教授のスピーチがありました。街宣車では池田真紀さんの姿もありました。
 私たちが立っていると、北海道新聞の記者さんが私たちのところに取材に来ました。

私「憲法違反の安保関連法は廃止すべきです」
O先生「この子たちは(ワタルと手をつないでいる)戦争には行けません。戦争に行けないということはどういう運命をたどるのか、今までの歴史が語っています。憲法13条や9条がある今でさえ、障害を持った人の権利が守られていない環境もあります。津久井やまゆり園の事件のように。
そして、ひとたび戦争が始まったら、この子たちはもっと悲惨な目にあいます。戦争は絶対にいけません。
だから、私は憲法違反の安保関連法案には反対します。いつでも戦争ができるような社会にしたくありません」

 私とO先生、記者さんにそれぞれ訴えました。
  
 集会デモも終わり、先生と別れ際に、

「卒業後もこうしてO先生と会えて嬉しい。今後も粘りつよく反対し続けて行こうと思うので、またよろしくお願いします」

と言いました。


↑会場で配られていたプラカードを持つO先生とワタル。こちらの面は「憲法改悪今すぐ阻止」。上下に小さく「私たちの自由は、時の権力者にだって奪えない。Liberty will never perish.」とあります。裏面は「安保関連法今すぐ廃止」。上下に小さく「戦争は終わります、あなたが望みさえすれば。War is over,if you want it.」とあります。それから、カラフルな模様はトリです。

「トリだねぇ〜」とワタル。


↑街宣車でスピーチする清末愛紗さん、その横に池田真紀さん。※怒れる女子会札幌スタッフ撮影。


↑「O先生に会えて嬉しい」「すごい人だねぇ〜」とワタル。大通公園西3丁目広場です。


↑大通公園から札幌駅近くまでデモ行進しました。


↑安保関連法も成立した形になって、次に憲法を変えようとしていますが、『日本国憲法 今も最先端』と米法学者らが188カ国を分析した結果、証明されています。写真は2012年5月3日の朝日新聞記事より。以下本文です。いずれもネット上より。

日本国憲法 今も最先端 米法学者ら 188カ国を分析
最古の米国時代遅れに
朝日新聞 2012年5月3日
『湯沢平和の輪』というブログページより。

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世界に民主化を説く米国の憲法は、急速に時代遅れになって、日本の憲法は今でも先進モデル― 。米国の法学者たちが世界の国々の憲法をデータ化して分析した結果だ。日本の憲法は3日、「65歳」になるが、世界の最新版と比べても遜色がない。

分析したのは、ワシントン大学(米ミズーリ州)のビッド・ロー教授と、バージニア大学のミラ・バースティスーグ准教授。対象は成文化された世界のすべての憲法188力国分。
第2次大戦後の1946年から2006年まで、各国憲法の改正や独立国の新憲法をチェックし、国民の権利とその保障の仕祖みを項目ごとにデータ化。国際的な変化が年代別に分かるようにした=表(前掲の表)。

それを見れば、時代とともに新しい人権の概念が生まれ、明文化された流れが読める。たとえば、女性の権利をうたった憲法は1946年は世界の35%だけだったのが06年は91%に、移動の自由も50%から88%に達した。最近では、お年寄りの権利も上昇中だ。

国別に見ると、国際情勢の断面が浮かぶ。独立後間もない18世紀に定めた世界最古の成文憲法を抱える米国は、長らく民主憲法の代表モデルとされてきた。だが、この研究の結果、特に1980年代以降、世界の流れから取り残される「孤立」傾向が確認された。
女性の権利や移動の自由のほか、教育や労働組合の権利など、今では世界の7割以上が盛る基本的な権利がいまだに明文化されていない。一方で、武装する権利という世界の2%しかない「絶滅」寸前の条文を大切に守り続けている。

米連邦最高裁判所のギンズバーグ判事は、民衆革命を昨年春に遂げたエジプトを訪ねた際、地元テレビでこう語った。「今から憲法を創設する時、私なら米国の憲法は参考にしない」。憲法の番人である最高裁判事自らが時代遅れを認めた発言として注目された。
米国に代わって最先端の規範として頻繁に引用されるのは、82年に権利章典を定めたカナダや、ドイツ、南アフリカ、インド。政治や人権の変化に伴い改廃を加えてきた国々だ。憲法の世界でも、米国の一極支配から、多極化へ移っている現実がうかがえる。

画期的内容の日本の憲法 問題は政治
一方、日本。すぐに思い浮かぶ特徴は戦力の不保持と戦争の放棄をうたった9条だが、シカゴ大学のトム・ギンズバーグ教授によると、一部でも似た条文をもった国は、ドイツのほか、コスタリカ、クウェート、アゼルバイジャン、バングラデシュ、ハンガリーなどけっこう例がある。

世界から見ると、日本の最大の特徴は、改正されず手つかずで生き続けた長さだ。同敦授によると、現存する憲法の中では「最高齢」だ。歴史的に見ても、19~20世紀前半のイタリアとウルグアイに次いで史上3番目だという。
だからといって内容が古びているわけではない。むしろ逆で、世界でいま主流になった人権の上位19項目までをすべて満たす先進ぶり。人気項目を網羅的に備えた標準モデルとしては、カナダさえも上回る。バースティーグ氏は「65年も前に画期的な人権の先取りをした、とてもユニークな憲法といえる」と話す。

ただ、憲法がその内容を現実の政治にどれほど反映しているかは別の問題だ。同氏らの分析では、皮肉なことに、独裁で知られるアフリカなどの一部の国々も、国際人権規約などと同様の文言を盛り込んでいるケースが増えている。
「同じ条文であっても、どう実践するかは国ごとに違う。世界の憲法は時代とともに均一化の方向に動いているが、人権と民主化のばらつきは今も大きい」。確かに日本でも、女性の権利は65年前から保障されてはいても、実際の社会進出はほかの先進国と比べて鈍い。逆に9条をめぐっては、いわゆる「解釈改憲」を重ねることで、自衛隊の創設拡大や海外派遣などの政策を積み上げてきた。

 日本では、米国の「押しつけ」憲法を捨てて、自主憲法をつくるべきだという議論もある。それについてロー氏は「奇妙なことだ」と語る。「日本の憲法が変わらずにきた最大の理由は、国民の自主的な支持が強固だったから。経済発展と平和の維持に貢献してきた成功モデル。それをあえて変更する政争の道を選ばなかったのは、日本人の賢明さではないでしょうか」  ワシントン 立野純二


選挙割で一風堂のラーメン食べました。 - 2016.07.10 Sun

 一昨日、お友だちに選挙のことLINEしたら、期日前投票に行ったとのこと(ワタルつながりの友人)。「初めての選挙だし、人が少ないところでじっくりとできる」のがその理由でした。それまでは投票日にしようと思っていたのですが、ワタルも選挙初めてだし、やっばり期日前投票にしようと昨日行ってきました。

 事前にどこの党とどの人に入れるのか、ワタルに決めてもらい、受付で私が「代理投票お願いします」と伝えました。すると、二人のスタッフの方が付いてくれて、ワタルは無事に投票できたよう。二人のスタッフの一人の方が女性で、終わった後、少し興奮しているようだったので、ワタルが無事に投票できたことでその人に達成感があり、そのような状態になっているのだなと思っていると、

「きれいなお姉さんって言われました。もう私、今日、本当に選挙のお手伝いに来てもう本当に良かったわっ!」

と嬉しそうに私にも伝えてくれました。私より年上の方かな?

「そ、そうでしたか!息子は、本当のことしか言わないんですよ!」

と私。
 そ〜してさっき投票済証明書を持参して、ワタルとイブキと選挙割をしている一風堂へ。
 食べてきました!麺が細くて、真っ直ぐで驚き!美味しかったです。そして、「替え玉2個と玉子1個無料」で追加注文しました。今月中はこの投票済証明書があったら、ずっと選挙割が有効ですので、まだ選挙に行ってない方は是非行って、この証明書発行してもらって下さいね!

 ちなみにレジで聞いたら、「投票済証明書持って来ている人何人かいらっしゃってます」とのことですよ~!

 ※一風堂の選挙割は今月末までやっているそうです。詳しくは、『2016参院選挙に伴う「選挙割」実施のお知らせ|博多一風堂』のページへ。










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選挙割ありますよ! - 2016.07.08 Fri

 2016年参議院選挙ですが、お店等で「選挙割」というのがありますよ。こういうのは今回初めて知ったのですが、選挙に行って、「投票済証明書」を希望したらもらえるということも最近知りました。期日前投票でも今度の日曜日の投票でも、受付で「投票済証明書をください」と言ってゲットしましょう。それを持って、割引を実施しているお店へ。
 札幌に関係あるお店を紹介します。まずはラーメンの一風堂。ここは全国にありますね!一風堂は期間中なら何回でも特典が受けられるそうです!


↑一風堂のラーメン。「投票済証明書」を見せることによって、「替玉一玉もしくは半熟塩玉子一個のいずれかを無料」。7月10日(日)〜31日(日)まで。期間中何回でもオーケーだそうです!!!詳しくは、一風堂のこのページへ

 次は札幌市中央区の自然食品のお店でのサービスです。

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↑「オーガニック・自然食品 らる畑」では、「投票済証」の提示で北海道産葉付き有機人参1本プレゼント(お一人様1本)だそうです。期間は、7/4(月)~ 7/15(金)まで。美味しそうな人参ですね。詳しくは、こちらのページを見てください

 次は札幌市北区のカレー屋さんでのサービスです。


↑「パキスタンカレーつなぎ屋」(北27条西4丁目)では投票済の方に写真のビアカクテルを一杯100円で提供するそうです。詳しくは、、ここのページを見てください

 札幌は選挙割あまりないかもしれませんが、メディアでたくさん取り上げられるくらいに頑張っている地域もあります。新潟の「選挙とくとくキャンペーンプロジェクト」とか、北海道では、十勝での「選挙割@とかち2016」取り組みとかです。

 他にこのページには、「岡山」「島根」「春日井」「とかち」「徳島」「高槻」「静岡」「ひたちなか」の選挙割の取り組みが載ってます。

 選挙に行って、投票済証明書をもらいましょう!



選挙に迷ったら「2016参議院選挙対応投票マッチング」。 - 2016.06.22 Wed

 6月22日(水)の今日、2016年参議院議院選挙が公示されました。7月10日(日)投開票です。

 不在者投票は、札幌市の場合、

 期間:平成28年6月23日(木曜日)から7月9日(土曜日)までの土日を含めた毎日
 時間:午前8時30分から午後8時まで
 場所:選挙人名簿に登録されている区の区役所又は区民センター内に設置する期日前投票所

 です。

 どこに投票したらいいのかと迷ったら、参考になると思われるのが、投票マッチングです。「日本政治.com」のものと「毎日新聞ボートマッチ えらぼーと2016参院選」のリンクを貼ります。


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↑「日本政治.com」によるボートマッチ。上の画像をクリックしてください。



↑「毎日新聞」によるボートマッチ。上の画像をクリックしてください。


あと「選挙に行こう」という市民による宣伝の動画もどうぞ。


↑この動画は「著作権フリー」となっています。パソコン表示のトップ画面をこの動画の一画面にしました。そこをクリックするとこのページにつながります。私のブログは、今回の選挙が終わるまで選挙仕様になります。



「一票の重みを考える〜18歳選挙権施行を前に」木村草太さん - 2016.06.21 Tue

 6月19日(日)に選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる改正公選法が施行されました。次男も対象者になります。約一ヶ月前に北海道新聞朝刊に載っていた「一票の重みを考える〜18歳選挙権施行を前に」という木村草太さんの論文が、私自身へも「へぇ〜」と勉強になったので、アップします。

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主権者の責任 引き受けよう

 公職選挙法の改正により選挙年齢が引き下げられ、18歳以上の国民が選挙権を行使できるようになりました。選挙権の行使は、主権者の大事な権限の一つとされています。では、主権者であるとはどういうことでしょうか。憲法の教科書を見ると、「主権者とは、国の政治のあり方を最終的に決める人のこと」と書いてあります。読み飛ばしてしまいそうなくらいにさりげない記述ですが、ちょっと掘り下げて考えてみましょう。
 ここに言う「政治のあり方」には、実に様々なものが含まれます。例えば、死刑判決もその一つです。死刑判決を実際に書くのは訴訟を担当した裁判官ですが、それは裁判官の個人的な判断で出されるわけではありません。国会が作った法律に基づいて出されます。そして、法律を作るのは国会議員、その国会議員を選ぶのは主権者である国民です。だから、死刑が宣告されたとか、執行されたというニュースを見るとき、「自分とは関係ない。偉い人たちが決めたことだ」と思うのではなく、「自分がこの死刑に関わっている」と考えてみる必要があります。
 自衛隊の方々への命令もまた、私たち主権者が最終的な責任を負わなくてはならない決定です。自衛隊は行政機関の一つですから、自衛隊法には、自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣だと書いてあります。総理大臣を選ぶのは国会議員であり、その国会議員を選ぶのは私たち国民です。自衛隊員の方々は、被災地での支援活動や日本を侵略から守る仕事の他にも、ソマリア沖での海賊対策、あるいは国連平和維持活動(PKO)への参加など、様々な仕事をしています。その中には、自衛隊員の命に関わるとても危険な業務もあります。さらに、昨年、自衛隊の海外活動を拡大する安保法制が成立したので、総理大臣は、これまで以上に危険は任務を命じることができるようになりました。
 これから、自衛隊員の方々には、様々な命令が出されるでしょう。その命令の一つ一つの責任は、実は、私たちが追っているのだということを忘れないでください。本当に、自衛隊員の方に「命を懸けてやってください」と言える命令なのか、その命令に責任を持てるのか。自衛隊の海外派遣のニュースを見るときは、ぜひ、真剣に考えてみてください。
 この他にも、主権者として責任をとらなくてはならないことは、たくさんあります。生活保護や社会保障・社会福祉が行き届かずに誰かが餓死してしまったら、それは有権者である私たち一人一人の責任です。学校でいじめを辞めさせることができず、子どもが自殺をしてしまったら、やはり、私たちは主権者としての責任を痛感しなくてはならないのです。

権力独占 防ぐために

 こう考えると、「あなたは今日から主権者の一人です」という言葉は、とてつもなく重たい言葉に見えてきます。「そんな重たい責任は負いたくない」と思った人もいるかもしれません。私は、その気持ちはとても健全な感覚だと思います。国の政治のあり方は時に人の生死に関わりますから、そう簡単に判断などできなくて当然です。「死刑を命じたり、自衛隊員に命がけの業務を命令したりするのも平気です」と何の躊躇もなく言えてしまうのは、むしろ、無責任な態度でしょう。
 しかし、どんなに重たく感じられても、私たちは、主権者としての責任を引き受けなくてはなりません。それが国民主権というものです。なぜ他人任せにしてはいけないのでしょうか。
 人間は誰しも、人を思いやる心、みんなの幸福を支えたいという気持ちを持っています。また、そうした社会貢献のために勉強したり、汗をかいたりすることに誇りを感じます。だから、みんなが集まって十分な議論をすることで、みんなにとってよい政治が実現するのです。
 もっとも同時に、人間は誰しも、自分が得をしたい、人よりもよい生活をしたいという欲望も持っています。だから、権力を誰かが独占するようになれば、権力の座に就いた人は、みんなのためではなく、自分のために権力を使うようになるでしょう。自分に文句を言う人を殺したり、暴力で排除したりすることもできてしまいます。権力を独占しながら、思いやりの気持ちや、社会に貢献しようとするプライドを持ち続けるのは簡単なことではありません。権力の独占は、どんなによい人であっても、人間を変えてしまうのです。
 権力の独占を防ぐためには、国民全員が主権者として政治の責任を引き受け、誰にも他の人を圧倒するだけの力を持たせないようにしなければなりません。

声を上げて 社会動かす

 もちろん、国民全員が主権者になれば、残虐な権力濫用や政治の失敗は絶対に起きない、というものではありません。歴史を紐解けば、国民主権の国であるにもかかわらず、国民の一部が自分たちの利益のためだけに徒党を組み、弱いものを弾圧したという事件がたくさんあります。今現在の日本だって、沖縄に日米安保条約のコストを集中的に引き受けさせたり、LGBT(性的少数者)の人たちに家族を作る権利を不完全にしか与えなかったりと、弱いものを弾圧する政治のあり方をいくらでも見つけることができます。
 しかし、「それはおかしい」と誰かが声を上げることくらいはできるかもしれない。最初は少数でも、それに耳を傾ける人が一人また一人と増えてくるかもしれない。そうした動きは、いつの日か社会を大きく動かす流れにまで育つかもしれない。独裁者に怯える国家とは異なり、一人一人の国民が思いやりやプライドを失わない国家では、そのような希望を持つことができます。
 実際、独裁国家では差別がいつまでも続いてしまうのに対して、国民主権の国家では差別の解決に向かっている、という例も多くあります。だから、日本は、国民全員が主権者としての責任を引き受ける国になったのです。
 一部の人だけが政治のあり方を決める国に住むことは、ある意味では、とても楽です。難しいニュースを我慢して見る必要はないし、残虐な出来事や政治の失敗について、責任を感じる必要もない。しかし、そこでは、思いやりやプライドが、どんどん失われて行きます。そして、恐ろしい独裁が生まれるでしょう。
 18歳になる皆さんは、なぜ自分が主権者としての責任を引き受けなくてはいけないのかを、ほんの少しだけゆっくりと考えてみてください。そのことを一生懸命考えてくれる人が、一票を投じる。それが、日本の希望なのです。



↑2016年5月21日北海道新聞朝刊「各自各論」上段:クリックすると大きくなります。



↑2016年5月21日北海道新聞朝刊「各自各論」下段:クリックすると大きくなります。

新聞読むなら、北海道新聞。  新聞読むなら、北海道新聞。




野党共闘の北海道五区補選終わりました。 - 2016.04.30 Sat

 4月24日(日)投開票の北海道五区補選が終わりました。結果は故町村さん(今回の5区補選は現職の町村さんが亡くなってしまったので行なわれました)の娘婿の和田さんが当選しました。
 立候補してくれた池田まきさんありがとうございました。それから野党共闘になる前に出馬を表明していた橋本美香さんもありがとうございました。
 そして、私から選挙のことお話ししたり、手紙を書いてそれにお返事くれたりのみなさんもありがとうございました。私は選挙にかかわるのは初めてのことで、どういう感じだったのか書きたいと思います。私が写した写真を中心にアップしますが、今回の選挙のお手伝い等はリュウの毎日の病院はそのまま行き、イブキとワタルのご飯支度や家事等もして、仕事もしてそれ以外の時間でかかわらせていただきました。

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↑池田まきさんが五区に出馬を要請される前。誰も何も知りません。本人も。昨年11月22日(日)の夕方に開催した怒れる女子会札幌主催の映画(遺伝子組み換えルーレット)の上映とお話しが終わった後のスタッフ(後のイケマッキーズ)の写真。右端でこちらを向いているのが池田まきさん。この時私は池田まきさんが関わっていた『女性サポートAsyl』のことを色々聞きました。10円食堂とかやっていたんです。10円ってびっくりして。私撮影。

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↑そして池田まきさんが五区補選で出馬するかもしれないとの第一報。昨年12月8日(火)の北海道新聞朝刊。初めて見てビックリ。怒れる女子会札幌のみなさんもビックリ。上田前市長らの市民有志が池田まきさんに出馬を要請し、野党統一候補として各党にも呼びかけるとの内容。私撮影。
 *イケマッキーズは年を明けて1月に結成されました。ご本人もメンバーです。

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↑『衆議院5区補選「統一候補」勝利のための共闘協定』
 池田まきさんが出馬を決意する前に共産党の橋本美香さんが出馬を表明していました。野党統一にならない時期が長く感じました。その間それぞれが街頭演説等頑張っていました。そしてついに2月19日(木)に野党統一候補に。野党を支持する市民が一つに。イケマッキーズNさん撮影。

『衆議院5区補選「統一候補」勝利のための共闘協定』
1、立候補予定者は安保法制(戦争法)の廃止をめざす
2、立候補予定者は立憲主義を民主主義の回復をめざす(集団的自衛権行使容認の閣議決定撤回を含む)
3、立候補予定者は国会活動において、上記1、2の項目に従って行動し、所属会派の状況にかかわらず、その姿勢を最後まで貫くことを制約する。
 以上の共闘協定に合意し、立憲主義回復、安保法制(戦争法)廃棄をめざすあらゆる政党・団体・市民とともに全力を尽くして、衆議院北海道5区補欠選挙における勝利をめざし、ともに奮闘する。2016年2月19日

戦争をさせない北海道をつくる市民の会呼びかけ人 上田文雄
衆議院北海道5区補欠選挙予定者 池田真紀
民主党北海道5区総支部代表代行 勝部賢志
日本共産党北海道5区選対本部長 鈴木龍治

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↑3月6日(日)江別の池田まきネットワークという選対事務所でチラシを折るのを手伝う私とイブキ。イケマッキーズのみなさんや市民の方と。写真は民主党(民進党)の選対事務所。共産党は別に選対事務所を設けていたそう。今まで選対事務所という場所に行くことがないと思っていたので、そういう自分にもびっくり。野党共闘じゃなかったら行かなかったと思ったし、野党共闘だったから行きました。これは民主党(民進党)のチラシ。うちは5区ですが、池田まきさんを応援する民主党(民進党)のチラシも共産党のチラシも入りました。「色々な党と市民が一人の候補を応援する」、かつてこういうことがなかったです。私撮影。

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↑3月21日(月祝) 女性国会議員合同街頭演説江別イオン前。左から「生活の党森さん」「維新の党太田さん」「民主党辻元さん」「池田まきさん」「共産党高橋さん」「社民党山内さん」私撮影。

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↑3月21日(月祝) 女性国会議員合同街頭演説江別イオン前。左は橋本美香さん。右が池田まきさん。私撮影。

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↑3月23日(水)夕方のNHKの「投票まで1ヶ月」という特集。5区は過去に補選がありました。補選は普通の選挙と比べて投票率が低いそう。上の写真の「H22補選53.48」というのがそうです。そうですよね、「選挙選挙」って言うのが全国規模なのと「ひとつの区」の差でしょうか。でもやっぱり比べるとしたら、ここと比べるべきじゃないかな~と思います。例えば5区から中央区に勤務している人がいたとして、まわりに5区の人がいなくて選挙の話をする人がいないかもしれないのです。選挙カーも一部分しかまわらないし。

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↑3月21日(月祝)にうちの玄関横に二連ポスターの看板を立ててもらいました!こんなこと初めてします。

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↑上のポスターは近所の人ももう見たかと、4月3日(日)にジャーナリスト鳥越俊太郎さんとのに変えました。

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↑写真は4月10日(日)に上の看板の千歳グリーンベルトでお祭り広場でのイベントが終わった後の、札幌市内でのイベント。池田まきさんと奥田愛基さん。私撮影。千歳は行けませんでしたが、市内のイベントに後半少し参加しました。
 千歳のイベントでは、池田まきさんの応援に、ジャーナリストの鳥越俊太郎さん、上田文雄前市長、山口二郎さん、ママの会の長尾詩子さん、シールズの奥田愛基さんが。この千歳の時の演説を私は自宅で、座間宮ガレイさんの生中継で見ていました。みなさん印象的でしたが、最後に飛び入りで参加したシールズの諏訪原さんが言っていたことも印象に残っています。「これからの選挙は、自分の状況をさらけ出して、政治と結びつけてスピーチしよう」というものだったと思います。確かに、選挙とは「政党が政策を訴えて私たちはそれを聞いて選ぶ」というような市民が主人公のものではなかったと思いました。
 写真の札幌市内でのイベントに話は戻りますが、イケマッキーズの人たちになかなか会えないので少しでも会えてうれしかったです。

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↑私は時間的に余裕がないので、イケマッキーズの人とはほとんど一緒に動けませんでしたけれど、自分ができること、看板を立てたり、あと近所の人に選挙の話をしたり、友人知人にお手紙書いたり、ラインで友達に選挙のこと伝えたり教えてもらったりしていました。本当に色々教えてくれてありがとうございました。
 写真は私が思い付いて選対事務所に確認して作ったもので、Web上で拡散するためのものです。これとは別に「電話勝手連」という全国の有志が、5区に住んでいる人に池田まきさんをよろしくお願いしますという電話がけをしていました。その人数もたくさん増えていき、最後は500人位に。

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↑街頭演説できる最後の日曜日である4月17日(日)の厚別中央公園でのイベント。あいにくの雨でしたが池田まきさんを応援するたくさんの市民が。私撮影。

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↑二連ポスターは告示の日までしか貼れません。告示日以降オーケーのポスターを玄関に貼りましたが、公職選挙法でやっていいこととだめなことが細かくたくさんありすぎて、それもよくわからないことがたくさんあって、選対事務所に何回か電話確認しました。いろいろ面倒なんですね。

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↑投票日前日の4月23日(土)札幌中央区。撮影、イケマッキーズHさん。野党共闘をあらわす一枚です。

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↑4月23日(土)拡声器を使っての演説は夜の8時まで。その最後の街頭演説は江別のタコ公園で。その後池田まきさんは一回選対事務所へ。しかしその後、新札幌でひっそりと立っていたそうです。撮影、友人Tさん。他の支援者もそれぞれがその日がまわるまで、それぞれのところで立っていた人も(投票を呼びかけて)。こういうことも選挙活動に関わっていなかった今までは知らなかったことでした。

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↑投開票日の4月24日(日)夜10時位。江別の選対事務所。私撮影。少しだけ来ました。イケマッキーズの人も集まってきました。他の支援者も。橋本美香さんの姿もありました。左にテレビ画面に「当確」が出た和田さんが写っています。

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↑落選の挨拶をする池田まきさん。

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↑5区の選挙をずっと引っ張ってくださっていた上田前市長。

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↑翌日4月25日(月)の夕方のNHKのニュース。

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↑翌日4月25日(月)の夕方のNHKのニュース。

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↑翌日4月25日(月)の夕方のNHKのニュース。

 野党は前回の2014年の衆院選と比べると、票を減らした市町村がありますが、2012年の補選と比べると減らした市町村はなく、そこと比べると全部増えています。前回の補選は公認候補で、今回は無所属なので、告示されてから選挙カーの台数からポスターから政見放送等も制限され、かなり不利なのにもかかわらず。この増えた部分は池田まきさん本人の力とまわりのみなさんの努力の結果のように思います。投票率もH22年の補選時よりはよくて57.54%です。前回の2014年の衆院選よりは低いですが。
 与党はやっぱり2014年の衆院選と比べると、票を減らした市町村がありますが、2012年の補選と比べると、新篠津村で減っています。
 最初楽観視していた与党は、中間で焦り、後半組織票獲得のために一生懸命だったとのNHKのニュース。与党は本気になって組織票獲得のために動いたら、票もたくさん取れるんだとびっくり。
 
 私のように今まで選挙にかかわったことがない人がかかわっていたし、今回、今までかかわっていた人にも出会えました。それからみんな得意なことが違っていて、それぞれのピースでパズルを完成させるようにみなさんが協力している姿が見えました。写真が得意な人、デザインができる人、動画撮影や編集が上手な人、イベント企画ができる人、スピーチで自分の気持ちが話せる人、文章を書くのが上手い人、重要な情報をキャッチして流すのができる人、スピーチを素早く要点をまとめることができる人、スピーチを素早く書き起こしできる人、お話しするのは大丈夫と全国から電話をかけてくれたりです。
 それから、チラシを一軒一軒まわって入れてくれたり、道路でポスターを持って立ってくれたりの地道な活動も。それも5区以外の全道、全国から5区に来て、チラシ折りを手伝ってくれたり、街頭に立ってくれたりも。

 支持政党あるなし関係がなく、ただただ野党統一候補の池田まきさんに当選してもらいたくて、みんなが一つの目標のために自分ができる範囲で動いていた姿が忘れられません。

 旗が苦手な私には解放される選挙戦でした。こんなことなかったです。
 池田まきさんやみなさんに貴重な経験をさせていただきました。



知的障がい者の代理投票。次男の例。 - 2016.04.20 Wed

 もうすぐ19歳になる次男。今年の参院選から投票ができます。でも実際にどうやって投票したらいいのかわからないので、昨年「札幌手をつなく育成会」の模擬投票を体験しました。そこで次男は、二人のスタッフの人に付いてもらい、「代理投票」をしました。以下は実際の様子です。「代理投票」とはどういうものなのか、だいぶわかりました。

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↑付添人が一緒に行けるのは「受け付け」までだそうです。そこで私が「代理投票をお願いします」と言いました。すると、待機していた二人の人が次男に付いてくれました。どこにハガキを出し、投票用紙をもらい、どういう風に記載し、どこに何を入れるのか、次男は何もわかりませんが、代理の人が教えてくれながらの投票です。本番でも次男はこのような形になると思います。

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↑「自分で投票する人書けますか?」と代理人。もう一人の代理人の人は、様子を見ています。関わるのは一人の代理人。

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↑「書けません」と次男。

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↑「どの候補者に投票されますか?」と代理人。

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↑「これ」と指差しする次男。後で代理人の方に確認したのですが、事前に選んだ候補者を選んでいました。2回やったのですが、2回とも次男は自分が決めた候補者を指差ししました。


 終わった後、質疑応答がありました。
 「今回、障がい者の人の対応をしてくれて、こういう方もいると今いる職員さんはわかってくれたかと思いますが、実際はアルバイトの人がいるので、同じように対応してくれるのかどうか不安」 

 「代理投票でこの人に投票するという新聞の切り抜きを持参してもいいかという質問には、その場で本人に確認取れたらいいとのことでした」

 「この人に投票するという他の人が書いたメモを持参してもいいかという質問には、その場で本人に確認取れたらいいとのことでした」。

 これなら投票できそうだという方法で(本当はもっと配慮も必要)、みなさん投票場へ。

 *また「期日前投票の方が落ち着いて投票できる」、「体育館とかだと入る時とか足場のこともあり、足の不自由な方は区役所等の期日前投票の方をお勧め」とも聞きました。



池田まきさんの主なスピーチ。 - 2016.04.17 Sun

 『そうです。私は市民です。そして、普通よりもスタートは遅れている市民でした。
 例えば、シングルマザーの2人に1人が貧困で、私も、その貧困の1人でした。2人の子どもを抱えシングルマザーとなった時、私は生きる道を見失いました。保育園に入るにも、あるいは税金にしても、何にしても、法律という壁がありました。現実とは見合わない制度が沢山あるんですね。
 しかしながら頑張ってこられたのは、やはり戦後の憲法があったからだと思います。それは「戦争をしない国」だけではなくて、個人を大事にする、すべての命に等しくある尊厳といったものが与えられていました。最低限の生活、基本的人権の尊重、憲法の25条もそうですが、13条も大事です。
 みんな幸せになっていいじゃないですか。夢を持っていいじゃないですか。
 家庭の環境だ、あるいは経済的や、障がいがあったりなかったり、なんでそのことで差別を受けて、夢を見てはいけないんでしょうか。
 その、沢山の、虐げられている、差別や偏見と、ずっとずっと向き合ってきました。絶対になんとかしなくてはいけない。この憲法が精神となって、私の道しるべとなって、そして法律や制度を結びつけたい、そう思ったわけです。 だから私は、徹底的な当事者目線、それで、福祉、介護、あるいは行政という立場での仕事をさせていただきました。』

『そして何よりも、今こんなに豊かだと言われているこの国で、借金を抱えながらでないと大学にいけない子ども達が後を絶ちません。さらに言えば、非正規雇用が増えて。若者に元気がないと言う大人達、当たり前です。若者に元気がある訳ないじゃないですか。借金を抱えながら、非正規雇用、低賃金の中に、そして社会保障制度はいつ無くなるか分からない。そんな安心できない国に、希望の光はありません。
 私池田まきは、本来政治といったものは主権者である国民が安心して暮らしていける、公正な社会の実現だと思っています。そのためにも、政治は希望でなければいけません。諦めの政治を変えなければいけません。今自民党の支持率が高いのも、政治に絶望があるからではないでしょうか。もう疲れ切っちゃってるんですよ。』

【↑池田まきさん 3月21日 女性国会議員合同街頭演説 at 江別イオン前ー書き起こし(の一部) by イケマッキーズ】

『本来政治家というものは、あるいは政治というものは、
投票行為の出来ない人たち、要するに子どもたちや、認知症や、知的障害でその行為ができないひとたちのぶん、
この国のすべての人たちのことを想うのが、政治ではありませんか?
自分たちの利権だけの、そんな政治は終わりにしたい。
本当の私たちの政治は、私たち市民でつくっていきたい。
声なき声を、今こそ思いに変えられる。そんな選挙はないと思います。』

『先ほど待機児童の話になりました。今話題になっているから
子育て支援の問題、いろいろ出てくると思います。
でも、本当の子育て支援は、
この国のすべての子どもたちを、戦争に送らないということではないでしょうか。
戦場に送らない。そして、この国が、戦争に巻き込まれない。この国の子どもたちを、絶対に戦争で犠牲にしないということだと思います。』

【↑池田まきさん4/10@千歳スピーチ書き起こし(の一部)by 小原美由紀さん】

法律というものは国でつくられます。
政治の力は大きいです。
政権交代が行われた時に、一瞬にして高校授業料無償化が行われた。
ホントに今でいえば小さな政策かもしれません。
だけど、とても大きなことだった。
今はどうですか?
今の政権では、このわずかな変化でさえ、後退しました。
本来であれば、もっともっと広げていかなくてはいけなかった、保障の
問題です。
ひとりを大切にしない政治が
弱者を切り捨てる政治が
ここまできてしまったと、いう憤りでいっぱいです。
いま私たちの目の前にあるのは、憲法の改正。安保の問題。TPPの問題。
大きな大きな重要な政策が
市民の生活の実態とはかけ離れたところで、
一部の人だけで決められてしまう。
そんな政治でいいんでしょうか?
今回の5区の補選は、まさに、一部の人たちだけで決められてしまうこ
の政治にストップをかけて、
本当の民主主義、立憲主義を、とりもどす。
しかも、今までのように、どこかの政党にお願いするんではありません。
私たち、市民が 市民がつながりあって
市民のために、市民が動く選挙です。
もちろん、多くの政党にこの間もご支援いただきました。
残すところの12日間は フルに、
政党は、政党としての、力強い応援をいただきたいと思います!
一つにつながるところは、言うまでもなく、「平和」です!
さらにいえば、
1人ひとり、市民の願い、様々だと思います。みんなちがう。
その市民の 心の中の叫びを一つにつなげていく。
多様であっていいから。
今回は本当に市民が 
市民のための政治をつくる第一歩にしたいと思います!
どうかみなさん、
わたくし池田まきが、この場でお約束できることは、福祉。
本当に安心できる社会の仕組みを
私 池田まきがつくってまいります。
そして、みなさんには、大きな平和に向かって
大きな連帯で、さらにその思いを広げてくださいますように
心からお願い申しあげまして、
わたくし池田まきからの訴えとさせていただきます。
どうぞよろしくお願い申し上げます!
頑張ります!

【池田まきさん4/12@北広島駅前スピーチ書き起こし(全文)by 小原美由紀さん】

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↑写真撮影:イケマッキーズSさん。




「デモに行ったとTさんに言ったら・・・」 - 2016.04.17 Sun

 3月27日(日)のデモに行った日の夕方の病院でのことです。病室に入ると同室のTさんが私に話しかけてきました。

「今日は日中どこかに出かけていたの?」

 その質問に一瞬言葉を詰まらせました。なぜかと言うと現在91歳のTさんは、若い時から60年間自民党員として頑張っていた人だからです。でも!と思い、

「安保法制反対のデモに子どもと行っていました」

と私は答えました。するとTさんは、ちょっと目を見開き、次の言葉までちょっと間があったので、怒られる!(←なぜ?)と思いました。でも出てきた言葉は意外なもの。

「デモ?安保法制反対の?・・・。・・・どんどん声を上げたほうがいい。もっと声を上げないとダメだ」

 そうTさんが言うのです。今度は私が目をまん丸くしていると、

「今の政府はやり過ぎだ。まわりの話は聞かない。庶民の生活を知らない。来年消費税が10%になったら、老人の孤独死がたくさん増える。国会議員に戦争体験者がいない。戦争というものがわかっていない。私は集団的自衛権というものが大嫌いだ」

とたたみ掛けるように言ってきました。

「本当にそう思うの?Tさん。今でもおうちの塀に自民党のポスター貼ってるし、今まで選挙カーにも乗っていたのに?」

「そうだ。やり過ぎだ。企業と同じで、自分にイエスを言う人ばかりまわりに集めたらダメになる」

 怒られる(?)と思って行ったのに、逆にもっとやりなさいと言われ、かなりびっくりしました。

「今度ね、4月24日に選挙があるの、五区で。Tさんは隣の区だから違うけど、うちは五区でね、それも候補予定の池田まきさんって私の知り合いなの。もう一人の候補者は町村さんの娘婿の和田さん。池田まきさんは野党統一候補でね、私は応援しているの」

「あぁそうか」

 Tさんは私にそう言いました。
 
 その後何日か経ってからのことです。

「今日、五区の知り合い3人に電話した。池田まきさんをよろしくって」

 Tさんが私に言いました。

「本当に?電話してくれたの?ありがとうTさん!」

 その後もお見舞いに来てくれる人の五区の人に、「池田まきさんをよろしく」と言ってくれていました。

 ありがとうTさん。

 そのTさんは、先週施設に移られ、お別れしました。

 私は相手を限定して考えていました。でもそうじゃないこともあるんだと、Tさんに教えてもらいました。

 私はTさんの自分史の書き起こしをTさんの希望もあり、少しづつするつもりです。

*この内容はTさんに断って書いています。


↑2月13日(日)私撮影。左から和田候補、池田候補、ドクターストップの橋本美香さんの代わりの川部さん。野党共闘になる前。



池田まきさんの二連ポスターの模様替え。 - 2016.04.03 Sun

 先日うちの玄関の横の方に立てた池田まきさんの二連ポスターの看板ですが、もう町内会の人も目にしたかな?と思い、模様替えを思い付きました!
 それで昨日、江別の選対事務所に行き、「ポスターを替えたいのですが」と言うと、ジャーナリスト鳥越俊太郎さんとの街頭演説のものを用意してくれました。そして、印刷されていた「民主党」はもう違うので(今は民進党)と、カットしてくれました。
 
 4月中旬までの期間限定で立ってますので、近所の方は模様替えしたポスター見に来てください〜!
 





安保法制廃止パレードまた担任の先生と。 - 2016.04.03 Sun

 9割以上の憲法学者が違憲としている安保法制ですが、3月29日に施行となりました。その直前の3月27日に弁護士さんが主催のパレードがあったので、イブキ、ワタルと参加しました。この弁護士さん主催のパレードは4回目ですが、私たちは3回目が行けませんでした。ですから、1回目、2回目、4回目に参加したのですが、いずれもワタルの担任の先生!とです。

 1回目のパレードは7月11日で、衆議院での採決直前でした(衆議院の採決は7月16日)。参加者約6000人。
 2回目のパレードは9月6日で、参議院での採決直前でした(参議院での採決は9月19日)。参加者約2000人。
 4回目の今回のパレード(3月27日)は、安保法制の施行直前(3月29日)。参加者約2000人。

 今回は卒業式の後に、担任の0先生が「学校に忘れ物があるから自宅に届けます」とうちに来てくれた時に、私から先生に「また弁護士さん主催のパレードあるようですけれど、私たちはまた行くつもりです」と伝えたら、「私も行くつもりです」と先生も言ったので一緒に参加することに。
 
 パレードのスタートは大通公園。またワタルは先生に手をつないでもらい、コールしながら道路をみんなで歩きました。ワタルは卒業式後、先生に会えなくて「さみしい」と言っていたので、嬉しそうで、テンションも上がり気味・・・。テンションが上がると、声も大きくずっとしゃべり続けます・・・。

 ワタル、卒業式終わったら、先生ともお別れだと思ったけれど、違ったね!
 安保法制廃止になるまで、これからもまた、ワタルの好きな先生とパレードに参加できるかも!
 パレードで卒業後も先生とつながれるなんてね。

 パレード終わった後、4人でびっくりドンキーでハンバーグを食べました。

 ハンバーグを食べた後は、ワタルが「テレビ塔の有料の展望台に行く練習をしたい」と前から言っていたので、先生をお別れし三人で行きました。


↑「高教組」のノボリが見当たらなくて、今回は一般参加で。


↑ワタルは先生のコートの色が「かわいい」と言っていました。手をつないでもらってます。


↑コールの内容です。
 「安保法制はんた~い!」「海外での武力行使はんた~い!」「憲法で解釈でかえるのはんた~い!」


↑プラカードと一緒にカイロも!北海道はまだまだ寒いです。でもこの日はお天気よかったです。


↑テレビ塔展望台から見える大通公園。まだ葉っぱが出ていなくて、茶色いです。ここに上がるのに、窓口で手帳を見せてお金を払うのですが、ワタルにはまだ難しいです。



池田まきさんの二連ポスターの看板。 - 2016.03.26 Sat

 そう言うわけで(「その1」「その2」「その3」)、これも何かの縁だと思い、5区民だし全力投球で池田まきさんを応援するあまり、うちの前に二連ポスターの看板も立ててもらいました。こういうことは初めてのことなのですが、この看板は選挙告知前まで(4月12日まで)立てられるそうです。
 期間限定で立ってますので、近所の方は見に来てください〜。
 

↑写真はクリックすると、大きくなります。


【私と池田まきさん〜その3イケマッキーズ内の共闘】 - 2016.03.20 Sun

 「その1」の続きになりますが、「怒れる女子会札幌」のメンバー内から池田まきさんを応援するグループ(池田まき応援隊イケマッキーズ)を作ろうという話が出、フェイスブックのページもできました。1月のことです。
 ところが、メンバーのみんながそこに参加したわけではありませんでした。なぜかというと、1月の時点で野党の候補者は一本化していなくて、怒れる女子会札幌のメンバーは、色々な考えの人が集まっていたからです。

「野党の候補者が一本化になったら、私もそちらに参加します」

 その人はそうみんなに伝えました。
 私は・・・、このブログに選挙の度にアップしている「政党マッチング」をその度にやっても今まで民主党と出なくて、次々と野党が池田まきさんの推薦を決めていっても、なんか今ひとつ100パーセント応援するという気持ちになかなかならなかったです。でも、野党一本化がなかなか進まないからと言って、そこで滞っていたらスタートが遅くなると思い、池田まきさんと出会ったのも何かの縁だと思い、私も「イケマッキーズ」に参加していました。

 でも、ついにその日が来ました。政党間の話し合いのもと、野党が一本化になったのです。池田まきさんはもう一人の候補者だった橋本みかさんからバトンと渡されました。託した方も託された方も、いっぱいいっぱいの思いだったと思います。

 その日から何日か経ったのち、先ほどのイケマッキーズのメンバーが、「野党の候補者が一本化になったので私もそっちに入れてください」とみんなにメッセージを書き込みました。 

 それを見たとき、私たちも気持ちが一つになったと感じ、私はとても感慨深かったです。

 (イケマッキーズ内も野党共闘できた!)

 イケマッキーズに参加している人は「その1」で書いたように、色々な立場、考えの女性たちで一般市民です。宗教を信仰している人もいれば、無宗教の人もいます。支持政党も様々なようで、無党派の人もいます。共通していることは、「今の政治や世の中に危機感を抱いていてどうにかしたい」というもの。

 実際にどういう感じの人たちかというと次のような感じです。
 「比較的相手の話を聞こうとする」「思想信条が様々でもそうなんですねと相手を尊重する」「私のような無名の人の主張とかも耳を傾けてくれる」「一人のためにたまに立ち止まってみんなで待っていることがある」「比較的みんなが納得してから物事を進める」「だれかを排除しない」「比較的素直な気持ちを伝えられる人たちである」「どこかのタイミングで決断する人がいる」「行き過ぎをセーブしてくれる人がいる」。

 それから「お節介」であると思います。
 デモに何か行かなくても、怒れる女子会を札幌でわざわざ開かなくても、福島をいつまでも覚えていようとしたりしなくても、普通に生きていけると思うのに、そんなことをしているので。
 自分や自分の家族だけのことを考えて、政治や世の中のことは専門家にお任せしていたら生活できると思うのですが、かなり遠い子孫のことまで考えたり、食べることがじゅうぶんじゃない知らない子どものことを考えたり、普段食べているものの危険性をみんなに知らせようとしたり、若いお母さんが色々抱えて大変だとか、老老介護をしている人が大変だとか、集団的自衛権で戦場に行く若者が大変だとか、立憲主義がどうのとか、憲法変わったら大変だとか伝えようとしたりで、それはそれはお節介なことだと思います。
 そのお節介はその人の性格なのか、それとも途中でそうなったのかわかりません。
 いずれにしてもいてもたぶん、みんな一緒に前に進みたくて、何かできないかとそれぞれが自分のできる範囲で行動しています。

 池田まきさんはそんな仲間の一人です。

 池田まきさんの応援もそんな私たちがしています。みんな凄い!器用!池田まきさんがかけているタスキを作ったり、選挙対策事務所に行ってチラシを折ったり、差し入れしたり、きれいにしたり。またプラカード作ったり、応援ツアーを企画したりです。私は怒れる女子会札幌のお手伝いでもそうですが、時間がなくてなかなか参加できません。

 そして他の市民のみなさんもそれぞれが私たちよりももっともっと早くからたくさん応援しています。いまみんなひとつになっていると思います。そういう風に感じます。


↑2月27日に行われた「怒れる女子会札幌」のイベントスタッフとして来た池田まきさん。私撮影。



【私と池田まきさん〜その2マキさんの思い】 - 2016.03.20 Sun

 わたくし池田まきは 4月24日に行われます補欠選挙におきまして、誰一人置いていきぼりをつくらない日本をつくる。そして二度と戦争する国をつくらない、そのことを皆さんにまずはお伝え申し上げます。そのために全身全霊をもってこの選挙に挑まさせていただきます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 わたくし池田まきは43歳です。この20年間は福祉や介護、そして人生の中で様々なハプニングに出会う方々のお仕事をさせていただきました。それはわたしの幼少期にあります。池田まきは家庭の事情で本当に毎日毎日、生きることに必死でした。
 小学校、思いっきり笑ったことがありません。
 中学校、「高校進学?」考えたこともありません。
 そして大学や職業についてもまったく考えたことがありませんでした。日々生きていることが奇跡である、そんな人生を歩んでおりました。
 そして二十歳になり、その時には二人の子どもがおりました。しかし残念ながら、温かい家庭を築きたい、そう思いながらも、シングルマザーです。その中で本当に生きづらさを抱えながら、ここまで(いま現在まで)きました。

 幼少期はただ単に家庭の事情により、なんとなく命があるということしか考えていませんでしたが、しかしながら二人の子どもをもった以上、私はこの法律や制度や、この社会の体験から、不条理な現実をなんとか変えていかなければならない、そしてこの子どもたちを守らなければならない、その思いで必死でした。
 だからこそ、当事者目線、当事者よりの福祉の仕事(ソーシャルワーカー)を選んだわけです。

 しかしながら20年前、社会福祉や社会保障はどんどん財源を理由に削られてきました。そして、市場原理に基づくサービスにゆだねられ、本当に必要な人に、必要なものが行き届かなくなってきました。そのことに憤りを感じ、一生懸命働きながら、子どもを抱えながら、通信教育を、そして一つ一つ積み重ねて福祉の資格を取ってまいりました。今現在は北海道大学公共政策大学院修了となっていますが、実はわたくし、中卒です。その直前までは中卒です。

  だからこそ、子どもたちにはどんな家庭環境であろうと、学びの保障は国がやるべきものだと思っています。民主党政権時代、高校の授業料の無償化は本当に希望が持てました。わたくしはその当時、地方公務員として、地域の中でいろいろな手法で子どもたちへ生きる希望へつなげてまいりましたが、これは国の法律や制度でなければ行き届かないものでした。
それこそが政治の力であり、政治の役割であると、思っております。

 わたくし池田まき、ここに来るまで、本当に政治とはかけ離れた生活でした。政治というものは、声の大きい者、強い者、お金持ちの者だけに委ねられているものだと思っていました。しかし戦後、政府をはじめ、政治といったものは、国民の生活や命を真剣に考えてくれていたと思っています。今はこの政策のメニューはないかもしれません。しかしながら大事なものは、そこにはあったと思います。

 いま、戦後70年間の平和の歴史がなくなろうとしています。そのことはぜったいに守らなければならないこと。そして、声をあげられないまま、犠牲者を生み出すような、そんな国にしてはぜったいならない、強く池田まきはそのように思っております。
 一人を大事にする政治、一人を大切にする国こそが、本当に強い国ではないでしょうか。

 福祉というのは、国政の中ではないがしろにされてきました。軽率に扱われてきました。その結果が、昨年の9月ではなかったでしょうか。強い者だけの、声の大きい者だけの政治ではいけません。権力に立ち向かう今回の4月の補選は、まさに国民の声を聞かない安倍政権、そして政党の枠を超え、連帯し声を上げ、そして声をあげられない国民の思いもすべて受け止めて、この北海道五区を超えて、日本の未来を築いていかなければいけません。

 わたくし池田まきはその責任を負い、全身全霊をもって、この選挙に挑んでまいりたいと思います。
 どうか皆さま、お力添えをお願いいたします。
 そして一緒になって、私たちのための、私たちの政治を、私たちの国を、作ろうではありませんか。

 ー3月13日街宣 at 厚別新札幌

【私と池田まきさん〜その3イケマッキーズ内の共闘】


↑写真撮影イケマッキーズNさん。動画撮影イケマッキーズSさん。書き起こし私。



【私と池田まきさん〜その1出会い】 - 2016.03.20 Sun

 札幌で、今の世の中に危機感を抱く女性が集まって何かしよう!という思想、信条や、支持政党あるなしを問わない市民の集まり(怒れる女子会札幌)が立ち上がりました。フェイスブックでの呼びかけです。2014年12月のことでした。キックオフ&忘年会するからと私も狸小路のそのお店に行きました。初対面の人ばかりです。それにこういう市民の集まりに参加するのも初めてのことです。私の隣に座っていたのが、池田まきさんでした。背中をピンと伸ばして眼力も強く、何かこう自分の意志がしっかりとしていそうな人だなあというのが第一印象でした。

 その集まりを機に、イベントを企画するためのメッセンジャーが立ち上がり、福島から避難してきた方のお話を聞いたりの一回目の企画が持ち上がりました。時間も場所も決まり、受付けや会計のことも決まっていきました。そんな中、私は漠然と思っていたことがありました。

(赤ちゃん連れの参加者の対応はいいのかな?誰も言い出さない。イベントは夜だし来ないのかな。私はこういうの初めてだけど、他の方はイベント企画の経験者がいるし、きっとこの話題はいいんだ。)

 私は勝手にそう思い、気になりながらも当日を迎えました。事前に申し込みがあり、車いすの方も参加してくれました。私は受付けの端の方にいましたが、たくさんの参加者が来てくれて嬉しかったです。イベントが始まる時間も迫り、参加者の受付けも落ち着いたという時のことです。

(赤ちゃん連れの方が来た!!!それも赤ちゃんともう一人ちっちゃい子も連れている!!!)

 私はまずその母子を見て思わず涙が出そうになりました。小さなお子さん二人連れて、夜に来るお母さんの気持ち。すごく大変なのに子供たちのためにもいてもたってもいられなかったのだという風に思われて。

(それにしてもど、ど、どうしよう!)

 私がその母子の姿を見て感動したり動揺したりしているわずかな時間に、会場内にいた白いブレザーを着た池田まきさんがやってきて、お母さんと何か話し赤ちゃんを抱っこして連れて行ってしまいました。池田まきさんは終始笑顔です。真っ白いブレザー、もしかしたらよだれで汚れるかもしれないのにまったく気にしていません。私はすぐに池田まきさんの行動が理解できました。池田まきさんはその方が他の方のように一緒に参加して欲しかったのです。

 その後赤ちゃんはお腹が空いたのかぐずってきて、お母さんのもとに戻されました。お母さんはその場で授乳していましたがその後途中で帰ってしまいました。

 そのことが後悔とともに私の心に残りました。

 (やっぱり小さいお子さんや赤ちゃん連れの方の対応をするべきだった。最後までいて欲しかった。)

 第2回目の企画がメッセンジャーで持ち上がった時のこと、私は「小さいお子さんと赤ちゃんを連れのお母さんが途中で帰ってしまい、授乳スペースやキッズコーナーは設けられないだろうか?」と相談しました。

「そのようなスペースは残念ながらない」とも返信がある中、池田まきさんが、

「スペースなくても授乳ケープのようなものを利用してできますよ!またスカーフでもできて、その場でも授乳できます!」

とコメントしてくれました。その後すぐに次のような写真がアップされました。肩掛けカバンにぬいぐるみを乗せたものを赤ちゃんに見立て、それをかぶせるようにスカーフでおおった池田まきさんの姿のものです。

「こうしたら大丈夫ですよ!」と実演してくれたのです。

 そうなんだ。赤ちゃん連れの方がイベントに参加したいと思うとして、諦める方向じゃなくて、参加できる方法を考えてくれたんだ。私もどんな人も参加できるのがいい。

 ありがとう池田まきさん。

 私の提案、池田まきさんの「できますよ!」の発言を機に、第2回目から授乳コーナーとキッズスペースが設けられることになりました。2回目以降もやっぱり、赤ちゃんや小さいお子さんを連れて参加してくれるお母さんが来ました。

 (よかった〜。)

 車いすの方は1回目と4回目に参加してくれました。車いすの方が参加できるかどうかは、まずそのイベント会場がバリアフリーかどうかです。

 その次に気にすることは車いすの方が会場で何か不都合なことが起こらないかどうかです。池田まこさんはそれを気にしているようで比較的車いすの人のそばにいました。そしてやっぱり笑顔で話しかけていました。それも車いすの人の目線でです。

 毎回イベント会場で池田さんは、「誰か何か困ってはいないか」それに目を配らせていました。それもその時は常に笑顔で。

 私は街で車いすの方や、重い荷物を持ったお年寄りの方を見かけ、何かできることはないかと思っても、行動に起こすまでには、なかなか勇気が出ません。

 池田まきさんは、「あの人が困っている」と気がついた瞬間にもう迷わず行動を起こす方なんですね。

「誰一人、置いてきぼりにしない」

 この言葉は池田まきさんが考えた素敵なフレーズです。

 そうですね!誰一人置いてきぼりにしない。池田まきさんは、高齢者施設、障がい者施設、在宅介護などの福祉の現場で働いたあと、東京都板橋区役所の福祉の職員として14年間勤務した福祉の専門家です。現場で声もあげられない人とたくさん出会ったそう。「こうして欲しい」、あるいは「こうしたい」とかさえも、声もあげらない状況にある人を。

 私もそれはよくわかります。自分の状況をよくしようとするには、その余裕がなければならないのですが、その余裕がないのです。私もそうです。

 発達の障がいがある次男が小学生の時、一人で登校できなくて病気の夫が付き添って歩いていましたが、病気が進行し夫の具合が悪い状態が出てくるようになり、付き添える人がいなく、小学校に通えない寸前までいったことがあります。夫の障がい者年金も適用にならない時期で収入も少なく、私は働かないといけないと思っていたので、どうしていいのかわかりませんでした。助けてくれたのは担任の先生方。朝家まで来てくれ、次男に一人で登校できるように訓練してくれたのです。

 でも当時本気で「次男に義務教育を受けさせてあげることができない」と思いました。夫の障がい者年金まで届かない、その時通学時の移動支援は認められていなく、自分は制度と制度のすき間にいたのか、他にどういう方法があるのか、誰に何を言えばいいのか、考える余裕もありませんでした。

 来月4月24日(日)に衆院北海道五区補欠選挙があります。補選は町村信孝前衆院議長の死去に亡くなったことにより行われることになったものです。

 その選挙に池田まきさんは出馬を表明しています。最初にそのことを知ったのは、昨年12月のこと。みんなでイベントを作り上げたり、打ち上げで盛り上がったりしていた仲間の一人が出馬を表明〜〜〜!

 池田まきさんは福祉の現場にいて、制度に限界を感じていて、政治に関わりたいと思うようになっていったそうです。

 池田まきさんの思いは「その2」の3月13日の街頭演説の内容をぜひお読みになってください。
 【私と池田まきさん〜その2マキさんの思い】


↑2月10日札幌厚別エミシアホテル「つながろう池田まきネットワーク集会」。プラカードの後ろに「誰一人おいてきぼりにしない」と書いてあります。薄くて文字を重ねました。撮影私。



安保関連法案が成立した形に。 - 2015.09.27 Sun

 安保関連法案が衆議院で採決前に弁護士さん主催の反対のデモに行きました(イブキ、ワタルも社会勉強のために参加)。その後衆議院で可決され参議院へ。
 参議院採決前にまた弁護士さん主催のデモに行きました(イブキ、ワタルも社会勉強のために参加)。
 その後この法案は可決された形になり、今月中に公布、来年3月までに施行となりそうです。

「自分はこの法案のどこに反対しているのかな?」とよく考えてみました。

 ところが法案の中身を見てみると難しいし、それについて色々な見方をしている人がいて、ますますわからなくなります。
 例えば関連する法案は11もあり、「集団的自衛権」という言葉はどこに出てきて、どの場合に適用になるのだろうか?と思って調べてみると、「集団的自衛権」という言葉はどこにも出てきませんでした。えー!ではどこに?と思ったら、「我が国の存立が脅かされる明白な危険がある場合」(いわゆる存立危機事態)(自衛隊法76条の改正)と出てくるところが「集団的自衛権」の対象になるそう。他の法案にもその「存立危機事態」にあたる言葉は出てきているの?
 それから国の実力行使には「武力行使」と「治安活動」があり、前者は対主権国で後者は対主権国以外となります。それらが11の関連法案に書かれていて、どこが「戦争」のことについて書かれているのか、また「外交」(PKO活動、駆け付け警護等)について書かれているのか。「集団的自衛権」は違憲で、「駆け付け警護」や「後方支援」はどうなのでしょう。「後方支援」は「武力行使と一体化しない範囲で」となっています。2008年に名古屋高裁でイラク派兵違憲判決が出ましたが、このことはどのように生かされているでしょう。
 他に自衛隊の活動で、在外国民の保護業務の範囲を、これまでの「輸送業務」のみから「警護・救出」までに拡大するというのもあります。でも「現地の治安当局が機能している地域」かつ「その地域の同意があること」という条件があるそう。
 11もある法案、具体的に誰が必要で誰のための法案なのか、現地での自衛隊の方の行動の責任の所在はどこにあるのか等、もっと知りたかったです。
 そして11の法案、全部一緒にくくってしまって、採決してしまうのもどうだったのでしょう???
 野党も質問したのですが、与党は持論を述べるだけで、時間がただ過ぎていきました。それなら国会に野党は存在しないも同じことです。野党も国民の代表なのに。

 いずれにしても、自衛隊の方が危険にさらされる方向に法案が改正されたのは確かだと思います。命に関わることであり、国民の大部分が反対やわからないとしている法案通すことを待って、ちゃんと疑問質問に答えて欲しい、との気持ちでした。

 ここでまた自問。
「自分はこの法案のどこに反対しているのかな?」

 ぐるぐるめぐって最後にたどり着くのは、

「選挙で選ばれたから、憲法の解釈は自分でやってもいい(違憲でも)」としたことです。いま目の前で起こっていることに反対の意思表示をしました。


安保関連法案反対の集会、パレードまたワタル担任の先生と。 - 2015.09.12 Sat

 「9.6安保法案廃案パレード わたしたちは戦わない! NO WAR Part2」(主催:北海道弁護士会連合会、札幌弁護士会ほか、共催:日本弁護士連合会)が9月6日にありました。先日、イブキとワタルと中島公園で参加した弁護士さん主催の集会、(デモ)パレードのパート2です。

 憲法を守らなくてもよくて、しかもその内容が人の命にかかわっていることで、どうしても「それでいいです」とは言えなくて、私はまた行くことに。今は参議院での採決目前とされています。
 今回もイブキとワタルをまた誘いました。

「ワタル、来年18再選挙だよ、イブキ、ワタル、二人とも社会勉強に行こ」

 前回偶然会場で会ったワタルの担任の先生は来るかな???

 当日になり、大通西3丁目に行くとすごい人。主催者発表で二千人でした。「高教組」のノボリを目指して行きましたが、先生がいません。パレードの前の集会では、ワタルはじっとしてられないので、いったんその場を離れ、噴水のところのベンチに腰をおろしました(前回もそうしていました)。まわりを見てみると噴水のまわりも参加者がたくさん。
 そろそろ(デモ)パレードが始まると思い、またノボリの方に向かって歩いていた時です。この前のように突然目の前に先生が!びっくり。

「ワタルくん!」
「先生!」
「今来たんです。福祉施設のお祭りがあって、そこに行っていました。また手をつないで歩きましょう〜!」

 またまた私たち母子は、「高教組」のノボリの後に付いて、パレードに参加してきました。

 ワタルは二回も先生とパレードに手をつないで参加するなんて。

 いのちは大事(いのちは大事) 何より大事(何より大事)
 だから no peace no life(no peace no life)
     no peace no life(no peace no life)


「ピースって何ですか?」
「ピースってね」
「先生の帽子は魔女の帽子ですか?」
「魔女の帽子じゃありません」


↑「あの建物は何ですか?」



 この日は日曜日で、次の日から通常の日でした。各ペルパーさんに、家で変わったことがあったらノートに書いて伝えています。ワタルが突然突拍子もないことを言い始めたらヘルパーさんは何を言っているのかわからないと思い、気がついた時はずっとそのようにしています。月曜日の朝はノートに「昨日はデモに参加しました」と書きました。月曜日の北海道新聞朝刊一面でもこの日の集会の様子が写真入りで載っていました。



社会福祉系学会会長共同声明「戦後70年目の8月15日によせて」        - 2015.08.14 Fri

 社会福祉系学会会長共同声明「戦後70年目の8月15日によせて」というものが出されているのを知りましたので、ここに転載します。日本福祉学会のサイトはこちらです

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社会福祉系学会会長共同声明「戦後70年目の8月15日によせて」       

日本社会福祉学会会長           岩田正美

日本医療社会福祉学会会長         岡本民夫

社会事業史学会会長            大友昌子

日本ソーシャルワーク学会会長       川廷宗之

日本看護福祉学会会長           岡崎美智子

日本仏教社会福祉学会代表理事       長谷川匡俊

日本福祉教育・ボランティア学習学会会長  松岡広路

貧困研究会代表              布川日佐史  
             

1 戦後70年の節目にあたる本年、自衛隊法、PKO協力法、周辺事態法、船舶検査活動法、特定公共施設利用法、国家安全保障会議設置法、武力攻撃事態法、米軍行動関連措置法、海上輸送規制法、捕虜取扱い法の10の法律改正をその内容とする「平和安全法制整備法案」および新たな「国際平和支援法案」の審議が進められている。これらはすでに昨年の集団的自衛権についての閣議決定に沿ったものであるが、従来の自国防衛から、「存立危機事態」へも対応でき、外国軍の後方支援も可能な「積極的防衛」への経路が、国民の安全や他国からの脅威を理由に広げられつつあるといえる。湾岸戦争時に「カネは出すが血は流さない」と国際社会から非難されたともいわれたが、今回の法案は「血を流す貢献」を可能にする環境を整えるものと考えられよう。だがこうした「積極的貢献」が、ある国をめぐる脅威の抑止力になりえるかどうかは、世界の各地で、今日も続けられてきている戦争の実態から、冷静な判断が必要である。

これらの法案が現行憲法に反し、法治主義をゆがめることについては、憲法学者を中心とした批判がある。ここでは社会福祉学の立場から次のような危惧を表明したい。1.どのような正義の名の下においても、いったん始められた軍事活動は、それが「後方」支援であろうと、同盟国への支援であろうと、そこに巻き込まれた国々の人びとの命と日常生活を一瞬にして奪い、孤児や傷病・障害者を増やすだけでなく、それらの深い傷跡が、人びとの生活に長い影響を与え、しばしば世代を超えて受け継がれていく実態がある。2.子ども、障害者・病者など「血を流す貢献」ができない人びとが、こうした事態の中で最も弱い立場に追いやられる。また民族や性別、階層の分断や排除が強められ、テロ等の温床にもなる悪循環が作られていく。3.これらから生ずる「犠牲者」への援護施策とそのための財政その他の社会的コストは一時的なものではなく長期に要請されることに特に留意したい。戦後70年経ってなお、戦争犠牲者への援護行政が続けられ、またそれを巡ってアジアの諸国との対立が続いていることがその一端を示している。4.財政再建を理由に社会保障・社会福祉費の削減が続いている今日、もし「積極的貢献」の負担増がこれに優先するようになれば、少子高齢化が深まる日本の社会福祉の未来は、更に暗いものとなろう。

2 他方で、日本社会福祉学会『社会福祉学研究の50年―日本社会福祉学会のあゆみ』(2004)所収の論文「戦後社会福祉の総括」において、著者阿部志郎氏は、戦後社会福祉が「戦時の「万民翼賛体制」のもとでの厚生事業との断絶があり、国家主義の否定の上に、戦後の民主的な社会福祉が到来したと認識しがちである」とし、自らも含めて日本の社会福祉が戦争責任を自覚してこなかったし、「アジアの国々はもちろん、沖縄さえ視野におさめていなかった」ことを深く恥じていると率直に告白されている(p7~8)。その点が、ボランティア運動でさえ「罪責感」を基礎に再出発した戦後ドイツの社会福祉との「決定的相違」だとも強調されている(p8)。私たちは、この阿部氏の告白をあらためて真摯に受け止める必要がある。社会福祉は、一方で一人ひとりの生活に寄り添いながら、同時に「多数の正義」の名の下での支配体制に容易に組み込まれる危険を孕んでいる。このことに社会福祉研究者は常に自覚的でありたい。

3 日本社会福祉関連の各学会は、90年代より国際交流を活発化させ、特に東アジア3カ国ネットワークの実現に向けて努力してきた。また留学生への支援も強化しようとしている。こうした交流の中で、社会福祉の今日的課題の共通性とともに、文化・歴史的背景の違いについての理解も深められている。「戸締まり」に気を配るだけでなく、国を超えた共同研究や実践交流の積み重ねの中で、相互理解を深めていくプロセスをむしろ大事にしたい。残念ながら、最近の政治的「緊張」が、こうした地道な相互理解の努力に水をさすことがある。しかし、回り道のようでも、緊張を回避していく別の回路を模索することが、学会や研究者の役割であり、国際的な社会福祉研究の水準を高める上でも意味があると考える。

戦後70年目の8月15日を迎えるにあたって、社会福祉研究者・実践者として私たちは、「血」ではなく「智」による、「抑止力」ではなく「協力」による未来社会を展望する努力を続けることを誓い合いたい。



平成27年 長崎平和宣言 - 2015.08.09 Sun

長 崎 平 和 宣 言



 昭和20年8月9日午前11時2分、一発の原子爆弾により、長崎の街は一瞬で廃墟と化しました。

 大量の放射線が人々の体をつらぬき、想像を絶する熱線と爆風が街を襲いました。24万人の市民のうち、7万4千人が亡くなり、7万5千人が傷つきました。70年は草木も生えない、といわれた廃墟の浦上の丘は今、こうして緑に囲まれています。しかし、放射線に体を蝕まれ、後障害に苦しみ続けている被爆者は、あの日のことを1日たりとも忘れることはできません。



 原子爆弾は戦争の中で生まれました。そして、戦争の中で使われました。

 原子爆弾の凄まじい破壊力を身をもって知った被爆者は、核兵器は存在してはならない、そして二度と戦争をしてはならないと深く、強く、心に刻みました。日本国憲法における平和の理念は、こうした辛く厳しい経験と戦争の反省のなかから生まれ、戦後、我が国は平和国家としての道を歩んできました。長崎にとっても、日本にとっても、戦争をしないという平和の理念は永久に変えてはならない原点です。

 今、戦後に生まれた世代が国民の多くを占めるようになり、戦争の記憶が私たちの社会から急速に失われつつあります。長崎や広島の被爆体験だけでなく、東京をはじめ多くの街を破壊した空襲、沖縄戦、そしてアジアの多くの人々を苦しめた悲惨な戦争の記憶を忘れてはなりません。

 70年を経た今、私たちに必要なことは、その記憶を語り継いでいくことです。

 原爆や戦争を体験した日本そして世界の皆さん、記憶を風化させないためにも、その経験を語ってください。

 若い世代の皆さん、過去の話だと切り捨てずに、未来のあなたの身に起こるかもしれない話だからこそ伝えようとする、平和への思いをしっかりと受け止めてください。「私だったらどうするだろう」と想像してみてください。そして、「平和のために、私にできることは何だろう」と考えてみてください。若い世代の皆さんは、国境を越えて新しい関係を築いていく力を持っています。

 世界の皆さん、戦争と核兵器のない世界を実現するための最も大きな力は私たち一人ひとりの中にあります。戦争の話に耳を傾け、核兵器廃絶の署名に賛同し、原爆展に足を運ぶといった一人ひとりの活動も、集まれば大きな力になります。長崎では、被爆二世、三世をはじめ、次の世代が思いを受け継ぎ、動き始めています。

 私たち一人ひとりの力こそが、戦争と核兵器のない世界を実現する最大の力です。市民社会の力は、政府を動かし、世界を動かす力なのです。



 今年5月、核不拡散条約(NPT)再検討会議は、最終文書を採択できないまま閉幕しました。しかし、最終文書案には、核兵器を禁止しようとする国々の努力により、核軍縮について一歩踏み込んだ内容も盛り込むことができました。

 NPT加盟国の首脳に訴えます。

 今回の再検討会議を決して無駄にしないでください。国連総会などあらゆる機会に、核兵器禁止条約など法的枠組みを議論する努力を続けてください。

 また、会議では被爆地訪問の重要性が、多くの国々に共有されました。

 改めて、長崎から呼びかけます。

 オバマ大統領、そして核保有国をはじめ各国首脳の皆さん、世界中の皆さん、70年前、原子雲の下で何があったのか、長崎や広島を訪れて確かめてください。被爆者が、単なる被害者としてではなく、“人類の一員”として、今も懸命に伝えようとしていることを感じとってください。

 日本政府に訴えます。

 国の安全保障を核抑止力に頼らない方法を検討してください。アメリカ、日本、韓国、中国など多くの国の研究者が提案しているように、北東アジア非核兵器地帯の設立によって、それは可能です。未来を見据え、“核の傘”から“非核の傘”への転換について、ぜひ検討してください。



 この夏、長崎では世界の122の国や地域の子どもたちが、平和について考え、話し合う、「世界こども平和会議」を開きました。

 11月には、長崎で初めての「パグウォッシュ会議世界大会」が開かれます。核兵器の恐ろしさを知ったアインシュタインの訴えから始まったこの会議には、世界の科学者が集まり、核兵器の問題を語り合い、平和のメッセージを長崎から世界に発信します。

 「ピース・フロム・ナガサキ」。平和は長崎から。私たちはこの言葉を大切に守りながら、平和の種を蒔き続けます。

また、東日本大震災から4年が過ぎても、原発事故の影響で苦しんでいる福島の皆さんを、長崎はこれからも応援し続けます。



 現在、国会では、国の安全保障のあり方を決める法案の審議が行われています。70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、いま揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています。政府と国会には、この不安と懸念の声に耳を傾け、英知を結集し、慎重で真摯な審議を行うことを求めます。

 被爆者の平均年齢は今年80歳を超えました。日本政府には、国の責任において、被爆者の実態に即した援護の充実と被爆体験者が生きているうちの被爆地域拡大を強く要望します。

 原子爆弾により亡くなられた方々に追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は広島とともに、核兵器のない世界と平和の実現に向けて、全力を尽くし続けることを、ここに宣言します。

                

2015年(平成27年)8月9日

長崎市長  田上 富久




平和宣言【平成27年(2015年)】広島 - 2015.08.09 Sun

私たちの故郷(ふるさと)には、温かい家族の暮らし、人情あふれる地域の絆、季節を彩る祭り、歴史に育まれた伝統文化や建物、子どもたちが遊ぶ川辺などがありました。1945年8月6日午前8時15分、その全てが一発の原子爆弾で破壊されました。きのこ雲の下には、抱き合う黒焦げの親子、無数の遺体が浮かぶ川、焼け崩れた建物。幾万という人々が炎に焼かれ、その年の暮れまでにかけがえのない14万もの命が奪われ、その中には朝鮮半島や、中国、東南アジアの人々、米軍の捕虜なども含まれていました。

辛うじて生き延びた人々も人生を大きく歪められ、深刻な心身の後遺症や差別・偏見に苦しめられてきました。生きるために盗みと喧嘩を繰り返した子どもたち、幼くして原爆孤児となり今も一人で暮らす男性、被爆が分かり離婚させられた女性など――苦しみは続いたのです。

「広島をまどうてくれ!」これは、故郷(ふるさと)や家族、そして身も心も元通りにしてほしいという被爆者の悲痛な叫びです。

広島県物産陳列館として開館し100年、被爆から70年。歴史の証人として、今も広島を見つめ続ける原爆ドームを前に、皆さんと共に、改めて原爆被害の実相を受け止め、被爆者の思いを噛みしめたいと思います。

しかし、世界には、いまだに1万5千発を超える核兵器が存在し、核保有国等の為政者は、自国中心的な考えに陥ったまま、核による威嚇にこだわる言動を繰り返しています。また、核戦争や核爆発に至りかねない数多くの事件や事故が明らかになり、テロリストによる使用も懸念されています。

核兵器が存在する限り、いつ誰が被爆者になるか分かりません。ひとたび発生した被害は国境を越え無差別に広がります。世界中の皆さん、被爆者の言葉とヒロシマの心をしっかり受け止め、自らの問題として真剣に考えてください。

当時16歳の女性は「家族、友人、隣人などの和を膨らませ、大きな和に育てていくことが世界平和につながる。思いやり、やさしさ、連帯。理屈ではなく体で感じなければならない。」と訴えます。当時12歳の男性は「戦争は大人も子どもも同じ悲惨を味わう。思いやり、いたわり、他人や自分を愛することが平和の原点だ。」と強調します。

辛く悲しい境遇の中で思い悩み、「憎しみ」や「拒絶」を乗り越え、紡ぎ出した悲痛なメッセージです。その心には、人類の未来を見据えた「人類愛」と「寛容」があります。

人間は、国籍や民族、宗教、言語などの違いを乗り越え、同じ地球に暮らし一度きりの人生を懸命に生きるのです。私たちは「共に生きる」ために、「非人道性の極み」、「絶対悪」である核兵器の廃絶を目指さなければなりません。そのための行動を始めるのは今です。既に若い人々による署名や投稿、行進など様々な取組も始まっています。共に大きなうねりを創りましょう。

被爆70年という節目の今年、被爆者の平均年齢は80歳を超えました。広島市は、被爆の実相を守り、世界中に広め、次世代に伝えるための取組を強化するとともに、加盟都市が6,700を超えた平和首長会議の会長として、2020年までの核兵器廃絶と核兵器禁止条約の交渉開始に向けた世界的な流れを加速させるために、強い決意を持って全力で取り組みます。

今、各国の為政者に求められているのは、「人類愛」と「寛容」を基にした国民の幸福の追求ではないでしょうか。為政者が顔を合わせ、対話を重ねることが核兵器廃絶への第一歩となります。そうして得られる信頼を基礎にした、武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みを創り出していかなければなりません。その実現に忍耐強く取り組むことが重要であり、日本国憲法の平和主義が示す真の平和への道筋を世界へ広めることが求められます。

来年、日本の伊勢志摩で開催される主要国首脳会議、それに先立つ広島での外相会合は、核兵器廃絶に向けたメッセージを発信する絶好の機会です。オバマ大統領をはじめとする各国の為政者の皆さん、被爆地を訪れて、被爆者の思いを直接聴き、被爆の実相に触れてください。核兵器禁止条約を含む法的枠組みの議論を始めなければならないという確信につながるはずです。

日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役として、議論の開始を主導するよう期待するとともに、広島を議論と発信の場とすることを提案します。また、高齢となった被爆者をはじめ、今この時も放射線の影響に苦しんでいる多くの人々の苦悩に寄り添い、支援策を充実すること、とりわけ「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

私たちは、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、被爆者をはじめ先人が、これまで核兵器廃絶と広島の復興に生涯をかけ尽くしてきたことに感謝します。そして、世界の人々に対し、決意を新たに、共に核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすよう訴えます。



平成27年(2015年)8月6日

広島市長 松井 一實




安保関連法案反対集会とパレードなぜかワタル担任の先生と。 - 2015.07.12 Sun

 昨日7月11日の土曜日、札幌中島公園で北海道の弁護士さんの団体が主催の安保関連法案反対集会がありました。安保関連法案はいま国会で審議されていて、来週再来週にも衆議院で採決されそう。
 私はいてもたってもいられず、これなら参加できそうという土曜日午後からのイベントにイブキ、ワタルと行きました。集会の後は、中島公園から大通公園までパレードがあります。
 行く前はワタルは何がなんだかわからない。イブキは渋っています。

「ワタル、18歳選挙だよ、来年から。イブキ、親と考え同じでなんてことは決して言わないから、何でも見て欲しいし、聞いて欲しいよ。とりあえず行こう行こう」

 中島公園駅に着き、広間の入り口に来た時です。

「ワタルくん!」

 誰かが呼ぶので確認すると、養護学校高等部の毎日大変お世話になっているワタルの担任の先生が!

「あれ~~!どうしてここにいるんですか!」

とお互いが大絶叫。

 私は、「SNSで知って参加できそうで来ました。もういてもたってもいらなくて。子どもたちも誘って来ました」と言うと担任の先生が「高教組なんですが、いてもたってもいらてなくて。母も誘って来ました」とのことでした。同じ気持ちなのがわかりお互い笑いました。

「あ、お母さんですか?いつも息子が先生に大変お世話になっています」

 毎日のように連絡帳でやり取りしている先生ですが、政治のことはまったく話したことがなくて、まだお互いがピンと来てないよう。

「一緒に参加しませんか?」先生が仰ってくださいました。少々心細かったので有り難かったです。先生に案内されて「高教組」のノボリのところに行ってみるとワタルの知っている先生方が他にもいました。「あれ〜、ワタルくん!」。

 今回の参加者は6000人とのことですが、偶然のこととは言え、本当によく会場で出会ったなぁと思います。

 すごい人、人、人。ちっちゃい子どもを連れたママたちや家族の姿もたくさん見かけました。
 
 その後の中島公園から大通公園までのパレードもワタルはずっと先生と手をつないで参加しました。

「せんそうってなに?」
「せんそうってね」

 私は先生と同じ気持ちで一緒に参加できてとても嬉しかったです。
 私たち母子、忘れられない出来事になりました。





中学生向き「今、日本で起きていること」 - 2015.06.29 Mon

 先日の「えほん 障害者権利条約」の中に出てくる『国連は、国際障害者年(1981年)に関連して「一部の構成員をしめだす社会は弱くもろい」と決議しました。言いかえれば、障害のある人が住みやすい社会は、だれもが住みやすい社会ということになります。バリアフリーという考え方が広がれば、障害のある人が移動しやすくなるばかりではなく、みんなが便利になるはずです。障害のある人の社会参加度は、そのまますべての人のくらしやすさ度につながるのではないでしょうか』という箇所がありました。
 これは政治参加についても同様だと思います。今国会で安保法案が問題になっていますが、なぜかより難しく難しく、と思います。難しくすればするほど、政治参加できる人が限られてきます。どうにかやさしく理解しやすい方向に向かって欲しいと思います。私も本当に非常に助かります。

 以下、フェイスブックで知った民主党衆議院議員のたまき雄一郎氏の「今、日本で起きていること」(6月27日アップ)というブログ記事の転載です。



『立憲主義』って一体、何ですか?と地元の中学生数人に聞かれたので、中学生にも分かるように、説明してみたいと思います。



『立憲主義』とは、一言でいうと、国民の自由・権利を守るために、憲法で権力を持つ人の行動をしばることです。



まだ、難しいですかね?



もし憲法が、その時々の総理や官僚によって勝手に解釈、変更できるようになれば、どうなるでしょう?



例えば、権力を持つ人が正しいと考えることだけを認め、違う意見を言う人は逮捕する、そんな世の中だったら絶対嫌ですよね?



でもわずか70年前の日本では、そんな状況がたくさんあったのです。例えば「その政策はまちがっている」そう言っただけで、人は逮捕、投獄されました。



そんなことにならないように、憲法で政治家や公務員の勝手な行動をしばっておこうという考えが『立憲主義』なのです。



今、安倍総理は「世界情勢の変化にあわせて憲法解釈を変えるのがむしろ当然で、それをやらない方が無責任だ」と言っています。



こうした総理の発言はニュースなどでも取り上げられましたが、私は実際にその場で発言を聞いていて、こんなことが起こっていること自体に、背筋が凍る思いでした。



これは、『立憲主義』の考え方から完全に外れています。憲法解釈を自由に時の政権の考えで変える、それは、越えてはいけない一線を越えてしまっているのです。



そして、『立憲主義』の考えを無視してつくられている、この「平和安全法制整備法案」の何が問題なのか説明しましょう。中学生の皆さんにも分かるように、できるだけシンプルに書こうと思います。



まず「国を守るため」と安倍総理は声を大にして言っていますが、他国が日本に攻撃してくれば、自衛隊は今の憲法でも十分戦うことができます。



国会で通そうとしている「平和安全法制整備法案」は、

1.「日本が攻撃されていないのに自衛隊が戦えるようにする」

2.「自衛隊を海外のどこにでも派遣できるようにする」

これらが主な内容です。



厳しい世の中になっているのだから、日本もアメリカなどと一緒に戦わなければならないという理論です。



でも本当にそうでしょうか?



厳しい世の中になっているからこそ、日本と日本人の命を守るために、他国の戦争には軽々しく加担しないことが、本当は大切なのではないでしょうか。



それが、私がかつて外交官として世界を見て回って肌で感じた、日本が取るべき最良の策だと信じています。



誤解して欲しくないのは、それは、何もしないこととは違います。



外交、調停、災害援助、崩れてしまった国を立て直す、病気を撲滅する…武力ではなく、積極的に平和に貢献できる方法はたくさんあります。



特に日本は宗教戦争を経験していない珍しい立場の先進国であるからこそ、欧米諸国にはできないことがあるのです。



日本には、これまで歴代の政権が築きあげてきた平和国家の「信用」という財産があります。それを活用して日本独自の貢献ができるはずです。そして、そういう日本の姿勢が最終的に国民に安全をもたらすのです。



米国の後をついていって戦争に加わって、本当に日本は安全になるのでしょうか?私は、米国の議員とも話をしますが、日本は米国とは違う役目を果たせると意見する議員もいます。



でも、中学生のみなさんには、この話、どちらが正しいのかすぐに判断するのは難しいかもしれません。ただ、これだけは忘れないでください。

「いい戦争というのは絶対にない」ということです。



武器を持って海外に出ていけば、自衛隊の皆さんが死んだり傷ついたりする危険は高まります。そして、何の罪もない他国の市民を悲惨な戦いに巻き込んでしまう危険も高まります。



総理や大臣という偉い人たちから「外国からの危機が迫っている」「戦える準備をするのが当然だ」そんなふうに不安を煽(あお)られれば、その通りだと思うかもしれません。



でも、聞いて下さい。



私は、かつて外務省で働いていました。その時に、中東やアフリカを担当していました。中東和平の支援が私の仕事でした。ヨルダンのアブドラ国王やリビアのカダフィ大佐とも直接会って話をしたこともあります。



また、米国のハーバード大学のケネディスクールに留学したときには、世界中から集まった仲間たちと政治や外交を研究しました。



だからこそ、今の世界の問題点もよく理解しているつもりです。そして平和を維持することの難しさも。



平和はつくらなければいけません。

でも、この法案では、平和はつくれない。

法案名に「平和」とついていますが、逆に、日本と日本人の安全を損なうおそれがあります。



私は、これまで日本が世界から受けてきた平和国家としての信用を守りぬき、それで戦いたいのです。こんなに大切で尊い国の財産はないからです。



子どもを親を配偶者を恋人を、殺された怒りは世代を超えて必ず連鎖します。



他国の戦争についていけば、必ず日本も「敵」になります。敵になればいつか必ず日本でもテロが起こります。これこそ、まさに新しい変化の本質なのです。



もう一度言います。



武力ではなく、人道支援など、苦しんでいる人たちが平和に安全に暮らせる状態にすることに積極的に貢献することが、日本国民の安全を守ることにつながるのです。



最後に、『立憲主義』と同じく、中学生の皆さんにもうひとつ知っておいてもらいたいことがあります。



前回の選挙でアベノミクスという経済政策を訴えた自民党は圧勝しました。その結果、今、どんな法案でも数の力で強行採決できる状態にあります。民主主義は多数決ですから、安保法案もこのままでは通ってしまいます。



今できることは、多くの皆さんに、たとえ一人であっても、おかしい!との声をあげていただくことではないかと思います。自民党の中でもそう思っている人は、本当はたくさんいると私は信じています。



もし皆さんのまわりに、よく分からないと言っている大人がいれば、どうか『立憲主義』がなぜ大切なのか、説明してあげてください。



皆さんの将来に大きくかかわる問題です。知らなかったでは、すまされない。あなたたちの問題なのです。



私も、がんばります。

「今、日本で起きていること/玉木雄一郎」より

ほかに、仙台のあやめ法律事務所の「民主主義と立憲主義のはなし」も中学生向きです。



「18歳投票権と有権者教育」毎日新聞のコラムより - 2015.06.20 Sat

 6月17日改正公選法が成立し来夏参院選から18歳以上に選挙権が。18歳になったワタルも対象になりました。
 先日コンビニで毎日新聞を買ってきました。政治アナリストの横江公美さんの「18歳投票権と有権者教育」に大事なこと書いてあると思いました。

「アイスクリームに賛成ですか?反対ですか?宿題に賛成ですか?反対ですか?」というアメリカの有権者教育の一例から始まるコラムです。

 真ん中くらいからは「誰に投票するかは四つの点で確認する」ことが書かれています。四つのこととは、

 一つ目は、政党、候補者の主張する全ての政策についての情報を集めたかどうか。
 二つ目は、扇動的に書かれた情報にあおられていないかどう確認する。
 三つ目は、情報源の確認。
 四つ目は、自分の決定によって利益を得る人と不利益を被る人を考え、多くの人を幸せにすると思えば、ここで、誰に投票するかを決定する。

 最後は「大人も巻き込んだ質的な有権者教育が広まる機会になってほしい」と結んでいます。


↑クリックすると大きくなります。

新聞読むなら、毎日新聞。  新聞読むなら、毎日新聞。




先週ワタルが見学した国会議事堂で。 - 2015.06.13 Sat

 ワタルは先週国会議事堂に見学に行きましたが、その国会でいま安保法制案でもめています。6月4日の衆議院憲法審査会で参考人として招致された憲法学者3人全員が「安保法制が集団的自衛権を行使できるとしていることは違憲である」と言いました。それに対して官房長官は「合憲といっている憲法学者はたくさんいる」と言いました。この辺りから審議はストップした状態です。

 いくら選挙で勝ったからと言っても、何でも「数で押し切る」ことは民主主義のルールからも逸脱していると思います。少数意見を聞いてもらえない不満の気持ちは、ずっと残るでしょう。

 日本国憲法ですが、誰に向けて書かれているかというと、国民ではなく閣僚や国会議員の国家権力者(99条)。国家権力をしばるために憲法はあり、集団的自衛権の行使をできるとすることは招致された憲法学者3人に違憲と言われました。歴代内閣も集団的自衛権はできないとしていて、現役の自民党議員(村山誠一郎衆院議員)や自民出身の戦争体験がある重鎮山崎拓氏、亀井静香氏、藤井裕久氏、武村正義氏が共同記者会見安全保障関連法案への反対を表明しました。立場が逆な団体ではなく同じ団体(団体出身者)からの意見も色々な意味で重たいと思いますし、重たいと感じて欲しいです。

 そのことでは、自民出身の小樽の箕輪登氏の自衛隊のイラク派兵違憲訴訟を思い出します。亡くなってしまったのですが、最後に残した言葉です。

 何とかこの日本がいつまでも平和であって欲しい
 平和的生存権を負った日本の年寄りの一人がやがて死んでいくでしょう
 やがては死んでいくが死んでもやっぱり日本の国がどうか平和で働き者の国民で幸せに暮らしてほしいなとそれだけが本当に私の願いでした




4月12日の北海道知事選挙の争点。 - 2015.04.05 Sun

 4月12日(日)投開票の北海道知事選立候補者は現職高橋はるみ氏と新人の佐藤のりゆき氏。
 全国的に自民党と民主党が相乗りの知事候補者が多い中、北海道は分かれました。
 高橋氏は自民党道連、公明党道本部、北海道経済連合会、日本商工連盟北海道連合会、北海道農協政治連盟、北海度医師連盟などが支援。
 佐藤氏は民主党北海道、共産党道委員会、新党大地、維新の党道総支部、社民党道連、市民ネットワーク北海道、緑の党、連合北海道、北海道農民連盟、「北海道の未来を拓く知事を!」道民ネットなどが支援。

 写真は北海道新聞による知事選の争点の順位です。
 今回(3/20〜22)の調査での一位が「泊原発の再稼動の是非」二位が「医療、介護、福祉など社会保障政策」三位が「景気・雇用対策」です。
 泊原発の再稼動については、高橋氏は「イエスともノートも言うべきではない」とし、佐藤氏は再稼動反対の姿勢です。
 福島での事故後、福島から避難してきている方も住んでいる北海道で事故が起こったらまた避難することにもなりかねません。ぜったいはないのですから、安心安全な世の中のためにも、原発に頼らない社会を何とか構築していきたいです。






『戦争せぬ国に一票投ず』父の新聞投稿。 - 2014.12.13 Sat



 ↑12月12日北海道新聞朝刊読者の声欄、父の「戦争せぬ国に一票投ず」です。写真をクリックすると大きくなります。



「支持政党なし」党に投票しちゃった~⁉︎ - 2014.12.12 Fri

 リュウは無事に入院中のM病院で、12月10日に不在者投票をすることができました。ホッ。
 今回は、私の立ち会いができ、投票用紙も見ることができました。ネットで話題の北海道で立候補の「支持政党なし」党も他の政党と一緒に印刷されていましたよ〜。
 
 今日(12月12日)のことです。私はいつものように仕事帰り病院へ。病院で顔見知りになった働いている人に、
「選挙明後日ですね。さっきニュースで今日を繰り上げ選挙日にした道北の町で、投票率低いって言ってました〜」
と私が言うと、
「そうなんだ、私もう期日前投票で選挙したんだよね。それがさ、支持政党なしってあってそれに投票しちゃったの」
とその方。
「ええ〜〜!インターネットで話題になっていますよ!そう言う名前の党だって」
「うん。今ならわかるけど、期日前投票だから情報が私に流れてなくてわからなかったの〜〜!ダマされた〜」
「そうなんですか!」
「うん」

ということでした・・・。

 北海道で立候補している「支持政党なし」は、そういう党名の政治団体ですので、注意が必要ですよ〜。
 「支持政党なし」党のホームページは、ここをクリックしてください


↑こちらはネット上の写真です。私が見たのは、「支持政党なし」は一番最後でした。今日話した方も一番最後だったと言っていました。


「どこに投票したら?」の方は毎日新聞「えらぼーと」で投票の目安が!? - 2014.12.10 Wed

 12月14日(日)は衆議院議員選挙に行こうとうながされてもどこに投票したらいいのかわからないという方は、毎日新聞の「えらぼーと」というサイトで一度試してみてはどうでしょう。選挙の争点の「賛成、反対、無回答」で15の質問項目を答えて行くと自分の考えに近い政党と、小選挙区の候補者名が最後に表示されます。「任意」のところは記入しなくてもいいです。あと何回でもできます。フェイスブックで色々な情報が流れてきて、そこで知ったのですが、こんなのあるんだ〜と思いました。イブキのように初めての選挙の方も一つの参考になりそうです。


↑毎日新聞ボートマッチ「えらぼーと」2014衆院選のトップページは上の写真をクリックしてください。「スタート」を押すと質問が始まりますが、その下の「えらぼーと とは」と「使い方」も見てみて下さいね。





↑質問全部答え、これから小選挙区の自分の住んでいるところを選ぶ画面。ここを選ぶと自分に合っていると思われる小選挙区の候補者が。ここで私は北海道以外に東北、東京、大阪、沖縄など飛んでみました・・・。

 あと自分は与党だと思っていたのが野党だったり、その逆だったりしたら、自分にびっくりするかもしれません。


ー ー ー ー ー ー ー ー ー

「ボートマッチとは?」以下ウィキペディアより

「概要」
選挙に関するインターネット・サービス。立候補者や政党に対し、選挙で争点となりそうな政策や問題に関するアンケートを送付。提出された回答を基にデータベースを作成し、有権者が同じアンケートに回答する事で、有権者と立候補者、または有権者と政党との考え方の一致度を測定することができる(政党に関しては、ボートマッチを主催している団体が各党のマニフェストなどを分析し、それをデータベース化している場合もある。)。
ヨーロッパでは広く普及しているサービスである。

「名称の由来」
「ボートマッチ」は、英語による呼び方。「ボート」(vote)は英語で「投票」や「票」、「参政権」、「選挙権」などを表す語で、「マッチ」(match)は「適合する」または「一致する」などの意味を持つ語である。その他に、ドイツでは「バール・オ・マート」(Wahl-O-Mat)、オランダでは「ステムバイザー」(StemWijzer)などと呼ばれており、国や言語によって呼び方は異なる。

「歴史」
サービスの発祥はオランダ。心理テストを元に、1980年代後半に開発された。当時は紙によるテストで一致度も有権者自身が計算しなくてはならなかったが、デジタル化が進みコンピュータで計算できるようになった。1998年からインターネットによるサービスが始められる。その後オランダ国内での普及が進み、更にヨーロッパの他の国へも広がった。現在ではドイツやブルガリア、フランス、スイス、ベルギーなどでも行なわれている。
日本では、2001年7月に行なわれた参議院議員選挙で初めて、佐藤哲也がインターネットを利用した争点投票支援システムを実施した。その後、第21回参議院議員選挙で毎日新聞社と日本版ボートマッチ ワーキング・グループがそれぞれ独自に、インターネットを通じてボートマッチを実施した。



道内45市町村議会「反対」-集団的自衛権。 - 2014.07.01 Tue

 集団的自衛権今日閣議決定とのことですが、北海道から45市町村議会で、憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認に反対する趣旨の意見書が提出されており、国内では全部で138件になるそうです。
 こちらも選挙で選ばれた人たち。



7月1日(火)北海道新聞一面。写真左は道内の意見書を可決した議会。写真右下は、「六花亭喫茶室」の広告。



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vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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