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2018-08

リュウの大好きなお母さんが急逝しました。 - 2015.12.30 Wed

(12月27日に書いたものです。)

 いつも元気なリュウの大好きなお母さんが12月24日に89歳で突然亡くなりました。
 この二、三日、私たちは茫然自失の状態の中、リュウを連れて、目の開くことがないお母さんに会いに行ったり、今日はリュウも一緒にお骨を拾いに行きました。

 踊りの師範もしていて、自分のことは最後まで自分でしての自宅での自然死(老衰)です。

 遺影は、病院の4階でリュウとほっぺをくっつけて、微笑んでいるお母さんのもの(写真屋さんで加工してくれました)になりました。
 言葉ではあらわせない素敵な笑顔です。

 リュウのお父さんは、イブキが生まれたて一週間後に亡くなっています。

 今年の6月、「リュウを車イスに乗せてそれを押すから、一緒に旭山動物園に行こう」と言ってくれてありがとうございました。

 私たちからの米寿のプレゼント、着物にも合うようにと小樽の染物屋さんで買ったバッグ、喜んでくれてありがとうございました。

 向こうでお父さんとまた仲良くしてくださいね。

 ご冥福をお祈りします。



予約していた今年のクリスマスケーキは、家族バラバラで。




病棟での突然のクリスマスコンサート。 - 2015.12.23 Wed

 今年で私たちは3回目!先生や看護師さん、ソーシャルワーカーさんとかスタッフの人による病棟での突然のクリスマスコンサートが昨夜ありました。突然現れて歌って、違う階に行って歌って。
 今年は看護師さんが「何分くらいに来るそうですよ!」と教えてくれました。そして患者さんを誘ってディスペースに連れてきてくれていました。
 リュウと私は、その時間夕食のためディスペースにいるので、過去2回遭遇し、今年もお目にかかれました。

 隣で車いすに座っている女性の患者さんが一緒に歌ってる!

 その患者さんはいつも目を閉じていて、体が大きく右に傾いた状態で車いすに乗っているので、一見お話はできなさそうに見えますが、隣で歌っています。
 でもこの患者さん、話しかけたら返答があります。それに気がついたのはだいぶ経ってから。看護師さんが話しかけているのを見て、「お話できるんだ」と思い、その後は私からもたまに話しかけています。
 その患者さんが歌ってる!私に聞こえる声で。それも隣にいる車いすの女性に歌詞が載っている楽譜を見せてもらって。患者さん同士で助け合って、クリスマスソングを歌っているなんて。胸がいっぱいになりました。

 うたう人たちが去る時、その車いすの女性に「誰々さん!」と呼びかける人がいて、車いすの女性も「なになに先生」と答えていました。

 リュウは反応してなさそうに見えましたが、終わったあと「聞いた?」としつこく聞くと、ムッとして「キイタ」と答えてくれました。
 
 素敵な時間をありがとうございました。


↑指揮に合わせて。


↑隣の車いすの患者さんに楽譜を見せてもらって、クリスマスソングをうたう車いすの患者さん。



リュウお誕生日おめでとう〜! - 2015.11.21 Sat

 11月16日(月)がリュウの誕生日。
 前日の日曜日に、リュウの長男夫妻からお誕生日ケーキが届き、午後に病院に持っていき、4階の談話コーナーで、イブキ、ワタルと家族四人でいただきました。
 リュウは車いすで移動。体が右に傾いていましたので、右側にクッションをはさみました。

 リュウはむせることなく、結構食べられました(果物やマカロンは除いて)。

 リュウ、58歳のお誕生日おめでとう〜!

 美味しいケーキ送ってくれた長男夫妻に感謝です。

 美味しいね!


↑マカロンケーキ。かわいい。



また勤労ちゃんの差し入れ! - 2015.11.21 Sat

 勤労ちゃん、先月も差し入れてくれました。その時の様子、一ヶ月かかってつくったという寒天のお菓子がもったいなくて冷蔵庫にしまっていると書いたら、先週たくさん作って持ってきてくれました。わざわざ・・・。
 それと、砕いたらリュウさんも味わえると、落雁を京都から取り寄せてくれて、持ってきてくれました。

 飲み込みがよくない時があるので、寒天は様子みています。
 落雁は、言われた通りに砕いて口に含んでもらうと、「甘い」と反応あります。

 ゆっくり、味わっていただいています〜。

 本当にありがと。


↑左が落雁。私の落雁のイメージと味も見た目もちがう。右が手作りの寒天のお菓子。柑橘のさわやかな味がします。


↑こちらも勤労ちゃんの差し入れなのですが、90歳代のお料理教室の先生が作ったものだそう。先生が技術等を伝えなくちゃと、お料理伝授を生きがいにしているそう。お裾分けをしていただきました。リュウはちょっと食べられなくて、子どもたちといただきました。こちらもパワーいっぱい。



漢字クイズに「バカ言うな!」 - 2015.11.17 Tue

 できそうな時は夕食後「漢字クイズ」をしています。
 今日は「御曹司」という漢字が出ました。リュウは、

「・・・オンゾウシ・・・」

と何とか私が聞き取ることができる声で言いました。
 続けて私が、

「御曹司?リュウのことじゃない!リュウのことじゃ!」

とふざけて何回も耳元で言いました。すると、

「・・・ッバカイウナッ!」

と聞き取れる言葉で返しました。

 リュウのこういう聞き取れる言葉は久しぶり。

 聞き取れる言葉が聞けるんだったら、何回でも馬鹿言うわ。







年に一回の神経内科のH医師受診。 - 2015.11.17 Tue

 年に一回は神経内科のH医師の受診を受けます(今入院しているM病院は神経内科の先生がいません)。
 昨年は5月だったのでもうとっくに受診が終わっているはずなのですが、今年はリュウの障がい年金の更新年で、手続きに該当する11月に受診しました。受診した日は、11月10日です。T先生もお手紙を書いてくれました。やり取りしてくださったソーシャルワーカーさんもありがとうございました。一日がかりになるので、私は会社にお休みをもらいました。

 前回は自立歩行でき、歩いて診察室に入って行ったのですが、今年は無理そうです。M病院で車椅子イスをお借りして、車に積んでいきました。
 
 S病院の駐車場に着き、車イスを用意して、私の介助で助手席に乗っているリュウに移動してもらいます。この日はあいにくの雨・・・。リュウは何となく、身体も心も今ひとつかな。。。

 11時くらいに呼ばれて、H医師の診察室へ。

「約1年半ぶりです。お久しぶりです。論文もおめでとうございました」

 私が笑顔で挨拶をしました。先生も笑顔で挨拶をしてくれたのですが、車イスのリュウは、反応が今ひとつです。何か言おうと声を出しても、聞き取ることができません。でもイエスかノーかは何となく意思表示してくれます。私が最近の様子を伝え、H医師が座っているリュウの足を自分の膝の上に乗せて伸ばしたり、ペンライトを持って、目の動きを調べたりしました。

「膝は伸びないこともないですね、病院でのリハビリの効果だと思います。目の動きと舌の動きは今ひとつのようです。そう言えば、昨年は美瑛のペンションに行ったことを、ご本人から教えてくれたのですが・・・」と先生。
 リュウが黙っているので、「この前、芸術の森に行きました」と私が言いました。

 リュウは二人の会話を聞いていても、あまり反応がないように見えます。
 H医師が「ここは前まで通っていたS病院ですよ、私はHですよ」と言っても、なんかピンと来ていないよう。

 でもこの診察室には何年もずっと通っていたし、このメンバーもずっと一緒だし、初対面ではないはずで、実際は和やかな雰囲気でした。H医師もずっと明るい表情で対応してくれました。

 私は何となく、その場で聞きたいことをお聞きました。

「先生、夫はイクセロンパッチ(リバスタッチ)を貼っているのですが、先生もPSPの患者さんに処方しますか?」
「飲み薬が合わない患者さんに処方していますよ」
「そうですか、何ミリですか?」
「9ミリが最高で、4ミリの方もいます」
「夫は、4ミリだと少なくて、9ミリだと多い感じで、今は9ミリの四分の三です。10時に看護師さんがハサミでカットして貼ってくれています。それでも多いと感じる時は、私が夕食時に四分の一にしたり、はがしたりしています。その量は連絡ノートに記入しているし、私が量を調節することは先生にはお伝えしています」
「アセチルコリン(イクセロンパッチ等)のお薬を通常量にもってゆくには、PSPの場合、まずノルアドレナリンの絶対的欠乏があり十分な補充が大事です。ノルアドレナリンにつりあうようにドパミンの薬を増やして、最後にやっとアセチルコリンのお薬が増やせることになります。リュウさんの場合、ノルアドレナリンのお薬とドパミンのお薬も少し増やしていただけるようお願いしてみましょう」
「そうなんですか。よろしくお願いします」

「グルタチオン点滴なんですが、ずっとしているのですが、し始めは効果も感じられました。でももう1年半やっていて、最近どうなのかなって。T先生にも言ったら、一回止めてみましょうとなって一回止めたんです、8月に。止めて二週間目くらいにすごく調子が悪くなって再開しました。やっぱり必要な感じです。でもなんか量が多い感じがしてきて、3000ミリだったのですが、最近2000ミリに減らしてもらいました」
「グルタチオンはいいと思います。リュウさんは敏感なところがあるから、減らしたりしてもいいと思います」
「ここの病院でもできますか?」
「いえ、採用された薬しかできませんので、できません」

 その他に、H医師と私がお話していると、急にリュウが車イスから立ち上がろうとしました。自立歩行は無理なので慌ててH医師と私が体を支えます。そのままリュウは、支えられながら診察室を二往復しました。

「ちょっと重心が後ろですね。私に歩けることを教えてくれているんですね、リュウさん。今日はお会いできて本当に良かったですよ。T先生やほかのみなさんにもよろしくお伝えください」

 何回も通った診察室、先生。そして私たち。

 慣れ親しんだ空間でもあります。

 また、また、来年もここで診察受けよう。

 ね、リュウ。


↑H医師の診察室の前のカード。


↑診察が終わると、お昼を過ぎていました。近くのカレー屋さんへ。雨が降っていて、移動が大変でした。チーズカレーハンバーグです。リュウに「美味しい?」と聞くと「ウン」と言っていました。7割くらい食べられました。私はカレーうどんを注文しました。10割食べられました。


↑食後のデザートです

※H医師がお手紙を書いてくださり、T先生がお手紙の通り、ドプスとメネシットを増やしてくれるそうです。ありがとうございます。
※H医師、障がい年金の更新のための診断書、昨日届きました。ありがとうございました。




このゼリー美味しい。 - 2015.11.07 Sat

 リュウは寒くなってくると調子を落とす、それは在宅時代から思っていたことです。体の動きもそうだし、認知症状が目立ったのもそうでした。入院してもその心配は変わらないと感じています。ここのところ、夕食が半分まで食べられないことが多くなってきました。その場合は、胃から栄養を摂ります。あと、私が手を引いて歩いているのですが、何とも不安定な感じです。自立歩行は無理です。

 昨夜は夕食は半分まで食べられ、食後にデザートのゼリーをいただきました。このゼリーはお見舞いでいただいたものです。二人で食べたのですが、このゼリーの美味しかったこと!

「美味しいね、美味しいね・・・」

 二人で一緒に美味しいもの食べられて、幸せだ。


↑本当に美味しくて、嚥下に心配のある人やそうでない人も食べて欲しくてネット通販を探したのですが、ないようです・・・。北海道の「もりもと」の「太陽いっぱいのぶどうゼリー」です。千歳空港にあるかな。





勤労ちゃんの差し入れ!再び。 - 2015.10.18 Sun

 勤労ちゃんがこの前差し入れしてくれたと思ったら、先週また差し入れしてくれました!またまた病院まで持ってきてくれました。

「リュウさんが良くなってくれるんだったら、毎日でも来るよ」

 心に染み入る、そんな言葉を残してくれました。
 リュウは最近飲み込みがあまり良くなく、あまり食べられません。でも状態は安定していますよ。この日夕食のあと、勤労ちゃんの黄色のすり身のおかずとお団子を少しいただきました。でもこの度は特に変わらず・・・?

 いや、変わらないってことが奇跡かな!

 じゅうにぶんに気持ち届いたよ。
 ありがとうございます。


↑素敵なおかず。


↑出来上がるまで一ヶ月かかったという寒天のお菓子。それを聞いて、もったいなくて病院の冷蔵庫にしまってあります・・・。

 他にもイブキとワタルと私へときりたんぽ汁と大福が。ワタルは「この汁にご飯が入っている!」とびっくりしながら、完食していました。

 美味しかったです。ごちそうさまでした。



「札幌芸術の森美術館」に一家でお出かけ。 - 2015.09.27 Sun

 ワタルと百合が原公園に行って車イスの利用者さんがリリートレインに乗っているのを見て、「リュウも乗れたんだ〜」と思った次の日(23日)、「今日もお天気もいいし、今度こそはリュウもお出かけ!」と思い、午後から一家で札幌南区にある「札幌芸術の森美術館」へ。T先生、看護師さん、突然ですみません・・・。

 ここは、一昨年7月に「北海道立近代美術館」にリュウとイブキと行った後、「次は札幌芸術の森美術館に行きたいね」とたまにリュウと会話していたところです。


↑まずは室内美術館へ(芸術の森美術館は「芸術の森」のひとつの施設。他にも野外美術館や野外ステージなどいくつもの施設があります)。
 「スイスデザイン展」が開催されていました。デザインはリュウの専門だから、リュウは喜んでくれるはずです。


↑駐車場料金所で「身障者がいて車イスで室内美術館へ行きたい」と言うと、室内美術館すぐ横にある身障者用スペースを教えてくれそこに車を停めまました。


↑美術館への道。


↑美術館前の池。
 室内美術館内は撮影禁止で館内の様子の写真はありません。リュウは「デザイン・・・」と言っていました。スイスのデザインのポスターを見た時です。それなりに楽しんでいたと思います。
 
 出てから窓口で「次は野外美術館に車イスでまわれる範囲でまわりたい」と私が言うと、

「野外美術館の料金所と入り口は『芸術の森センター』にあるけれどもそこからは階段があり中に入れません。隣の「アートホール」の身障者用駐車場に車を停めてください。その右側の方に車イス専用の入り口がありますのでそこから入ってください。鍵がかかっていますので、どなたかが芸術の森センターの料金所に行き、受付をしてください」

と言われその通りにすると、何と!「芸術の森センター」の野外美術館の料金所で、車イスの方専用のパンフレットを渡されました。すごい!

 ※下の方に、パンフレットの写真あります。


↑車イス方専用の野外美術館入り口。係りの方が鍵を開けてくれるところ。


↑車イスの方専用のパンフレット通りに進みました。車イスで通れるところがわかるようになっています。モデルコースを通って行きます。でもその中に「通行できます」と「注意してお通りください」という箇所があり、後者の「注意してお通りください」の箇所は結構厳しかったです。あと、登り下りの坂道もありました。介助は一人では無理かもしれません。
※写真は「通行できます」の道。登り道になっていて、二人で押しています。


↑ここは「通行できます」の道。向こうに作品が見えます。


↑右側にも作品が。


↑池と門を見るリュウ。


↑ここは「注意してお通りください」の箇所。舗装されていなくて、木の根が出ています。


↑砂澤ビッキの「四つの風」の前です。写真で柱がひとつか見えません。もともと四つあったのが、風化して倒れてしまいました。その「倒れるであろう」ことも砂澤ビッキさんの作品。

「リュウ!作品です。砂澤ビッキのよっつの風!」
 私は作品を前にすると大声でリュウに言い、リュウの目が作品をとられているのかどうか確認しました。


↑「リュウ!作品です。『挑発しあう形』です!」


↑こちらも「注意してお通りください」の道路。チップの道。タイヤがからまってなかなか進みせん。押す力もたくさん必要です。でも下り坂。


↑「ワタル、お母さん作品を言うの疲れたから代わって」私がそう言うと、

「リュウ!作品です!」

とワタルが私の真似をして声を張り上げました。

「ワタル、リュウじゃないでしょ、お父さんでしょ」と私。私は苦笑いしました。


↑「お父さん作品です!」とワタル。


↑目の前に赤い実が。するとワタルが、

「お父さん!作品です!『赤い実』」と言いました。

 それを聞いて可笑しくなり、笑ってしまいました。本気で言っているのか、冗談で言っているのかわかりません。


↑無事にモデルコースを終え、スタート付近に戻ってきました。この階段下が普通の入場口になります。車イスではぜったいに無理ですね!

 私は福田繁雄の「椅子になって休もう」を見たかったし、みんなにも見てもらいたかったのですが、そこに行く道は「危険です」となっていて、見ることができませんでしたが、車イスの方用のパンフレットも用意されていて、感心しました。でも先にも書いたように、一人の介助者では厳しいです。上り坂は二人で押しました。チップの道もザクザクという感じを中を進まないといけません。

 でも楽しかったです〜!


↑帰りはアイス屋さんに寄りました。


↑ワタルのイチゴのジェラート。よく見ると、アイス屋さんの隣の温室にイチゴがなっています。リュウはキャラメル味のアイスを食べました。

 美味しかったです。


↑車イスの方用のパンフレット。


↑車イスの方の入り口。


↑色分けされている道。


↑すべて緑色の「通行できます」でひとまわりはできなくて、その中に黄色の「注意してお通りください」が含まれています。


 シルバーウィークに一家四人で芸術の秋を堪能できました。病院のみなさん、ありがとうございます。機嫌は悪くなく、本人も目でしっかりと各作品を見ていて、それなりに楽しんでいたようでした。行きも帰りも車がたくさんで、帰る時間が遅くなってしまいすみませんでした。


「イヤ、サンポスル」 - 2015.09.09 Wed

 うわぁ今日は調子悪そうかなぁ〜
 歩き方も不安定だし、目もトロンとしていて眠たいのかな???
 食もなかなか進まない・・・

 そんな感じで始まった今日の夕食です。そのとき突然携帯電話が鳴りました。メールです。

「いま、一階にいるから来て」
「???」

 勤労ちゃんが!?どうして?びっくりしながら行ってみると勤労ちゃん本人がロピーのイスに座っていました。

「柿の葉寿司作ったからリュウさんに食べさせてあげて」
 バッグから取り出してくれました。
「ありがとう!でも、今日は調子が悪いの・・・」
「じゃあ、あなたが食べてね」
「わかった。でも、なんでここにいるの?うちは小樽なのに」
「用事があったから。じゃあまた」

 他のことも話しましたが、リュウの夕食中ということもあって、あっという間にいなくなりました。
 用事と言っても、遠回りじゃ?

 二階に戻りせっかくだからと思って、小さくした柿の葉寿司と、鮭のおかずをそれぞれリュウに食べてもらいました。

「友だちが今わざわざ持ってきてくれたよ。美味しいかい?」

 さぁ今日はもう食べられないね。夕食で半分食べられなかったのはいつ以来かな?定かではないくらい前。今日は半分食べられなかったから、栄養の追加があるね。まぁそういう時もあるね。仕方ないね。

「さ、疲れたしょ?今日は院内散歩も中止で、このままベッドに行こうね」
 私がそう言うと、
「サ、サンポ・・・」
とリュウが口にしました。
「散歩行くの???」
「ウン」

 散歩は普段でも私から誘って行く感じなのに、調子が今一つの今日のリュウが自分から行くって言うのは信じられない。どうした?まさか!勤労ちゃん、柿の葉寿司に何か混ぜたんじゃ・・・。いや、そんなことはない。勤労ちゃんの魔性がお寿司に乗り移って、それを食べたから?いやいや、勤労ちゃんには八百万の神様が付いていて、乗ったボンバル機が胴体着陸しても何ともないから?神がかり的なものがリュウに影響を?

 とにかくこんな調子の日に自分からサンポに行くって言うのは信じられないなぁ。

 勤労ちゃん、わざわざお寿司持ってきてくれてありがと。
 私もいただきました。
 美味しかったよ。

 ありがと。





「今日の母を明日からの励みに」 - 2015.08.26 Wed

 夕食を終え、院内散歩に行き、ベッドに横になると、隣の病室から女の人の嬉しそうな悲鳴が聞こえてきました。その悲鳴はずっと続いています。

 どうしたんだろう???

 私は気になりました。廊下に出て、でもやっぱりと、戻ろうとした時、声の主が廊下に出てきて、私の方向に向かってきたので思い切って声をかけました。

「今日調子いいんですか?」
「そうなんです!母が。昼食もたくさん食べて、夕食もたくさん食べたの!ここのところいつもは二口くらいなのですが。最後のゼリーもスプーンを持って、自分で食べたんですよ!今日は、言うこともはっきりしていて。目もパッチリで!」
「そうなんですね!よかったですね!何か治療したんですか?」
「いえ、特に何もしてないの」
「そうですか。特にしてなくても、今日はとてもいいんですね!」
「波があるから。でもね自分でスプーンで口に運ぶなんて、二ヶ月ぶりくらいかな・・・。もう嬉しくて。あまりにも嬉しくて怖いくらい。明日の母の状態が怖い。でも、明日の母の状態が悪くても、今日の母の姿を見れたから、気持ちが違うと思う。今日の母を励みにできる」
「わかります・・・。そのお気持ち。本当に。ずっとずっといい調子が続けばいいですね」

 そう言って別れました。あぁ同じだ。今日は調子がいいな!と思い、リュウの動画を撮った時の私の気持ちと一緒です。今のリュウはこういう能力も秘めているんだ。調子が悪い時にも、あの調子のいい時のリュウもあったと励みにできる。

 家族が調子悪いと自分も悲しい。
 家族が調子いいと自分も嬉しい。

 みなさん同じだ。



↑7月21日撮影の紫陽花。




病院祭開催される。 - 2015.08.23 Sun

 今日(8/22)はリュウと私が楽しみにしている病院祭。玄関に屋台などが出、一階のロビーではコンサートが開かれます。今年は幼稚園の子どもたちの歌声とマジックショーが新たに加わっていました。

 今日のリュウの様子はどうかな???
 やや前傾姿勢で、反応はあまりよくはなく、歩くのも今ひとつです。
 昼食後お祭り会場の一階に支えて歩いて行きましたが、途中から車イスに乗りました。
 今日はいいお天気。外でかき氷を食べていると、女の人に話しかけられました。

「同じ病室のTの家族の者です。最初、リュウさんが胃ろうで寝たきりだと思っていたのですが、奥さんと一緒に歩いたり、食事を摂っているのでびっくりしました」
「はい。寝たきりだと思われていて、歩いたらびっくりされる時があります。朝食と昼食は栄養ですが、私が介助する夕食は口から食事を摂っています」
「父なんですが、もうすぐ胃ろうの手術をするので。リュウさんは胃ろうの手術後も食べられるってびっくりして」
「はい。うちに外泊の時は、ビール飲んで、3食とも好きなもの食べてました・・・主治医の許可をいただいて」
「そうなんですね、だから、リュウさんが目標なんです」
「そうですか~。目標・・・。今はTさんは口から食べていないようですけど、様子をみて相談してゼリーとかは?とにかくお医者さんとよくお話ししてみることだと思います」
「はい。相談しています~」

 あぁよかった。

 最近入院してきたTさんは、鼻からの栄養です。何回も家族親戚と思われる方々がTさんを囲み、何かこう、ちょっと重たい空気をかもし出しているような場面を何回も見かけました。でも、今日その娘さんと思われる方にお祭りの場で話しかけられて、娘さんが何かこう、ご本人も含めみなさんで色々考え、納得して方向を探しているのかと思いました。
 車イスに乗ったTさんを見ているとしっかりとお祭りの様子を見ています。目が生き生きとしているよう。娘さんの他の家族親戚の方もお祭りの雰囲気に、またTさんの様子に、いつもより明るい感じです。
 その後のマジックショー、コンサートも皆さんにまじって見ていました。
 胃ろうの選択も、みんな違っていい、そういう風に思います。

 リュウはというと、目で見て楽しむマジックショーはちょっと厳しかったです。今日の調子では対象物を見ることができませんし、理解も難しいです。でも今までの経験からマジックショーの雰囲気は少しは味わっていたと思います。私はというと目の前で見る手品が楽しかったです。こんなに近くでマジックは見たことがありません。
 その後のコンサートでは少し反応があり、一曲終わる毎の拍手に合わせて、手が少し動いていました。最後は拍手しようと一番大きく手が動いていました。
「楽しかった?」
と聞くと、
「マアマアダ」
との反応がありました。

 M病院で四回目の院内コンサート。
 今年もありがとうございました。


↑開会の挨拶をする院長先生。うたを歌ってくれた幼稚園の子どもたちの姿が。この日、リュウの主治医のT先生もチラッと見かけたような。


↑屋台の様子。


↑フリーマーケット。私たちは病院祭は4回目ですが、必ずお手伝いでS看護師さんの姿があります。この日もこの場所で売り子さんをしていました。


↑浴衣が新品で200円!


↑かき氷もありました。


↑「リュウ、かき氷だよ」


↑昼間は北大で研究、プライベートではボランティアなどでマジックを披露しているというスウェーデン人のヨーナスさん。浴衣姿。楽しかったです。※写真掲載許可済み。


↑音楽グループ「あみゅぜ。」さん。一番最後の東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」が印象的でした。




きんさん、さよなら。 - 2015.08.23 Sun

 今月に入って間もないその日私が病院に行くと、きんさんの家族親戚の方がたくさんいらっしゃいました。私が病院に行った時間の少し前にきんさんが亡くなったそう。

 きんさんは、リュウよりも先に入院していて、ディスペースで食事をしていました。そのうち姿勢の保持が難しくなり、ベッド上で摂るようになりました。ずっと二人の娘さんが毎日のように食事の介助に来ていました。最近、食べられなくなってきていたようでした。

 七夕の短冊のお願いに「大金持ちになる」と書いたきんさん。
 食事の介助で、特定の男性の介護福祉士さんだとよく笑顔を見せていたきんさん。
 私が車いすに乗っているきんさんの前をすり抜けて通ると、「あんた、ジーパン似合うねぇ」とほめてくれたきんさん。
 うちへの外泊では「たらこを食べるのが楽しみ」と言っていたきんさん。
 食事が隣同士でぎんさんと仲良くなり、ぎんさんが病院からいなくなる時に「さみしい」と涙を流していたきんさん(『届いたひよこのお菓子と、さよならぎんさん-2012.12.04Thu』)。

 私は毎日のように食事の介助に来ていた二人の娘さんと、顔を合わせる度に挨拶をしていました。

 亡くなったその日、二人の娘さんがそれぞれ、ディスペースで食事を摂っている私たちに声をかけてくれました。入院している患者の元に毎日通う家族として、私と同じ立場のお二人です。何とも言えない気持ちがわき起こり、涙が出てきました。
 きんさんが亡くなったと同時に、きんさんの家族親戚の方ともお別れの時が来ました。

 たくさんの思い出をありがとうございました。
 きんさんの笑顔を忘れませんん。
 きんさんのご冥福をお祈りします。

 きんさん、きんさんから教えてもらったお孫さんがやっているラーメン屋さん、教えてもらってすぐ、イブキとワタルと三人で一度行ったけど、また今度行きますね。その時餃子サービスしてくれたんだよ。



↑後日ベッドサイドに置いてありました。娘さんより。


病室でNさんと二人だけのコンサートの思い出。 - 2015.08.23 Sun

 リュウがM病院で一昨年ノロウィルスにかかった時のことです。
 その日病室に行くとノートにこんなことが書かれていました。

「Nさんがリュウさんに断りハーモニカを吹いたら、それに合わせてリュウさんが歌っていました」

 この二人だけのコンサートは偶然の産物です。
 ノロウィルスにかかった患者がいる病室はドアを閉める。その時病室に人が少なく、Nさんとリュウしかいなかった。そこで、Nさんはハーモニカを吹いても大丈夫かとリュウに断り、吹いたのです。

 Nさんは窓側のベッド。リュウは対角線上の廊下側のベッド。

 曲は「故郷」だったよう。

 その時リュウは大声で歌っていたんじゃないだろうか。Nさんのハーモニカの伴奏で。どんな気持ちだったかな。Nさんは歌うと思わなかっただろうリュウが歌ったから嬉しかったかな。リュウも久しぶりに歌えて嬉しかったんじゃ。

 その年、こんなこともありました。

ー ー ー ー ー

『中秋の名月 #リュウ73』 - 2013.09.19 Thu

 今日、病院に行くと「十五夜」のイラストのカードが、リュウのテレビ台に貼ってありました。
 季節を感じさせてくれる病院のこうしたお心遣いはうれしくて、ありがたくて、私はそのカードをはがし、ディスペースのふたりの目に入るテーブルの上に持って行き、ふたりでそれを見ながら、リュウが夕食を、私はリュウが残してくれたパンを食べました。
 夕食を食べ終わり、病室に戻ると、窓ぎわの患者さんのNさんと看護師さんの会話が聞こえてきました。

「あ、見える!満月のお月様。Nさん、教えてくれてありがと!」と看護師さん。
 その言葉を聞き、「お月様、見えるんですか?」と私。
「見えますよ!」とNさんが言い、続けて、「みなさんにも見せて上げてください」と看護師さんに言いました。
 その言葉で、「リュウ、見せてもらおう」と言って、ふたりで窓ぎわへ。

 電気を消して、Nさん、当直の看護師さん、リュウと私で、雲のあいだから見えている満月を見ました。
 私は、この瞬間をこのメンバーで共有し、見ていることが、何ものにもかえがたい貴重なものであるような気がして、月のかたちの満月のように気持ちもまん丸くなりました。

 でも、Nさんの向かいの窓ぎわの患者さんは、そのお月様が見えないようで、ベッドをずらそうか、と看護師さんが言うと、そこまではいい、と患者さん。看護師さんが鏡を取り出し、お月様を写して見えるようにと努力したのですが、見えない、とのこと。そこで私は、さっき携帯電話で写した写真をお見せしました。
 少しでもお役に立てたでしょうか。

 今夜はお月様、ありがとう。

 ー ー ー ー ー

 リュウよりずっと前からM病院に入院していた同室のNさんは今年になってから、今ひとつ調子が悪そうでした。だんだん食べられなくなり、私たちともやりとりがあったのですが、夏の初めにお亡くなりになりました。私はショックを受けています。リュウがこの病院に入院してから、Nさんとご縁ができ、嬉しかったです。

 在宅時はご自身も車いすで、その上車いすの親御さんを介護していたNさん。
 書道の先生だったNさん。
 いろいろありがとうございました。
 安らかにお眠りください。



↑2013年9月19日撮影。みんなで病室から見た満月。




進行性核上性麻痺(PSP-P)9年目、リュウのいい日の動画。 - 2015.08.18 Tue

 リュウの動画は二回目です。一回目は昨年の10月の歩行の様子をアップしました
 今日は何だかリュウの調子が良くて、動画を撮りました。


↑体の傾きもないし(ここのところは右と前が多いです)、今日は自立歩行できそう〜!と思い、ちょっとだけ自立歩行をしてもらいました。でもソファーが出てきてリュウがそこに座ろうとして、写すのをやめました。自立歩行は今年になってからないんじゃ???いつもは私が手を引いたり、脇を支えています。歩いているところ(自立歩行)は他にも何本か写しました。


↑スプーンを口に運ぶことが困難で、ここのところほぼ私が手伝っていますが、今日はスプーン運びも自ら頑張っています。ところが、すくえても、口に入れることができません。私は今までずっと見ているのでわかるのですが、すくえても口の中に入れれても、くちびる等でスプーンをこすらないと、そのまま出てくるのです。プリン等を手ですくう動作と、口の中で食べ物をスプーンから移動する動作は、また違う動作で、それぞれが難しいです。


↑スプーンの高さがあまりないもの(平べったいもの)と交換してみると、口の中に入れれました。やった。S病院で作業療法士さんに教えて貰ったスプーンです。

 実は今日この日は週に一回のグルタチオン点滴(3000mg)の前日なんです。今までも点滴の前日、前々日がいい日があって、T先生と、???。

 いずれにしても、嬉しかったなぁ〜。

 ずっと頑張ってくれていてありがとう、リュウ。

 T先生をはじめ支えてくださっているみなさんにも感謝します。




お墓参りに行きました。 - 2015.08.14 Fri

 ちょっと早かったのですが、8月2日の日曜日に病院に外出届けを出しお墓参りに行ってきました。私たちは四人で参加。
 リュウは毎年お墓参りで親戚の人に会うのを楽しみにしています。親戚の方も日にちが合えばその日にし、お墓参りの後は食事に行きます。
 今年は、ちょっと誤算(←嬉しい誤算です)がありました。リュウの認識している「親戚」から「新メンバーが親戚」になっていて、私は説明したのですが、リュウは理解できたのかどうか・・・。
 甥っ子のパートナーは結婚後、数年前から参加してくれているのですが、わかっている?そして、赤ちゃんが生まれ、その子が大きくなっていっていて、見てわかってる?昨年は顔は合わせていません。
 それから、姪っ子のパートナーが結婚して今回初顔合わせでした。
 みなさん、お幸せに〜。


↑お墓参りの後、食事へ。バイキング形式で、食べられそうなものを私が持ってきて、私の手助けで食べました。


↑食事の後、道路を走っていると、牧草ロールが運ばれていました。信号待ちにて。

 牧草ロールって、こ、こういう風にも運ぶんだ〜!



↑まだ早いから解散後ドライブに。ここは、札幌清田区の白旗山のふもとにある「ふれあいの森」。「熊出没注意」。

 ワタル、熊出たらやっつけてね。いや、逃げるのか。逃げようね〜。



↑小川が流れているすぐ近くの木陰で自然を楽しみました。小さな子どもたちが賑やかな声を出しながら、水に入って遊んでいました。


 自立歩行は危なっかしくて、歩くときは私が脇を支えて歩いているのですが、何だか突進までいきませんが、歩き出したら止まらないようなことがたまに。このお出かけの時もそれがありました。

 まぁ、何事もなく無事にお墓参りが終わり、よかったよね。

 来年もまた行こうね。



リュウうちでビールを飲み、お寿司を食べる。 - 2015.07.21 Tue

 最近、肺炎(たぶん)の熱も出ないし調子は大丈夫!と思い、病院に外泊届けを出しました。行き先は「うち」で、理由は「ビールを飲むため」。そして三食とも好きなものを食べさせてあげたいと書くと、次の日T先生が「いいですよ!」とのお返事が。
 リュウも「うちに行く」ことがわかったようで、楽しみにしてくれている感じです。


↑外泊届けです。


↑うちに着きました。まずは乾杯!このビールは、私がお伊勢参りで買ってきた「神楽麦酒」です。とろみのない液体はなかなか飲むことが難しいのですが、ほぼ問題なく飲めました。よかったです。手がうまく動かなくて、私が口に運んであげました。

 ビールだ、ビールだ。美味しいね!


↑それからこれは伊勢内宮前おかげ横丁で買った「花留め」という陶器を利用してお花をアレンジしたものです。テーブルが華やかになりました。


↑夕食の時間になりました。お寿司だ、お寿司だ!私が口に運んでパクパク食べられました。美味しいね!夜もビールを飲みましたよ。


↑翌朝は自分でカップを持ち、ストローを使って飲むことができました。おかゆではなく、混ぜご飯等の朝食も食べられることができました。


↑ワタルは児童ディサービスHのイベント参加のため出かけましたが、昼食はリュウ、イブキ、私と三人でお好み焼きを作って食べました。パクパク食べられました。お腹いっぱいだね!と言うと、コクンとうなづきました。

 前回は2月にうちに外泊したのですが、その時と比べると手と足の動きが落ちてきていて(今現在)、バリアフリーじゃない家では私やイブキの手助けでやっとの移動でした。体力も落ちてきていて、ある程度の時間で横になりたさそう。

 でもS田さんも言っていたように、反応がいい感じです。何か言ったらすぐに答えてくれるし(言葉が聞き取りづらくてわからないことも多々あります)、自分の意思も伝えてくれる感じです。

 ほぼむせもなくビール飲んでお寿司食べて、美味しかったね!いい時間を過ごせたね、リュウ。

 夜もぐっすり眠れていて、リュウの規則正しい寝息のリズム聞けて、幸せな気持ちになったよ。




 

かっぱえびせん美味しかったか? - 2015.07.21 Tue

 T先生の診察(7/17)を受けさせたくて夕方ワタルをM病院に連れて行き、診察が終わるとリュウの夕飯の時間になり、私が慌てて二階に上がり、ワタルは私たちの向かいのソファーに座って、私のスマホのゲームをしていた時です(幼稚園時のO先生と偶然の再会をした後、ワタルは引き続きゲームをしていました)。

 私はリュウのおやつのかっぱえびせんがあったと思いつき、リュウに、
「ワタルにリュウのおやつのかっぱえびせんあげようか?」
と聞くと、うんとのこと。

 ワタルに、
「お父さんからだよ」
と渡しました。

 夕食を食べ終わり、リュウがベッドに戻ろうと私と一緒に歩いてソファーに座っているワタルの前を通り過ぎようとした時です。リュウの足がピタッと止まり、ワタルに向かって、

「オイシカッタか?」

と聞きました。声が小さくて私が代わりにワタルに伝えると、ワタルも「美味しかった」とのこと。それをまた確認するようにリュウに伝えました。

 父子のやり取りが見れてよかった〜。




S田さんのお見舞い。 - 2015.07.21 Tue

 M病院の転院前のS病院時からお見舞いに来てくださるリュウの友人のS田さんが7月5日(日)に来てくれました。前回は昨年の11月で胃ろうの手術直前。その時、痩せたねと言っていましたが今回は言っていませんでしたので、その印象はなかったのではないかと思います。実際、体重は減ってはいなく、増えています(朝と昼は胃ろうからの栄養)。そして、今回も美味しそうなケーキを。
 ここのところ歩行が不安定で、一階のロビーでS田さんを車イスで待っていました。そのまま4階の談話コーナーへ移動。
 ケーキはリュウに選んでもらおうと慎重に尋ねると、選ぶことができました。

「前回より意思表示の反応がいいんじゃ?」
とS田さんが。

「うん。そうかもしれない。それは嬉しいの。でもなんだか手や足の動きが悪くなってきてね・・・」
と私。

 大阪出身のS田さんは、家族で大阪に行った時の写真だとか、趣味の冬山登山の写真だとかを見せてくれました。いつも珍しい写真ばかりです。そして、家族で大阪に行った時、京都まで足をのばしたそうで、平等院鳳凰堂の写真も見せてくれました。

「あ、10円玉の」
と私が言い、同じかな?と10円玉を出して比べました。

 リュウはなかなか言葉になりませんが、私たちの会話の輪の中にいます。

 4階から帰る時です。車イスのまま移動しようとすると、
「歩けなくなるから歩いた方がいいよ」
と言ってくれ、私もうんとうなづき、ゆっくり両手引きで二階に移動しました。

 私は、大事にして横になっているよりも、少しの無理をしてでも起きたり、動いたり、歩いたりした方がいいと思っているので、「歩いた方がいいよ」と言ってくれたS田さんの言葉が有難かったです。

 私もそう思って夕食の際のディスペースへの移動は、手引き歩行を毎日続けています。
 リハビリも様子をみて、歩行もやってくれています。

 リュウ、頑張ろうね(でもその時によっては車イスもいいかなと思っているよ)。

 S田さん、いつもありがとうございます。

 ※「意思表示の反応」等の件ですが、T先生の病棟天秤法は続けてくださっていて、昨年5月末から4ミリからスタートしたリバスタッチは9ミリの増量の後、4ミリに減量(今年になってから)、しかしまた9ミリに増量の後、私が「夕方半分に切ったり(剥がしたり)したいと申し出ると、4分の3カットを提案してくださり、今は9ミリの4分の3です。


↑札幌西区のパティスリーYOSHIのケーキ。右奥は手稲山をモチーフにしたモンブラン「ていね山」。



父の日のケーキ。 - 2015.06.22 Mon

 今日は父の日。
 ケーキを買って午後からイブキ、ワタルと病院へ。
 4階の会話スペースに移動しました。リュウは私の両手引きで歩いて行きました。
 早速リュウにと思って買ったケーキを目の前に。父の日用のケーキで、男の人の顔になっています。思わずニッコリになりますね。自分で食べることは困難なので私がフォークでほっぺの部分をグサっとえぐりました。

「血が出たりして〜」
 私がそう言い、見えてきた中心部分を見ると赤いクリームが。
「ギャア〜〜〜!本当に血、血がぁ・・・」
 私一人で大騒ぎ。その後、ヒゲの形のチョコレートを私の鼻の下に当てて、「どお?どお?」とまわりに見せても、みんなの反応がありません。一人芝居のようです。 

「そうだ!ワタル、お父さんにミッキーのモノマネ見せてあげて」
 私が言うと、ワタルがみんなの前に立ちました。そうして、かん高い声でディズニーランドの感想を話し出しました。何と何に乗ったとかです。顔がニヤニヤしています。やっぱりちょっとふざけている感じ。

「そうだ!小さな世界もうたってあげて!ミッキーのまねで」
 また私が言うと、ワタルがウンという感じのあと「世界中どこだぁって♪」とかん高い声で歌い出しました。
 私が喜び手をたたいて、「上手だねぇ」と言いながら、横に座っているリュウを見ましたが、

 あれ?リュウの反応がない。???。

 ワタルの歌はまだ続いていて、私が手をたたき、「上手だねぇ」と言いまたリュウを見ました。

 でもあれ?私の問いかけに、ウンともスンとも言わない。???

 ワタルの歌が終わり、しつこいけれど「上手だったね!ワタルのミッキーのモノマネ」と私が言うと、やっと口を開きました。

「・・・チョットチガウ・・・」

「え!ちょっと違う?ミッキーのモノマネがちょっと違うってこと?」と聞くと、「ウン」とのこと。

 それを聞いて私がおかしくなり、ゲラゲラと笑ってしまいました。

「まぁ、違うと言ったらそうだけどね・・・!」


「お父さんいつもありがとう」とイブキ。
「ディズニーランド一緒に行こうね」とワタル。
「いつまでも頼りにしているね」と私。










美穂がお見舞いに来てくれました。 - 2015.06.22 Mon

 先週の木曜日、私が病院に寄るタイミングで、高校の同級生の美穂がリュウのお見舞いに来てくれました。
 ディスペースでの夕食も終わり(この日は7割くらい食べられました)、テレビを見ていた時です。
 何日か前からリュウに「美穂ってわかる?」と聞いてもわからないそう。実際に会って「わかる?」と聞いてもやっぱりわからない。年賀状だけの付き合い期間が長かったからと美穂が言いました。パン君とりー坊は、リュウに高校時代の写真を見せて「この人がパン君でこの人がりー坊、こわいねぇ」と私が言っていたし、みんなで会う時に「誰と誰と誰が来ていた」と言うので、わかります。

 この日リュウは何回か声を発していたのですが聞き取れません。美味しそうなケーキを持ってきてくれたので、「せっかくだからひとついただこうか?モンブランとこの赤いゼリーのとどっちがいい?」と聞くと「モンブラン」とのこと。唯一聞き取れた単語「モンブラン」。よかった。
 この日は嚥下もまあまあで、美味しくいただけました。

「じいちゃんがね、転院すると同時に胃ろうになり、そのまま寝たきりで、なんか痩せていって、最後すごく痩せてね・・・。そういうの見ているから、旦那さんはこうして起きて、口から食べられて、いいね、いいね・・・」
 美穂が言いました。

 美穂ありがとうね。今日来てくれたから次は覚えていると思うし、本当ありがとうね。

 





腎臓の透析も胃ろうもお互い大変ですね。 - 2015.05.24 Sun

 昨年11月に胃ろう(バルーン・チューブタイプ)を造設したリュウ。トラブルはなかったのですが、春から痛みが出てきたよう。
 どこが痛いのか、どのタイミングで痛いのか、私も看護師さんやT先生も原因が今ひとつわからなくて気にしていました。
 家に帰って「お父さんはなんかお腹痛い」と言うと、ワタルも心配していました。(お母さんにカーネーションくれなくて、お父さんのお腹は心配するんだね)

 造影剤の検査のお陰もあり、バルーン・チューブタイプというカテーテルのチューブが自然と中に入り込み、その先が悪さをして痛みの原因ということがわかりました。ストッパーがあるのですが、なぜか中に入り込んでしまうよう。
 今月初め、バルーン・チューブタイプからバルーン・ボタン型にしてくれました。今のところ、痛みは落ち着いてきたよう。よかった。

「大丈夫だね?痛くないね?」
と二、三日前に念を押すように言うと、
「カッテニキメルナ・・・」
とは言われました。ごめん。

 同室のNさんはそんなやりとりをずっと聞いています。聞いているというか同室なので耳に入るのです。私たちもNさんとは同室なのでNさんと看護師さんのやりとりが自然と耳に入ります。Nさんは腎臓の透析をもう何年もしています。今年に入ってから何かトラブルがあり、違う病院に転院。症状も落ち着いてまたM病院に帰ってきました。

「おかえりなさい」
と言うと、腕を見せてくれました。
「左に人工血管をしていたんですが、トラブルがあり、右にしてきました」
「人工血管?その言葉初めて聞きました」

 透析は針を腕に刺すので、「針を刺す部分」の苦労もあること、初めて知りました。

「透析もね、なかなか大変ですよ」
とNさん。すかさず、
「胃ろうもです」
と私。
「そうですね」
とNさん。
 お互い、苦笑しました。

 ※このブログ記事を書くにあたって、Nさんの了承を得ています。



アイスくれるの? - 2015.05.24 Sun

 先週の金曜日のことです。
 その日はとても暑くて、アイスを買って行きました。食後に食べるので、その間は冷蔵庫にしまってあります。でも冷凍庫ではないので、溶けていきます。
 夕食も終わり、さあ食べようとなりました。リュウにフォークを持ってもらい、できるだけ自分で食べてもらおうとしました。ぎこちない手つき。

 このままだったら、さらに溶けちゃうと思い、
「一個もらってもいい?」
とことわって食べました。

 その後もぎこちない手つきで、アイスを食べています。そのうち、フォークをテーブルに置きました。そうして両手をソロソロと動かし、アイスの箱を持って、私の方にゆっくり移動しました。

「私にくれるの?さっき一個食べたんだよ。いいの?ありがとう。二個残っているから一個ずつ食べよ」
 残り二つを一つずつ食べました。

 ありがとう、リュウ。美味しいよ。
 ありがとう。ありがとう。






「この相撲は、なに場所?」 - 2015.05.11 Mon

 夕食時ディスペースに移動するとテレビに相撲が写っていました。
 リュウは相撲が大好き。

「あっ、相撲始まったんだね?この相撲は、なに場所?」
と聞くとすぐ、

「ナツバショ・・」
と答えてくれました。

「夏?まだ5月なのに?北海道はまだ寒くて夏なんて言う人いないのに?」
と私が言い、新聞で確かめてみました。

 するとテレビ欄に、
「夏場所」
の文字が。

「あれっ!リュウ、正解だね!スゴイね!夏場所で合ってるよ!リュウ、スゴイね!まぐれ???でもほぼ即答だったよね!スゴイね!」

 少しでもコミュニケーション取れると、やっぱり嬉しいな。





「顔の家」と「母の日ケーキ」と「日本丸」。 - 2015.05.10 Sun

 今日は「母の日」ですね。
 用事があって、ワタルと歩いていると、
「あっ!顔の家だ」
と言うので、見てみると、「顔の家???」。
 写真を写してみたので、見てみてください。


 午後から、「イブキが買ったこと」になっているケーキを持って、イブキ、ワタルと病院へ。リュウは四階へ車イスで移動し、ケーキを食べました。


 先週は、S事業所さんでワタルは大作を作って持ってきました。キャノンのペーパークラフト「日本丸」です。ハサミで線通りに切るのも、とっても正確なので、出来上がるものもびっくりするくらい、正確です!
 コツコツと、すごいね!ワタル。
 病院へも持って行ってしばらく飾っておこうかな!




「リュウさんは歩けるからすごいよな〜!」 - 2015.04.27 Mon

 今月のある日のこと。
 夕食時いつのものようにベッドに寝ているリュウの上体を起こし、ベッドのふちに座ってもらい、靴を履かせ、私が支えてよいしょと立ち、両手を引いてディコーナーに向かおうと二人で歩き出した時です。

 同室のTさんが、
「リュウさんは歩けるからすごいよな〜!」
と私たちに言いました。

 その声を聞いて、Tさんの向かいのNさんが、
「ホントだよな〜!」
とまた言いました。
 それを聞いて言葉にならない気持ちが私の中に沸き起こってきました。

 今のリュウのAEDじゃない、QOLじゃない、ADL(この場合歩行)をほめてくれるの?前はもっとしっかり歩けたし、手を引かなくても歩けたし・・・。

「そんな簡単に言わないでっ!」

との私のそのセリフ、私は口が裂けても言えませんでした。だって・・・、TさんもNさんも歩けないのです。TさんもNさんも簡単にそう言ったわけではなく、本心からそう言ったのです。

 リュウの体の状態をほめてくれる人がこんな身近にいるんだ。

 TさんもNさんも、ありがとう。

 うしろを振り返らず、今できることに感謝しようと思おうと思っても、なかなか難しい時があります。TさんとNさんの言葉でまたほんの少し我に返ることができました。

 意思の疎通が難しい患者さんが多い中で、TさんとNさんの会話は病室を明るくし、リュウは口には出せなかったけれど、心の中で男同士の会話を楽しんでいたと思います。
 以前(朝食昼食を食べていた時)、朝食昼食をディスペースでとりたがらなかった時があると、困惑気味の看護師さんから聞いて、TさんとNさんの会話の中に自分も加わった気分で、病室から出たがらなかったのかな?とその時、思いました。

 そのTさん。明日の午前中、近くの施設に移ります。多分、かなり重い病気のTさん。
 今日私はお別れを言いました。

「お世話になりました。いつまでもお元気でいてください」と。

 Tさんは明るく、

「俺はずっと元気だ」

と言いました。


↑4月25日同じフロアーの院内散歩で見た飾り。手引き歩行。


↑この日「桜の飾り」から「こどもの日の飾り」に変わっていました。




リュウの「タベナ」。 - 2015.04.21 Tue

 今日は私に聞こえる言葉で、食後のチョコプリンをすすめられました。
 
 嬉しいな・・・!

 リュウ、チョコプリンありがと!






入院患者様へ「不在者投票のお知らせ」。 - 2015.03.29 Sun

 3月19日に病院に行くと「入院患者様へ 不在者投票のお知らせ」というプリントが。

 夫は認知症もありますが今はコミュニケーションが取れないという状態でもなく、本人に確認して今回も病院で選挙をすることにしました。入院中の選挙はこれで4回目です。選挙の日まで、どの候補者がいてどういう政策を掲げているのか、第三者の立場で説明しようと思います。

 次男のワタルは4月から養護学校高等部の三年生なのですが、5月に18歳になります。次回の選挙はワタルも投票するかも???二十歳とばかり思っているので、私から何にも伝えていないです。知的障がい者のための模擬選挙があるなら是非、今年中にワタルも参加してもらいたいです。養護学校でも指導があるかな???学校にも聞いてみようと思います。

 いずれにしても認知症の方や知的障がい者の方も投票できるように、各政党や各候補者のわかりやすい政策一覧が必要ですよね・・・。




リュウ、私の誕生日祝いに外泊。 - 2015.02.09 Mon

 今年の私の誕生日は、私がキリがいい年齢になるのと(例:30歳、40歳、50歳、60歳)、当日が日曜日ということで、リュウは土曜日(7日)から一泊でうちに帰ってきました。


↑「いちばん桜」という沖縄のビール発見。まだ北海道は雪で覆われているけど、「春よ早く来い」でこのビールでまずは乾杯!


↑お寿司だお寿司だ。むせることなくたくさん食べられました。よかったー。


↑でもって「サッポロクラシック」。ザンギ(鶏の唐揚げ)もオレンジジュースもありましたが、ワタルは「ザンギジュース」は作りませんでした。前回不味かった?

 いっぱい食べて飲んで、この日はおしまい。



↑誕生日当日の朝。久しぶりに私がお気に入りのコーヒー碗皿を出しました。


↑お昼は北海道ならではの甘納豆のお赤飯です。リュウ用に少し柔らかめに炊きました。


↑炊き上がりました!


↑お皿に盛り、ごま塩を。甘納豆の甘さと塩のしょっぱさが絶妙な北海道のお赤飯。むせることなく、大部分を食べられました。


↑ジャーーン。美味しそうなチョコレートケーキ。


↑リュウからのプレゼント。事前に私が欲しいものを買いに行き、手渡してもらおうと用意しました。


↑中身。底がモップになっているスリッパです。リュウに「これ何かわかる?」と聞くと「ネコ」とのこと。


↑こちらはイブキから。「セルフィースティック」。iPhoneの自分撮り用の道具です。が、自分撮り用ではなく、春になったら使いたいとイブキに買ってもらいました。春になったら大活躍の予定です。

 バリアフリーでない家になんとか入ってこれ、トイレに行け、ベッドで眠ることもでき、事故等ありませんでした。病院の皆さん、ありがとうございます。

 みなさんもありがとう〜。

 夕方病院に帰って行きました。ちょっと遅れてしまい、私たちが出た後、病院から家に電話があったそう。やっぱり夜中に目を開けていて、そのせいか午後からぐっすり眠っていて、家を出るのが遅くなりました。すみませんでした。


 夜、電話が鳴りました。母からです。

「誕生日おめでとう。お赤飯炊いたかい?」


 アリガトウ、オカアサン。 



謹賀新春。 - 2015.01.10 Sat

 みなさん、遅ればせながらあけましておめでとうございます。

 昨年12月29日ワタル発熱(翌日の30日熱が下がり病院では風邪とのこと)、31日午後家族で年越しをするためリュウ予定通り自宅へ。1月2日午後に病院に戻る時間くらいに私が発熱(病路感染症?)。私の仕事復帰は昨日の9日。一方リュウも4日くらいから発熱(肺炎?)。

 家族が体調を崩す合間に奇跡的に取れた「普通の二日間」で家族四人で笑顔で年越しができ、新年も迎えることができました。よかったです。

 今年もよろしくお願いします。


↑元旦の近所の街路樹のナナカマド。


↑元旦の近所の公園。ワタル曰く「うさぎのこうえん」。なぜそう言うのかというと、出来たときにうさぎの遊具があったからです。


↑上の写真。12月30日夜M病院で今年最後のカレンダー係をするリュウ。明日の日付けを合わせています。
下の写真。大晦日に残してくれた2014年最後の朝食のパンと、胃ろうのチューブから薬を入れるための注射。一回に3本使います。31日の午後にリュウを迎えに行ったのですが、そこでやり方を教えてもらいました。胃ろうからの栄養は朝食後に一回なのですが、先生とも看護師さんを通じて相談し、今回は自宅ではしませんでした。


↑大晦日での自宅で一家四人でくつろぐ。リュウ、まずビールを飲みました。それから友だちのサラから以前いただいたさくらパンダのスパークリングワインを。何かの時に取っておこうとしまっていて、この日開けました。グラスは小樽の北一硝子のもので、私たちの結婚祝いにI田さんから頂いたもの。リュウと乾杯!美味しかったです。格別の味でした。
大晦日は例年すき焼きでしたが、牛肉が食べづらいかなと思い、病院では出ないキムチ鍋にして、肉は肉団子に。他に近所のスーパーで買ったお寿司と、オードブル。


↑リュウの横に座り、介助しながら私も食べていると、突然目の前に見たことがない飲み物が。ワタルがグフグフ笑いながら、楽しそうにしています・・・。コップにザンギ(鳥の唐揚げ)が入っていて、氷を入れてありました(私が気がついた時には)。

「な、なにっ!ワタル!」
 ギョッとして私が言うと、
「ザンギジュース〜〜!ツボ八になかったの〜〜!グフグフ」
 とのワタルの答え。そしてそこにオレンジジュースを注ぎ始めました。
「ちょ、ちょっと!それっ!せ、責任持ってちゃんと飲む?食べなさいよ!」

 ワタルはどんな人も想像したことがないであろうドリンクをグフグフ笑いながら飲み、全部食べました。何ていうか、ワタルには常識とかが通用しないところがあり、私も価値観を1000度くらいひっくり返されたことが何回もあります。人類の知恵の結集で積み上げてきたものを根底からひっくり返すような。


↑2日の午前中のひととき。上の写真。ワタルの高校での授業風景や郊外活動の様子などをまとめたアルバム(学校で作ってくれた)を見るリュウ。下の写真。北海道テレビで朗読された私のエッセイを見せられるリュウ。その隣の本は、本日発売の北海道新聞社の「いずみ〜北海道くらしの詩」の本。私のエッセイも掲載されています。みなさん、本屋さんに行ったら74ページを見てみてね!


↑元旦にはお雑煮を食べました。毎年食べています。昆布と鰹節でだしを取りしょうゆ味で、中身はお餅、鶏肉、大根、人参、椎茸、つと、三つ葉です。写真上はお雑煮ではなく2日の昼食、生チラシを作りました。下の写真は、タチ(鱈の白子)の味噌汁です。

 リュウもパクパク食べられ、とくに転倒等もなく、家族四人で普通の年越しをし、新年も迎えることができました。もうお気づきのことと思いますが、普通に過ごせる日常は奇跡にも近いことです。
 感謝。

 そう言えば、元旦の朝目が覚めリュウに、
「あけましておめでとう!今年もよろしくね!」
と私が挨拶をしました。言葉が不明瞭になってくると私は何を言いたいのかということを想像しながら聞いています。聞き取れないと、こういうことを言いたいのかな?という言葉を口に出して、リュウに首を縦に振ってもらうのです。そのため、あらかじめの答えを何種類か想像しながら口元を見たり、聞き取ろうと耳を傾けています。この元旦の日の挨拶の答えですが、「あけましておめでとう。ことしもよろしく」かな?と思って、返事を待っていると、
「セワバッカリカケテ」
という私の何種類かの返事の想像外のもので言葉に詰まりました。私は何か言おうとしたのですが、想像外の台詞にどうしてもすぐに返事ができなくて・・・。

 そんなことないよリュウ!
 












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vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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