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2017-08

家族で年越し #リュウ44 - 2012.12.31 Mon

 クリスマスは一泊二日。年越しは今日から二泊三日、家族で過ごしています。
 今年一年、たくさんの方と、触れ合うことができ、感謝の気持ちでいっぱいです。
 ブログに、書き切れてないことがたくさんありすぎて、後悔いっぱいですが、遅れても書きたいなと思っています。
 下の写真、真ん中のサッポロクラシックの缶ビールの写真が、今現在の年越しでの一枚です。

 今年は、お世話になりました。 
 来年もよろしくおねがいします。






呼吸が苦しい その2 #リュウ43 - 2012.12.30 Sun

「呼吸が苦しい その1 #リュウ42」からのつづきです。


 いま、リュウは、呼吸が苦しいと訴えることはなくなりました。
 M病院との連絡ノートにも一度も書かれていることもないし、先日、本人に聞いたら、「呼吸はだいじょうぶ」と答えました。
 S病院の4Fの時まであった呼吸苦がいまは、ないです。今後、病気が進行したらいつかは出るのかと思いますが、いまは、なくなりました。

 なぜなくなったのか不思議で、これも色々考えます。S病院の4Fの時の、大きな変化と言えば、認知症の薬が変わったことです。

 リュウは、認知の方も心配になり、平成20年の夏から、認知症の薬も飲むようになりました。
 その時、認められていた認知症の薬は一種類しかありませんでしたので、それを飲むしかありません。
 でも、その薬との相性が今一つでした。リュウは、薬が効きすぎるようで、その認知症の薬を、ごくごく少しずつから飲んだのですが、からだがだるくなったりして、逆にこわばりが強くなったり、なかなか、その薬と慣れませんでした。
 でも、少しでも認知症状の進行を遅らせたくて、日にちを開けて,少量服用したりしました。お医者さんと相談のうえです。
 その薬を飲むと、リュウに知らせなくても、

「あのクスリ、飲んだでしょ?」

と、本人がわかったほどです。調子が悪いのです。

 認知症の薬が、一種類だったのが、認可を受け、3種類に増えたのは、ごく最近です。リュウも試して欲しいという気持ちがありましたが、薬の調整は入院しないと無理だとわかっていたので、主治医にはその旨伝えたことはありませんでした。
 それが、足の骨折で入院することになり、H先生が、頃合いを見て、新しい薬に変更してくれたのです。
 ある日、夕方病院に行くと、あまりにもこわばりが強くて、私は「あれ?」と思い、連絡ノートに、

「認知の薬、どうにかしましたか?」

と書きました。この感じは、認知の薬をどうにかした感じと、わかったのです。次の日、H先生の字で、

「レミニールに変えてみています」

と返事がありました。

 それから、毎日注意して看ていくと、こわばりも落ち着いてきて、なんだか、前の薬より合っている感じがしました。
 その後、3Fに移って、食事をしている様子を見て、気が付いたことがあります。
 それまで、食器やコップを持つと、緊張して持つからか、自分の意思とは関係がなく、手が勝手にまるで、虫でもはらうように動いてしまい、お茶がこぼれてしまったりしたのですが、それがなくなりました。
 それから、夜の呼吸苦も、気が付いたら、なくなっていました。
 何というか、今までの認知症の薬を服用していると、筋肉がギシギシしている感じから、新しい薬だと潤滑油が加わったようで、筋肉がなめらかになったような感じがしました。

 それと、座っている時から立った時のめまいもなくなったような感じです。
 それから、眠くなったとき、座った状態だとよだれが出ていたのですが、それも気が付いたらなくなっていました。

 からだのこわばりがなくなったわけではありませんが、前よりなくなり、そのお陰もあるのか、冗談も前より言うようになったように思います。
 個人差があると思いますが、リュウには今の薬が合っていると思います。

 さて、認知症の薬は朝1回、パーキンソンの薬は、一日4回でしたが、S病院からM病院に転院して、8月のお盆休みに、朝の食事の手助けに通っていたときのことです。眠気が強くて、食べられないほどで、驚きました。外の風に当たったら、目が覚めるかと、連れて行き戻っても、目が覚めません。これだと、食事を口に運んでも、気管に入りそうで、食事もままならないほどです。看護師さんにも確認したら、だいたいこのような状態だと言っていました。
 お盆休みは、ずっと、朝行きました。
 何日か目に、看護師さんが来て、

「夜寝る前の薬、イヤがって、飲んでないんです。起床時の薬もイヤがってまだで・・・」

という日がありました。
 その日は、リュウは、目が覚めていて、ほぼ自力で朝食が摂れたのです。

(あっ!薬が効きすぎている!)

と、私は思いました。それでまた、考えました。
 S病院とM病院の大きな違いは何か・・・。
 それは、一日の活動量だと思いました。S病院の3Fは、回復期病棟と言って、家に帰った時と同じような生活をします。朝6時に起床して、私服に着替え、顔を洗い、みんで一カ所に集まり体操もします。リハビリは、3種類あり、午前午後と忙しいです。
 でも、療養型のM病院は、時間がゆったりとのんびりと流れていて、リハビリは一回で、私服に着替えたりとかもありません。
 一日の活動量が違うから、薬が効きすぎているのでは?と思いました。
 レミニールにしてから、呼吸苦もなくなったようなので、朝食もちゃんと食べて欲しいから、前の朝食時昼食時夕食時に戻してためしたいと思いました。
 そこで、薬を4回にした理由をM病院の主治医に説明し、前のような一日3回に戻して欲しいと相談しました。
 その後、薬の処方を希望通りに変えてもらいました。
 平日は夕食ばかりで、朝食時はあまり行けませんが、何をしても目が覚めないということはなくなり、朝はからだの動きも今ひとつで、ぜんぶ手助けという時もありますが、前より、目が覚めていて、ちゃんと飲み込むこともできます

 主治医の先生、看護師さん、薬剤師さん、みなさん心配してくれ、助けてくれてありがとうございました。

 それとやっぱり、微妙な変化は、家族じゃないとわからないことだと思っていて、それは、これからも注意していくつもりです。




やっとモノマネ番組を見る #リュウ41 - 2012.12.29 Sat

 12月22日、23日の土日で、一泊外泊でわが家でクリスマス会をした際、リュウは、「モノマネが見たい」と私に言いました。
 モノマネは、この8月に見たいと言っていて、まだ一回も見れていませんでした。
 でも、友だちからメールが届き、12月26日の火曜日と28日の金曜日に、本格的なモノマネ番組があるとわかりました!

 さあ、26日が来ました。いつものように会社帰り、夕飯の手助けに行き、リュウに、

「今日、モノマネ番組あるよ、ええ〜〜っと、6時半からだわ。いま、6時20分だから、あと、10分で始まるよ!」

とリュウに言いました。
 そして、リュウを見ると、楽しそうに笑っています。でも、あれ?まだ、番組が始まっていないのです。

「リュウ!リュウ!まだ、始まっていないよ、モノマネ!しっかりして!まだ、笑うの早いよ!」

と私はリュウに言いました。
 そこには、モノマネ番組をずっと見たくて、番組が始まる前から、楽しそうに笑うリュウがいました。

 昨日の28日も6時からモノマネ番組があり、リュウは夕飯を食べながら、私は横に座り、楽しく見れました。

 コロッケとかが出る本格的なモノマネ、やっとやっと、見ることができました。よかった〜。




初めての一泊二日のわが家 #リュウ40 - 2012.12.29 Sat

 12月22日(土)23日(日)、リュウは一泊二日でわが家で、クリスマス会をしました。

 四月に入院して以来、半年ぶり以上のわが家。
 居間に入ってもらうと同時に、私がリュウに聞きました。

「イブキとリュウは、久しぶりの感じがする?」

と。リュウは、

「・・・イヤ・・、・・・」

と答えました。
 子どもたちは、最低月に一回、病院に行っているので、そう思ったのだと思います。

「うちは?わが家は?半年ぶり以上だけど」

「・・・イヤ・・・、・・・」

 そうリュウが答えました。
 私はそう答えるかもしれないと、思っていました。
 病院で私がリュウの目の前に行くと、リュウは、「おかえり」と私に言い、自分が家にいる錯覚を起こす時があります。
 ある時は、私がいるのに子どもの姿が見えないのが不思議だという風に、「・・・、イブキとワタルはどこにいるの・・・?・・・寝てるの・・・?」と聞いてきたことがあります。
 つまり、入院中だけど、リュウは何回も何回もわが家に帰ってきているのです。
 だから、「久しぶりじゃない」と答えたのだと思いました。

 ソファに座ってもらい、ひとつひとつをリュウに確認してもらいながら、お菓子を食べてもらい、ビールを少量飲んでもらい、テレビを見てもらいました。
 しだいに表情がリラックスしていくのがわかり、私も嬉しくなってきました。

「なにか見たいテレビ番組はある?」

と、新聞のテレビ欄を見てもらいながら私が聞くと、

「・・・。・・・、モノマネ・・・とか見たい・・・」

とリュウが言いました。私は、

(あっ!)

と思いました。
 リュウは、8月に私に病院で、「いい加減・・・、モノマネとか見たい」と私に訴え、それ以来、私は朝、テレビ欄をチェックするようにしました。
 そしてついに、モノマネ番組があるという9月のその日、会社に中学校から電話があり、「ワタルが、お腹が重たいと訴え、机に突っ伏していて、微熱もある」とのことで、その日真っすぐ帰宅し、病院に寄れなかったので、リュウは、モノマネを見逃していたのです。それからも私は、引きつづきモノマネ番組をチェックしていたのですが、ありませんでした。
 その一連のことを、私はリュウに言うに言えず、触れなかったのですが、リュウは、「モノマネが見たい」と、今また訴えています。

「あ〜〜、リュウ、いま、モノマネやってないわ」

私は、すまなそうに言いました。

 その後私は、夕飯の準備のため、台所へ。
 いったんリュウは、居間にある電動ベッドに横になってもらいました。

 さあ、夕飯ができました。統一性がないけれど、生チラシにハンバーグにキムチ鍋です!
 からだを支えられるように、肘掛けが付き、移動も楽な用に、キャスター付きのリュウ専用のイスに座ってもらい、四人でテーブルを囲みました。
 病院では、私はきびしくて、夕飯の手助けをなるべくしないのですが、今日はせっかくの手料理も冷めるので、飲み込みを確認しながら、積極的に手助けをします。
 食後は、毎年、同じ所から買う同じケーキにろうそくに灯を灯し、みんなで、なんとなくクリスマスのうたをうたい、火を消し、クリスマスケーキを食べました。
 何年もずっとずっと、変わらない光景です。
 ワタルには毎年サンタさんが来ているのですが、今回は、「お父さんサンタ」という設定で、リュウからワタルにプレゼントを渡してもらいました。ワタルが欲しがっていたゲームのソフトです。

 今年も家族全員でクリスマスケーキを食べれて本当によかった。

 次の日、カレーライスとラーメンのお昼ご飯を食べた後、私が思い立って、金曜日の夕刊に載っているクロスワードパズルをしよう!と、リュウに言いました。リュウも、コクンとうなづきました。

「一本足○○○の王貞治!」

と私が言うと、

「だほう」

とリュウが答えます。

 「キリスト教で神のこと」という問題では、解答のマス目が、二つです。私とリュウは、ピンと来なくて、キリスト教系の高校に行っていたイブキに聞くと、

「シュ」

と答えました。

「シュ?しゅ?主!」

と私が言うと、リュウもコクンとうなづきました。

「サザエさんの息子の名前」という問題が出たので、ワタルが答えられるのではないかと、ワタルに、

「サザエさんの息子、サザエさんの子どもの名前は?ワタルっ!」

と聞くと、即答で、

「なみへい!」

と呼び捨てで答えたので、みんなで、笑いました。

「波平はサザエさんのお父さんでしょ?子どもだよ!」

と私がワタルに言うと、今度は、

「かつお!」

とまた即答して、また、みんなで笑いました。

「カツオは、弟でしょ?」

と言うと、

「ますお!」

と言うので、私はまた笑いながら、

「マスオは、サザエさんの旦那さんで、こどものお父さんでしょ?」

と聞くと、今度はワタルは、

「だって、子どもみたい!」

と答えました。それを聞いて、私は、「うぐうぐっ」となりました。世の中の旦那さんは、子どもみたい?それをワタルが言った?

 みんなで盛り上がったクロスワードパズルも解け、病院に戻る時間になり、また、私の運転で家を出発しました。助手席に乗っているリュウに、

「ワタルのさっきのセリフ、なんていうか、びっくりだよね?」

と言うと、リュウが、

「・・・うん、時々、ドキっとすることを言う。・・・不思議な子だ・・・」

と言いました。

 病院に戻り、ナースステーションに、「ただいま」を言い、病室に戻り、パジャマに着替え、ベッドに横になってもらいました。リュウが、

「・・・ステキなクリスマス、どうもありがとう・・・」

と、私にお礼を言ってくれました。

 バニラ家は色々な人にささえられ、何事もなく、無事に初めての外泊が終わりました。よかった〜。







病院からのクリスマスカード #リュウ39 - 2012.12.24 Mon



ありがとうございます!




初めての外泊 #リュウ38 - 2012.12.22 Sat

リュウ、4月に入院して以来の初めてのわが家への一泊外泊。
ひと足お先に、クリスマス会です。
リラックスして、楽しそう~(*^_^*)






冬至 #リュウ37 - 2012.12.21 Fri



今日は、冬至ですね!
病院の食事のお盆に、かぼちゃとカードが。
嬉しいです。




漢字クイズにはまる #リュウ36 - 2012.12.16 Sun

 私は、漢字が書けなくなってきました。
 自信があるのは、平仮名と片仮名です。
 漢字が書けなくなったと思って、だいぶ経つのですが、最近は、読むのも読めなくなってきたような気がして、これはどうにかしたいと思い、スマートフォンで、漢字の読みのアプリがあったので、インストールして、やってみました。
 やってすぐ、

(あれ?このアプリ、リュウにもいいかもしれない)

と気付き、夕食後、一緒にやってみました。
 5問正解すると100点になり、次へ進めますが、一問でも間違えると、次へ進めないので、100点になるまで挑戦し続けなくてはなりません。初級が200問、中級が400問、上級が400問で、全部で1000問あります。いま、420問終わりました。
 リュウは、漢字の読みは、むかし獲得された記憶であるからか、けっこう、答えられます。それが、面白いし、5問1クールでクリアしていく達成感で、リュウはすっかり、はまってしまいました。
 夕食後、自分から、

「・・・。・・・クイズは?」

と言ってきます。
 それに、解答を私にわかるように答えなくてはならないので、声の発声にも、とてもよいです。
 よいアプリを始めたと思っています。

 「美人局」という問題が出ました。私が、「びじんきょく?」と言うと、リュウが、「・・・つつもたせ・・・」と答え、その通り入力すると、正解の○が出ました!すごい!「四股」を私は、「よんまた?」と言うと、「・・・しこ・・・」と答えました。正解!でも、「華奢(きゃしゃ)」という漢字が出て、リュウが読めないでいました。
 私が、

「リュウ、私のことだよ!私だよ!ほらっ!」

と一生懸命、ヒントを出すと、私をジッと見て、しばらく考え、

「・・・じょうぶ・・・」

と答えました。私は、思わず、笑ってしまいました。「華奢」は「じょうぶ」と読むそうです。

 このアプリをずっとやっていて、気付いたと言うか、前から思っていたことがあります。
 夕食の時、調子がいいと、なんとかスプーンで、自分でご飯を口に運べるのですが、調子が今ひとつだと、途中から私が、手助けをして、口に運びます。もっと、調子が悪いと、ぜんぶ私が口に運びます。調子が悪いとはどういうことかと言うと、からだのこわばりからか、手が思うように動かないし、いつもより、目が二重に見えるようで、うまく、口に入りづらいのです。口数も少なく、会話もちぐはぐで、意識もはっきりしていないのかな?と思ったり、あと、もっと調子悪いと、飲み込みもしづらくなる感じです。
 でも、漢字クイズの応答は、変わらないのです。自分がわかっている漢字は答えるし、やろうという気持ちも伝わってきます。「美人局」からのくだりは、私が、ぜんぶ口に運んだ日で、調子があまりよくない日でした。

 S病院の発声のリハビリで、普段出ないような大きな声が出ていてびっくりしたし、M病院のリハビリで、ボールのキャッチボールもあまりにも上手でびっくりしましたが、環境でまた、持っている力が引き出されるのかな?と思いました。
 だから、というわけでもないのですが、調子が悪くても、あまり、悲観しないように心がけています。
 前はすごく不安に思ったのですが、「表面に出てこない力を持っている」と、だんだん実感するようになってきたのです。
 もしも、意識がはっきりしていないのかな?と思い続ける時があっても、やっぱり、「表面に出てこない力を持っている」と、私は思うのではないか、と、いまは思っています。 




病院で、不在者投票をする。 #リュウ35 - 2012.12.16 Sun

 「病院に入院中の人は、選挙の投票はどうするんだろう?」と、疑問に思っていました。
 小学校の体育館などの投票場所まで、院外外出をして、行かなくてはないのかな?と思っていたら、看護師長さんがひとりひとりに、

「選挙はどうしますか?」

と、聞いてまわっていました。

リュウと私のところにも来て、

「選挙はどうしますか?」

と聞いてくれました。

「どこで、投票するんですか?」

と私が聞くと、

「ここの病院で、投票箱に投票用紙を入れてもらいます」

と言いました。

「病院でできるんですか?」

と私。

「はい。12月12日に不在者投票を、病院でします」

と師長さんが答えてくれました。でも、大きな問題があります。リュウは、字が書けないのです。

「あの〜、夫は、字が書けませんが、それでも投票できますか?」

と聞くと、

「指差しで結構です」

と答えてくれました。字が書けない人は、担当の人に字を書いてもらう代理投票という制度があるんですね!これなら、リュウも投票できます。

「よかったね!リュウ」

と私が言うと、リュウは、コクンとうなづきました。

 その日の連絡ノートを見ると、投票箱に自分で投票用紙を入れ,無事に投票できたと書かれてあり、リュウにも確認しました。
 よかったです。

 今日は、選挙の日。私も投票してきます。




私が下剤を飲む #リュウ34 - 2012.11.11 Sun

 10月のある日のちょっとした出来事です。
 リュウは便秘症ではなかったのですが、この病気になってから、便秘になるようになりました。

 便秘がちになり、おかしいおかしいと、二人で言っていたのは、神経内科にかかる何年も前からです。
 平成18年の神経内科にかかり始める前、5年ではきかないと思いますが、

 ・本を読むとき、片目を指で押さえて、もう片方の目だけで、見るようになった
 ・(怒ったような)寝言が、ものすごくなった
 ・便秘症になった

という今までにない変化があり、首をかしげていました。

 寝言はいつからか、なくなりました。
 本は、手に力がなく、持つのが重たいと言って、今は読んでいません。
 でも、便秘とは、ずっと、付き合っています。

 いま、便秘の薬は、錠剤のが二種類出ているのですが、それでも何日か出ないと、夕食後に液体の便秘薬が出されます。
 それは、何に混ぜても味が変わらないそうなので、その時は私は、インスタントのホットカフェオーレに混ぜようと思いました。
 カフェオーレのスティックをやぶり、コップに入れ、給湯室に行き、ポットのお湯を入れました。それから、液体の便秘薬を言われた量、カップに落とします。
 あ、でも・・・、かなり熱そうです・・・。

(熱い!って、なって、口の中をヤケドしたり、反射的に落としたら、手とか足とかお湯がかかったところがヤケドするかも・・・)

 そう思って、温度を確かめるために、ごく少量飲んでみました。

(あ〜、やっぱり熱いわ。失敗した。水を混ぜるんだった。でも、なみなみとお湯を注いじゃった・・・。冷めるまで待つしかないか〜・・・)

 そう思い、しばらくしてから、また、ごく少量飲んでみました。

(いや〜、まだ熱いわ。なかなか冷めない。これで、渡して、さっき想像したとおりになったら困るわ)

 もういいだろうと思って、また、しばらくしてから、ごく少量飲んでみました。

(う〜〜〜ん、まだ、熱い・・・。もう、なかなか冷めないっ!)

と、少量ずつ飲み・・・、そこで、やっと、

(あ!私が下剤飲んでる!)

と、気が付いたのです。
 
 次の日の朝、私のおなかが下ったのは、そういうわけです。




日本シリーズ野球観戦 #リュウ33 - 2012.11.03 Sat


今日は、日本シリーズの第6戦、巨人が勝ったら、日ハムを制し、優勝する日です。
リュウは、もともとスポーツ観戦が大好き。
私はその面白さがよくわからなくて、どうして面白いのか、リュウにずっと聞いていました。
でも、リュウと一緒に楽しみたい!と思い、試合結果を伝えて、毎日一緒に、リュウの夕食時に観戦しています。
北海道の日ハムなので、看護師さん、患者さん、ご家族の方も観戦に加わります。
みんなで、一喜一憂。
私も詳しい方に、解説してもらいながら、熱くなっています。
巨人ファンの人と、アンチ巨人の人の解説がまったく同じで、可笑しいです。






プリンを食べる #リュウ32 - 2012.10.27 Sat



お昼ごはんあとのデザートです。
私が買ってきたプリン。
ゆっくりゆっくり、あと、あまりうまく食べれませんが、食べてます~(*^_^*)
かならず、私にもすすめてくれますσ(^_^;)



暑い夏の珍客 #リュウ30 - 2012.10.14 Sun

今年の夏は暑かったですね!
8月23日にわが家に、珍客がいらっしゃいました。
写真で、順を追って、説明します。



8月23日の早朝、台所のくもりガラスの向こうに、結構大きい虫の影が見えました。
この画像で、お義兄さんが、「キリギリスのメスにちがいない!」と、教えてくれました。



会社帰り病院に寄り、帰宅すると、虫の嫌いなイブキが「炊飯器の横になにかいるよ・・・」と、か細い声・・・。
おそるおそる見てみると、朝、窓の外にいたキリギリスがっ!家の中に移動していて、それも、炊飯器の横に、ぴったりくっついていました。
私「ギャーーー!」。イブキ「・・・・・」。ワタル「キャッキャッ」。

子どもたちは夏休みで家にいたため、台所の窓が少し開いていたのです。
でも、網戸はしまっていましたが・・・。



探したら、物置に虫かごがあったので、ふたを開け、キリギリスの目の間に持って行くと、自らすすんでカゴに入りました。なぜ?
おなかがとても空いていたみたいで、すごい勢いでエサを食べ始めました。



リュウにも逐一説明していたら、その日以来「キリギリスは元気?」と聞いてきました。
本物を見てもらいたくなり、後日、病院に持って行き、見てもらいました。
「かわいい。かわいい」と言っていました。
名前を「クッキー」と付けていました。

でも、それからしばらくして、朝、虫かごを見ると、動かなくなっていました。

今年の暑い夏のわが家の珍客です。

私たち一家の忘れられない出来ごとになりました。

キリギリスの「クッキー」思い出をありがとう〜!




ぎんさんの「おかえり」 #リュウ29 - 2012.10.08 Mon

 ディルームの食事のメンバーですが、先輩女性患者の「きんさん」「ぎんさん」、I夫妻と私たちが、定着しています。
 あと、男性患者さん、「私!今日からここで食べる!」と宣言した女性患者さんもいましたが、退院しました。
 でもいま、他にも増えたりしています。

 M病院は、内科や整形外科もあり、いろんな患者さんがいます。S病院は、あたまの病院専門でした。でも、S病院もM病院も、患者さんのことは、私は、わかりません。夫の病気しか、わからないのです。つまり、その人が、どういう病気で入院しているのか、私には、ぜんぜんわからないのです。

 M病院での、最初の頃のお話しです。
 ディルームで、きんさん、ぎんさんに会い、食事をしているとき、ぎんさんがリュウと私の方に向かって、

「おにいさん、おにいさん!」

と言います。私は、キョロキョロしましたが、そこにはリュウと私しかいません。リュウが「おにいさん」と呼ばれることはないと思いました。気のせいかなと思い、だまって食事を続けていると、やっぱり、

「おにいさん!おにいさん!」

と何回もこっちの方に向かって、呼びます。あれ?と思い、ぎんさんを見てみると、ぎんさんは、リュウではなくて、私を見ています。

(あ!私に向かって、呼んでいる!)

とそのとき、思いました。今までも、「娘さん」「お嫁さん」とは呼ばれたことがあるけど、「おにいさん」とは、性別まで間違われたのかと思いました。リュウは、私の兄さん?兄弟がイスに並んで座っているように、見えたのでしょうか。私は、立場を間違われて呼ばれた際、否定する時と、しない時がありますが、今ここで否定しなければ、今後私は、男の人のような立ち振る舞いをしなければいけません。さすがにそれはないと思い、

「おにいさんじゃないです、おにいさんはいませんよ〜」

と答えました。
 私は、髪は短めで、Tシャツにジーパンの格好をしていたのですが、これだと、男の人に見られることもあるのかと、深く考えました。でも「おじさん」とは、言われませんでした。

 そういえば・・・、と、また、前の入院先のS病院のことでのことを思い出しました。

 4階に入院していた時、リュウの向かいに、サンダーバードのスコットに似た人が入院してきました。リュウが、

「どうしてここにサンダーバードのスコットがいるんだ!」

と指を差して大きな声で言った時は、リュウの口をふさごうかと思いました。
 そのスコットさんが私に向かって、ある日、

「どこの大学ですか?」

と聞いてきたのです。私は、その意味がよくわかませんでした。大学で働いているとも言ったことないし、大学という単語も、スコットさんの前では、発したことないはずです。しばらくその意味を考え、「あ!」とわかりました。

(この人、私を大学生だと勘違いしているんだ!)

 その途端、私はこんにゃくのようにからだをくねくねさせ、

「あの〜〜〜、私は、大学生じゃないです・・・」

とにやにやしながら言うと、

「あ〜、そうですか」

とスコットさんは無表情で答えました。私はクルッとリュウの方を向き、リュウに、

「リュウ!いま、私、大学生に間違われたよ!」

と言いましたが、リュウは、目は開いて天井を見つめていますが、無反応です。私はその嬉しさをどうしても伝えたくて、

「リュウ!リュウ!」

とからだを揺すりましたが、やはり、無反応でした。

 S病院の4階で、そういうこともあったのです。
 医療・福祉・患者さんの家族、患者さんから、私は、いろいろな呼び方をされています。

 話しは、ぎんさんに戻り、ある日、

「誰か〜、この人に、何か買ってあげてちょうだい、お金払いますから」

と、言いました。「この人」とは、私のことです。私は、リュウが食べている横にだまって座っているだけなので、かわいそうと思ったみたいです。たぶん私が、お腹空いているのに、なにもあたっていないで、他の人が食べているのを、指をくわえて見ているだけと、目に映ったのでしょう。やさしいぎんさん。でも、私っていったい・・・。

 そのぎんさんが、9月のある日の夕食時、いつものようにリュウの食事を手助けをしようとディルームに入って来た私を見て、

「あ〜、おかえり」

とごく自然に言いました。

(あれ?いま、私におかえり?って言った?リュウには言われるけど、他の人に言われたのははじめて・・・)

と、ちょっとびっくりしながら、

「ただいま・・・」

とぎんさんに合わせて、言いました。

 今のところ、その一回きりですが、ぎんさんの「おかえり」を聞いて、考えました。

 自分の家だけではなく、職場、病院や施設でのあいさつ、「ただいま」「おかえり」「いってきます」「いってらっしゃい」が、いろいろな立場の人のあいだで、増えたらちょっとステキかも。




焼き芋をみんなで食べる #リュウ28 - 2012.10.04 Thu

今年も私の勤務先の大阪本社のビル屋上で収穫されたさつま芋が会社に届きました!北海道で、「いも」と言えば、じゃがいもなので、さつま芋は、貴重です。今年は、このおいもで、焼き芋を作るそうです。

↑家庭菜園ならぬ会社菜園なので、大きさに大小があったり、ユニークな形がありますね。

↑休憩時間を利用して、さつま芋をぬれた新聞でくるんでから、アルミホイルでくるみました。こうすると、ほくほくして、おいしいです。

↑ドラム缶を半分に切ったコンロです。火が起きている炭の下の方に、さつま芋を入れます。

↑さあ、おいしそうな焼き芋ができました。秋の味覚です。

↑この焼き芋、会社でもいただきましたが、お持ち帰り用もあり、私は病院に持って行きました。そして、夕食のためディルームに集まっていたI夫妻、先輩女性患者二人(私は、密かにきんさん、ぎんさんと呼んでいます)、リュウの担当の看護師さん、そしてリュウと私、みんなでいただきました。みなさん、「焼き芋なんて、何年ぶりだろう」としみじみと言っていました。ほくほくして、栗に近いような味がして、おいしかったです。食事が運ばれてきたので、リュウに「もういい?」と聞くと、「あとでまた食べる」と言うので、食後も食べ、写真の皮まで手を伸ばしていました。






音楽療法の八つの大きな効用 - 2012.09.30 Sun

 私の院内コンサートのブログを受けて、のぞみの会のメーリングリストで、感想を含めて何人かの方のやりとりがありました。
 その中で埼玉のW様が、音楽療法の八つの大きな効用を書いて下さいました。
 とても貴重なことがまとめられていると思い、ブログを読んで下さっている方にも見ていただきたく、埼玉のWさんの許可をいただき、転載させていただきます。

******************

私は音楽が大好きです。然し、何らの楽器も弾く事が出来ません。只々、
曲を聴くだけです。でも音楽のない世界など想像することは出来ません。
音楽は日々の生活の中で、特に妻の介護生活の中でとても重要な役割
を果たしてくれています。

音楽は本質的に時間を超越しています。懐かしい曲や、過去を彷彿させる
曲は、時空を遡り、大切な思い出を回想の中で再体験させてくれます。
過去は単に過ぎ去ったものではなく、私たちの人格の一部として、今この
時も生き続けてくれています。音楽の持つ不思議な力..................
........................。

死生学を長年に亘って研究しているある学者は音楽療法には八つの大きな
効用がある、と言っています。

 1.患者の注意を苦痛からそらし、疼痛の緩和に役立つ。
 2.死に直面する緊張やストレス、過剰な恐怖を和らげ、安眠にも繋がる。
 3.懐かしいメロディーは、楽しい思い出を蘇らせ、灰色の闘病生活に
   温かな灯りをともし、生きる勇気を与えてくれる。
 4.過去の人生から持ち越した問題を解決する、手がかりを与えてくれる。
 5.対話の糸口が出来て、思いがけない心の交流を生むこともある。
 6.音楽のハーモニーは、患者の精神的な動揺を鎮め、内的な調和を
   取り戻す助けとなる。
 7.音楽は時間を超越しているため、永遠性への希望を与えてくれる。
 8.遺される家族の喪失の悲しみを癒し、立ち直りへと導く上でも、重要な
   役割を果たす。

更に彼は言っています。「音楽は、しばしば幸福な体験と結びついている」。
そして彼の場合、それはイギリスの作曲家エドワード・エルガーの「威風
堂々」なのだそうです。

彼によりますと、欧米諸国のホスピスでは音楽療法が”盛んに”行われている
そうです。それに比して我が国日本ではどうでしょうか、未だ音楽療法なるもの
への理解度は極めて低いのかも知れませんね。

音楽の持つ不思議な力を、末期患者だけではなく、あらゆる人の心と身体の
調和をはかるために役立ててもらいたい、と切に願っています。

私が引用した本ー出典は、

     集英社新書 
     「心を癒す言葉の花束」
     アルフォンス・デーケン





病院祭での院内コンサート #リュウ27 - 2012.09.23 Sun

 8月18日の病院祭のプログラムに、「13時から院内コンサート」というのがありました。
 S病院は、正面玄関から入ったところに待合室があるのですが、壁にピアノが置いてありました。私は、なぜピアノがあるのだろうと、思いました。そして、このピアノがたくさん鳴ったらいいなと思いました。
 今日、その時が来ました。
 13時に一階のロビーに行くと、そのピアノが移動してあり、演奏できるようになっていたのです。
 そして、13時に、三人の主婦のような方が登場し、院内コンサートが始まりました。
 リュウと私も設けられたイスに座り、コンサートを楽しもうとしていました。
 パンフレットを見ると、演奏する曲目と、三人の方のプロフィールが書いてあり、経歴の最後に、三人とも「音楽療法士」と記されていました。
 「私たちは、老人施設や病院で演奏活動をしています」と言いました。
 私は、音楽療法士さんによるこうしたコンサートのことは、テレビや新聞で目にしていましたが、自分が患者の家族の立場で参加するのは、初めてです。

 まず、ピアノの連弾とバイオリンのような楽器(パンフレットを紛失してしまい、思い出せません)で、オリンピックのテーマソングを演奏してくれました。
 病院に本物の楽器の音色が響きわたります。
 今度は、変わった形のタンバリンが配られました。リュウにも配られました。「幸せなら手を叩こう」という曲に合わせて、タンバリンを渡された人が、合図とともに叩くのです。リュウも合図を見て、叩きました。上手にできました。
 リュウも他の患者さんも、楽しそうに一生懸命、タンバリンを叩いています。でもなぜか、

(シアワセナラテヲタタコウ・・・)

その歌詞が、私の頭の中をぐるぐるまわるのです。
 
 次に、ホワイトボードが正面に移動し、そこに、黒いマジックで、縦書きに大きな文字で書かれた歌詞が登場しました。「ふるさと」です。

 「さあ、みなさん、一緒にうたいましょう〜」

と音楽療法師さんが言いました。
 ピアノの伴奏で、みんなが歌詞を見ながら、うたい始めました。

(リュウは?)

 リュウを見ると、顔を上げ、ホワイトボードの字を追い、一生懸命声を出し、うたっていました。

(リュウ、ホワイトボードの字が見えるんだ・・・。それに、うたう声も出せるんだ・・・。)

 私は、S病院で、言語療法士さんが行なっていたリハビリを思い出しました。

 「リュウさん、壁にぶつかるくらいの声で、あーーーーーーーーーー!ハィ!」

 そう言われると、言語療法士さんと同じくらいの、ぶつかるくらいの声が出たのです。

(リュウ・・・、やろうと思ったら、声も出るし、字も見えるんだ・・・)

 私は、また不思議に気持ちになりながら、色んな思いがわき上がって来て、涙が出てきました。そんな私に気付くことなく、リュウは、一生懸命「ふるさと」をみんなと一緒にうたっています。

(リュウは、どうして病気になってここにいるんだろう?私も、どうしてここにいるんだろう?リュウもかわいそうだし、私もかわいそうだ・・・)

 そういう思いにとらわれてしまい、やっぱり、涙が出ます。
 でも・・・、まわりを見渡してみると、リュウも含めて、他の患者さん、家族の人、地域の人、みんな楽しそうに、積極的に参加しています。シクシク泣いているのは、わたしひとりなんです。

(やっぱり・・・・)

と、私は思い直しました。

 リュウも私も、他の患者の人も、かわいそうなんかじゃない!失ったことをなげくのではなく、いまに感謝して、いまを楽しもう!リュウをはじめ、みんながそうしている。ストレッチャーに横になり、点滴の棒もある患者さんも、一生懸命楽器を演奏していました。

 院内コンサート、ピアノもあるし、年に一回じゃなくて、月に一回がいいな〜!と思いました。

 お祭りを開催して下さった病院の方々、今回コンサートを開いて下さった音楽療法士のみなさん、ありがとうございました。


↑変わった形のタンバリンを一生懸命叩くリュウ。


年に一度の病院祭 #リュウ26 - 2012.09.23 Sun

 8月18日の土曜日、年に一度の病院祭がありました。

 その日が近くなると、ポスターも貼り出され、リュウと楽しみにしていました。私たちの「おまつり」の会話に、看護師さんも加わりました。

「当日は私も売るからねぇ〜」

 看護師さんのそのセリフに、

「バナナのたたき売りかい?」

と、笑顔のリュウ。


 前の病院では、そのようなお祭りはなかったので、当日はお祭りの雰囲気が堪能でき、私たちもとても嬉しかったです。



 S病院で食事が少しずつ摂れるようになった時、「たこ焼きが食べたい」と言ったら、まだ早くて食べられなかった。今日は、たこ焼きがありました。喜ぶリュウ。

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わたあめの器械が持ち込まれ、わたあめも作られていました。お祭りに欠かせないわたあめ。





お墓参りに行く #リュウ25 - 2012.09.23 Sun

 8月5日、M病院で初めての院外外出をしました。
 医療従事者の人の目がなく、私たちででかけるのは、S病院も含めて、初めてのことです。
 行き先は、佐藤の方のお墓と、その後の昼食先のホテルです。

 院外外出するには、届けが必要です。その届けには、主治医と看護師長さんの許可が必要で、リュウは問題ありませんでした。
 車イスが必要で、買おうかどうか迷っていると、「すぐに借りられるから」と看護師さんに言われ、病院のをお借りすることにしました。

 リュウは、一年に一回、親戚一同が集まるお墓参りとその後の食事をとても楽しみにしていました。そのこともあり、私たちは結婚してから、一回も欠かしたことはありません。親戚の人もリュウがお墓参りを楽しみにしているのと何となくわかっていてくれて、お見舞いに来てくれた際、

「今年もお墓参り行くよ!」「その後、おいしいご飯食べるよ!」

と、励ましてくれていました。

 さあ、当日です。
 リュウが私の助手席に乗って、子どもたちは後ろに乗って、病院から出発です。
 リュウが助手席に乗るのは、4月9日に骨折する前日の4月8日以来です。約4ヶ月ぶり。
 四人が車に乗って出かけるのは、それまでは、ごくごく普通のことだったのですが、ある日をさかいに、普通じゃなくなってしまいました。

(普通が普通じゃなくなる日もある・・・)

 それを考えると、運転しながら、少し涙があふれてきました。

 お墓に着きました。リュウは車イスでお墓の前まで行きました。
 もうみんな到着していて、待っていてくれました。
 お天気があまりよくなく、みんなでさっとお参りして、次の昼食先のホテルに向かいました。

(リュウのお父さん、叔母さん、ご先祖のみなさん、地獄の釜の蓋は開いてるでしょうか???
 今日は5日でよくわかりませんが、とにかく、よろしくお願いします。
 見まもって下さい。
 今年も家族揃って、お墓参りに来ることができました。感謝です)

 ホテルに到着しました。
 ホテルの玄関に飾られたお花、ロビーから見えるホテル敷地内のゴルフ場、売店、リュウの車イスを押して、見て歩きました。何気ない風景ですが、リュウにとっては、なかなか目にすることができません。
 リュウと一緒に行動すると、私も何気ない風景がそうではないんだと思えてきます。
 
 昼食は、ホテルの12階にあり、遠くまで見渡せ、気分もよかったです。
 私は、使い捨て用の紙のエプロンをリュウの膝の上にかけ、食事を助けました。リュウが何とかデザートまで食べることができました。
 その後、レストランを出たところで、集合写真を写しました。

 一階に降り、ホテルの前で解散となったのですが、助手席の窓を開けると、リュウが、みんなに、

「・・・みなさん・・・、今日は、・・・どうも・・・、ありがとう・・・」

と言いましたが、声が小さくて、誰も気が付きませんでした。

 親戚のみなさん、ありがとうございました!

 その後、病院に戻り、疲れたと思い、すぐにベッドに横になってもらいました。後片付け等して、私もさあ帰ろうとした時、リュウが私に、

「・・・今日は、・・・どうもありがとう・・・」

と言いました。
 リュウは、イベントがあった時、今までも必ず、私に、お礼を言ってくれるのです。その日も今までと同じように、私に、お礼を言ってくれました。

「うん。私もありがとう〜」

 初めての院外外出は、無事に終わりました。


ホテルの玄関を入ったところにあったキティちゃんのマーブルチョコレート。




『映画はいつでも映画だった』 #リュウ24 - 2012.09.09 Sun

 8月4日に、友人Sさんが、リュウに返してくれた本とは、『映画はいつでも映画だった』という分厚くて重たい本です。
 この本は、竹岡和田男さんという元北海道新聞記者で、映画と美術の優れた評論家であった方が書いた日本と外国の映画の評論が年代順(1945-1958)にズラッと載っている本です。
 この本を作ったのが、リュウなんです。
 「作った」というのは、当時勤めていた印刷会社で、リュウともう一人のデザイナーの人、二人で、「版下」を作ったのです。つまり、当時勤めていた印刷会社で、仕事として、作った本なのです。

 なぜ、リュウが、この本に思い入れがあるかというと、その理由がふたつあり、まずは、その仕事が、大変だったということです。

 なぜ大変だったかというと、この本を作ったとき、約30年くらい前ですが、当時の印刷物は、写植の機械で印画紙に写し出されたものを、紙に貼って、版下というものを作っていました。手作業です。もしも、直しが入ったらどうなるでしょう。文字と文字のあいだに、縦にカッターを入れ、増えたり減ったりした分の版下を一行ずつ、ずらしていくのです。
 今でこそ、パソコンでは、文字の送りがストレスなど感じることなくできますが、当時は、文字の送りは、長文になればなるほど、大変だったのです。この本は、直しがたくさん入ったそうです。記憶に残るくらい、大変な作業でした。それで、できあがった時の達成感、充実感をいったら、忘れられないそうです。

 この本に思い入れがあるもう一つの理由とは、リュウは、映画のセールスマンの息子だからです。
 リュウのお父さんは、当時、北海道で一番大きい映画の会社の営業をしていたのです。それで、リュウは、子どもの時から、映画館での映画は、見放題で、映画に詳しかったのです。リュウは、むかしの俳優さんや女優さん、映画のこと、よく知っていました。
 また、映画の看板も見ていたり、外国の映画のタイトルバッグとかも気にしていて、ストーリーや登場人物だけではなく、美術やデザインも目にして、気にしていました。
 そのせいか、高校卒業後は、美術学校でデザインを学び、就職は、印刷会社でデザイナーとして、仕事をしていたのです。

 ですから、映画のセールスマンを父にもつリュウは、その本の内容は、よくわかっていたのです。
 その二つの理由で、思い入れがあったのです。

 私は、Sさんに返してもらった本を、最初はリュウの目のつくところに置き、今は、聞かれたら、いつでも出せるように、テレビ台の下にしまってあります。
 分厚くて重たい本で、手に力が入らないリュウは持てないだろうし、物が二重に見えるので、細かい文字は、読めないと思います。
 でも、大変だったけれど、好きな映画に、好きな仕事をしていた時の、思い入れのある本です。

 リュウに「・・・あの本」と言われたら、私が出してあげ、私が読んであげようと思っています。


 









友人Sさんがまたお見舞いに来てくれる #リュウ23 - 2012.09.09 Sun



 8月4日、友人Sさんが今度は、転院先のM病院にお見舞いに来てくれました。

 前回SさんがS病院にお見舞いに来てくれたとき、別れ際に、リュウがSさんに、「ちょっと、頼みたいことがある」と言い、なにかと思ったら、「貸した本を返してくれないか」ということでしたので、今回Sさんが持って来てくれたのです。

 そしてまた、美味しそうなケーキを持参してくれました。
 3人で4階のテーブルとイスがあるところまで、歩いて行き、そこで、ケーキをいただきながら、雑談することになりました。
 前回私は、リュウによかれと思ってモンブランをしつこく勧めたら、本人は違うのを食べたかったことを思い出し、私は、だまっていました。

「リュウ、どのケーキいただく?」

と言うと、写真の一番奥のピンクのまるいケーキに手を伸ばしました。今回もモンブランは、選びませんでした。次にSさんに、

「どれにしますか?」

と聞くと、ピンクの三角のケーキに手を伸ばそうとして、

「これ、あたしがたべるのっ!とか、言わないでしょうね・・・」

と私に向かって言いました。私は苦笑いしながら、

「そんなこと言わないです・・・」

と言いましたが、やっぱり、私の視線が気になるのかな?と思い、今度は、ケーキを選んでいるあいだ、アイマスクでもしようかな?と考えました。
 私は、写真中央のイチゴがたくさんのった丸くて大きいケーキをいただきました。美味しかったです。

 そして三人でまた、むかし話をしました。
 みんなで浜益にキャンプしたとき、私が酔っぱらってあばれた話しになりました。普段もリュウがたまに思い出しては言っていた「私がドラねこみたいになった」時のことです。私は、また苦笑いしました。
 また、川ぞいに露天風呂がある然別にキャンプした時のこと、そこでは登山もし、私が、ものすごく大きい声で、何回も何回も、

「ヤッホーーーー!ヤッホーーーーーーーーーー!ヤッホーーーーーーーーーーーー!」

と言っていたと言われ、また、苦笑いしました。
 今回は、Sさんもリュウもなぜか、私の話しをするので、私は、リュウの話題に振ろうとした時、

「そういえば、リュウさんが作ってくれた自家製の焼肉のたれ、美味しかった!リンゴとかにんにくと、天然のものしか使っていない」

とSさんが言いました。

「そう!Sさんも食べたことあった?あの自家製のたれ、ほかの友だちにも好評だったんだよ!私もすごく美味しいと思う。配合は、今は亡きお父さんから教えてもらったんだよね」

と私が言うと、リュウは、

「・・・本当?・・・そんなに美味しかった?」

と言いました。今までも何回も美味しいと言っていたのに、お世辞だと思っていたようで、今、初めて、お世辞じゃないと気が付いたようでした。
 リュウは、お父さんの味と比較して、自分のは、それよりも美味しくないと思っていたのです。でも、私たちは、リュウのお父さんの味と比較することができません。

「うん!お世辞じゃないって。今度、また、つくってね!」

私は、リュウに言いました。

 Sさん、また、お見舞いに来てくれて、それも美味しいケーキも持って来てくれて、ありがとうございます。
感謝です。




リュウのリハビリを見学する #リュウ22 - 2012.09.02 Sun

 8月18日(土)の11時半くらいに病院に行くと、作業療法士さんが「これからリハビリが始まります」と言いましたので、私も見学させてもらうことにしました。
 S病院でもそうでしたが、リハビリの時間に合わなくて、なかなか見ることができないのです。
 この日、初めて、M病院でのリハビリを見学させていただきました。

 リュウの病室は2階ですが、エレベーターで4階に行き、リハビリ室に入って行きました。
 リュウは台の上に腰かけ、腕をまわしてもらったりした後に、3メートルくらい離れて座った作業療法士さんと、やわらかいバレーボールくらいの大きさの黄色いボールで、キャッチボールを始めました。
 
 「ハイ!リュウさん!」

とけっこうなスピードで、両手で胸からボールを投げると、リュウが、「パンッ!」とボールをしっかり受け止めました。その後、先生が両手で投げたように、胸の位置からボールをすばやく投げました。

 「ハイ!リュウさん、いいですね〜その調子です!」

と言い、また作業療法士さんが、投げましたが、ちょっと横にそれていたのです。
 でも、リュウは、横にそれたボールを片手で受け止めると、素早く胸の正面に持って行き、また、ボールを送り出します。それも、けっこうなスピードです。

 私は、そのボールのやりとりを、首を左右に振って見ていたのですが、頭の中に、「???」が浮かんでいました。
 その調子でずっとキャッチボールが続いていたので、「???」が何個も浮かび、ついに、作業療法士さんに聞きました。

「あの〜・・・、今日はとくに調子がよくて、こんなに上手に素早くキャッチボールができるのでしょうか???」

と。すると、作業療法士さんは、

「いえ!調子が悪いな〜と思えるような日でも、こんな感じでできます。普段のリュウさんの姿からは、ちょっと想像できないですよね」

と、笑顔で言いました。
 本当にそうなんです。ちょっとオーバーですけど、座頭市が剣を持った瞬間に機敏に動く、というような感じと言ったら、伝わるでしょうか。

 
 そういえば・・・、と、S病院での言語療法士さんのリハビリを見た時のことを思い出しました。
 言語療法士さんが、リュウに、

「あの向こうの壁にぶつかるくらいの声を出してみて下さい!」

と言うと、

「あああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

と、本当にぶつかるくらいの声が出たのです。
 普段は、聞こえるか聞こえないかの声なのです。
 その後も、

「それでは大きな声で、ちょっと高く、あーーーーーーー〜〜〜〜、ハィ!」

と言われると、同じ声の高さで、それも壁にぶつかるくらいの声の大きさで、

「あーーーーーーー〜〜〜〜!」

と言います。

「それでは、ちょっと、低く、大きな声で、あああああ=ーーー〜〜〜〜〜〜〜!ハィ!」

と言われると、やっぱり、大きな声で、同じ声の高さで、

「あああああ=ーーー〜〜〜〜〜〜〜!」

と言います。
 私はそのやり取りを聞きながら、やっぱり、頭の中は、ハテナでいっぱいでした。そして、

「あの〜〜〜〜、ずいぶん、大きな声が出て、びっくりしています」

と、言語療法士さんに聞くと、

「ええ、普段のリュウさんからは、想像できないですよね」

と、笑いながら言いました。


 リュウ、能ある鷹は爪を隠すって言うけど、う〜〜ん・・・、隠しすぎ???

 でも、とってもうれしいびっくりでした。これからも、リハビリがんばろうね、リュウ。




「いい加減・・・」と、つぶやくリュウ #リュウ21 - 2012.08.27 Mon

 今日、いつものように会社帰り病院に寄り、ディルームでリュウの夕食の手助けをし、食後はアイスを食べ、夕食後の薬も飲み、さぁ、洗面所で歯を磨こうという時に、リュウが私に何か、話しかけてきました。

「・・・いい加減・・・」

(え!「いい加減」って、言った?リュウ?)

 小さくて、聞き取れなくて、何回か聞き直したら、そういう風に聞こえたのです。

「え?なに?リュウ」

ともう一度聞来ました。そうするとやっぱり、

「・・・いい加減・・・」

と言います。私は、その次のセリフが聞きたいと思いました。
 でも、私にはどうにもできない要求とかだったら、どうしよう〜と、少しためらってしまいました。
 しかし、聞かないわけにはいきません!リュウを助けてあげられるのは、私だけです!

「なに、リュウ?いい加減、なんなの?言って」

すると、リュウが、

「・・・いい加減・・・、・・・モノマネとか・・・見たい・・・」

と言いました。

「え!モノマネって、コロッケとかの?テレビ番組?」

「・・・うん・・・」

「あっ!リュウ、気が付かなくてごめんね!」

と言って、私はあわてて、テレビ番組表を見ましたが、今日はモノマネはありません。どうしようと思いましたが、何か対応しないといけません。

「モノマネは今日はないから、今度入ったらぜったい、見せてあげるね!で、今日は、ええ〜〜っと、AKB48の前田あっちゃんのラストコンサートあるよ!これでいい?」

と言って、病室のベッドで、テレビを付けてあげました。

 リュウは、モノマネ番組好きだけど、そんなに好きだったんだ・・・。
 今度、ぜったい、見せてあげるね!



みんなで食事がいい。 #リュウ20 - 2012.08.26 Sun

 S病院(12.4.12〜12.7.10)の4階でリュウは、鼻からの流動食から、からだの状態が少し回復していき、自分でスプーンで食べる刻み食へ移行していきました。
 リュウが流動食だった間は、食事の時間になると、リュウには点滴の棒に、流動食がセッティングされました。同室の他の人には、ご飯が運ばれる人もいます。リュウにもご飯が運ばれるようになってきました。嬉しく思いましたが、リュウはベッド上で食べると、手が思うように動かないので、足にも力が入り、足を降ろして食べたいようでした。
 そうなると、ベッドサイドで、車イスに乗り、テレビ台のスライドテーブルを前に出し、そこにお盆をのせて食べる形になります。
 でも、壁に向かってひとりで食べる形になるので、その食事風景は、ちょっと寂しいなと私は思いました。
 そこで思い付いたのが、4階にはなくて、3階にはあるディルームでのみんなの食事です。どうして、月に一回の通院患者の付き添いの私が、そんな3階での食事風景がわかるかというと、もう何年もS病院に通っていると、一階の外来だけではなく、上の階にある医療相談室やリハビリ室に用事があり、少しですが、上の階の様子も目にしていたのです。
 そこで印象的だったのが、3階のディルームでの食事風景でした。食事の時間に、何人かの入院患者さんが車イス等で、大きいひとつのテーブルを囲みます。介助の看護師さんや家族の人が、あいだあいだに入って、多人数になります。みんなが必要なことを言うため、大声で話しています。窓の近くにCDラジカセがあり、石原裕次郎の曲が流れていることがありました。にぎやかな光景でした。
 そこにリュウを入れてもらえないかと、私はノートに書きました。
 
 「リュウはベッド上だと足に力が入り、足を降ろしたいそうですが、そうなるとイス等に座って食事することになります。3階のディルームのみんなで食事するところに、リュウを入れてもらえたらいいな〜」

と。それから少し経って、いつものように会社帰りに病院に行くと、その3階のディルームにリュウがいて、みんなと食事をしているではないですか!私はびっくりしました。嬉しかったです。
 その日から、リュウは私の念願通り、3階のディルームでみんなと食事をすることになったのです。
 CDは、かかっている時もあれば、かかっていない時もありました。
 私が聞いたのは、石原裕次郎と美空ひばりです。新しい音楽は、年配者にはわかりませんが、古い音楽は、メディアでかかる回数が多いものは、老若男女が知っています。みんなが聞いたことある音楽を聞きながらの食事は、よりいいなと思いました。

 転院先のM病院でも、「みんなで食事」が希望でした。患者さん、その家族の方、看護師さんが、顔を合わせての食事風景です。
 でも、S病院のようなひとつのテーブルをみんなで囲んだ食事はないようでした。私は、あの風景が、悪くないような気がして、転院後の最初の主治医との話し合いで、こう切り出しました。

 「病気とは治る人のイメージがありますが、夫は治らない病気なので病気ではなく障がいと考えています。障がいとは、その時のからだの状態が、その人の健康体で普通です。だから、できるだけ普通の生活に近いものをさせてあげたいです。朝起きて、食事をするテーブルまで歩いていって、自分で食事を摂る。目的があって、からだを使います。テーブルまで歩いていく足、食事を口まで運ぶ手、会話を聞く耳、誰かと話す口。目的をたくさん持たせてあげたいです。食事を摂ることもそのひとつです。他にも目的を持たせてあげて、そのためのからだに使う機能を維持させてあげたいです。病院にも要望するし、私も考えます。他にもディルームで食事がしたい人がいるかもしれませんし、そういう人が増えてほしいです」

と。たぶん、M病院にもリュウと同じく、治らない病気で入院している人がいるはずで、患者同士や家族同士、そして看護師さんと会話する機会がもっと増えてくれたらいいなと思いました。

 さて、M病院は、テレビがあるディルームにテーブルが置いてあり、そこで、二人の年配の入院患者の女性がいつも食事をとっているようでした。ディルームでの食事の先輩たちです。
 そのテーブルではなく、壁に置かれた三人がけのソファに移動式テーブルを置き、リュウの固定位置として、食事をとらせてもらうようにしました。リュウからは、入院患者の女性たちも、テレビも見えます。
 しばらして、ひとりの男性患者さんもテーブルに加わるようになり、もうひとりの年配の男性患者Iさんも加わるようになりました。
 Iさんは、いつも奥さんが食事の時間に病院に来て、旦那さんの介助しています。私は、Iさんの状態が最初より、よくなったような気がして、そうIさんの奥さんに話しました。そう私が言うと、Iさんの奥さんも嬉しそうな表情をしました。Iさんの奥さんとは顔を合わせることが多く、たくさん、話すようになりました。
 年配の女性二人のご家族の方とも食事の際、顔を合わせることがあり、会話するようになりました。
 家族の人は、みんなが、付き添いの人、患者さんのことを、お互いが気にしてくれています。

 この夏は、オリンピック、高校野球、旭山動物園から逃げたフラミンゴ。看護師さんも含めて、みんなで話題を共有しました。
 やっぱり、みんなで、わいわい食べる食事風景は、いいですね。
 
 また、メンバーが増えたら、お知らせします。




はじめてM病院に一家が揃う #リュウ19 - 2012.08.05 Sun

 今日は、7月16日。月曜日だけど、海の日でお休み。
 リュウは、7月10日に、S病院からM病院に転院してきたから、今日でちょうど一週間。
 私は、急に思い立って、イブキとワタルに、
 
「お父さんの病院変わったから、お父さんの病院の方のラーメン屋さんにお昼に行って、帰りに新しい病院に行ってお見舞いしてこよう!」

と、言いました。イブキとワタルは、

「うん」

と、言いました。

 ワタルは、いつからか、ラーメンが大好きになっていて、ずっと醤油ラーメンばかりだったのですが、最近は、味噌ラーメンに凝っています。食欲も旺盛で、一杯ではお腹がいっぱいにならなくなってきて、「まだ食べたい」と言い、二杯食べたことがあり、それ以来、必ず、大盛りを注文します。

 その日も、ワタルは味噌ラーメンの大盛りを食べました。
 さあ、三人とも食べ終わり、新しい病院に向かいます。

「7月の10日に今度は、M病院になったからね〜。今から行くからね〜」

と、私。
 私が運転する車で三人がM病院に着いたのは、午後1時くらい。
 もう食事は終わっているかと思って行ったのですが、ディルームのテレビの前で、リュウがひとりで、まだ、お昼ご飯を食べていました。

「あ、まだ食べていたの?イブキとワタルが来たよ、ほらっ!」

と言って、リュウの見える位置に子どもたちを連れて行きました。
 そうすると、リュウは、

「うん」

と言って、また、ご飯を食べはじめました。
 ワタルは、建物にとても興味がある子なので、

「見てきてもいい?」

と言いました。私が、

「うん、でも、廊下だけでお部屋の中に入ってはいけません。あと、病気で入院している人にぶつからないようにね」

と、言うと嬉しそうにな表情で、独特の声を発しながら、向こうに行きました。
 イブキは、リュウの後ろにあるちょっと広いテーブルのイスに腰かけ、私のiPhoneを勝手に使い、ネットを見始めました。
 私は、食事の手助けのため、リュウのとなりに座りましたが、全員が視界に入っていました。

 テレビに向かっていて、食事をするリュウ。
 リュウのななめ後ろで、背中を丸めてiPhoneを見ているイブキ。
 独特の声を発しながら、イブキの向こうの廊下を楽しそうに小走りしているワタル。

 その時は、他には、誰の姿もありませんでした。多分、食事が終わったあとで、みんな病室で休んでいたんだと思います。
 4月の入院するまで、家で見ていたごくごくありふれた家族の日常の様子がそこにありました。
 四人が向き合って話すわけではなく、同じ時間と空間を共有しています。
 それぞれがそれぞれの存在を、なんとなく意識しています。
 お互いがお互いを頼り、気持ちが寄り添っています。
 私は、その時、安らかなものを感じ、心が落ち着いていきました。

 そして、この安らかなるものが、ひとりひとりの家族のベースであり、次への行動の基礎であるという風に感じました。




スケールがでかい七夕の短冊に書いた願いごと #リュウ18 - 2012.08.04 Sat

 おとついの病院からの帰り際に、病室のリュウの連絡ノートに短冊がはさんであることに気が付きました。
 ノートには、

「七夕の願いごとを奥さんと考えて、書いて下さい。木に下げます。」

と、書いてありました。
 その日は時間がないから、明日書こうと思い、昨日リュウに聞いて、私が代筆しました。
 
 私は、昨日病院に行くまでは、リュウは何を願いごとに言うかな?と、考えていました。
 「自分の病気の治癒」か、「自分も含めた家族の健康」のどちらかにたぶん間違いがなく、他にあるとしたら、昨年、大地震がありましたから、「日本の元気」を願う内容だろうと思っていました。

 ディルームでの夕食が終わり、病室に戻り、

「さあ、短冊に書くお願いごと、何て書こうか?」

と、私がリュウに聞くと、しばらく考えてから、

「・・・ぜん・・ぜんうちゅうのけんこうと・・へいわ・・」

と言いました。

「えっ!全宇宙?全宇宙の健康って、天体も入るの?」

と、びっくりして聞くと、

「うん・・」

と言いました。

「リュウ!スケールでっかいお願いごとだね〜!」

と私が大きな声で言うと、

「・・スケールだけはなっ・・!」

と鼻を穴をふくらませて、笑顔で言いました。

 今までも入院中、リュウの生命力を感じることがありましたが、この時もそうでした。
 
 リュウの願いごと、かなえてください。








看護師さんとたわむれる #リュウ17 - 2012.07.28 Sat

 私が買ってきた目と口がついた体交枕ですが、何の動物だろうと思い、リュウに持って行った日に聞くと、

「カエルだ・・・」

と、答えたので、カエルなんだなと思っていました。


 昨日、会社帰り病院に行くと、ひとりの看護師さんが私の姿を見ると寄ってきて、楽しそうに話してくれました。

「今日、いろいろとリュウさんとお話しできたんですよ〜。あの枕あるじゃないですか、目と口のついたやつ。あれ、リュウさんに、何の動物でしょうね?って、聞いたら、何て言ったと思います?ブタだって言ったんですよ!リュウさん。私もう可笑しくて、ウケてしまいました」

と、私に教えてくれました。

(そんなこと言ったんだ、リュウ・・・)

と、嬉しくなりました。

 看護師さんも、面白いこと言うリュウが嬉しくて、それを聞く私も嬉しいだろうと思い、私を見つけて、わざわざ報告してくれました。

 看護師さん、ありがとうございます。






「RCサクセション」と「まくら投げ」 #リュウ16 - 2012.07.28 Sat

 7月10日、入院のための説明を看護師さんから受けていました。

「必要なものは、歯ブラシに、歯磨き用カップに・・・」

と看護師さん。その度に私が返事をして、ひとつひとつ確認していきます。

「それから、タイコウマクラは用意していただきます」

と言いました。

(タイコ?マクラ?タイコウ?)

 私は、「タイコウマクラ」は初めて聞いたので、返事に詰まってしまいました。


 
 そういえば、転院前のS病院でも初めて聞く言葉がありました。

 S病院に入院し始めた頃、リュウは肺炎も併発していて、タンが詰まり、苦しそうにしているときが、たびたびありました。私が病室に行くと、リュウがのどをぜろぜろとさせていて、苦しそうです。私が「大丈夫?」と声をかけている時、きびきびとした歩き方で、看護師さんが病室に入ってきて、キリッとした表情で、

「さくしょんしますか?」

と聞いてきました。リュウは今まで入院したことありませんでした。私も手術入院は、妊娠出産にともなう時だけです。本格的な入院生活は初めてです。私は「さくしょん」は初めて聞く言葉です。

(さくしょん?さくしょんって、カタカナ?英語?いや、漢字?)

 ぼんやり思いながら、次に浮かんで来た言葉が、「RCサクセション?」でした。
 ここでのんびり、「さくしょんって何ですか?」と聞くのも場違いなような気がして、言葉の意味はわからないけれど、状況で判断しようと思いました。看護師さんは手にCDを持って病室に入って来たわけではなく、リュウののどがタンで苦しそうなこと、私が「大丈夫?」と心配していること、そこに看護師さんがかける言葉だから、「さくしょんとは痰の吸引すること」と判断し、私もキリッとした表情を看護師さんに向け、

「はいっ!お願いします!」

と、きびきびと返事をしました。看護師さんは、

「はい、わかりました」

と言い、果たして、「痰の吸引」が始まりました。

 この「サクション」という言葉は、S病院の4階にいた時、毎日のようにあちらこちらで聞くことになり、4階での日常会話で使われる単語のひとつでした。


 冒頭に戻りますが、この度のM病院の入院の説明でも、看護師さんから必要なものを確認している時に、わからない言葉「タイコウマクラ」が出てきました。

(タイコ?マクラ?タイコウ?)

 漢字に当てはめたら意味もわかるかと思いましたが、

(「太鼓」?「対抗」?「枕」?もしかしたら、「枕投げ」?)

と、「枕投げ」の言葉が浮かんでしまい、「枕投げ用の枕はご自身で用意していただく」という文章を、ぼんやり作り上げてしまいました。
 それから、大部屋でそれぞれのベッドからマクラを相手に向かって投げる、いや、病人には無理だから、先生と看護師さんが、病室で枕投げをする姿も連想してしまい、説明を受けているのに、私は、返事をしないで、怪訝な表情で、考え込んでいました。
 その表情に気が付いた看護師さんは、

「たいこうまくらとは、ええ〜〜っと、からだの向きを固定するために使う枕のことで、頭に使う枕以外のものです」

と説明してくれました。前の病院では、すべて貸してくれたので、

「あ、そうなんですか、からだの向きを固定するための?頭以外の?自分で買って持ってくるんですね、わかりました」

と答えました。
 転院でしたので、「体交枕」以外はだいたい揃っていました。
 
 その体交枕ですが、最初は、介護用品のカタログで選ぼうと思ったのですが、高価で、看護師さんが、ホームセンターとかにある安価のものでいいと言ってくれましたので、四つ買ってきました。そのうちのひとつ、足の間にはさむ体交枕を、目と口のついているものにしました。
 リュウも「看護師さんに評判だよ〜」と喜んでくれました。

 それにしても、「サクション」といい、「体交枕」といい、通院と入院は、また別の世界だな〜と思いました。







バニラアイスに突き刺さる私の視線 #リュウ15 - 2012.07.28 Sat

 M病院は普通でいけば、朝昼晩の三食は、ベッド上かベッドサイドで食べるのですが、リハビリの目的や生活のメリハリをつけさせてあげたくて、病院にお願いし、リュウはデイルームで食べてもらっています。
 どこに座るか最初決まってなかったのですが、今は定位置があります。
 テレビの前、窓側に三つのイスが並んであるのですが、そこに座って、移動式のテーブルをセットして、リュウに食べてもらっています。私もとなりに座ります。私からは、リュウの様子と、テレビが見えます。
 リュウは、家でテレビはほとんど見れませんでした。テレビから流れる速い画面の切り替わりや音について行けないし、テレビを見る姿勢の保持もむずかしかったのです。
 でも、M病院のそこのイスの高さとテレビの位置が、リュウに合っているらしく、私がテレビのニュースを伝えると、画面を見ることができます。
 旭山動物園からピンクフラミンゴが逃げ、小樽の海岸にいる映像が映し出されていました。私がそのことを伝えると、口に運んでいたスプーンの動きを止め、じっと画面を見ています。そして、「動物園がいやでいやで仕方なかったんだ・・・」とコメントしました。
 世の中のことを二人で知ることができ、よかったです。
 この調子だと、ロンドンオリンピックも二人で見れそうです。

 それから、M病院の夕食にはデザートが付いていませんでしたので、私は冷蔵庫を借りることにしました。
 色々なプリンやリュウが食べれそうなデザートを買ってきて、夕食後にリュウに食べてもらうことにしました。リュウも喜んで、楽しみにしていました。私も自分が食べたいものを出してきて、一緒に食べます。

 今週の木曜日、格別に暑かった日に、そのディルームでの夕食時に、ちょっとした出来ごとがありました。

 その日私は、病院に冷房がないので、リュウもさぞかし暑がっているだろうと思い、会社帰り、コンビニで、カップのバニラアイスを一個買って持って行きました。リュウに、

「暑かったでしょう!アイス買ってきたからご飯食べたら食べよう!今、カチカチに凍っているから、ご飯食べている間に冷蔵庫に入れておけば、ちょうどいい固さになっていると思うよ〜。楽しみにしていてね」

と言いました。私は、入院してからアイスを買って行ったのは初めてだったので、すごく喜んでくれると思い、すごく張り切ってました。
 さあ、夕食が終わりました。ご飯がのっていたトレーを片づけ、さきほどのアイスをテーブルの上に置き、銀色のスプーンをリュウに渡し、「さあ、どうぞ!」と言いました。固さもちょうどいいようです。リュウは、ひとくち、ふたくち、口に運びました。

「おいしい?」

とワクワクして身を乗り出して私が聞きました。するとリュウが、

「ウン」

と言ったまま、動きがピタッと止まってしまいました。私は、驚いて、

「どうしての?リュウ?」

と言いました。

「・・・・・・・・・・・・・」

 リュウからは返事がなく、スプーンを持ったまま、動きが止まったままです。顔の表情もどこかしら、固いです。
 私は、動揺しました。

「ご飯でおなかいっぱいになったの?」

と私が聞くと、

「・・・・・イヤ・・・・・」

とリュウが否定します。

「もしかしたら、からだのこわばりが出てきちゃった?」

と私が聞くと、

「・・・・・イヤ・・・・・」

とまたリュウが否定します。

(え!じゃあ、どうして食べないんだろう?)

と考えて、「あっ!」と思い付くことがありました。

「もしかしたら、私がそのアイスを食べたくて食べたくて、となりですごくガマンしていると思ってるの?」

と聞いたら、

「・・・ウン・・・」

と言いました。

(私が、凝視し過ぎたんだ・・・アイスを食べるリュウに・・・私の突き刺さるような視線が気になって、それで動きが止まっちゃったんだ・・・そのうえ「おいしい?」と聞いたのは、なぜ私にもくれないのかと聞こえたんだ・・・)

「・・・いらない・・・?食べないの・・・?」

とリュウが私に言ってきました。

「あっ!私も食べるよ!リュウ!」

 そう言って、あわててもう一本スプーンを出すと、横からすくって、私もアイスを食べ始めました。
 その私の様子を見て、顔の表情もやわらかくなり、リュウもアイスを食べ始めました。

(ヨカッタ・・・。けど、私って、一体・・・)

と、思いましたが、一個のバニラアイスをスプーンですくって、ふたりで食べました。

 7月の暑い暑い日のできごとです。










私は「HOME」。引きつづき。 #リュウ14 - 2012.07.28 Sat

 7月10日に、リュウは、通院も含めて約5年半診てもらったS病院から、まったく知らないM病院に転院してきました。
 S病院の4階に4月12日に入院して、6月20日に、4階よりも症状が軽い人が入る3階の回復病棟に移りましたが、その時、環境が変わって、少し、調子を崩していたように思いました。
 M病院に移ったら、また、調子を崩すかもしれないと思い、毎日、様子をみていましたが、特に変わりがないように思います。今日で転院してから、約20日経ちます。今のところ、とりあえず、安堵しています。
 M病院は、S病院同様、私の家と職場の近くにあるので、毎日会社帰り、病院に寄れます。転院先の病院選びで、近くにM病院があったこと、本当によかったです。

 ある日、いつものように会社帰りに寄り、夕食の手助けをして、その後病室に戻り、ベッドに横になってもらい、私が「また明日ね」と言うと、リュウは、

「いってらっしゃい」

と、言いました。

(イッテラッシャイ?あれ、S病院でも聞いたことない初めて聞く言葉だ)

と思いました。
 リュウは私が目の前にあらわれると、「おかえり」と言い、私が背中を向けて自分の前から去るときは、「いってらっしゃい」と言う。これは、入院する前の、家での、私たちのごくありふれたあいさつでした。この時、

(M病院でも私は、リュウのHOMEなんだ)

と思いました。S病院に引きつづき、M病院でも変わらないリュウがいました。M病院を選択してよかったと思いました。みなさんにも感謝です。私はリュウに笑顔で、

「いってきます」

と返事をして、病室を出ました。





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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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