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2012-07

看護師さんとたわむれる #リュウ17 - 2012.07.28 Sat

 私が買ってきた目と口がついた体交枕ですが、何の動物だろうと思い、リュウに持って行った日に聞くと、

「カエルだ・・・」

と、答えたので、カエルなんだなと思っていました。


 昨日、会社帰り病院に行くと、ひとりの看護師さんが私の姿を見ると寄ってきて、楽しそうに話してくれました。

「今日、いろいろとリュウさんとお話しできたんですよ〜。あの枕あるじゃないですか、目と口のついたやつ。あれ、リュウさんに、何の動物でしょうね?って、聞いたら、何て言ったと思います?ブタだって言ったんですよ!リュウさん。私もう可笑しくて、ウケてしまいました」

と、私に教えてくれました。

(そんなこと言ったんだ、リュウ・・・)

と、嬉しくなりました。

 看護師さんも、面白いこと言うリュウが嬉しくて、それを聞く私も嬉しいだろうと思い、私を見つけて、わざわざ報告してくれました。

 看護師さん、ありがとうございます。






「RCサクセション」と「まくら投げ」 #リュウ16 - 2012.07.28 Sat

 7月10日、入院のための説明を看護師さんから受けていました。

「必要なものは、歯ブラシに、歯磨き用カップに・・・」

と看護師さん。その度に私が返事をして、ひとつひとつ確認していきます。

「それから、タイコウマクラは用意していただきます」

と言いました。

(タイコ?マクラ?タイコウ?)

 私は、「タイコウマクラ」は初めて聞いたので、返事に詰まってしまいました。


 
 そういえば、転院前のS病院でも初めて聞く言葉がありました。

 S病院に入院し始めた頃、リュウは肺炎も併発していて、タンが詰まり、苦しそうにしているときが、たびたびありました。私が病室に行くと、リュウがのどをぜろぜろとさせていて、苦しそうです。私が「大丈夫?」と声をかけている時、きびきびとした歩き方で、看護師さんが病室に入ってきて、キリッとした表情で、

「さくしょんしますか?」

と聞いてきました。リュウは今まで入院したことありませんでした。私も手術入院は、妊娠出産にともなう時だけです。本格的な入院生活は初めてです。私は「さくしょん」は初めて聞く言葉です。

(さくしょん?さくしょんって、カタカナ?英語?いや、漢字?)

 ぼんやり思いながら、次に浮かんで来た言葉が、「RCサクセション?」でした。
 ここでのんびり、「さくしょんって何ですか?」と聞くのも場違いなような気がして、言葉の意味はわからないけれど、状況で判断しようと思いました。看護師さんは手にCDを持って病室に入って来たわけではなく、リュウののどがタンで苦しそうなこと、私が「大丈夫?」と心配していること、そこに看護師さんがかける言葉だから、「さくしょんとは痰の吸引すること」と判断し、私もキリッとした表情を看護師さんに向け、

「はいっ!お願いします!」

と、きびきびと返事をしました。看護師さんは、

「はい、わかりました」

と言い、果たして、「痰の吸引」が始まりました。

 この「サクション」という言葉は、S病院の4階にいた時、毎日のようにあちらこちらで聞くことになり、4階での日常会話で使われる単語のひとつでした。


 冒頭に戻りますが、この度のM病院の入院の説明でも、看護師さんから必要なものを確認している時に、わからない言葉「タイコウマクラ」が出てきました。

(タイコ?マクラ?タイコウ?)

 漢字に当てはめたら意味もわかるかと思いましたが、

(「太鼓」?「対抗」?「枕」?もしかしたら、「枕投げ」?)

と、「枕投げ」の言葉が浮かんでしまい、「枕投げ用の枕はご自身で用意していただく」という文章を、ぼんやり作り上げてしまいました。
 それから、大部屋でそれぞれのベッドからマクラを相手に向かって投げる、いや、病人には無理だから、先生と看護師さんが、病室で枕投げをする姿も連想してしまい、説明を受けているのに、私は、返事をしないで、怪訝な表情で、考え込んでいました。
 その表情に気が付いた看護師さんは、

「たいこうまくらとは、ええ〜〜っと、からだの向きを固定するために使う枕のことで、頭に使う枕以外のものです」

と説明してくれました。前の病院では、すべて貸してくれたので、

「あ、そうなんですか、からだの向きを固定するための?頭以外の?自分で買って持ってくるんですね、わかりました」

と答えました。
 転院でしたので、「体交枕」以外はだいたい揃っていました。
 
 その体交枕ですが、最初は、介護用品のカタログで選ぼうと思ったのですが、高価で、看護師さんが、ホームセンターとかにある安価のものでいいと言ってくれましたので、四つ買ってきました。そのうちのひとつ、足の間にはさむ体交枕を、目と口のついているものにしました。
 リュウも「看護師さんに評判だよ〜」と喜んでくれました。

 それにしても、「サクション」といい、「体交枕」といい、通院と入院は、また別の世界だな〜と思いました。







バニラアイスに突き刺さる私の視線 #リュウ15 - 2012.07.28 Sat

 M病院は普通でいけば、朝昼晩の三食は、ベッド上かベッドサイドで食べるのですが、リハビリの目的や生活のメリハリをつけさせてあげたくて、病院にお願いし、リュウはデイルームで食べてもらっています。
 どこに座るか最初決まってなかったのですが、今は定位置があります。
 テレビの前、窓側に三つのイスが並んであるのですが、そこに座って、移動式のテーブルをセットして、リュウに食べてもらっています。私もとなりに座ります。私からは、リュウの様子と、テレビが見えます。
 リュウは、家でテレビはほとんど見れませんでした。テレビから流れる速い画面の切り替わりや音について行けないし、テレビを見る姿勢の保持もむずかしかったのです。
 でも、M病院のそこのイスの高さとテレビの位置が、リュウに合っているらしく、私がテレビのニュースを伝えると、画面を見ることができます。
 旭山動物園からピンクフラミンゴが逃げ、小樽の海岸にいる映像が映し出されていました。私がそのことを伝えると、口に運んでいたスプーンの動きを止め、じっと画面を見ています。そして、「動物園がいやでいやで仕方なかったんだ・・・」とコメントしました。
 世の中のことを二人で知ることができ、よかったです。
 この調子だと、ロンドンオリンピックも二人で見れそうです。

 それから、M病院の夕食にはデザートが付いていませんでしたので、私は冷蔵庫を借りることにしました。
 色々なプリンやリュウが食べれそうなデザートを買ってきて、夕食後にリュウに食べてもらうことにしました。リュウも喜んで、楽しみにしていました。私も自分が食べたいものを出してきて、一緒に食べます。

 今週の木曜日、格別に暑かった日に、そのディルームでの夕食時に、ちょっとした出来ごとがありました。

 その日私は、病院に冷房がないので、リュウもさぞかし暑がっているだろうと思い、会社帰り、コンビニで、カップのバニラアイスを一個買って持って行きました。リュウに、

「暑かったでしょう!アイス買ってきたからご飯食べたら食べよう!今、カチカチに凍っているから、ご飯食べている間に冷蔵庫に入れておけば、ちょうどいい固さになっていると思うよ〜。楽しみにしていてね」

と言いました。私は、入院してからアイスを買って行ったのは初めてだったので、すごく喜んでくれると思い、すごく張り切ってました。
 さあ、夕食が終わりました。ご飯がのっていたトレーを片づけ、さきほどのアイスをテーブルの上に置き、銀色のスプーンをリュウに渡し、「さあ、どうぞ!」と言いました。固さもちょうどいいようです。リュウは、ひとくち、ふたくち、口に運びました。

「おいしい?」

とワクワクして身を乗り出して私が聞きました。するとリュウが、

「ウン」

と言ったまま、動きがピタッと止まってしまいました。私は、驚いて、

「どうしての?リュウ?」

と言いました。

「・・・・・・・・・・・・・」

 リュウからは返事がなく、スプーンを持ったまま、動きが止まったままです。顔の表情もどこかしら、固いです。
 私は、動揺しました。

「ご飯でおなかいっぱいになったの?」

と私が聞くと、

「・・・・・イヤ・・・・・」

とリュウが否定します。

「もしかしたら、からだのこわばりが出てきちゃった?」

と私が聞くと、

「・・・・・イヤ・・・・・」

とまたリュウが否定します。

(え!じゃあ、どうして食べないんだろう?)

と考えて、「あっ!」と思い付くことがありました。

「もしかしたら、私がそのアイスを食べたくて食べたくて、となりですごくガマンしていると思ってるの?」

と聞いたら、

「・・・ウン・・・」

と言いました。

(私が、凝視し過ぎたんだ・・・アイスを食べるリュウに・・・私の突き刺さるような視線が気になって、それで動きが止まっちゃったんだ・・・そのうえ「おいしい?」と聞いたのは、なぜ私にもくれないのかと聞こえたんだ・・・)

「・・・いらない・・・?食べないの・・・?」

とリュウが私に言ってきました。

「あっ!私も食べるよ!リュウ!」

 そう言って、あわててもう一本スプーンを出すと、横からすくって、私もアイスを食べ始めました。
 その私の様子を見て、顔の表情もやわらかくなり、リュウもアイスを食べ始めました。

(ヨカッタ・・・。けど、私って、一体・・・)

と、思いましたが、一個のバニラアイスをスプーンですくって、ふたりで食べました。

 7月の暑い暑い日のできごとです。










私は「HOME」。引きつづき。 #リュウ14 - 2012.07.28 Sat

 7月10日に、リュウは、通院も含めて約5年半診てもらったS病院から、まったく知らないM病院に転院してきました。
 S病院の4階に4月12日に入院して、6月20日に、4階よりも症状が軽い人が入る3階の回復病棟に移りましたが、その時、環境が変わって、少し、調子を崩していたように思いました。
 M病院に移ったら、また、調子を崩すかもしれないと思い、毎日、様子をみていましたが、特に変わりがないように思います。今日で転院してから、約20日経ちます。今のところ、とりあえず、安堵しています。
 M病院は、S病院同様、私の家と職場の近くにあるので、毎日会社帰り、病院に寄れます。転院先の病院選びで、近くにM病院があったこと、本当によかったです。

 ある日、いつものように会社帰りに寄り、夕食の手助けをして、その後病室に戻り、ベッドに横になってもらい、私が「また明日ね」と言うと、リュウは、

「いってらっしゃい」

と、言いました。

(イッテラッシャイ?あれ、S病院でも聞いたことない初めて聞く言葉だ)

と思いました。
 リュウは私が目の前にあらわれると、「おかえり」と言い、私が背中を向けて自分の前から去るときは、「いってらっしゃい」と言う。これは、入院する前の、家での、私たちのごくありふれたあいさつでした。この時、

(M病院でも私は、リュウのHOMEなんだ)

と思いました。S病院に引きつづき、M病院でも変わらないリュウがいました。M病院を選択してよかったと思いました。みなさんにも感謝です。私はリュウに笑顔で、

「いってきます」

と返事をして、病室を出ました。





短大のK先生ゼミのKちゃんから - 2012.07.25 Wed

<短大のK先生ゼミのKちゃんから>


ブログ届いたよ!読みました。

〜中略〜

仕事から帰ってきて病院に行って、体こわさないでね。ブログ読んでて、優しい時間が流れてるっていうか、癒されました。私が癒されててどうするんだって思っちゃうけど。去年、大泉洋と原田知世の幸せのパンって映画があったんだけど、あれを見たあとみたいな気分だよ。


<私から>


癒されたって書いてあるの見て、私も癒された〜。
夫の何とか手助けをしたくて、毎日、病院行ってます。
今日は、転院後初めてのスタッフの方の会議があるらしく、私の要望も伝えます。
病気のK先生と、夫の同病のK先生の奥さんのお見舞い、行きたいです。
Kちゃんも中学校の先生のお仕事がんばってね。





差出人「しまなみ太郎」さんから - 2012.07.21 Sat


中国地方在住のしまなみ太郎さんから「わたる」とロゴの入ったハンカチとストラップが送られてきました!
私は知らなかったのですが、「せとうちわたる」は、「TVチャンピオン2・ゆるキャラ王選手権」で全国チャンピオンに輝いたそうで、本州四国連絡橋のシンボルキャラクターなんですね!感激です。




ケアマネージャーのKさんと訪問看護師のSさんから - 2012.07.21 Sat

<ケアマネージャーのKさんと訪問看護師のSさんから>



私たちもクッキーの家を食べたかったでーーーーす!!



<私から>


Kさん、Sさん、メールありがとうございます。
昨日、本人に伝えたら、笑っていました。
またブログ、覗いて下さい。




転院の日 #リュウ13 - 2012.07.16 Mon

 今日(7月10日)はS病院から、M病院への転院の日。

 前日に看護師さんから、9時半から女医で主治医H先生の病状説明があり、10時にS病院のワゴン車でM病院に向かうと、説明がありました。
 その日、親戚のT夫妻も手助けに来てくれました。看護師さんに呼ばれたので、9時半すぎにT夫妻と別室に入りました。そこにはH先生がいました。リュウは病室で待機していました。

 H先生、平成18年の最初の受診から今日までずっと、リュウの主治医をしてくれました。私は、「お医者さんに何でもお任せした方がいい」と当初思っていて、あえて、自分から情報は収集しないで、病気の知識も身につけないで、先生の指示に、従っていました。
 そのうち、私の中で、だんだんと先生に疑問や不信を感じるようになってしまい、ある日、「旅に出ます」と受け付け窓口に手紙を置き、S病院を離れてしまいました。でも、旅には出ましたが、結局、S病院に戻ってくることになりました。
 その時、「疑問質問は伝えよう、病気や薬のこともある程度調べよう」と決心しました。
 それからは、最初はリュウは一人で通院していたので、連絡ノートを作り、リュウの一ヶ月の様子を記し、リュウに持っていってもらいました。薬も処方されなくなった薬があったら、どうしてなくなったのかと、ノートに書きました。これをこの量、飲ませると調子が悪い、とか、以前飲んでいたこの薬を復活させて欲しいとか、思っていることを書きました。
 先生もひとつひとつ対応してくださり、だんだんと私が先生を信頼するようになっていきました。
 今思うと、不信に思うようになった原因は、私が質問をしなかったり、自分の考えや要望を言わなかったことだと思います。病気になって受診する際、ある程度の病気や薬に対する知識を持ち、疑問に思うことがあったら、伝えた方がいいと感じました。
 H先生は、いつも同じ態度でリュウに接してくれていました。リュウに、ゆっくりとはっきりと話してくれ、「前より今の方がいいですね」とリュウに外来診察室で言ってくれます。そう言われるとリュウは嬉しそうな顔をします。
 入院中の回診の時に、今現在のリュウにも、きっとそういう風に、リュウに言ってくれていたのだろうと思います。私はリュウに時々質問していました。
「H先生に回診で会った?」と。でも、「会わなかった」と言ったり、「それが、気が付いたら、どこにでも登場していて、びっくりするんだよ」と言ったりしていました。「どこでもって、リハビリの時とか?」「そう、リハビリの時」とリュウが答えました。

 転院の日の病状説明の冒頭で、「今日で佐藤リュウさんは私の手を離れますが」とH先生は言いました。
 まさに、その通りでした。今までの受診の際の色々なシーンが頭の中をめぐります。
 トーマスやトイストーリー、ドラえもんのそれぞれの映画のリュウの理解度を先生に真剣に伝えると、いつもと変わらぬ態度で、先生の意見を伝えてくれました。
 リュウの主治医がH先生でよかったと思いました。

 病状説明が終わり、リュウを迎えに病室に行き、病室から出ると、H先生がいました。
 H先生は、リュウにニッコリと笑い、「佐藤さんお元気でね」と声をかけてくれました。
 そして、自ら、エレベーターの前まで私たちを導いてくれ、エレベーターのボタンを押してくれました。
 そして、エレベーターのドアがあき、私たちが乗り込むと、リュウに「さようなら、お元気でね」と車イスに乗っているリュウの目の高さで笑顔で挨拶してくれました。
 外来診察が終わって、最後に先生が挨拶する、私たちが見慣れたいつもの笑顔です。

 H先生、リュウを一生懸命診察して下さり、私にも対応して下さり、ありがとうございました。
 感謝の気持ちでいっぱいです。

 それから、リュウにかかわったS病院の看護師さん、介護福祉士さん、作業療法士さん、理学療法士さん、言語療法士さん、スタッフの方々、そしてソーシャルワーカーさん、ありがとうございました。

 転院先のM病院は、S病院と連携しているので、また、お世話になる時があるかと思いますが、それぞれのプロの方たちが自分の使命を遂行している姿は、素敵でした。




明日転院します #リュウ12 - 2012.07.16 Mon

 S病院の3階での食事の際の食堂のテーブルは、大きい一つのテーブルで、そこにぐるっと患者さんが囲みます。
 そのまわりを看護師さんや付き添いの家族の方が食事の手助けをするので、結構にぎやかです。
 私は仕事が終わってから、毎日リュウの夕食の手助けに行っていました。
 私が行く頃には、もう食事が始まっています。
 毎日行くので、患者さんも付き添いの家族の方も、顔見知りになってきました。

「ホラ!奥さん来たよ〜!よかったね〜!」

と女性の患者さん。私が行くと、いつも大声でリュウに教えてくれます。
 年配の患者さんCさんの奥さんと思われる女性も毎日のように、旦那さんの食事の手助けに来ていました。
 ある日、Cさんの奥さんが、その大きなテーブル越しに私に向かって、

「あんた毎日、親孝行だね〜!」

と言いました。私は、

「ハイ」

と言いましたが、リュウは父ではなく、夫なので、私を娘と間違っているんだなと思いました。
 リュウと私はちょっと歳が離れていて、今までも医療関係の人や福祉関係の人に、「お嫁さん」「娘さん」と呼ばれることがたまにあったので、慣れています。
 リュウより年上に見られた場合だけ本当のことを言おうと思っていて、特に否定もしませんでした。
 そのCさんの奥さんが私のすぐ後ろにあった台所に寄りたいらしく、向かいから歩いてきました。そして、私にまた何か話しかけて来たので、間近で対面すると、

「あっ!」

と目を大きくして言い、そしてすぐ、

「あんた!この人はご主人かい?」

と大きな声で言ってきました。
 私は、遠目だと「娘」で、間近だと「奥さん」って、それってどういうことだろうとぼんやり考えながら、「ハイそうです」と答えました。

「そっかい、お父さんだと思っていたら、旦那さんかい?まあ、大変だねぇ〜!うちもね、主人なんだけどね」

と年配のCさんの奥さんは、色々なことをしゃべりはじめ、最後は「まぁお互いがんばりましょうね!」と言いました。

もう一人、年配の患者さんの奥さんが、やはり、毎日のように旦那さんの夕食の手助けに来ていていました。

 リュウのM病院への転院が決まった最後の夕食のあと、私はCさんの奥さんに「明日転院します」と告げました。Cさんの奥さんは、ちょっと驚きながら、

「あ〜そうかい火曜日?うちも木曜日にK市のJ病院に転院するの。どこに転院するの?そうかいそうかい、K市のAスーパーで娘と買い物してるから、会ったら声かけてね!くれぐれもお大事にね」

と言ってくれました。

 そして、もう一人の年配の患者さんの奥さんにも挨拶しました。顔見知りですが、会話するのは初めてです。すると、

「娘さんかい?」

と質問系で聞いてきたので、この時は「違う」と言いました。それからまた、お互いに話しをし、最後は「お大事に」と別れました。

 私は、「明日転院します」と、素直に口から出てくる相手は、やはり、自分と同じ立場の人に何だなと思いました。




友人Sさんのお見舞い2ー登山 #リュウ11 - 2012.07.16 Mon

 Sさんとは、若かりし頃、私も含めて、登山やキャンプをしたことがあります。

「・・・登山で遭難しかかったことあった・・・」

か細い声で、リュウが言いました。

「え?」

と、Sさんと私。

 私は記憶をたどっていきました。すると、Sさんが計画した男女6人の日帰りの縦走登山で、途中濃霧に遭遇し、道がわからなくなり、下山時間が何時間も遅くなったことを思い出しました。
 ドライバーとして待機していた友だちが、私たちの到着があまりに遅くて心配になり、入り口に戻っているのではないかと、その日の縦走登山の入り口と出口までを車で行ったり来たりしていたのです。携帯電話もない時代でした。そしてついに警察に通報しようとしていたその時に、私たちが無事、下山してきたのです。心配のあまり、いら立っていた友だちに、私たちは一生懸命理由を話し、あやまりました。友だちもわかってくれ、やっとひと息つけます。

 それから、下山場所近くにある露天風呂に、缶ビールを持ってみんなで入りました。
 その温泉施設のまわりには、何にもなく、大自然の中で、みんなで露天風呂に入りました。
 もう日が暮れていて、真上には、たくさんの星があります。最高です。

 今思うと、登山した後の露天風呂、その組み合わせは、計画を立てたSさんのみんなへのさりげない心遣いでした。年数が経つほど、その気持ちが強くなります。その組み合わせだけでも印象的なのに、濃霧で遭難しかかったというハプニングもあり、私も強く印象に残っています。

「あ!霧で道がわからなくなった!」

と私がすぐ思い出して、言いました。

「うん・・・、露天風呂も入った・・・」

「そういうこともあったな〜」

と笑顔のSさん。

「・・・キャンプもした・・・」

「うん、そうだったね」

とSさんと私。

「あの頃が一番楽しかったなぁ」

とSさん。

「うん」

とリュウと私。

「・・・また、キャンプ行きたい・・・」

とリュウ。

Sさんと私は、ちょっと返答に困りました。

「いきなりは、キャンプは無理だよ、リュウ。まずは、昨日みたいに公園にお散歩とかからだよ。あとはさ、お花見とか。それくらいから始めよう。病院から外出許可もらって」

私が言いました。

「・・・そうだな」

とリュウ。

 他にもたくさん、むかし話しをしました。
 しばし三人は、時間を共有し、独身時代にタイムスリップしました。

 楽しいことで同じ体験をすることって、後で思い出しても楽しい。
 楽しみをその時共有できるのはその場にいた人たちで、後から思い出しても語ることもできるのも、その時一緒に体験した人なんですね。
 若い時の記憶って、最後まで残っているそうだし、若い時に、うんとたくさん経験することって、大切だな〜と思いました。
 それも楽しいこと!
 「遊ぶ」ってこと!




友人Sさんのお見舞い1ーケーキ #リュウ10 - 2012.07.16 Mon

 8日の日曜日、リュウの古い友人Sさんがお見舞いに来てくれました。
 会うのは、約15年ぶりです。ケーキとプリンを持参してくれていましたので、さっそく食堂で三人でいただきながら、むかし話をしようと思い、三人で病室を出て、食堂に移動しました。
 リュウを真ん中にして、三人がテーブルに並んで座り、リュウの目の前で、ケーキの箱を明けると、種類の違う四つのケーキがあらわれました。その中の一つ、私がちょっぴり苦手で、リュウが好きなモンブランのケーキがありました。他の三つのケーキは、私は好きです。私はリュウに、

「あ!リュウ!モンブランあるよ!モンブランいただく?」

と言いましたが、しばらく待ってもリュウは「うん」とも言わないし、首をたてにもふりません。根気よく質問を繰り返し、どのケーキがいいのか決めてもらおうと、また、リュウに質問しました。

「リュウ!モンブランだよ!モンブランいただく?」

やはり、今回も無反応です。しつこく、三回目です。

「リュウ?モンブランだよっ!」

目の前の箱の中のケーキをじっと見つめているのですが、反応がありません。

(もしかしたら、違うケーキが食べたいのかな?でも、うん、と言われたらイヤだ)

と思いましたが、聞こうと思いました。そしてリュウの視線の先にあるようにも見えたモンブランの奥にあるケーキをすすめてみました。

「リュウ!イチゴのケーキもあるよ!イチゴのケーキいただく?」

と指をさして聞きましたが、うんと言われては困ると思い、すぐ、

「それともやっぱり、リュウの好きなモンブラン?」

と、質問し直しました。でも、やっぱり、反応がありません。私は、ちょっと困ってしまいました。そして、

「イチゴのケーキ?」

と質問した後、今度はしばらく待ってみました。すると、

「うん」

とリュウがコクンとうなずき、言いました。

(あ、イチゴのケーキが食べたかったんだ)

と思いました。
 ここで、「これは私が食べる」とケンカするわけにもいかないと思い、リュウにイチゴのケーキをお皿に取ってあげました。Sさんも私もそれぞれケーキをお皿に取りました。
 そして、ケーキを、私がリュウの口にフォークで運んであげながら、三人で、むかし話しをし始めました。

 私が「暑いね」と言って、窓を開けると、七月のさわやかな風が、三人しかいない食堂に流れ込んで来ました。




病院で冷蔵庫を借りていなくて、持ち帰ったモンブラン。プリンはSさんの奥さんから。持って行ってリュウに食べてもらいました。ありがとうございました。




手をしばるヒモとふんどし #リュウ9 - 2012.07.16 Mon

 入院の時、生命の危険を回避するためにからだを拘束することがあるという説明があり、了承しました。家族が面会に来た時は、外していいそうです。
 リュウは、鼻からくだを付けていて、流動食をする時は、かならず、白いヒモで手がベッドに固定されていました。誤ってくだをさわってしまって、肺に流動食が流れたら、肺炎になってしまいます。肺炎を治療しているのに、本末転倒です。
 入院して最初の二ヶ月くらい、私が会社帰り、お見舞いに行くと、ちょうど夕飯の流動食の時間で、白いヒモで固定されているので、行くとすぐ外しました。
 部屋に看護師さんがいても、構わず黙々と外します。ちょっと複雑なしばり方で、しばるのに時間がかかっていて、今しばったばかりかもしれませんが、病室に入って行ったら、黙々と外しました。
 納得していても、自分の家族が、白いヒモで固定されている姿を見て、喜ぶ人はいないのではないかと思いました。
 でも、看護する人は、家族に嫌と思われようが、生命の危険から患者を守らなければなりません。
 白いヒモをめぐって、家族と看護する側に、見えないわだかまりがあるように、感じました。
 ある日、いつものように病室に入って行って、いつものように黙々とヒモを外していると、病室にいた看護師さんが、私の行動に気づいて、

「あ、外していただいて、ありがとうございます!」

と、明るい口調で、感謝されました。

(あれ?感謝されちゃった)

と、ちょっと驚き、黙礼をしました。

 そして、なぜ感謝されたのだろうと考えました。
 行き着いたところは、病院側は、患者の家族の気持ちは、もうじゅうにぶんにわかっているということです。
 1対1で看ているわけにもいかないし、他に方法はないし、その上でしばらなくてはならない。しばらなくてもいい状況であればしばらいでいてあげたい、ということ。
 そして、いつも、そういう気持ちで、患者や家族に、接しているということです。
 その看護師さんに明るく感謝されたことに、私はまたひとつ、気づかされたような気持ちがしました。

 さて、リュウは、3階に移ってからというもの、3食食堂で食べてるし、白いヒモのお世話になることはありませんでした。ある日、病室にいると、リュウのテレビ台の上に、4階で見た手をしばる白いヒモが乗っているではありませんか。私は、

「あれ!どうしてここに、このヒモがあるんだろう!」

と、びっくりして、手に持ち、リュウにも見せました。リュウは、何も言いません。

「このヒモ、なにかわかる?リュウ?」

と、リュウの顔の前に持って行って、あらためて聞くと、

「・・・。ふんどしにみえる・・・」

と、言いました。私は、それを聞いて、急にからだの力が抜け、可笑しくなりました。

「フンドシ?リュウ、真面目に言ってるの?」

「・・・うん・・・」

 4階での大部屋で、必要な患者がみな手をしばられてる光景が目に浮かび、あれは、実はフンドシだったかと思うと、可笑しくて笑いました。
 あまりに可笑しくて、この時リュウの表情が、キョトンとしていたのか、ほほ笑んでいたのか、確認できませんでした。
 でも、次に、そういう時があっても、リュウのせりふを思い出し、心が軽くなることは、間違いありません。
 ありがとう、リュウ。




怪獣マリンコング #リュウ8 - 2012.07.16 Mon

 入院して最初二ヶ月ぐらい三食とも流動食で、私が会社帰りに行ったとき、食事の手助けをするわけでもないので、時間がありました。
 その時は、新聞に週に一回、掲載されているクロスワードを持っていって、一緒に解いたり、新聞を持っていって、最近のニュースや出来事を新聞を見せながら、話したりもしました。
 5月20日の金環日食の写真や、5月22日のスカイツリーオープンの写真も見てもらいました。
 ある時ふと、iPhonの「You Tube」で、何か見たい動画はないか?と訪ねたことがあります。
 すると、リュウは、

「・・・かいじゅう、まりん・・・こんぐ」

と答えました。

「かいじゅうまりんこんぐ?私、知らない」

と言いました。
 そして、リュウのベッドを起こし、ベッドに引っ掛けるテーブルをセットして、100円ショップで買ったiPhone専用スタンドを置き、映像を見てもらいました。私も一緒に見ました。
「怪獣マリンコング」は、初めてリュウの口から聞いたように思えます。見てみると、白黒の映像で、うなり声をあげながら、怪獣が手足を動かして、暴れていました。その映像は、ストーリーはなく、ただひたすら、怪獣が暴れている、という風に見えました。
 リュウは、その怪獣を、「・・・コワイ、コワイ」と言いながら見ていました。
 私は、「大丈夫?夜、出てくるんじゃない?」と言いました。
 夜が怖いと言っていたのに、こんな恐ろしい怪獣の動画を見たら、余計怖くなるんじゃないかと思ったのです。
 そう言って、リュウの横顔を見てみると、怖いと言いながらも、目が生き生きとしていて、楽しそうでした。

(リュウって、怪獣マリンコングも好きだったんだ〜)

まだまだ、リュウの知らない一面がある、と思いました。




G先生より - 2012.07.14 Sat

<高校の担任のG先生より>


ブログよみました。
いろいろなことがあったんだね。クラス会での○○の様子からはとても想像できなかったよ。ごめん
○○の担任になれたことは今あらためてよかったと思っています。どんな状況下であっても明るい笑顔で人を楽しませてくれる
いつも自然体でいる○○が大好きです
担任というだけで何の力にも支えにもなれずとても悔しい思いでいますが、間違いなく○○の応援団の一人です。

メールありがとう。


<私から>


みんな、分け隔てなく接してくれるG先生に出会えてよかったと思っています!
これからもよろしくお願いします。
メール、ありがとうございました。




ワタルの幼稚園の先生O先生より - 2012.07.14 Sat

<ワタルの幼稚園の先生O先生より>


”やさしいまなざし”のブログ見ました。読んでいるうちに幼稚園時代の連絡帳を読んでいるような親しさを感じてこれまでの記事を一気に読んでしまいました。お父さんの入院のこと、かけがえのない御主人を一途に支え守っている“やさしいまなざし”の○○さんを感じ、じーんと胸に来てしまいました。いつも前向きに明るく前進する。プラスに変えて進む○○さんに圧倒されています。○○さんと傍にいる多くの人が幸せな豊かな気持にさせて前向きに進んでいけます。
実は、私も今老老介護で心身疲れを感じていましたが○○さんのブログを見て勇気と元気をもらいました。

〜中略〜

その上欲張りな私は○○小学校の学びのサポーターも続けているのです。年齢的なこともあり少し弱気になっていましたが、おかげで元気になりました。ありがとうございます。

ワタル君、時々どうしているかな?って思いだしていました。今年の春、○○小学校の卒業式で卒業生がお別れの歌に森山直太朗の「さくら」を歌いました。心をこめた澄み切った歌声は素晴らしく、ワタル君ときいた同じように心にしみこんだ、○○○○小学校の「さくら」歌声とその時の満足したワタル君のいい顔を思い出しました。

ワタル君の学校生活の様子も知ることができて嬉しかったです。楽しみが増えました。

明日は、○年生の○○宿泊学習に1日だけ引率のサポーターで行きます。

また、メールします。



<私から>


私の方こそ、O先生の「元気」「勇気」、何歳になっても「チャレンジ」することに、圧倒されています。
ワタルの日記は、書き貯めた物や記憶があるので、時間を見て、さかのぼって書くつもりでいます。発達に障害があっても、大変なことばかりではなく、楽しいこともあるんだということ、書くつもりでいます!
夫も喜んでくれると思います。夫のこと、心配して下さり、ありがとうございます。




ぬくもり - 2012.07.13 Fri

 リュウのお父さんからのお付き合いのMさんから、「ぬくもり」というタイトルのメールを昨日いただき、みなさんにご紹介したいと思い、転載させていただきます。Mさん、お忙しい中、ありがとうございました。




Mさんより

大変な事になっていたのですね。お見舞い申し上げます。私は最近「私達」という言葉がとても好きになっています。みんな自分さえよければという個人主義の風潮が強い中、その一方で身を寄せ合う時間の素晴らしさを失いかけている事の寂しさを遠雷のように見詰めている。 人は自分の両の掌を近づけてみて初めてそれぞれの掌のぬくもりを感じる事が出来るように、人と人の心の接近により「私達」という価値が高まります。ご家族の皆さんの生活は大変でしょうけれど、喜びがあり、笑顔があり、幸せをお感じになる。 ただ奥様がお家にご帰宅されます時に、たえず或いは時折寂しさや脱力感もしくは疲労が襲い掛かる事がおありになるかも知れませんが、奥様の体調を優先しお大事になさって下さい。 近況に触れ、思わず、慣れないメールをと思いました。 





初めての院外散歩 #リュウ7 - 2012.07.07 Sat

 昨日、入院して初めての院外散歩に行きました。
 S病院の近くの公園まで、車イスに乗って行き、そこで、遊んできました。
 病院のレクリエーションのイベントで、患者さん15人に、それぞれ看護師さんと家族の人が付き添いました。
 リュウが外の風に当たったり、地面に咲いているお花をま間近に見るのは、約三ヶ月ぶりです。リュウも車イスで公園まで行き、そこでは看護師さんや私に付き添われながら、歩いて、散策しました。

「気持ちがいい〜」

と言い、入院して以来のリュウの一番の笑顔を見ることができました。
 他の患者さんもみんな笑顔で、その笑顔を見た家族やフタッフの人もみんな笑顔になりました。

 このイベント、年に一回しか企画されないそうで、それも急性期病院という短い入院期間中に、偶然参加できたことに、感謝しました。 






介護福祉士さんとたわむれる #リュウ6 - 2012.07.07 Sat

 6月15日、いつものように仕事帰りお見舞いに行くと、リュウはなんか、ごちそうを食べているところでした。
 私は、お盆に一緒に乗せてあった「祭りのはっぴの紙でできた飾り物」を見て、あ、と気がつきました。
 今日は、市内最大のお祭りの日です。
 病室にいると、季節も窓の中からしか感じることができませんが、こういう風に市民の行事に少しでも触れることができる機会を作ってくれたことに、私はちょっぴり感激しました。
 病室にいた介護福祉士さんは、声も体も大きく、おおらかで明るい感じの女性の人なのですが、今日はより一層元気に働いているように見えました。

「○○さん!いいね〜!今日はお祭りでごちそうだね!お刺身に、お稲荷さんに太巻きもあるね〜!私も頼めばよかった〜、あっはっは」

 まわりの患者さんに、元気な明るい大きな声で話しかけてくれています。
 リュウは刻み食なので、小さくカットされたお刺身と重湯です。
 その介護福祉士さんは、私が病室に入って来たことに気づくと、

「佐藤リュウさんったら、私がこのはっぴ、着てもいいかい?って聞いたら、何て言ったと思いますか?着れるものなら着てみな!って言ったんですよ〜!ひどいよね!ね、さっきそう言ったものね?」

と私に、お盆の横にある「祭り」の紙のちっちゃいはっぴを指差しながらそう言い、大声で笑いました。

 私は、「まあ!」と驚いた表情を見せながら、リュウの反応を見てみると、一生懸命夕飯と格闘中で、聞こえていない風でした。

(そういうこと言ったんだ、リュウ。何か嬉しいな)

 私はそう思いました。




4階の大部屋での6月15日の食事に添えられていた飾り物のはっぴ。アップ写真ですが、実物は、5センチくらいです。

またちがう日の4階での食事。患者さんひとりひとりみな違い、合わせて作られています。感謝。
 



クッキーの家づくり #リュウ5 - 2012.07.06 Fri


 今週ワタルは、学校の体験学習で、白い恋人パークのチョコレートファクトリーで、クッキーの家を作ってきました。

 チョコレートファクトリーの体験工房の利用は、小学校の時、養護学校と特別支援学級の親御さん、ボランティアの先生方と大学の福祉科の学生のみなさんで企画準備したサマースクール(夏期イベント)でのクッキーづくり以来です。

 わたるが持ち帰った箱を開けると、丁寧に作られたクッキーの家が登場してびっくりしました。飾り付けもかわいいです。
 早速、こわして食べようかと思いましたが、連絡帳を見てみると、

「お父さんにも見てもらってから!」

と書かれてあり、我に返ることができ、思いとどまることができました。

 次の日、病室に持って行き、リュウにも見てもらい、飾り付けのハートのクッキーをはがして、食べてもらいました。私もひとつはがして、一緒に食べました。

「中はどうなっているんだろうね?」

とリュウに言うと、

「人が住んでいるんじゃないか?」

とクッキーの家から目をそらさず、そう言いました。

「ちっちゃい人が?」

「うん」

リュウの横顔が、楽しそうに微笑んでいました。




おやゆび相撲 #リュウ4 - 2012.07.04 Wed

 今入院中のS病院は4階建てで4階が病気の症状が重い人で、3階がそれより軽い人が入院しています。
 リュウは、4月12日に4階に入院しました。それも最初は個室でした。それから4月20日に4階の大部屋に移り、6月20日に今いる3階の二人部屋に移動になりました。
 3階に移動してから、調子があまりよくなかったように思います。
 3階は、回復病棟と言って、日常生活を送っているようなスケジュールで、一日を過ごします。
 朝は私服に着替えてからみんなが一カ所に集まり、一時間くらいかけての体操もあります。リハビリは4階でもあったのですが、作業療法、言語療法、理学療法とあり、それぞれ一日の中で決められた時間に、こなさなくてはなりません。
 あと3階では、レクリエーションみたいなものもあり、食事は食堂でみんなで食べます。
 環境が変わり、一日のうちにやることが増えたせいか、3階に移ってから、手の動きも会話も理解力も、そして食欲も今一つだったように思います。
 でも、慣れてきたら、少しずつ良くなるかな?と思っていたら、やっぱり、だんだん調子が戻ってきました。
 話す言葉も不明瞭でしたが、それでも、聞き取れる言葉が増えてきました。

 私は毎日会社が終わってから5時半くらいに病院に行き、もう食堂で食事が始まっているリュウの食事の手助けをしてから、病室に戻り、ちょっと会話をしてから帰宅します。
 昨日食事が終わり病室に戻り、私が手伝いながらベッドに横になってもらいました。
 それからリュウが、

「鼻のくだを取って欲しい、かえってあぶないから」

と、言いました。はっきりとした意思表示で鼻のくだを取って欲しいと要求するのは珍しいことだなと思いました。

「わかった、ノートに書いておくね」

と、言いました。ノートとは、先生や看護師さんリハビリの先生あてに私が作った連絡帳です。リュウのベッドサイドのテレビ台の引き出しに入れてあります。そこに私が色々なことを書いて、置いておくと、みなさんが読んで下さっているのです。私はほぼ毎日書いています。「かえってあぶない」の意味がよくわかりませんでしたが、リュウの言葉、そのまま書きました。

 それから思い立って、おやゆび相撲をしました。
 おやゆび相撲は、入院してから、私が思い出して、たまにします。

「リュウ、おやゆび相撲しよう!」

 そう言って、左手と左手を組み合わせると同時に、私がさっとリュウのおやゆびを私のおやゆびではさんで倒し、3秒くらいのすごいスピードで「いちにさんしごろくしちはちきゅうじゅっ!」と10を数えました。私は、病人だからと言って、決して手加減はしません。4階の時もそうでした。当然私が勝ちます。でも昨日は、10数える前に、リュウがさっとおやゆびを抜きます。変だな?と思い、何回やっても同じです。リュウも一生懸命勝負に挑んでいます。

(何か反応もいいし、動きも素早いし、顔の表情もいい・・・)

 私は、おやゆび相撲やっていて、嬉しくなってきました。
 病院のみなさんの努力のおかげもあるのかな?そういう風に思ったら、その私の気持ちもノートに書きます。

 でも、おやゆび相撲は、決して負けてあげたりとかはしません。勝負の世界は厳しいです。




一家勢ぞろい #リュウ3 - 2012.07.01 Sun


今日は、チーズケーキを買って、午後から、病室へ。
一家勢ぞろいで、チーズケーキ、食べました。
リュウは、手の動きが今ひとつで、私が介助しながら、です。
もともとリュウは、好き嫌いはなく、なんでも食べます。




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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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