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2012-08

「いい加減・・・」と、つぶやくリュウ #リュウ21 - 2012.08.27 Mon

 今日、いつものように会社帰り病院に寄り、ディルームでリュウの夕食の手助けをし、食後はアイスを食べ、夕食後の薬も飲み、さぁ、洗面所で歯を磨こうという時に、リュウが私に何か、話しかけてきました。

「・・・いい加減・・・」

(え!「いい加減」って、言った?リュウ?)

 小さくて、聞き取れなくて、何回か聞き直したら、そういう風に聞こえたのです。

「え?なに?リュウ」

ともう一度聞来ました。そうするとやっぱり、

「・・・いい加減・・・」

と言います。私は、その次のセリフが聞きたいと思いました。
 でも、私にはどうにもできない要求とかだったら、どうしよう〜と、少しためらってしまいました。
 しかし、聞かないわけにはいきません!リュウを助けてあげられるのは、私だけです!

「なに、リュウ?いい加減、なんなの?言って」

すると、リュウが、

「・・・いい加減・・・、・・・モノマネとか・・・見たい・・・」

と言いました。

「え!モノマネって、コロッケとかの?テレビ番組?」

「・・・うん・・・」

「あっ!リュウ、気が付かなくてごめんね!」

と言って、私はあわてて、テレビ番組表を見ましたが、今日はモノマネはありません。どうしようと思いましたが、何か対応しないといけません。

「モノマネは今日はないから、今度入ったらぜったい、見せてあげるね!で、今日は、ええ〜〜っと、AKB48の前田あっちゃんのラストコンサートあるよ!これでいい?」

と言って、病室のベッドで、テレビを付けてあげました。

 リュウは、モノマネ番組好きだけど、そんなに好きだったんだ・・・。
 今度、ぜったい、見せてあげるね!



みんなで食事がいい。 #リュウ20 - 2012.08.26 Sun

 S病院(12.4.12〜12.7.10)の4階でリュウは、鼻からの流動食から、からだの状態が少し回復していき、自分でスプーンで食べる刻み食へ移行していきました。
 リュウが流動食だった間は、食事の時間になると、リュウには点滴の棒に、流動食がセッティングされました。同室の他の人には、ご飯が運ばれる人もいます。リュウにもご飯が運ばれるようになってきました。嬉しく思いましたが、リュウはベッド上で食べると、手が思うように動かないので、足にも力が入り、足を降ろして食べたいようでした。
 そうなると、ベッドサイドで、車イスに乗り、テレビ台のスライドテーブルを前に出し、そこにお盆をのせて食べる形になります。
 でも、壁に向かってひとりで食べる形になるので、その食事風景は、ちょっと寂しいなと私は思いました。
 そこで思い付いたのが、4階にはなくて、3階にはあるディルームでのみんなの食事です。どうして、月に一回の通院患者の付き添いの私が、そんな3階での食事風景がわかるかというと、もう何年もS病院に通っていると、一階の外来だけではなく、上の階にある医療相談室やリハビリ室に用事があり、少しですが、上の階の様子も目にしていたのです。
 そこで印象的だったのが、3階のディルームでの食事風景でした。食事の時間に、何人かの入院患者さんが車イス等で、大きいひとつのテーブルを囲みます。介助の看護師さんや家族の人が、あいだあいだに入って、多人数になります。みんなが必要なことを言うため、大声で話しています。窓の近くにCDラジカセがあり、石原裕次郎の曲が流れていることがありました。にぎやかな光景でした。
 そこにリュウを入れてもらえないかと、私はノートに書きました。
 
 「リュウはベッド上だと足に力が入り、足を降ろしたいそうですが、そうなるとイス等に座って食事することになります。3階のディルームのみんなで食事するところに、リュウを入れてもらえたらいいな〜」

と。それから少し経って、いつものように会社帰りに病院に行くと、その3階のディルームにリュウがいて、みんなと食事をしているではないですか!私はびっくりしました。嬉しかったです。
 その日から、リュウは私の念願通り、3階のディルームでみんなと食事をすることになったのです。
 CDは、かかっている時もあれば、かかっていない時もありました。
 私が聞いたのは、石原裕次郎と美空ひばりです。新しい音楽は、年配者にはわかりませんが、古い音楽は、メディアでかかる回数が多いものは、老若男女が知っています。みんなが聞いたことある音楽を聞きながらの食事は、よりいいなと思いました。

 転院先のM病院でも、「みんなで食事」が希望でした。患者さん、その家族の方、看護師さんが、顔を合わせての食事風景です。
 でも、S病院のようなひとつのテーブルをみんなで囲んだ食事はないようでした。私は、あの風景が、悪くないような気がして、転院後の最初の主治医との話し合いで、こう切り出しました。

 「病気とは治る人のイメージがありますが、夫は治らない病気なので病気ではなく障がいと考えています。障がいとは、その時のからだの状態が、その人の健康体で普通です。だから、できるだけ普通の生活に近いものをさせてあげたいです。朝起きて、食事をするテーブルまで歩いていって、自分で食事を摂る。目的があって、からだを使います。テーブルまで歩いていく足、食事を口まで運ぶ手、会話を聞く耳、誰かと話す口。目的をたくさん持たせてあげたいです。食事を摂ることもそのひとつです。他にも目的を持たせてあげて、そのためのからだに使う機能を維持させてあげたいです。病院にも要望するし、私も考えます。他にもディルームで食事がしたい人がいるかもしれませんし、そういう人が増えてほしいです」

と。たぶん、M病院にもリュウと同じく、治らない病気で入院している人がいるはずで、患者同士や家族同士、そして看護師さんと会話する機会がもっと増えてくれたらいいなと思いました。

 さて、M病院は、テレビがあるディルームにテーブルが置いてあり、そこで、二人の年配の入院患者の女性がいつも食事をとっているようでした。ディルームでの食事の先輩たちです。
 そのテーブルではなく、壁に置かれた三人がけのソファに移動式テーブルを置き、リュウの固定位置として、食事をとらせてもらうようにしました。リュウからは、入院患者の女性たちも、テレビも見えます。
 しばらして、ひとりの男性患者さんもテーブルに加わるようになり、もうひとりの年配の男性患者Iさんも加わるようになりました。
 Iさんは、いつも奥さんが食事の時間に病院に来て、旦那さんの介助しています。私は、Iさんの状態が最初より、よくなったような気がして、そうIさんの奥さんに話しました。そう私が言うと、Iさんの奥さんも嬉しそうな表情をしました。Iさんの奥さんとは顔を合わせることが多く、たくさん、話すようになりました。
 年配の女性二人のご家族の方とも食事の際、顔を合わせることがあり、会話するようになりました。
 家族の人は、みんなが、付き添いの人、患者さんのことを、お互いが気にしてくれています。

 この夏は、オリンピック、高校野球、旭山動物園から逃げたフラミンゴ。看護師さんも含めて、みんなで話題を共有しました。
 やっぱり、みんなで、わいわい食べる食事風景は、いいですね。
 
 また、メンバーが増えたら、お知らせします。




PSPのぞみの会に入会しました - 2012.08.15 Wed

 進行性核上性麻痺という稀な病気について、ご本人やご家族の方の視点が知りたくて、また、私たちも交流を図りたくて、7月8日に、全国進行性核上性麻痺の患者・家族会(PSPのぞみの会)に、入会しました。
 また、メーリングリストには、8月5日より、参加させていただきました。
 
 今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。




金星食! - 2012.08.14 Tue



 昨日うっかりゴミを出すのを忘れてしまったのと、いま、うちのまわりが、結構大がかりな工事中で、その様子を見たり、今日は忘れないで出す!とゴミを出しに行ったりで、早朝、うろうろしていると、偶然、金星食を見つけました。
 感激です。




お盆休みの更新情報 - 2012.08.11 Sat

今日、明日、忙しくて、更新できません。
来週、お盆休みなので、その間に更新します。

なお、「アホが見るブタのケツ」の歌の、でどころがわかりました。
ブログを見た友だちが、「今、テレビで流れてて流行っているらしいよ」とメールくれました。
テレビ番組を調べてみると、テレビ東京系の「ピラメキーノ」で、嘉門達夫の曲を流したそうです。
それが、子どもたちの心をつかみ、大好評だとか。
ワタル、この番組見ているの私、知っています。
ただ、夫が入院してからは、見ているその時間に、私は家にいません。




はじめてM病院に一家が揃う #リュウ19 - 2012.08.05 Sun

 今日は、7月16日。月曜日だけど、海の日でお休み。
 リュウは、7月10日に、S病院からM病院に転院してきたから、今日でちょうど一週間。
 私は、急に思い立って、イブキとワタルに、
 
「お父さんの病院変わったから、お父さんの病院の方のラーメン屋さんにお昼に行って、帰りに新しい病院に行ってお見舞いしてこよう!」

と、言いました。イブキとワタルは、

「うん」

と、言いました。

 ワタルは、いつからか、ラーメンが大好きになっていて、ずっと醤油ラーメンばかりだったのですが、最近は、味噌ラーメンに凝っています。食欲も旺盛で、一杯ではお腹がいっぱいにならなくなってきて、「まだ食べたい」と言い、二杯食べたことがあり、それ以来、必ず、大盛りを注文します。

 その日も、ワタルは味噌ラーメンの大盛りを食べました。
 さあ、三人とも食べ終わり、新しい病院に向かいます。

「7月の10日に今度は、M病院になったからね〜。今から行くからね〜」

と、私。
 私が運転する車で三人がM病院に着いたのは、午後1時くらい。
 もう食事は終わっているかと思って行ったのですが、ディルームのテレビの前で、リュウがひとりで、まだ、お昼ご飯を食べていました。

「あ、まだ食べていたの?イブキとワタルが来たよ、ほらっ!」

と言って、リュウの見える位置に子どもたちを連れて行きました。
 そうすると、リュウは、

「うん」

と言って、また、ご飯を食べはじめました。
 ワタルは、建物にとても興味がある子なので、

「見てきてもいい?」

と言いました。私が、

「うん、でも、廊下だけでお部屋の中に入ってはいけません。あと、病気で入院している人にぶつからないようにね」

と、言うと嬉しそうにな表情で、独特の声を発しながら、向こうに行きました。
 イブキは、リュウの後ろにあるちょっと広いテーブルのイスに腰かけ、私のiPhoneを勝手に使い、ネットを見始めました。
 私は、食事の手助けのため、リュウのとなりに座りましたが、全員が視界に入っていました。

 テレビに向かっていて、食事をするリュウ。
 リュウのななめ後ろで、背中を丸めてiPhoneを見ているイブキ。
 独特の声を発しながら、イブキの向こうの廊下を楽しそうに小走りしているワタル。

 その時は、他には、誰の姿もありませんでした。多分、食事が終わったあとで、みんな病室で休んでいたんだと思います。
 4月の入院するまで、家で見ていたごくごくありふれた家族の日常の様子がそこにありました。
 四人が向き合って話すわけではなく、同じ時間と空間を共有しています。
 それぞれがそれぞれの存在を、なんとなく意識しています。
 お互いがお互いを頼り、気持ちが寄り添っています。
 私は、その時、安らかなものを感じ、心が落ち着いていきました。

 そして、この安らかなるものが、ひとりひとりの家族のベースであり、次への行動の基礎であるという風に感じました。




終業式の日に楽しげにうたう歌 - 2012.08.04 Sat

 いま、ワタルは夏休み中です。
 終業式は、7月25日でした。その日の夜のことです。

 私が台所に立っていると、奥の部屋から、ワタルのおっきいうたい声が聞こえてきました。

「あほがみ〜る〜!ぶたのけえ〜つ〜!」

 そのフレーズを何回も何回も大声で、それも楽しそうにうたっているのです。
 ワタルは、家ではあまり歌はうたいません。合唱の課題曲とか、たまに、口ずさむことはあるのですが、「なにうたっているの?」と興味を持って聞くと、「何でもないっ!」と言って、うたうのをやめてしまいます。
 そのワタルが、大声で、

「あほがみ〜る〜!ぶたのけえ〜つ〜!」

と、とても楽しそうにうたっています。私は、

(どうしてあのうたを?意味はわかっているの?誰に教えてもらったの?)

を、考えながら聞き、ついには、

「ワタル!誰に教えてもらったの!」

と、叫びました。すると、

「○○○○先生!」

と、担任の美人で若い女の先生の名前をフルネームで答えました。

「えっ!何言ってるの!嘘でしょ!だれに教えてもらったの!」

と聞くと、やっぱり、

「○○○○先生!」

と、担任の美人で若い女の先生の名前をフルネームで答えます。
 私もそんなはずはないと、ムキになって同じ質問をすると、ワタルもやっぱり、同じ答えを返します。
 ワタルは、あまり嘘をつくことはありませんが、あり得ないと思い、ついには、

「じゃあ!先生にメールして聞いてもいいのかいっ?」

と聞くと、

「いいっ!」

と自信満々です。
 私は、あまりにも自信ありげに言うので、(もしかしたら・・・)とちょっとだけ、考えがぐらついてしまいました。
 次の日が登校日なら、連絡帳に書けたのですが、その日は終業式の夜で、明日から夏休みです。私は、夏休み中、悶々として過ごすのかと思うと、たまらないと思いました。
 でも、そんなくだらないメールを、担任の先生に、していいのかと思いました。先生も忙しく過ごしているはずです。きっと、メールを見たら、あまりにもくだらない内容で、私にも落胆することでしょう。
 でも!この子にして、この親ありです。勇気を持って、ストレートに、

「ワタルが、アホが見る豚のケツって歌っていて、誰からそんな歌教えてもらったの?と聞くと、○○○○先生と答え、嘘でしょ!先生に聞くよ!と言ったら、いいよ!と譲りません。そうですか?」(原文のまま)

とメールしてみました。
 すると、先生もお休みのところ、本当に恐縮なのですが、返事をして下さいました。

「教えていませんが、学校でもとても楽しげに歌うのですが、どこで覚えたのでしょう?」

と、担任の美人で若い女の先生が答えてくださいました。
 まりもっこりの時といい、私は変なことばっかり言って、本当にごめんなさい。

「ワタル!先生、ちがうって、お返事来たよ!」

と言うと、ワタルは私の前から、いなくなってしまいました。

 たぶん、意味もわかっていないと思うのですが、ワタルは、なぜこんなに楽しそうに歌うのでしょう。
 そういう私も、ひとつひとつの単語の意味はわかるのですが、文としての意味がわかりません。





床から120センチのとぶ鳥 - 2012.08.04 Sat

 ワタルは、幼稚園に入るまでは、まったく絵は描かなかったのですが、幼稚園に入ってから、たくさんの絵を描くようになりました。
 うちの壁のクロスは白くて、そこに絵をものすごく描きたかったらしく、

「絵を描いてもいい?」

と、壁を指差すことが何回もあったのですが、

「ダメです」

と私は答え続けました。

 ある日、私が外出先から帰ると、二階のクローゼットのドアに、クレヨンで絵が描かれていました。
 幼稚園の時です。
 私はその時は、「描いてはいけないと言ったのになぜ描いたのか」と怒った記憶があります。

 でも、その後も私がいない時に、壁にどんどん絵が増えていくようになり、私もあきらめました。

 その中で、私が気に入っている落書きを紹介します。
 とりの絵です。ぜんぶで6羽。それも床からの高さがすべて120センチ。
 その時のワタルの目の高さで描いたもので、小学校低学年の時のものです。

 ワタルは、「背中に羽をつけて空をとびたい」とか「雲に乗りたい」ということがあり、「自由」をもとめるワタルらしい台詞だなと思います。
 この絵を見ると、その台詞を思い出します。







ワタルの幼稚園年少時担任のN先生より - 2012.08.04 Sat

<ワタルの幼稚園年少時担任のN先生より>



ワタルが幼稚園を修了してからなかなか会う機会がなかったですね。
その後、いろいろなことがあったのですね・・・。
それも、しっかりと受け止め、明るく、周りを和ませてくれるワタルのママに頭が下がります。ワタルのママの魅力です。

ワタルのお兄ちゃんが幼稚園の頃からワタルのことを知っているので、ワタルが幼稚園に入園してもなんだか親戚のオバちゃんのようにワタルがかわいくて・・・。トーマスごっこ、水遊び、時計で遊んだり・・・。たくさんの思い出があります。ワタルとのツーショット写真は今も私の宝物です。あの頃とワタルの笑顔は変わらないことでしょう。

これから時々、ブログをのぞかせてもらいますね!

この素敵な家族に「やさしいまなざし」がふりそそぎますように・・・。



<私から>



N先生。メールありがとうございます。
初めてワタルが幼稚園で集団生活することになり、私も不安でいっぱいでした。
ワタルが幼稚園に入る前、お兄ちゃんの担任でもあったN先生が受け持ちになったらいいなと、お兄ちゃんのママ友と一緒に、冗談まじりでN先生に話したことがあり、それが実現して、どれほど心強かったことでしょう。
一年間受け持っていただき、その後、他の幼稚園に移動が決まった時の先生の言葉も忘れられません。「ワタルと別れるのも辛いけど、ママと別れるのも辛い」って。私も同じでした。
お兄ちゃんのママ友とも今でも親密な交流があり、先生のこと、たまに話題にしてます。前に先生も含めてママ友と飲みましたが、また、飲みましょうって、結局、飲み会のお誘いになっちゃった。あれ?
うちでも先生とワタルのツーショット写真宝物です。
また、ブログのぞいて下さい!




スケールがでかい七夕の短冊に書いた願いごと #リュウ18 - 2012.08.04 Sat

 おとついの病院からの帰り際に、病室のリュウの連絡ノートに短冊がはさんであることに気が付きました。
 ノートには、

「七夕の願いごとを奥さんと考えて、書いて下さい。木に下げます。」

と、書いてありました。
 その日は時間がないから、明日書こうと思い、昨日リュウに聞いて、私が代筆しました。
 
 私は、昨日病院に行くまでは、リュウは何を願いごとに言うかな?と、考えていました。
 「自分の病気の治癒」か、「自分も含めた家族の健康」のどちらかにたぶん間違いがなく、他にあるとしたら、昨年、大地震がありましたから、「日本の元気」を願う内容だろうと思っていました。

 ディルームでの夕食が終わり、病室に戻り、

「さあ、短冊に書くお願いごと、何て書こうか?」

と、私がリュウに聞くと、しばらく考えてから、

「・・・ぜん・・ぜんうちゅうのけんこうと・・へいわ・・」

と言いました。

「えっ!全宇宙?全宇宙の健康って、天体も入るの?」

と、びっくりして聞くと、

「うん・・」

と言いました。

「リュウ!スケールでっかいお願いごとだね〜!」

と私が大きな声で言うと、

「・・スケールだけはなっ・・!」

と鼻を穴をふくらませて、笑顔で言いました。

 今までも入院中、リュウの生命力を感じることがありましたが、この時もそうでした。
 
 リュウの願いごと、かなえてください。








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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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