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2012-09

音楽療法の八つの大きな効用 - 2012.09.30 Sun

 私の院内コンサートのブログを受けて、のぞみの会のメーリングリストで、感想を含めて何人かの方のやりとりがありました。
 その中で埼玉のW様が、音楽療法の八つの大きな効用を書いて下さいました。
 とても貴重なことがまとめられていると思い、ブログを読んで下さっている方にも見ていただきたく、埼玉のWさんの許可をいただき、転載させていただきます。

******************

私は音楽が大好きです。然し、何らの楽器も弾く事が出来ません。只々、
曲を聴くだけです。でも音楽のない世界など想像することは出来ません。
音楽は日々の生活の中で、特に妻の介護生活の中でとても重要な役割
を果たしてくれています。

音楽は本質的に時間を超越しています。懐かしい曲や、過去を彷彿させる
曲は、時空を遡り、大切な思い出を回想の中で再体験させてくれます。
過去は単に過ぎ去ったものではなく、私たちの人格の一部として、今この
時も生き続けてくれています。音楽の持つ不思議な力..................
........................。

死生学を長年に亘って研究しているある学者は音楽療法には八つの大きな
効用がある、と言っています。

 1.患者の注意を苦痛からそらし、疼痛の緩和に役立つ。
 2.死に直面する緊張やストレス、過剰な恐怖を和らげ、安眠にも繋がる。
 3.懐かしいメロディーは、楽しい思い出を蘇らせ、灰色の闘病生活に
   温かな灯りをともし、生きる勇気を与えてくれる。
 4.過去の人生から持ち越した問題を解決する、手がかりを与えてくれる。
 5.対話の糸口が出来て、思いがけない心の交流を生むこともある。
 6.音楽のハーモニーは、患者の精神的な動揺を鎮め、内的な調和を
   取り戻す助けとなる。
 7.音楽は時間を超越しているため、永遠性への希望を与えてくれる。
 8.遺される家族の喪失の悲しみを癒し、立ち直りへと導く上でも、重要な
   役割を果たす。

更に彼は言っています。「音楽は、しばしば幸福な体験と結びついている」。
そして彼の場合、それはイギリスの作曲家エドワード・エルガーの「威風
堂々」なのだそうです。

彼によりますと、欧米諸国のホスピスでは音楽療法が”盛んに”行われている
そうです。それに比して我が国日本ではどうでしょうか、未だ音楽療法なるもの
への理解度は極めて低いのかも知れませんね。

音楽の持つ不思議な力を、末期患者だけではなく、あらゆる人の心と身体の
調和をはかるために役立ててもらいたい、と切に願っています。

私が引用した本ー出典は、

     集英社新書 
     「心を癒す言葉の花束」
     アルフォンス・デーケン





病院祭での院内コンサート #リュウ27 - 2012.09.23 Sun

 8月18日の病院祭のプログラムに、「13時から院内コンサート」というのがありました。
 S病院は、正面玄関から入ったところに待合室があるのですが、壁にピアノが置いてありました。私は、なぜピアノがあるのだろうと、思いました。そして、このピアノがたくさん鳴ったらいいなと思いました。
 今日、その時が来ました。
 13時に一階のロビーに行くと、そのピアノが移動してあり、演奏できるようになっていたのです。
 そして、13時に、三人の主婦のような方が登場し、院内コンサートが始まりました。
 リュウと私も設けられたイスに座り、コンサートを楽しもうとしていました。
 パンフレットを見ると、演奏する曲目と、三人の方のプロフィールが書いてあり、経歴の最後に、三人とも「音楽療法士」と記されていました。
 「私たちは、老人施設や病院で演奏活動をしています」と言いました。
 私は、音楽療法士さんによるこうしたコンサートのことは、テレビや新聞で目にしていましたが、自分が患者の家族の立場で参加するのは、初めてです。

 まず、ピアノの連弾とバイオリンのような楽器(パンフレットを紛失してしまい、思い出せません)で、オリンピックのテーマソングを演奏してくれました。
 病院に本物の楽器の音色が響きわたります。
 今度は、変わった形のタンバリンが配られました。リュウにも配られました。「幸せなら手を叩こう」という曲に合わせて、タンバリンを渡された人が、合図とともに叩くのです。リュウも合図を見て、叩きました。上手にできました。
 リュウも他の患者さんも、楽しそうに一生懸命、タンバリンを叩いています。でもなぜか、

(シアワセナラテヲタタコウ・・・)

その歌詞が、私の頭の中をぐるぐるまわるのです。
 
 次に、ホワイトボードが正面に移動し、そこに、黒いマジックで、縦書きに大きな文字で書かれた歌詞が登場しました。「ふるさと」です。

 「さあ、みなさん、一緒にうたいましょう〜」

と音楽療法師さんが言いました。
 ピアノの伴奏で、みんなが歌詞を見ながら、うたい始めました。

(リュウは?)

 リュウを見ると、顔を上げ、ホワイトボードの字を追い、一生懸命声を出し、うたっていました。

(リュウ、ホワイトボードの字が見えるんだ・・・。それに、うたう声も出せるんだ・・・。)

 私は、S病院で、言語療法士さんが行なっていたリハビリを思い出しました。

 「リュウさん、壁にぶつかるくらいの声で、あーーーーーーーーーー!ハィ!」

 そう言われると、言語療法士さんと同じくらいの、ぶつかるくらいの声が出たのです。

(リュウ・・・、やろうと思ったら、声も出るし、字も見えるんだ・・・)

 私は、また不思議に気持ちになりながら、色んな思いがわき上がって来て、涙が出てきました。そんな私に気付くことなく、リュウは、一生懸命「ふるさと」をみんなと一緒にうたっています。

(リュウは、どうして病気になってここにいるんだろう?私も、どうしてここにいるんだろう?リュウもかわいそうだし、私もかわいそうだ・・・)

 そういう思いにとらわれてしまい、やっぱり、涙が出ます。
 でも・・・、まわりを見渡してみると、リュウも含めて、他の患者さん、家族の人、地域の人、みんな楽しそうに、積極的に参加しています。シクシク泣いているのは、わたしひとりなんです。

(やっぱり・・・・)

と、私は思い直しました。

 リュウも私も、他の患者の人も、かわいそうなんかじゃない!失ったことをなげくのではなく、いまに感謝して、いまを楽しもう!リュウをはじめ、みんながそうしている。ストレッチャーに横になり、点滴の棒もある患者さんも、一生懸命楽器を演奏していました。

 院内コンサート、ピアノもあるし、年に一回じゃなくて、月に一回がいいな〜!と思いました。

 お祭りを開催して下さった病院の方々、今回コンサートを開いて下さった音楽療法士のみなさん、ありがとうございました。


↑変わった形のタンバリンを一生懸命叩くリュウ。


年に一度の病院祭 #リュウ26 - 2012.09.23 Sun

 8月18日の土曜日、年に一度の病院祭がありました。

 その日が近くなると、ポスターも貼り出され、リュウと楽しみにしていました。私たちの「おまつり」の会話に、看護師さんも加わりました。

「当日は私も売るからねぇ〜」

 看護師さんのそのセリフに、

「バナナのたたき売りかい?」

と、笑顔のリュウ。


 前の病院では、そのようなお祭りはなかったので、当日はお祭りの雰囲気が堪能でき、私たちもとても嬉しかったです。



 S病院で食事が少しずつ摂れるようになった時、「たこ焼きが食べたい」と言ったら、まだ早くて食べられなかった。今日は、たこ焼きがありました。喜ぶリュウ。

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わたあめの器械が持ち込まれ、わたあめも作られていました。お祭りに欠かせないわたあめ。





木下サーカスを親の会で見に行く〜夏休みの出来事 - 2012.09.23 Sun

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 8月11日ワタルの「親の会」主催の木下サーカスを見に行きました。

 うちの参加者は、私とイブキとワタルです。イブキは行くかどうか最後まで迷っていましたが、私は、本格的なサーカスを見て欲しいことはもちろんですが、「親の会」の他の家族を知って欲しいこともあり、行こうと勧めました。

 サーカスの場所は、豊平区月寒の北翔クロテックドームの駐車場の特設会場です。89年ぶりの札幌公演とあってか、開設中は、とっても混んでいたようです。
 駐車場に車を停めるのも大変で、チケット買うにも並び、買ってからも並び、でも、午前に観る予定が午後だったり、あとは、当日に観れなかったりという話しも聞きました。

 私は、今の生活で目一杯で、もしも普通に行くのだったら、行きませんでした。
 でも、「親の会」主催のイベントで、料金も一部負担してくれ、集合場所から貸し切りの福祉バスに乗り、会場に行き、団体扱いで、チケットの心配もなく、並ぶ心配もなく、一番最初にテント内に案内され、指定されたところに座ることができたので、行くことができました。

 サーカスの内容もすばらしく、笑ったり、はらはらドキドキしたり、楽しく過ごすことができました。
 夏休みの一日の貴重な思い出となりました。

 「親の会」の障がいのある家族へのサポート、サーカス側の受け入れの姿勢、今までの親の方々が積み上げてきたものであると思いながら参加させていただきました。
 感謝です。

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会場内外に設置されていた自動販売機。一本170円!





お墓参りに行く #リュウ25 - 2012.09.23 Sun

 8月5日、M病院で初めての院外外出をしました。
 医療従事者の人の目がなく、私たちででかけるのは、S病院も含めて、初めてのことです。
 行き先は、佐藤の方のお墓と、その後の昼食先のホテルです。

 院外外出するには、届けが必要です。その届けには、主治医と看護師長さんの許可が必要で、リュウは問題ありませんでした。
 車イスが必要で、買おうかどうか迷っていると、「すぐに借りられるから」と看護師さんに言われ、病院のをお借りすることにしました。

 リュウは、一年に一回、親戚一同が集まるお墓参りとその後の食事をとても楽しみにしていました。そのこともあり、私たちは結婚してから、一回も欠かしたことはありません。親戚の人もリュウがお墓参りを楽しみにしているのと何となくわかっていてくれて、お見舞いに来てくれた際、

「今年もお墓参り行くよ!」「その後、おいしいご飯食べるよ!」

と、励ましてくれていました。

 さあ、当日です。
 リュウが私の助手席に乗って、子どもたちは後ろに乗って、病院から出発です。
 リュウが助手席に乗るのは、4月9日に骨折する前日の4月8日以来です。約4ヶ月ぶり。
 四人が車に乗って出かけるのは、それまでは、ごくごく普通のことだったのですが、ある日をさかいに、普通じゃなくなってしまいました。

(普通が普通じゃなくなる日もある・・・)

 それを考えると、運転しながら、少し涙があふれてきました。

 お墓に着きました。リュウは車イスでお墓の前まで行きました。
 もうみんな到着していて、待っていてくれました。
 お天気があまりよくなく、みんなでさっとお参りして、次の昼食先のホテルに向かいました。

(リュウのお父さん、叔母さん、ご先祖のみなさん、地獄の釜の蓋は開いてるでしょうか???
 今日は5日でよくわかりませんが、とにかく、よろしくお願いします。
 見まもって下さい。
 今年も家族揃って、お墓参りに来ることができました。感謝です)

 ホテルに到着しました。
 ホテルの玄関に飾られたお花、ロビーから見えるホテル敷地内のゴルフ場、売店、リュウの車イスを押して、見て歩きました。何気ない風景ですが、リュウにとっては、なかなか目にすることができません。
 リュウと一緒に行動すると、私も何気ない風景がそうではないんだと思えてきます。
 
 昼食は、ホテルの12階にあり、遠くまで見渡せ、気分もよかったです。
 私は、使い捨て用の紙のエプロンをリュウの膝の上にかけ、食事を助けました。リュウが何とかデザートまで食べることができました。
 その後、レストランを出たところで、集合写真を写しました。

 一階に降り、ホテルの前で解散となったのですが、助手席の窓を開けると、リュウが、みんなに、

「・・・みなさん・・・、今日は、・・・どうも・・・、ありがとう・・・」

と言いましたが、声が小さくて、誰も気が付きませんでした。

 親戚のみなさん、ありがとうございました!

 その後、病院に戻り、疲れたと思い、すぐにベッドに横になってもらいました。後片付け等して、私もさあ帰ろうとした時、リュウが私に、

「・・・今日は、・・・どうもありがとう・・・」

と言いました。
 リュウは、イベントがあった時、今までも必ず、私に、お礼を言ってくれるのです。その日も今までと同じように、私に、お礼を言ってくれました。

「うん。私もありがとう〜」

 初めての院外外出は、無事に終わりました。


ホテルの玄関を入ったところにあったキティちゃんのマーブルチョコレート。




『映画はいつでも映画だった』 #リュウ24 - 2012.09.09 Sun

 8月4日に、友人Sさんが、リュウに返してくれた本とは、『映画はいつでも映画だった』という分厚くて重たい本です。
 この本は、竹岡和田男さんという元北海道新聞記者で、映画と美術の優れた評論家であった方が書いた日本と外国の映画の評論が年代順(1945-1958)にズラッと載っている本です。
 この本を作ったのが、リュウなんです。
 「作った」というのは、当時勤めていた印刷会社で、リュウともう一人のデザイナーの人、二人で、「版下」を作ったのです。つまり、当時勤めていた印刷会社で、仕事として、作った本なのです。

 なぜ、リュウが、この本に思い入れがあるかというと、その理由がふたつあり、まずは、その仕事が、大変だったということです。

 なぜ大変だったかというと、この本を作ったとき、約30年くらい前ですが、当時の印刷物は、写植の機械で印画紙に写し出されたものを、紙に貼って、版下というものを作っていました。手作業です。もしも、直しが入ったらどうなるでしょう。文字と文字のあいだに、縦にカッターを入れ、増えたり減ったりした分の版下を一行ずつ、ずらしていくのです。
 今でこそ、パソコンでは、文字の送りがストレスなど感じることなくできますが、当時は、文字の送りは、長文になればなるほど、大変だったのです。この本は、直しがたくさん入ったそうです。記憶に残るくらい、大変な作業でした。それで、できあがった時の達成感、充実感をいったら、忘れられないそうです。

 この本に思い入れがあるもう一つの理由とは、リュウは、映画のセールスマンの息子だからです。
 リュウのお父さんは、当時、北海道で一番大きい映画の会社の営業をしていたのです。それで、リュウは、子どもの時から、映画館での映画は、見放題で、映画に詳しかったのです。リュウは、むかしの俳優さんや女優さん、映画のこと、よく知っていました。
 また、映画の看板も見ていたり、外国の映画のタイトルバッグとかも気にしていて、ストーリーや登場人物だけではなく、美術やデザインも目にして、気にしていました。
 そのせいか、高校卒業後は、美術学校でデザインを学び、就職は、印刷会社でデザイナーとして、仕事をしていたのです。

 ですから、映画のセールスマンを父にもつリュウは、その本の内容は、よくわかっていたのです。
 その二つの理由で、思い入れがあったのです。

 私は、Sさんに返してもらった本を、最初はリュウの目のつくところに置き、今は、聞かれたら、いつでも出せるように、テレビ台の下にしまってあります。
 分厚くて重たい本で、手に力が入らないリュウは持てないだろうし、物が二重に見えるので、細かい文字は、読めないと思います。
 でも、大変だったけれど、好きな映画に、好きな仕事をしていた時の、思い入れのある本です。

 リュウに「・・・あの本」と言われたら、私が出してあげ、私が読んであげようと思っています。


 









友人Sさんがまたお見舞いに来てくれる #リュウ23 - 2012.09.09 Sun



 8月4日、友人Sさんが今度は、転院先のM病院にお見舞いに来てくれました。

 前回SさんがS病院にお見舞いに来てくれたとき、別れ際に、リュウがSさんに、「ちょっと、頼みたいことがある」と言い、なにかと思ったら、「貸した本を返してくれないか」ということでしたので、今回Sさんが持って来てくれたのです。

 そしてまた、美味しそうなケーキを持参してくれました。
 3人で4階のテーブルとイスがあるところまで、歩いて行き、そこで、ケーキをいただきながら、雑談することになりました。
 前回私は、リュウによかれと思ってモンブランをしつこく勧めたら、本人は違うのを食べたかったことを思い出し、私は、だまっていました。

「リュウ、どのケーキいただく?」

と言うと、写真の一番奥のピンクのまるいケーキに手を伸ばしました。今回もモンブランは、選びませんでした。次にSさんに、

「どれにしますか?」

と聞くと、ピンクの三角のケーキに手を伸ばそうとして、

「これ、あたしがたべるのっ!とか、言わないでしょうね・・・」

と私に向かって言いました。私は苦笑いしながら、

「そんなこと言わないです・・・」

と言いましたが、やっぱり、私の視線が気になるのかな?と思い、今度は、ケーキを選んでいるあいだ、アイマスクでもしようかな?と考えました。
 私は、写真中央のイチゴがたくさんのった丸くて大きいケーキをいただきました。美味しかったです。

 そして三人でまた、むかし話をしました。
 みんなで浜益にキャンプしたとき、私が酔っぱらってあばれた話しになりました。普段もリュウがたまに思い出しては言っていた「私がドラねこみたいになった」時のことです。私は、また苦笑いしました。
 また、川ぞいに露天風呂がある然別にキャンプした時のこと、そこでは登山もし、私が、ものすごく大きい声で、何回も何回も、

「ヤッホーーーー!ヤッホーーーーーーーーーー!ヤッホーーーーーーーーーーーー!」

と言っていたと言われ、また、苦笑いしました。
 今回は、Sさんもリュウもなぜか、私の話しをするので、私は、リュウの話題に振ろうとした時、

「そういえば、リュウさんが作ってくれた自家製の焼肉のたれ、美味しかった!リンゴとかにんにくと、天然のものしか使っていない」

とSさんが言いました。

「そう!Sさんも食べたことあった?あの自家製のたれ、ほかの友だちにも好評だったんだよ!私もすごく美味しいと思う。配合は、今は亡きお父さんから教えてもらったんだよね」

と私が言うと、リュウは、

「・・・本当?・・・そんなに美味しかった?」

と言いました。今までも何回も美味しいと言っていたのに、お世辞だと思っていたようで、今、初めて、お世辞じゃないと気が付いたようでした。
 リュウは、お父さんの味と比較して、自分のは、それよりも美味しくないと思っていたのです。でも、私たちは、リュウのお父さんの味と比較することができません。

「うん!お世辞じゃないって。今度、また、つくってね!」

私は、リュウに言いました。

 Sさん、また、お見舞いに来てくれて、それも美味しいケーキも持って来てくれて、ありがとうございます。
感謝です。




四国の郷照寺のお守り - 2012.09.03 Mon



お守りと言えば、この度のリュウの入院に際して、中国地方在住のしまなみ太郎さんから、四国霊場八十八箇所〜第七十八番札所の厄除けの寺 厄除けうたづ大師 郷照寺の「病気平癒」のお守りをいただいております。感謝。




素敵なおまもり - 2012.09.03 Mon



親戚の方から、手づくりのペアのブレスレットいただきました。
千手観音の菩薩様のキリーク?が入った水晶のブレスレットです。
ありがとうございます!
感謝。




リュウのリハビリを見学する #リュウ22 - 2012.09.02 Sun

 8月18日(土)の11時半くらいに病院に行くと、作業療法士さんが「これからリハビリが始まります」と言いましたので、私も見学させてもらうことにしました。
 S病院でもそうでしたが、リハビリの時間に合わなくて、なかなか見ることができないのです。
 この日、初めて、M病院でのリハビリを見学させていただきました。

 リュウの病室は2階ですが、エレベーターで4階に行き、リハビリ室に入って行きました。
 リュウは台の上に腰かけ、腕をまわしてもらったりした後に、3メートルくらい離れて座った作業療法士さんと、やわらかいバレーボールくらいの大きさの黄色いボールで、キャッチボールを始めました。
 
 「ハイ!リュウさん!」

とけっこうなスピードで、両手で胸からボールを投げると、リュウが、「パンッ!」とボールをしっかり受け止めました。その後、先生が両手で投げたように、胸の位置からボールをすばやく投げました。

 「ハイ!リュウさん、いいですね〜その調子です!」

と言い、また作業療法士さんが、投げましたが、ちょっと横にそれていたのです。
 でも、リュウは、横にそれたボールを片手で受け止めると、素早く胸の正面に持って行き、また、ボールを送り出します。それも、けっこうなスピードです。

 私は、そのボールのやりとりを、首を左右に振って見ていたのですが、頭の中に、「???」が浮かんでいました。
 その調子でずっとキャッチボールが続いていたので、「???」が何個も浮かび、ついに、作業療法士さんに聞きました。

「あの〜・・・、今日はとくに調子がよくて、こんなに上手に素早くキャッチボールができるのでしょうか???」

と。すると、作業療法士さんは、

「いえ!調子が悪いな〜と思えるような日でも、こんな感じでできます。普段のリュウさんの姿からは、ちょっと想像できないですよね」

と、笑顔で言いました。
 本当にそうなんです。ちょっとオーバーですけど、座頭市が剣を持った瞬間に機敏に動く、というような感じと言ったら、伝わるでしょうか。

 
 そういえば・・・、と、S病院での言語療法士さんのリハビリを見た時のことを思い出しました。
 言語療法士さんが、リュウに、

「あの向こうの壁にぶつかるくらいの声を出してみて下さい!」

と言うと、

「あああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

と、本当にぶつかるくらいの声が出たのです。
 普段は、聞こえるか聞こえないかの声なのです。
 その後も、

「それでは大きな声で、ちょっと高く、あーーーーーーー〜〜〜〜、ハィ!」

と言われると、同じ声の高さで、それも壁にぶつかるくらいの声の大きさで、

「あーーーーーーー〜〜〜〜!」

と言います。

「それでは、ちょっと、低く、大きな声で、あああああ=ーーー〜〜〜〜〜〜〜!ハィ!」

と言われると、やっぱり、大きな声で、同じ声の高さで、

「あああああ=ーーー〜〜〜〜〜〜〜!」

と言います。
 私はそのやり取りを聞きながら、やっぱり、頭の中は、ハテナでいっぱいでした。そして、

「あの〜〜〜〜、ずいぶん、大きな声が出て、びっくりしています」

と、言語療法士さんに聞くと、

「ええ、普段のリュウさんからは、想像できないですよね」

と、笑いながら言いました。


 リュウ、能ある鷹は爪を隠すって言うけど、う〜〜ん・・・、隠しすぎ???

 でも、とってもうれしいびっくりでした。これからも、リハビリがんばろうね、リュウ。




ワタル一泊キャンプに行きました! - 2012.09.02 Sun

 ワタルは、この夏休み、いくつかの思い出を作りました。

 7月27日、28日と、一泊二日で北海道当別町・月形町にある「道民の森」で、児童ディサービスの行事で、キャンプに参加してきました!
 このキャンプ参加は、去年に引きつづきですが、このキャンプ地は、かつてイブキの家族友6家族で行った思い出のキャンプ場です。当時、わが家も元気なリュウをはじめ、四人で参加しました。
 ワタルは、ほとんど赤ちゃんだったと思うのですが、泊まったところやお風呂の様子など、「覚えている」と言います。
 ワタルは、記憶力がいいので、本当に覚えているのかな?

 今回もみんなで食べたカレーライスや、花火やスイカ割りで、たくさんの思い出を作ったようです。
 若い時のたくさんの楽しい思い出、ワタルよかったね!

 児童ディのスタッフのみなさん、今年もありがとうございました。




夏休みの一日 - 2012.09.02 Sun



 ワタルは、児童ディサービスがない日は、お天気のいい日は、近所の公園に出かけていたようです。
 私は、ワタルに、公園に行く時は、玄関に書き置きを残しておいて欲しいと伝えました。
 写真がその書き置きですが、毎日のように玄関に置いてありました。
 私は、会社から帰宅すると、ワタルの一日を把握しようとします。
 お昼ご飯はどうだったか、どこの公園に行ったか、車とぶつからなかったか、小さい子が遊んでいるところに行かなかったか、いけないことはしなかったか、等です。
 本当は、ワタルが一人で出かけるのは心配で、トラブルにならないように家にいて欲しいですが、そういう時は、今までワタルにかかわって、その場その場で、ものごとの善し悪しを教えて下さったたくさんの方の顔を思い浮かべ、「大丈夫だ!」と、自分に言い聞かせています。




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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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