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2012-12

家族で年越し #リュウ44 - 2012.12.31 Mon

 クリスマスは一泊二日。年越しは今日から二泊三日、家族で過ごしています。
 今年一年、たくさんの方と、触れ合うことができ、感謝の気持ちでいっぱいです。
 ブログに、書き切れてないことがたくさんありすぎて、後悔いっぱいですが、遅れても書きたいなと思っています。
 下の写真、真ん中のサッポロクラシックの缶ビールの写真が、今現在の年越しでの一枚です。

 今年は、お世話になりました。 
 来年もよろしくおねがいします。






野球のおじさんのおき手紙 - 2012.12.30 Sun

 今年の秋、日本ハムファイターズがリーグ優勝しました。その後、ジャイアンツと戦うことになりました。
 アンチジャイアンツの「野球のおじさん」が、夕食時にリュウのとなり、ディルームで座っていてる私に色々、解説してくれました。ディルームには、大きなテレビがあります。
 その解説が私は面白くて、野球のおじさんの解説を楽しみにするようになりました。
 野球のおじさんは、奥さんが家の中で骨折し、そのお見舞いで、毎日病院に来ていました。
 野球のおじさんは、私と話した後、かならず、リュウにも話しかけてくれました。リュウは、病気のせいで、何をするにも反応がとぼしく、普通の人の5倍から10倍は、根気よくその反応を待たなくてはいけないのです。
 ある日、帰り際、私たちに向かって、
「サンキュー〜〜!」
と言い、
「堀内孝夫のマネだよ〜〜!」
と言いました。
 そしてその次の日、ポケットから付け髭を出し、自分の鼻の下の付け、帰り際、
「サンキュ〜〜〜〜ッ!」
と言いました。
 私たちを、笑わせようと、元気づけようと、やってくれたのがわかり、その姿は、私の記憶の1ページに残ることとなりました。

 奥さんが無事に回復していき、次の日、退院するというその日、私たちは、挨拶しました。野球のおじさんは、

「言葉って、不思議だよ〜〜〜。患者に、いいこと言うと、シャキッとなる。でも、反対の言葉をかけると、余計具合が悪くなるんだ。うちの奥さんもね、家でね、木曜日にヤクルトのおばさんが来るんだけど、そのおばさんと気が合って、そのおばさんとの会話が楽しくて、その日は、朝から、シャキシャキっとなるんだよね!病は気からっていうでしょ、まさにその通りだよ」

そう、私に言いました。私は、ただただお礼を言うばかりでした。後日看護師さんのお話しでわかったのですが、野球のおじさんは、私がいない日中もたくさん、リュウに話しかけていてくれたのです。

 奥さんが日中に退院して行った次の日、会社帰りに病院に行くと、野球のおじさんから手紙と箱のティッシュが、リュウの病室に置いてありました。その手紙を紹介します。


 短い期間ではありましたが
 ご主人様、奥様には親しくさせて頂き、
 有り難うございました。
 妻は本日退院出来るのも、部屋の
 皆様始め多くの方々の友情の賜物です、
 有り難く感謝しております。
 野球の話。相撲の話。フィギアスケートの話。そして「北のたまゆら」の話。
 本当に楽しかったね・・・
 ご主人は当初よりは大分良くなったように見えますね。
 奥様の毎日の献身的な愛情により
 必ず 必ず回復される事を願い信じています。
 いよいよ師走に入り、今年も残りわずかです。
 何かと忙しく、寒さも厳しくなり、体調を崩しやすいので奥様、栄養と休養を十分にとって下さいね。
 奥様の優しい笑顔を見てご主人は、嬉しそうに笑っている姿が目に浮かびます。
 
 平成24年11月30日 野球のおじさんより


 野球のおじさん、本当にありがとうございました。




呼吸が苦しい その2 #リュウ43 - 2012.12.30 Sun

「呼吸が苦しい その1 #リュウ42」からのつづきです。


 いま、リュウは、呼吸が苦しいと訴えることはなくなりました。
 M病院との連絡ノートにも一度も書かれていることもないし、先日、本人に聞いたら、「呼吸はだいじょうぶ」と答えました。
 S病院の4Fの時まであった呼吸苦がいまは、ないです。今後、病気が進行したらいつかは出るのかと思いますが、いまは、なくなりました。

 なぜなくなったのか不思議で、これも色々考えます。S病院の4Fの時の、大きな変化と言えば、認知症の薬が変わったことです。

 リュウは、認知の方も心配になり、平成20年の夏から、認知症の薬も飲むようになりました。
 その時、認められていた認知症の薬は一種類しかありませんでしたので、それを飲むしかありません。
 でも、その薬との相性が今一つでした。リュウは、薬が効きすぎるようで、その認知症の薬を、ごくごく少しずつから飲んだのですが、からだがだるくなったりして、逆にこわばりが強くなったり、なかなか、その薬と慣れませんでした。
 でも、少しでも認知症状の進行を遅らせたくて、日にちを開けて,少量服用したりしました。お医者さんと相談のうえです。
 その薬を飲むと、リュウに知らせなくても、

「あのクスリ、飲んだでしょ?」

と、本人がわかったほどです。調子が悪いのです。

 認知症の薬が、一種類だったのが、認可を受け、3種類に増えたのは、ごく最近です。リュウも試して欲しいという気持ちがありましたが、薬の調整は入院しないと無理だとわかっていたので、主治医にはその旨伝えたことはありませんでした。
 それが、足の骨折で入院することになり、H先生が、頃合いを見て、新しい薬に変更してくれたのです。
 ある日、夕方病院に行くと、あまりにもこわばりが強くて、私は「あれ?」と思い、連絡ノートに、

「認知の薬、どうにかしましたか?」

と書きました。この感じは、認知の薬をどうにかした感じと、わかったのです。次の日、H先生の字で、

「レミニールに変えてみています」

と返事がありました。

 それから、毎日注意して看ていくと、こわばりも落ち着いてきて、なんだか、前の薬より合っている感じがしました。
 その後、3Fに移って、食事をしている様子を見て、気が付いたことがあります。
 それまで、食器やコップを持つと、緊張して持つからか、自分の意思とは関係がなく、手が勝手にまるで、虫でもはらうように動いてしまい、お茶がこぼれてしまったりしたのですが、それがなくなりました。
 それから、夜の呼吸苦も、気が付いたら、なくなっていました。
 何というか、今までの認知症の薬を服用していると、筋肉がギシギシしている感じから、新しい薬だと潤滑油が加わったようで、筋肉がなめらかになったような感じがしました。

 それと、座っている時から立った時のめまいもなくなったような感じです。
 それから、眠くなったとき、座った状態だとよだれが出ていたのですが、それも気が付いたらなくなっていました。

 からだのこわばりがなくなったわけではありませんが、前よりなくなり、そのお陰もあるのか、冗談も前より言うようになったように思います。
 個人差があると思いますが、リュウには今の薬が合っていると思います。

 さて、認知症の薬は朝1回、パーキンソンの薬は、一日4回でしたが、S病院からM病院に転院して、8月のお盆休みに、朝の食事の手助けに通っていたときのことです。眠気が強くて、食べられないほどで、驚きました。外の風に当たったら、目が覚めるかと、連れて行き戻っても、目が覚めません。これだと、食事を口に運んでも、気管に入りそうで、食事もままならないほどです。看護師さんにも確認したら、だいたいこのような状態だと言っていました。
 お盆休みは、ずっと、朝行きました。
 何日か目に、看護師さんが来て、

「夜寝る前の薬、イヤがって、飲んでないんです。起床時の薬もイヤがってまだで・・・」

という日がありました。
 その日は、リュウは、目が覚めていて、ほぼ自力で朝食が摂れたのです。

(あっ!薬が効きすぎている!)

と、私は思いました。それでまた、考えました。
 S病院とM病院の大きな違いは何か・・・。
 それは、一日の活動量だと思いました。S病院の3Fは、回復期病棟と言って、家に帰った時と同じような生活をします。朝6時に起床して、私服に着替え、顔を洗い、みんで一カ所に集まり体操もします。リハビリは、3種類あり、午前午後と忙しいです。
 でも、療養型のM病院は、時間がゆったりとのんびりと流れていて、リハビリは一回で、私服に着替えたりとかもありません。
 一日の活動量が違うから、薬が効きすぎているのでは?と思いました。
 レミニールにしてから、呼吸苦もなくなったようなので、朝食もちゃんと食べて欲しいから、前の朝食時昼食時夕食時に戻してためしたいと思いました。
 そこで、薬を4回にした理由をM病院の主治医に説明し、前のような一日3回に戻して欲しいと相談しました。
 その後、薬の処方を希望通りに変えてもらいました。
 平日は夕食ばかりで、朝食時はあまり行けませんが、何をしても目が覚めないということはなくなり、朝はからだの動きも今ひとつで、ぜんぶ手助けという時もありますが、前より、目が覚めていて、ちゃんと飲み込むこともできます

 主治医の先生、看護師さん、薬剤師さん、みなさん心配してくれ、助けてくれてありがとうございました。

 それとやっぱり、微妙な変化は、家族じゃないとわからないことだと思っていて、それは、これからも注意していくつもりです。




呼吸が苦しい その1 #リュウ42 - 2012.12.30 Sun

 通院時代のことです。 

 リュウは、寝ている最中と、朝の起きがけに、呼吸が苦しいと訴えることがあるようになりました。
 だいたい数時間で収まります。なぜ、呼吸が苦しくなるのか、私はわかりませんでしたが、なんとかならないものかと頭を悩ませるようになりました。

 平成22年の夏、ケアマネージャーさんが探してくれたディサービスGとの出会いがありました。リュウは初めてディサービスを利用することになったのです。
 サービスを利用するにあたり、ケアマネージャーさんとリュウと私で、施設の見学に行きました。その時出会ったのが、ディサービスGの主催者のYさん。
 Yさんは変わった経歴を持っていました。空手の教室をいくつか開いていたのです。
 Yさんは、

「空手は、人を倒すけれども、今度は人を復活させることをしてみたくて、ディサービスの施設も開設しました。両方やっています」

と言い、私とリュウは、そのセリフにびっくりしました。リュウはのちに、Yさんが大好きになりました。

 利用時、指導計画を立るのですが、私の要望は、「夜のこわばりがきつく、呼吸が苦しくなるので、その対処法を知りたい」ということでした。
 利用してからしばらく経ってから、電話でYさんと話す機会がありました。
 
「リュウさんは、普段から前傾姿勢(猫背)で、横になってもらったら、頭が浮く位です。たくさんマッサージをして、最近やっと、頭が床に付くようになってきました」

と言いました。

「夜、呼吸も苦しいと言うことで、苦しくならないためのマッサージをしています」

と言いました。
 私は、呼吸が苦しくならないようにするためや、呼吸が苦しくなったらするマッサージを知りたくて、一度、ディサービスに行き、Yさんから色々話しを聞き、私自身、そのマッサージをしてもらいました。
 その際、「肺の話し」を聞いた時が、目からウロコという感じでした。その内容とは、

「肺って、自分では、膨らんだりしぼんだりしないんですよ。膨らんだりしぼんだりするのは、筋肉がしてるんです」

とのことです。
 私は、自分がどういう風に呼吸しているのか、意識したこともなかったのですが、肺が勝手に自分で膨らんだりしぼんだりして、空気を肺に取り入れていると思っていたので、びっくりしました。
「肺は、肋骨と横隔膜の筋肉で、肺を膨らませたり、しぼませたりしているのです」


 
 そのことを知り、私は考えました。リュウは、日中はあんまり呼吸が苦しいと言わないけど、夜中と朝型、呼吸が苦しいと言う。それは・・・,

(パーキンソンの薬がきれている時間帯???肺を膨らませたりしぼませたりする筋肉が、薬を飲んでいない夜中から朝型にかけて、こわばって、呼吸が苦しくなる?それから、副交感神経、交感神経のからみで、呼吸がしづらくなる条件も重なっている?)

と思いました。

 それで、24時間、パーキンソンの薬を効かせたいと考え、それまで、朝食時、昼食時、夕食時だったパーキンソンの薬を、朝6時、昼12時、夕18時、寝る前22時(←24時だと遅すぎるので、22時)にしてもらえないか、主治医に相談しました。つまり、24時間を四で割り、寝ている間も肺の呼吸をつかさどる筋肉が硬くならないようにして欲しいと思ったのです。
 それに先行して、Yさんが、ディサービスで、呼吸が苦しくならないようなマッサージをしてくれていました。そのマッサージは、患者は仰向けになるのですが、肩甲骨が自由に動くようにするような、そういうマッサージなのです。肩甲骨が自由に動くことが、肋骨と横隔膜の筋肉が働かせるようです。リュウが自分でもできるように教えてもらっていて、それは、立った状態で、はと胸にするような姿勢で、両手を前から後ろに動かします。左右の肩甲骨をくっつけるようなイメージです。
 
 リュウは、夜は横になって寝るけど、日中は椅子に座ったままの姿勢で眠ってしまうことが多く、それは、首や肩の凝りにつながっていて、上半身が前傾のまま、凝り固まった状態でした。だから、仰向けに寝ても、頭が付かないような姿勢になっていたようです。
 リュウが呼吸苦を訴えるようになり、Yさんからの話しを聞いたりして、とにかく私は、首や背中のあたりが、凝り固まらないように、注意するようになりました。そして、肺を動かす筋肉まで凝り固まっていないかと、意識が向くようになったのです。椅子に座ったまま寝ていたら、横になってもらい、頭を枕やクッションで支えました。

 ディサービスでも、訪問看護でも、筋肉をあっためてほぐすこともやってくれていました。
 薬の処方もやってみましょうとのことで、寝る前のパーキンソンの薬も処方してもらいました。

 次第に、呼吸が苦しいという回数が、減っていきました。それから、朝、頭痛を訴えていたことがありましたが、それも減っていきました。肩こりが原因の頭痛だったようです。
 呼吸が苦しいと訴えたら、私は、訪問看護師さんが教えてくれたホットパック(タオルを熱いお湯で濡らし、ビニール袋に入れたもの)を肩や背中にあてたり、Yさんから教えてもらったマッサージをするようになり、そのうちに、収まりました。それからリュウ自身も、呼吸が苦しくなったら、自分でできる体操をやっていました。主治医のH医師からも、温湿布が出されていて、貼って寝たこともあります。それから呼吸の苦しさの度合いも、「大変苦しい」というものから、軽減されていきました。

 この呼吸苦は、回数は減りましたが、S病院の4F入院中までありました。ある日、病院に行くと、プラスティックのマスクを付けていたことが何回かあったのです。今(平成24年12月)は、呼吸苦がありません。長くなるので、「呼吸が苦しい その2 #リュウ43」に続きを書きます。

 リュウの姿勢は、Yさんがほぐしてくれたまま保っていて、仰向けになると、頭が床に付きます。Yさん、ありがとうございました。
 ケアマネージャーさん、訪問看護の看護師さん、ありがとうございました。
 H医師、いつも私の話しを聞いてくれて、ありがとうございました。




やっとモノマネ番組を見る #リュウ41 - 2012.12.29 Sat

 12月22日、23日の土日で、一泊外泊でわが家でクリスマス会をした際、リュウは、「モノマネが見たい」と私に言いました。
 モノマネは、この8月に見たいと言っていて、まだ一回も見れていませんでした。
 でも、友だちからメールが届き、12月26日の火曜日と28日の金曜日に、本格的なモノマネ番組があるとわかりました!

 さあ、26日が来ました。いつものように会社帰り、夕飯の手助けに行き、リュウに、

「今日、モノマネ番組あるよ、ええ〜〜っと、6時半からだわ。いま、6時20分だから、あと、10分で始まるよ!」

とリュウに言いました。
 そして、リュウを見ると、楽しそうに笑っています。でも、あれ?まだ、番組が始まっていないのです。

「リュウ!リュウ!まだ、始まっていないよ、モノマネ!しっかりして!まだ、笑うの早いよ!」

と私はリュウに言いました。
 そこには、モノマネ番組をずっと見たくて、番組が始まる前から、楽しそうに笑うリュウがいました。

 昨日の28日も6時からモノマネ番組があり、リュウは夕飯を食べながら、私は横に座り、楽しく見れました。

 コロッケとかが出る本格的なモノマネ、やっとやっと、見ることができました。よかった〜。




初めての一泊二日のわが家 #リュウ40 - 2012.12.29 Sat

 12月22日(土)23日(日)、リュウは一泊二日でわが家で、クリスマス会をしました。

 四月に入院して以来、半年ぶり以上のわが家。
 居間に入ってもらうと同時に、私がリュウに聞きました。

「イブキとリュウは、久しぶりの感じがする?」

と。リュウは、

「・・・イヤ・・、・・・」

と答えました。
 子どもたちは、最低月に一回、病院に行っているので、そう思ったのだと思います。

「うちは?わが家は?半年ぶり以上だけど」

「・・・イヤ・・・、・・・」

 そうリュウが答えました。
 私はそう答えるかもしれないと、思っていました。
 病院で私がリュウの目の前に行くと、リュウは、「おかえり」と私に言い、自分が家にいる錯覚を起こす時があります。
 ある時は、私がいるのに子どもの姿が見えないのが不思議だという風に、「・・・、イブキとワタルはどこにいるの・・・?・・・寝てるの・・・?」と聞いてきたことがあります。
 つまり、入院中だけど、リュウは何回も何回もわが家に帰ってきているのです。
 だから、「久しぶりじゃない」と答えたのだと思いました。

 ソファに座ってもらい、ひとつひとつをリュウに確認してもらいながら、お菓子を食べてもらい、ビールを少量飲んでもらい、テレビを見てもらいました。
 しだいに表情がリラックスしていくのがわかり、私も嬉しくなってきました。

「なにか見たいテレビ番組はある?」

と、新聞のテレビ欄を見てもらいながら私が聞くと、

「・・・。・・・、モノマネ・・・とか見たい・・・」

とリュウが言いました。私は、

(あっ!)

と思いました。
 リュウは、8月に私に病院で、「いい加減・・・、モノマネとか見たい」と私に訴え、それ以来、私は朝、テレビ欄をチェックするようにしました。
 そしてついに、モノマネ番組があるという9月のその日、会社に中学校から電話があり、「ワタルが、お腹が重たいと訴え、机に突っ伏していて、微熱もある」とのことで、その日真っすぐ帰宅し、病院に寄れなかったので、リュウは、モノマネを見逃していたのです。それからも私は、引きつづきモノマネ番組をチェックしていたのですが、ありませんでした。
 その一連のことを、私はリュウに言うに言えず、触れなかったのですが、リュウは、「モノマネが見たい」と、今また訴えています。

「あ〜〜、リュウ、いま、モノマネやってないわ」

私は、すまなそうに言いました。

 その後私は、夕飯の準備のため、台所へ。
 いったんリュウは、居間にある電動ベッドに横になってもらいました。

 さあ、夕飯ができました。統一性がないけれど、生チラシにハンバーグにキムチ鍋です!
 からだを支えられるように、肘掛けが付き、移動も楽な用に、キャスター付きのリュウ専用のイスに座ってもらい、四人でテーブルを囲みました。
 病院では、私はきびしくて、夕飯の手助けをなるべくしないのですが、今日はせっかくの手料理も冷めるので、飲み込みを確認しながら、積極的に手助けをします。
 食後は、毎年、同じ所から買う同じケーキにろうそくに灯を灯し、みんなで、なんとなくクリスマスのうたをうたい、火を消し、クリスマスケーキを食べました。
 何年もずっとずっと、変わらない光景です。
 ワタルには毎年サンタさんが来ているのですが、今回は、「お父さんサンタ」という設定で、リュウからワタルにプレゼントを渡してもらいました。ワタルが欲しがっていたゲームのソフトです。

 今年も家族全員でクリスマスケーキを食べれて本当によかった。

 次の日、カレーライスとラーメンのお昼ご飯を食べた後、私が思い立って、金曜日の夕刊に載っているクロスワードパズルをしよう!と、リュウに言いました。リュウも、コクンとうなづきました。

「一本足○○○の王貞治!」

と私が言うと、

「だほう」

とリュウが答えます。

 「キリスト教で神のこと」という問題では、解答のマス目が、二つです。私とリュウは、ピンと来なくて、キリスト教系の高校に行っていたイブキに聞くと、

「シュ」

と答えました。

「シュ?しゅ?主!」

と私が言うと、リュウもコクンとうなづきました。

「サザエさんの息子の名前」という問題が出たので、ワタルが答えられるのではないかと、ワタルに、

「サザエさんの息子、サザエさんの子どもの名前は?ワタルっ!」

と聞くと、即答で、

「なみへい!」

と呼び捨てで答えたので、みんなで、笑いました。

「波平はサザエさんのお父さんでしょ?子どもだよ!」

と私がワタルに言うと、今度は、

「かつお!」

とまた即答して、また、みんなで笑いました。

「カツオは、弟でしょ?」

と言うと、

「ますお!」

と言うので、私はまた笑いながら、

「マスオは、サザエさんの旦那さんで、こどものお父さんでしょ?」

と聞くと、今度はワタルは、

「だって、子どもみたい!」

と答えました。それを聞いて、私は、「うぐうぐっ」となりました。世の中の旦那さんは、子どもみたい?それをワタルが言った?

 みんなで盛り上がったクロスワードパズルも解け、病院に戻る時間になり、また、私の運転で家を出発しました。助手席に乗っているリュウに、

「ワタルのさっきのセリフ、なんていうか、びっくりだよね?」

と言うと、リュウが、

「・・・うん、時々、ドキっとすることを言う。・・・不思議な子だ・・・」

と言いました。

 病院に戻り、ナースステーションに、「ただいま」を言い、病室に戻り、パジャマに着替え、ベッドに横になってもらいました。リュウが、

「・・・ステキなクリスマス、どうもありがとう・・・」

と、私にお礼を言ってくれました。

 バニラ家は色々な人にささえられ、何事もなく、無事に初めての外泊が終わりました。よかった〜。







猛吹雪 - 2012.12.26 Wed



今朝の通勤風景。猛吹雪。視界がほとんどない瞬間もありました。



お昼休み、自家用車の雪を降ろしに行ったら、車につららができていました。




病院からのクリスマスカード #リュウ39 - 2012.12.24 Mon



ありがとうございます!




初めての外泊 #リュウ38 - 2012.12.22 Sat

リュウ、4月に入院して以来の初めてのわが家への一泊外泊。
ひと足お先に、クリスマス会です。
リラックスして、楽しそう~(*^_^*)






友人Kちゃんの叔父さんのねこ - 2012.12.22 Sat



 先日、友人Tさんのおうちで飼っていたねこのミューちゃんがなくなり、ここで感謝状を贈らせていただきました。
 その後、掲示板で、勤労ちゃんの叔父さんのねこ二匹も亡くなったと、写真アップされていましたので、ここに写真を転載し、やはり、感謝状を贈ることにしました。

 一昨年「じゅうべい」が25歳で、また今年の9月に「ちゃめ」が24歳で亡くなったそうです。
 ミューちゃんくらいの長生きさんでしたね。

 じゅうべいは、勤労ちゃんの下の子に、耳をかじられ、何年か、歯形がついていたとのこと。


 じゅうべいちゃん、ちゃめちゃん、きっと色んな思い出たくさんだね。
 
 今まで、ありがとう〜。

 安らかに、眠ってください。





冬至 #リュウ37 - 2012.12.21 Fri



今日は、冬至ですね!
病院の食事のお盆に、かぼちゃとカードが。
嬉しいです。




友人Tさんのねこ - 2012.12.16 Sun



 平成24年12月9日(日)友人Tさん(ブログトップ写真の右の人)のうちで、飼っていたねこのミューちゃんが、亡くなりました。24歳と9ヶ月。人間でいえば、かなりの高齢で、大往生だったそうです。
 Tさんの実家から、T家に移って来たねこちゃんでした。
 Tさんとは、”友だち”なので、貸しも借りもないはずだけど、ちょっとだけ、バニラ家の方が心配かけてきた気もするので、そのお返しの気持ちとして、ここにミューちゃんの写真を載せて、ミューちゃんに感謝状を贈りたいと思います。

 ミューちゃん、いままで、T家を支えてくれて、ありがとうね。

 お空の星となり、これからも、T家を見守ってください。

 お冥福をお祈りします。





 

漢字クイズにはまる #リュウ36 - 2012.12.16 Sun

 私は、漢字が書けなくなってきました。
 自信があるのは、平仮名と片仮名です。
 漢字が書けなくなったと思って、だいぶ経つのですが、最近は、読むのも読めなくなってきたような気がして、これはどうにかしたいと思い、スマートフォンで、漢字の読みのアプリがあったので、インストールして、やってみました。
 やってすぐ、

(あれ?このアプリ、リュウにもいいかもしれない)

と気付き、夕食後、一緒にやってみました。
 5問正解すると100点になり、次へ進めますが、一問でも間違えると、次へ進めないので、100点になるまで挑戦し続けなくてはなりません。初級が200問、中級が400問、上級が400問で、全部で1000問あります。いま、420問終わりました。
 リュウは、漢字の読みは、むかし獲得された記憶であるからか、けっこう、答えられます。それが、面白いし、5問1クールでクリアしていく達成感で、リュウはすっかり、はまってしまいました。
 夕食後、自分から、

「・・・。・・・クイズは?」

と言ってきます。
 それに、解答を私にわかるように答えなくてはならないので、声の発声にも、とてもよいです。
 よいアプリを始めたと思っています。

 「美人局」という問題が出ました。私が、「びじんきょく?」と言うと、リュウが、「・・・つつもたせ・・・」と答え、その通り入力すると、正解の○が出ました!すごい!「四股」を私は、「よんまた?」と言うと、「・・・しこ・・・」と答えました。正解!でも、「華奢(きゃしゃ)」という漢字が出て、リュウが読めないでいました。
 私が、

「リュウ、私のことだよ!私だよ!ほらっ!」

と一生懸命、ヒントを出すと、私をジッと見て、しばらく考え、

「・・・じょうぶ・・・」

と答えました。私は、思わず、笑ってしまいました。「華奢」は「じょうぶ」と読むそうです。

 このアプリをずっとやっていて、気付いたと言うか、前から思っていたことがあります。
 夕食の時、調子がいいと、なんとかスプーンで、自分でご飯を口に運べるのですが、調子が今ひとつだと、途中から私が、手助けをして、口に運びます。もっと、調子が悪いと、ぜんぶ私が口に運びます。調子が悪いとはどういうことかと言うと、からだのこわばりからか、手が思うように動かないし、いつもより、目が二重に見えるようで、うまく、口に入りづらいのです。口数も少なく、会話もちぐはぐで、意識もはっきりしていないのかな?と思ったり、あと、もっと調子悪いと、飲み込みもしづらくなる感じです。
 でも、漢字クイズの応答は、変わらないのです。自分がわかっている漢字は答えるし、やろうという気持ちも伝わってきます。「美人局」からのくだりは、私が、ぜんぶ口に運んだ日で、調子があまりよくない日でした。

 S病院の発声のリハビリで、普段出ないような大きな声が出ていてびっくりしたし、M病院のリハビリで、ボールのキャッチボールもあまりにも上手でびっくりしましたが、環境でまた、持っている力が引き出されるのかな?と思いました。
 だから、というわけでもないのですが、調子が悪くても、あまり、悲観しないように心がけています。
 前はすごく不安に思ったのですが、「表面に出てこない力を持っている」と、だんだん実感するようになってきたのです。
 もしも、意識がはっきりしていないのかな?と思い続ける時があっても、やっぱり、「表面に出てこない力を持っている」と、私は思うのではないか、と、いまは思っています。 




病院で、不在者投票をする。 #リュウ35 - 2012.12.16 Sun

 「病院に入院中の人は、選挙の投票はどうするんだろう?」と、疑問に思っていました。
 小学校の体育館などの投票場所まで、院外外出をして、行かなくてはないのかな?と思っていたら、看護師長さんがひとりひとりに、

「選挙はどうしますか?」

と、聞いてまわっていました。

リュウと私のところにも来て、

「選挙はどうしますか?」

と聞いてくれました。

「どこで、投票するんですか?」

と私が聞くと、

「ここの病院で、投票箱に投票用紙を入れてもらいます」

と言いました。

「病院でできるんですか?」

と私。

「はい。12月12日に不在者投票を、病院でします」

と師長さんが答えてくれました。でも、大きな問題があります。リュウは、字が書けないのです。

「あの〜、夫は、字が書けませんが、それでも投票できますか?」

と聞くと、

「指差しで結構です」

と答えてくれました。字が書けない人は、担当の人に字を書いてもらう代理投票という制度があるんですね!これなら、リュウも投票できます。

「よかったね!リュウ」

と私が言うと、リュウは、コクンとうなづきました。

 その日の連絡ノートを見ると、投票箱に自分で投票用紙を入れ,無事に投票できたと書かれてあり、リュウにも確認しました。
 よかったです。

 今日は、選挙の日。私も投票してきます。




「のぞみ」 作詞:岡村幸彦 作曲:樋口了一 - 2012.12.11 Tue

「のぞみ」 作詞:岡村幸彦 作曲:樋口了一




のぞみ のぞみ 少しだけ早く
少しだけ小さく 生まれてきた大切な命

君が宿ったと聞いたとき ぼくらは抱きあってよろこんだ
あの日 生まれた君はちょっとだけ 他の子と違っていたんだ
2歳の誕生日が近づくと まわりの友達は走り回り
楽しいおしゃべりが もう始まっていた
せめてひとこと「つらい」とだけでも言ってくれたら

君はゆっくりな子だって ある日ぼくらは気が付いたんだ
それなら君が育つよろこびが ゆっくりと長く続きますように

のぞみ のぞみ 少しだけ早く
少しだけ小さく 生まれてきた命
のぞみ のぞみ 少しでも幸せに

君を愛するたくさんの人たちに かこまれますように

痛いなんて決して言わずに 君はいつもがまんするのに
誰か悲しそうにしていると 涙を流してくれるよね
16歳になった君には 足し算さえもやっかいだけれど
そんなことより もっと大切なもの
神様からいつでも もらっているんだね

パパは大きな傘を一つ ママは小さな傘をたくさん作ります
君の人生に冷たい雨が かからないように

のぞみ のぞみ 君は生まれてきた
その胸にぼくらへのメッセージを抱いて
のぞみ のぞみ 君の微笑みは 教えてくれる
命の尊さ 命の美しさ 命のすばらしさを






 樋口了一さんのコンサートで聞いた樋口さんの最新CD「了〜はじまりの風」(11/21発売)に入っている「のぞみ」という曲ですが、抜粋して、おとつい、ブログに紹介させていただきました。
 その後、どうしても、全部の歌詞を紹介したくて、ダウン症のお子さんのパパであり、作詞者である岡村幸彦さんに、承諾を得たく、岡村さんが理事長である静岡の愛誠館のホームページ(←ここをクリック。お子さんの名前の望未園も!)のお問い合わせのメールフォームに、今朝、その旨、連絡すると、作詞者の岡村幸彦さんから、早速、お返事が届きました。
 承諾していただけましたので、全文、掲載致しました。
 いただいたメールの署名の肩書きが、東京のドラッグストアの社長さん(←ここをクリック。)となっていて、色んな社長さんをされている方なんですね!
 お忙しい中、お返事いただき、感激です。

 合わせまして、私のメールへのお返事、事後承諾で、掲載させていただきます!

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初めまして。社会福祉法人愛誠会理事長の岡村です。

この度、施設の方にメールのお問い合わせをいただきまして、ありがとうございます。


○○さんは、ご主人の病気とお子さんの障がいと、両面に向かい合っているとのこと。日々の家族に対する献身に敬意を表します。

私は長男がダウン症で、生まれてきた当初はかなりのショックでした。しかし小さくもけなげに生きて、かわいい我が子を日々見るに付け「この子を中心とした家族のために生きる人生」を構築することにしました。
仕事がありますので日常の育児は家内に大きく被さってしまうところがあるのですが、「私たち家族が楽しくかつ、世の中から支持を受けながら生活できる」方法を「私の分担となる家族のテーマ」として模索することにしたのです。
それが、歌「のぞみ」にある

「パパは大きな傘を一つ ママは小さな傘をたくさん作ります
君の人生に冷たい雨が かからないように」

の歌詞にあたるのかな?と思っています。

シンガーソングライターの樋口了一さんとは、私の経営する高齢者介護施設における「ポストマンライブ」を通じて知り合わせていただきました。
「手紙」という歌の持つ力に介護職員、被介護者家族一同が癒やされ、明日からの高齢者介護の意欲をかき立てられました。
そんなご縁の中、あるきっかけで私が作った詩に曲を付けてくださることとなり、更には「今後この歌を歌い続けていきたい。」とまで話が進んでいき今日の発表に至ったわけです。
皆さんに聞いていただける機会をいただいて本当に感謝しています。

私が我が子「のぞみ」に寄せる思いを、色々な方がそれぞれの境遇の中で、自分や家族等に投影して共有していただけたら、そして何らかの良き思いを抱いていただけたら、作者としてのぞみの親としてありがたく思います。

下記がリクエストにありました詞の全文です。宜しくご参照下さい。

最後に、
寒さ厳しくなりますが、くれぐれもご自愛下さいますようお願い申し上げますとともに、○○さんのご家族に人生の豊かな実りが降りかかりますよう祈念申し上げます。




樋口了一さんのコンサートに行く - 2012.12.09 Sun

 『水曜どうでしょう』という鈴井貴之さんと大泉洋さんが出ていた北海道の深夜の番組があります。とても人気で、話題になっていたのですが、朝型人間の私は、たった一回しか!見たことがないです。
 私が見たときは、二人が外国を旅していたのですが、車の中で、大泉洋さんが好き勝手なことをしゃべっていて、面白い!、と思ったのです。
 機会があったら、見たかったのですが、放送時間が遅くて、一回しか見たことないです。
 その『水曜どうでしょう』で、使われていた「1/6夢旅人」という曲を、樋口了一さんが歌っていたということを教えてもらったのですが、ほとんどわかりません・・・。北海道民なのに・・・。
 樋口了一さんは、他にも、石川さゆりさんや、郷ひろみさん、SMAP、関ジャニ、鈴木雅之さん、沢田研二さんなどに、詞や曲を提供している熊本出身在住のシンガー・ソングライターの方だそうです。

 先日(11月25日)、「手紙〜親愛なる子どもたちへ」という詞を、夫の病気の患者と家族の会(のぞみの会)のメーリングリストで、愛知のG様からの投稿で知り、このブログを見てくれている人たちにも知って欲しくて、転載させていただきました。
 その際、訂正削除等あればと思い、樋口了一さんのWebサイトに連絡したところ、スタッフの方から、三カ所の訂正を伝えられ、あと、12月8日に小樽でライブがあるので、ぜひ、いらしてくださいとのことでした。
 その後、『水曜どうでしょう』で使われていた曲を歌っていた人でもあり、現在、パーキンソン病にかかっているということを教えてくれたのは、私のブログを見た小樽在住の勤労ちゃん。
 その勤労ちゃんと、二人でコンサートに行くことになりました。

 当日はあいにくの雪。朝、リュウの朝食の手助けに病院に行きました。
 その後、お昼ごろ、勤労ちゃんと小樽築港駅で待ち合わせて、ふたりで樋口さんに渡すお花を買いました。それから、コンサートを行くことを、のぞみの会のみなさんに伝えたら、応援してきてと熱い(?)メッセージをいただきましたので、その気持ちも伝えたくて、花束と一緒に、「家族の会の人たちも応援している」と、私は、お手紙も用意しました。

 12月8日の小樽のライブのちょっと前に、のぞみの会で樋口了一さんのことを知り、私のブログでもお知らせし、それがきっかけで、勤労ちゃんと、小樽のウィングベイのヲタル座のイスに、コンサートを始まるのを待って、ふたり並んで座っているのは、自分自身、不思議な感じがしました。これは、偶然なのか、偶然じゃないのか。
 それから!、12月8日は、ジョン・レノンが亡くなった日で、この日にコンサートが開かれるのも、これも偶然なのかと、不思議でした。
 そして、私がほとんど知らない樋口了一さんは、コンサートの中で、ジョン・レノンの話題に触れないわけはなく、ジョン・レノンの曲をうたわないわけはない、と、コンサートが始まる前から、なぜか思っていました。

 コンサートが始まりました。最初は、私がコンサートに来るきっかけになったことを思いながら、聞いていたのですが、そのうち、樋口了一さんのうた声に、純粋に耳を傾けている私がいました。

(樋口さんは、音楽が大好きなんだ。自分自身が好きで聞いていた色々なアーティストの恵みをうけて、それを、樋口了一さんのからだを通して、私たちに伝えてくれている)

 音楽の持つ力・・・、気が付いたら、それを純粋に楽しんでいました。
 会場のほかの人も、同じでした。みんなが、それぞれ、樋口さんの音楽を楽しんでいました。
 樋口さんは、

「今日は、会場に座っている人も発言ありですから」

と言うと、勤労ちゃんも、たくさん発言していました。
 そして、

「次は、札幌ドームで!いや、紅白出場!」

など、会場から声があがっていました。紅白出場、いいかもしれませんね!

 コンサートの後半で、今年の5月に亡くなったお父さんのこと、自分のふたりの子どもたちのことに触れ、長い曲なので座ってうたいますと言って、「手紙〜親愛なるこどもたちへ」をうたってくれました。いい意味で、しんみりした気分になります。
 その後、「自分が前に作った曲に元気をもらうことがあります」と言って、「1/6の夢旅人」をうたってくれました。この曲は、本当に元気が出る曲だと思いました!携帯の着メロにしたいような曲です。

 最後の曲が終わり、樋口さんが「さよなら」と言って、舞台から消えるか消えないかのタイミングで、勤労ちゃんが「アンコール!アンコール!」とおおごえで言い、みんなも続くように、アンコールの合唱が。そうすると、樋口さんがふたたび登場しました。それと同時に、私が勤労ちゃんと用意した花束と、お手紙を渡し、握手をしてもらいました。

「今日は、ジョン・レノンが亡くなった日です」

と言って、「ハッピー クリスマス」をうたい出しました。樋口さんは、ジョンのパートをうたっていきます。オノ ヨーコのパートは、ピアノを演奏してくれていた酒井さんという北海道在住の女性の演奏家の方。ギターを担当していた方もコーラスに加わり、3人で「ハッピー クリスマス」を歌い上げました。
 「ハッピー クリスマス」ありがとうございました。
 
 私が印象に残った曲は、「手紙〜親愛なる子どもたちへ」、「1/6の夢旅人」、「札幌」、「のぞみ」です。「札幌」は、樋口了一さんが、北海道からたくさんの勇気をもらっているということで作った曲です。北海道民の私は嬉しいし、その歌詞の思いも伝わってきて、印象に残りました。
 あと、「のぞみ」という曲ですが、「手紙〜親愛なる子ども達へ」という曲の縁で、知り合った施設の理事長さん(←ここをクリック)のお子さんがダウン症という障害があり、「のぞみ」とはその子の名前であり、歌詞は、お父さんが書いたということを知り、その曲も印象的でした。


 
 パパは大きな傘を一つ ママは小さな傘をたくさん作ります
 君の人生に冷たい雨が かからないように
 
 のぞみ のぞみ 君は生まれてきた
 その胸にぼくらへのメッセージを抱いて
 のぞみ のぞみ 君の微笑みは 教えてくれる
 命の尊さ 命の美しさ 命のすばらしさを



 『了〜はじまりの風〜』という樋口了一さんの最新CDに入っている「のぞみ」という曲の一部抜粋(※)です。作詞:岡村幸彦/作曲:樋口了一/Strings 編曲:本田優一朗。
 


 12月9日の今日、リュウに、コンサートのこと話したら、

「・・・。おちこんでなかったかい?」

と質問してきたので、

「落ち込んでなかったよ!音楽って、不思議な力があるじゃない?みんなを元気にしてくれる。だから、落ち込んでなかったよ!うたっている人も、聞いている人も、音楽に、助けられてたから!音楽って、そういう力を持っているでしょう!」

と、私は言いました。
 それを聞いて、リュウは、コクリとうなずきました。私も音楽が好きなのですが、リュウも音楽が好きなのです。

 実際、コンサートでも樋口さんの口から、病気のことを伝えられましたが、前向きなこと、ポストマンライブとかして、病気と闘いたい、100歳まで歌いたいと、おっしゃっていました。
 みんなが、応援しています!
 
 本当に楽しいコンサートありがとうございました。
 すっかり、ファンになってしまいました。



 それから・・・、忘れてはいません。12月8日は、太平洋戦争がはじまった日でもあります。


    〜 平和を我等に Give Peace A Chance 〜
             by John Lennon





(※)後日「のぞみ」の全歌詞と作詞者の岡村幸彦さんの私へのメッセージを掲載しています。
「のぞみ」 作詞:岡村幸彦 作曲:樋口了一←2012年12月11日の私の日記です。




届いたひよこのお菓子と、さよならぎんさん - 2012.12.04 Tue

 11月28日、中国地方在住のしまなみ太郎さんから、旅先の九州から、バニラ家に、ひよこのお菓子が届きました!
 すごく大きい箱でびっくり!

(とても私ひとりでは、食べきれないっ!)

と思い、イブキワタル、そうして、病院にいるリュウ、それから、きんさんぎんさんにも、食べてもらおうと思いました。I夫妻は、いま、一時退院中です。
 でも、平日だと、あまり時間がなく、その週の土曜日か日曜日に、持って行こうと思いました。

 次の日が、土曜日という金曜日の夜、いつもの通りに、会社帰り病院に寄ると、車イスに座ったきんさんぎんさんが、夕食を待って、デイルームのテーブルに並んでいました。リュウは、テーブルではなく、三人がけのイスに座っています。よく見慣れた光景です。

「こんばんは〜」

と私が挨拶すると、きんさんが泣いていました。
 私は、びっくりして、

「どうしたの?」

と尋ねると、

「ぎんさんが、明日、いなくなるの。寂しくて泣いてるの」

と言いました。

「えっ!」

と私は言い、ぎんさんを見ると、ぎんさんも涙を流していました。

「ぎんさんは、明日、病院から施設に行くことになったの。寂しくて。私も一緒に行きたい・・・」

 そう、きんさんが言いました。突然のことで、私もショックを受けました。
 きんさんぎんさんは、リュウのいる2階の人気者です。二人のまわりには、いつも、笑いが起こりました。
 二人で、会話もしていて、仲良しでした。

「そ、そうなんだ〜〜〜」

 私は、思いもかけないことで、気持ちを整理するまで、時間がかかりました。


 次の日、私は、ぎんさんへお手紙を書き、そして、届いたひよこのお菓子を、手紙と一緒に、渡しました。

 リュウも含めて、ディルームで一緒に食べるはずだったひよこのお菓子・・・、ぎんさんへの別れのプレゼントになってしまったのです。
 他の患者さんのご家族の方や、看護師さん、リハビリの方が、別れのあいさつをしに、ぎんさんのところへ来ていました。
 ある看護師さんは、「患者さん同士が仲良くなるということを学ばせていただいた」と言っていました。

 ありがとう、いつも明るくて、楽しかったぎんさん。
 私を、「おにいさん」と呼んだぎんさん。
 きんさんのことを、「おじいさん」と、呼んでいたぎんさん。
 きんさんがナーバスな時に、励ましていたぎんさん。
 私にも生い立ちなど、たくさんはなしてくれたぎんさん。
 長い人生を送り、自分の考えをしっかり持っていたぎんさん。

 施設に行ってもお元気でいてください。
 
 しまなみ太郎さん、福岡名物(私は今まで、東京名物だと思っていた・・・?)のひよこのお菓子、たくさんたくさん、ありがとうございました。
 みんなで、おいしく、いただいています。








樋口了一コンサート「了~はじまりの風~in 小樽ヲタル座」 - 2012.12.04 Tue

樋口了一コンサート「了~はじまりの風~in 小樽ヲタル座」

日時:2012年12月8日(土)

会場:市民劇場ヲタル座(北海道小樽市)
ウイングベイ小樽3F 5番街 (JR小樽築港駅直結)

時間:開場 15:30 開演 16:00

チケット:前売¥3,800 当日¥4,300


勤労ちゃんと行くことになりました!
応援してきます。




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vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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