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2013-01

ミミズについて - 2013.01.29 Tue

 中学校の先生のけいちゃんが、先日私が書いた「生きているミミズは土が付いていなくて、死ぬと土が付着する」という部分に大変興味を示してくれ、理科の先生に聞いてくれたりしているそうです。
 雪が溶けたら、観察よろしくおねがいします。
 逆に、土が全身に付着して生きてうごめいているミミズがいたら、ご報告お願いします。
 
 私はやっぱり、ミミズのからだが湿っているので、何か液が出ていて、土が付かないようになっていると思うのです。

 2回にもわたり、メールありがとうございます。
 これだという文献が見つかり次第、また教えてください。




ワタル受験日 - 2013.01.28 Mon

 今日は、ワタルの養護学校高等部の受験日です。
 母も面接があります。
 うまくいきますように〜。





農園のミミズ #ワタル(小学校時代) - 2013.01.19 Sat

 2005年(平成17年)春。
 ワタル8歳(K小学校特別支援学級2年生)。

 今日はみんなで借りた市内の農園へ、私たち家族四人とみんなで行きます。
 お天気もいいし、将来イブキやワタルが、農作業の道に進むきっかけになるかもしれないと思うと、色んなことに興味を持って欲しいと、張り切って出かけました。
 今日は、今年初めての農作業で、うねに沿って、畑の土を掘り起こします。

 さあ、作業が始まりました。ワタルは、私の横にいて私の作業を見ています。リュウとイブキは、違ううねにいます。
 私がスコップで、土を思いっきりひっくり返すと、なんかキラキラするものが土に混じって、土と一緒に落ちました。
 地面を見ると、そのキラキラしたものの正体がわかりました。ミミズです。それも立派なミミズ。栄養たっぷりだったんですね。
 次の土を掘り起こしと、またキラキラしたミミズが。掘り起こした畑の表面をよ~く見ると、地面の中にいた何匹ものミミズが、慌てて逃げようとしています。
 また次の土を掘り起こそうとしたその時、私の横にいたワタルが突然しゃがみ、ミミズに手を伸ばしました。くねくねと動くミミズに興味を持ったようです。
 ワタルは、一匹のミミズを両方の手のひらの上にのせ、まるで初めて見るもののように、観察し始めました。ワタルのふたっつの目の真ん前、鼻にくっつきそうな位置に、くねくねと動く太ったミミズがいます。
 あっ!と思った瞬間、ミミズはワタルの小さな手の平から地面に落ちました。ミミズも逃げようと必死です。
 ワタルは、逃げたミミズを目で追い、また、捕まえました。
 そうして、また目の高さまで持って行きました。今度は、スルッと逃げ落ちるミミズを片手でキャッチし、また逃げ落ちるミミズを、また別の手でキャッチし始めました。まるで、スライムのおもちゃで遊ぶような感じです。

 私は・・・。気が気でありませんでした。ミミズが死んだらどうしようと思ったのです。そこで、ミミズとたわむれるのを、止めさせようかと思いました。でも・・・、何のためにここに来たのか・・・、自然に触れ、何でも興味を持って欲しく・・・、そう思うと、禁止するのは、今日来た意味がなくなると思いました。
 そして、

「ワタル!ミミズは生きているから、強くさわったら死んでしまうよ。だから、そ〜〜〜〜っとさわってあげてね」

と言いました。
 ワタルは、「うん」と言い、引きつづき、ミミズとたわむれました。

 今度は、ミミズが地面に落ちる間隔を引き延ばそうと、思いっきり高い位置へミミズを持ち上げました。頭の上よりずっと高い位置です。私は、ミミズがワタルの顔の上に落ちないかと はらはらしました。

 太陽が輝き、ミミズもその光に反射して、ピカピカ光っています。

 私は、しばらくしたら満足するだろうと、農作業を再開し、みんなと一緒に土を掘り起こし始めました。
 ワタルが戻ってきたら、ワタルにも掘り起こしてもらおう。

 すると、ちょっと経ってから、ワタルが私のところに来て、何かを必死に訴え始めました。

「ミミズが!ミミズが!」

「え!どうしたの?ワタル」

 私がそう言うと、私の目の前に、両手を突き出しました。

「土を取って欲しいの!」

 ワタルがそう言うので、手の中を見てみると、そこには、土まみれのミミズがいました。

「あれっ!どうして、土まみれなの?」

 さっきまでミミズは、ピカピカと光り、土なんか付いてなかったのです。

「土!取ってぇ〜〜!」

 必死に訴えるので、私も動揺し、ドラム缶にたまっている雨水で、洗おうかと考えました。

(でも、待って。このミミズ、死んでる・・・。ミミズって、生きているとからだの中からなにか得体の知れない油?液を出して、土が付かないようになっているんだ。でも死んだら、その液も出なくなって、土が付着するんだ。ワタルは、土を取って欲しいとは、土が取れたら、また、動き始めると思っているんだろうか?)

「ワタル。このミミズ、死んでいるよ。強くさわったからかな?ごめんなさいして、土に埋めてあげようね。ワタル、そうっと触らないと、死んでしまうよ」

 そう言い、ワタルに土の中にミミズを埋めてもらいました。
 その後はワタルに私の話しが伝わったようで、気持ちを新たにしたような感じで、また、別のミミズと遊び始めました。

 でも、私は気になって仕方がありませんでした。またミミズが死んだらどうしよう。でも、さっき、ワタルは何かを学んだはず。このまま、放っておいて、大丈夫。でも、気になる・・・。
 それから私は、ミミズが気持ち悪く、それと楽しそうにたわむれるワタルも、気持ち悪かったのです。

(でも今日は、自然に触れさせるために来たのだ・・・)

 そこで、私はある行動を起こしました。
 まず、ワタルをクルッと後ろ向きにし、ミミズとたわむれている様子を、私から見えないようにしました。
 その上、しゃがんでいるワタルを、そのまま少しずつ少しずつ押して行き、ずっと向こうまで移動したのです。
 結果、畑の隅っこで、こちらに背を向け、一人ぽつんとしゃがんでいるワタルがいたのでした。








I田さんのお見舞い #リュウ48 - 2013.01.14 Mon

 今日、I田さんからお電話あり、急遽、お見舞いに来てくれることになりました。
 I田さんとは、約15年ぶり?くらいです。
 I田さんに知らせてくれたのは、友人S田さん(友人Sさん改め)。
 I田さんは、

「何か持って行きたいのだけど、やっぱりケーキがいい?」

と電話で聞いてきてくれたので、

「いや、今は桜餅の季節なので、夫は桜餅が好きなので、それがいいです」

と答えました。

「わかりました」

と言ってくれ、六花亭の桜餅を買ってきてくれ、三人で、むかし話をしながら、いただきました。

 I田さんは、リュウの上司でもあり、私の上司?でもあった方です。

 私たちが結婚した後も何かとたくさんお世話になりました。

 Sさんから聞いて、飛んで?きてくれて、本当にありがとうございました。







嬉しいお電話 - 2013.01.14 Mon

 1月11日、嬉しい方からお電話がありました。
 リュウの大好きなディサービスの主催者のYさんからです。
 リュウの様子を心配してのことです。
 
 私は、突拍子もないことを考えていて、M病院からディサービスへ通うことはできないのかな?ということだったのですが、それはできないそうで、それならば、外泊の時等、ディサービスGに、寄らせていただきたいな〜と思っていました。
 そのこと、お電話があったので伝えてみると、歓迎しますとのことで、やった〜と思いました。
 
 次の日、リュウにも伝えると、嬉しそうに、コクンとうなづきました。

 今年のいつか、実現できると思います。




のぞみの会のリンク集に掲載されることになりました - 2013.01.14 Mon

 全国進行性核上性麻痺の患者・家族会(PSPのぞみの会)の御世話人の方から、昨年11月に連絡があり、ホームページのリンク集に、私のブログが掲載されることになりました。
 私も了承し、掲載されたのは11月ですが、何ていうか、笑う場面もあったりで、ふさわしいのかと様子をみていましたが、ずっとリンクが貼ってありますので、ここにお知らせします。
 のぞみの会のメーリングリストでも触れましたが、私は「笑いの療法士」も大変興味あります。
 そのことも頭に入れていただけたら、と思います。
 今後ともよろしくおねがいします。

 のぞみの会のアドレスは、次の通りです。
 http://www.pspjapan.org/pukiwiki/
 リンク集は、左下の方に、クリックする箇所があります。



レミニール後の変化修正しました。 - 2013.01.14 Mon

 認知症の薬がレミニールに変わってから私が気が付いた症状、

 ・呼吸が苦しいということがなくなった
 ・自分の意思とは関係がない動きがなくなった
 
に加え、

 ・座った状態で眠くなった時の、よだれがなくなった
 ・座った状態から、立ち上がった時のめまいがなくなった

を、先日アップした「呼吸が苦しい その1」に加筆しました。




転院の条件 その2 #リュウ47 - 2013.01.14 Mon

 S病院は、うちの徒歩圏内にあるあたまの専門の病院です。
 そのため、S病院に入院中は、私は毎日会社帰りに病院に行くことができました。
 リュウは、私が目の前に登場すると「おかえり」と言い、その瞬間自分はHOMEにいると思うようです。入院してみてわかった私に対するリュウの反応です。そのことを私は嬉しく思いました。
 それと同時に、毎日病院に行くことはリュウの体調を把握できるので、私も毎日様子を見に行きたいと思いました。
 そして、同じように毎日、配偶者や親御さん、そしてお子さんの様子を伺いに病院に通ってくるご家族がいるということも知りました。
 次のところでも会社帰り、毎日病院や施設に行きたいと思いました。



「病院って三ヶ月しか入院出来ないんだってね。その後は治ってなくても退院しなくちゃいけないんだって」

 そういう話しはよく耳にしましたが、それは病院の種類によるものだということは知りませんでした。
 三ヶ月しか入院できないというのは、急性期型病院のことのようです。S病院は、このタイプの病院で、通院時代はそんなことまったく考えたことがありませんでした。
 S病院には4月12日に入院したので、7月の初めには、退院という風になります。
 ほかに療養型病院というタイプの病院があり、ここは基本的に期限がなく入院できるそうです。

 でも、病院の名前にそのタイプが付いているわけでもなく、どこがどのタイプの病院かさっぱりわかりません。
 自宅、会社の近い所から、病院をピックアップし、ここは?ここは?という風に考えても、H先生に、

「そこはうちと同じ急性期医療の病院です。急性期から急性期に転院するということは、主治医がまったく変わるということを意味します。でも急性期から療養型に転院するのは、急性期の主治医は消えません。つながりが持てます」

というようなことを言われました。
 ソーシャルワーカーさんも教えてくれたのですが、療養型病院からまたS病院に入院したり、戻ったりと、そういうつながりを持てるのだそうです。
 それならばやはり、また三ヶ月後に退院しなくてはならなくて、H先生とのつながりも消えてしまう急性期型病院ではなく、S病院とも連携が取れる療養型病院がいいと思いました。

 病院ではなかったらどうか。介護保健施設ということになり、特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)、老人保健施設、介護療養型医療施設の3種類があるそうです。
 病院は医療保険、介護保険施設は介護保険の適用になります。進行性核上性麻痺は特定疾患で公費対象なので、費用の面からは、医療保険が使える療養型病院が家計に優しいと思いました。
 
 最終的に施設より、療養型病院にしようと決めました。

 今度は、どこの療養型病院がいいかということになったのですが、ソーシャルワーカーさんのお話しだと、

 1 S病院で出されていた薬のすべてが、薬の値段等から、出されない病院もある
 2 パット等、持ち込みができないところは、入院費が高い傾向にある
 3 S病院では、毎日3種類のリハビリを受けていたけれども、療養型病院だとリハビリはまったくない病院もあり、週一回あっても多い方である
 4 希望の病院のベッドが埋まっている場合、空き待ちのための転院をする場合もある

ということでした。

 1は、基幹となる薬だけでも、ぜったいに処方してくれる病院がいい
 2は、自分で薬局から買って、持って行きたい
 3は、リハビリがまったくない病院じゃない方がいい

と希望し、これで、会社と家から近い病院などあるのだろうかと、暗澹たる気持ちになりました。

 7月が近くなっていた6月のある日、ソーシャルワーカーさんから連絡があり、医療相談室に行ってみると、条件に合う病院があるということを教えられました。
 私の希望1も2も3もクリアしていて、その上、その病院は私の会社からうちまでの間にあったのです。そのことがわかったときは、本当に嬉しかったです。これでまた毎日、病院に行くことができます。

 その病院を探してくれ、向こうのソーシャルワーカーさんとコンタクトを取ってくれたS病院のソーシャルワーカーさん、ありがとうございました。

 その病院こそ、今現在いるM病院です。
 薬は、ぜんぶそのまま処方してくれました。
 リハビリは、週一回ではなく、もっと多くやってくれています。

 ここの病院は、もっと症状が進むと、入院できない可能性がありますが、とりあえずは、いつまでという期間で区切られることがなく入院できるようです。
 環境が変わると、慣れるまでに体調を崩すので、なるべく変わらない環境で過ごして欲しいです。

 わからないことだらけで、病院のシステム等勘違いして覚えていることとかもあるかもしれませんが、S病院からM病院へ、満床で待つということもなく、7月10日にスムーズに転院することができました。
 その時は安堵しました。
 ありがとうございました。




転院の条件 その1 #リュウ46 - 2013.01.14 Mon

 平成24年4月9日に自宅の外で転倒骨折し整形外科のA病院に入院手術となりました。骨折は右の股関節で、人工の骨頭を入れる手術となりました。
 整形外科のA病院の院長先生は、だいたい入院は一ヶ月くらいであり、今は人工の骨頭は進んでいて、元と同じまで歩けるようになると、リュウと私に説明してくれ、励ましてくれました。
 しかし、術後本人の精神的混乱もあり、私も強く希望し、10日の手術後すぐに主治医のいるS病院に転院することになりました。転院日は4月12日です。

 その日リュウは、A病院からS病院に救急車で運ばれました。リュウが救急車に乗るのは、この日が初めてです。私はS病院の救急車が運ばれてくる入り口で待っていました。13時に救急車が到着しました。リュウのほかに、付き添いでA病院の師長さんが乗っていました。
 師長さんは、手紙を持っていて、それをS病院の人に渡しました。そして、私に向かって、リュウではなく私への気遣いの言葉をかけてくれました。
 そのことも忘れられません。有り難うございました。

 その後リュウは、ストレッチャーで4階の個室に運ばれ、私は色々な手続きをしたり、看護師さんから入院の説明を受けた後、15時に4階の面談室で、リュウの主治医の神経内科医のH先生から、お話しを聞くことになりました。そのお部屋には、H先生と私とほかに4階の看護師長さんが同席していました。

 平成18年からずっと診ていただいている女医のH先生。リュウのからだのことはまず私が一番にわかっていて、二番目にわかっているのはH先生です。
 そのH先生が迷いもなく、淡々と話し始めました。

 「この転び方は、危険を危険と判断出来ない認知症状から来るものです。今後自宅に戻ってもまた転ぶでしょう。同じことの繰り返しです。なので、S病院の次は自宅ではなく、病院か施設になります。もうおうちには帰れません。当病院のソーシャルワーカーと相談し、次のところを検討しましょう」

と言いました。
 それを突然聞いて、私は頭が真っ白になりました。リュウの日常生活にまさかドクターストップがかかることがあるなんて、思ってもいなかったのです。
 4月9日の朝まで家族一緒に過ごしていた何気ないごくありふれた日常がもう永遠にない?その衝撃と言ったら、言葉で言い表せません。
 私はあまりのショックに頭が真っ白になり、そして後から後から涙が出てきました。

 家に帰ってからもショックから立ち直れなくて、色々な人に連絡をしました。

 「そんなこと言われたの・・・(絶句)」

 「そんなことないのでは?」

 「泣いている場合ではない」

 私は、リュウの病気の進行をリュウと一緒に体験していて、現在を生きるのに精一杯で、この先どうなっていくのかまではわかりませんでした。でも、H先生は神経内科医であり、色々な人の診察していて、病気に対する知識も経験もずっとずっと豊富です。それと、リュウの年齢、家族構成を加味しての判断でした。



(私たち家族にとっていい次のところ、ゆっくり考えよう)




ワタル熊よけの電気柵に触れる - 2013.01.06 Sun

 今日は、2003年(平成15年)8月9日!
 ワタル6歳、公立幼稚園の年長さん(特別枠)。
 リュウのお盆休みを利用して、夏休みに札幌市南区の定山渓自然の村に、家族四人で8月8日から一泊二日で、キャンプに来ました。
 このキャンプ場は、家からわりと近い方だし、コテージやちょっと変わったゲルの形をした既設テントもあるし、スタッフの方も親しみやすく、家族や友だち家族と、何回も利用しています。

 両日とも、あいにくのお天気で雨模様。
 リュウは、キャンプ場で借りたダッチオーブンで格闘中。
 イブキは、コテージの中で、ゲームボーイアドバンス。
 ワタルは!水が大好きなので、雨が降ると、たくさん水と遊べる!ので、ず〜〜〜っと、キャンプ場内を水を求めて遊んでいます。
 下の写真の一枚目、左の方の黄色いのがカッパを着たワタルです。川の中にいます。
 私は、危険がないようなら、好きなように思う存分遊ばせました。10分くらい経ったら、様子を確認し、何もなければ、放っておきます。
 その繰り返しのはずが、ふと顔を上げると、目の前に、男のスタッフの方に抱きかかえられたワタルが!ワタルは、ぶるぶると震えるような感じで、スタッフの方の胸に顔を埋めています。

「あれっ!どうしたのワタル!」

 私がびっくりして叫びました。するとスタッフの方が、

「こちらのお子さんですよね。ギャッと声がしたので、声の方に行ってみると、この子がいました。どうやら、熊よけの電気柵に触れたようです」

と言いましたが、私は、ただただびっくりして、顔面蒼白になりました。

「すみませんでした・・・」

 自信を持って把握しているはずが、把握しきれないのが、ワタル・・・。それも、キャンプ場に熊が入らないようにぐるっと張り巡らされている熊よけの柵に、触れるなんて・・・。


↑小川の水と対峙している黄色いカッパを着た写真左側のワタル。

↑キャンプ場を熊から守るための電気柵。
(いずれも、2003年8月9日撮影)




明けましておめでとうございます #リュウ45 - 2013.01.03 Thu

 リュウ、大晦日の午後三時にうちに到着し、二泊三日で、家族四人でずっと過ごしました。
 リュウの居場所ですが、居間に四カ所あります(下にイラストあり)。
 居間に置いた電動リクライニングベッドで眠ったり、起こしてテレビを見たりします。リクライニングベッドには、スライドテーブルを設置し、新聞を見たり、DVDプレーヤーを見たりします。
 ストーブの横にイスがあり、そこに座り、スライドテーブルを引き寄せ、そこでもDVDを見たり、お菓子を食べたりします。
 ソファに座ったり、横になり、テレビを見たりします。
 食卓テーブルでは、リュウ専用のイスに座り、ご飯を食べます。
 移動や立ったり座ったりは、手助けが必要です。

 思わぬ瞬間に転倒したらどうしようと、緊張しましたが、大丈夫でした。

 大晦日のすき焼きに始まり、元旦のお昼のお雑煮、夜のおでん、二日のお汁粉等、リュウと一緒に、たくさん食べました。
 ビールも飲みました。
 クリスマスの時と同じで、今回も私が積極的に手助けをして、たくさん、食べてもらいました。

 大晦日の日のことです。夕飯まで時間があり、リュウに新聞を見てもらいながら、「なにか見たいテレビ番組ある?」と聞いたら、

「・・・、モノマネ・・・とか、・・・みたい・・・」

と言っていました。
 先週待望のモノマネを見たはずですが、見たりないのかな?

 二日の日、ズボンをはく手助けをした時,つかまるところがないので、私がしゃがんだ状態で、「私の両肩につかまって!」と言ったら、リュウは、自転車のハンドルを握るように、私の両方の頬をつかみました。

「リュウ!それは、私のほっぺだよ!」

と叫びましたが、つかめるくらいの頬だと、その時、わかりました。

 二日の午後、また、新聞のクロスワードパズルを二人で解きました。
 解いた答えをハガキに書き、出しました。



 
 みなさん、今年もよろしくお願いします。
 年賀状に、「応援してる」とか「ブログ見てる」とか書いてくださっている方がいて、嬉しかったです。
 ブログですが、もちろん、どなたが読んでいるのかわからなくて、「あ、読んでくれているんだ」と年賀状で気が付きました。
 あと昨年「拍手」も押してくださった方、ありがとうございました。どなたが押してくださったのか、私の方ではわかりません。
 フェイスブックの「いいね」も同じで、どなたが押してくださったのか、わかりません。お友達登録している方が押してくださった時、「ニュースフィード」に掲載される時と、されない時があり、後者だとお友達登録していてもわかりません。
 いずれにしても、「拍手」「いいね」は嬉しくて、どなたかが読んでくださって、ボタンも押してくださったんだ〜と、励みになりました。
 夫の症状は、少しずつですが、進んでいます。でもみなさんに励まされ、励まされた私がまた夫を励まします。
 ワタルですが、現在中学三年生で、今月受験があります。志望校は、市内の養護学校です。合格したら、自宅からの通学になります。
 また様子伝えたいと思います。

 みなさまにとっても、よい一年でありますよう、お祈り申し上げます。




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vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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