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2013-04

サインの練習をする - 2013.04.24 Wed

5月のいつ載るかわからない私の新聞への投稿に向けて、サインの練習始めました!







新聞に私のエッセイが載ることになりました。 - 2013.04.23 Tue

 先日書いた「リュウが残してくれたパン」(4月16日アップ)ですが、書き直して北海道新聞の生活面の女性の投稿欄「いずみ」に投稿してみたら、昨日担当の方からお電話あり、5月に載ることになりました。何日かはわかりませんが、毎朝新聞開くの楽しみにします。私の報告に、リュウもキョトンとしていました。
 掲載されたら、またお知らせします。






ライト イット アップ ブルー イン ジャパン in 2013 開催されました。 - 2013.04.21 Sun

 毎年4月2日は国連が定める「世界自閉症啓発デー」。日本自閉症協会と厚生労働省が啓発のための取り組みを展開する中、NPO法人あっとオーティズム(←クリック)内に実行委員会事務局が設置された「ライト イット アップ ブルーで日本が、世界がつながる!」というイベントが、インターネットのフェイスブックを中心に、開催されまし た。日本自閉症協会(私も末端会員です)もこの活動に参加しています。

 4月2日の日没と共に、日本全国の協力してくださった建物がブルーに点灯します。イベント参加者は、それらを写真に写して、フェイスブックの投稿先(Light It Up Blue Japan)(←クリック)に投稿したり、身近にある青い物を写して、投稿したりします。
 フェイスブックでは、自分が投稿すると、フェイスブック上のお友だちがその投稿を目にすることになります。そうして、自発的に参加した人が、4月2日に、いっせいにフェイスブックで自閉症のイベントを啓発しました。
 それは、日本だけではなく、世界中で、4月2日の日没から開催されました。
 日本では、24県49カ所、世界では、90カ国7000カ所もの建物等がこの日ブルーにライトアップされました。
 そのイベントで次々目にするブルーの写真は、圧巻です。
 私はフェイスブックに去年登録して、去年の4月2日にお友だちを通じてそのイベントを知りました。
「今年は、あなたも参加しない?」とお友だちが誘ってくれました。そして、ライトアップ協力企業のびっくりドンキーひばりヶ丘店がうちから近いので、その写真を写し、投稿しました。イブキとワタルとびっくりドンキーで、ハンバーグも食べてきました。
 そうして、全国各地でブルーにライトアップされた施設、みんなが写してフェイスブックにアップした写真を紹介します。


一番上左から、堀口クリニック(北海道釧路市)札幌時計台(北海道)びっくりドンキー札幌ひばりヶ丘店(北海道)
真ん中左から、東京タワー(東京都)東京スカイツリー(東京都)六本木ヒルズ森タワー(東京都)
一番下左から、アサヒビール本社(東京都)横浜マリンタワー(神奈川県)千葉ポートタワー(千葉県)

一番上左から、水戸芸術館シンボルタワー(茨城県)富士急ハイランド観覧車(山梨県)世界遺産・五箇山菅沼集落(富山県)
真ん中左から、富山城(富山県)ツインアーチ138(愛知県)通天閣(大阪府)
一番下左から、神戸ポートタワー(神戸港)(兵庫県)兵庫大仏・能福寺(兵庫県)明石海峡大橋(兵庫県)

一番上左から、神戸メリケンパークオリエンタルホテル(神戸港)(兵庫県)ホテルオークラ神戸(神戸港)(兵庫県)神戸ハーバーランドモザイク大観覧車(神戸港)(兵庫県)
真ん中左から、しあわせの村(兵庫県)ファンタジー号(神戸港)(兵庫県)芦屋市役所市庁舎(兵庫県)
一番下左から、神戸市いかり山(兵庫県)本願寺神戸別院(兵庫県)広島城天守閣(広島県)

一番上左から、海峡ゆめタワー(山口県)石炭記念館(山口県)高杉晋作像(山口県)
真ん中左から、両国橋西公園野外ステージ(徳島県)別府タワー(大分県)坂本龍馬像(高知県)
一番下左からシカゴ(アメリカ)シンガポール、シンガポール→いずれも番外編

 以上は、イベント直前の3月30日に実行委員会から発表されたライトアップ参加施設で、今回のイベント投稿先のフェイスブックのページで私がピックアップした写真です。青く輝いていた写真、全部載せたつもりが、見逃しているものもあるかもしれません。その時は、ごめんなさい。あと、開催日以降に、新しくリストに載ったものも把握しきれず、入っていません。すみません。

 みなさん、兵庫県がたくさんあるの気づきましたか?そうです。日本では、2011年に兵庫県の有志の方からスタートしたそうです。2011年は、兵庫大仏能福寺、神戸ポートタワー、神戸メリケンパークオリエンタルホテルがブルーにともしてくれたそうです。東日本大震災の直後に、同じ大震災を経験した神戸の方たちが、行動を起こしてくれました。
 そうですね、落ち着きがなくて、あまりまわりのことを考えられなく比較的大きな声を出したりするワタルと私たちが、体育館等の避難所に、何日も過ごせる自信はないです。

 来年以降も順調に啓発が続きますことを。

 自閉症に関しては、お友だちが更新している北海道自閉症協会札幌分会札幌ポプラ会(←クリック)をぜひご覧ください。

※写真見つからず上記に載せていなく、3月30日のリストに入っている施設。NEXT21(新潟県)渋谷ヒカリエ(東京都)SHIPS渋谷店原宿店(東京都)八景島シーパラダイス(神奈川県)エスパルスドリームプラザ観覧車「ドリームスカイ」(静岡県)錦帯橋(山口県)国分パークプラザ(鹿児島県)国分城山展望台(鹿児島県)鹿児島中央駅観覧車「アミュラン」(鹿児島県)。見つけられなくて、ごめんなさい。



リュウが残してくれたパン #リュウ57 - 2013.04.16 Tue

 昨日、いつものように会社帰り夕飯のお手伝いに病院に寄りました。

 リュウのスプーンだとかコップが入った食事セットのカゴの中に、個包装のバターロールが入っていました。私は、(あ!リュウが朝食のパン、食べ残したんだ!)と思い、お腹が空いていたので、「リュウ、このパンもらうね!」と言って、ムシャムシャ食べはじめました。
 するとリュウが、

「ノコシテオイタンダ・・・」

と言うので、(え!私のために?)と涙が出そうになりました。

「ありがとうリュウ美味しい・・・」

 そう言って、ひきつづき食べました。


 今日、食事セットの中にまた個包装のパンが・・・。

「このパン食べていい?」

 そう言って、また今日もムシャムシャ食べ始めました。すると、看護師さんが来て、

「奥さんのために、朝食のパン、残しておくんだよね」

と言いました。

「私のために?」

「うん、私には?と言っても首を横に振って、奥さんにだって」

 私は、また涙が出そうになり、

「私に残さないで、リュウが全部食べてくれた方が私は嬉しいのに・・・、でも、せっかくだからもらうね・・・」

「うん、食べてあげて。その方が喜ぶから」

 そう看護師さんは言いました。

 いつだったか、リュウが食べ残したパンを私が、もらうねと言って、ムシャムシャ食べたのが、リュウの強烈な印象に残っていたのでしょうか?
 
 
 リュウの食事が終わり、「たまにしょっぱいもの、かっぱえびせん食べよう」と言って、お皿にかっぱえびせんを出して、リュウに食べてもらいました。親指と人差し指でつまんで食べていました。。
 すると違う看護師さんが来て、

「かっぱえびせんパーティー?」

と言うと、リュウが笑顔になりました。その看護師さんが、

「最近、リュウさん、調子いいですね!」

と言ってくれました。

「ありがとうございます」

と私もニコニコして言いました。




入院して一年が経ちました。その4 #リュウ56 - 2013.04.13 Sat

 さて、私が「手を打つ」と考えて浮かび上がってくるのが、河野先生が一貫して多くの人に効果が認められると薦めている栄養補助食品(フェルラ酸とガーデンアンゼリカ含有サプリメント)です。最初は、一人のお医者さんがそういうものを薦めるなんておかしいと考えていました。裏で何かあるのではないだろうか?と思いました。ですから、本気で試してみたいと今ここで思うまで、その食品を知ってから5年も経つのです。その間ずっと、定期的に河野先生のブログを見ていました。そして、進行性核上性麻痺の改善例とかを見て、試してみたいという気持ちも徐々に強くなってきたのです。ここにその進行性核上性麻痺の改善例のブログを紹介します。

介護通信2012年1月12日←クリックしてください。
介護通信2013年2月25日←クリッックしてください。

 私は、本人も自覚し始め言葉に発し、私もなかなか調子を取り戻さないことから、ついに、インターネットで、栄養補助食品を申し込みました。栄養補助食品なので、薬と飲んでも問題はありませんと説明書に書いてありました。リュウにも「リュウもお会いした河野先生がお薦めするサプリメントだよ」と言い、2月25日、夕食後一日一包飲みました。次の日すぐに、会話がスムーズになったと思いました。そして、2月28日の連絡ノートに、「会話の発音、呂律が全然違い、よかったです」と看護師さんが気付いたことを記入してくれていました。そのノートを見て、効くかもしれないから病院にお知らせしようと思いました。その後も、表情、手の動き、発語、発音、飲み込み、姿勢の保持、歩行等改善が見られました。でも、やはり波があり、調子の悪い日もありますが、あの「何とか手を打たないと」という状態からは、今は,脱していると思います。

 入院してちょうと一年の4月9日のリュウの様子を書きます。

 15時19分に私の携帯電話に「佐藤リュウ」の着信の表示が。私の携帯は仕事でロッカーに置いてあるので、当然出れません。会社帰り、病院に寄ると、リュウがもうディスペースに座っていました。
 私が「ただいま〜」と言うと、リュウが私を見て「おかえり」と言いました。この挨拶はもうずっと変わりません。そして、「電話くれた?」と言うと、「うん、なかなか出ない」と少し怒っていました。「仕事中だったから。どうしたの?」「ケガ。ワタルのケガ」「ワタルのケガが心配で電話くれたの?」「うん」携帯電話は、いつでも私に鳴らせるようにナースコールにぶら下げていますが、M病院で鳴らしてくれたのはたぶん初めてです。S病院でも鳴らしてくれたことはありましたが、聞いても鳴らしたことは忘れているようでした。自分でボタンを押し、耳に当て、コール音を聞いて、出ないと思い、その思いを私に伝えてくれたのは、入院以来は初めてのことです。そして、「ワタルのケガ」とは、前々日の夜ワタルが夕食にサンマを食べ、サンマの骨が喉に刺さり、ゲェーゲェーと吐き出そうと苦しんでいたことを次の日リュウに話したのです。幸い、翌朝には、喉は痛くないとのことでしたが、私は少々心配していました。それを9日に心配して、私の携帯に電話したのでした。私は、ワタルのことを心配してくれるリュウが、とても嬉しかったです。

「ワタルの喉の骨、もう大丈夫だよ、さ、何か飲み物飲んで」

と、ディスペースに座っているリュウに冷蔵庫から飲みたい紙パックのコーヒー飲料とかを渡して、ストローで飲んでもらいます。それから、ゆっくり一時間くらいかけてスプーンで食事をとり、食べ終えると一緒に歩いて給湯室へ行き、私がコップとかを洗ったものをリュウに拭いてもらいます。スプーンで口に運べる日もあれば、運べない日もあります。この日はほぼ自力で食べれました。むせたりとかもありませんでした。それから、トイレに寄りました。そこでがっしり掴んだのは、また私の腕・・・。「リュウ、それは手すりじゃないよ!私の腕だよ!」と言うと、すぐにはなしてくれ、本物の手すりに持ち替えました。それから、洗面所により、歯磨きします。うまく磨けませんが、ある程度磨いて、ある程度うがいもします。それが終わったら、ベッドに横になり、テレビを見たり、ラジオを聞いたりします。その後、食事の量やトイレの回数、水分量も含めて私が今日の様子をノートに書き込みます。何かあれば、看護師さんも書いてくれます。
 それから、「じゃあ明日ね」と言ってわかれます。「いってきます」という時もあります。
 
 私もまわりのみなさんと相談しながら、今後もリュウを見守っていきたいと思います。
 もしも、栄養補助食品(フェルラ酸とガーデンアンゼリカ含有サプリメント)に興味を持たれた方がいましたら、セカンドオピニオンの意味も含め、名古屋の河野先生か、河野先生のホームページ(←クリックして下さい)のコウノメソッドの実践医(河野先生のホームページに掲載されています)にかかることをお勧めします。




入院して一年が経ちました。その3 #リュウ55 - 2013.04.13 Sat

 平成19年の冬、寒くなってきたので、リュウが毎年着ているダウンジャケットを持ってきて、「寒いからでかけるときは今日からダウンだね」と言ってリュウに渡すと、リュウが左右のファスナーを組み合わせないで、下げたり降ろしたりしていて、閉め方を忘れてしまっていたようでした。そのダウンは、ファスナーが二個付いていて、上からも下からも開けられる仕組みになっていました。右に二個、左側に二個ファスナーの部品が付いていて、その四つの部品を組み合わせることなく、不思議そうに下から上、上から下にずらしていたのです。ですから、単純なファスナーではなかったのですが、毎年普通に閉めていたものです。その動作をずっと私の目の前でしていました。私は、びっくりしてファスナーが一つの普通のダウンをすぐに買ってくると、それは、閉められました。
 でも、パーキンソン症候群は、身体症状だけだと思っていたので、すぐに、受診しました。すると、CTを撮ってくれ、「認知症状を伴うこともありますが、画像に変化はないので、なんともありません」と言われ、ホッとしました。
 でも、家に帰って冷静に考えてみると、「何ともないと言われたけど、家族がおかしいと気が付いて、本当に何でもないのだろうか」と初めて、H医師に疑問を持ち、そして初めて、インターネットで調べました。それまでは、患者家族は病気に対する知識は必要なくすべてお医者さんにおまかせがいいと私は思っていました。
 そして、一人のお医者さんのブログに目がとまりました。
 名古屋フォレストクリニック院長で認知症専門の河野先生(当時共和病院勤務)です。
 そこに書かれていることを読むと、CT画像だけの診断への疑問や認知症に様々な種類があること、それに、当時一種類だけ認められていた認知症の薬アリセプトの認知症の種類によっての少量投与の重要性、それから河野先生が多くの人に効果が認められるという栄養補助食品のことが書かれていました。
 私は、知らないことがたくさんあると気付き、セカンドオピニオンを受けたいと、S病院の窓口に、「しばらく旅に出ます」と書き置きを残して、リュウととぼとぼと旅に出たのです。
 とぼとぼと最初どこに行ったかというと、札幌サンプラザです。それは、平成20年の夏のことでした。札幌サンプラザで、河野先生の講演会が開かれると聞いて、リュウと申し込んだのです。
 そして、事前に河野先生にメールして、講演会が終わったら、対面してくれることになりました。現在は河野先生へのメールでのコンタクトはできません。講演が終わり、河野先生にお会いし、河野先生が、「病気の種類によっては、認知症状を改善するアリセプトは少量投与が必要になり、それを実践しているのがコウノメソッドの実践医ですが、バニラさんの住む市の実践医を紹介しますから、そこに行ってみて下さい」と言って下さいました。
 そして次にとぼとぼとリュウと旅に出て行ったのが、紹介された実践医のX病院のX先生のところです。そこで認知症のテスト、脳の血流の検査、MIBG心筋シンチグラフィ検査を受けました。
 X先生の紹介で、さらにセカンドオピニオンとして、S医大に行き、そこでも認知症のテストを受けたりしました。
 そして、S医大の先生に、「さあ、旅は終わりました。X医師のお手紙、私のお手紙持たせますから、S病院に戻って下さい」と突然言われ、お手紙とともに、「ただいま帰りました〜」とS病院に帰ることになりました。
 河野先生、X先生、S医大の先生は、「レビー小体型認知症」と診断し、いずれもアリセプト少量投与開始との見解です。私もレビー小体型認知症だと思いました。でも、どの先生も口々に「診断が非常にむずかしい」と言っていました。
 旅を終えて考えたことは、「疑問質問はお医者さんにした方が不信感を持たなくなる。ある程度の病気と薬の知識は持っていた方がいい」ということです。
 旅から戻って、私は、連絡ノートを作り、H医師にわからないことを何でも書きました。H医師はひとつひとつ丁寧に対応してくれました。私はいい勉強をしました。
 そして、アリセプトは少量で正解でした。どれくらい少量かというと、アリセプトを砕いて、耳かきにのせるくらいでも多いのです。すぐに体がだるくなったり、調子が悪くなりました。でも、認知症状が進まないようにと私もなるべく薬を飲んで欲しいと工夫を続けました。毎日ではなくとか、もっと少量にするとかです。それらの変更は、すべてH医師に連絡ノートで伝えました。
 現在の「進行性核上性麻痺」という診断は、平成22年に主治医のH医師がしました。病気の初期のころは、画像に変化がありませんが、進んでくるとその病気の特徴が画像にあらわれてくるのです。私も納得しました。




入院して一年が経ちました。その2 #リュウ54 - 2013.04.13 Sat

 話しかけたり、手を振っても反応がない時が目立ってきて、前のような笑顔がなくなったと看護師さんが心配してくれ、2月6日に、先生とお話しすることになりました。

 他に、機嫌が悪くなり、看護師さんから薬を飲むのを拒否することもあるそうです。
 私も気になることろが。座る姿勢がやや保てなくて、右に傾いていったり、左に傾いていったり。日によっては話しかけても反応がとぼしく、無表情で一点を見つめたまま。私が、スプーンを口の前に持って行っても一点を見つめたまま、開かないことが。口に入れても入れたままで咀嚼することもしないことが。それだと、むせてしまいます。ストローも吸っても途中で止まったり。会話もいま一つ成立しにくい。
 起きているのだけど、半分眠っているような感じです。赤ちゃんとかが食事の最中で眠くなったら、咀嚼がおろそかになります。ストローも途中までしか吸えません。眠くなったら姿勢も傾いてきます。会話もちぐはぐです。起きていてもそういう状態が見られるようになり、そうなると、食事も水分も摂れる量も減ります。
 私は、クリスマス会、年越しと家で過ごした後だから、精神的に少し落ち込んでいるのだろうかと思いました。他の患者さんも、年越しを家で過ごすのを楽しみにしていて、病院に戻ると、元気がない感じがしました。
 それと、とても気になっていることがありました。それは、本当なら鼻からのくだが必要なのに、自分で抜いてしまったことです。水分の確保ができているのだろうか。もしかしたら、脱水症状ではないだろうか?脱水症状が進むと、あたまももうろうとしてきます。私はそれが心配で、リュウの腕の皮膚を押してみました。脱水なら、皮膚に弾力がなくなり、押してももどらなくなります。リュウの皮膚を押した後、自分のほおを比較で押してみました。私のほおは、ぱんぱんで弾力があり、リュウとは全然違い、ため息が出ました。
 先生からお話しがあると聞いて、私も脱水のこと聞きたかったので、聞こうと思いました。

 2月6日の会社帰りです。先生がナースステーションに私を呼び話し始めました。

「毎日リュウさんに接している看護師がこのごろリュウさんの調子がよくないと心配しています。これが入院してからの体重の変化、月一回している血液検査の結果ですが、ここにはそれほど異常は見られません。奥さんは、水分が摂れているか気にされているようですが、腎臓の数値、異常は見られません」

そこまで聞いて、安心しました。もしも脱水症状だったら、またすぐにでも、鼻からのくだか、胃ろうを検討しなくてはなりません。今日はそのお話しかと思っていたのです。

「脱水症状ではないんですね!よかった!」

 私はそう言いました。

「はい。そうですが、もしも奥さんも最近のリュウさんのこと心配しておられるようなら、看護師も提案しているように、薬の再調整も合わせて、S病院のH医師に一度受診してみてはどうでしょうか?お手紙は私から書きます」

 それを聞いて、言いました。

「夫は、一日の中でも日によっても週によっても季節によっても、調子が悪くなります。でも、入院中は、決まった時間に起き、決まった時間にご飯を食べ、決まった時間に薬も飲み、環境が整えられ、調子が悪くなる変動がそれほどありませんでした。看護なさっている方にとても感謝しています。でも家では、そこまで持って行けなくて、調子が悪くなることは、入院中よりあったと思います。今回調子悪いですが、私は今までも経験していました。秋から調子を落として、寒い冬も調子が落ち気味でした。もう少しこのまま様子を見させて下さい」

「奥さんのお気持ちを聞けて安心しました。奥さんと今日お話し出来てよかったです」

「私も脱水ではないとわかり、先生とお話し出来てよかったです。ありがとうございました」

 そう言いました。それから、また、様子をみる日々が始まりました。
 私の経験から、少しずつ調子も戻して行くのかと思っていたのですが、なかなか戻りません。
 本人の口から、「体のバランスが悪い。病気が進んでいる」と聞いた時はさすがに、ついに、私も行動を起こさなくてはならないと思いました。

 S病院を受診するか、私たちにはもう一つ試してみたいことがありました。それは、リュウの認知症状が出始めたときから知っていた栄養補助食品を飲んでみるか、です。リュウは最初身体症状だけだったのですが、途中から認知症状も出始めました。身体症状は平成17年頃からで、認知症状は平成19年の冬からです。



養護学校高等部の入学式終わりました - 2013.04.12 Fri

 4月11日の今日、市内の養護学校高等部の入学式が終わりました。

 ワタルは、「ジョシ」ではなく、女子のセーラー服に興味あったようですが、ワタルが入る学校は、制服がありませんでした。そのため、入学式のワタルのスーツを事前に買いに行きました。店員さんが言いました。

「お子様のスーツ、すそのお直しが出来上がるのが、4月4日の土曜日でございますが」

その口調は、すそのお直しの日数を考えていないママがいる、という風にも聞こえたので、私は、

「ええ、大丈夫です」

と余裕で答えました。イブキの時、間に合わなくて慌てた経験があったので、私も学習し、その計算もした上で、買いに行ったのです。

 さあ今日は入学式です。ワタルの目の前に、先日購入したスーツを持って行き、中学校の制服と同じように着て、と言いました。ワタルが着始め、私も途中まで確認し、大丈夫だ、と思い、私の身支度を始めました。

 ワタルと私、二人とも身支度が終わり、いざ、入学式へ!
 到着すると、玄関にクラス分けが貼ってありました。ワタルの名前があった!受け付けをし、ワタルのクラスに入って行きました。
 机にワタルの名前が貼ってありました。自分の居場所がちゃんとあると嬉しいです。ワタルはそこに座りました。私がキョロキョロ見渡すと、物置き場にもワタルの名前が。ワタルに言って、そこにリュックをかけてもらいました。またキョロキョロすると、ワタルの名前があるジャンパー掛けが。自分の存在を受け入れてくれる名前が、またちゃんと貼ってあり、嬉しい!そう思い、また、ワタルに言い、ジャンパーを脱いでかけてもらいました。

(が!あれ?)

 ジャンバー脱いだら、ワタルが白い???先日の養護学校の面接の一週間前、みずから眉毛をそり、その時もあれ?ワタルの顔の印象が、カラーから白黒になった?と感じたのですが、今回は、さらに真っ白い??

(あれ〜〜〜!ワタル、ジャンバーの下、ワイシャツにネクタイで、上着着てない!)

と、その時、気が付いたのです。

「あれ!ワタル、スーツの上着着てこなかったの?」

と、私はびっくりして言いましたが、ワタルも「え?」とただただびっくりした表情です。とっさに先生に、

「せっかくこの日のために買ったスーツの上着、取りに私だけ自宅に帰ります」

と言いましたが、今が初対面の先生は困惑した表情です。式の入場まであと20分くらいなのです。私は20分なら、全部信号が青なら車で走らせて間に合わないか?と思いましたが、かなり厳しい感じです。最悪は、式が始まり、ワタルが入場している最中に、到着した私が追っかけて上着を着せるシーンを想像しました。すると先生が、

「ちょっと待っていて下さい」

と言い、職員室に消えて行きました。そして、どなたかの先生の上着を手にしていて、

「これを着て下さい」

と私に言い、それを手にした私はワタルに着てもらいました。そうして、無事に式が終了したのです!そのまま記念写真を写しました。どなたかの先生の上着かっこ良かったです。担任の先生、そして貸して下さった先生、ありがとうございました。

 記念写真は、教室で写したのですが、子どもだけと思ったら、最初から親も入って下さいと言われ、みんな一緒の写真でした。子どもも親も先生も入り混じった入学式のクラスの記念写真は初めてで、和気あいあいとした雰囲気です。
 
 明日からスクールバスで通うのですが、その日いただいたプリントを見ると、ワタルが乗るバス停には、卒業した小学校のお友だちと、転校前の小学校のお友だちもリストに載っていて、毎日一緒にバスを待つことになることがわかりました。しばらくぶりに小学校時代のお友だちと再会です。これもまた嬉しいです。

 帰りは、明日から着る私服を服屋さんに買いに行きました。
 買った後、ワタルの目に入ったペットショップに行きたいと言い出したので、「少しなら」と行って、動物を見に行きました。
 柵の中で寝ているネコの毛が柵の外にはみ出していて、私がそっとなで、ワタルにもなでてごらんと言うと、おっかなびっくり、さわっていました。私が温かいでしょ?と言うと、ウンと言っていました。
 犬とか猫とか飼いたい気持ちはあるのですが、その余裕もなく飼ったことがないので、ワタルは、ペットと生活した経験がありません。それは私も少々残念に思っています。
 「鳥は?」とワタルが探しに行きました。他にも「ウサギだ」と言い、色んな小動物に興味を持って覗いていました。「この前うちにいた虫はいないの?」と聞いてきたのですが、その時はわかりませんでしたが、キリギリスのことを言っていたのかな?私は、ゲジゲジのことかと思い、「虫はいないよ」と答えました。

 ペットショップの帰りの車の中で、ワタルが急に、

「ネコぐるまにはネコを乗せるの?」

と聞いてきたので、

「ネコぐるまとは、畑の作業とかで、土を乗せたりするもので、ネコを乗せることはありません。ネコをたくさん乗せて、どこかに運ぶとかはありません」

と答えました。
 帰宅し、着替えも終わると、何やらワタルが、ゲラゲラ笑いながらiPadを手にして私のところに持ってきました。そして見ると、何と、ネコぐるまに何匹もネコが乗っている写真が。私も吹き出してしまいました。ネコぐるまで画像検索してワタルがその写真を見つけたのです。
 可笑しくて可笑しくて、二人でしばらくゲラゲラ笑っていました。

 明日から新しい学校生活がスタートします。リュウからも「がんばって」とメッセージもらいました。

 ワタル、環境が変わって最初は慣れないと思うけど、がんばって!






入院して一年が経ちました。その1 #リュウ53 - 2013.04.10 Wed

 リュウが自宅の外で転倒して右の股関節を骨折して、入院したのが、去年の4月9日でしたので、昨日で一年経ちました。

 翌日、右の股関節を人工の股関節にする手術が行なわれました。
 その時につなげた鼻からのくだが、そののちもなかなか取れません。
 4月12日に、神経内科の主治医のいる急性期型病院のS病院へ。いつなったのか、肺炎にもなっていました。それは、落ち着きました。
 最初リハビリは、ベッド上で、足を伸ばしたり、曲げたり。それから、少しずつ歩く訓練が始まりました。
 おしっこのくだが取れたのが、5月の末です。
 6月に入り、おもゆの食事がお昼に一回出されるようになりました。それまでは、鼻からのくだでの栄養摂取です。三食の食事(刻み食)になったのが、市内の最大のお祭りの日の特別食の日の6月15日です(#リュウ6)。
 6月23日、初めて病院の外へ。院外散歩です(#リュウ7)。

 7月12日に、S病院から療養型病院のM病院へ(#リュウ12、#リュウ13、#リュウ46、#リュウ47)。
 鼻からのくだはしたままの転院となりました。その鼻からのくだは、水分補給のためだけのものです。一日の水分がなかなか進まないので、一日の必要量摂取出来ないと、毎食後に水分補給していました。
 転院の時、S病院の主治医のH先生に、「胃ろう」を勧められました。先生のお話しの中に、「私の家族だったらこうする」という台詞を聞き、私も納得しました。
 転院後のM病院の主治医M先生にも、「胃ろう」を勧められ、私も納得し、リュウに先生から説明してもらいました。すると、本人がうんと言わないため、そのまま鼻からのくだを入れたままになっていました。
 8月のお盆のお墓参りの時に、初めての院外外出をしました(#リュウ25)。その日の朝、一日だけ鼻からのくだを取るはずが、その前々日、本人も無意識のうちに、夜自分で取ってしまったのです。それからは、M先生に、一日800cc水分摂取できたらそのままでいいと言われ、その日から今現在も鼻からのくだはしていません。
 結局、胃ろうもしていません。
 水分摂取はなんでもいいと言われ、ストローで飲む紙パックのコーヒーだとか用意しています。それから、水分摂取がすすまないとき用に、ドリンクゼリーも用意しています。

 私が壁に当たっていると思った時は、去年のお盆休みのリュウの朝の様子を見た時に、薬の量が合ってないと感じた時と(#リュウ42、#リュウ43)、初めての外泊(#リュウ40)、わが家での年越し(#リュウ44)をした後の、今年に入ってからです。どんどん調子が落ちてきて、まわりの看護師さんも心配になるほどで、主治医のM先生に呼ばれ、2月6日に私と話しをした時です。
 時間が来てしまったので、続きは、帰宅してから書きます。




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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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▶リュウのケアマネージャーKさんとS看護師さんをはじめ訪問看護のみなさん、リュウのデイサービスGのYさんとスタッフの方々
▶癌で闘っている同級生P君とG先生と仲間たち
▶ADHDのお子さんのママでありご自身が癌で闘っている同級生のKちゃん
▶奥さんがリュウと同病である短大のK先生とゼミのみんな
▶ワタルの幼稚園時代の先生方、小学校時代の先生方、中学校時代の先生方、児童会館の館長Iさんと職員の方々、訪問介護ステーションMのKさんとスタッフの方々、ヘルパーTさん、児童デイサービスHのスタッフのみなさん、ケアサービスステーションKのMさん、NPO法人WのMさん、児童ディサービスSのYさん
▶特別支援学級のママたち
▶私のたくさんの友人
▶進行性核上性麻痺の患者・家族の会のPSPのぞみの会のみなさん

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