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2014-10

「それがわしの名か?」 - 2014.10.31 Fri

 ディスペースでの食事のメンバーは移り変わりがあります。
 Kさん(仮名)は一ヶ月くらい一緒でもう退院されました。
 Kさんとのエピソードです。

 今月のある日、夕食時いつものように私がディスペースに行くと、その時のメンバーがもう座っていました。4人くらいです。
 食事が始まりましたが、オレンジのいつものお手拭きが見当たりません。私がそのことに気がついた瞬間、

「あれっ、オレンジのお手拭きがない」

と小さくもない声を出しました。まわりをキョロキョロすると、他の人には配られいてリュウにだけありませんでした。すぐにもらいに行こうと私が立ち上がると、隣りにの方にいたKさんが、

「わしのをどうぞ」

とオレンジのお手拭きを差し出してくれました。そういうわけにはいかず、

「いえいえそれはKさんのですのでお使いください。いま、もらってきますから」

と私は言い、何歩か歩き出した時また、

「いえいえ、私はいつもこのお手拭きは使っていませんので、どうぞお使いください」

と困っていた私の気持ちに入り込むようにKさんが。私はKさんと目と目を合わせ、そこまでおっしゃるのならと、そのお言葉に甘えさせてもらおうと思い、

「そうですか、それでは有り難く使わせていただきます、ありがとうございます」

と私が言い、使わせていただくことにしました。

 Kさんは何歳くらいでしょうか、80歳前後と思われる男性の方で、リュウよりも表情も良いように見え、もちろん姿勢もいいし、私にはどこが悪いのかわかりません。

 リュウの食事が始まり、しばらくして何かの拍子に私が立ち上がり、Kさんの視界に入ったと思われる時のことです。Kさんが私に向かって言った台詞に、私は凍り付いてしまいました。

「わしの目の前のコップになんて書いてある?」

と言うので、

「え?◯◯ ◯◯さんって書いてありますけど」

と私が不思議そうに言うと(自分の持ち物には名前が書いてあります)、

「それがわしの名か」

と言いました。それも悲壮感は感じらず、あっけらかんとした感じです。まるで、初めて見る物の名前を聞いている風です。例えば、「緑のトウモロコシ」があったとします。これは見たことがないので、「これは何?なんて言う名前?」とまわりの人に聞いている感じなのです。その質問に悲壮感もなにもないのがわかると思います。

 私はショックを受けてしまいました。実はこのようなショックは、M病院の前のS病院の時から少なからずあったことです。

 リュウとはまたちがう認知症で、認知症にもいろいろあるんだ。

 そして心配なことが。
 もしもKさんが、街に出て迷子になり、まわりの人に名前を聞かれても答えられないでしょう。


 Kさん、オレンジのお手拭き、ありがとうございました。助かりましたよ。これからもKさんらしさを失わず、お元気でお過ごしください。





紅葉の季節も過ぎました。 - 2014.10.28 Tue

 雪が溶け、やっとお花の季節になったと思ったらあっという間に秋になり、木の葉も紅葉に。
 その紅葉もほぼ終わりを告げています。写真は会社の裏庭のまだ頑張って木に残っている葉っぱたちです。

 白一色の厳しい冬が来る前に、最後に鮮やかな色彩を目に残してくれました。









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ウケミデコロンダ - 2014.10.28 Tue

 リュウが朝食時ディスペースで転倒したという時に近くにいた看護師さんも、先日私のところに来て、説明してくれました。ありがとうございます。

「最初は自分で食べられるところまで食べるでしょ?その時もそうだったんですけど、何かこう急にからだが左に倒れて、そのまま床に転倒、でもゴロンと回転したんです。その時、オフになったという感じでした」

「そうですか、ありがとうございました」

 その後リュウに、転んだ時回転したの?と聞くと、

「・・・ウケミデ・・コロンダ・・・」

と言っていました。

 ほ、ほ、本当の本当???
 

↑パンありがと〜。



進行性核上性麻痺の夫佐藤リュウとグルタチオン点滴療法。その4 - 2014.10.26 Sun

 河野先生のブログにパーキンソン症状の改善としてグルタチオン点滴療法の話題が登場したのが今年の「介護通信2014年1月20日号」でした。
 そこで埼玉県所沢市の「ざまクリニック所沢」院長の座間清先生が河野先生にグルタチオン点滴療法の話題を。
 その後河野先生は効果がある人にはあると、あれよあれよという間にコウノメソッドに浸透。
 夫の病気進行性核上性麻痺に限りですが、河野先生のブログでグルタチオン点滴療法の効果が取り上げられた箇所を今年の1月から3月までをピックアップした私のブログ記事が、「河野先生のブログ(2014/1~3)から進行性核上性麻痺ピックアップでグルタチオン。 」です。
 
 「介護通信2014年1月20日号」で河野先生が「「グルタチオンの適応症例は、DLB、CBD、PSP、MSAでこれ以上パーキンソン病治療薬が増やせられない状況(幻覚、食欲低下)の場合、フェルガード類にも反応せず、歩行が悪化してきた場合と思います」と書かれています。

 夫も2014年の年明けからまた調子を落としていてまたMドクターに呼ばれ、S病院H医師の受診を勧められるという心配な状況だったので、この療法が受けられないかな?と思いました。でもグルタチオン点滴療法は自由診療ということだし、S病院で受けられるだろうか・・・。私は、受診の前にH医師に連絡してみると、グルタチオン点滴療法はS病院では難しいというお返事でした。私は、あぁ夫はこの療法を受けることは不可能に近いと思っていた時、4月から入院中のM病院にコウノメソッドの実践医が突然誕生したのです(何回も書きますが本当にビックリ)。

 M病院のコウノメソッドのT先生にさっそくグルタチオン点滴療法を受けたいと言うと、「混合診療になるのでM病院では受けられません。でも違う所で受けましょう」と言って下さり、4月19日に初めてグルタチオン800mg、二コリン500mgを点滴しました。一回目直後には効果は感じられないようでしたが、だいたい「介護通信1月20日号」に載っていた量と回数に近いものを治療してくださっています。

(以下「介護通信1月20日号」グルタチオン点滴の話題1
パーキンソン病に対するグルタチオンの点滴療法について(コウノメソッド実践医:座間清先生)より引用開始)

パーキンソン病の場合に、1回800mgから始めて徐々に増量、通常は1400-1600mgを点滴で投与します。この投与量は通常投与量の数倍になります。頻度は週に2~3回、約3ヶ月間行います。(注意:下記の症例群は600mgで効いているので600mgでよいと思う。河野)
病状の改善が認められれば、その後は維持プログラムとして週に1~2回のペースで治療します。1回の点滴時間は約30分です。パーキンソン病の進行防止の場合は維持プログラムから開始することができます。有効率は40~60%で、劇的に効果があるケースからまったく無効である場合もあります。

(引用ここまで)

 夫はグルタチオンを800mgからスタートし、1000mgを週三回、最高1200mgを週三回を約三ヶ月行った後、8月後半より週一回(3000mg)になり、今現在も週一回3000mgです。 

 前回のフェルガードのところで書きましたが、それまで飲んだことがないフェルガード(強)の量の二包にしたばかりで、レニミールもイクセロンパッチ(リバスタッチ)に変更、グルタチオン点滴に、シチコリン(二コリン)点滴も加わったためか、「理由もなく(多分本人は理由がある)歩く」ということが見受けられるようになり、その原因がよくわかりません。シチコリン(二コリン)は途中でストップになりました。フェルガードかな?と思い、私が夕食時飲んでもらっていた分(朝一包夜一包のうちの夜一包)を止めたことがあります(そのことは連絡ノートに記載)。しかし、その後もたまに歩くことがあり、それにだんだん元気がなくなってきたのでまた再開(連絡ノートに記載)。
 ところが先週の朝、ディスペースで転倒していたことがあり、また夜のみ中止しています。という風に病棟天秤法は続いています。

 次に私が感じた効果のことを書きます。点滴を続けているとフェルガードの時のように終わった後、顔がまだらに赤くなるようになってきました。やっぱり血行に効果があるのかな?と。波がありますが手の動きもよくなりました。

 2014年4月23日の私が知人に宛てたメール(抜粋)です。
 タイトルが「今日とてもいいです!」
 本文「土曜日一回目、効果が感じらせませんでしたが、月曜日水曜日と点滴してくれたら、今日いいです!リハビリもよかったそうです!」

 目もあまり見えない感じが見えるように、手の動きや歩行、嚥下や発語等で改善が見られたと思いました。それから座っている姿勢での体の傾きも少なくなりました。嬉しかったです。5月のゴールデンウィークに家族で美瑛のペンションに一泊を予定していて、それも無事に行けました。感謝。一泊旅行で一日目お昼に旭川のびっくりドンキーに寄り、オレンジジュースを頼んだのですが、そのコップはビールのジョッキ並みに重くて大きいものだったのですが、コップを片手で持ち、ストローも吸えていて驚きました。その後もペンションの夕食時もほとんどを自分で食べていて、これまた驚きました。翌朝はちょっと調子悪かったのですが、たくさん飲んで食べてお風呂も入れ、一家でじゅうぶん楽しめて本当によかったです。嬉しかったです。


↑重たいコップを片手で持ち、ストローで飲んでいます。手に力が入らないというのが初期症状だったのに。隣りに座っていた私はびっくりして二度見。


↑左手で茶碗を押さえ、右手でスプーンでご飯ぱくぱく。


↑ひとくち大のおかずもスプーンでぱくぱく。


↑夕食はほとんどが自分で完食。右手左手がよく動き、飲み込みも歩行もよかったです。よかったね。

 その後は、波もありますが良い時は良いし、調子悪い時は悪いですが、全体的にはグルタチオン点滴療法する前よりは良かったです。ただ、オンとオフが出現したような気もします。いいな〜と思っていると次の瞬間にあれっ動きがない、と思う時がごくたまにあります。あと、フェルガードの時もそうですが、飲み始めからグーッと効果が上がって行き、頂点に達した(?)後、徐々に下がってくる感じも受けています。今は一人でなかなか食べられないし、飲み込みをしない時も出て来たように思います。病気の根本となっているものはやっぱり変わらない?し、症状は進んでいるんだと思います。

 やはりいつも忘れてはいけないのが、今を大切に、ということですね。

 来月、夫の誕生日に家族温泉一泊予定しています。無事に行けるといいです。

 みなさんに本当に感謝しています。

 外国のパーキンソン病の患者さんのグルタチオン点滴療法の効果を示す動画が載っている鹿児島市「さくらクリニック」のグルタチオン点滴療法のページ。動画見てみて下さいね。びっくりしますよ。

 その「さくらクリニック」のホームページで、リンクが貼られている北九州の「かたやま脳外科内科クリニック」のグルタチオン点滴療法のページ。こちらは、かたやま脳外科内科クリニックでのグルタチオン点滴療法の効果の貴重な動画が載っています。パーキンソン病の女性の患者さんの治療前の症状と治療開始6週間後、それとなんと4年後の姿が。こちらもびっくり〜。

 それから、「かたやま脳外科内科クリニック」で「アミノ酸療法」と出て来ますが、これは患者家族の会で時々話題に出てくる療法です。
 


 7月11日にMさんからメールいただき、夫の発症の時からの治療の様子をその1からその4まで書けました。現在につながったので、ここで一区切りです。いつも読んで下さり、ありがとうございます。何か参考になるといいです。この病気は原因も治療法もわからないとされているので、私の情報に関わらず、この治療を受けてみたいなというのがありましたら、受けられるといいなぁと思います。

「夫、佐藤リュウの進行性核上性麻痺の発症と治療の流れと福祉制度。その1。」 2014.07.17アップ

「進行性核上性麻痺の夫、佐藤リュウとアリセプト。その2」 - 2014.09.28アップ

「進行性核上性麻痺の夫佐藤リュウとフェルラ酸含有サプリメント(AMN176、フェルガード) その3」。 - 2014.10.21アップ



通院時代の中華丼を思い出す。 - 2014.10.25 Sat

 通院時代、家族で月に一回は外食を続けていました。ある時のことです。リュウは中華丼が好きでその時も中華丼を。でも私は不安がありました。前も頼んだことがあるのですが、具が大きすぎるのです。特に白菜は大きくて、下手をしたらオオクワガタ(大きさを比較するもの適当なものが思いつきません)くらいあるのです。

 そこで私は、ダメ元で注文する時に店員さんに、

「あの〜、中華丼の具が大きくて、本人うまく噛めないのでもう少し小さくしてもらえないでしょうか?」

と聞くと、奥に行き調理する人に聞いてくれ、大丈夫ですと言ってくれました。
 運ばれて来た中華丼を見て私はびっくり。あまりにも具が細かいのです。でもこれなら全部食べられると感謝しました。

 その後リュウはS病院に入院となり、鼻からの栄養のくだも無事に取れ、口からの食事摂取となった時出されたのが「刻み食」。私はその時初めて、「刻み食」を知りました。在宅の時は、ひとくち大に私がしていたのですが、食事の形態に色々あるとは、あまり考えたことがありませんでした。

 今週、「八宝菜」が出て、それを見てあの中華丼を思い出すことに。

 調理してくれた人は、「刻み食」を知っていて、それにしてくれたんだ〜。リュウと私が初めて見た刻み食はS病院ではなくて、あの中華料理屋さんだったんだ〜。あの時、リュウが食べられる中華丼を作ってくれて、ありがとうございました。


↑刻み食の八宝菜。「リュウ好きだものね」と私。






↑S看護師さんに、「いいねぇ、バニちゃんだけパンを残してもらって。私には残してくれないんだよね」と。



孫社長の毛髪にまつわる名言。 - 2014.10.25 Sat

 2012年1月8日のソフトバンクの孫社長のツイッターで、


「髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのである。」


とつぶやいていたのを最近私は知り、毛髪の状態について、これほど前向きな発言を聞いたことがないと、感心しました。



↑上のつぶやきも毛髪の状態について。2013年10月8日。



 パン君の毛髪の状態は治療によるものですが。
 パン君は来年、趣味を復活させる目標を設定。
 自分の好きなこと目指そうね!
 エイエイオー。




進行性核上性麻痺の夫佐藤リュウとフェルラ酸含有サプリメント(AMN176、フェルガード) その3。 - 2014.10.21 Tue

 コウノメソッドの河野先生のブログを見始めたのが、夫が認知症状が出始めた時なので、平成19年(2007年)頃です。アリセプトに過敏のようだったので、ブログから知ったことを参考に夫の様子をみて、アリセプトの少量投与を続けていました。その量は、三剤療法の主治医H医師に伝えていました。在宅で通院時代です。

 でも河野先生が勧めていたフェルラ酸含有サプリメントは試してみようとは思いませんでした。理由は、私が見始めた頃に、進行性核上性麻痺の症例を見かけなかったのと(見落としていたのかもしれません)、お医者さんが高価なサプリメントを患者に勧めることに何となく抵抗感、違和感を持っていたからです。
 しかし河野先生はこれまでも医師がサプリメントを患者に勧めることは認められていることを書いていました。私はそうなんだ〜と思った記憶があります。そして今再びそのことが、河野先生の介護通信2014年10月20日号に載っていました。「フェルガードの話題1 医師がサプリメントを推奨することは閣議決定」という箇所です。以下その記事を引用します。


いまだにサプリメントを毛嫌いする医師がいるが、医療費高騰の抑制策の一環から医師がサプリメントを推奨、販売することは以前から認められており、平成26年6月24日に閣議決定したことが保健所に通知され、医師には通知されなかった。

医療機関においてサプリメント等の食品を販売することは、以前から可能ですので、適切に取り扱われますようお願いいたします、と書かれてある。これは保健所が勘違いして医師にサプリメント販売をやめさせることがないように明確に文章化して周知させる目的で事務連絡された。医師に連絡しないのは、いままであいまいだった厚労省の態度に医師たちから批判されるのを恐れての事と思われる。
 介護通信2014年10月20日号より


 私が初めて河野先生のブログを見始めた時から、ずっと見続けていると、サプリメントはただ単に効く患者がいるから勧めている、というのがわかるようになってきました。

 夫が入院するようになり、そんな中夫が調子を大きく崩したのが、平成25年(2013年)の年明けからです。その時に今入院中M病院のの主治医Mドクターに呼ばれ、S病院へ受診を勧められました。
 でも私はその時は、冬は調子を崩すのでもう少しこのまま様子を見させて下さいと断りました。もしかしたら、これまでのように調子が上向きになるかもしれないと思ったのです。
 しかしその後も上向きになかなかなりません。どういう感じかというと、いつも波があるのですが調子が悪い時は一点を見つめたままで反応がなく、食べ物を口に入れてもいれたままで飲み込んだりもしないのです。話しかけても反応がありません。食べられる量も減ってきて、三食とも全体の2割程度しか食べられない日もあったように思います。薬を飲むのもままなりません。ある時しゃべられる時があり、「バランスが悪い、症状が進んでいる」と夫から聞いた時は、どうにかしないとと私は切羽詰った気持ちでいっぱいになりました。バランスが悪いとは、体が傾いて、歩行の時も歩きづらいということです。看護師さんからも心配する声が聞かれていました。

 私は、H医師に受診しようか、でもいつかは三剤療法も効かなくなる時が来るのでは?と思った時、河野先生のブログに進行性核上性麻痺の改善例も見られるようになってきたフェルラ酸含有サプリメントを夫に試してもらいたいなと思いました。夫にもそのことは言いました。夫と私は一度河野先生にお会いしていて、夫も河野先生と言ったらわかります。
 本人にも断り、インターネットで注文しました。私が頼んだのはNewフェルガードLA(フェルガードのガーデンアンゼリカの強いタイプ。あまりに元気がなかったのと、アリセプトで家庭天秤法の経験があったからこのタイプにしました)なのですが、グロービアのホームページに載っていた札幌の承認店から購入(今は載っていません)。その時、河野先生も書いている雑誌のコピーとかの説明の紙が入っていて(これは助かりました)、それを看護師さんに見てもらい、看護師さんから主治医Mドクターへ。Mドクターの了承も得られることができました。
 2013年2月25日フェルガード一包を夕食時にオプラートに包んで初めて飲んでもらいました。次の日ですが、顔がまだらに赤くなっていて、あれっ、血行がよくなっているのでは?と感じました。会話もスムーズになったように思いました。2月28日のノートに、看護師さんが「会話の発音、呂律が全然違い、よかったです」と書かれていて、発語の改善が。
 私の感想は飲み始めてすぐに効いたと思いました。完食できなければその後のお菓子タイムにならないのですが、完食でき、かっぱえびせんを自分でつまんでぽりぽり食べられるようにも(この時私もびっくりして動画を撮りました)。こちらの問いかけにも反応も返事もあり、飲み込みもできるし、むせも少なくなったし、歩行も改善しました。看護師さんにまた冗談を言うようになったり。信じられないと思いました。
 そうして私が今でも感じている印象的なことは、飲む前は手足の先がいつも冷たかったのですが、温かくなったことです。飲んでいると温かいです。血行がよくなっている感じがしました。
 
 そんな中、私は心配していることがありました。それは、河野先生のブログで、効かない人も何ヶ月か後(3,4ヶ月?)に効いてくる人がいる、と読んでいたことで、これは最初から効く人は何ヶ月か後(3,4ヶ月?)に注意するべきような何か変化があるかもしれないのでは?ということです。そしてその日は来ました(と思いました)。
 2月末から飲み始めて、6月のことです。飲みはじめから約4ヶ月です。量はずっとNewフェルガード一包を夕食時に私により飲んでもらっていました。
 その日の夕食時私が何回かくしゃみをしたのですが、夫はすごく心配するのです。大丈夫?と。私は風邪じゃないよ、大丈夫だよ、と何回も言いました。家に帰り、次の日の午前4時くらいです。夜勤の看護師さんから電話がありました。

 「リュウさんが二階のフロアーを一時間以上歩き回っていて、いくら言っても止めない、どうも奥さんを探しているようだから来て欲しい」

とのことでした。
 私はすぐに病院に行くと夫が疲れきったように廊下のソファに座っていて、私が「私は何でもないよ、元気だよ」と言うとやっと安心したようにベッドに横になってくれたのです。ソファーからベッドに移動する時も看護師さんが「もう歩く力残ってないかもしれません」という位、フロアーを歩き回っていたとのことです。私はこれは大変なことが起きたと思いました。
 私は、フェルガードのせいかもしれないとすぐに止めました。
 フェルガードもアリセプトの時のように溜まってくるのかな?と考えた私はそれから、アリセプトの時のように、様子を見ながら量を調節し始めました。しばらく止めた後、二分の一包にするとか、もっと少なくとかです。それから弱いフェルガードMにも変えたり、量を調節しながら、AMN176に変えてみたりもしました。でも最高でもフェルガードLAを一包を超える量は飲んでもらわないようにしました。そうして病棟天秤法で調節していたのですが、今年(2014年)の年明けからまた調子を崩すように。

 飲みはじめから10ヶ月位経ちました。あぁもうフェルガードも効かなくなってきたのかな?と思ったのですが、私は夫は一包より多くすると周辺症状が出る場合があるのでは?ということが頭に強烈にインプットされていて、それよりも多くすることが思い浮かびません。でもやっとあることに気がつきました。病気が進行するとその時は一包で効いたのが、1.5包や2包で同じ効き目になる、ということです。でも私はその思いが抜けきらないでいて、これはもうグルタチオン点滴療法して欲しいな(今年になってから河野先生のブログで改善例が載るようになった療法)と思った時に、夫が現在入院中のM病院に信じられないことことに、コウノメソッドの実践医の先生が誕生。そこでフェルガード(強)を1.5包、2包に移行するとほぼ同時に、グルタチオン点滴療法も受けられることに。

 通院時代からも何回も色々な壁にぶつかってきたのですが、何かこう私もどうにかできなかな?とその度に考えその壁を、夫や先生方、福祉や医療の専門家の方々と共に、また私が得る新聞やインターネットの情報などから、何回も乗り越えてきたなぁというのを、つくづく思います。

 焦り始めたら、「ここはのんびりゆっくりと」と、自分にいい聞かせながら。


[フェルラ酸含有サプリメントとは]
 韓国でフェルラ酸の医薬製剤INM176が開発され、日本に持ち込む時に、サプリメント用に成分を変えなくてはならなくて、できたのがAMN176と言い、エイワイシーから発売されています。河野先生のブログでも、「先発品」との記述で出てきたこともあります。グロービアは、商品名フェルガードで発売していますが、AMN176とフェルガードはそれぞれが違う工場で作っているし、原料の産地の違いなどあるようで、同じフェルラ酸含有サプリメントですが異なるもののようです。

 日本国内で医薬品の範囲になるものを含むものを、持ち込む時にサプリメント用に変えた理由を知りたいですが、「薬としてのしばりが生じるのだったら、1からのスタートで薬になるかどうかわからないし、薬になるにしても何年後になるかわからないので、効くのだったら商品価値もあるし、すぐにでも行き渡るサプリメントに」とかなのかな?と私は考えたり・・・。そのことで助かっていますが、でもやっぱり薬となったら保険もきくし、平等に患者さんに届くので、「フェルラ酸が効いて欲しい一心で」というのでしたら、サプリメントと平行して、どこの会社でも今からでも新薬開発としての動きのスタートを切って欲しいです。こちらは、2013年の北海道新聞の記事です。




 以下、私の文中に出てきたAMN176、フェルガードの関係リンクです。

「AMN176はどのようにして認知症を予防し改善するかーアルチーマ普及会」(PDF)
「AMN176ヒト試験連絡会」のホームページ
「AMN176総代理店 株式会社エイワイシー」
「AMN正規代理店 円山倶楽部」

「株式会社グロービア」
 夫は顆粒は飲みづらくて、現在(2014年10月)NewフェルガードLA粒タイプを一日4個飲んでいます。購入についてはグロービアに電話をかけてみるといいと思います。私もグロービアから直接購入しています。
 今月から値下げにもなりましたよ。ありがとうございます。もっとお安くしてください。

  グルタチオン点滴療法スタート(今年春)とほぼ同時に、フェルガード(強)が今までにない2包に(私の判断で)。それから、レミニールがリバスタッチに。それらの複数のことで、私は周辺症状(あの朝方歩き回る、まではいかない)の特定に苦慮しているかも。今日(10月21日)朝、ディスペースで転倒したとのこと。最近連絡ノートに、わからないところで歩いていた、と書かれることが。今日の夕食時は、少しイライラしてもいるようで、S看護師さんとも話し合い、フェルガード(強)を一包にすることにしました(錠剤だと2錠になります)。もしかしたら、しばらく止めてもいいかな?
 病棟天秤法は続いています〜。

 病棟天秤法は前までは私だけでだったのですが、今年の春からはコウノメソッドのT先生がこの病院に誕生したので、T先生、看護師さんたちと一緒にできるように。嬉しいし有り難いことです。

 本人が私たち家族やまわりの方々と本人らしく生きられますように。

 次はその4のグルタチオン点滴療法を書きます。



↑昨年初めてフェルガードを札幌の承認店に頼んだ時に送られてきた資料。河野先生や他の先生の雑誌の掲載文とか。まわりの人に説明するのに助かりました。


「進行性核上性麻痺の夫佐藤リュウとグルタチオン点滴療法。その4」 2014.10.26アップ




私の会社の慰安旅行。〜小樽・余市〜 - 2014.10.18 Sat

 10月10日から一泊二日で小樽、余市へ私の会社の慰安旅行に行ってきました。その前の週はワタルの親の会で小樽、余市、ニセコへ。私は二週続けて小樽、余市方面に行きましたよ〜。


↑NHK朝の連続ドラマ「マッサン」で湧く余市のニッカウヰスキー。あいにくの雨模様。何十年も前にここに来た記憶がうっすらとあります。


↑「旧竹鶴邸」。国の有形文化財。


↑試飲会場にて。こちらはアップルワイン。25度。甘いし美味しい〜。


↑こちらはシングルモルト余市(だったと思います)。45度。全部は飲めません。
 ウィスキーの琥珀色は、貯蔵している木の樽の色だというのは初めて知りました。
 団体旅行で説明もしっかりしてもらえるとまた違いますね。

 この後、レストラン「樽」で昼食。じゃがいものホイル焼きが美味しかったですよ。ニシン蕎麦も美味しかったです。


↑午後からは、小樽運河近くの「田中酒造」の工場見学へ。最後に日本酒の試飲。
 午前、午後ともアルコール試飲。

 この日の夜は朝里川温泉郷のホテルに泊まりましたよ〜。
 宴会の時上司が「今日は日常生活を離れて上げ膳据え膳で楽しんでください」という内容の乾杯の挨拶を。有り難いです。


↑翌日の写真です(写真A)。
 小樽の街で私が興味深いのは、小樽運河もそうですが、写真の手宮線跡地もです。
 手宮線はもうないのですが、手宮から南小樽までレールが残っています。
 札幌は廃線はサイクリングロードになっていますが、小樽はレールも残っていて端の手宮には、小樽市総合博物館があり、そこには蒸気機関車だとかが展示しているし、屋外でも蒸気機関車に乗ることもできます。


↑(写真B)。
 写真Aを写しているのは私ですが、写真Aを写した後、180度向きを変えて写した写真がこの写真です。
 写真Aはレールの横に散策路があり、レールの上もどちらも歩くことができます。
 写真Bは、道路上にある旧国鉄手宮線です。列車が通ってないのにレールを残してあるのは、嬉しい(?)。
 バスで隠れていますが、向こう側も写真Aのようにレールが続いています。
 私が写したこの地点は小樽駅から結構近いですので、小樽に行ったら行ってみて下さいね。
 色々な思いが巡りました。


↑小樽運河のガス灯にとまっているカモメ。

「チミは洞爺湖の遊覧船で私の指をかっぱえびせんと間違えてくわえたオオセグロカモメか?」



↑小樽運河の石垣の上にとまっているカモメ。

「チミは洞爺湖の遊覧船で私の指をかっぱえびせんと間違えてくわえたオオセグロカモメか?」



↑小樽運河に流れ込む川(妙見川)で泳いでいるカモ。

「チミは洞爺湖の遊覧船で私の指をかっぱえびせんと間違えてくわえたオオセグロカモメか?」


 翌日は酔ってないのですが、前日の気分が抜けきらず。

 宴会も盛り上がり、温泉も二回入り、余市、小樽も堪能できました。
 ありがとうございました。




江口優子さんの『看護師の入院』 - 2014.10.16 Thu



10月15日付け北海道新聞朝刊第三社会面「朝の食卓」です。
写真をクリックすると大きくなります。

江口優子さんはその後無事に退院、お仕事も再開されています。

今までの記事はカテゴリ「つながり」に入っています。

新聞読むなら、北海道新聞。  新聞読むなら、北海道新聞。



親の会で初めての一泊研修旅行。 - 2014.10.13 Mon

 10月4日(土)と5日(日)に、障がい児を持つ親の会の一泊の研修旅行にワタルと私、初めて参加させていただきました。行き先は、小樽、積丹、ニセコ、仁木です。
 小樽で染め物体験の後、積丹でグラスボートに乗り、その日は宿泊先のニセコのホテルへ。
 次の日は、仁木町のお祭りを楽しんだ後、帰宅です。移動は福祉バスです。

 この日バスに乗ってみると、私の座席の後ろに、車いすで参加しているNさんとお母さんが。
 「私は夫が入院中で車いすで移動するので、今回の旅行で車いすのNさんが参加されていて、参考にさせて欲しい」と伝えました。写真掲載のこともお伝えしました。Nさん、お母さん、今回はご一緒できて嬉しかったです。
 雨で大変でしたね・・・。


↑リフト付き福祉バス。


↑小樽に向かう高速道路のパーキングエリアで、Nさんがバスから降りるところです。


↑後ろにヘルパーさんが乗っています。乗る時はこの逆向きで乗ります。


↑昇降はドライバーさんが操作していました。自動です。

 バス内に車いすスペースがあるのですが、Nさんはお尻が痛くなるのでと、普通の座席に移動して、お母さんと並んで座っていました。確かにイスのクッションは座席の方がいいように思います。車いすは電動車いすで、私は初めて見ました。電動自転車とほぼ同じような感じだと言っていました。手で車輪をこぐと車いすの動きをアシストしてくれる感じでだそうです。バッテリは取り外して充電します。
 ホテルでの入浴は、入浴用の車いすを持参しているとのことで、着いたらフロントに預け、入浴の際フロントに取りに行き、お風呂で乗り換え、同性のお母さんの介助で大浴場の洗い場までは行けるとのことでした。ただ、湯船につかることは困難で、「もう私は一生温泉に入れない〜」と言っていました・・・。「せめてシャワーを温泉のお湯にして〜」と。何とかなるといいですね!
 Nさん母子は、外国にも何回か出かけていて、飛行機に搭乗する際の怖いエピソードを教えてくれたり、また大学は公共交通機関を使って通学していたので、その時のエピソードも教えてくれました。
 そして「乗り物は障がい者に優しくても、ホームや券売機、駅員さんやお客さんは、それに即しているかというとそうではない場合がある」とご自身の体験から教えてくれました。
 私はちょうど、札幌で導入された低床車の路面電車が実際に車いすで乗れるかな?と思って調べていたところで、ホームが狭くて車いすのタイプに寄っては、なかなか厳しいというような利用者さんのサイト(*一番最後にリンクを貼りますね)を見ていたので、その話もしました。
 Nさん、お母さん、色々ありがとうございました。


↑小樽の「旗イトウ製作所」に到着。そこで染め物体験。


↑大漁旗とかたくさんありました。


↑こちらは、私が塗ったもの。サイン入り。

 その後は、積丹のグラスボート体験だったのですが、お天気が悪くて、余市の「宇宙記念館」へ。残念。


↑建物が好きで、科学館とかも好きなワタルは大喜び。旅行の感想も「宇宙記念館」が楽しかった、とのこと。


↑「のぼらないでね」。ワタルが来るからわざわざ書いたのかと。考えすぎだ。

 この日は、この後、宿泊先のニセコのホテルに行きました。夕食はバイキング形式で、ワタルも自分が食べられそうなものを選んで食べていました。

 あっ、夕食前にホテルのプールでワタルと泳ぎました。

 プールと公共温泉等利用の仕方は高校に入ってから、福祉事業所Wさんに教えていただいているのですが、この日も特にトラブル等ありませんでした。と思います。

 夜は親だけの懇親会が別室であり、ヘルパーさんとして同行していた福祉の専門家の方二人も交え、親もざっくばらんに色々聞いたり、話したりすることができ貴重な時間を過ごすことができました。


↑翌朝、バスの出発時間前にホテルの窓から見えたワタル希望のゴンドラに乗り、山の上へ。自転車を積んだゴンドラとすれ違いました。山の上から自転車で下ってくるみたい。すごいですね。
 紅葉にはちょっと早かったです。

 次は、仁木のお祭りへ。


↑「フルーツパーク仁木」のうまいもんじゃ祭り。40年続いているお祭りなんですね!ミラクルひかるのものまねショー。ワタルは興味なし。


↑「フルーツパーク仁木」内。秋の恵みがたくさん。


↑ワタルが興味あるのはこちら。


↑長い長〜い滑り台。


↑それとワタルが園内で興味があったものがもう一つ。園内にレールがあったんです。ワタルはこれは何?と興味津々で、近くに寄ってみたり、そのままたどって山頂の方に行ったり。あまりにも興味を示すのでスマホで調べてみると、高齢者や障がいのある方用のゴンドラ型の昇降機用のレールとのこと。でも今は動いていないそうで、レールだけがふもとから山頂の方(展望台)まで見えていました。

 私はミラクルひかるのモノマネを見ていたのですが、ワタルが「建物とか見てきてもいい?」と言ってきたので、ここのいるから見たら戻ってきてね、と言ったのですが、なかなか戻ってきませんでした。心配しているとやっと戻ってきて、「あの大きい滑り台は自分が滑っていいのかどうか?」と聞いてきたので、慌てて確認しに行くと、ふもとの建物内で100円でビート板を借り、それをお尻に敷いて滑るという風になっていました。
 それで、二人で借りて順番で滑りました。

 ワタルはひとりで滑り台のスタート地点近くまで行ったのですが、大人もいるようだけど、小さい子もたくさんいて、高校生の自分は滑っていいのか、それに、どういう仕組みで滑るのか、過去の経験からも照らし合わせてそこでは並ばない方がいいと判断し、私に聞きにきたようでした。
 何だかちょっぴり、ワタルに感心しました。

 秋の風を感じながら、近くには秋桜、遠くには日本海が見え、見晴らしのいいところで滑る滑り台は、気持ちがよかったです。
 ワタルも気持ちよさそうにしていました。

 親の会や応援してくださる団体、みなさんに感謝。




(※地域団体「スポットウォーキングさっぽろ」さんによる札幌市電のポラリス体験記
上編は、ここをクリックしてください
下編は、ここをクリックしてください。)



再会できた患者さんご家族。 - 2014.10.09 Thu

 今日(10月7日)から三週間前、リュウの隣りに夕食の介助で座っていると、ある女性の方が私のところに。私のいずみのエッセイ朗読の前日にです。

「明日母が転院するので、テレビの朗読ここでは見られないんだけど、転院先でぜったいに見ますね。あなたのエッセイ」

と有り難くも言って下さった方がいました。

 私はもうお会いできないと思っていたのすが、思いがけず今日またこの病院で再会。嬉しい(?)再会でした。

「母がね、足の手術のため、急性期病院に転院したんだけど、今日またここ(療養タイプのM病院)に戻ってきたの。あの日の夜(9月16日)、病室でテレビ見ましたよ。髙橋恵子さんの朗読。素敵なお話で・・・」

「見てくれたんですか!ありがとうございます。それにまたお会いできるとは思っていなくて、嬉しい(?)ですけど、お母さんの足大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ」

「そうですか!よかったですね。え~と、あとは大丈夫ですか?」

とお聞きすると、

「認知症の方があるの、それでこの病院のT先生にクスリ変えてもらって、向こうでもその薬だったんだけど、効いたの!今まではいつも眠たくって、ベッドに向かってばかりいたんだけど、目がね、こうぱーーっと開いて、起きていられるようになったの!久しぶりにこちらの看護師さんにもお会いできたんだけど、良くなっているってびっくりされたわ。T先生って、いい先生だわ!」

「そうですか!うちもT先生なんです。え~と、ちなみにサプリメントは?」

「いえ、パッチだけです」

「そうですか!よくなって良かったですね」

「あなたのエッセイ素敵でしたよ、またいいお話し聞かせて下さいね」

「ありがとうございます」

と言って、今日はおわかれしました。どのような治療法でも1ミリでもよくなったら家族は嬉しいです。

 ヤッター!



S看護師さんも人の子。 - 2014.10.09 Thu

 O夫人から、Iさんが亡くなったことを聞いた次の日のことです。

 夕食の手助けをしていると、目の前にS看護師さんが。
 今日はリュウの日中の様子をノートに書いてくれていたので日勤だと思い、

「あれ?まだ帰らないの?」

と私。

「もう帰るよ、というか、これから病院に行くんだけどね。母が入院してるから。ほぼ毎日行っているんだよね。これからじゃ夕食には間に合わないけど」

とS看護師さん。そして、ノートにも書いてくれたリュウの日中の様子をわざわざ口頭でも伝えてくれました。
 ありがとうございます。

 昨日の今日だったので、私は心の中で、

 あぁ〜、S看護師さんも人の子だった。私は白衣を着ている姿だけを切り取って見ていて、S看護師さんは、お父さんお母さんがいてこの世に生まれたということとか、家族親戚がいるだろうということとか、考えられなかった。白衣を脱いでこれから病院に行くというS看護師さんは、今の私のようだ。同じ人間だった。S看護師さんも人の子だった。人の子だった。

と繰り返し思いました。



Iさんとのお別れ。 - 2014.10.08 Wed

 リュウがいまお世話になっているM病院に入院してから、入退院を繰り返しているIさんの奥さんと自然と言葉を交わすようになりました。I夫妻はご高齢と思われました。患者ご本人のIさんは会話は困難なようです。Iさんが入院中は奥さんも毎日のように旦那さんの食事の介助で病院に来ていました。

 毎日のように病院に通ってくるご家族同士は、目には見えませんが、何となく連帯感を抱いているように思います。ご家族の方とは配偶者さん、娘さん、息子さん、そして親御さんです。私は妻の立場なので、この中でも、同じ立場の方はまた特別な感じが。

 以下は私の7月6日に書いたブログ記事の抜粋です。


 私は夕食時、I夫人はお昼に来るのですれ違いです。ところがここのところI夫人が夕食時に来るように。食事のためディスペースに車いすに乗ったIさんを連れて来ています。

「どうしたの?」

と私。

「なんかね、ここのところ食べられなくて、昼も夜も来てるの」

と奥さん。

「心配だね・・・」

 今日もディスペースで 一緒でした。

「どうだった?食べられた?」

と私。

「今日はね、何とか半分くらい食べられたよ、旦那さんは?」

と嬉しそうに奥さん。

「半分食べられたんだ、よかったね~!うち?今日は完食できたの!自分ではスプーンで運べなかったけど。昨日、昼も夜もほとんど食べられなかったから、よかったわ~」

と私。

「そうなんだよね・・・。食べられなかったら、病院から歩いて帰る時も気分もどんよりでね、食べられたら帰り道も気分もいいんだよね。気分が全然ちがうの」

と奥さん。


 ブログ記事抜粋は以上です。このことがあった後くらいから、か、奥さんの姿を見かけなくなりました。Iさんもです。転院?それとも?私はずっと気にしていたのですが、看護師さんに聞くに聞けずにいました。
 すると一昨日、もう一人やっぱり入退院を繰り返している旦那さんの付き添いで病院に来るOさんが、リュウの隣りに座っている私のところに来ました。そして、

「久しぶりだね、うちはまた入院になったんだよ」

と話し始めましたが、私の口から出てきた言葉は、それを遮るように、

「Iさんを見かけない」

というものでした。
 しかし、O夫人はまるで私の言葉が聞こえなかったように、話を続けました。
 私もウンウンとうなづきながら、ほぼ上の空で聞いていると、しばらくしてからO夫人の声のトーンが微妙に変わり、

「Iさんも奥さんも見かけないでしょ?・・・Iさん、亡くなったんだよ」

とO夫人。
 それを聞いて私は、何となく抱いていた悪い予感が当たってしまったと思いました。

「もう何ヶ月か前になるよ、奥さんは今もしょげてて、家から出ないから、うちに遊びにおいでって言ったりしてるんだけどね・・・、奥さんもご高齢でね・・・」

と心配そうに教えてくれました。


 亡くなったIさんは認知症もあり、奥さんは、

「私のことわからないの」

とちょっと寂しそうに言いながら、食事の介助をしていた時がありました。
 でもそう言われないと私は気がつきませんでした。だって、奥さんの口調、それに反応する旦那さんは、遠目で見ると長年連れ添った夫婦以外の何ものにも見えませんでしたから。

 こんなこともありました。
 私が温泉一泊に行ってきたと言うと、

「旦那の前は親で、ずっと介護でしょ、旅行に行くなんてことは・・・、思い浮かびもしないの」

と奥さん。

 私はI夫妻を見かけると嬉しく思っていました。
 奥さんは物腰が柔らかですが、自分の気持ちを旦那さんに素直に伝えていました。内容はきついとも思われるのですが、やんわりふんわりと旦那さんに伝えるのです。
 旦那さんも自分の気持ちを伝えられませんが、奥さんの台詞に自分の気持ちを主張しているような、何となく呼応しているようにも見えました。

 私が手を握って旦那さんに挨拶をすると、つむっていた目を開けてくれ、私の目を見て「ウン」と答えてくれたことも何回もありました。
 奥さんの介助で、Iさんは私たちの前でディスペースで何回も食事を一緒にしました。リュウが入院してから毎日ではありませんが、ずっとです。

 ご縁があり、ご一緒できて嬉しかったです。
 ありがとうございました。


 Iさんのご冥福をお祈りします。

 Iさんの奥さん、ゆっくりでいいですからまた笑顔を。



親の会で一泊。 - 2014.10.05 Sun

 ワタルの親の会に入って初めて一泊の研修旅行に行ってきました。
 そのことはリュウにも言っていたので、一日目の朝(昨日)は集合時間が早くて寄れないと伝えた日のパンがありませんでした。


↑リンゴの写真は、余市町。10月4日、5日と行ってきました。このことはまた後日。


↑あ・り・が・と。


↑あ・り・が・と。



H医師の患者さんへの思いと、論文がなかなか通らないことへの思い。 - 2014.10.02 Thu

 私はこのブログを書き始めたのが、夫が入院するようになってからです。
 H医師にこのブログのことをタイミングがなかなかつかめずお伝えできないでいると、ある日H医師からブログのメールフォームで有り難くも私にメールをいただきました。
 その後たまにH医師とメールのやり取りさせていただくようになりました。私がメールを先生に送ってそのお返事をいただく形です。
 すると、通院時代の診察室では話題には出なかったH医師の色々な思いがわかるようになってきて、これはとても貴重だと思いますので、H医師の了解を得て、ブログアップさせていただきます。
 普段、病院に行って診察室に入ると、こちらは症状を言い、先生はそれに受け答えしてくださる、という基本的な関係のみで、お医者さんの病気に対しての思いだとか、治療法に対しての思いだとかは、私たち患者家族はなかなか聞く機会がありません。
 H医師は夫の神経内科の主治医でH医師が勤めるS病院に夫は約6年間通院していました。夫は日常生活が困難になり今は、M病院に入院していますが、神経内科の主治医はS病院のH医師です。




【2013年5月14日のメールより抜粋】
 ◯◯様(夫佐藤リュウ)に行った進行性核上性麻痺の治療は、レミニール、メネシット、ドプスという3種類の薬を基本に薬剤を組み合わせたものです。それぞれ、アセチルコリン、ドパミン、ノルアドレナリンという神経伝達物質を増やす薬です。特にドプスを多めにつかっているのが私の工夫です。

 進行性核上性麻痺患者様の治療でアセチルコリン、ドパミン、ノルアドレナリンの3つの神経伝達物質を特にノルアドレナリンを重点的に同時に増やすと、とても症状が安定することに2007年頃気がついたのでした。

 2011年、2012年と学術大会(神経内科の一番大きな集会です)で関連する発表を行い、今年5月30日にまた東京で発表してきます。

 もしほかの進行性核上性麻痺患者様から治療についてお問い合わせがあったら、私にもお知らせください。この治療法が世の中に広まることを願っています。





【2013年5月15日のメールより抜粋】
 メールありがとうございます。進行性核上性麻痺についての発表の一昨年と今年の抄録を添付します。ガランタミン=レミニール、ドネペジル=アリセプト、L-dopaまたはレボドパ=メネシット、ドロキシドパ=ドプス、アマンタジン=シンメトレル、ドパミンアゴニスト=ビ・シフロール、レキップなど です。

 〜中略〜

 論文が神経内科の雑誌に通っていたらよかったのですが、今まで治療法がないといわれていたこの病気では、治療を行ってよくなったという報告を投稿しても、査読者の先生方から厳しい批判をあび、落とされてしまうことの連続です。最近は下記のように言われました。原文のままです。

「この治療法を推奨して効果が得られない場合は、無駄な薬剤費を費やすことにもなります。また、薬剤の評価は効果ばかりでなく、副作用の検討も不可欠です。報告例で副作用がなくても、この治療法の安全性を保証するものでありません。」

 匿名でこんなことを言うのはあまりひどいと思ったので編集長の先生にお手紙を書いて見ましたが、「学会機関誌に公開する場合にはより高いハードルを超える必要が有ると思われます。」とのことでした。

 かなり気落ちしてしまいましたので、その後は論文を投稿していないのです。また元気が出たら頑張ってみます。メーリングリストの皆様によろしく。





【2013年6月27日のメールより抜粋】
 神経内科の他のお医者様から「治療法がない疾患だから薬は出さない。」とお二方ともいわれていたのは、ありそうなことと考えながらも、私にもちょっと衝撃でした。

 対症療法でもいいから、神経難病の患者様に何か治療をしてあげたいと思うようになったのには、これまでに受け持ってきた患者さまへの思いもあります。

 もう15年以上前、別の病院に勤めていたとき、筋萎縮性側索硬化症という難病の患者様を受け持っていました。 その方が、「この病気になって、一番つらかった思い出は、お医者さんから、治療法がない病気ですといわれたことでした。」と大分病気が進んで入院されたときに、私におっしゃいました。今は進行を遅らせるリルテックという名前のお薬がありますが、その当時は、日本では発売されていませんでした。その方は外国の薬局を介して、そのお薬を自費で購入されていました。

 バニラさまのブログを読んで、いろいろなことを思い出しました。





【2013年7月24日のメールより抜粋】
 以前に差し上げたのは論文ではなくて、「学会抄録」というものです。(学会でみんなの前で発表する内容を事前に届け出て審査を受け、発表が許可されます。)公開されているものではありますが、もしかしたら学会に権利があるものかもしれませんので、ブログに公開しないほうがよいかもしれません。でも私がバニラさまに差し上げたように、個人的にやり取りする分にはかまわないと思いますので、個人的に見たいというお問い合わせがあったら、その方には差し上げていただいてもかまわないのではないかと思います。

 論文はあちこちの雑誌に投稿してみたのですが、却下され続けてきました。今では今までの形式の論文では通すことは難しいと考えています。

 くじけそうな気持ちになることもありますが、患者さまがお元気にされていると、「自分の考え方は間違っていないんだ。」と再認識できます。

 どうもありがとうございます。





【2013年11月5日のメールより抜粋】
 患者様がもし本当に受診されるご予定でしたら、年齢とお名前程度をあらかじめ教えていただけましたら、メールで両先生にお知らせしておくこともできます。

 あと、どちらの患者様も診断してくださった今の主治医の先生がおられると思います。黙って受診しても後でわかることですし、状態が安定したらまたお世話になることもあるかと思いますし、事前に断ってから他院受診したほうがよいと思います。

 セカンドオピニオンを受けに受診したい旨を主治医の先生に申し出て、紹介状と画像のコピーをもらっていくほうがよいと伝えてあげてください。断られることはまずありません。初診は予約が必要な場合もありますので、それぞれの病院にお電話して相談してからということもよろしくお伝えください。





【2014年5月14日のメールより抜粋】
発症から早い時期に3剤療法を始めたほうが、予後がよいように思います。

リュウさまは症状が非典型的だったのと、最初パーキンソンの治療で少しよくなったように思ったのといろいろで、3剤療法に踏み切るのが少し遅くなってしまい申し訳ありませんでした。またアリセプトが合わなかったりと、リュウさまのほうの体質みたいなものもあるのかもしれません。

5月20日から神経内科の学術大会が福岡で開かれ、私は21日にポスターで下記の発表をして来ます。それではまた。 

> 進行性核上性麻痺に対する3系統神経伝達物質補充療法
      による歩行・起居動作能力評価

方法:National Institute of Neurological disorders and
Strokeのクライテリアによりprobable PSPと診断した6名の新規発症患
者を、患者の同意の下に本研究に参加登録した。6名のうち
1名はレボドパ+ドロキシドパ+リバスチグミン、5名はレボドパ+
ドロキシドパ+ガランタミンを同時投与開始した。治療前・1ヶ月後・2ヵ月後の
10m歩行・Timed up and go test(TUG)、歩行耐久性を計測し評価した。
結果: 10m歩行は治療前平均15.4秒/32.6歩、1ヵ月後平均12.8秒/28.0歩、2ヵ月後平均12.5秒/25.7歩。
TUGは治療前平均36.3秒、1ヵ月後平均16.4秒、2ヵ月後平均14.4秒。
歩行耐久性は治療前平均125m、1ヵ月後平均316m、2ヵ月後平均483m。
全例で治療開始から1ヵ月後には計測項目の改善あり、2ヶ月後も維持されていた。
特に副作用は出現しなかった。
結論: 進行性核上性麻痺患者に対する3系統神経伝達物質(DA・NA・ACh)補充同時開始は、歩行・起居動作において治療上の有用性が高い。





【2014年5月19日のメールより抜粋】
昨年パーキンソン病の学会でこの治療法について発表した際には、某大学の先生から「そんなこと、どこの雑誌に書かれてましたか。」と質問され、「基本的な文献から私が考えたことを患者さまの治療に生かして、その結果を発表しています。」と返答しましたところ、思い切りにらみつけられてしまいました・・・。

めげずにまたしっかり発表して来たいと思います。世の中の神経内科の先生方にもわかっていただけたら良いのですけれど。





【2014年5月27日のメールより抜粋】
進行性核上性麻痺では身体症状(姿勢障害・眼球運動障害・頚部体幹の固縮など)と認知症状(判断力など高次機能は保たれているのに活性化が遅いタイプ)が特徴的です。病変の首座は脳幹から大脳基底核にあり、ドパミン・ノルアドレナリン・アセチルコリン・セロトニンなどの神経伝達物質を放出する長距離投射ニューロンの機能低下があることは基礎的な研究から明らかです。

これまで治療法がないといわれてきましたが、これまでに行われた治験はすべてといって良いくらい単剤での治験でした。製薬会社主導で行われる治験は、どうしても自社の薬剤に限られるからではないかと思います。他社の製品を販売促進するようなことは、会社に対する背任行為のようになってしまうためではないでしょうか。それが多剤併用療法が行われてこなかった理由ではないかと考えます。




【2014年6月9日のメールより抜粋】
メールを下さるお一人の後ろには、何人もの思いを同じくされる方がおいでになるのでしょう。

特に、「四面楚歌かもしれないH医師には挫けずに頑張って頂きたいと思います。H医師の後ろには多くの、多くの神経難病の患者や家族が一筋の光を求めて日々さまよっています。」という文章に励まされました。





【上記2014年8月14日のメールより抜粋】
お盆でお忙しいことと存じます。ブログ拝見しています。リュウさんと皆さんで藻岩山山頂まで行けてよかったですね。

本日、以前ご紹介いただいた患者さまが定期通院で診察室にお越しになりました。寡動や姿勢障害の症状が大分よくなっていました。気を抜くといつでも転びそうなところはまだありますが、診察室での起立歩行は安定して可能でした。

ご本人が「バニラさんと◯◯さんのおかげです。」とお礼をおっしゃっていました。「バニラさんのご主人も歩いてこの部屋に入って来られたんですよね。ご主人もバニラさんもとてもがんばっておられますよね。」とおっしゃったので、「そのとおりです。」とお答えしました。





【2014年8月26日のメールより抜粋】
私の立ち位置は、「主治医の先生が3剤療法を試したいとお考えになり、ご意見を求められれば協力する」というところにあります。それぞれ立派な先生方なのですから、主治医の先生のお考えを確認せずこちらから色々押し付けるのは、医師同士のお付き合いを考えますと、非常識な行為のように思われます。

みなさまにどうぞよろしく。




【2014年9月25日のメールより抜粋】
学会で「この治療法で症状が改善します。」と発表してもなんだか胡散臭いと思われているようで、気落ちします。学会発表のときはなるべく最近の治療前後の患者様の動画を見ていただいていますが、ご覧いただいたときは、よくなってると思っていただけても、そのあと忘れられてしまうような気がします。

また、”evidence-based-medicine”という考え方が一般的になって個々の医師の経験は根拠がないといわれてしまいがちです。新しい治療もそれが既存の薬剤であっても倫理委員会での審査が必要で、プロトコールを整えなければならず、治験に近いものになってしまいます。治療としてのエビデンスレベルを上げることのほうが、個々の患者様の治療に優先するような感じです。

患者様やご家族様が自分の主治医の先生に御願いしてみるというのは、一番いいように思います。




【2014年9月29日のメールより抜粋】
 医療関係者であるご家族さまのご意見はアカデミックな立場からはごもっともな意見で、どちらかというとそちらに与(くみ)されるお医者様が多いのはこれまでも経験してきたところです。わたしもそうしていれば楽な面もありますが、動けなくなり、文句も言えなくなって亡くなってしまう患者様があまりにもお気の毒で、いろいろ工夫していたところ、うまくいって現在に至っているという経過で、世の中の無理解には十分苦しんでいます。

 私も、論文にしようと頑張ったのですが、患者数が少ないと少数だからわからないと言われ、少し人数を増やすと二重盲検になってないと言われ、リジェクトの嵐が吹きすさんだ印象でした。すっかり落ち込んでしまって、その後投稿していません。私は自分が神経変性疾患治療の新しい地平を切り開いたと考えていますが、専門家にわかってもらうのは難しいようです。以前、発表を聞いて興味を持ってくださった大学の先生がおられましたが、大学に戻って、周りの先生に相談されたあとは、

「3剤をいきなり使用するというのは,研究デザイン的に非常にハードルが高いと思います.4 repeat tauopathyの前向きバイオマーカー研究の中心メンバーのお一人にもプ ロトコールを見ていただきましたが,いきなり3剤の使用は抵抗があるとおっしゃっていました.英語論文reviewer 1のように,まずは一剤,つぎにニ剤の組み合わせと順に示す必要が どうしてもあると思われます.もう一度,査読のコメントやご経験を踏まえて,研究デザインを組み直してはいかがでしょうか.その上で,あらためてご相談をいただければ検討させていただきたいと思います.」

とのご意見に変わられてしまいました。




(↑最後のメールの解説。患者ご家族様よりのメールの返信です(私経由)。ご家族様はご親族の方にお医者さんがいらっしゃって、H医師の「抄録」の件お伝えしたところ、「抄録は論文になっているのかどうか」「なっていなくて、認められていなければ、学会の公的な機関の見解を支持する」と言われたとのことで、H医師にそれに対するお返事のメールをいただきました)。



 私たちはS病院へ行き、窓口で診察券を出して、看護師さんに呼ばれ問診室で血圧をはかってもらい(夫が)、また待合室のイスで待ってると今度は診察室へと看護師さんから名前を呼ばれ、H医師の診察を受けていました。
 出される薬もこの病気には普通なんだとメールを読むまで思っていました。でも普通だと思っていたことは普通じゃありませんでした。
 先生は患者さんを少しでも良くしてあげたいという思いで、この病気のことを調べたり研究したりし続けてくれていました。メールを読むたびに驚き、たくさん頭が下がりました。またこの病気に一生懸命向き合っている先生がいて嬉しいです。先生ありがとうございます。
 でも先生、私は驚いてばかりではなく、メール読む前とメール読んだ後と変わらない気持ちがあります。
 それは、H医師に診ていただいてよかったなぁということです。
 患者は夫ですが、私がよかったなぁと思うことは、本人に伝わります。

 この治療を受けたい(受けさせてあげたい)という方が、それぞれのお住まいのところで受けられますことを。





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vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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