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2015-01

ハゲ増す会「Yahoo!掲示板の思い出」UPしました。 - 2015.01.31 Sat

 闘病中の同級生パン君のハゲ増す会の第20話「Yahoo!掲示板の思い出」UPしました。
 第20話「Yahoo!掲示板の思い出」は、ここをクリックしてください

 目次や登場人物を書いている最初のページは、ここをクリックしてください


「いずみ」イベントにも行けました。 - 2015.01.25 Sun

 北海道新聞の読者投稿欄「いずみ」に載った「夫が残してくれたパン」が昨年の9月16日に北海道テレビで高橋恵子さんに朗読されましたが、その際私はありとあらゆる人に見てねとお知らせしました。見てくれた人に今まできちんとお礼を言ってないのでお礼を言います。

 見てくれてどうもありがとう!

 朗読された次の日のことです。私の携帯が鳴りました。

「もしもし」
「Iです。」
「あ、I先輩?」
「そう、昨日テレビの朗読見たよ〜!」
「ありがとうございます!ファックス届いたでしょ?私からの」
「え!届いてない、あ、ファックス壊れていて、新聞の予告で知って見たの」
「そうだったんですか!ありがとうございます。お孫さんはお元気ですか?」
「それがね、3歳になるんだけど歩けなくて。歩いたら骨折するの、今も骨折していてすぐに骨折するの。日本に同じ病気の人がいなくて、世界でも二人?しかいないみたいで、治療法もないみたいで」
「そうなんですか・・・。お電話本当にありがとうございました」

 夫の病気よりも少ない病気。

 また携帯が鳴りました。

「もしもし」
「Kです。昨日見ましたよ、 Aさんから連絡が来て」
「そうですか!よかった」
「あの作品は、素晴らしいわ」
「ありがとうございます。奥様はその後?」
「うん。抗がん剤治療ももう限界が来てね、何だかね、病院から言われて放射線治療したの、そうしたら今は癌が消えたわ」
「本当に?どこの病院?良かったですね!」

 今度はTさんからLINEのメッセージが来ました。ワタルの小学校の時のYちゃんのママからです。

「テレビ見たよ」
「ありがとう」
「私、難病になっちゃって。パパも入院中」
「え!そうなの?」

 ワタルの小学校の特別支援学級のお友達Yちゃんは一生に及ぶ障がいがあります。家族構成はパパとママとお子さんが二人。パパが一家を支えていましたがそのパパが入院!

 だ、だ、だ、だ、大丈夫?

 うちも困難だけど、うちが一番辛い状況で一番不幸だって思ったら駄目ですね。実際決してそんなことないもの。それから不幸かどうかも病気や障がいとイコールかというとそういうことはなく、その判断も本人たちによるものです。

 それからやっぱり思うことがあります。心を開くと心を開いてくれる人たちがいて、その人たちとの距離が短くなります。ただ話を聞いてもらったり、私も聞くだけの場合が多いですけど。

 ブログ、北海道新聞のいずみ欄、北海道テレビの朗読を通して、また何人かの方たちと表面的な関係より一歩入り込んだものとなりました。

 それから今回のテレビの朗読ですが、滅多にないことだから見てね!とたくさんの方に声をかけ、放送時間には病院に行きリュウと一緒に見ましたが、本当に見て欲しい人は誰だったんだろう?と後から考えるようになりました。リュウ?友だち?知り合い?病院の人?どうもしっくり来ない気が。それを考えながら、後からも何回も北海道テレビのオンデマンドで再生しました。ある日あっ!と気付きました。

 一番見て欲しい人は、私だ。自分だ。私は私が体験したことを書いた。他の人は私に重ねてくれてあの文を聞いてくれただろうけど、あの文章のすべての思いをわかるのは私しかいない、自分に一番見て欲しい。

と。

 この度は私にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 リュウから渡されたパン。いつかきっと今度は私が、他の人に渡したいと思います。

 1月10日(土)に道新ホールで行われた北海道新聞「いずみ」連載60周年のイベントも私の母、友達の勤労ちゃんと三人で参加でき、素敵なひと時を過ごすことができました。イベント前のランチでは夫の従姉妹のSりさんから手作りのネックレスをプレゼントされ、それを首にかけました。服は母の指示通り、購入しました。
 

↑イベントが終わった後、あがた森魚さんと。


↑勤労ちゃんが完璧なメモを書いてくれ、あがた森魚さんにそのメモを渡しこのまま書いてと指示。完璧なサイン入りCD。
「いずみ〜北海道くらいの詩」テーマソング。「夢が叶えられる街では」。家に帰り聞いてみると、私の好きなフィル・スペクターのウォール オブ サウンドでした。


↑今回のSりさんから頂いたたくさんの手作りのネックレス。真ん中の赤いのを当日付けました。



H医師からのメッセージとTさんから届いた蝋梅の写真。 - 2015.01.24 Sat

 まずは昨日、無事写真が写せたとのことで、Tさんから庭に咲いているというお花の写真が送られてきましたのでそれをアップしますね。北海道はまだ下から上にも吹き荒れる雪に悩まされています。Tさんがお住まいのところ(関東圏)は昨日は12度だったとのこと。ガーン。


↑黄色いお花が蝋梅なんですね。梅の仲間かと思ったらまた違うよう。初めて見るお花です。かわいいですね。うしろのはフェニックス?


↑こちらは水仙。すごい見頃。きれいに咲いています。北海道では咲くのは4月後半から5月かな。羨ましいです。


↑こちらはお花の名前は???鮮やかなピンク色です。
 ※ブログを見た方から、「サクラソウ」ではないかとメッセージをいただきました。そのようですね!教えていただいたNさん、ありがとうございました。


 ブロッコリー等の家庭菜園も続けたいとのことで、ご自宅の庭のお花のお手入れや野菜作りに今年も頑張っていただきたいな~と思います。また様子教えてくださいね。


※↑1月25日に家庭菜園の白菜の写真も届きました。鳥に食べられ、穴だらけだそうです。穴は開いていますが、栄養濃そう(?)な白菜ですね!


 H医師より

ー ー ー ー ー

(火曜日)無事お着きになったかどうか皆で心配していました。大変なご帰宅だったようですが、ご無事でよかったです。

○○様のご尽力で入院加療させていただくことができました。入院中も何度もお見舞いくださって、ブログにも書いてくださってありがとうございました。

↑昨日の1月23日に届いたH医師のメール。

ー ー ー ー ー

お忙しい中、たびたびお見舞いに来てくださりありがとうございます。

○○様は、まだ方向転換時に数回に1回はすくみが出現したり、重心を崩したりすることがあり、症状がなくなったわけではないようですが、入院時よりは大分良いですし、危険を認識して行動できるようになられたように思われます。

ブログの動画も、日本中で見ていただけて、○○様にはとても感謝しています。

↑1月19日に届いたH医師のメール。


 Tさんもブログアップ快く承諾していただいてありがとうございました。同じ病気の方や医療関係者の方の治療の参考になりますように。



退院後のTさんからのメッセージが届きましたよ。 - 2015.01.23 Fri

 12月9日より北海道のS病院H医師の三剤療法の治療を受けていたTさんですが、1月20日に退院されました。その日は大雪が降り、千歳空港は大混乱。飛行機の羽の雪下ろしなどで出発も遅れ、自宅に着いたのは午前零時過ぎだったそうです。本当に大変でした。疲れは取れたかな?と思った時にこちらからメッセージを送りました。昨日いただいたその返信です。

ー ー ー ー ー

疲れは取れましたが、今蝋梅の花が咲いていますが天気が悪く(雨)写真がとれません、

まずは御礼から、そちらに入院することから入院中のこころ配り有難う御座いましたお陰で帰ってから皆に良くなったねと評価されてます。

ー ー ー ー ー

 まわりの方も改善されたと仰っているんですね。よかったです〜。

 H医師ありがとうございます!S病院のスタッフの方もありがとうございました。

 Tさん、もう梅の花が咲いているんですか?ゆっくりでいいですので、写真写せたら送ってくださいね。



リポスフェリック社のグルタチオン液体サプリメント。 - 2015.01.20 Tue

 河野先生の昨日更新の「介護通信2015年01月19日」で紹介されていました「リポスフェリック社のグルタチオン液体サプリメント」を情報としてここにもアップします。

 以下、「介護通信2015年01月19日」より。

ー ー ー ー ー

グルタチオンの話題1
多系統萎縮症。米国リポスフェリック社の液体で効果を確認

MSA-Pの患者さん(68歳女性)が滋賀県からグルタチオン点滴に通院しているのだが、液体サプリメントを購入し、点滴の効果が切れたころに内服するとちゃんと効いたと報告された。

YAHOOショッピングで購入できる。カルフォルニアからの取り寄せの為、2週間かかるが、宅急便指定にすれば1週間で届くと書かれてある。30包で9680円。英語ができなくても輸入してくれるので便利だろう。





S病院H医師の三剤療法を受けられているPSPのTさんの動画。その4。  - 2015.01.18 Sun

 12月9日(火)に飛行機に乗って来て、北海道札幌のS病院に入院中のTさんですが、私は1月16日(金)に五回目のお見舞いに行って来ました。この日はワタルの進路先の体験実習で丸一日私に時間が必要で仕事を休ませていただきました。午前中時間が少し出来たのでTさんのところへ。歩行のリハビリを見学できないかな?と思いながら行くと、幸運なことに見学でき、理学療法士さんともお話ができました。よかったです。

 前回と違う理学療法士さんで、「Tさんですが、お正月前後に調子を崩していたんですよ」と話してくれました。それを聞いて、前回のお見舞いの時のTさんのちょっと戸惑っていた様子の理由がわかりました。「波がある」とのこと。そうです、夫も波があります。Tさんもお正月前後調子を崩していたんですね。でもここのところ上向きとのこと。Tさんも「調子がいいみたい」と明るい表情でした。よかった!

 前回ですが私がお見舞いに行き、ディスペースのテーブルと椅子があるところでお茶していると、夕食の準備の時間になり、隣のテレビとソファーがあるコーナーに二人で移動しました。ソファーの高さは食事をする椅子よりも低いものです。そこに座るのに中腰の姿勢が保てなくて、途中からドシン!とソファーに座っていました。立ち上がる時も一回では立ちあがれず、ドシン!と一回ソファーに座ってしまい、二回目で立ち上がっていました。

 ところが今回は、立ったり座ったりを繰り返してもらっても、スムーズです。やっぱり調子も上向きです。動画を見てみてくださいね。


↑テレビの前のソファーに座ったり立ったりを3回もやってもらいました・・・(うまく動画が写せなくて3回も・・・)。3回ともスムーズでした。


↑リハビリの見学。夫のリハビリを見学したことあるのですが、一周100メートルのフロアを歩きます。二周歩いたところで、リハビリ室の低めの椅子に座るところです。ドシンとではなくて、普通に座れています。


↑リハビリ室からフロアに出る重めのドアを開け、歩行を継続しているところ。戸を引いても、フラつく感じはなく、普通に開け、歩き始めています。90度左に向きを変えています。支えはしていません。


↑リハビリが終わり帰る時。少しすくみがあります。でもお見舞い一回目の時のすくみは、もっと大胆でした。理学療法士さんは「疲れると出やすい傾向にある」と話してくれました。


↑リハビリ途中の歩き始め。こちらはすくみはありません。スムーズに最初の一歩が出ています。左足の動きが少しだけ右より悪いのですが、PSPの症状が出る前にちがう病気をしていて、それの影響ではないかとご本人も仰っていました。


↑リハビリが終わり、4階から3階に階段で移動しているところ。支えてもらっています。

 三階の入院病棟から四階のリハビリ室に移動したのですが、行き帰りともエレベーターは使わず階段を利用しました。理学療法士さんが支えていましたが、手すりをつかい、階段の上り下りを。手すりもがっちり掴んでいる感じでもなく、ふらつきもないようでした。
 すくみやバランスを崩すのは完全にはなくなってはいませんが、お正月前後に調子を崩した後、また上向きになっているとのこと。私も前回より調子がいいと感じました。
 Tさんは、目前に迫る退院日に向け、
「帰りの飛行機を乗るときは、車椅子は使わない」
と宣言していました。あと、
「家庭菜園を今後も頑張りたい」
と目をキラキラさせて話していました。

 よかった!



S病院H医師の三剤療法を受けられているPSPのTさん、その3。  - 2015.01.12 Mon

 12月9日(火)に飛行機に乗って来て、北海道札幌のS病院に入院中のTさんですが、私は1月11日(日)に四回目のお見舞いに行って来ました。前回の土曜日は私が熱を出していて行けませんでした。

「どうですか?Tさん。最初のお見舞いの時(三剤療法四日目)はまだ薬の効果もないようでと仰ってました。二回目のお見舞いの時(三剤療法11日目)は効果が出てきたと明るい表情に。三回目のお見舞いの時(三剤療法18日目)もさらに改善されたと仰っていました。4回目の今日(三剤療法33日目)はどうですか?」
「それが自分ではよくわからなくて・・・、いつも歩くときは看護師さんが付いているし・・・」
とTさん。
 今回、動画は写せませんでしたが、Tさんの担当の理学療法士さんと偶然、お話しすることができました。
「入院時よりはとても改善されました。しかし、方向転換するときにバランスを崩しやすい、最初の一歩が出づらい時がある等がまったくなくなったわけではありませんので、日常生活に見守りが必要でしょう。あと家の中ですと、方向転換する所とか必要なところに手すりを設ける必要があります」
「杖はどうですか?」
「杖があっても、完全な転倒防止にはなりません」
とのことでした。

 Tさんですが今はよくわからないということは、三剤療法の薬を飲んで効果が上がってきて、今は横ばいの状態なのでしょうか???私は体の重心を左右に移動してもふらつくことはなく安定しているなぁと思う場面があったのですが(ベッドの下に敷いてあるセンサー付きのマットのスイッチを切ろうと、立ったままやや中腰のままで上半身をひねり、壁の近くにかかっているスイッチを押そうと手を伸ばし、押しました。ベッドの柵には捕まっていましたが。その際、スイッチをちゃんと切れたかどうか、前を向いたけどまたスイッチの方向を上半身をひねり見ていました。ふらつき等なかったです)。やはり行動を数値化するといいのかもしれません。

 私はTさんに言いました。
「夫も三剤療法ですが、劇的に良くなったという風に思ったことはないんですよ。この病気ですが症状がなくなることは考えられなく、後ろを振り返れば、進行がゆっくりだったなぁという風に感じます」

 夫は平成18年から平成25年の春までの7年間、三剤療法(保険料薬のみ)で歩けていました。その後はコウノメソッドもプラスになり、今現在も何とかかんとか歩けます。

 またお見舞いに行きますね!Tさん。



謹賀新春。 - 2015.01.10 Sat

 みなさん、遅ればせながらあけましておめでとうございます。

 昨年12月29日ワタル発熱(翌日の30日熱が下がり病院では風邪とのこと)、31日午後家族で年越しをするためリュウ予定通り自宅へ。1月2日午後に病院に戻る時間くらいに私が発熱(病路感染症?)。私の仕事復帰は昨日の9日。一方リュウも4日くらいから発熱(肺炎?)。

 家族が体調を崩す合間に奇跡的に取れた「普通の二日間」で家族四人で笑顔で年越しができ、新年も迎えることができました。よかったです。

 今年もよろしくお願いします。


↑元旦の近所の街路樹のナナカマド。


↑元旦の近所の公園。ワタル曰く「うさぎのこうえん」。なぜそう言うのかというと、出来たときにうさぎの遊具があったからです。


↑上の写真。12月30日夜M病院で今年最後のカレンダー係をするリュウ。明日の日付けを合わせています。
下の写真。大晦日に残してくれた2014年最後の朝食のパンと、胃ろうのチューブから薬を入れるための注射。一回に3本使います。31日の午後にリュウを迎えに行ったのですが、そこでやり方を教えてもらいました。胃ろうからの栄養は朝食後に一回なのですが、先生とも看護師さんを通じて相談し、今回は自宅ではしませんでした。


↑大晦日での自宅で一家四人でくつろぐ。リュウ、まずビールを飲みました。それから友だちのサラから以前いただいたさくらパンダのスパークリングワインを。何かの時に取っておこうとしまっていて、この日開けました。グラスは小樽の北一硝子のもので、私たちの結婚祝いにI田さんから頂いたもの。リュウと乾杯!美味しかったです。格別の味でした。
大晦日は例年すき焼きでしたが、牛肉が食べづらいかなと思い、病院では出ないキムチ鍋にして、肉は肉団子に。他に近所のスーパーで買ったお寿司と、オードブル。


↑リュウの横に座り、介助しながら私も食べていると、突然目の前に見たことがない飲み物が。ワタルがグフグフ笑いながら、楽しそうにしています・・・。コップにザンギ(鳥の唐揚げ)が入っていて、氷を入れてありました(私が気がついた時には)。

「な、なにっ!ワタル!」
 ギョッとして私が言うと、
「ザンギジュース〜〜!ツボ八になかったの〜〜!グフグフ」
 とのワタルの答え。そしてそこにオレンジジュースを注ぎ始めました。
「ちょ、ちょっと!それっ!せ、責任持ってちゃんと飲む?食べなさいよ!」

 ワタルはどんな人も想像したことがないであろうドリンクをグフグフ笑いながら飲み、全部食べました。何ていうか、ワタルには常識とかが通用しないところがあり、私も価値観を1000度くらいひっくり返されたことが何回もあります。人類の知恵の結集で積み上げてきたものを根底からひっくり返すような。


↑2日の午前中のひととき。上の写真。ワタルの高校での授業風景や郊外活動の様子などをまとめたアルバム(学校で作ってくれた)を見るリュウ。下の写真。北海道テレビで朗読された私のエッセイを見せられるリュウ。その隣の本は、本日発売の北海道新聞社の「いずみ〜北海道くらしの詩」の本。私のエッセイも掲載されています。みなさん、本屋さんに行ったら74ページを見てみてね!


↑元旦にはお雑煮を食べました。毎年食べています。昆布と鰹節でだしを取りしょうゆ味で、中身はお餅、鶏肉、大根、人参、椎茸、つと、三つ葉です。写真上はお雑煮ではなく2日の昼食、生チラシを作りました。下の写真は、タチ(鱈の白子)の味噌汁です。

 リュウもパクパク食べられ、とくに転倒等もなく、家族四人で普通の年越しをし、新年も迎えることができました。もうお気づきのことと思いますが、普通に過ごせる日常は奇跡にも近いことです。
 感謝。

 そう言えば、元旦の朝目が覚めリュウに、
「あけましておめでとう!今年もよろしくね!」
と私が挨拶をしました。言葉が不明瞭になってくると私は何を言いたいのかということを想像しながら聞いています。聞き取れないと、こういうことを言いたいのかな?という言葉を口に出して、リュウに首を縦に振ってもらうのです。そのため、あらかじめの答えを何種類か想像しながら口元を見たり、聞き取ろうと耳を傾けています。この元旦の日の挨拶の答えですが、「あけましておめでとう。ことしもよろしく」かな?と思って、返事を待っていると、
「セワバッカリカケテ」
という私の何種類かの返事の想像外のもので言葉に詰まりました。私は何か言おうとしたのですが、想像外の台詞にどうしてもすぐに返事ができなくて・・・。

 そんなことないよリュウ!
 












輝ける「第一回(二回目が有るかどうかは判らない)やさしいまなざし大賞」発表 - 2015.01.06 Tue

 友だちの勤労ちゃんが昨年11月5日に「やさしいまなざしの掲示板」に第一回やさしいまなざし大賞以下各賞を発表してくれました。何かピンと来ないんですけど、「第一回やさしいまなざし大賞」は100名以上の支持がありとあり、他の賞も入れるとたくさんの方々が私たち家族の日常を伝えるブログ記事にこの記事がよかったと反応してくれていたことを知り、感涙です。「特別大賞」から始まり、「第一回やさしいまなざし大賞」は一番最後の方に発表されています。※青い文字をクリックすると、それぞれのブログ記事が表示されます。
 以下、勤労ちゃんより。

ー ー ー ー ー ー ー

 9月16日の「いずみ~北海道くらしの詩」の放送及びネット配信により、世界進出したこの「やさしいまなざし」ですが、最近は病気の詳細や文献、主治医の研究発表で、この病気の御本人・御家族への情報が多いため「大変な病気なんだね」との声も多く、御返事も大変だろう、との事で私あてに来たメール・メッセージですが、まとめました。11月3日の文化の日に合わせようとしましたが多忙とIT音痴のためチョイと遅れてしまいました。

 2012年6月23日に始まる記事で複数の支持を得たエントリー作品は、48記事です。一人一票ではなく、良かった記事とその理由を寄せられ、その中で私の独断と偏見(一つづつなんて数えていられなかったので)で、各賞を発表いたします。私達のような法律屋は、出来事は皆事件なので犯罪ではないのでお気になさらず。

【特別大賞】

・「リュウが残してくれたパン」事件
は 2013.4.16 に始まり 2013.6.4からはほぼ毎日、現在に続く「今日のパン」なので特別大賞として賞賛いたします。



【微笑ましいで賞】

・「RCサクセション と まくら投げ」事件 ~2012.7.28 忌野清志郎も あの世でビックリ!

・「ワタルくんの反省文」事件 ~2012.8.4 に始まる一連の記事で 反省文 「始業式の日の反省文」を書きながらもワタルくんは反故にして叱られる。
・「イイカゲン・・・」事件 ~2012.8.27 に始まる一連の記事。実はリュウさんは モノマネ番組が好きだった ことが判明。

・「リュウと二人で旅行に行きます」事件 ~2013.5.11 に始まる 空飛ぶドクターとの紀伊半島旅行一連記事。 「リュウと私、空を飛べました!」は 私の頭の中にとぐろを巻き 鼻歌を歌い「壊れたCDのようだ」と 揶揄されました。

・「ストラップで押し問答」事件 ~2014.2.22 「キィー、くやしい!」は いかにもVANILLAさんらしいとの事。
・「美瑛へ家族旅行」事件他~2012.9.23 に始まる 入院後の 外出「お墓参り」「藻岩山」「美術館」など及び旅行 は 医師や看護師の同行も無いのに 家族で助け合って みんなで楽しんだ事に 良かったね と声を掛けたくなる との意見多数。



【リュウさんがんばれ賞】
・「リュウのリハビリを見学する」事件~2012.9.2 能あるリュウさんは爪を隠す。

・「まちがえたトイレの手すり」事件~2013.2.27 手すり並に頑丈だったVANILLAさんの腕 と判明。

・「リュウのイエスとノー」事件~2014.2.1 リュウさんの辛い気持ちが伝わってくるようで 切なくなってきた との感想が多数ありました。

・「羽交い絞めで腰を痛める」事件~2014.4.30 その日によって調子が変わるリュウさん、頑張れ! と共に焦ったであろうVANILLAさんのボケっぷり。

・「父の日おめでとう」事件~2014.6.15 家族が揃って御祝い。来年も再来年も、そのまた次の年も と 永遠に続いて欲しい との感想多数。

・「リュウさん、お誕生日おめでとう」事件~2013.11.16 今年も もうすぐですね。来年も再来年も ずっとずっとずっとずっと お祝いしましょうね

続きです。



【学術研究賞】

「ミミズ論議」事件~2013.2.10 に始まる ミミズの生態 は 妹2号の学者のプライド にて決着。後日談、妹2号にとって ミミズ とは 俗に言うイトミミズ を指し 私達が普通に見るミミズは 大きいミミズ と言い仕事には ほとんど関係ないのですが そのプライドゆえ 解剖し確認した そうです。会社(研究所)の設備を個人的に使った給料ドロボウ。 「農園のミミズ~ワタル小学校時代」 「ミミズについて」 「続ミミズについて」 「続々ミミズについて」(妹2号さんが解剖確認)

・「おととい、おとつい統計」事件~2013.7.21 に始まる一連の記事。地域性が顕著に現れた記事でした。
「三日間のパン」←こちらが指摘された元のブログ記事。

・「クロワッサン論争」事件~2013.6.15 に始まる赤だの白だの で、結局 クロワッ2 で決着。 「つづき1」 「つづき2」 「つづき3」 「つづき4」



【大笑いで賞】

・「認知症のテスト」事件~2012.10.27 その日が何月何日か判らなくても ゴミの日ということは判っていた。93-7 より、3割引・半額の計算の方が簡単で 医師の質問に対して VANILLAさんの方が重症と判明。

・「VANILLAさん、下剤を飲む」事件~2012.11.11 お湯加減を確かめているうちに 少しづつだが飲んでしまい 結局 お腹を下してしまった。

・「イブキくんの誕生日と成人式」事件~2014.1.13 誕生日というのは 毎年 といちいち言わない と またボケっぷりに吹き出したと言う方、多数。

・「VANILLAパワー全開」事件~2014.3.22 に始まる 「赤福」関連記事。ある日、突然 1000km以上も南の「赤福本店」で出来立ての「赤福を食べたい」と言い出し 飛行機で出掛け、一口食べて号泣するも 「そんなに暑いの?」との F・Bのお友達の返答に 私、苦笑。お天気にも恵まれ、VANILLAパワー強し、VANILLAパワー偉大、VANILLAパワー向かうトコロ敵無し!! と 絶賛!!! 「号泣でお皿に乗った赤福食べるかも」 「赤福書き方訂正」 「ありがとうみんな赤福」 「メールタイトル忘れてた」 「お、オーバーラン4回?」 「無事に中部国際空港に着きました」 「お皿に乗った赤福で涙が」

【特別賞】

・「プリンを食べる」2012.10.27 に始まる、 「バニラアイスに突き刺さる視線」「私に届いたケーキ」「太閤出世餅」等、私って一体・・・は、 甘い物大女帝 に決まっているでしょ!!



そして100名以上の方々の支持、感銘を受けた

【第一回やさしいまなざし大賞】は、

・「ガンバッテイルノハオクサン」事件~2014.5.25 もし・・・と自分に置き換えた時 果たして主治医とは言え 他人の前で 自分の妻に賛辞を唱えられるか? 女性陣には理想の夫だ、男性陣には素直に感謝を言うのは難しいだろう との感想が大多数で 2年半程になる入院生活で 一番辛いのは御本人でしょうに、妻だから、夫だから と言う馴れ合いではなく 心からの感謝、いたわり、ねぎらい の言葉が凝縮されている と感動した と言う感想が 一番多い記事 でした。

 今後また調子を崩したり、また冗談を言ったりと、山あり谷ありの闘病生活でしょうが、がんばってください!!!

 以上をもちまして 第一回やさしいまなざし大賞発表を 終了いたします v(^^)v

 緊急追加

 読者の皆さんから、ご指摘をいただきました。


【第一回やさしいまなざし準大賞】
・「リュウさん、全宇宙の平和・幸せを祈る」事件~2012.8.4 に始まる 七夕・クリスマス などの リュウさんの祈り・願い は 御自分が難病で有るにも関わらず 世界中(文字通り海外からもメールが来ておりますので)の この世の誰もが幸せになり また 現在 世界各地で起こっている紛争が無くなるように そんなリュウさんの気持ちが伝わって来た との感銘した と 多数。

 以上を持ちまして、本当に「第一回やさしいまなざし大賞」発表を終了し、副賞として本当の「大拍手」をいたします。

ー ー ー ー ー ー ー

 以上です。
 私たち家族は実際困難がたくさんありますが、喜怒哀楽のあるそれなりの日常というものがあることを知ってもらいたくもあり、ブログも書いています。エントリーに上がった記事のひとつひとつが私たちの生活上で起こったものが多く、胸が熱くなる思いでした。
 この度は感想を伝えてくださった皆様、ひとつひとつ大切に私に伝えてくれた勤労ちゃん、ありがとうございました。
 


  

尿路感染症(急性腎盂腎炎?)私が。 - 2015.01.06 Tue

 無事に一家で年越しを家で過ごすことができたのですが、その後から私に高熱が。どうやら尿路感染症(急性腎盂腎炎?)とのことで薬をいただき、もう少し安静にとのことです。熱は落ち着いてきたかな・・・。



 友だちが昨年、ブログの掲示板に載せてくれていた「第一回やさしいまなざし大賞」次にアップしますね。
 それではまたもう少し大人しくしています。




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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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▶奥さんがリュウと同病である短大のK先生とゼミのみんな
▶ワタルの幼稚園時代の先生方、小学校時代の先生方、中学校時代の先生方、児童会館の館長Iさんと職員の方々、訪問介護ステーションMのKさんとスタッフの方々、ヘルパーTさん、児童デイサービスHのスタッフのみなさん、ケアサービスステーションKのMさん、NPO法人WのMさん、児童ディサービスSのYさん
▶特別支援学級のママたち
▶私のたくさんの友人
▶進行性核上性麻痺の患者・家族の会のPSPのぞみの会のみなさん

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