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2016-04

野党共闘の北海道五区補選終わりました。 - 2016.04.30 Sat

 4月24日(日)投開票の北海道五区補選が終わりました。結果は故町村さん(今回の5区補選は現職の町村さんが亡くなってしまったので行なわれました)の娘婿の和田さんが当選しました。
 立候補してくれた池田まきさんありがとうございました。それから野党共闘になる前に出馬を表明していた橋本美香さんもありがとうございました。
 そして、私から選挙のことお話ししたり、手紙を書いてそれにお返事くれたりのみなさんもありがとうございました。私は選挙にかかわるのは初めてのことで、どういう感じだったのか書きたいと思います。私が写した写真を中心にアップしますが、今回の選挙のお手伝い等はリュウの毎日の病院はそのまま行き、イブキとワタルのご飯支度や家事等もして、仕事もしてそれ以外の時間でかかわらせていただきました。

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↑池田まきさんが五区に出馬を要請される前。誰も何も知りません。本人も。昨年11月22日(日)の夕方に開催した怒れる女子会札幌主催の映画(遺伝子組み換えルーレット)の上映とお話しが終わった後のスタッフ(後のイケマッキーズ)の写真。右端でこちらを向いているのが池田まきさん。この時私は池田まきさんが関わっていた『女性サポートAsyl』のことを色々聞きました。10円食堂とかやっていたんです。10円ってびっくりして。私撮影。

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↑そして池田まきさんが五区補選で出馬するかもしれないとの第一報。昨年12月8日(火)の北海道新聞朝刊。初めて見てビックリ。怒れる女子会札幌のみなさんもビックリ。上田前市長らの市民有志が池田まきさんに出馬を要請し、野党統一候補として各党にも呼びかけるとの内容。私撮影。
 *イケマッキーズは年を明けて1月に結成されました。ご本人もメンバーです。

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↑『衆議院5区補選「統一候補」勝利のための共闘協定』
 池田まきさんが出馬を決意する前に共産党の橋本美香さんが出馬を表明していました。野党統一にならない時期が長く感じました。その間それぞれが街頭演説等頑張っていました。そしてついに2月19日(木)に野党統一候補に。野党を支持する市民が一つに。イケマッキーズNさん撮影。

『衆議院5区補選「統一候補」勝利のための共闘協定』
1、立候補予定者は安保法制(戦争法)の廃止をめざす
2、立候補予定者は立憲主義を民主主義の回復をめざす(集団的自衛権行使容認の閣議決定撤回を含む)
3、立候補予定者は国会活動において、上記1、2の項目に従って行動し、所属会派の状況にかかわらず、その姿勢を最後まで貫くことを制約する。
 以上の共闘協定に合意し、立憲主義回復、安保法制(戦争法)廃棄をめざすあらゆる政党・団体・市民とともに全力を尽くして、衆議院北海道5区補欠選挙における勝利をめざし、ともに奮闘する。2016年2月19日

戦争をさせない北海道をつくる市民の会呼びかけ人 上田文雄
衆議院北海道5区補欠選挙予定者 池田真紀
民主党北海道5区総支部代表代行 勝部賢志
日本共産党北海道5区選対本部長 鈴木龍治

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↑3月6日(日)江別の池田まきネットワークという選対事務所でチラシを折るのを手伝う私とイブキ。イケマッキーズのみなさんや市民の方と。写真は民主党(民進党)の選対事務所。共産党は別に選対事務所を設けていたそう。今まで選対事務所という場所に行くことがないと思っていたので、そういう自分にもびっくり。野党共闘じゃなかったら行かなかったと思ったし、野党共闘だったから行きました。これは民主党(民進党)のチラシ。うちは5区ですが、池田まきさんを応援する民主党(民進党)のチラシも共産党のチラシも入りました。「色々な党と市民が一人の候補を応援する」、かつてこういうことがなかったです。私撮影。

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↑3月21日(月祝) 女性国会議員合同街頭演説江別イオン前。左から「生活の党森さん」「維新の党太田さん」「民主党辻元さん」「池田まきさん」「共産党高橋さん」「社民党山内さん」私撮影。

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↑3月21日(月祝) 女性国会議員合同街頭演説江別イオン前。左は橋本美香さん。右が池田まきさん。私撮影。

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↑3月23日(水)夕方のNHKの「投票まで1ヶ月」という特集。5区は過去に補選がありました。補選は普通の選挙と比べて投票率が低いそう。上の写真の「H22補選53.48」というのがそうです。そうですよね、「選挙選挙」って言うのが全国規模なのと「ひとつの区」の差でしょうか。でもやっぱり比べるとしたら、ここと比べるべきじゃないかな~と思います。例えば5区から中央区に勤務している人がいたとして、まわりに5区の人がいなくて選挙の話をする人がいないかもしれないのです。選挙カーも一部分しかまわらないし。

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↑3月21日(月祝)にうちの玄関横に二連ポスターの看板を立ててもらいました!こんなこと初めてします。

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↑上のポスターは近所の人ももう見たかと、4月3日(日)にジャーナリスト鳥越俊太郎さんとのに変えました。

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↑写真は4月10日(日)に上の看板の千歳グリーンベルトでお祭り広場でのイベントが終わった後の、札幌市内でのイベント。池田まきさんと奥田愛基さん。私撮影。千歳は行けませんでしたが、市内のイベントに後半少し参加しました。
 千歳のイベントでは、池田まきさんの応援に、ジャーナリストの鳥越俊太郎さん、上田文雄前市長、山口二郎さん、ママの会の長尾詩子さん、シールズの奥田愛基さんが。この千歳の時の演説を私は自宅で、座間宮ガレイさんの生中継で見ていました。みなさん印象的でしたが、最後に飛び入りで参加したシールズの諏訪原さんが言っていたことも印象に残っています。「これからの選挙は、自分の状況をさらけ出して、政治と結びつけてスピーチしよう」というものだったと思います。確かに、選挙とは「政党が政策を訴えて私たちはそれを聞いて選ぶ」というような市民が主人公のものではなかったと思いました。
 写真の札幌市内でのイベントに話は戻りますが、イケマッキーズの人たちになかなか会えないので少しでも会えてうれしかったです。

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↑私は時間的に余裕がないので、イケマッキーズの人とはほとんど一緒に動けませんでしたけれど、自分ができること、看板を立てたり、あと近所の人に選挙の話をしたり、友人知人にお手紙書いたり、ラインで友達に選挙のこと伝えたり教えてもらったりしていました。本当に色々教えてくれてありがとうございました。
 写真は私が思い付いて選対事務所に確認して作ったもので、Web上で拡散するためのものです。これとは別に「電話勝手連」という全国の有志が、5区に住んでいる人に池田まきさんをよろしくお願いしますという電話がけをしていました。その人数もたくさん増えていき、最後は500人位に。

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↑街頭演説できる最後の日曜日である4月17日(日)の厚別中央公園でのイベント。あいにくの雨でしたが池田まきさんを応援するたくさんの市民が。私撮影。

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↑二連ポスターは告示の日までしか貼れません。告示日以降オーケーのポスターを玄関に貼りましたが、公職選挙法でやっていいこととだめなことが細かくたくさんありすぎて、それもよくわからないことがたくさんあって、選対事務所に何回か電話確認しました。いろいろ面倒なんですね。

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↑投票日前日の4月23日(土)札幌中央区。撮影、イケマッキーズHさん。野党共闘をあらわす一枚です。

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↑4月23日(土)拡声器を使っての演説は夜の8時まで。その最後の街頭演説は江別のタコ公園で。その後池田まきさんは一回選対事務所へ。しかしその後、新札幌でひっそりと立っていたそうです。撮影、友人Tさん。他の支援者もそれぞれがその日がまわるまで、それぞれのところで立っていた人も(投票を呼びかけて)。こういうことも選挙活動に関わっていなかった今までは知らなかったことでした。

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↑投開票日の4月24日(日)夜10時位。江別の選対事務所。私撮影。少しだけ来ました。イケマッキーズの人も集まってきました。他の支援者も。橋本美香さんの姿もありました。左にテレビ画面に「当確」が出た和田さんが写っています。

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↑落選の挨拶をする池田まきさん。

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↑5区の選挙をずっと引っ張ってくださっていた上田前市長。

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↑翌日4月25日(月)の夕方のNHKのニュース。

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↑翌日4月25日(月)の夕方のNHKのニュース。

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↑翌日4月25日(月)の夕方のNHKのニュース。

 野党は前回の2014年の衆院選と比べると、票を減らした市町村がありますが、2012年の補選と比べると減らした市町村はなく、そこと比べると全部増えています。前回の補選は公認候補で、今回は無所属なので、告示されてから選挙カーの台数からポスターから政見放送等も制限され、かなり不利なのにもかかわらず。この増えた部分は池田まきさん本人の力とまわりのみなさんの努力の結果のように思います。投票率もH22年の補選時よりはよくて57.54%です。前回の2014年の衆院選よりは低いですが。
 与党はやっぱり2014年の衆院選と比べると、票を減らした市町村がありますが、2012年の補選と比べると、新篠津村で減っています。
 最初楽観視していた与党は、中間で焦り、後半組織票獲得のために一生懸命だったとのNHKのニュース。与党は本気になって組織票獲得のために動いたら、票もたくさん取れるんだとびっくり。
 
 私のように今まで選挙にかかわったことがない人がかかわっていたし、今回、今までかかわっていた人にも出会えました。それからみんな得意なことが違っていて、それぞれのピースでパズルを完成させるようにみなさんが協力している姿が見えました。写真が得意な人、デザインができる人、動画撮影や編集が上手な人、イベント企画ができる人、スピーチで自分の気持ちが話せる人、文章を書くのが上手い人、重要な情報をキャッチして流すのができる人、スピーチを素早く要点をまとめることができる人、スピーチを素早く書き起こしできる人、お話しするのは大丈夫と全国から電話をかけてくれたりです。
 それから、チラシを一軒一軒まわって入れてくれたり、道路でポスターを持って立ってくれたりの地道な活動も。それも5区以外の全道、全国から5区に来て、チラシ折りを手伝ってくれたり、街頭に立ってくれたりも。

 支持政党あるなし関係がなく、ただただ野党統一候補の池田まきさんに当選してもらいたくて、みんなが一つの目標のために自分ができる範囲で動いていた姿が忘れられません。

 旗が苦手な私には解放される選挙戦でした。こんなことなかったです。
 池田まきさんやみなさんに貴重な経験をさせていただきました。



知的障がい者の代理投票。次男の例。 - 2016.04.20 Wed

 もうすぐ19歳になる次男。今年の参院選から投票ができます。でも実際にどうやって投票したらいいのかわからないので、昨年「札幌手をつなく育成会」の模擬投票を体験しました。そこで次男は、二人のスタッフの人に付いてもらい、「代理投票」をしました。以下は実際の様子です。「代理投票」とはどういうものなのか、だいぶわかりました。

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↑付添人が一緒に行けるのは「受け付け」までだそうです。そこで私が「代理投票をお願いします」と言いました。すると、待機していた二人の人が次男に付いてくれました。どこにハガキを出し、投票用紙をもらい、どういう風に記載し、どこに何を入れるのか、次男は何もわかりませんが、代理の人が教えてくれながらの投票です。本番でも次男はこのような形になると思います。

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↑「自分で投票する人書けますか?」と代理人。もう一人の代理人の人は、様子を見ています。関わるのは一人の代理人。

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↑「書けません」と次男。

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↑「どの候補者に投票されますか?」と代理人。

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↑「これ」と指差しする次男。後で代理人の方に確認したのですが、事前に選んだ候補者を選んでいました。2回やったのですが、2回とも次男は自分が決めた候補者を指差ししました。


 終わった後、質疑応答がありました。
 「今回、障がい者の人の対応をしてくれて、こういう方もいると今いる職員さんはわかってくれたかと思いますが、実際はアルバイトの人がいるので、同じように対応してくれるのかどうか不安」 

 「代理投票でこの人に投票するという新聞の切り抜きを持参してもいいかという質問には、その場で本人に確認取れたらいいとのことでした」

 「この人に投票するという他の人が書いたメモを持参してもいいかという質問には、その場で本人に確認取れたらいいとのことでした」。

 これなら投票できそうだという方法で(本当はもっと配慮も必要)、みなさん投票場へ。

 *また「期日前投票の方が落ち着いて投票できる」、「体育館とかだと入る時とか足場のこともあり、足の不自由な方は区役所等の期日前投票の方をお勧め」とも聞きました。



池田まきさんの主なスピーチ。 - 2016.04.17 Sun

 『そうです。私は市民です。そして、普通よりもスタートは遅れている市民でした。
 例えば、シングルマザーの2人に1人が貧困で、私も、その貧困の1人でした。2人の子どもを抱えシングルマザーとなった時、私は生きる道を見失いました。保育園に入るにも、あるいは税金にしても、何にしても、法律という壁がありました。現実とは見合わない制度が沢山あるんですね。
 しかしながら頑張ってこられたのは、やはり戦後の憲法があったからだと思います。それは「戦争をしない国」だけではなくて、個人を大事にする、すべての命に等しくある尊厳といったものが与えられていました。最低限の生活、基本的人権の尊重、憲法の25条もそうですが、13条も大事です。
 みんな幸せになっていいじゃないですか。夢を持っていいじゃないですか。
 家庭の環境だ、あるいは経済的や、障がいがあったりなかったり、なんでそのことで差別を受けて、夢を見てはいけないんでしょうか。
 その、沢山の、虐げられている、差別や偏見と、ずっとずっと向き合ってきました。絶対になんとかしなくてはいけない。この憲法が精神となって、私の道しるべとなって、そして法律や制度を結びつけたい、そう思ったわけです。 だから私は、徹底的な当事者目線、それで、福祉、介護、あるいは行政という立場での仕事をさせていただきました。』

『そして何よりも、今こんなに豊かだと言われているこの国で、借金を抱えながらでないと大学にいけない子ども達が後を絶ちません。さらに言えば、非正規雇用が増えて。若者に元気がないと言う大人達、当たり前です。若者に元気がある訳ないじゃないですか。借金を抱えながら、非正規雇用、低賃金の中に、そして社会保障制度はいつ無くなるか分からない。そんな安心できない国に、希望の光はありません。
 私池田まきは、本来政治といったものは主権者である国民が安心して暮らしていける、公正な社会の実現だと思っています。そのためにも、政治は希望でなければいけません。諦めの政治を変えなければいけません。今自民党の支持率が高いのも、政治に絶望があるからではないでしょうか。もう疲れ切っちゃってるんですよ。』

【↑池田まきさん 3月21日 女性国会議員合同街頭演説 at 江別イオン前ー書き起こし(の一部) by イケマッキーズ】

『本来政治家というものは、あるいは政治というものは、
投票行為の出来ない人たち、要するに子どもたちや、認知症や、知的障害でその行為ができないひとたちのぶん、
この国のすべての人たちのことを想うのが、政治ではありませんか?
自分たちの利権だけの、そんな政治は終わりにしたい。
本当の私たちの政治は、私たち市民でつくっていきたい。
声なき声を、今こそ思いに変えられる。そんな選挙はないと思います。』

『先ほど待機児童の話になりました。今話題になっているから
子育て支援の問題、いろいろ出てくると思います。
でも、本当の子育て支援は、
この国のすべての子どもたちを、戦争に送らないということではないでしょうか。
戦場に送らない。そして、この国が、戦争に巻き込まれない。この国の子どもたちを、絶対に戦争で犠牲にしないということだと思います。』

【↑池田まきさん4/10@千歳スピーチ書き起こし(の一部)by 小原美由紀さん】

法律というものは国でつくられます。
政治の力は大きいです。
政権交代が行われた時に、一瞬にして高校授業料無償化が行われた。
ホントに今でいえば小さな政策かもしれません。
だけど、とても大きなことだった。
今はどうですか?
今の政権では、このわずかな変化でさえ、後退しました。
本来であれば、もっともっと広げていかなくてはいけなかった、保障の
問題です。
ひとりを大切にしない政治が
弱者を切り捨てる政治が
ここまできてしまったと、いう憤りでいっぱいです。
いま私たちの目の前にあるのは、憲法の改正。安保の問題。TPPの問題。
大きな大きな重要な政策が
市民の生活の実態とはかけ離れたところで、
一部の人だけで決められてしまう。
そんな政治でいいんでしょうか?
今回の5区の補選は、まさに、一部の人たちだけで決められてしまうこ
の政治にストップをかけて、
本当の民主主義、立憲主義を、とりもどす。
しかも、今までのように、どこかの政党にお願いするんではありません。
私たち、市民が 市民がつながりあって
市民のために、市民が動く選挙です。
もちろん、多くの政党にこの間もご支援いただきました。
残すところの12日間は フルに、
政党は、政党としての、力強い応援をいただきたいと思います!
一つにつながるところは、言うまでもなく、「平和」です!
さらにいえば、
1人ひとり、市民の願い、様々だと思います。みんなちがう。
その市民の 心の中の叫びを一つにつなげていく。
多様であっていいから。
今回は本当に市民が 
市民のための政治をつくる第一歩にしたいと思います!
どうかみなさん、
わたくし池田まきが、この場でお約束できることは、福祉。
本当に安心できる社会の仕組みを
私 池田まきがつくってまいります。
そして、みなさんには、大きな平和に向かって
大きな連帯で、さらにその思いを広げてくださいますように
心からお願い申しあげまして、
わたくし池田まきからの訴えとさせていただきます。
どうぞよろしくお願い申し上げます!
頑張ります!

【池田まきさん4/12@北広島駅前スピーチ書き起こし(全文)by 小原美由紀さん】

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↑写真撮影:イケマッキーズSさん。




「デモに行ったとTさんに言ったら・・・」 - 2016.04.17 Sun

 3月27日(日)のデモに行った日の夕方の病院でのことです。病室に入ると同室のTさんが私に話しかけてきました。

「今日は日中どこかに出かけていたの?」

 その質問に一瞬言葉を詰まらせました。なぜかと言うと現在91歳のTさんは、若い時から60年間自民党員として頑張っていた人だからです。でも!と思い、

「安保法制反対のデモに子どもと行っていました」

と私は答えました。するとTさんは、ちょっと目を見開き、次の言葉までちょっと間があったので、怒られる!(←なぜ?)と思いました。でも出てきた言葉は意外なもの。

「デモ?安保法制反対の?・・・。・・・どんどん声を上げたほうがいい。もっと声を上げないとダメだ」

 そうTさんが言うのです。今度は私が目をまん丸くしていると、

「今の政府はやり過ぎだ。まわりの話は聞かない。庶民の生活を知らない。来年消費税が10%になったら、老人の孤独死がたくさん増える。国会議員に戦争体験者がいない。戦争というものがわかっていない。私は集団的自衛権というものが大嫌いだ」

とたたみ掛けるように言ってきました。

「本当にそう思うの?Tさん。今でもおうちの塀に自民党のポスター貼ってるし、今まで選挙カーにも乗っていたのに?」

「そうだ。やり過ぎだ。企業と同じで、自分にイエスを言う人ばかりまわりに集めたらダメになる」

 怒られる(?)と思って行ったのに、逆にもっとやりなさいと言われ、かなりびっくりしました。

「今度ね、4月24日に選挙があるの、五区で。Tさんは隣の区だから違うけど、うちは五区でね、それも候補予定の池田まきさんって私の知り合いなの。もう一人の候補者は町村さんの娘婿の和田さん。池田まきさんは野党統一候補でね、私は応援しているの」

「あぁそうか」

 Tさんは私にそう言いました。
 
 その後何日か経ってからのことです。

「今日、五区の知り合い3人に電話した。池田まきさんをよろしくって」

 Tさんが私に言いました。

「本当に?電話してくれたの?ありがとうTさん!」

 その後もお見舞いに来てくれる人の五区の人に、「池田まきさんをよろしく」と言ってくれていました。

 ありがとうTさん。

 そのTさんは、先週施設に移られ、お別れしました。

 私は相手を限定して考えていました。でもそうじゃないこともあるんだと、Tさんに教えてもらいました。

 私はTさんの自分史の書き起こしをTさんの希望もあり、少しづつするつもりです。

*この内容はTさんに断って書いています。


↑2月13日(日)私撮影。左から和田候補、池田候補、ドクターストップの橋本美香さんの代わりの川部さん。野党共闘になる前。



池田まきさんの二連ポスターの模様替え。 - 2016.04.03 Sun

 先日うちの玄関の横の方に立てた池田まきさんの二連ポスターの看板ですが、もう町内会の人も目にしたかな?と思い、模様替えを思い付きました!
 それで昨日、江別の選対事務所に行き、「ポスターを替えたいのですが」と言うと、ジャーナリスト鳥越俊太郎さんとの街頭演説のものを用意してくれました。そして、印刷されていた「民主党」はもう違うので(今は民進党)と、カットしてくれました。
 
 4月中旬までの期間限定で立ってますので、近所の方は模様替えしたポスター見に来てください〜!
 





リュウのマッサージ。 - 2016.04.03 Sun

 最近ですが、夕食があまり食べられないです。モグモグができてもゴックンができなかったり、モグモグもできなかったり。そういう時は食事が早く終わってしまい、時間ができます。

「そうだ!」

と思い、リュウの首や肩や肩甲骨のあたりをマッサージしています。首なんかガチンガチンです。この病気はもともと、ここのあたりが硬くなります。ベッドに寝ている状態だと、首や背中のマッサージはしづらいですが、夕食時イスに座っているので、チャンスです!

「かたいね!でも気持ちいいかい?」

と聞くと、「・・・ウン・・・」と言って、顔の表情も気持ちよさそう。それを何日か続けていると、ある日ふと、私もマッサージして欲しいと思いました。

「リュウ!リュウばかりマッサージしてもらっているけど、私もして!私もガチンガチンだから!」

と突然私が言い、リュウの前に腕を出すと、ソロソロと腕をあげ、ギュッギュッギュッと、押してくれました。でもその力は、多分ヒヨコが乗って歩いているくらいの力でしょう。

「ああ〜〜〜!気持ちいいわ!リュウありがとう!だいぶほぐれたわ!」

 私はリュウに聞こえるように、はっきりと言いました。

 ありがとうね、リュウ。 

 リュウのマッサージ、私の心にギュッギュッギュッと響いたよ。


↑3月30日。


↑4月1日の飾り。リュウと一緒に見たもの。


児童ディサービスSりーさんも終わりました。 - 2016.04.03 Sun

 3月31日、ワタルが毎日のように放課後過ごしていて児童ディサービスSりーさんも終了になりました。ここは高等部入学と同時だったので、三年間利用させていただきました。
 学校へのお迎えの後、Sりーさんの建物内でお友達と過ごしたり公園に行ったり、また土曜日に動物園に行ったりしました。
 
 アイロンビーズでたくさん作品作ったね!
 ペーパークラフトも「日本丸」と「名古屋城」の大作つくったね!

 お出かけのあとの食事は提供されなかった時も(午前中で終了の時)、Yさんが好意で作ってくれたり。

 思春期で落ち着かない時もあって、学校の先生の話し合いにも参加してくれました。スタッフの方がワタルへの対応を工夫してくださったりも。ほぼ毎日だったので、また濃密な関係を築かせていただきました。
 
 夏休みや冬休み、今回の春休みもお世話になりました。

 Yさんがいつも「大丈夫ですよ〜!」と言ってくださって、心強かったです。
 Tさん、一生懸命対応してくださってありがとうございました。
 他のスタッフの方も本当にありがとうございました。

 学校祭や卒業式にも来ていただいて、ありがとうございました。

 本人もですが、私たち家族も支えてもらっていました。

 本当に感謝です。
 

↑私とワタルからお手紙。


↑私へのパレンタインのチョコ。家族も感激!のもの、本当にありがとうございました。


↑「ありがとう」のカードと母の日の造花。


↑アイロンビーズの大作。道の駅「花ロードえにわ」。通常は型通りに作るのですが、作りたいように作らせてもらい、こんな大作が。


↑私へのブレスレットのはずがどうしても私に「あげない」とのことで、今は私の母のところにあります。


↑ペーパークラフトの大作「日本丸」。


↑こちらもペーパークラフトの大作「名古屋城」。家に持ってきた直後に写真写したはずがどうしてもなくて、今回写しました。色があせてしまいましたが、もっと色が着いていました。


↑毎月持ってきていラミネート加工した手作りカレンダー。毎月、リュウのベッドサイドのテレビ台に貼っていました。今月(3月)はもう終わったのですが、まだそのまま貼っています。



安保法制廃止パレードまた担任の先生と。 - 2016.04.03 Sun

 9割以上の憲法学者が違憲としている安保法制ですが、3月29日に施行となりました。その直前の3月27日に弁護士さんが主催のパレードがあったので、イブキ、ワタルと参加しました。この弁護士さん主催のパレードは4回目ですが、私たちは3回目が行けませんでした。ですから、1回目、2回目、4回目に参加したのですが、いずれもワタルの担任の先生!とです。

 1回目のパレードは7月11日で、衆議院での採決直前でした(衆議院の採決は7月16日)。参加者約6000人。
 2回目のパレードは9月6日で、参議院での採決直前でした(参議院での採決は9月19日)。参加者約2000人。
 4回目の今回のパレード(3月27日)は、安保法制の施行直前(3月29日)。参加者約2000人。

 今回は卒業式の後に、担任の0先生が「学校に忘れ物があるから自宅に届けます」とうちに来てくれた時に、私から先生に「また弁護士さん主催のパレードあるようですけれど、私たちはまた行くつもりです」と伝えたら、「私も行くつもりです」と先生も言ったので一緒に参加することに。
 
 パレードのスタートは大通公園。またワタルは先生に手をつないでもらい、コールしながら道路をみんなで歩きました。ワタルは卒業式後、先生に会えなくて「さみしい」と言っていたので、嬉しそうで、テンションも上がり気味・・・。テンションが上がると、声も大きくずっとしゃべり続けます・・・。

 ワタル、卒業式終わったら、先生ともお別れだと思ったけれど、違ったね!
 安保法制廃止になるまで、これからもまた、ワタルの好きな先生とパレードに参加できるかも!
 パレードで卒業後も先生とつながれるなんてね。

 パレード終わった後、4人でびっくりドンキーでハンバーグを食べました。

 ハンバーグを食べた後は、ワタルが「テレビ塔の有料の展望台に行く練習をしたい」と前から言っていたので、先生をお別れし三人で行きました。


↑「高教組」のノボリが見当たらなくて、今回は一般参加で。


↑ワタルは先生のコートの色が「かわいい」と言っていました。手をつないでもらってます。


↑コールの内容です。
 「安保法制はんた~い!」「海外での武力行使はんた~い!」「憲法で解釈でかえるのはんた~い!」


↑プラカードと一緒にカイロも!北海道はまだまだ寒いです。でもこの日はお天気よかったです。


↑テレビ塔展望台から見える大通公園。まだ葉っぱが出ていなくて、茶色いです。ここに上がるのに、窓口で手帳を見せてお金を払うのですが、ワタルにはまだ難しいです。



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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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▶奥さんがリュウと同病である短大のK先生とゼミのみんな
▶ワタルの幼稚園時代の先生方、小学校時代の先生方、中学校時代の先生方、児童会館の館長Iさんと職員の方々、訪問介護ステーションMのKさんとスタッフの方々、ヘルパーTさん、児童デイサービスHのスタッフのみなさん、ケアサービスステーションKのMさん、NPO法人WのMさん、児童ディサービスSのYさん
▶特別支援学級のママたち
▶私のたくさんの友人
▶進行性核上性麻痺の患者・家族の会のPSPのぞみの会のみなさん

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