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2016-05

プリズムレンズのメガネを新調することにしました。 - 2016.05.31 Tue

 今月メガネ屋さんからハガキが届きました。「(リュウさんが)当店でメガネをお作りいただいてから早いものでまもなく10年経ちます」という内容でした。



 このメガネ作ってから、10年経つんだ〜!

 そんなことを思ったあと、10年前のことを思い出しました。「物が二重に見える」、ということで近所の眼科を受診。そこでは斜視なので、もうちょっと大きい病院をと紹介状を出され、そこを受診。そこでまた斜視の専門医をとのことで紹介状を出されそこを受診。やっとたどり着いたところは札医大の近くの斜視に詳しい眼科でした。
 そこでは手術は必要なく、メガネで矯正しましょうとのことで、メガネの処方箋を書いてもらいました。入っているレンズは、遠近両用のレンズ(元々の近視に老眼が加わった)と、それから斜視用のプリズムレンズというやつです。プリズムレンズ?どんなレンズになるんだとうと不安に思っていると、「今のレンズは普通のレンズに見えますから安心してください」と病院で言われました。そこで病院からお勧めというメガネ屋さんへ行き、メガネを作りました。
 これがその時のメガネです。安売りのメガネ店ではなくとても高かったです。プリズムレンズが入っている特殊なメガネとは言われなければまったくわからないです。



 でも、「物が二重に見える」ことはメガネを作ったあともあったようで、完全にはなくなったわけではありません。本を読む時片目を指で隠して見ていたその動作はその後もあったのです。
 何かの機会に違うメガネ屋さんで夫のメガネに「老眼が入っていない」と言われ、メガネを作ったこのメガネ屋さんに確認しに行ったことがあります。でもちゃんと入っていました。そういう風なことがあったということは、このメガネでは完全には矯正されていないことを表している出来事だったと思います。
 それでも目が動いてその物をとらえ、見ているのはわかるので、このメガネで合っているんだと思います。少しは軽減された?のかな?
 その後、下の方向が見えづらいという症状が出てきました。紙パックのジュースを飲む時、ストローが見えないようでした。でも、下の方向が見えづらいということでもそれほど大きな支障はなかったようにも思えます。首を下に向けたら、見えるようでした。階段で転んだということもありません。見えるまで首を下に向けていたのだと思いますが、不自然なまでに首を下に向けてもいませんでした。

 物が二重に見えるという症状は病気の進行とともにたくさん増えるんだろうか?あと、下の方が見えづらいという症状は病気の進行とともに見えづらい部分が増えるのだろうか?

 そんなことを考えたこともありました。メガネを作って10年経った今ですが、キョロキョロと目玉を動かして、何かをとらえて(右上に壁にかかっている時計とか)見ているのがわかるし、今年のことですが院内散歩でかかっている絵を見てこれは何の絵?と質問すると答えてくれたり、2メートルくらい前に立っている患者さんにバイバイと手を振られたら、手を振ろうとしたり、スマホの漢字クイズも読めて答えてくれます。今日はあまり目の動きがなく見えづらい感じがするという時もありますが。下の方も見えない部分はありますが、その部分がどんどん増えた、という感じもそれほどしていなく、何年もかけて少しづつ増えてるかな?という感じがします。また上の方は見えていると思います。

 でも病院に入院中で10年経ったこのもうボロボロのメガネを新調できるだろうか?

 そういうことを思いながらハガキの電話番号に電話してみました。病院では髪を切ってもらえるし、歯医者さんも来てくれるけど、メガネ屋さんって来てもらえないのかな?それをまず聞いてみると「難しい」とのこと。私がお店に行って、フレームを選んで、前回と同じデータでメガネを作ることになるそう。耳にかかる部分は今のメガネの曲がりと同じ様にお店でするのだそうです。
 とりあえず、今のメガネをリュウから借りて、それを持参してそのメガネ屋さんに行ってみました。

「このメガネ作って10年になるとハガキをもらったので来ましたが、お電話したように難病で入院中でもう検眼とかできない状態なので、前のデータで今のと同じメガネを作ることはできますか?私が気になるのは、黒目のそれぞれの中心を前と同じに合わせることと、老眼の真ん中の下にあるピンポイントで合う部分を前と同じ位置にすること、斜視用のプリズムレンズも前と同じに様に入れることです」

 私に対応してくれた店長さんに聞くと、「データがミリ単位で残っているので、すべて可能ですよ」とのこと。

 よかった〜!

「電話では耳にかかる部分も今のメガネと同じようにしてお渡しする形になると言っていました」
「そうですね、その様になります」

とのことでした。何かよかったです。

 どれにしようかとあれこれ迷っていると、「このまま何本か病院に持って行ってご本人に合わせて来ていただいても構いませんよ」と言われ、そうすることにしました。病院に行き、本人をかこみS看護師さんとY介護福祉士さんに一緒に見てもらい、その中の一つに決めました!

 フレームも高い!レンズも高い!合計もすごい高い!

 でも検眼は無理な状態で前と同じ様に作ってもらえるからよかったです。これが安売りのメガネ店で作っていたら、その店舗もあったかどうか、データも残っていたかどうか。

 それから今回「プリズムレンズがどういうのが入っているのか」聞いてみたくて、店長さんに聞いてみました。

「夫のメガネのプリズムレンズはどういうものですか?」
「物が二重に見えるということで、入ってきた画像を左右で一方向に曲げるものが入っていますね」

「そうですか。質問があるのですが、その後脳の病気が原因で下の方が見えづらい症状が出てきたのですけど、これもプリズムレンズで矯正することはできますか?」
「その方にもよりますが、完全とは言えませんが、プリズムレンズには左右の他に上下方向に曲げるものがありますので、それを合わせたら、多少は見える範囲が広がる可能性はあるとは思います」

「今まで具体的にそういった症状で作られた方はいらっしゃいますか?」
「はい。例えば交通事故が原因で眼球が左にずれてしまい、右の方向が見えない状態になった方がいらっしゃいまして、プリズムレンズでそちらの視野を広げるメガネをお作りしました。交通事故の他にも、病気の方も同じ様にお作りしたことがあります」

「夫は二重に見えるという症状と下の方向が見えづらい症状二つありますが、左右のプリズムレンズと上下のプリズムレンズ両方入れるメガネも作れますか?」
「はい。お作りできますし、その様なメガネも実際かけていらっしゃる方もいます。その様なメガネとは、やはり交通事故で眼球が斜めにずれてしまい、左右と上下のプリズムレンズで矯正するものです」

「そうですか。まずは眼科で処方箋を書いてもらうことが前提になるので、斜視の専門医にかかることが大事ですよね」
「斜視と斜位ですね、はい、眼科の先生でも詳しくない先生がいらっしゃいますので、専門医にかかることが重要になります」
「ありがとうございました」

「メガネを合わせてすごくよくなる」という感じではなく、「見える部分を1センチでも広げられたら」という気持ちで、依頼する方も依頼される方も認識があり、可能性として作ってみる、という様でした。

 リュウは検眼は無理なので、前回と同じものができたらそれで充分です〜。

 *もしもPSP等の神経難病で上下の視野が狭くなり、プリズムレンズのメガネでの矯正を試みたという方がいらっしゃいましたら、パソコン表示の左下のメールフォームにて私にメールください。宜しくお願いします。

 *「進行性核上性麻痺」「プリズムレンズ」という言葉が入っている参考になるリンク先を探しました。
『第49回 日本視能矯正学会 一般講演 片眼性滑車神経麻痺の視能矯正中に融像衰弱を認めた 進行性核上性麻痺疑いの1例』

『金沢大学 進行性核上性麻痺の病態像とリハビリテーション(2例報告)』

『複視に対する光学的治療 プリズム治療 高 木 満里子 熊本大学医学部眼科学教室』
↑脳が原因の目のトラブルと、目の周辺が原因の目のトラブルでは違うものだと思いますが、様々な原因の目のトラブルのプリズムレンズでの治療の様子です。進行性核上性麻痺という言葉は出てきていません。

『神経眼科医清澤先生の紹介』
↑ここにはプリズムレンズという言葉は出てきていませんが、神経眼科ってあるんですね。進行性核上性麻痺という言葉が出てきます。

『清澤眼科医院通信 4375 眼瞼けいれんには、ボトックス治療が有効です』

『清澤眼科医院通信 3180 治療に抵抗する眼瞼痙攣と開瞼失行の組み合わせ:このよい対策は?』
↑清澤先生のブログです。ここでは進行性核上性麻痺という言葉が出てきています。


↑病院で合わせたメガネ。ワイワイガヤガヤ、みんなで合わせました。



札幌で河野先生の勉強会あります〜。 - 2016.05.28 Sat

 名古屋のフォレストクリニックの河野和彦先生の勉強会が6月5日(日)に札幌中央区の道新ホールであります。演題は「認知症治療の新機軸:コウノメソッドを語る」です。座長は徳田禎久さん(札幌禎心会病院院長)。主催は「認知症を学ぶ会 株式会社グロービア」。事前申し込み制。
 以下チラシより。
1 薬の副作用を出さないために介護者が薬を加減すること(家庭天秤法)
2 患者と介護者の一方しか救えないときは介護者を救うこと(介護者保護主義)
3 サプリメントの活用
を処方哲学とし、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症(ピック病)、混合型認知症のタイプ別に薬の量や種類を調整し、サプリメントを活用することで、陽性症状の強い認知症の方でも家庭介護が続けられるように処方することを主眼として一般公開されている薬物マニュアルです。


↑申し込みはこのチラシをクリックしてファックスで送信するか、『認知症を学ぶ会』の「セミナーで学ぶ」の申し込みフォームから送信するかとなっています。

 午後から用事があり終わったらすぐに帰りますが、私も行くつもりです。河野先生のこういった勉強会は北海道ではなかなかなく(約10年前?夫と参加したことあり)、あまり来られないと思うので貴重な機会だと思います。




ライラックのお花を見に行きました。 - 2016.05.24 Tue

 5月22日の日曜日の午後、リュウのお母さんの納骨があり、一家でお墓の前に行きました。リュウの二人のお兄さん、お義姉さんたちや子どもたちと一緒です。お坊さんがお経を唱えてくれました。お花とお義母さんが好きだったサイダーやお饅頭を買っていったのですが、まだ信じられません。隣に立っていて、声も聞こえ、普通に会話が始まる気がするのです。

 納骨が終わったあと解散になったのですが、病院への外出届の時間を多めに申請していたので、白石区の川下公園に一家でライラックのお花を見に行きました。この日は最高気温が27度と日中はすごく暑いです。

 お出かけの間は、言葉はよくわかりませんが、話しかけたら反応がそれなりにありました。それから目の動きもよくて、車の助手席に乗っていて、前をキョロキョロとよく見ていました。反対に気になったのが、車イスから車への乗り込みやその反対がなかなかうまくいかなかったことです。今の車は普通の車なのですが買い換え時期になっているので(もう車検が通らないそう)、前にトヨタの福祉車両の展示場に見に行きました(リュウは行っていません)。担当の方のお話を聞き北海道という場所のことも考えて、助手席が手動で横に回転し、少し外に出てくるものを予定しています。今よりも乗り降りはしやすくなるはずなのですが。


↑川下公園のライラックのお花。
「リュウ!ライラックのお花見えるかい?」とリュウの目を見ると、ライラックのお花を見ました。そして、
「うん」とリュウ。

 よかった〜。


↑イブキに車イスを押してもらうリュウ。左はワタル。夕方になると寒くなってきて、リュウに青い毛布をかぶせてあげました。

 リュウ、ワタルのマシンガントーク、相変わらずだよね・・・。


↑白いライラックのお花。川下公園内の資料によると、ライラックって何百種類もあるそう。私はそれを知るまでは、三種類くらいだと思っていました。

 天気のいい日にお出かけできてよかったです。
 お義母さん、お盆に一家でお墓参りに行きますね!



M病院とS病院近くのライラックのお花。 - 2016.05.21 Sat

 北海道はこの季節、ライラックのお花が咲き始めます。大通公園でもライラックまつりがスタート(白石区の川下公園でも開催だそう)。他のお花も色々咲いていて、気持ちのいい季節です。
 ところが九州地方からS病院に入院しているミユさんは目を開けているのが辛いのだそう。太陽の光がまぶしくて、涙もよく出るとのことです。「この症状がなかったら病院の外に車いすで散策に行けるのに」と夫のコウさん。

 ミユさんは5月12日(木)に入院して、私は5月14日(土)と5月21日(土)に夫妻に会うことができました。ミユさんが最初に進行性核上性麻痺と診断されたのは、昨年の7月。

「いつも妻に朝の6時に起こされて散歩に行くんです。入院前もずっと続けていました。ところがだんだん上り坂が辛くなってきて、私が後ろから押してあげたりするんです。そういう時、私も悲しく辛くなります。前はできたいたことがだんだんできなくなってきて・・・」

「そうですね・・・。リュウもた〜〜〜くさん、できることができなくなりました。こちらもショックを受けることがあり、そのお気持ちはよ〜〜〜〜〜くわかります、コウさん。ミユさんは認知の方はなんでもありませんが、リュウは身体機能と、認知機能両方です。身体的なできることができなくなることと、認知の方での変化を目の当たりにするのは、それぞれがまた違ったショックだったかもしれません(介護する方)」

「ただ、本人がとても明るいのでそれが救いです」とコウさん。

「それはまだ良かったです。私の方はそういうことがたくさんあったので途中からは、本人はどうなのか?と思うようにしました。こちらがショックを受けている位、本人もショックを受けて悲しんでいるのかどうか。何か温度差を感じられるような時もあることがわかってきて、本人が辛いこと、悲しいことをきちんと見極める必要があり、そのことを取り除いてあげることにポイントを置いてあげようと思いました。痛いのは代わりになることはできませんので。痛かったり辛い以外のできないことはまわりがカバーしてあげて、あともしかしたら将来新しい薬も開発されたりするかもしれないので、最後まで諦めないようにして」

 ところでコウさんは足が痛いそうで、おうちでミユさんと一緒にいる時は自分の体のことに時間をなかなかかけられないそう。そこで、ミユさんが入院中の間に、コウさんも足の病院にかかり始めました。

 ミユさん、コウさん、ゆっくり前に進めたらいいです。

 昨日、M病院の玄関横に咲いていたライラックのお花と、S病院近くのライラックのお花です。プリントアウトして持っていきますね!


↑M病院玄関横。ちょっとピンボケ。リュウと一緒に見ました。


↑S病院近くのライラックのお花。花弁の大きさがM病院より小さめ。




アルフィー(永ちゃん)のキーホルダーと赤福。 - 2016.05.21 Sat

 友だちが矢沢永吉(永ちゃん)の神戸のコンサートに小樽から行き(もうどの友だちかわかる)、会場限定という貴重なキーホルダーと赤福!と買って、送ってくれました。ありがとうございます。早速病院に持って行きました。

「リュウ、友だちがキーホルダーと赤福送ってきてくれたよ!このキーホルダー、コンサート会場限定なんだって。誰のコンサートかわかる???」

 リュウの目の前にキーホルダーを差し出すと、ジーーッと見ていました。そして、

「・・あ・・る・・ふぃぃ・・・」

と言いました。

 嬉しい!リュウの口から固有名詞を聞けたなんて。それもコンサートのキーホルダーを見せて、誰かわかる?という質問に考えて答えてくれたなんて!嬉しい。

「アルフィー?私もね、これが誰かって言われないとわからなかったと思うんだけど、永ちゃんだって、え・い・ちゃ・ん。リュウ、学生時代だったかコンサート行ったことあるって行ってたよね?リュウも好きだったよね、永ちゃん。嬉しいね、永ちゃんのキーホルダー。永ちゃんはCMでしか見ることないけど、元気そうだよね、リュウより年上なのにね、すごいね!」


↑「神戸ワールド記念ホール」限定キーホルダーだそう。病室の壁に飾りました。


↑「赤福」。今年も食べられました。リュウも餡とお餅を少しずついただきました。ごちそうさまでした。ありがとうございます。



九州地方から来たI夫妻は発達に障がいにある子に関わってくれていました。 - 2016.05.15 Sun

 昨日の夕方、私は5月12日(木)にS病院に入院したIさんのお見舞いに行ってきました。ちょうど奥さま(ミユさんー仮名)リハビリの最中で、旦那さま(コウさんー仮名)と一緒に見学をしました。リュウも同じようなことをしていたので懐かしいです。

「土日もリハビリがあるんですね」とコウさん。
「そうそう、夫が入院中に土日がなかったのが土日もリハビリあるようになったんです、途中から。S病院はリハビリはたくさんします〜」と私。

「お子さんは社会人?」とリハビリを見学しながらコウさんが私に聞いてきました。
「はい。今年の4月から福祉施設に通所していて、アルミホィールを磨く作業や木を磨いてコースターを作る作業や、しいたけ作業をし始めたばかりです」
「実は私、養護学校の教師をしていました」
「えっ?そうなんですか?それもあって、ブログを読んで次男ワタルへのアドバイスもメールくれたりしていたんですか?発達に障がいがある子の?」
「そうです、卒業生が一般企業に就職したりするのですが、色々悩みを抱えて、月に一回はうちに泊りがけで相談に来ていました。その悩みを聞くのは妻の方で、妻の方が卒業生の悩みをよく聞いていました。こんな病気になっちゃって・・・」
「卒業後も子どもたちの面倒を?それは本当にありがとうございます。次男の養護学校の先生方も卒業後のことも気にかけてくれています。でもおうちで泊りがけでの悩みを聞いてくれていたなんて。ミユさん、H医師に薬を合わせていただいて、少しでも進行がゆっくりになればいいです。症状も改善されたらいいのですが。遠くから来ていただいて、頑張ってらっしゃる姿見せていただいて、私も励みになります」

 ミユさんですが目が辛いそう。それも何とかなったらいいんですけど。歩行も後ろに転倒する時があるそう。

 入院されたばかりで検査結果がまだ出ていません。私も時間見て病院に行きます。頑張りましょう〜!


↑「博多通りもん」という九州のお菓子をいただきました。ありがとうございます。夫の病院で広げさせてもらったのですが、とても美味しかったです。ディスペースにいたご家族の方にも食べていただこうとしたら、「このお菓子知ってる。すごく美味しくて有名なんですよ」と教えていただきました。



カレンダー係りに後継者が。 - 2016.05.15 Sun

 M病院に入った時、MドクターとMソーシャルワーカーさんに私が伝えたことです。最初だから(?)と思って、何でも(?)伝えました。

 「S病院の食事の風景が良かった。病室から出てこれる人は出てきて集まって食事をとった。その際、患者さんもご家族の方も看護師さんや介護福祉士さんもみんなが会話していた。音楽もかかっていた。食事をとるためにそこまで歩いて、あるいは移動して、そこで食べる。目的があって足や手や口を使う。気も遣う。リハビリも大事だけどリハビリじゃない目的のために自分の体や頭をつかう機会が欲しい。私も考えたいが病院でもできるだけ(ちょっとだけでも)目的を持たせてもらうことはできないか」

と。

 それからしばら〜くしたある日のことです。いつも食事をとっているディスペースに、手作りのカレンダーが設置されていました。S看護師さんがリュウのために作ってくれたのだそう(私が最初にドクターに伝えたものを聞いたのかどうかは確認していないのでわかりません)。毎日交換するものです。
 S看護師さんからリュウがカレンダー係りに任命されました(リュウ、カレンダー係りに任命される)。涙が出るくらい嬉しかったです。リュウに役割ができました。カレンダーがなかったディスペースにそれができて、リュウがみなさんのために日付けを合わせるのです。リュウもプレッシャーを感じていましたけど、頑張って取り組んでくれていました。

 S看護師さんに感謝、感謝。ありがとうございました。

 でもだんだんできなくなってきて、いつの間にかやらなくなってしまいました。私も気が付いた時はカレンダーを合わせていたのですが、それも忘れたり。

 ところが先週の木曜日のことです。いつもディスペースで一緒に食事をとっているYさんが食事の後、カレンダーを合わせてくれていたのを見たのです。
 
「あれっ!最近カレンダーYさんが合わせてくれていました?このカレンダー、夫のために看護師さんが作ってくれたんですが、できなくなってずっと合わせてなかったのですが」

「うん。私が合わせていました。だって誰も交換しないから」

「そうでしたか!ありがとうございます!」

 Yさんは片手が動かない様です。動く方の手で合わせてくれていました。

 リュウ、カレンダー係りの後継者だね、よかったね。患者さんに引き継がれているよ。リュウもまた手が動いてできるようになればいいね。


↑次の日に合わせてくれたカレンダーと車イスに乗っているYさん。



友だちの差し入れ。 - 2016.05.15 Sun

 私の友だちの「勤労ちゃん」が、ひと月かふた月に一回、ここのところずっと差し入れをしてくれています。有り難いです。でも無理しないでねと何回も言っているのですが。
 5月11日(水)の夕飯時にも来てくれました。自分で作ったお料理を詰めて。
 この日のリュウは飲み込みが今ひとつで、病院の食事もあまり食べられませんでしたので、せっかく持ってきてくれたお料理も残念ながら食べられませんでした。でも反応はそれなりにあります。私にうながされなくても自分からテレビを見たり、まわりの声に反応したりです。

「何か反応良くなったんじゃない?前から見たら」と勤労ちゃん。

「そお?でも私もノートにそう書くことが最近増えた気がする」と私。

 暖かくなってきたから血流も良くなってきた?それとも何???

 いずれにしても嬉しいことです。


↑一番上の巻き物は「アヤメ」だそう。持ち帰り子どもたちといただきました。ありがとうございます。


↑ヨモギの大福。あんをリュウの口に入れました。




ワタルから母の日のメッセージ届いた。 - 2016.05.14 Sat

 5月8日の母の日の我が家の行事(病院の4階でケーキを食べる)に、ワタルは一人でお出かけしたくて不参加でした。今年は仕方ないねと思っていたところ、10日の火曜日のリュックにワタルから母の日のメッセージを書いた紙を発見!
 嬉しかったです。
 どなたが手助けしてくれたのかな?と連絡帳を確認してみると、4月以降も唯一定期のサービスをさせていただいているケアサービスステーションKのショートスティの際、書いた様です。
 
 ありがとうワタル。
 ケアサービスステーションKさんもありがとうございます。


↑イラストは「こどもの日」っぽいですけど、文面は「母の日」。嬉しかったです。




今日H医師受診のため九州地方より患者さんが。 - 2016.05.12 Thu

 昨年の11月にブログを見た患者さんの旦那さまから私にメールが。
 旦那さまのお気持ちが強く、今日九州地方よりご夫妻(Iさんご夫妻)が北海道にいらっしゃって、H医師に診ていただくことに(三剤療法)なりました。一ヶ月くらいの入院になるそうです。旦那さまは近くにお部屋を借りるそう。

 今かかっている病院とS病院のやり取り(紹介状)や、患者さんご本人やご家族さんのお気持ち、それから地震のこと、旅の支度、ひとつひとつ旦那さまが向き合い、段階を経ての受診です。今日まで何ヶ月もかかりました。

 実は(?)、てんかんの長男がH医師に診ていただいていて(てんかんの専門医は神経内科になります)、今日受診日なんです。そこで長男に持って行ってもらおうと先生にお手紙書きました。 Iさんの受診日と同じになる偶然にびっくりです。待合室で一緒かもしれませんね。





母の日のケーキとリュウ支えられての歩行の動画。 - 2016.05.09 Mon

 昨日は母の日でイブキにケーキを買ってもらい(ということにして)、午後3時にイブキと病院へ。
 ワタルはどうしても一人で地下鉄でお出かけしたいとのことで、行きませんでした。福祉施設に4月から通所しているのですが、土曜日が通所の時が結構あるようです。一昨日もそうで、一人でのお出かけの時間をどうしても確保したいそう。後から聞いてびっくりしたのですが、東西線円山公園駅で降りて、札幌市中央区の円山(標高225m。今まで学校で2回経験)に登ってきたそう!!!ええぇ〜〜〜!えぇえ〜〜〜!ドキドキ・・・

 それで病院ではワタルはいなくて、いたら気が付かなかったのですが(多動もあるので、ワタルへの注意もそれなりに必要になります)、この日は思い付いてイブキに動画を撮ってもらいました。リュウが自立歩行できたら私が写せるのですが、私が左の脇を支えて歩いているので、普段は写せません。

 今までブログでは過去に2回リュウの歩行の様子をアップしています。1回目は2014年の10月1日の自立歩行の様子です。この年は何とか自立歩行できたかと思います。
 2回目は2015年8月18日の自立歩行とスプーンの運びのものです。この時はすごく調子がいい時でした。でもこの年は自立歩行は難しくなっていたと思います。でもできたので嬉しくて動画を写しました。この2本はリュウを支えていないから私が写せました。

 今現在は自立歩行は無理だと私は思っていますが、左脇を支えての院内散歩は毎日しています。食べ物をスプーンで口に運ぶことは難しいです。食事の前にトイレに寄っているのですが、トイレで手すりにつかまることはできます。食事は時は相変わらず、ベッドからディスペースのテレビの横のソファーに移動して食べていますが、食べられる時と食べられない時があります。意思表示はある時はあり、よくわからない時もあります。
 ただ、私が支えての歩行は本人が歩く意思がないとできません。食べられない日も意思表示がないような日も毎日院内散歩しています。「食べられない、意思表示が今ひとつ」イコール「具合が悪い」ともまた違うようです。ソファーから立ち上がる時も「さあ行こうか!」と私が言うと本人も立ち上がろうと体に力を入れます。行きたい方向じゃないと立ち止まってしまって足が前に出ません。私も散歩はいいと思っていて、本人が私の気持ちも汲んでくれて一緒に歩いているのもあるとは思いますが、本人の歩く意思があって、ある程度自分の行きたいところに行っていることは確かなことです。キョロキョロまわりを見て、自分で選んで、進んでいる時もよくあります。

 あと、いつからか気がついた重要なことがあります。リュウが私の支えで歩けるのは、リュウが小柄で私が支えられるからだということです。もしも私よりも体重も重たくて体格が良かったらどうだったかな?と思います。その時は、二人で支えるか、歩行器の助けを借りたりしたかな・・・。

*病院に入院したきっかけが、自宅外で転倒し骨折(右の股関節を人工骨頭に)だったので、入院してからのお出かけは安全のため車イスを使用しています。

cake.jpg
↑イブキからの母の日のケーキ。
 

↑2016年5月8日(日)の歩行の様子。イブキ撮影。この日は嚥下が悪く、ケーキも夕飯もあまり食べられませんでした。でも支えられての方向はまあまあ?お天気で暖かく、今年初めて散歩で外に出たかな。
 今は三剤療法の薬をベースに、週に一回グルタチオン点滴2000mg、フェルガード毎朝LA2/3包です。


 リュウ、発症してから10年は経ったね。
 無我夢中で10年あっという間だったけど、10年って長い年月だね。
 北海道もやっとお花が咲いて暖かくなってきたから、またどこかに行きたいね。
 近場でもいいからね。




切らなかったオレンジジュースの紙パック。 - 2016.05.04 Wed

 先日(4/22)のことです。
 
 あ〜もうそろそろ空の牛乳パックがいっぱいになってきた〜

 空の牛乳パック置き場を見てそう思い、切って広げる担当のワタルに、「牛乳パックがたくさんになったから切ってちょうだい」と言うと「あとで切る」との返事。翌日になってふと気が付くと、牛乳パックが切ってあり重ねてありました。

 本当に「あとで」切ってくれたんだね!ありがとう。

 そう思いよく見てみると、ちょこんとオレンジジュースの紙パックがそのまま残っていました。

 あれっ!何で一個だけ残しているの!あっ、もしかしたら「牛乳パック」じゃないから?もしかしなくてもそうだ。確かにオレンジジュースの紙パックはそう言わない・・・。ワタルは自分で考え判断したんだ・・・。正確であることはある。あ〜でも、今度から何て言えばいいんだろう。「牛乳パックとオレンジジュースのパックを切ってください」かな。






年に一回の「青い鳥郵便葉書の無償配布」。 - 2016.05.01 Sun

該当する手帳がある方は、ハガキが20枚いただけます。年に一回この時期だけです。
以下、日本郵便の青い鳥葉書無償配布のページより。
**********

「青い鳥郵便葉書の無償配付」は、1976(昭和 51)年度に当時の厚生省が提唱していた「身体障害者福祉強調運動」に合わせ、身体障がい者及び知的障がい者の福祉に対する国民の理解と認識をさら に深めることを目的とし、実施、継続しています。

1 配付の対象
(1) 重度の身体障がい者
1 級又は 2 級の方 (2) 重度の知的障がい者
療育手帳に「A」(又は 1 度、2 度)の表記がある方
2 受付期間
2016 年 4 月 1 日(金)から同年 5 月 31 日(火)まで
3 配付葉書 通常郵便葉書(無地、インクジェット紙又はくぼみ入り(注)) 通常郵便葉書胡蝶蘭(無地又はインクジェット紙)
4 配付枚数
お一人につき上記配付葉書の中からいずれか 1 種類を 20 枚

詳しくは、「日本郵便の青い鳥郵便葉書の無料配布」 のページへ。


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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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