ブログパーツ

2016-06

グアテマラのYさんのお父さんが危篤:お祈りお願い。 - 2016.06.30 Thu

 グアテマラのYさんからメールが来ました。

「さっき父危篤と連絡が入り、明日デルタ航空で飛んで、アトランタ、デトロイトと経由して名古屋に土曜の夕方日本に着く予定です」
「父に生きて会えたらって思って祈っています」
「父は肺炎でもう危篤です」
「祈って下さったらと思います。よろしくお願いします」

 Yさんの混乱が伝わってきます。私も混乱中。お祈りします。他の方もお願いします。

 生きて会えますように
 なんとか危機を脱していただけますように





病院の玄関横に「絹さや」のプランター発見。 - 2016.06.24 Fri

 昨日、M病院に入る時、玄関横に絹さやのプランター発見!
 夕食後、リュウと早速見に行きました。
 花が咲いてるからこれから実がなりますね。
 昨年まではこのような野菜はなかったと思います。

 実がなるの楽しみだね!

 






選挙に迷ったら「2016参議院選挙対応投票マッチング」。 - 2016.06.22 Wed

 6月22日(水)の今日、2016年参議院議院選挙が公示されました。7月10日(日)投開票です。

 不在者投票は、札幌市の場合、

 期間:平成28年6月23日(木曜日)から7月9日(土曜日)までの土日を含めた毎日
 時間:午前8時30分から午後8時まで
 場所:選挙人名簿に登録されている区の区役所又は区民センター内に設置する期日前投票所

 です。

 どこに投票したらいいのかと迷ったら、参考になると思われるのが、投票マッチングです。「日本政治.com」のものと「毎日新聞ボートマッチ えらぼーと2016参院選」のリンクを貼ります。


nihonseiji.png
↑「日本政治.com」によるボートマッチ。上の画像をクリックしてください。



↑「毎日新聞」によるボートマッチ。上の画像をクリックしてください。


あと「選挙に行こう」という市民による宣伝の動画もどうぞ。


↑この動画は「著作権フリー」となっています。パソコン表示のトップ画面をこの動画の一画面にしました。そこをクリックするとこのページにつながります。私のブログは、今回の選挙が終わるまで選挙仕様になります。



「一票の重みを考える〜18歳選挙権施行を前に」木村草太さん - 2016.06.21 Tue

 6月19日(日)に選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる改正公選法が施行されました。次男も対象者になります。約一ヶ月前に北海道新聞朝刊に載っていた「一票の重みを考える〜18歳選挙権施行を前に」という木村草太さんの論文が、私自身へも「へぇ〜」と勉強になったので、アップします。

*************

主権者の責任 引き受けよう

 公職選挙法の改正により選挙年齢が引き下げられ、18歳以上の国民が選挙権を行使できるようになりました。選挙権の行使は、主権者の大事な権限の一つとされています。では、主権者であるとはどういうことでしょうか。憲法の教科書を見ると、「主権者とは、国の政治のあり方を最終的に決める人のこと」と書いてあります。読み飛ばしてしまいそうなくらいにさりげない記述ですが、ちょっと掘り下げて考えてみましょう。
 ここに言う「政治のあり方」には、実に様々なものが含まれます。例えば、死刑判決もその一つです。死刑判決を実際に書くのは訴訟を担当した裁判官ですが、それは裁判官の個人的な判断で出されるわけではありません。国会が作った法律に基づいて出されます。そして、法律を作るのは国会議員、その国会議員を選ぶのは主権者である国民です。だから、死刑が宣告されたとか、執行されたというニュースを見るとき、「自分とは関係ない。偉い人たちが決めたことだ」と思うのではなく、「自分がこの死刑に関わっている」と考えてみる必要があります。
 自衛隊の方々への命令もまた、私たち主権者が最終的な責任を負わなくてはならない決定です。自衛隊は行政機関の一つですから、自衛隊法には、自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣だと書いてあります。総理大臣を選ぶのは国会議員であり、その国会議員を選ぶのは私たち国民です。自衛隊員の方々は、被災地での支援活動や日本を侵略から守る仕事の他にも、ソマリア沖での海賊対策、あるいは国連平和維持活動(PKO)への参加など、様々な仕事をしています。その中には、自衛隊員の命に関わるとても危険な業務もあります。さらに、昨年、自衛隊の海外活動を拡大する安保法制が成立したので、総理大臣は、これまで以上に危険は任務を命じることができるようになりました。
 これから、自衛隊員の方々には、様々な命令が出されるでしょう。その命令の一つ一つの責任は、実は、私たちが追っているのだということを忘れないでください。本当に、自衛隊員の方に「命を懸けてやってください」と言える命令なのか、その命令に責任を持てるのか。自衛隊の海外派遣のニュースを見るときは、ぜひ、真剣に考えてみてください。
 この他にも、主権者として責任をとらなくてはならないことは、たくさんあります。生活保護や社会保障・社会福祉が行き届かずに誰かが餓死してしまったら、それは有権者である私たち一人一人の責任です。学校でいじめを辞めさせることができず、子どもが自殺をしてしまったら、やはり、私たちは主権者としての責任を痛感しなくてはならないのです。

権力独占 防ぐために

 こう考えると、「あなたは今日から主権者の一人です」という言葉は、とてつもなく重たい言葉に見えてきます。「そんな重たい責任は負いたくない」と思った人もいるかもしれません。私は、その気持ちはとても健全な感覚だと思います。国の政治のあり方は時に人の生死に関わりますから、そう簡単に判断などできなくて当然です。「死刑を命じたり、自衛隊員に命がけの業務を命令したりするのも平気です」と何の躊躇もなく言えてしまうのは、むしろ、無責任な態度でしょう。
 しかし、どんなに重たく感じられても、私たちは、主権者としての責任を引き受けなくてはなりません。それが国民主権というものです。なぜ他人任せにしてはいけないのでしょうか。
 人間は誰しも、人を思いやる心、みんなの幸福を支えたいという気持ちを持っています。また、そうした社会貢献のために勉強したり、汗をかいたりすることに誇りを感じます。だから、みんなが集まって十分な議論をすることで、みんなにとってよい政治が実現するのです。
 もっとも同時に、人間は誰しも、自分が得をしたい、人よりもよい生活をしたいという欲望も持っています。だから、権力を誰かが独占するようになれば、権力の座に就いた人は、みんなのためではなく、自分のために権力を使うようになるでしょう。自分に文句を言う人を殺したり、暴力で排除したりすることもできてしまいます。権力を独占しながら、思いやりの気持ちや、社会に貢献しようとするプライドを持ち続けるのは簡単なことではありません。権力の独占は、どんなによい人であっても、人間を変えてしまうのです。
 権力の独占を防ぐためには、国民全員が主権者として政治の責任を引き受け、誰にも他の人を圧倒するだけの力を持たせないようにしなければなりません。

声を上げて 社会動かす

 もちろん、国民全員が主権者になれば、残虐な権力濫用や政治の失敗は絶対に起きない、というものではありません。歴史を紐解けば、国民主権の国であるにもかかわらず、国民の一部が自分たちの利益のためだけに徒党を組み、弱いものを弾圧したという事件がたくさんあります。今現在の日本だって、沖縄に日米安保条約のコストを集中的に引き受けさせたり、LGBT(性的少数者)の人たちに家族を作る権利を不完全にしか与えなかったりと、弱いものを弾圧する政治のあり方をいくらでも見つけることができます。
 しかし、「それはおかしい」と誰かが声を上げることくらいはできるかもしれない。最初は少数でも、それに耳を傾ける人が一人また一人と増えてくるかもしれない。そうした動きは、いつの日か社会を大きく動かす流れにまで育つかもしれない。独裁者に怯える国家とは異なり、一人一人の国民が思いやりやプライドを失わない国家では、そのような希望を持つことができます。
 実際、独裁国家では差別がいつまでも続いてしまうのに対して、国民主権の国家では差別の解決に向かっている、という例も多くあります。だから、日本は、国民全員が主権者としての責任を引き受ける国になったのです。
 一部の人だけが政治のあり方を決める国に住むことは、ある意味では、とても楽です。難しいニュースを我慢して見る必要はないし、残虐な出来事や政治の失敗について、責任を感じる必要もない。しかし、そこでは、思いやりやプライドが、どんどん失われて行きます。そして、恐ろしい独裁が生まれるでしょう。
 18歳になる皆さんは、なぜ自分が主権者としての責任を引き受けなくてはいけないのかを、ほんの少しだけゆっくりと考えてみてください。そのことを一生懸命考えてくれる人が、一票を投じる。それが、日本の希望なのです。



↑2016年5月21日北海道新聞朝刊「各自各論」上段:クリックすると大きくなります。



↑2016年5月21日北海道新聞朝刊「各自各論」下段:クリックすると大きくなります。

新聞読むなら、北海道新聞。  新聞読むなら、北海道新聞。




父の日のケーキ。 - 2016.06.20 Mon

 6月19日(日)は父の日。午後からケーキを買って、イブキ、ワタルと病院へ。4人で4階の談話コーナーに移動し、父の日のケーキを食べました。

 この日リュウは、いつもより頭がスッキリしているような表情をしていて、理解力があるように感じたので、4月からのイブキとワタルの様子をいつもより詳しく伝えると、それなりに聞いてくれていたように思い、嬉しかったです。
 ケーキもむせることなく飲み込むことができ、嬉しかったです。

「イブキもワタルも本当に大きくなったよね?」

と私が言うと、目も前に座っている子供たちを見て、

「うん」

と答えていました。

 素敵な時間をありがとうございます。

 この瞬間は、色んな人のお陰があります。

「お父さんありがとう」

 イブキとワタルがそう言いました。






S病院で3回目の女子会。 - 2016.06.20 Mon

 6月18日(土)の夕方、S病院で3回目の女子会が開催されました。メンバーは、九州地方から進行性核上性麻痺で入院しているミユさん、東海地方から同じ病気で入院しているA子さんに加え、ミユさんの旦那様のコウさんも。

 談話コーナーに移動するのに、ミユさんにはコウさんがいらっしゃるので、私はA子さんを迎えに。
 A子さんはいつもニコニコと笑顔たくさんの女性です。手や足のストレッチもすごい努力されていて、頑張り屋さんです。でも以前、

「この努力は無駄じゃないかと悲しくなることもある・・・」

とA子さん。

「A子さん、それは違うと思います!発症してから7年経つのに、今の状態でいられるのは、A子さんの努力があってこそだと思いました」

と私。最初にお会いした時に思ったこと伝えました。

 この日お会いすると、前より少し声が大きくなった気がしました。あと、院内で歩行器を使っているのですが、すくみ足が軽くなって!いました。前回の女子会では「見守り」だったのが、見守りじゃなくなったと嬉しそうでした。

 A子さんも、

「声が少し大きくなったでしょう?電話先の人からもそう言われるの。動きもスムーズになったでしょう?」

と。
 ご本人も自覚されているよう。ただ、声や体の状態は一日中同じかというとそうではなく、波があるのだそうです。それはリュウも同じです。ノートに「日中よかったです」と看護師さんが書かれていても、夕方会うと良くないこともあります。

 いい時もあれば、そうじゃない時もある。ここはあせらないようにしよう。リュウと接する時に私が思うようにしていることです。でも結構忘れがちになります。

 談話コーナーに四人揃いました。
 話題はミユさんのメガネのお話しから。今のメガネがキツくて合わなくなった(?)ので今すぐにでも作り変えたいのだそうです。

 キツくて合わなくなった?

 私「ミユさん、メガネが合わなくなったとはどういうことですか?」
 ミユさん「特に右目が、遠くと見ると、度がキツくて辛いんです」

 そう言って、3メートルくらい先の壁のポスターを見ようとして、首を上げましたが、「辛い、キツい」とのこと。

 コウさん「明日外出届を出したので、大通公園に観光に行きがてら、高くないメガネ屋さんでメガネ作ってこようかと思っています」
 A子さん「あら、眼科に言って処方箋書いてもらって、きちんと作った方がいいんじゃないかしら」
 私「そうそう、まずは眼科。来週退院なので、向こうに行って眼科で処方箋書いていただいたら?」

 ミユさん「それが今キツくて」
 コウさん「とりあえず、臨時のメガネでいいので、すぐに作りたいのです」

 A子さんと私「どうしてメガネが合わなくなってきちゃったのかしら。薬が効いてきて、目の状態も改善されてきているということかしら」

 コウさん「それだったらいいのですが」

 そうだったらいいなぁ!前回の女子会で言っていましたが、下の視野はやっぱり広がったのだそう。


↑苫小牧の三星のシュークリーム。「北海道の物は、なんでも美味しい、このシュークリームも美味しい!チーズやヨーグルトも美味しい」と言ってくれました。



「ゆずすこ」も美味しいです。 - 2016.06.20 Mon

 北海道では売っているのは見たことなくて、これは九州でお友達が買って送ってくれた「ゆずすこ」です。
 私は麺が好きで、スパゲティを食べる時、トマトソースの物にはタバスコをかけるのですが、和風の物にかける辛い調味料を探していて、この「ゆずすこ」をかけています。福岡県の高橋商店の製品なのですが、柚子皮は宮崎東米良産だそう。
 醤油味とかの和風のスパゲティには、ゆずすこ以外になにをかけるの?という感じで、なくてはならない辛味調味料です。柚子の味が爽やかです。





「北海道産 山わさび醤油漬け」美味しい! - 2016.06.18 Sat

 どこのスーパーで買ったのか、この「北海道産 山わさび醤油漬け」(オリオン食品)美味しいです!
 昨日、お昼のテレビでもチラッと出ていました。





イギリスの介護状況〜お便りより〜 - 2016.06.17 Fri

 イギリスのご自宅でパートナー(夫さん)を介護しているMさんからメールいただきました。ありがとうございます。この機会にイギリスではどのような体制で在宅介護なさっているのか私の方から質問してみました。そのお答えを了承を得ましてアップします。お金の面もサポートしてくれる人の多さも(一日に二人の介護士さんが4回!)データ管理もいいなぁ、ホスピスの看護師さんがついてくれるのもいいなぁ、家族の心のケアもいいなぁと思いました。先日の海外在住の自閉症のママのブログもそうですが、日本の方が海外で生活していて、その情報を知らせてくれることは、とても貴重なことと感じます。PSPAのサイトもありがとうございます。Mさん、今後とも宜しくお願いします。辛い病気ですが、Mさんもお体大切にお過ごし下さいね。

************

イギリスの介護状況は、父を東京で5年間介護した時の経験を考えると随分と違っていると感じることが多いです。一日に二人の介護士さんが4回来てくれておりますが(各訪問は1時間ずつです)基本的に自治体からお金がでております。それに加え、神経科の担当医、入院費、OT, PT, スピーチセラピスト、胃瘻専門看護師、栄養士、訪問看護師さん達の費用も全額無料となっています。

介護士さんは、おむつかえ、体位変換、服の着替え、ひげそり、身体の洗浄、胃瘻の管理等をやってくれています。毎回同じ人が来る訳ではないのですが12人くらいがローテーションを組んで毎日来てくれています。全ての介護士が夫の状況を把握しており、誰が来ても一応のことは私の監督がなくともできるような仕組みになっています。

夫の病状管理情報は全てコンピューターで管理されているので、夫に関わる全ての人(訪問看護師、医者、等)がその情報にアクセスすることが可能となり、問題が生じた場合は全ての担当者が把握してくれているという意味では心強いと感じています。

訪問看護師さんや医師の他に、地域のホスピスの看護師さんの担当者がつきます。患者のみならず、家族の心のケアー等も行ってくれます。病院には二度と入院したくないという夫の意思で、病状が急変したときにはホスピスでお世話になることになります。私達家族は、3年前にイギリスに来たのですが、それから2ヶ月後に夫がPSPと診断され、当時はイギリスの事情も全く分からず途方にくれておりましたが、今では多くのプロの方に支えられながら、少しづつ勉強しながら何とかやっている次第です。

PSPの治療法ですが、残念ながらイギリスでは「治療法なし」という見解が一般的です。多くの大学病院の研究室で地道な研究が日夜おこなわれているようですが、未だ治療法がみつかっていないのが現状です。

PSPAのウェブを貼っておきますね。http://www.pspassociation.org.uk
もし英語で大丈夫なようでしたら是非読んでみてください。沢山の情報が詰まっております。ウェブ右側セクションにあるForumは、同じ病気を持った家族や患者自身が質問等を投稿して情報を交換する場となっています。皆さん真摯に投稿していてとても勉強になります。

pspa.png

「イギリスではPSPAというサポートグループがあり、地方ごとにサポートの専門家が常駐してくれているので何か相談事があればいつでも相談にのってくれるのが心強い」とのことです。日本のPSPのぞみの会はボランティアの方が運営してくださっていますが(いつもありがとうございます)、今は常駐とかではないです。




関東地方で三剤療法をされた方の経過。 - 2016.06.16 Thu

 進行性核上性麻痺の三剤療法ですが、近くにその治療をやってくれる先生がいなければ、三剤療法の論文を主治医に持って行って読んでいただいて、「この治療を受けてみたい」とお願いしてみることも一つの方法なのですが、勇気もいるし、なかなか一歩踏み出せないかもしれません。今年のぞみの会のML参加された埼玉のKさん(患者さんの妻)が、H医師の論文と私のお手紙を持って行って主治医にお願いし、4月19日に三剤療法をスタートされました。その様子や経過をMLにアップして下さっているのですが、ご了承を得まして、6月2日に投稿されました内容を転載させていただきます。Kさん、色々ありがとうございます。

*********

三剤療法はバニラさんに論文を送っていただき、プリントしたものを
病院に持参しました。あくまで我が家のケースを書きますので
詳しいことはバニラさんにお聞きいただいたほうが正しい理解が
できるのではと思っています。
先生に、「パーキンソン薬を3種類試したけど全く無効。紹介して
くださった方がいてこの三剤療法を試してみたいのですが、こちらの
病院でやっていただけますでしょうか?もう薬もない状態なので…。」
と恐る恐るお願いしました。
論文をプリントしたものは受付で事前に先生に渡してもらうよう
頼んでおいたのですが、診察の折はご多忙な先生は辛うじてタイトルだけは
見ていらしたという状態でした。
しかし、かかりつけの先生は論文を書かれた3人の医師をよくご存じで
特にその中の一人の医師と親しかったようです。
そのことから三剤療法にも関心と信頼感を持たれたようで、「やってみましょう。」
といって論文を見ながら、論文通りに薬を処方されました。
論文によると、薬の処方は初回投与から2回増量します。我が家は1度目の
増量をした段階ですが、後もう一度増量するかは先生と相談しようと
思っています。

感想としては、副作用は全くなし。我が家の場合最初に感じた効果は
だるさが薄れたこと。これはもう服用開始から1週間ぐらいで効果が
出ました。歩行は3週間目ぐらいからいくらか改善感が出てきました。
ただ、ふらつきは残念ながら改善感は全くなしです。
家の中でもフラフラヨロヨロ、いつ転倒してもおかしくない状態です。
最近、ふと主人が書いたものを見て、「アレッ、字が良くなっている。」
と驚きました。字がはっきりして、少し大きくなっていました。

三剤療法の我が家の場合はとにかく副作用が全くない(試してみたけど
副作用が強く断念という方もいるようです)こと、若干でも効果を
感じることで続けていこうと思っています。

**********

 Kさんの配偶者さん(旦那様)の三剤療法は4月19日にスタートしました。このMLでは1回目の増量までの様子ですが、2回目の増量は、主治医さんとKさんとの間で、薬の副作用が心配でしないことにしたそうです。ここまでの様子ですが歩行はいくらか改善した感じがあるが、ふらつきは改善した感じがないとのことです。だるさが薄れたこと、字が良くなっていることは良かったですね!長く服用していい変化があればいいですね。また新しい情報に出会い、合う薬や量がその時々によって決まったらいいです。一応(?)論文と一緒にお渡ししている私のお手紙には、「夫の主治医のH医師と連携を取って欲しい」とH医師の連絡先も書いてはいます。「治療法も薬もない」とされているこの病気も、薬等によってまったく改善されないことはないという風に思います(少しでも)。根本治療ではないのですが・・・。

fc2blog_20160712064630e87.jpg





「もし家族が認知症になったら!?3月29日(火)朝日放送(関西地方だけ)」 - 2016.06.16 Thu

 前にブログで動画(報道特集)をお伝えした「つどい場さくらちゃん」
 認知症について長尾和宏先生のコメントと「つどい場さくらちゃん」の丸尾多重子さんのコメント両方が見られる動画を発見しましたので、アップします。
 今年の3月29日(火)に関西地方だけの朝日放送のものです。



 前半長尾和宏先生→「認知症とは、歳がいけばいくほど脳にアミロイドβというゴミがたまってきて、脳も萎縮してきてその結果色んな働きが悪くなる。しかも生活に支障が出る病気」
 認知症のケアのポイントは3つ。一つは「自由にお散歩できること。徘徊を制限されるとストレスが溜まって、問題行動が起こる」二つは、「トイレで排泄すること」。三つ目は、「最期まで口から食べること」。
↑病歴等によりそうじゃない人も充実した毎日を送っていることと思いますが、この3つは多くの人の目指すところでしょうか。でもそうじゃない人もいらっしゃいます。



 後半つどい場さくらちゃんの丸尾多重子さん登場→「介護の人、介護を仕事にする人、役所の人、みんなストレスがたまっている それを吐き出すところ(つどい場さくらちゃん)」「お互い違う立場の人が交わると色んな情報が入ってくる」
↑こういう場が身近にあったらいいですね。


↑3月29日(火)朝日放送「おはよう朝日です」の特集です。

「長尾和宏オフィシャルサイト」
「NPO法人 つどい場さくらちゃん」



S病院で2回目の女子会。 - 2016.06.15 Wed

 6月12日(日)の夕方、S病院で2回目の女子会が。メンバーは、前回と同じメンバー(九州地方から進行性核上性麻痺で入院しているミユさん、東海地方から同じ病気で入院しているA子さん)に加え、ミユさんの旦那様のコウさんも。

 私が女子会をしようとミユさんの病室に行くとリハビリでいなかったので、A子さんと一緒にリハビリ室に行き、そこでまた声援を送りました。ミユさんは輪投げをしていたのですが、入るたびに拍手をし、作業療法士さんが「応援してくれている人がいますね」とコメントしていました。

 終わった後、四人で談話コーナーに行き、お菓子とお茶をいただきながらお話ししました。
 なんとなく話題は、進行性核上性麻痺の初期症状のことに。

A子さん「私は旅行の時みんなのスピードに付いていけなくて、その時変だなと思ったの。すくみ足もあります。7年前ににパーキンソン病と診断されたんだけど、(薬が効きづらくて)娘が変だと気がついて、3年前にこの病名が付きました。手も動き辛いのと声が小さくて。食事は箸も使うけどスプーンもフォークも何でも使っています。ポロポロこぼれるけど」

ミユさん「私は目が二重に見えるというのが最初。あとは後ろに転んでしまうの。今は、上下左右も視界が狭くなってきて、目がすごく疲れるの。すくみ足もあって、手も動き辛いです。食事はやっぱりポロポロこぼれます」

私「夫も目が二重に見えるというのが最初の頃の症状です。寝言に便秘はもっと前かな。すごく体が疲れる、重たく感じる、だるいと言っていました。そういうのは気持ちから来ることもあってそうじゃないかと私が聞いても、明らかに違うとはっきり否定するくらいの異常さだったようです。その後は、手が動きづらくて。足の動きはそうでもなくて、後ろに転ぶということはなかったです。しばらくして認知症状も出てきましたが、お二人ともそれはなくてよかったです。昨年関東地方からS病院に入院されたTさんも認知症状は大丈夫でした。ご自分で色々手配なさって入院されたくらいです」

A子さん「すごく体が疲れるというのは同じだわ。足が最初の一歩が出づらくて。私は今のところ、目は何ともないわ。その人によって症状も色々なんですね」

ミユさん「私も体がすごく疲れます。あとやっぱり目が辛い。首のあたりも辛いです」

コウさん「良くなって欲しいですが、現状維持が希望で、そうでなければ進行がゆっくりになって欲しい」

 この初期症状の時のお話しでは笑い声はなかったですが、それ以外は笑い声はありました。病気のこと話せて良かったです。ありがとうございました。でも一番笑い声がなかったのは、コウさんです。

 コウさん・・・。

 患者さんの辛いことが少しでも改善されたらいいなぁ。そのことが家族の嬉しさにもつながるし。

 あっ!この女子会の時、ミユさんが『最近下の方の視界が少しひろがった』と言っていました!

 よかった!よかった!

 *先日「プリズムレンズのメガネを新調することにしました」の記事をアップしたのですが、今もキョロキョロ目が動いていて見えていて、下の方の視野もどんどんと欠けたような感じがしないということを書きました。アップした後、もしかしたら最初からずっと飲んでいた三剤療法の薬のお陰でもあるのかな?と思いました。そのことを先日のその記事に書き加えたいと思います。

IMG_9641_convert_20160614063700.jpg
↑六花亭の六月のお菓子。

IMG_9642_convert_20160614063800.jpg
↑S病院のポスター。こういうの嬉しいです。

IMG_9643_convert_20160614063827.jpg
↑同じくS病院のポスター。リュウが入院していた時もあった月1回のレクリエーション。やっぱりこういうの嬉しい。




A子さんのバッグの「ヘルプマーク」。 - 2016.06.12 Sun

 東海地方から札幌のS病院に進行性核上性麻痺で入院中のA子さん。

 「バッグにこれを付けているのよ」

と見せてくれたのが「ヘルプマーク」のタグです。



 このマークは、外見からはわからない障がいのある方(義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など)用の、まわりの方への配慮を希望するためのものです。2012年に東京都で制定され、いま全国に広がっているそうです。札幌でも近々導入予定との情報が。以下、東京都福祉保健局のページより。

**********

【電車・バスの中で、席をお譲りください】
外見では健康に見えても、疲れやすかったり、つり革につかまり続けるなどの同じ姿勢を保つことが困難な方がいます。 また、外見からはわからないため、優先席に座っていると不審な目で見られ、ストレスを受けることがあります。
【駅や商業施設等で、声をかけるなどの配慮をお願いします】
交通機関の事故等、突発的な出来事に対して臨機応変に対応することが困難な方や、立ち上がる、歩く、階段の昇降などの動作が困難な方がいます。
【災害時は、安全に避難するための支援をお願いします】
視覚障害者や聴覚障害者等の状況把握が難しい方、肢体不自由者等の自力での迅速な避難が困難な方がいます。

「でもみんな知らなようだわ」
とA子さん。
 みなさん、このマークを見かけたらご配慮くださいね。


↑「義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、外見­からは分かららなくても援助が必要な方が身につけるヘルプマークを紹介・PRする動画­」

 配布は東京都のみでしたが、今年の4月から京都でも。札幌ももうすぐ?



100円ショップのマジックハンドが凄い! - 2016.06.12 Sun

 現在、東海地方から札幌のS病院に進行性核上性麻痺で入院中のA子さん。
 院内では「見守り」なので、なかなか自由に動けなくてもどかしいそうです。

「娘が買ってきてくれたセリア(100円ショップ)のマジックハンドがあったら・・・。そう思って、主人に送ってと伝えたのですが、100円ショップの、しかもあんな長い(80センチあります)ものは送れないと断られました」

と、A子さん。

「セリアで見たい物もあるので、買ってきましょうか」

と私が買ってきてお渡ししました。A子さんが実際に使うその様子を見てビックリ!床に落ちていた髪の毛も取れたんです!これはみなさん、各家庭に一本!各ベッドに一本!です。
 他の100円ショップのも試したそうですが、セリアの物が一番いいそうです。

 A子さん、教えてくれてありがとうございます。
 

↑A子さんがベッドに座った状態で、テレビ台の上の薬袋をつかんだところ。


↑A子さんがツルツルした床に落ちていた髪の毛を拾ったところ。髪の毛がよく写ってません。


↑ほら、本当に髪の毛をつかんでいます。
*髪の毛をつかむのは高度な技かも。A子さんは使い慣れています。


↑これがそのマジックハンド。商品名は「ロング・ハンドキャッチャー」でLサイズの82センチの物です。

 A子さんの発症は7年前だそうですが、手や足の維持もストレッチ等でご自分ですごい努力されています。手に力が入らないと、字を書くのは止めて、今はiPadで日記を付けています。すくみ足があり、院内は歩行器で移動しています。あと声が出づらいようで、少し声が小さい目かな。でも同室の人を呼ぶとき、とても大きい声で名前を呼んでいましたよ。



霊園からのワタルの電話。 - 2016.06.11 Sat

*ワタルは3月に養護学校高等部を卒業しました。4月からはそれまで利用していた放課後等ディサービスは使えなくなり、通所先から4時くらいに帰宅した後、ほぼ毎日ひとりで色々なところに散歩しているようです・・・。どうしよ。

 先週のことです。仕事帰りに病院に寄り、リュウの夕飯が終わってから一階に散歩に行き、ロビーのソファーに座ってちょっと経った時です。7時は過ぎていました。
 ワタルから電話が鳴りました。

「もしもし?」
「ワタルです。S霊園にいるので迎えて来てください」

とのことでした。

(???・・・。・・・。???。霊園?)

「リュウ、いまワタルから電話が来て、S霊園に迎えて来てって。この前、リュウのお母さんの納骨に行ったばかりだよね。今日は平日で通所の日だから、それが終わって家に帰ってから歩いて出かけたんだわ。もう暗くなるから迎えに行くから、リュウベッドに戻ろう」

 リュウにそう言って私たちは二階に上がり、リュウはベッドに横になりました。口の中をきれいにしていなかったのと、連絡帳の記入がまだだったので、それらをやっていたら、薄暗かった外がもっと暗くなってきました。やっと病院を出られるようになったのは、7時半くらいです。急いで車でS霊園に向かいました。S霊園は病院から近くです。でも家から歩くと片道1時間くらいでしょうか。

 (ワタルはど・こ・に、いるんだろう?霊園の入口かな?)

 そう思って霊園の入口に行くといません。仕方なく霊園の中に車で入って行きました。もう暗いです。この頃の日没時間は7時15分くらいです。

 (管理棟の近くかな?)

 そう思って管理棟の近くに行きましたがいません。

 (ま、まさか、おじいちゃん、おばあちゃんのお墓の前にいるの???もう日も暮れているのに?)

 霊園の中に行くのは怖くて、その想像だけは避けたかったのですが、仕方なく車で行ってみることにしました。

 と・こ・ろ・が、だ~~れもいません。おじいちゃん、おばあちゃんが眠っているお墓は車の中から薄暗い中、見えました。

 私は園内の通路に車を停めています。右も、左も、後ろも、前も、お墓だらけです。もう暗くて、電気も点いていないし、人影もありません。

(ワタルは、霊園のどこにいるんだろ?夜の霊園なんて、私は生まれて初めて来た。ワタルは怖くないの?)

 そう思いながらワタルに電話しました。コール音が鳴り始めました。

 一回、二回、三回、四回・・・、いつもはこれくらいで出てくれるのですが、出てくれません・・・。

(ワタルは、この暗いお墓だらけの霊園のどこにいるのぉ!)

 そう思った時です。運転席の真後ろのドアが、突然ガバァッ〜!っと開きました。一番視界に入らないドアです。私は恐怖で、

「うわぁあああああ〜〜〜〜」

と叫んでいました。でも叫びながら後ろを振り向いてワタルを確認すると咄嗟に、

(ワタルはお墓が怖いものだとは思っていないようだから、ここで怯えてはいけない)

と思い、

「うわぁああああああっはっはっはぁああああ〜〜〜〜〜〜!」

と叫び声の後半に笑い声を付け加えました。車に乗り込んだワタルが、

「お母さん、ただいま。お母さん笑ってたの?」

とワタルが不思議そうに楽しそうに言いました。そして、

「黒い看板が見たくて来た」

と霊園に来た理由を言いました。

 黒い看板とは、亡くなった人を書いてあるお墓の横に建っている霊票(墓標)のことです。ワタルはデザイン的に気に入って、また見に来たようでした。

「そ、そうなんだね・・・」

 多分、もうここには一人で来ないでしょう。満足したでしょう。

 私はそう自分に言い聞かせました。






パーキンソン病超音波による治療の臨床試験の動画ニュース。 - 2016.06.10 Fri



 先日北海道新聞でパーキンソン病の超音波による国内初の臨床試験が行われたとの記事をアップしましたが、その模様が今度はNHKのニュースとして、昨日流れていました。
 リンク先の「北海道 NEWS WEB」で、動画が見られます。治療を受けた女性の治療前と治療後の姿が。
 パーキンソン病とパーキンソン症候群では違うので、進行性核上性麻痺ではこの治療の可能性はないのかなと思いますが、病気で悩む人が良くなる可能性のあるニュースは嬉しいです。
 以下、リンク先のNHK北海道のページより。

********

 パーキンソン病は、脳の指令を筋肉に伝える「ドーパミン」が十分につくれなくなることが原因の難病で、現在は、根本的な治療法はありません。
 帯広市の北斗病院が、熊本大学の専門医とともに取り組んだのは、超音波を症状の原因となっている脳の特定の部位に照射し、高温で破壊するという方法で、先月30日、帯広市内に住む50代の女性に、国内で初めてとなる臨床試験を実施しました。


 「NHK 北海道 NEWS WEB:パーキンソン病治療で臨床試験」←水色の文字をクリックしてください。動画が見られます。
 ↑
 リンク切れになってますので、私が録画したものをアップします。ところどころになります。







S病院で女子会。 - 2016.06.06 Mon

 昨日の6月5日は午後からS病院へ。そこで女子会をしようと甘いものを買っていき、看護師さんに断ってから、談話コーナーで、女子会を開きました。
 メンバーは、九州地方からH医師の三剤療法を受けに来ているミユさん(仮名・ブログで紹介中です)と、やはりH医師の三剤療法を受けたいと東海地方から入院しているA子さん(仮名・ブログでの紹介はこれからです)と私です。
 ミユさん、A子さんは、夫と同じ病気の進行性核上性麻痺です。なぜお二人がここに入院されているかと言うと私のブログをご家族の方がお読みになって、ご家族の方に勧められてのことです。
 ミユさんは5月12日に、A子さんは5月25日に入院され、お二人とも一ヶ月半は入院し、H医師にお薬を合わせていただきます。リハビリは土日関係なく1日3回あります。
 私はただただ(?)、女子会したいと思い開催しました。楽しかったです。


↑写真は手だけ・・・。左の手はA子さん。右の手はミユさん。真ん中のiPadはA子さんのものです。A子さんはストレッチ等毎日やっていて、自分が何をしたか、どういう症状だったか、簡単な日記を付けています。今ままでは手書きでしたが、手に力が入らなくなってきて字が書きづらくなってきたので、iPadに変えたそう。道具を変えることで日記が継続できていてスゴイ!その日記を私たちに見せてくれました。
「自分の病気のことをこんなに話せるなんて嬉しい〜」とA子さん。
 私も夫と同じ病気の方のお話しができて嬉しいです。


↑だいぶお話ししていたら、A子さんがリハビリに呼ばれました。私たちも見学に行き、私が大きな声で「頑張ってぇ〜!」と言うと、理学療法士さんが「お友だちがいるんですか?」とびっくりしていました。写真は手すりをつかんで歩いているA子さんです。
 ミユさんがイスに座って見学しているとミユさんの顔見知りの理学療法士さん(ミユさんの担当の方)が声をかけてきてくれたので、私が質問しました。ミユさんは改善されてきましたか?と。すると、
「はい。イスから立ち上がるとき、重心が後ろになって立ち上がれないときがありましたが、それが前に重心を置くことができるようになってきました。あと、太ももがしっかりしてきて、イスに座るときもドスンと座るのではなくて、ゆっくり座れるようになってきました」
と言っていました。
 今度ゆっくり担当の理学療法士さんにもお話し聞きたいです。




河野先生、院長先生とのスリーショット。 - 2016.06.06 Mon

 先日ブログでお知らせした道新ホールで行われた河野先生の札幌の講演会に昨日行ってきました。700名収容の会場に約430人の方が足を運んだそうです。たくさんの人がいらっしゃっていてびっくりしました。
 8年前の2008年7月26日の時は、会場は札幌サンプラザだったのですが、こんなにいなかったです。この時はリュウと行き、講演後河野先生にリュウと私、会っていただいたのが懐かしいです。

 昨日の座長は、札幌禎心会病院院長徳田禎久さん、2年越しで今日の講演会を開催できたとお話ししていました。徳田院長先生もコウノメソッドを実践しているとお話ししていました。
 講演の内容はまた後日アップします。

 講演の休憩時間に、リュウの入院先のM病院の院長先生を発見!挨拶をしに行くと、「後ろの方に」と振り向いて「あそこに外来の看護師さんたちも来ています」と指を指して言うとその辺りからこちらに手を振っている人たちが。「それからあっちの方には、3階の看護師さんたちがいます」と言って指を指すとまたその辺りからこちらに手を振っている人たちが。そして院長先生も看護師さんに手を振っていました。

「あれ?夫の主治医のコウノメソッド実践医のT先生は?それから、リュウのフロアの二階の看護師さんがいないんですね、私も誘おうとM看護師さんだけに言ったのですが、今日は来ていないみたいだし、あぁ河野先生のポスターをちょこっとベッドサイドにでも貼っておけばよかった」

「M看護師は夜勤明けかな、T先生は学会で今日は来られないそうです」

とのことでした。
 M病院から院長先生や看護師さんたちがこんなに来てくれていたなんて、8年前は心細かったけれど何か心強いなあぁと、感慨深かったです。
 コウノメソッドで改善される患者さんがいて、河野先生が手の内からもあらゆる情報を発信しているおかげかなぁと思いました。

 講演の後、河野先生に挨拶しようかどうか迷っていると、院長先生が挨拶をしに行ったので、ここだ!と思い、横に立って、「そしてその患者(院長先生がT先生のことを伝えたので)の妻です」と私も挨拶をし、写真も撮ってもらえませんか?とお願いし、スリーショットが実現しました。
 T先生も看護師さんたちも一緒だったら尚最高だったのですが・・・。


↑左から、私、河野和彦先生、M病院S院長先生。



多動の子が座ってられそうなイス。 - 2016.06.05 Sun

 オーストラリア在住の自閉症児のママのブログ(カイとわたしの場合〜オーストラリア×自閉症日記)で取り上げられていたものですが、多動の子が座ってられそうなよさそうなイスです。
 「Hokki」という名前のイス。
 これは支援学級とかに必ずと言っていいほどあり、子どもたちに人気のバランスボールのイス版のような感じで、イスそのものがグラグラ動いてバランスを取りながら座れるものなのかな。ユラユラ揺れながら座るので、見ている人が気になる人もいるかもしれませんが、動画では先生をお話を聞いてない様子が、このイスでは聞けているし、立って歩いている子もいたのが、このイスを使うと歩く子の姿がほとんど見られないようです。ワタルはいつも普通のイスをユラユラ揺らしてこのイスのように使ってもいたので、ぜったいに合っていると思います。もう学校卒業しちゃったけど。でも使わせてみたいです。

HOKKI_Stool_Group-335x335.jpg
↑このイスの通販のページは、ここをクリックしてください。181.5ドルって日本円でいくら?

https://youtu.be/AhyMxW_3pk
↑こちらがHokkiのイスを使う前と使ったあとのクラスの様子と子どもたちへのインタビューも。インタビューは英語なので、なんて言っているのかわかりません。



『緊急事態発生!お客様の中に学校の先生はいらっしゃいませんか?』とのオーストラリアでのニュース。 - 2016.06.05 Sun

 FBで印象に残るニュースを見かけましたので、ここでも紹介したいと思います。オーストラリア在住の自閉症児のママのブログ(カイとわたしの場合〜オーストラリア×自閉症日記)で取り上げられていたものです。
 シドニーからメルボルンへ向かうジェットスター国内線の飛行機の中でとあるアナウンスが流れたそうです。それは、「お客様の中に学校の先生はいらっしゃいませんか?障がい児教育専門の先生はいらっしゃいませんか?」というもの。どういう内容だったかということを日本語に訳して取り上げてくれています。以下です。

***************

それはシドニーからメルボルンへ向かうジェットスター国内線の飛行機の中で起きた出来事でした。

機内でとあるアナウンスが流れました。

「お客様の中に学校の先生はいらっしゃいませんか?
障がい児教育専門の先生はいらっしゃいませんか?」

通常、機内で体調を崩す乗客がいた場合、
「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」
というのはよく聞くフレーズだと思いますが・・・・

この場合は、なぜ学校の先生、
しかも障がい児教育専門の先生だったのでしょうか???

それはこういうお話でした・・・。

この機内での緊急事態を解決できる人物はたった一人しかいかなかった――それは教師だった

それはシドニーからメルボルンへ向かう飛行機の機内で起こった。
体調の悪くなってしまったひとりのある少年が席に着くことを拒否した時、
クルーたちは不安を感じた。
少年には障がいがあった。

それは短いフライトだったが、日曜の夜10時、乗客たちの神経は張りつめていた。

乗客が搭乗した際に荷物を置く場所を巡って言い争いをする人達がいたので、
クルーが「お互い優しく対応してください」とお願いする場面があったのだ。

だから飛行機が着陸準備に入り、この14歳の少年が着席するのを拒否した時
機内の緊張は一気に高まった。

機体の燃料はそれほど残っておらず
乗客たちは皆もう家に帰りたい。
でもこの少年が席に着いてくれない限り着陸は出来ないのだった。

これは三週間前、シドニーからメルボルンへ向かうJQ527便で起きた出来事だった。

キャビンマネジャーのジョンはメディアにこのように語った。

「これ以上時間がかかると我々は燃料不足に陥り
緊急事態の宣言をしないといけないという状況でした。
機長自身も不安になり始めていました。」

この少年――14歳のダウン症の少年――は体調が悪く、
彼の年配の両親と成人した彼のきょうだい達の言葉も聞き入れず
絶対に起き上がろうとしなかった。

クルー達は助けが必要だった。それも早急に。

彼らは機内で助けを求めるアナウンスをした。
通常、機内でこのような体調不良の乗客がいた場合は医者を探すのだが、
この場合、この少年を助けられる人物はたった一人しかいなかった。

それは、教師である。

「お客様の中に学校の先生はいらっしゃいませんか?
障がい児教育専門の先生はいらっしゃいませんか?」

その時、ソフィー・マーフィーという女性が進み出た。
20年の経験を持つ教師である。

障がい児教育のカリキュラム監修の経験もある42歳のソフィーは、
自分なら助けることが出来ると思った。

「教師というのは、よくいわれのない非難を受けてしまう仕事なんですよ」
と彼女はメディアに語る。

「私にはこの状況を何とか出来るって分かっていたので、
その場に助けに向かうことを誇りに思いました。
だってこれはすべての教師が日々やってることなんです」

ソフィーは飛行機の奥の方へ進んでいき、
そこにティーンエイジャーが通路に横たわっているのを見つけた。

彼は床に大の字になっており、
不安そうな彼の家族が彼の周りを囲んでいた。

ソフィーは家族に挨拶をした後、彼女も一緒に床に寝そべったという。

「私たちは飛行機のことや、床に寝ていることについては話さなかったんです。

私はすでに『先生モード』に入っていました。
先生の話し方、先生の声です」

彼女はこの少年の名前がシャムランということ、
彼がその日ニュージーランドから来たということを知り、
一緒に彼の好きな本や好きなキャラクターの話をした。

この14歳の少年は、ソフィーに「僕は悲しい、そして痒いんだ」と話した。

この教師が少年の手を取って一緒に席に着いた時、
飛行機はついに着陸態勢に入ることが出来た。

近くの席に座っていた乗客の1人はこのように語った。
自分の夫は医師で一緒に機内にいたけれど、
彼には何も出来なかった、と。
代わりにこの医師は、この教師がスキルと知識を使って
少年を安全に導いていく一部始終を尊敬の念で見つめていたのだそうだ。

ソフィーはこの少年はひどく体調が悪かった、と語った。
少年が彼女や袋の中、そして座席の上にまで嘔吐していたので、
彼女は嘔吐袋を次から次へと貰わなければならなかった。

「大丈夫。私はあなたの友達よ。私たちは大丈夫。一緒に切り抜けましょう」

ついに飛行機が着陸しシートベルトサインが消えた時、
他の乗客は荷物を置くスペースのいざこざなどすっかり忘れていた。

彼らはそれが日曜の夜中だということも、
とても疲れていたということも、
つい30分前にこの体調の悪い少年があやうく緊急事態を引き起こすところだった時
怒りとフラストレーションと恐怖を感じていたということも、
全てを忘れていた。

彼らはこの少年と家族が飛行機を降りていく時
身動きもせずに しんとしていた。
何人かが静かな拍手をこの教師に送っていた。
ほとんどの乗客が笑顔を見せていた。
彼らは勇気づけられ、啓発されたような気分だった。

ソフィーは言う。
「親はいつも私たち教師が自分の子供に対して持つ影響力について感謝の言葉をかけてくれますが、
こういったことが公で語られることはほとんど無いんです」


ソフィーの同僚たちは彼女の行動をFacebookで賞賛した。
「子供たちにとって教師の影響と言うのは多大なものですが、
それが認識されることはほとんどありません。
この話はまさに教師という仕事の専門性を表しています。」

また別の教師は言う。
「シャムランとそのご家族の「友人」になってくれてありがとう。
それこそがあの時、彼らが一番必要としていたものでしょう。
あなたが彼の隣で床に寝そべって、
彼がまさにいた場所で話しかけたというのが良かったと思う。
素晴らしい才能です。
私も教師とそのアシスタント達と一緒に働いているけど、
彼らも毎日あなたと同じように子ども達を愛し、気にかけ、そして教育しています」

そしてもう1人。
「ソフィー、あなたは彼に安心できる場所を作ってあげた。素晴らしい、ブラボー!」

******************

 これを読んで、今までお世話になった高校、中学校、小学校、幼稚園の先生方を思い出しました。
 ワタルがいつもごろんと横になっているところに、「ワタルくんはどういう風景を見ているのだろう」と自分も横になってくれた養護学校高等部のO先生、放課後お迎えの時間が来るまで、毎日のようにワタルの興味がある小中学部の音楽室等におしゃべりしながら一緒に歩いてくれたH先生。ワタルとコミュニケーションがなかなか取れないとパペットを使い、それがワタルにウケた(効果があった)とそれからコミュニケーション取れるようになったと笑顔で私に教えてくれた小学校のT先生、幼稚園O先生もワタルとなかなかコミュニケーション取れないと悩み、その後コミュニケーション取れるようになったことその過程等を論文にしたり。幼稚園E先生も私が初めての集団生活で不安で入園式も無理だと思っていたのに「大丈夫ですよ」と自信のある目で応えてくれました。他にもたくさんのエピソードがあります。
 あと今、九州地方から夫と同病のミユさんが新さっぽろ脳神経外科に入院していて、一緒に札幌にいる夫のコウさんは元養護学校の先生です。北海道にいながらも毎晩教え子から電話がかかってきていて、悩みとかを聞いてあげているそう。卒業後ずっと対応してくれているそうです。

「親はいつも私たち教師が自分の子供に対して持つ影響力について感謝の言葉をかけてくれますが、こういったことが公で語られることはほとんど無いんです」とソフィーさんが語った言葉が印象的ですが、そうかもしれません。
 このニュースを和訳してくれたくまこさんのブログ、ソフィーさんのFB、ニュースを伝えるメディアのページ、どれも反響が大きいそうですよ。


↑今回のエピソードを伝えるページのスクリーンショット。クリックすると拡大します。女性の方がソフィーさん。FBのシェアが「44K」。元のニュースは、ここをクリックしてください




進行性核上性麻痺と診断されてのショック:コウさん、私。 - 2016.06.04 Sat

 九州地方からH医師の三剤療法を受けるためS病院に入院しているミユさん、1日三回のリハビリも頑張っていて、理学療法士さんのお話もH医師のメールでも「歩行等、少しづつ改善が見られてきた」とのことです。少しホッ。
 でも私はご夫妻に接していると「夫のコウさんのショックが大きい」ことが気がかりに。ミユさんが進行性核上性麻痺と診断されたのは昨年の7月です。コウさんはその時からのショックがずっと続いた状態です。私はコウさんの気持ちがわかります。リュウの時のことを思い出してみました。

 S病院に通院して最初についたのが「パーキンソン病関連疾患」(平成19年)です。パーキンソン病関連疾患と付いたのは、病気が進行しないとまだはっきりどの診断名かわからないという段階だったからだと思います。進行性核上性麻痺と病名が変わったのはそれから3年後です。
 でもH医師は最初から進行性核上性麻痺だと思ったそうですが、そのことは言いませんでした。最初に言われたらすごいショックだったと思います。私たちがすごいショックを受けるだろうということも考えて、進行性核上性麻痺の疑いとは言わなかったのかな?と思っています。
 H医師から平成22年に「進行性核上性麻痺」と言われる前に、セカンドオピニオンで他の病院にかかったことがあり、札幌医大で「レビー小体型認知症か進行性核上性麻痺」と診断されました。その時初めて「進行性核上性麻痺」と聞いたのですが、それはショックで翌日会社で同僚の人に「何かショックなことあったの?」と聞かれたことを覚えています。
 病気によっては症状が進んでも「長生きできる」「寿命をまっとうできる」と書かれているものもあるのですが、「難病情報センター」の進行性核上性麻痺のページには「日常生活動作(ADL)低下の進行は速く、我が国の部検例の検討によると、発症後◯~◯年で車椅子を必要とするようになり、◯~◯年で仰臥状態になると報告されている。平均罹病期間は◯~◯年という報告が多い。死因の多くは肺炎や喀痰による窒息などと考えられれいる」と書かれているのですが、これを読んでショックを受けない患者家族はいないと思います。
 H医師の配慮もあったのだと思いますが、最初にいきなり「進行性核上性麻痺」と言われなかったこと、セカンドオピニオンでその可能性を言われたこと、そうなんだろうかと考える期間があったこと、いくつかのクッションを経て最終的にH医師から平成22年に「進行性核上性麻痺」と言われたので、「やっぱりそうか」という気持ちでした。
 それでもそれまでは何でも話していた親戚の人たちには「進行性核上性麻痺と診断名が変わりました」とはどうしても言えません。もう知っているかと思いますが、いつ言ったのかもよく覚えてないです。
 どの病気も辛くて重たいですが、この「進行性核上性麻痺」もとてもとても重たい病気の一つです。

 ですからミユさんの症状が目立ってきたのが昨年の4月頃で、進行性核上性麻痺と診断されたのが昨年7月という、考える余裕もないうちに告げられたコウさんのショックのお気持ちが、すごくよくわかります。

 進行性核上性麻痺の経過は個人個人は違うと思うし、薬や治療法も新しく登場したりするし、悲観ばかりしてもしょうがないと私は思うようにしていますが、それでもやはり悲しい気持ちになることもあります。
 M病院に入ってすぐの院内コンサートの時のことを書いたブログ記事がその典型だと思うので、読んでみてくださいね。
『病院祭の院内コンサート 2012.09.23 』
へ。

 いい時もあれば、よくない時もある、それはどのような状況の人でも同じで、あせらずいけたらいいのですが。
 
*「音楽」ですが、聴く人の素直な気持ちを引き出すこともあるのかなぁとも思いました(院内コンサートでのこの時の私の状況)。またこの「病院祭の院内コンサート」のブログ記事を受けて、のぞみの会の埼玉のWさんが「音楽療法の八つの大きな効用」というのをMLで教えてくださり、とても貴重な内容でそれも私のブログでアップしています。『音楽療法の八つの大きな効用 2012.09.30』 へ。
 私は病室を出る時、必ずラジオのイヤホンを本人にことわってリュウの耳に付けています。

kou_20160603064513f72.jpg




『認知症薬少量投与容認 厚労省、副作用に配慮』 - 2016.06.01 Wed

 河野先生や長尾先生が指摘して、行動を起こしていたことが実現しました。認知症薬は使用規定があり、どの患者さんもこういう風に増やしていくという決まった処方しか認められていませんでした。それでは興奮が強くなる(怒ったり)などの副作用も出る患者さんがいて、患者本人はもちろんのこと、介護する家族も大変な目に遭います。今回、患者さんに合わせた処方を認めて欲しいとお医者さんたちが行動して、それが認められる記事が6月1日付けの北海道新聞に載っていました。ありがとうございます。
 関連する私の過去のブログ記事です。
『Y!ニュース『認知症薬「アリセプト」に重篤副作用』河野先生・長尾先生 』
↑長尾先生が副作用で苦しむ患者家族の姿を訴えています。河野先生は医療現場での実際にあったレセプトが通らなかったことも伝えています。
『「認知症薬、適量処方を」法人設立、副作用調査へ』
↑一般社団法人「抗認知症薬の適量処方を実現する会」設立を伝える新聞記事です。「抗認知症薬の適量処方を実現する会」(代表理事長尾先生、理事河野先生ら)のホームページは、ここをクリックしてください。ここの「事例報告」というページに、薬の量が合ってなかった実際の事例が載ってます。


↑2016年6月1日北海道新聞朝刊です。新聞をクリックすると大きくなります。

新聞読むなら、北海道新聞。  新聞読むなら、北海道新聞。



『パーキンソン病超音波当て改善』 - 2016.06.01 Wed

 5月31日北海道新聞夕刊に『パーキンソン病超音波当て改善』というタイトルの記事が載っていました。関節のこわばりや手の震えの治療方法は今まで手術でしたが、超音波を当てての臨床試験を国内初めて帯広の北斗病院で行いました。そしてその患者さんは改善されたそう。北斗病院の先生と熊本大学の先生が協力したとのことです。
 たくさんの患者さんが改善されることにつながりますように。


↑2016年5月31日北海道新聞夕刊です。新聞をクリックすると大きくなります。

新聞読むなら、北海道新聞。  新聞読むなら、北海道新聞。



NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

最新記事

お墓参りとプール Aug 09, 2017
今日は飲み込みが良かったなぁ~(動画)。 Aug 02, 2017
添乗看護師の江口さんお疲れ様でした。 Jul 31, 2017
『車イス旅行記』トイレページにメーカーさんが気が付いた。 Jul 29, 2017
リュウの背もたれしない座位。 Jul 19, 2017
I夫妻の支え歩行(介助ベルト使用)。 Jul 09, 2017
1年ぶりの九州地方からの患者さんと夫さん。 Jul 09, 2017
広島のMさんより嬉しいメール。 Jul 08, 2017
リュウの足を踏んじゃった! Jul 07, 2017
「マダアルク」 Jun 30, 2017

プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

↑クリックするとNo.1(2012/6/23)からの一覧が表示されます。ブログ内検索(「三剤療法等)もここでできます。

リンク

ドクターコウノの認知症ブログ

↑名古屋フォレストクリニックの河野和彦先生の情報発信。認知症状がある人にお勧め。月曜日更新。

リンク

↑意思伝達を助けるためのサイトです。

カテゴリー

勤労ちゃん専用掲示板

勇気のある他の方もどうぞ〜。

老眼の方のための大きくて見やすい掲示板はここをクリックしてください。

月別アーカイブ

ブログをお知らせした方々

(順次お知らせしています)

▶リュウ、イブキ、ワタル
▶S病院H医師
▶リュウの家族親戚、近所の方々、友人S田さん、友人I田さん、友人Tさん、友人Oさん
▶私の家族、友人Tさん、友人Sさん、友人O夫妻
▶S医師
▶私の職場上司
▶W社長、U本さん
▶イブキママ友
▶リュウのケアマネージャーKさんとS看護師さんをはじめ訪問看護のみなさん、リュウのデイサービスGのYさんとスタッフの方々
▶癌で闘っている同級生P君とG先生と仲間たち
▶ADHDのお子さんのママでありご自身が癌で闘っている同級生のKちゃん
▶奥さんがリュウと同病である短大のK先生とゼミのみんな
▶ワタルの幼稚園時代の先生方、小学校時代の先生方、中学校時代の先生方、児童会館の館長Iさんと職員の方々、訪問介護ステーションMのKさんとスタッフの方々、ヘルパーTさん、児童デイサービスHのスタッフのみなさん、ケアサービスステーションKのMさん、NPO法人WのMさん、児童ディサービスSのYさん
▶特別支援学級のママたち
▶私のたくさんの友人
▶進行性核上性麻痺の患者・家族の会のPSPのぞみの会のみなさん

バニラ宛メール

↑上の封筒をクリックすると各々のメールフォームが開きます。そこからメール送れますが、不都合がある場合は、walnuts65♫gmail.comコピーし「♫」を「@」に置き換えて、お好きなメールフォームから送信してください。

フリーエリア