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2016-08

リュウ、十五夜のイラストを確認できた! - 2016.08.30 Tue

 今日(8/30)ディスペースにリュウと行くと、

「十五夜とハロウィンの飾りがお目見えしましたよ!」

と最近一緒になっているご家族さんが教えてくれました。見ると、テレビの横の台にその飾りが。


↑テレビ横の台の十五夜とカロウィンの飾り。

 ホントだ〜〜〜!かわいいね。

 リュウがいつものソファにヨイショと座ると、今度はリュウの正面に当たるロッカーの壁にもかわいいお月様が貼られていることに気づきました。私が3メートルくらい先のそのお月様の所に行き、指を指してリュウに、

「これこれ!ここここ見て!リュウ!ウサギがお餅ついているお月様があるよ!見て見て!」

と言うと、目をこちらに向けて、お月様を見ました。そして「ウン」とうなづきました。

「あっ、リュウがお月様見れたね〜〜?」

 私がそう言ってそのご家族さんにも確認すると、「うん、見れた見れたよ〜!」と言ってくれました。

 嬉しい嬉しい。

 本当にささやかなことですが、この日で一番嬉しかったことです。


↑ロッカーの横の壁に貼られている十五夜のお月様。

 看護師さん、季節の飾り、ありがとうございます。




大通公園の北海盆踊りに行ってみる。 - 2016.08.27 Sat

 ワタルの平日の通所後のお出かけの回数は少し減ってきたかな。でも土日は必ず地下鉄で札幌市内にお出かけしています。夕方は大通り近辺にいることが多いので、お盆に開催している北海盆踊りを見せてあげたくて、ワタルと会場で待ち合わせをしました(8/13)。なんとこの大通公園での北海盆踊りは、1954年から始まっているそうです。戦争が終わったのが1945年ですから、それから少し経ってからスタート。平和を感じさせるイベントです。が、この「平和」についても特に最近、いろいろ考えさせられます。


↑大通り西2丁目が会場。歌とか太鼓とかみんな上手!


↑ワタルに踊ってみる?と聞くと「うん」とのことで、輪の中に入ってみました。知ってる人は誰もいないだろうし、気楽に参加できます。国内外の観光客の人もたくさん。踊り方は難しいのかな?と思ったのですが、私は結構すぐに覚えられました。でもワタルはなかなか覚えられないようでした。


↑テレビ塔のすぐ近くの会場です。町内会の盆踊りは終わった後何か配られるので、せっかくだからと最後までいたのですが、何も配られませんでした。終わったのは夜の9時です。ワタルはこの時、他のことで喜んでいたのを後で知りました。大通公園の噴水がいつ止まるのかと日頃から疑問で、止まる瞬間を見たかったそう。この時9時に噴水が止まったのだそうです。ワタルの興味関心は独特(?)で、へぇ〜!と思います。あと地下鉄のシャッターが閉まるところも見たいそう。


↑私撮影の動画です。たった11秒です。





5回目(!?)の病院祭。 - 2016.08.21 Sun

 あれっ?5回目!?の病院祭(8/20)???4回目位だと思っていたのに???平成24年7月に入院して、毎年参加しているので、5回目っ!そんなに参加しているんだ~。今年はM病院ができて20周年だそうで、餅まきもありました。手作りのお神輿もありました。

 病院祭参加5回目って、古株になった~、リュウ。

 今年も参加できて良かったです。


↑「病院祭の写真」の前に「ワタルの通所先のお祭りの写真」です。昨年も同日でしたが、今年も同日に開催(イブキ、ワタルと参加)。今日(8/20)はものすごい雨で、通雨所先のお祭りは大変なことに。でも屋台も頑張って出していたし、ステージでは元気なサザンの曲だとかのバンド演奏も頑張っていました。この後病院祭へ(ワタルは街へ出かけ、イブキと病院祭へ)。テント張ってくれていて、雨をしのいで屋台の食べ物を食べることができました。親の会の人とも会えたし、楽しかったです。私は昨年のお祭り二つ参加でしたが、今年も二つ参加です。


↑13時半からのロビーコンサートをめがけ、病院へ。イブキは初参加です。リュウは二階のベッドに横になっていて、「ワタルの通所先のお祭りに行っていたこと、これから病院祭のコンサートがあること」を伝えて、脇を支えてトイレに行きました。その後車イスをお借りしてそれに乗って一階へ。右端はリュウです。目がキョロキョロと動いていてそれなりに見たり、聞いたりしていた様でした。拍手も手がちょこっと動いたりしていました。『コンドルは飛んて行く』とかリュウも知っている曲も演奏されました。


↑地域の一般の人に混じって、私たちの右側に病衣を着て車イスに乗った患者さんが。この辺りの患者さんは顔を見たことない人が多かったので、「3階の人たちが多い!?」。そう思った瞬間、対抗心(!?)が湧いてきて、二階の患者さんを探してみると、私たちの左側にいる様。ホッ。
 
 『3階の患者さんの参加率! VS 2階の患者さんの参加率!』←そんなこと思ったのは私だけです。ハイ。

 2階のあの患者さんも、あの患者さんも看護師さんに連れられて来ている~!←嬉しかったです。


↑「いろいろな笛のミニコンサート」の後の「ジャグリング&バルーンパフォーマンス」です。催し物は、「耳で参加する」か「目で参加する」かがあると思うのですが、目で参加するものはリュウは難しいです。そのものを目でとらえ、理解する力が必要で。目はパッパッパッと見ることが困難だし、認知の方の困難もあるので。でも何年か前の院内コンサートで、師長さんが耳が不自由な方を連れてきていて、そういう方は「目で参加する」方が喜べるかなぁと思います。
 女性のパフォーマーの方が、一生懸命やってくださっていて有難かったです。犬やペンギンの形に作った風船を小さい子にプレゼントしていました。地域や患者さんご家族の小さい子かと思われますが、色々な年代の方が参加されていて、良かったです。入院患者さんはご高齢と思われる方が多く、小さなお子さんと接する機会は少ないです。


↑正面玄関前では、屋台が出ていました。「焼きそば」「ゆでとうもろこし」「かき氷」等です。


↑終わった後、取材していたテレビ局の人にインタビューされている院長先生。祭りのはっぴを着ています。


↑途中から参加したのでお神輿を担いでいるところは見ていませんが、ダンボール等で作られた見事がお神輿が置いてありました。賽銭箱も付いています。実はこの日の二日前から病院の片隅に置いてあり、院内散歩の時にリュウとまじまじと見ていたものです。とっても上手にできています。


↑紅白の餅まきも行われ(実際には配られた)、リュウとイブキと私の分で3個いただきました。いつもより豪華なお祭りでした。楽しかったです。ありがとうございました。


↑2階に上がると、ディスペースのテレビで高校野球が入っていました。北海道の北海高校が準決勝で勝った瞬間です。

 リュウ、すごいね!北海道の高校が決勝に進んだよ。

 ディスペースにいた患者さんやご家族の方と、お祭りのことや高校野球のことを話題にしました。



患者さんの川越さんへ。 - 2016.08.13 Sat

 患者さんご本人の愛知県在住の川越さんへ。メールいただきましたが、何回送信してもエラーになって送れません。河野先生の病院に行こうかと思っているとのことで、私も一度行ってみたらいいと思います。ここのブログ記事ですが、コメントできる設定にしましたので、こちらの方に書き込んでくださっても結構です。

 他に私にメール送っていても返事来ないとかいらっしゃいましたが、書き込んでください。



O先生からメールが来ました。 - 2016.08.13 Sat

タイトル「K福祉会(ワタルの通所先)に行きました。:受信日8月5日」
差出人:O先生(ワタルが卒業した養護学校高等部の担任の先生)(O先生に了承済み)

***********

ご無沙汰しています。夏らしい暑さが続きますね。お元気ですか。

卒業生の集いに参加いただき、ありがとうございました。楽しい時間でした。

先月末に、職員施設見学でK福祉会に行ってきました。
ワタルくんが働いているところを見てきましたよ!
タイヤのアルミを磨く作業をしていました。
ワタルくんトークは健在で、久しぶりに笑わせてくれました。
職員さんも、ワタルくんのお話を楽しんでいるようです。

働くことに慣れていくには時間がかかりそうですが、ワタルくんのペースで社会人として生きているんだなあと感じました。


K福祉会のお祭りは、8月○日 でしたか?
ワタルくんやお母さんも参加しますか?

「やさしいまなざし」を読みました。ワタルくんの願い事ステキです。
「きらきらぼしがほしい」=「みんながきらきら輝く笑顔であってほしい」なんですね。

津久井やまゆり園の事件はショックでした。
ワタルくんの「きらきら星のねがいごと」の話を知ったら、だれもが生きていくことはすてきなことだと思えるのに。

亡くなった方の冥福を祈るとともに、障害を持った人もそうでない人も、みんなが幸せに生きていける社会になるために、微力ながらできることをやっていこうと思っています。

Oより


 O先生、卒業後も気にしてくれてありがとうございます。ワタルも3日に一回は先生の名前呼んでます。ワタルは、まわりの人の表情で、悲しい顔や辛い顔や怒りの顔がイヤなんだそうです。普段からもそう言っています。それでみんながきらきら輝く笑顔であって欲しいって。先生の「障害を持った人もそうでない人も、みんなが幸せに生きていける社会になるために、微力ながらできることをやっていこうと思っています」ってすごく嬉しいです。メールありがとうございます。

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↑M病院の短冊に書いたワタルのお願いごと。

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↑養護学校高等部時代のO先生とワタル。

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↑卒業式の日のO先生。



ジーパンが自然と下がってくる。 - 2016.08.12 Fri

 病院に行った時とか、私のジーパンが自然と下がってきます。気のせいではなく明らかに下がってきます。

 ついに(?)痩せてきた!?

 そう思ってうちで体重を計ってみました。ところが、まったく痩せていなくて、太ってる!?でもなぜジーパンが下がってくるのでしょう。自分で考えてみました。

 暑さと湿度で足が汗ばんでいて、それが引っ付いてジーパンが下がってくる。

のが正解の様。

 連日、日本全国暑い暑いとニュースで伝えられています。北海道も暑いです。これでも本州からいらした人は、「軽快な暑さ」と言いますが、道産子の私は暑いです。

 みなさん、この暑さ、乗り切りましょうね。



↑写真はイメージです。イブキです。




グアテマラのYさんから届いたメール。 - 2016.08.09 Tue

 お父さんのご冥福をお祈りするブログ記事をアップしたという内容のメールへのYさんからの返信です。受信日8月7日。

**********

ありがとうございます。 懐かしいですね。 pspでも諦めない、そんなバニラさんに、本当にいろいろ相談にのって、励ましてもらってましたね。ありがとうございます。父の事は悔いないです。本当にいい最後だったから。バニラさん、応援しています。そして、pspとの戦いに、治療法が確立されることを渇望しています。私はクリスチャンなので、病気や死のない世の中に父が復活してくると信じています。また元気な父に会えるから、頑張ります。頑張り続ける事、不幸じゃないよって、pspのご家族に、私たちの経験を通して伝えられたら嬉しいです。りゅうさん、きっと治療法出てきますよ、頑張って。


 悲しみの中、私たちや皆さんを励ましてくれてありがとうございます。家族が病気になってからも、失ってからも、やっぱり非日常が広がっているかと思うので、Yさんもお母さんも事故や怪我等ないように気をつけてくださいね。また時々、メールいただけたらと思います。

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永六輔さんの「生きるものの歌」。 - 2016.08.07 Sun

 2016年7月7日にパーキンソン病を患っていた永六輔さんが83歳でお亡くなりになりました。以前ラジオで流れていた永六輔さんが歌詞を書いた「生きるものの歌」が印象的だったので掲載させてください。
 永六輔さんのご冥福をお祈りします。

************


「生きるものの歌」
作詞:永六輔 作曲:中村八大

あなたが この世に生れ
あなたが この世を去る
わたしが この世に生れ
わたしが この世を去る
その時 愛はあるか
その時 夢はあるか
そこに 幸せな別れがあるだろうか
あるだろうか

(台詞)
もし世界が平和に満ちていても
悲しみは襲ってくる
殺されなくても人は死に
誰もがいつか別れてゆく
世界が平和でも悲しい夜はくる
誰もが耐えて生きてゆく
思い出と友達と歌が
あなたを支えてゆくだろう

あなたが この世に生まれ
あなたが この世を去る
わたしが この世に生まれ
わたしが この世を去る
その時 未来はある
その時 涙がある
そこに 生きるものの歌がある
歌がある
そこに 生きるものの歌がある
歌がある

※「生きるものの歌」J-Lyric.netより




グアテマラのYさんのお父さんのご冥福をお祈りします。 - 2016.08.07 Sun

 グアテマラのYさんから私に初めてメールが来たのが、2013年9月です。日本に住むお父さんが進行性核上性麻痺とのことで、治療法の情報を集めていて、私のブログを見たとのこと。すぐにコウノメソッドの先生のところを受診しました。その年の12月のメールでは、びっくり目が普通の目になったこと、胃瘻をしているのにうどんが半人前食べられたこと、書いてありました。その時は私も嬉しくて嬉しくて。

 その2103年12月のメールです。
*********

今年は本当に、バニラさんにはお世話になりました。本当に感謝しています。もし、父がこの病気にならなければ、出会えなかったので、感謝です。色々情報を分けていただいて、おかげさまで、父のびっくり目が普通の目になりました。まだツッパリが強く、胃婁、寝たきりですが、希望がでてきました。本当に感謝です。河野メソッドにも繋げていただき、感謝です。ブログ毎回楽しみにしています。そうそう、最近父が少し食べれるようになったんですよ。うどん半人前!!!すごいです。進行性なはずなのに、元気になってくれるのは嬉しいです。本当にありがとうございます。来年は歩けるようになってくれたらと思っています。私はグアテマラにいるのですが、時々父とスカイプ で会話します。帰国した時と比べて父が元気になっているのを見るのは嬉しい事です。
私の住んでるマヤの村は本当に山が綺麗です。皆民族衣装を着ていて、マヤ語を話します。放牧、農業が主で皆土のレンガの家に住んでいます。床にござみたいなのをひいて、寝たり、食事をしたりします。どことなく昔の日本のようで懐かしいです。子沢山で、貧しくっても、幸せそうです。顔立ちも日本人に似ていて、背も低いので、時々うちの家族のような人とすれ違います。皆一生懸命生きています。

 その後2014年8月のYさんからのメールです。皆さんの気持ちは一つでしたが症状が進んでしまいました。そこで三剤療法も治療に加えられないかとの内容です。
**********

「お久しぶりです。お盆休みどうでしたか?ブログみました。今回ご相談です。3剤療法本当に、父に受けさせられたらって思います。でも、 父は寝たきりの末期、そんなんでも、3剤療法効くのでしょうか?横浜に連れていくのはどうしても、無理なのですが、なんか、治療を受ける方法はないものかと思って。
りゅうさんは素敵な家族と出会えて幸せですね。うちの父にお父さん幸せ?って聞くと、Yは幸せ?って聞いてきます。私が、幸せよ。っていうと、じゃ、お父さんは幸せだというほどいい父なのです。PSPでも、幸せ、寝たきりでも幸せ。お互い頑張りましょう。ブログ毎日チェックしていますよ」

 三剤療法を受診可能な医療機関で受けるにはどうしたらいいのか(Yさんのお父さんは中部地方)。この後Yさんは私から送られたH医師の「三剤療法の抄録」を河野先生に見てもらい、河野先生も「やってみましょうか」と言ってくださいました。(Yさんのお父さんは河野先生のブログに何度か登場しています)

 以下は私のブログです。
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 Yさんの熱意がすごくて、私はただただ感激するばかり。そうして、他のみなさんにも道を作って下さいました。
 私は、三剤療法が普及するには、H医師が学会で発表して広める以外にないと思っていたのですが、ご家族の人がH医師の三剤療法の学会抄録を持って、今かかっているお医者さんに、「この療法が効果があるみたいだから受けてみたい、この療法をやっているH医師に連絡をするとコツも教えていただけるみたい」と言ってみることも可能に。

 H医師から、個人的に希望があれば(私に)、「三剤療法の学会抄録をお見せしてもいい」その上希望であればご家族の方が「患者さんがかかっている先生にお見せしてもいい」「もしもその先生から連絡いただけたらコツもお伝えできます」との確認いただいています。

 以上は「三剤療法を受けるには〜グァテマラのYさんの挑戦。」 2014年9月24日アップより

 Yさんご家族は、三剤療法の論文を主治医に見ていただきやっていただく、H医師と連携も取ることができる、という道を切り開いてくれました。YさんはH医師ともコンタクトを取ってくださいました。

 2016年6月30日のメールより
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バニラさん、ご連絡ありがとうございます。2日前、長く付き合っていた父の誤飲性肺炎が悪化、危篤との一報をうけ、バタバタと一時帰国です。まだアトランタ。母の希望道理自宅で一緒に看取りたいのですが、おとうさん、もうちょっとがんばってよって思いつつデンバー経由し日本に向かいます


 そして、2016年7月21日のメールより(私の方でメール確認できたのは7月31日になります)
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昨日無事父の葬儀終えれました。最後は穏やかに家族全員に見とられて、自宅で亡くなりました。肺炎も治った直後でしたので苦しくなさそうでしたよ。 最近こうの先生のブログにでいたのは、うちのことです。
もう、二年ぐらい父話てなかったんですが、もしかしたら、閉じ込めるれてるって思って、コミュニケーション方を探したら、父時々足を振るって気づき、おとうさん、痛いところあったら足ピクピク、あつかったら足ピクピクって、意思を読み取ることできたんですよ。昔話もできて、理解できてて、びっくりです。思ってるより色々理解してました。
最後は、たぶん、肺を動かすっていう司令が脳からでにくくなったのと、肺を動かす筋肉が弱ったんだろうなって思います。りバスタッチを貼るとちょっとかいぜんしたんですけどね。。。
これからもブログ見続けますよ。お父さんから広がった縁をこえからも大切にしていきます。 バニラさんには本当に色々アドバイス頂き、ありがとうございます。ブログで見る、りゅうさんバニラさんという先輩の姿は本当に大きなささえになりました。
感謝を込め Y


 こちらこそ、偉大なお父さん、お母さん、Yさんに、感謝します。たくさんの気付き、私たちに太い道を作ってくださって、有難うございます。
 なかなか言葉が見つかりません。

 TAさんのご冥福をお祈りします。

 





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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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