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2020-04

転院の条件 その1 #リュウ46 - 2013.01.14 Mon

 平成24年4月9日に自宅の外で転倒骨折し整形外科のA病院に入院手術となりました。骨折は右の股関節で、人工の骨頭を入れる手術となりました。
 整形外科のA病院の院長先生は、だいたい入院は一ヶ月くらいであり、今は人工の骨頭は進んでいて、元と同じまで歩けるようになると、リュウと私に説明してくれ、励ましてくれました。
 しかし、術後本人の精神的混乱もあり、私も強く希望し、10日の手術後すぐに主治医のいるS病院に転院することになりました。転院日は4月12日です。

 その日リュウは、A病院からS病院に救急車で運ばれました。リュウが救急車に乗るのは、この日が初めてです。私はS病院の救急車が運ばれてくる入り口で待っていました。13時に救急車が到着しました。リュウのほかに、付き添いでA病院の師長さんが乗っていました。
 師長さんは、手紙を持っていて、それをS病院の人に渡しました。そして、私に向かって、リュウではなく私への気遣いの言葉をかけてくれました。
 そのことも忘れられません。有り難うございました。

 その後リュウは、ストレッチャーで4階の個室に運ばれ、私は色々な手続きをしたり、看護師さんから入院の説明を受けた後、15時に4階の面談室で、リュウの主治医の神経内科医のH先生から、お話しを聞くことになりました。そのお部屋には、H先生と私とほかに4階の看護師長さんが同席していました。

 平成18年からずっと診ていただいている女医のH先生。リュウのからだのことはまず私が一番にわかっていて、二番目にわかっているのはH先生です。
 そのH先生が迷いもなく、淡々と話し始めました。

 「この転び方は、危険を危険と判断出来ない認知症状から来るものです。今後自宅に戻ってもまた転ぶでしょう。同じことの繰り返しです。なので、S病院の次は自宅ではなく、病院か施設になります。もうおうちには帰れません。当病院のソーシャルワーカーと相談し、次のところを検討しましょう」

と言いました。
 それを突然聞いて、私は頭が真っ白になりました。リュウの日常生活にまさかドクターストップがかかることがあるなんて、思ってもいなかったのです。
 4月9日の朝まで家族一緒に過ごしていた何気ないごくありふれた日常がもう永遠にない?その衝撃と言ったら、言葉で言い表せません。
 私はあまりのショックに頭が真っ白になり、そして後から後から涙が出てきました。

 家に帰ってからもショックから立ち直れなくて、色々な人に連絡をしました。

 「そんなこと言われたの・・・(絶句)」

 「そんなことないのでは?」

 「泣いている場合ではない」

 私は、リュウの病気の進行をリュウと一緒に体験していて、現在を生きるのに精一杯で、この先どうなっていくのかまではわかりませんでした。でも、H先生は神経内科医であり、色々な人の診察していて、病気に対する知識も経験もずっとずっと豊富です。それと、リュウの年齢、家族構成を加味しての判断でした。



(私たち家族にとっていい次のところ、ゆっくり考えよう)




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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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