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2018-06

転院の条件 その2 #リュウ47 - 2013.01.14 Mon

 S病院は、うちの徒歩圏内にあるあたまの専門の病院です。
 そのため、S病院に入院中は、私は毎日会社帰りに病院に行くことができました。
 リュウは、私が目の前に登場すると「おかえり」と言い、その瞬間自分はHOMEにいると思うようです。入院してみてわかった私に対するリュウの反応です。そのことを私は嬉しく思いました。
 それと同時に、毎日病院に行くことはリュウの体調を把握できるので、私も毎日様子を見に行きたいと思いました。
 そして、同じように毎日、配偶者や親御さん、そしてお子さんの様子を伺いに病院に通ってくるご家族がいるということも知りました。
 次のところでも会社帰り、毎日病院や施設に行きたいと思いました。



「病院って三ヶ月しか入院出来ないんだってね。その後は治ってなくても退院しなくちゃいけないんだって」

 そういう話しはよく耳にしましたが、それは病院の種類によるものだということは知りませんでした。
 三ヶ月しか入院できないというのは、急性期型病院のことのようです。S病院は、このタイプの病院で、通院時代はそんなことまったく考えたことがありませんでした。
 S病院には4月12日に入院したので、7月の初めには、退院という風になります。
 ほかに療養型病院というタイプの病院があり、ここは基本的に期限がなく入院できるそうです。

 でも、病院の名前にそのタイプが付いているわけでもなく、どこがどのタイプの病院かさっぱりわかりません。
 自宅、会社の近い所から、病院をピックアップし、ここは?ここは?という風に考えても、H先生に、

「そこはうちと同じ急性期医療の病院です。急性期から急性期に転院するということは、主治医がまったく変わるということを意味します。でも急性期から療養型に転院するのは、急性期の主治医は消えません。つながりが持てます」

というようなことを言われました。
 ソーシャルワーカーさんも教えてくれたのですが、療養型病院からまたS病院に入院したり、戻ったりと、そういうつながりを持てるのだそうです。
 それならばやはり、また三ヶ月後に退院しなくてはならなくて、H先生とのつながりも消えてしまう急性期型病院ではなく、S病院とも連携が取れる療養型病院がいいと思いました。

 病院ではなかったらどうか。介護保健施設ということになり、特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)、老人保健施設、介護療養型医療施設の3種類があるそうです。
 病院は医療保険、介護保険施設は介護保険の適用になります。進行性核上性麻痺は特定疾患で公費対象なので、費用の面からは、医療保険が使える療養型病院が家計に優しいと思いました。
 
 最終的に施設より、療養型病院にしようと決めました。

 今度は、どこの療養型病院がいいかということになったのですが、ソーシャルワーカーさんのお話しだと、

 1 S病院で出されていた薬のすべてが、薬の値段等から、出されない病院もある
 2 パット等、持ち込みができないところは、入院費が高い傾向にある
 3 S病院では、毎日3種類のリハビリを受けていたけれども、療養型病院だとリハビリはまったくない病院もあり、週一回あっても多い方である
 4 希望の病院のベッドが埋まっている場合、空き待ちのための転院をする場合もある

ということでした。

 1は、基幹となる薬だけでも、ぜったいに処方してくれる病院がいい
 2は、自分で薬局から買って、持って行きたい
 3は、リハビリがまったくない病院じゃない方がいい

と希望し、これで、会社と家から近い病院などあるのだろうかと、暗澹たる気持ちになりました。

 7月が近くなっていた6月のある日、ソーシャルワーカーさんから連絡があり、医療相談室に行ってみると、条件に合う病院があるということを教えられました。
 私の希望1も2も3もクリアしていて、その上、その病院は私の会社からうちまでの間にあったのです。そのことがわかったときは、本当に嬉しかったです。これでまた毎日、病院に行くことができます。

 その病院を探してくれ、向こうのソーシャルワーカーさんとコンタクトを取ってくれたS病院のソーシャルワーカーさん、ありがとうございました。

 その病院こそ、今現在いるM病院です。
 薬は、ぜんぶそのまま処方してくれました。
 リハビリは、週一回ではなく、もっと多くやってくれています。

 ここの病院は、もっと症状が進むと、入院できない可能性がありますが、とりあえずは、いつまでという期間で区切られることがなく入院できるようです。
 環境が変わると、慣れるまでに体調を崩すので、なるべく変わらない環境で過ごして欲しいです。

 わからないことだらけで、病院のシステム等勘違いして覚えていることとかもあるかもしれませんが、S病院からM病院へ、満床で待つということもなく、7月10日にスムーズに転院することができました。
 その時は安堵しました。
 ありがとうございました。




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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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