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2020-04

【私と池田まきさん〜その1出会い】 - 2016.03.20 Sun

 札幌で、今の世の中に危機感を抱く女性が集まって何かしよう!という思想、信条や、支持政党あるなしを問わない市民の集まり(怒れる女子会札幌)が立ち上がりました。フェイスブックでの呼びかけです。2014年12月のことでした。キックオフ&忘年会するからと私も狸小路のそのお店に行きました。初対面の人ばかりです。それにこういう市民の集まりに参加するのも初めてのことです。私の隣に座っていたのが、池田まきさんでした。背中をピンと伸ばして眼力も強く、何かこう自分の意志がしっかりとしていそうな人だなあというのが第一印象でした。

 その集まりを機に、イベントを企画するためのメッセンジャーが立ち上がり、福島から避難してきた方のお話を聞いたりの一回目の企画が持ち上がりました。時間も場所も決まり、受付けや会計のことも決まっていきました。そんな中、私は漠然と思っていたことがありました。

(赤ちゃん連れの参加者の対応はいいのかな?誰も言い出さない。イベントは夜だし来ないのかな。私はこういうの初めてだけど、他の方はイベント企画の経験者がいるし、きっとこの話題はいいんだ。)

 私は勝手にそう思い、気になりながらも当日を迎えました。事前に申し込みがあり、車いすの方も参加してくれました。私は受付けの端の方にいましたが、たくさんの参加者が来てくれて嬉しかったです。イベントが始まる時間も迫り、参加者の受付けも落ち着いたという時のことです。

(赤ちゃん連れの方が来た!!!それも赤ちゃんともう一人ちっちゃい子も連れている!!!)

 私はまずその母子を見て思わず涙が出そうになりました。小さなお子さん二人連れて、夜に来るお母さんの気持ち。すごく大変なのに子供たちのためにもいてもたってもいられなかったのだという風に思われて。

(それにしてもど、ど、どうしよう!)

 私がその母子の姿を見て感動したり動揺したりしているわずかな時間に、会場内にいた白いブレザーを着た池田まきさんがやってきて、お母さんと何か話し赤ちゃんを抱っこして連れて行ってしまいました。池田まきさんは終始笑顔です。真っ白いブレザー、もしかしたらよだれで汚れるかもしれないのにまったく気にしていません。私はすぐに池田まきさんの行動が理解できました。池田まきさんはその方が他の方のように一緒に参加して欲しかったのです。

 その後赤ちゃんはお腹が空いたのかぐずってきて、お母さんのもとに戻されました。お母さんはその場で授乳していましたがその後途中で帰ってしまいました。

 そのことが後悔とともに私の心に残りました。

 (やっぱり小さいお子さんや赤ちゃん連れの方の対応をするべきだった。最後までいて欲しかった。)

 第2回目の企画がメッセンジャーで持ち上がった時のこと、私は「小さいお子さんと赤ちゃんを連れのお母さんが途中で帰ってしまい、授乳スペースやキッズコーナーは設けられないだろうか?」と相談しました。

「そのようなスペースは残念ながらない」とも返信がある中、池田まきさんが、

「スペースなくても授乳ケープのようなものを利用してできますよ!またスカーフでもできて、その場でも授乳できます!」

とコメントしてくれました。その後すぐに次のような写真がアップされました。肩掛けカバンにぬいぐるみを乗せたものを赤ちゃんに見立て、それをかぶせるようにスカーフでおおった池田まきさんの姿のものです。

「こうしたら大丈夫ですよ!」と実演してくれたのです。

 そうなんだ。赤ちゃん連れの方がイベントに参加したいと思うとして、諦める方向じゃなくて、参加できる方法を考えてくれたんだ。私もどんな人も参加できるのがいい。

 ありがとう池田まきさん。

 私の提案、池田まきさんの「できますよ!」の発言を機に、第2回目から授乳コーナーとキッズスペースが設けられることになりました。2回目以降もやっぱり、赤ちゃんや小さいお子さんを連れて参加してくれるお母さんが来ました。

 (よかった〜。)

 車いすの方は1回目と4回目に参加してくれました。車いすの方が参加できるかどうかは、まずそのイベント会場がバリアフリーかどうかです。

 その次に気にすることは車いすの方が会場で何か不都合なことが起こらないかどうかです。池田まこさんはそれを気にしているようで比較的車いすの人のそばにいました。そしてやっぱり笑顔で話しかけていました。それも車いすの人の目線でです。

 毎回イベント会場で池田さんは、「誰か何か困ってはいないか」それに目を配らせていました。それもその時は常に笑顔で。

 私は街で車いすの方や、重い荷物を持ったお年寄りの方を見かけ、何かできることはないかと思っても、行動に起こすまでには、なかなか勇気が出ません。

 池田まきさんは、「あの人が困っている」と気がついた瞬間にもう迷わず行動を起こす方なんですね。

「誰一人、置いてきぼりにしない」

 この言葉は池田まきさんが考えた素敵なフレーズです。

 そうですね!誰一人置いてきぼりにしない。池田まきさんは、高齢者施設、障がい者施設、在宅介護などの福祉の現場で働いたあと、東京都板橋区役所の福祉の職員として14年間勤務した福祉の専門家です。現場で声もあげられない人とたくさん出会ったそう。「こうして欲しい」、あるいは「こうしたい」とかさえも、声もあげらない状況にある人を。

 私もそれはよくわかります。自分の状況をよくしようとするには、その余裕がなければならないのですが、その余裕がないのです。私もそうです。

 発達の障がいがある次男が小学生の時、一人で登校できなくて病気の夫が付き添って歩いていましたが、病気が進行し夫の具合が悪い状態が出てくるようになり、付き添える人がいなく、小学校に通えない寸前までいったことがあります。夫の障がい者年金も適用にならない時期で収入も少なく、私は働かないといけないと思っていたので、どうしていいのかわかりませんでした。助けてくれたのは担任の先生方。朝家まで来てくれ、次男に一人で登校できるように訓練してくれたのです。

 でも当時本気で「次男に義務教育を受けさせてあげることができない」と思いました。夫の障がい者年金まで届かない、その時通学時の移動支援は認められていなく、自分は制度と制度のすき間にいたのか、他にどういう方法があるのか、誰に何を言えばいいのか、考える余裕もありませんでした。

 来月4月24日(日)に衆院北海道五区補欠選挙があります。補選は町村信孝前衆院議長の死去に亡くなったことにより行われることになったものです。

 その選挙に池田まきさんは出馬を表明しています。最初にそのことを知ったのは、昨年12月のこと。みんなでイベントを作り上げたり、打ち上げで盛り上がったりしていた仲間の一人が出馬を表明〜〜〜!

 池田まきさんは福祉の現場にいて、制度に限界を感じていて、政治に関わりたいと思うようになっていったそうです。

 池田まきさんの思いは「その2」の3月13日の街頭演説の内容をぜひお読みになってください。
 【私と池田まきさん〜その2マキさんの思い】


↑2月10日札幌厚別エミシアホテル「つながろう池田まきネットワーク集会」。プラカードの後ろに「誰一人おいてきぼりにしない」と書いてあります。薄くて文字を重ねました。撮影私。



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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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