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2020-07

平成30年北海道胆振東部地震(3)〜リュウの病院〜 - 2018.12.29 Sat

 地震発生の9月6日(木)の朝、病院に電話したけど通じなかったのか記憶に無いのですが(多分通じなかった)、私の中では、家族親戚で安否確認ができないのがM病院に入院中のリュウでした。他の人は地震発生直後からスマホで安否確認をしたので。

 それで、明るくなってから車を運転して病院に行ってみようと思いました。全部の信号が消えています。いつも左折するところで警察の人が立っていて左折できないので、国道に出てぐるっとまわり、反対方向から病院に行くと、広範囲に病院の前に水たまりができていました。


↑9月6日(木)5時11分。私撮影。私が病院に入る前に写真を写していると、2階の看護師さんが私の名前を呼んでくれた。

 病院は停電で真っ暗で1階のロビーには、たくさんの私服を着た人が、ホワイトボードの前に集まっていました。職員の人たちでした。


↑11月8日(木)北海道新聞朝刊。「あの3日間、道民はー2 9・6胆振東部地震」より。9月6日(木)午前4時のM病院1階ロビーの様子。


 2階に上がり、師長さんに「みなさん大丈夫ですか」と聞いたら「大丈夫」とのこと。リュウも大丈夫で安心しました。

 今振り返ると、師長さんも看護師さんも地震に関しては、患者家族には「大丈夫」の姿勢を崩さなかったです。
 私は地震発生しても毎日病院に行っていたのですが、余震がまだ起こり、患者さんや私とかが不安がっても一緒になって不安がるということはなく、「大丈夫ですよ~」「揺れ結構ありましたね~」「大丈夫ですよ~」と私たちに言って、その後すぐに病室を一つ一つ確認しに行っていました。
 私と一緒になって「キャ~~、助けてぇ」とはならなくて、それは私は、よくテレビ番組で見る飛行機トラブル時でのキャビンアテンドさんの姿と重なりました。テレビ番組で見るキャビンアテンドさんは、飛行機が揺れたり、非常事態になっても常に冷静で、お客さんの不安を取り除く言動をし、的確に指示します。

 看護師さんたちは、そんな感じでした。

 それに、地震が起こって全道停電になり、余震もあり自分の家や家族が心配だろうと思うのに、病院前の水たまりの中にはまって身動き取れなくなり(水ではなくて泥水だったそう)、近所の人に助けてもらいながら出勤してきた師長さんや、電動シャッターが動かなくて車が出せなくて(手動でもできるらしいが)、歩いて出勤してきた看護師さんがいて、仕事に対する意識を目の当たりにして、あらためて偉いなぁ、凄いなぁと思いました。
 地震の時の看護師さんの姿勢、行動は、私の心に刻まれました。

 先月、今月とディスペース仲間の女性患者のHさん、毎日顔を合わせる透析患者さんのご家族さんに、地震の時不安を感じたかと私から聞きました。Hさんは「揺れは怖かったけど、不安じゃなかった。停電でランタンがディスペースにあって、そこで食事をして、キャンプみたいだった」と言っていました。透析患者さんのご家族さんは「病院から地震当日、透析に関して大丈夫と電話あり、何も不安はなかった」と言っていました。

 停電、断水になっても、病院全体で患者さんやご家族さんを守る姿勢を貫いていたと感じていて、みんなが大変な時に本当に頭が下がる思いです。

 本当にありがとうございました。


↑9月7日(金)17時02分私撮影。階段が暗いので、懐中電灯が置いてあります。食事のエレベーターも止まっているので、食事は地下にある調理室からバケツリレーで運んでくれていました。2階のディスペースに私がいると、暗闇からぬっと手が見えて、患者さんのお盆が登場。人手が必要でたくさんのスタッフの人が並んでいました。

 *********


 しか~し!病院スタッフの1人と言われている私は(冗談で~)、病院の裏方ではどうなっていたのか知っています!全部じゃないけど。

 9月6日(木)の夕方私は自宅でスマホの充電のためエンジンをかけ、テレビのニュースを見ていると、M病院の屋上で看護師さんが「燃料足りない」と書いた紙を掲げているのを見て、まずびっくりしました!!!


↑屋上で「燃料」と書いた紙を掲げる看護師さん。私は名前がわかります〜。私はこれとはちょっと違う映像を9月6日(木)に全国放送で見ました。出先の九州(だったか?)にいたN先生(サンタさん)も私と同じニュースを見たそうで、びっくりしてすぐに乾電池等をバッグいっぱいに詰めて、交通ストップしている北海道に向けて出発したそうです。
*11月17日(土)北海道テレビ『テレメンタリー2018「ブラックアウト〜530万人の2日間〜』より

 ぜ、全然、だ、だ、大丈夫じゃないじゃない~~~~!!!

 翌朝また病院に行きました。地震当日同様、真っ暗な1階のロビーで職員の方がホワイトボードを囲んでいました。


↑ホワイトボードの様子。
*11月17日(土)北海道テレビ『テレメンタリー2018「ブラックアウト〜530万人の2日間〜』より

 病院では次のことが地震発生時から問題になっていました。停電になり、非常用電源が作動になったのですが、燃料がなくなっていき、あと何時間かしか持たないことに。そうなると、人工呼吸器の患者さんが困ってしまいます。燃料確保のため、職員の人がガソリンスタンドをまわって、18リットルタンクで買ってきてくれていました。後で自衛隊も燃料をドラム缶で持ってきてくれました。でも停電もいつまで続くかわからない。結局人工呼吸器の患者さんは、対応できる病院にヘリコプターで移送されたそうです。人工透析も電気と水が必要です。対応できる病院で透析をしてもらい、終わったら入院患者さんをスタッフの人が連れて来てくれていたそうです。


↑9月18日私撮影。自衛隊の方が持ってきてくれた燃料。

 そして!9月7日(金)の夜8時くらいに、電気が点きました。その直前まで私も病院にいたのですが、その瞬間はもういなかったです。翌日看護師さんから聞いたのですが、その時、拍手が起こったそうです。長い長い二日間だったと思います。本当にお疲れさまでした。


↑9月7日(金)、電気が点いて、拍手をしているところ。
*11月17日(土)北海道テレビ『テレメンタリー2018「ブラックアウト〜530万人の2日間〜』より


 9月8日(土)は、以前からワタルを受診させようと思っていたので、午前中病院へ。ホワイトボードもないし、いつもの病院が戻っていました。
 ただ、「受診」でもなさそうで、「薬」も待ってなさそうな年配の男性の方がロビーのイスに座っていて、準スタッフの私としては声をかけずにはいられませんでした。

「地震大変でしたね~~~」と私。
「本当に、大変でした」とその男性。

「今日、年に一回の病院祭だったですよね~~~」
「はい、それで来たんです、それを見に」

「ドアのところにも貼ってあったんですが、今回は地震のために中止だそうですね~~」
「やっぱりそうなんですね、毎年楽しみにしていて、今日来てみたんです、ありがとうございました」

と言って帰って行きました。今日は本当は病院祭でした。私は中止の電話を看護師さんから電話でもらっていました。地域の方はチラシ等で見て楽しみにしているんですね。

 来年また来てください~~!


 11月17日(土)北海道テレビ『テレメンタリー2018「ブラックアウト〜530万人の2日間〜』の院長先生。






 患者さん、ご家族さんは、本当に不安なく病院にいさせていただきました。院長先生と始め、看護師さん、職員さん、みなさん、水面下で頑張ってくださって本当にありがとうございました。

 私は停電ってどこか一部で起こるものだと思っていて、病院だったら、停電じゃないところに応援をすぐに頼めると思ったのですが、北海道全部が停電って、想像したことなかったです。原因と対策も必要だと思いますが、それでもさらに、私も何が起こるかわからないと日頃から思っていないといけないと思いました。




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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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