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2020-02

呼吸が苦しい その2 #リュウ43 - 2012.12.30 Sun

「呼吸が苦しい その1 #リュウ42」からのつづきです。


 いま、リュウは、呼吸が苦しいと訴えることはなくなりました。
 M病院との連絡ノートにも一度も書かれていることもないし、先日、本人に聞いたら、「呼吸はだいじょうぶ」と答えました。
 S病院の4Fの時まであった呼吸苦がいまは、ないです。今後、病気が進行したらいつかは出るのかと思いますが、いまは、なくなりました。

 なぜなくなったのか不思議で、これも色々考えます。S病院の4Fの時の、大きな変化と言えば、認知症の薬が変わったことです。

 リュウは、認知の方も心配になり、平成20年の夏から、認知症の薬も飲むようになりました。
 その時、認められていた認知症の薬は一種類しかありませんでしたので、それを飲むしかありません。
 でも、その薬との相性が今一つでした。リュウは、薬が効きすぎるようで、その認知症の薬を、ごくごく少しずつから飲んだのですが、からだがだるくなったりして、逆にこわばりが強くなったり、なかなか、その薬と慣れませんでした。
 でも、少しでも認知症状の進行を遅らせたくて、日にちを開けて,少量服用したりしました。お医者さんと相談のうえです。
 その薬を飲むと、リュウに知らせなくても、

「あのクスリ、飲んだでしょ?」

と、本人がわかったほどです。調子が悪いのです。

 認知症の薬が、一種類だったのが、認可を受け、3種類に増えたのは、ごく最近です。リュウも試して欲しいという気持ちがありましたが、薬の調整は入院しないと無理だとわかっていたので、主治医にはその旨伝えたことはありませんでした。
 それが、足の骨折で入院することになり、H先生が、頃合いを見て、新しい薬に変更してくれたのです。
 ある日、夕方病院に行くと、あまりにもこわばりが強くて、私は「あれ?」と思い、連絡ノートに、

「認知の薬、どうにかしましたか?」

と書きました。この感じは、認知の薬をどうにかした感じと、わかったのです。次の日、H先生の字で、

「レミニールに変えてみています」

と返事がありました。

 それから、毎日注意して看ていくと、こわばりも落ち着いてきて、なんだか、前の薬より合っている感じがしました。
 その後、3Fに移って、食事をしている様子を見て、気が付いたことがあります。
 それまで、食器やコップを持つと、緊張して持つからか、自分の意思とは関係がなく、手が勝手にまるで、虫でもはらうように動いてしまい、お茶がこぼれてしまったりしたのですが、それがなくなりました。
 それから、夜の呼吸苦も、気が付いたら、なくなっていました。
 何というか、今までの認知症の薬を服用していると、筋肉がギシギシしている感じから、新しい薬だと潤滑油が加わったようで、筋肉がなめらかになったような感じがしました。

 それと、座っている時から立った時のめまいもなくなったような感じです。
 それから、眠くなったとき、座った状態だとよだれが出ていたのですが、それも気が付いたらなくなっていました。

 からだのこわばりがなくなったわけではありませんが、前よりなくなり、そのお陰もあるのか、冗談も前より言うようになったように思います。
 個人差があると思いますが、リュウには今の薬が合っていると思います。

 さて、認知症の薬は朝1回、パーキンソンの薬は、一日4回でしたが、S病院からM病院に転院して、8月のお盆休みに、朝の食事の手助けに通っていたときのことです。眠気が強くて、食べられないほどで、驚きました。外の風に当たったら、目が覚めるかと、連れて行き戻っても、目が覚めません。これだと、食事を口に運んでも、気管に入りそうで、食事もままならないほどです。看護師さんにも確認したら、だいたいこのような状態だと言っていました。
 お盆休みは、ずっと、朝行きました。
 何日か目に、看護師さんが来て、

「夜寝る前の薬、イヤがって、飲んでないんです。起床時の薬もイヤがってまだで・・・」

という日がありました。
 その日は、リュウは、目が覚めていて、ほぼ自力で朝食が摂れたのです。

(あっ!薬が効きすぎている!)

と、私は思いました。それでまた、考えました。
 S病院とM病院の大きな違いは何か・・・。
 それは、一日の活動量だと思いました。S病院の3Fは、回復期病棟と言って、家に帰った時と同じような生活をします。朝6時に起床して、私服に着替え、顔を洗い、みんで一カ所に集まり体操もします。リハビリは、3種類あり、午前午後と忙しいです。
 でも、療養型のM病院は、時間がゆったりとのんびりと流れていて、リハビリは一回で、私服に着替えたりとかもありません。
 一日の活動量が違うから、薬が効きすぎているのでは?と思いました。
 レミニールにしてから、呼吸苦もなくなったようなので、朝食もちゃんと食べて欲しいから、前の朝食時昼食時夕食時に戻してためしたいと思いました。
 そこで、薬を4回にした理由をM病院の主治医に説明し、前のような一日3回に戻して欲しいと相談しました。
 その後、薬の処方を希望通りに変えてもらいました。
 平日は夕食ばかりで、朝食時はあまり行けませんが、何をしても目が覚めないということはなくなり、朝はからだの動きも今ひとつで、ぜんぶ手助けという時もありますが、前より、目が覚めていて、ちゃんと飲み込むこともできます

 主治医の先生、看護師さん、薬剤師さん、みなさん心配してくれ、助けてくれてありがとうございました。

 それとやっぱり、微妙な変化は、家族じゃないとわからないことだと思っていて、それは、これからも注意していくつもりです。




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プロフィール

vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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