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2020-02

知的障がい者の代理投票。次男の例。 - 2016.04.20 Wed

 もうすぐ19歳になる次男。今年の参院選から投票ができます。でも実際にどうやって投票したらいいのかわからないので、昨年「札幌手をつなく育成会」の模擬投票を体験しました。そこで次男は、二人のスタッフの人に付いてもらい、「代理投票」をしました。以下は実際の様子です。「代理投票」とはどういうものなのか、だいぶわかりました。

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↑付添人が一緒に行けるのは「受け付け」までだそうです。そこで私が「代理投票をお願いします」と言いました。すると、待機していた二人の人が次男に付いてくれました。どこにハガキを出し、投票用紙をもらい、どういう風に記載し、どこに何を入れるのか、次男は何もわかりませんが、代理の人が教えてくれながらの投票です。本番でも次男はこのような形になると思います。

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↑「自分で投票する人書けますか?」と代理人。もう一人の代理人の人は、様子を見ています。関わるのは一人の代理人。

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↑「書けません」と次男。

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↑「どの候補者に投票されますか?」と代理人。

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↑「これ」と指差しする次男。後で代理人の方に確認したのですが、事前に選んだ候補者を選んでいました。2回やったのですが、2回とも次男は自分が決めた候補者を指差ししました。


 終わった後、質疑応答がありました。
 「今回、障がい者の人の対応をしてくれて、こういう方もいると今いる職員さんはわかってくれたかと思いますが、実際はアルバイトの人がいるので、同じように対応してくれるのかどうか不安」 

 「代理投票でこの人に投票するという新聞の切り抜きを持参してもいいかという質問には、その場で本人に確認取れたらいいとのことでした」

 「この人に投票するという他の人が書いたメモを持参してもいいかという質問には、その場で本人に確認取れたらいいとのことでした」。

 これなら投票できそうだという方法で(本当はもっと配慮も必要)、みなさん投票場へ。

 *また「期日前投票の方が落ち着いて投票できる」、「体育館とかだと入る時とか足場のこともあり、足の不自由な方は区役所等の期日前投票の方をお勧め」とも聞きました。



池田まきさんの主なスピーチ。 - 2016.04.17 Sun

 『そうです。私は市民です。そして、普通よりもスタートは遅れている市民でした。
 例えば、シングルマザーの2人に1人が貧困で、私も、その貧困の1人でした。2人の子どもを抱えシングルマザーとなった時、私は生きる道を見失いました。保育園に入るにも、あるいは税金にしても、何にしても、法律という壁がありました。現実とは見合わない制度が沢山あるんですね。
 しかしながら頑張ってこられたのは、やはり戦後の憲法があったからだと思います。それは「戦争をしない国」だけではなくて、個人を大事にする、すべての命に等しくある尊厳といったものが与えられていました。最低限の生活、基本的人権の尊重、憲法の25条もそうですが、13条も大事です。
 みんな幸せになっていいじゃないですか。夢を持っていいじゃないですか。
 家庭の環境だ、あるいは経済的や、障がいがあったりなかったり、なんでそのことで差別を受けて、夢を見てはいけないんでしょうか。
 その、沢山の、虐げられている、差別や偏見と、ずっとずっと向き合ってきました。絶対になんとかしなくてはいけない。この憲法が精神となって、私の道しるべとなって、そして法律や制度を結びつけたい、そう思ったわけです。 だから私は、徹底的な当事者目線、それで、福祉、介護、あるいは行政という立場での仕事をさせていただきました。』

『そして何よりも、今こんなに豊かだと言われているこの国で、借金を抱えながらでないと大学にいけない子ども達が後を絶ちません。さらに言えば、非正規雇用が増えて。若者に元気がないと言う大人達、当たり前です。若者に元気がある訳ないじゃないですか。借金を抱えながら、非正規雇用、低賃金の中に、そして社会保障制度はいつ無くなるか分からない。そんな安心できない国に、希望の光はありません。
 私池田まきは、本来政治といったものは主権者である国民が安心して暮らしていける、公正な社会の実現だと思っています。そのためにも、政治は希望でなければいけません。諦めの政治を変えなければいけません。今自民党の支持率が高いのも、政治に絶望があるからではないでしょうか。もう疲れ切っちゃってるんですよ。』

【↑池田まきさん 3月21日 女性国会議員合同街頭演説 at 江別イオン前ー書き起こし(の一部) by イケマッキーズ】

『本来政治家というものは、あるいは政治というものは、
投票行為の出来ない人たち、要するに子どもたちや、認知症や、知的障害でその行為ができないひとたちのぶん、
この国のすべての人たちのことを想うのが、政治ではありませんか?
自分たちの利権だけの、そんな政治は終わりにしたい。
本当の私たちの政治は、私たち市民でつくっていきたい。
声なき声を、今こそ思いに変えられる。そんな選挙はないと思います。』

『先ほど待機児童の話になりました。今話題になっているから
子育て支援の問題、いろいろ出てくると思います。
でも、本当の子育て支援は、
この国のすべての子どもたちを、戦争に送らないということではないでしょうか。
戦場に送らない。そして、この国が、戦争に巻き込まれない。この国の子どもたちを、絶対に戦争で犠牲にしないということだと思います。』

【↑池田まきさん4/10@千歳スピーチ書き起こし(の一部)by 小原美由紀さん】

法律というものは国でつくられます。
政治の力は大きいです。
政権交代が行われた時に、一瞬にして高校授業料無償化が行われた。
ホントに今でいえば小さな政策かもしれません。
だけど、とても大きなことだった。
今はどうですか?
今の政権では、このわずかな変化でさえ、後退しました。
本来であれば、もっともっと広げていかなくてはいけなかった、保障の
問題です。
ひとりを大切にしない政治が
弱者を切り捨てる政治が
ここまできてしまったと、いう憤りでいっぱいです。
いま私たちの目の前にあるのは、憲法の改正。安保の問題。TPPの問題。
大きな大きな重要な政策が
市民の生活の実態とはかけ離れたところで、
一部の人だけで決められてしまう。
そんな政治でいいんでしょうか?
今回の5区の補選は、まさに、一部の人たちだけで決められてしまうこ
の政治にストップをかけて、
本当の民主主義、立憲主義を、とりもどす。
しかも、今までのように、どこかの政党にお願いするんではありません。
私たち、市民が 市民がつながりあって
市民のために、市民が動く選挙です。
もちろん、多くの政党にこの間もご支援いただきました。
残すところの12日間は フルに、
政党は、政党としての、力強い応援をいただきたいと思います!
一つにつながるところは、言うまでもなく、「平和」です!
さらにいえば、
1人ひとり、市民の願い、様々だと思います。みんなちがう。
その市民の 心の中の叫びを一つにつなげていく。
多様であっていいから。
今回は本当に市民が 
市民のための政治をつくる第一歩にしたいと思います!
どうかみなさん、
わたくし池田まきが、この場でお約束できることは、福祉。
本当に安心できる社会の仕組みを
私 池田まきがつくってまいります。
そして、みなさんには、大きな平和に向かって
大きな連帯で、さらにその思いを広げてくださいますように
心からお願い申しあげまして、
わたくし池田まきからの訴えとさせていただきます。
どうぞよろしくお願い申し上げます!
頑張ります!

【池田まきさん4/12@北広島駅前スピーチ書き起こし(全文)by 小原美由紀さん】

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↑写真撮影:イケマッキーズSさん。




「デモに行ったとTさんに言ったら・・・」 - 2016.04.17 Sun

 3月27日(日)のデモに行った日の夕方の病院でのことです。病室に入ると同室のTさんが私に話しかけてきました。

「今日は日中どこかに出かけていたの?」

 その質問に一瞬言葉を詰まらせました。なぜかと言うと現在91歳のTさんは、若い時から60年間自民党員として頑張っていた人だからです。でも!と思い、

「安保法制反対のデモに子どもと行っていました」

と私は答えました。するとTさんは、ちょっと目を見開き、次の言葉までちょっと間があったので、怒られる!(←なぜ?)と思いました。でも出てきた言葉は意外なもの。

「デモ?安保法制反対の?・・・。・・・どんどん声を上げたほうがいい。もっと声を上げないとダメだ」

 そうTさんが言うのです。今度は私が目をまん丸くしていると、

「今の政府はやり過ぎだ。まわりの話は聞かない。庶民の生活を知らない。来年消費税が10%になったら、老人の孤独死がたくさん増える。国会議員に戦争体験者がいない。戦争というものがわかっていない。私は集団的自衛権というものが大嫌いだ」

とたたみ掛けるように言ってきました。

「本当にそう思うの?Tさん。今でもおうちの塀に自民党のポスター貼ってるし、今まで選挙カーにも乗っていたのに?」

「そうだ。やり過ぎだ。企業と同じで、自分にイエスを言う人ばかりまわりに集めたらダメになる」

 怒られる(?)と思って行ったのに、逆にもっとやりなさいと言われ、かなりびっくりしました。

「今度ね、4月24日に選挙があるの、五区で。Tさんは隣の区だから違うけど、うちは五区でね、それも候補予定の池田まきさんって私の知り合いなの。もう一人の候補者は町村さんの娘婿の和田さん。池田まきさんは野党統一候補でね、私は応援しているの」

「あぁそうか」

 Tさんは私にそう言いました。
 
 その後何日か経ってからのことです。

「今日、五区の知り合い3人に電話した。池田まきさんをよろしくって」

 Tさんが私に言いました。

「本当に?電話してくれたの?ありがとうTさん!」

 その後もお見舞いに来てくれる人の五区の人に、「池田まきさんをよろしく」と言ってくれていました。

 ありがとうTさん。

 そのTさんは、先週施設に移られ、お別れしました。

 私は相手を限定して考えていました。でもそうじゃないこともあるんだと、Tさんに教えてもらいました。

 私はTさんの自分史の書き起こしをTさんの希望もあり、少しづつするつもりです。

*この内容はTさんに断って書いています。


↑2月13日(日)私撮影。左から和田候補、池田候補、ドクターストップの橋本美香さんの代わりの川部さん。野党共闘になる前。



池田まきさんの二連ポスターの模様替え。 - 2016.04.03 Sun

 先日うちの玄関の横の方に立てた池田まきさんの二連ポスターの看板ですが、もう町内会の人も目にしたかな?と思い、模様替えを思い付きました!
 それで昨日、江別の選対事務所に行き、「ポスターを替えたいのですが」と言うと、ジャーナリスト鳥越俊太郎さんとの街頭演説のものを用意してくれました。そして、印刷されていた「民主党」はもう違うので(今は民進党)と、カットしてくれました。
 
 4月中旬までの期間限定で立ってますので、近所の方は模様替えしたポスター見に来てください〜!
 





安保法制廃止パレードまた担任の先生と。 - 2016.04.03 Sun

 9割以上の憲法学者が違憲としている安保法制ですが、3月29日に施行となりました。その直前の3月27日に弁護士さんが主催のパレードがあったので、イブキ、ワタルと参加しました。この弁護士さん主催のパレードは4回目ですが、私たちは3回目が行けませんでした。ですから、1回目、2回目、4回目に参加したのですが、いずれもワタルの担任の先生!とです。

 1回目のパレードは7月11日で、衆議院での採決直前でした(衆議院の採決は7月16日)。参加者約6000人。
 2回目のパレードは9月6日で、参議院での採決直前でした(参議院での採決は9月19日)。参加者約2000人。
 4回目の今回のパレード(3月27日)は、安保法制の施行直前(3月29日)。参加者約2000人。

 今回は卒業式の後に、担任の0先生が「学校に忘れ物があるから自宅に届けます」とうちに来てくれた時に、私から先生に「また弁護士さん主催のパレードあるようですけれど、私たちはまた行くつもりです」と伝えたら、「私も行くつもりです」と先生も言ったので一緒に参加することに。
 
 パレードのスタートは大通公園。またワタルは先生に手をつないでもらい、コールしながら道路をみんなで歩きました。ワタルは卒業式後、先生に会えなくて「さみしい」と言っていたので、嬉しそうで、テンションも上がり気味・・・。テンションが上がると、声も大きくずっとしゃべり続けます・・・。

 ワタル、卒業式終わったら、先生ともお別れだと思ったけれど、違ったね!
 安保法制廃止になるまで、これからもまた、ワタルの好きな先生とパレードに参加できるかも!
 パレードで卒業後も先生とつながれるなんてね。

 パレード終わった後、4人でびっくりドンキーでハンバーグを食べました。

 ハンバーグを食べた後は、ワタルが「テレビ塔の有料の展望台に行く練習をしたい」と前から言っていたので、先生をお別れし三人で行きました。


↑「高教組」のノボリが見当たらなくて、今回は一般参加で。


↑ワタルは先生のコートの色が「かわいい」と言っていました。手をつないでもらってます。


↑コールの内容です。
 「安保法制はんた~い!」「海外での武力行使はんた~い!」「憲法で解釈でかえるのはんた~い!」


↑プラカードと一緒にカイロも!北海道はまだまだ寒いです。でもこの日はお天気よかったです。


↑テレビ塔展望台から見える大通公園。まだ葉っぱが出ていなくて、茶色いです。ここに上がるのに、窓口で手帳を見せてお金を払うのですが、ワタルにはまだ難しいです。



池田まきさんの二連ポスターの看板。 - 2016.03.26 Sat

 そう言うわけで(「その1」「その2」「その3」)、これも何かの縁だと思い、5区民だし全力投球で池田まきさんを応援するあまり、うちの前に二連ポスターの看板も立ててもらいました。こういうことは初めてのことなのですが、この看板は選挙告知前まで(4月12日まで)立てられるそうです。
 期間限定で立ってますので、近所の方は見に来てください〜。
 

↑写真はクリックすると、大きくなります。


【私と池田まきさん〜その3イケマッキーズ内の共闘】 - 2016.03.20 Sun

 「その1」の続きになりますが、「怒れる女子会札幌」のメンバー内から池田まきさんを応援するグループ(池田まき応援隊イケマッキーズ)を作ろうという話が出、フェイスブックのページもできました。1月のことです。
 ところが、メンバーのみんながそこに参加したわけではありませんでした。なぜかというと、1月の時点で野党の候補者は一本化していなくて、怒れる女子会札幌のメンバーは、色々な考えの人が集まっていたからです。

「野党の候補者が一本化になったら、私もそちらに参加します」

 その人はそうみんなに伝えました。
 私は・・・、このブログに選挙の度にアップしている「政党マッチング」をその度にやっても今まで民主党と出なくて、次々と野党が池田まきさんの推薦を決めていっても、なんか今ひとつ100パーセント応援するという気持ちになかなかならなかったです。でも、野党一本化がなかなか進まないからと言って、そこで滞っていたらスタートが遅くなると思い、池田まきさんと出会ったのも何かの縁だと思い、私も「イケマッキーズ」に参加していました。

 でも、ついにその日が来ました。政党間の話し合いのもと、野党が一本化になったのです。池田まきさんはもう一人の候補者だった橋本みかさんからバトンと渡されました。託した方も託された方も、いっぱいいっぱいの思いだったと思います。

 その日から何日か経ったのち、先ほどのイケマッキーズのメンバーが、「野党の候補者が一本化になったので私もそっちに入れてください」とみんなにメッセージを書き込みました。 

 それを見たとき、私たちも気持ちが一つになったと感じ、私はとても感慨深かったです。

 (イケマッキーズ内も野党共闘できた!)

 イケマッキーズに参加している人は「その1」で書いたように、色々な立場、考えの女性たちで一般市民です。宗教を信仰している人もいれば、無宗教の人もいます。支持政党も様々なようで、無党派の人もいます。共通していることは、「今の政治や世の中に危機感を抱いていてどうにかしたい」というもの。

 実際にどういう感じの人たちかというと次のような感じです。
 「比較的相手の話を聞こうとする」「思想信条が様々でもそうなんですねと相手を尊重する」「私のような無名の人の主張とかも耳を傾けてくれる」「一人のためにたまに立ち止まってみんなで待っていることがある」「比較的みんなが納得してから物事を進める」「だれかを排除しない」「比較的素直な気持ちを伝えられる人たちである」「どこかのタイミングで決断する人がいる」「行き過ぎをセーブしてくれる人がいる」。

 それから「お節介」であると思います。
 デモに何か行かなくても、怒れる女子会を札幌でわざわざ開かなくても、福島をいつまでも覚えていようとしたりしなくても、普通に生きていけると思うのに、そんなことをしているので。
 自分や自分の家族だけのことを考えて、政治や世の中のことは専門家にお任せしていたら生活できると思うのですが、かなり遠い子孫のことまで考えたり、食べることがじゅうぶんじゃない知らない子どものことを考えたり、普段食べているものの危険性をみんなに知らせようとしたり、若いお母さんが色々抱えて大変だとか、老老介護をしている人が大変だとか、集団的自衛権で戦場に行く若者が大変だとか、立憲主義がどうのとか、憲法変わったら大変だとか伝えようとしたりで、それはそれはお節介なことだと思います。
 そのお節介はその人の性格なのか、それとも途中でそうなったのかわかりません。
 いずれにしてもいてもたぶん、みんな一緒に前に進みたくて、何かできないかとそれぞれが自分のできる範囲で行動しています。

 池田まきさんはそんな仲間の一人です。

 池田まきさんの応援もそんな私たちがしています。みんな凄い!器用!池田まきさんがかけているタスキを作ったり、選挙対策事務所に行ってチラシを折ったり、差し入れしたり、きれいにしたり。またプラカード作ったり、応援ツアーを企画したりです。私は怒れる女子会札幌のお手伝いでもそうですが、時間がなくてなかなか参加できません。

 そして他の市民のみなさんもそれぞれが私たちよりももっともっと早くからたくさん応援しています。いまみんなひとつになっていると思います。そういう風に感じます。


↑2月27日に行われた「怒れる女子会札幌」のイベントスタッフとして来た池田まきさん。私撮影。



【私と池田まきさん〜その2マキさんの思い】 - 2016.03.20 Sun

 わたくし池田まきは 4月24日に行われます補欠選挙におきまして、誰一人置いていきぼりをつくらない日本をつくる。そして二度と戦争する国をつくらない、そのことを皆さんにまずはお伝え申し上げます。そのために全身全霊をもってこの選挙に挑まさせていただきます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 わたくし池田まきは43歳です。この20年間は福祉や介護、そして人生の中で様々なハプニングに出会う方々のお仕事をさせていただきました。それはわたしの幼少期にあります。池田まきは家庭の事情で本当に毎日毎日、生きることに必死でした。
 小学校、思いっきり笑ったことがありません。
 中学校、「高校進学?」考えたこともありません。
 そして大学や職業についてもまったく考えたことがありませんでした。日々生きていることが奇跡である、そんな人生を歩んでおりました。
 そして二十歳になり、その時には二人の子どもがおりました。しかし残念ながら、温かい家庭を築きたい、そう思いながらも、シングルマザーです。その中で本当に生きづらさを抱えながら、ここまで(いま現在まで)きました。

 幼少期はただ単に家庭の事情により、なんとなく命があるということしか考えていませんでしたが、しかしながら二人の子どもをもった以上、私はこの法律や制度や、この社会の体験から、不条理な現実をなんとか変えていかなければならない、そしてこの子どもたちを守らなければならない、その思いで必死でした。
 だからこそ、当事者目線、当事者よりの福祉の仕事(ソーシャルワーカー)を選んだわけです。

 しかしながら20年前、社会福祉や社会保障はどんどん財源を理由に削られてきました。そして、市場原理に基づくサービスにゆだねられ、本当に必要な人に、必要なものが行き届かなくなってきました。そのことに憤りを感じ、一生懸命働きながら、子どもを抱えながら、通信教育を、そして一つ一つ積み重ねて福祉の資格を取ってまいりました。今現在は北海道大学公共政策大学院修了となっていますが、実はわたくし、中卒です。その直前までは中卒です。

  だからこそ、子どもたちにはどんな家庭環境であろうと、学びの保障は国がやるべきものだと思っています。民主党政権時代、高校の授業料の無償化は本当に希望が持てました。わたくしはその当時、地方公務員として、地域の中でいろいろな手法で子どもたちへ生きる希望へつなげてまいりましたが、これは国の法律や制度でなければ行き届かないものでした。
それこそが政治の力であり、政治の役割であると、思っております。

 わたくし池田まき、ここに来るまで、本当に政治とはかけ離れた生活でした。政治というものは、声の大きい者、強い者、お金持ちの者だけに委ねられているものだと思っていました。しかし戦後、政府をはじめ、政治といったものは、国民の生活や命を真剣に考えてくれていたと思っています。今はこの政策のメニューはないかもしれません。しかしながら大事なものは、そこにはあったと思います。

 いま、戦後70年間の平和の歴史がなくなろうとしています。そのことはぜったいに守らなければならないこと。そして、声をあげられないまま、犠牲者を生み出すような、そんな国にしてはぜったいならない、強く池田まきはそのように思っております。
 一人を大事にする政治、一人を大切にする国こそが、本当に強い国ではないでしょうか。

 福祉というのは、国政の中ではないがしろにされてきました。軽率に扱われてきました。その結果が、昨年の9月ではなかったでしょうか。強い者だけの、声の大きい者だけの政治ではいけません。権力に立ち向かう今回の4月の補選は、まさに国民の声を聞かない安倍政権、そして政党の枠を超え、連帯し声を上げ、そして声をあげられない国民の思いもすべて受け止めて、この北海道五区を超えて、日本の未来を築いていかなければいけません。

 わたくし池田まきはその責任を負い、全身全霊をもって、この選挙に挑んでまいりたいと思います。
 どうか皆さま、お力添えをお願いいたします。
 そして一緒になって、私たちのための、私たちの政治を、私たちの国を、作ろうではありませんか。

 ー3月13日街宣 at 厚別新札幌

【私と池田まきさん〜その3イケマッキーズ内の共闘】


↑写真撮影イケマッキーズNさん。動画撮影イケマッキーズSさん。書き起こし私。



【私と池田まきさん〜その1出会い】 - 2016.03.20 Sun

 札幌で、今の世の中に危機感を抱く女性が集まって何かしよう!という思想、信条や、支持政党あるなしを問わない市民の集まり(怒れる女子会札幌)が立ち上がりました。フェイスブックでの呼びかけです。2014年12月のことでした。キックオフ&忘年会するからと私も狸小路のそのお店に行きました。初対面の人ばかりです。それにこういう市民の集まりに参加するのも初めてのことです。私の隣に座っていたのが、池田まきさんでした。背中をピンと伸ばして眼力も強く、何かこう自分の意志がしっかりとしていそうな人だなあというのが第一印象でした。

 その集まりを機に、イベントを企画するためのメッセンジャーが立ち上がり、福島から避難してきた方のお話を聞いたりの一回目の企画が持ち上がりました。時間も場所も決まり、受付けや会計のことも決まっていきました。そんな中、私は漠然と思っていたことがありました。

(赤ちゃん連れの参加者の対応はいいのかな?誰も言い出さない。イベントは夜だし来ないのかな。私はこういうの初めてだけど、他の方はイベント企画の経験者がいるし、きっとこの話題はいいんだ。)

 私は勝手にそう思い、気になりながらも当日を迎えました。事前に申し込みがあり、車いすの方も参加してくれました。私は受付けの端の方にいましたが、たくさんの参加者が来てくれて嬉しかったです。イベントが始まる時間も迫り、参加者の受付けも落ち着いたという時のことです。

(赤ちゃん連れの方が来た!!!それも赤ちゃんともう一人ちっちゃい子も連れている!!!)

 私はまずその母子を見て思わず涙が出そうになりました。小さなお子さん二人連れて、夜に来るお母さんの気持ち。すごく大変なのに子供たちのためにもいてもたってもいられなかったのだという風に思われて。

(それにしてもど、ど、どうしよう!)

 私がその母子の姿を見て感動したり動揺したりしているわずかな時間に、会場内にいた白いブレザーを着た池田まきさんがやってきて、お母さんと何か話し赤ちゃんを抱っこして連れて行ってしまいました。池田まきさんは終始笑顔です。真っ白いブレザー、もしかしたらよだれで汚れるかもしれないのにまったく気にしていません。私はすぐに池田まきさんの行動が理解できました。池田まきさんはその方が他の方のように一緒に参加して欲しかったのです。

 その後赤ちゃんはお腹が空いたのかぐずってきて、お母さんのもとに戻されました。お母さんはその場で授乳していましたがその後途中で帰ってしまいました。

 そのことが後悔とともに私の心に残りました。

 (やっぱり小さいお子さんや赤ちゃん連れの方の対応をするべきだった。最後までいて欲しかった。)

 第2回目の企画がメッセンジャーで持ち上がった時のこと、私は「小さいお子さんと赤ちゃんを連れのお母さんが途中で帰ってしまい、授乳スペースやキッズコーナーは設けられないだろうか?」と相談しました。

「そのようなスペースは残念ながらない」とも返信がある中、池田まきさんが、

「スペースなくても授乳ケープのようなものを利用してできますよ!またスカーフでもできて、その場でも授乳できます!」

とコメントしてくれました。その後すぐに次のような写真がアップされました。肩掛けカバンにぬいぐるみを乗せたものを赤ちゃんに見立て、それをかぶせるようにスカーフでおおった池田まきさんの姿のものです。

「こうしたら大丈夫ですよ!」と実演してくれたのです。

 そうなんだ。赤ちゃん連れの方がイベントに参加したいと思うとして、諦める方向じゃなくて、参加できる方法を考えてくれたんだ。私もどんな人も参加できるのがいい。

 ありがとう池田まきさん。

 私の提案、池田まきさんの「できますよ!」の発言を機に、第2回目から授乳コーナーとキッズスペースが設けられることになりました。2回目以降もやっぱり、赤ちゃんや小さいお子さんを連れて参加してくれるお母さんが来ました。

 (よかった〜。)

 車いすの方は1回目と4回目に参加してくれました。車いすの方が参加できるかどうかは、まずそのイベント会場がバリアフリーかどうかです。

 その次に気にすることは車いすの方が会場で何か不都合なことが起こらないかどうかです。池田まこさんはそれを気にしているようで比較的車いすの人のそばにいました。そしてやっぱり笑顔で話しかけていました。それも車いすの人の目線でです。

 毎回イベント会場で池田さんは、「誰か何か困ってはいないか」それに目を配らせていました。それもその時は常に笑顔で。

 私は街で車いすの方や、重い荷物を持ったお年寄りの方を見かけ、何かできることはないかと思っても、行動に起こすまでには、なかなか勇気が出ません。

 池田まきさんは、「あの人が困っている」と気がついた瞬間にもう迷わず行動を起こす方なんですね。

「誰一人、置いてきぼりにしない」

 この言葉は池田まきさんが考えた素敵なフレーズです。

 そうですね!誰一人置いてきぼりにしない。池田まきさんは、高齢者施設、障がい者施設、在宅介護などの福祉の現場で働いたあと、東京都板橋区役所の福祉の職員として14年間勤務した福祉の専門家です。現場で声もあげられない人とたくさん出会ったそう。「こうして欲しい」、あるいは「こうしたい」とかさえも、声もあげらない状況にある人を。

 私もそれはよくわかります。自分の状況をよくしようとするには、その余裕がなければならないのですが、その余裕がないのです。私もそうです。

 発達の障がいがある次男が小学生の時、一人で登校できなくて病気の夫が付き添って歩いていましたが、病気が進行し夫の具合が悪い状態が出てくるようになり、付き添える人がいなく、小学校に通えない寸前までいったことがあります。夫の障がい者年金も適用にならない時期で収入も少なく、私は働かないといけないと思っていたので、どうしていいのかわかりませんでした。助けてくれたのは担任の先生方。朝家まで来てくれ、次男に一人で登校できるように訓練してくれたのです。

 でも当時本気で「次男に義務教育を受けさせてあげることができない」と思いました。夫の障がい者年金まで届かない、その時通学時の移動支援は認められていなく、自分は制度と制度のすき間にいたのか、他にどういう方法があるのか、誰に何を言えばいいのか、考える余裕もありませんでした。

 来月4月24日(日)に衆院北海道五区補欠選挙があります。補選は町村信孝前衆院議長の死去に亡くなったことにより行われることになったものです。

 その選挙に池田まきさんは出馬を表明しています。最初にそのことを知ったのは、昨年12月のこと。みんなでイベントを作り上げたり、打ち上げで盛り上がったりしていた仲間の一人が出馬を表明〜〜〜!

 池田まきさんは福祉の現場にいて、制度に限界を感じていて、政治に関わりたいと思うようになっていったそうです。

 池田まきさんの思いは「その2」の3月13日の街頭演説の内容をぜひお読みになってください。
 【私と池田まきさん〜その2マキさんの思い】


↑2月10日札幌厚別エミシアホテル「つながろう池田まきネットワーク集会」。プラカードの後ろに「誰一人おいてきぼりにしない」と書いてあります。薄くて文字を重ねました。撮影私。



安保関連法案が成立した形に。 - 2015.09.27 Sun

 安保関連法案が衆議院で採決前に弁護士さん主催の反対のデモに行きました(イブキ、ワタルも社会勉強のために参加)。その後衆議院で可決され参議院へ。
 参議院採決前にまた弁護士さん主催のデモに行きました(イブキ、ワタルも社会勉強のために参加)。
 その後この法案は可決された形になり、今月中に公布、来年3月までに施行となりそうです。

「自分はこの法案のどこに反対しているのかな?」とよく考えてみました。

 ところが法案の中身を見てみると難しいし、それについて色々な見方をしている人がいて、ますますわからなくなります。
 例えば関連する法案は11もあり、「集団的自衛権」という言葉はどこに出てきて、どの場合に適用になるのだろうか?と思って調べてみると、「集団的自衛権」という言葉はどこにも出てきませんでした。えー!ではどこに?と思ったら、「我が国の存立が脅かされる明白な危険がある場合」(いわゆる存立危機事態)(自衛隊法76条の改正)と出てくるところが「集団的自衛権」の対象になるそう。他の法案にもその「存立危機事態」にあたる言葉は出てきているの?
 それから国の実力行使には「武力行使」と「治安活動」があり、前者は対主権国で後者は対主権国以外となります。それらが11の関連法案に書かれていて、どこが「戦争」のことについて書かれているのか、また「外交」(PKO活動、駆け付け警護等)について書かれているのか。「集団的自衛権」は違憲で、「駆け付け警護」や「後方支援」はどうなのでしょう。「後方支援」は「武力行使と一体化しない範囲で」となっています。2008年に名古屋高裁でイラク派兵違憲判決が出ましたが、このことはどのように生かされているでしょう。
 他に自衛隊の活動で、在外国民の保護業務の範囲を、これまでの「輸送業務」のみから「警護・救出」までに拡大するというのもあります。でも「現地の治安当局が機能している地域」かつ「その地域の同意があること」という条件があるそう。
 11もある法案、具体的に誰が必要で誰のための法案なのか、現地での自衛隊の方の行動の責任の所在はどこにあるのか等、もっと知りたかったです。
 そして11の法案、全部一緒にくくってしまって、採決してしまうのもどうだったのでしょう???
 野党も質問したのですが、与党は持論を述べるだけで、時間がただ過ぎていきました。それなら国会に野党は存在しないも同じことです。野党も国民の代表なのに。

 いずれにしても、自衛隊の方が危険にさらされる方向に法案が改正されたのは確かだと思います。命に関わることであり、国民の大部分が反対やわからないとしている法案通すことを待って、ちゃんと疑問質問に答えて欲しい、との気持ちでした。

 ここでまた自問。
「自分はこの法案のどこに反対しているのかな?」

 ぐるぐるめぐって最後にたどり着くのは、

「選挙で選ばれたから、憲法の解釈は自分でやってもいい(違憲でも)」としたことです。いま目の前で起こっていることに反対の意思表示をしました。


安保関連法案反対の集会、パレードまたワタル担任の先生と。 - 2015.09.12 Sat

 「9.6安保法案廃案パレード わたしたちは戦わない! NO WAR Part2」(主催:北海道弁護士会連合会、札幌弁護士会ほか、共催:日本弁護士連合会)が9月6日にありました。先日、イブキとワタルと中島公園で参加した弁護士さん主催の集会、(デモ)パレードのパート2です。

 憲法を守らなくてもよくて、しかもその内容が人の命にかかわっていることで、どうしても「それでいいです」とは言えなくて、私はまた行くことに。今は参議院での採決目前とされています。
 今回もイブキとワタルをまた誘いました。

「ワタル、来年18再選挙だよ、イブキ、ワタル、二人とも社会勉強に行こ」

 前回偶然会場で会ったワタルの担任の先生は来るかな???

 当日になり、大通西3丁目に行くとすごい人。主催者発表で二千人でした。「高教組」のノボリを目指して行きましたが、先生がいません。パレードの前の集会では、ワタルはじっとしてられないので、いったんその場を離れ、噴水のところのベンチに腰をおろしました(前回もそうしていました)。まわりを見てみると噴水のまわりも参加者がたくさん。
 そろそろ(デモ)パレードが始まると思い、またノボリの方に向かって歩いていた時です。この前のように突然目の前に先生が!びっくり。

「ワタルくん!」
「先生!」
「今来たんです。福祉施設のお祭りがあって、そこに行っていました。また手をつないで歩きましょう〜!」

 またまた私たち母子は、「高教組」のノボリの後に付いて、パレードに参加してきました。

 ワタルは二回も先生とパレードに手をつないで参加するなんて。

 いのちは大事(いのちは大事) 何より大事(何より大事)
 だから no peace no life(no peace no life)
     no peace no life(no peace no life)


「ピースって何ですか?」
「ピースってね」
「先生の帽子は魔女の帽子ですか?」
「魔女の帽子じゃありません」


↑「あの建物は何ですか?」



 この日は日曜日で、次の日から通常の日でした。各ペルパーさんに、家で変わったことがあったらノートに書いて伝えています。ワタルが突然突拍子もないことを言い始めたらヘルパーさんは何を言っているのかわからないと思い、気がついた時はずっとそのようにしています。月曜日の朝はノートに「昨日はデモに参加しました」と書きました。月曜日の北海道新聞朝刊一面でもこの日の集会の様子が写真入りで載っていました。



社会福祉系学会会長共同声明「戦後70年目の8月15日によせて」        - 2015.08.14 Fri

 社会福祉系学会会長共同声明「戦後70年目の8月15日によせて」というものが出されているのを知りましたので、ここに転載します。日本福祉学会のサイトはこちらです

ー ー ー ー ー

社会福祉系学会会長共同声明「戦後70年目の8月15日によせて」       

日本社会福祉学会会長           岩田正美

日本医療社会福祉学会会長         岡本民夫

社会事業史学会会長            大友昌子

日本ソーシャルワーク学会会長       川廷宗之

日本看護福祉学会会長           岡崎美智子

日本仏教社会福祉学会代表理事       長谷川匡俊

日本福祉教育・ボランティア学習学会会長  松岡広路

貧困研究会代表              布川日佐史  
             

1 戦後70年の節目にあたる本年、自衛隊法、PKO協力法、周辺事態法、船舶検査活動法、特定公共施設利用法、国家安全保障会議設置法、武力攻撃事態法、米軍行動関連措置法、海上輸送規制法、捕虜取扱い法の10の法律改正をその内容とする「平和安全法制整備法案」および新たな「国際平和支援法案」の審議が進められている。これらはすでに昨年の集団的自衛権についての閣議決定に沿ったものであるが、従来の自国防衛から、「存立危機事態」へも対応でき、外国軍の後方支援も可能な「積極的防衛」への経路が、国民の安全や他国からの脅威を理由に広げられつつあるといえる。湾岸戦争時に「カネは出すが血は流さない」と国際社会から非難されたともいわれたが、今回の法案は「血を流す貢献」を可能にする環境を整えるものと考えられよう。だがこうした「積極的貢献」が、ある国をめぐる脅威の抑止力になりえるかどうかは、世界の各地で、今日も続けられてきている戦争の実態から、冷静な判断が必要である。

これらの法案が現行憲法に反し、法治主義をゆがめることについては、憲法学者を中心とした批判がある。ここでは社会福祉学の立場から次のような危惧を表明したい。1.どのような正義の名の下においても、いったん始められた軍事活動は、それが「後方」支援であろうと、同盟国への支援であろうと、そこに巻き込まれた国々の人びとの命と日常生活を一瞬にして奪い、孤児や傷病・障害者を増やすだけでなく、それらの深い傷跡が、人びとの生活に長い影響を与え、しばしば世代を超えて受け継がれていく実態がある。2.子ども、障害者・病者など「血を流す貢献」ができない人びとが、こうした事態の中で最も弱い立場に追いやられる。また民族や性別、階層の分断や排除が強められ、テロ等の温床にもなる悪循環が作られていく。3.これらから生ずる「犠牲者」への援護施策とそのための財政その他の社会的コストは一時的なものではなく長期に要請されることに特に留意したい。戦後70年経ってなお、戦争犠牲者への援護行政が続けられ、またそれを巡ってアジアの諸国との対立が続いていることがその一端を示している。4.財政再建を理由に社会保障・社会福祉費の削減が続いている今日、もし「積極的貢献」の負担増がこれに優先するようになれば、少子高齢化が深まる日本の社会福祉の未来は、更に暗いものとなろう。

2 他方で、日本社会福祉学会『社会福祉学研究の50年―日本社会福祉学会のあゆみ』(2004)所収の論文「戦後社会福祉の総括」において、著者阿部志郎氏は、戦後社会福祉が「戦時の「万民翼賛体制」のもとでの厚生事業との断絶があり、国家主義の否定の上に、戦後の民主的な社会福祉が到来したと認識しがちである」とし、自らも含めて日本の社会福祉が戦争責任を自覚してこなかったし、「アジアの国々はもちろん、沖縄さえ視野におさめていなかった」ことを深く恥じていると率直に告白されている(p7~8)。その点が、ボランティア運動でさえ「罪責感」を基礎に再出発した戦後ドイツの社会福祉との「決定的相違」だとも強調されている(p8)。私たちは、この阿部氏の告白をあらためて真摯に受け止める必要がある。社会福祉は、一方で一人ひとりの生活に寄り添いながら、同時に「多数の正義」の名の下での支配体制に容易に組み込まれる危険を孕んでいる。このことに社会福祉研究者は常に自覚的でありたい。

3 日本社会福祉関連の各学会は、90年代より国際交流を活発化させ、特に東アジア3カ国ネットワークの実現に向けて努力してきた。また留学生への支援も強化しようとしている。こうした交流の中で、社会福祉の今日的課題の共通性とともに、文化・歴史的背景の違いについての理解も深められている。「戸締まり」に気を配るだけでなく、国を超えた共同研究や実践交流の積み重ねの中で、相互理解を深めていくプロセスをむしろ大事にしたい。残念ながら、最近の政治的「緊張」が、こうした地道な相互理解の努力に水をさすことがある。しかし、回り道のようでも、緊張を回避していく別の回路を模索することが、学会や研究者の役割であり、国際的な社会福祉研究の水準を高める上でも意味があると考える。

戦後70年目の8月15日を迎えるにあたって、社会福祉研究者・実践者として私たちは、「血」ではなく「智」による、「抑止力」ではなく「協力」による未来社会を展望する努力を続けることを誓い合いたい。



平成27年 長崎平和宣言 - 2015.08.09 Sun

長 崎 平 和 宣 言



 昭和20年8月9日午前11時2分、一発の原子爆弾により、長崎の街は一瞬で廃墟と化しました。

 大量の放射線が人々の体をつらぬき、想像を絶する熱線と爆風が街を襲いました。24万人の市民のうち、7万4千人が亡くなり、7万5千人が傷つきました。70年は草木も生えない、といわれた廃墟の浦上の丘は今、こうして緑に囲まれています。しかし、放射線に体を蝕まれ、後障害に苦しみ続けている被爆者は、あの日のことを1日たりとも忘れることはできません。



 原子爆弾は戦争の中で生まれました。そして、戦争の中で使われました。

 原子爆弾の凄まじい破壊力を身をもって知った被爆者は、核兵器は存在してはならない、そして二度と戦争をしてはならないと深く、強く、心に刻みました。日本国憲法における平和の理念は、こうした辛く厳しい経験と戦争の反省のなかから生まれ、戦後、我が国は平和国家としての道を歩んできました。長崎にとっても、日本にとっても、戦争をしないという平和の理念は永久に変えてはならない原点です。

 今、戦後に生まれた世代が国民の多くを占めるようになり、戦争の記憶が私たちの社会から急速に失われつつあります。長崎や広島の被爆体験だけでなく、東京をはじめ多くの街を破壊した空襲、沖縄戦、そしてアジアの多くの人々を苦しめた悲惨な戦争の記憶を忘れてはなりません。

 70年を経た今、私たちに必要なことは、その記憶を語り継いでいくことです。

 原爆や戦争を体験した日本そして世界の皆さん、記憶を風化させないためにも、その経験を語ってください。

 若い世代の皆さん、過去の話だと切り捨てずに、未来のあなたの身に起こるかもしれない話だからこそ伝えようとする、平和への思いをしっかりと受け止めてください。「私だったらどうするだろう」と想像してみてください。そして、「平和のために、私にできることは何だろう」と考えてみてください。若い世代の皆さんは、国境を越えて新しい関係を築いていく力を持っています。

 世界の皆さん、戦争と核兵器のない世界を実現するための最も大きな力は私たち一人ひとりの中にあります。戦争の話に耳を傾け、核兵器廃絶の署名に賛同し、原爆展に足を運ぶといった一人ひとりの活動も、集まれば大きな力になります。長崎では、被爆二世、三世をはじめ、次の世代が思いを受け継ぎ、動き始めています。

 私たち一人ひとりの力こそが、戦争と核兵器のない世界を実現する最大の力です。市民社会の力は、政府を動かし、世界を動かす力なのです。



 今年5月、核不拡散条約(NPT)再検討会議は、最終文書を採択できないまま閉幕しました。しかし、最終文書案には、核兵器を禁止しようとする国々の努力により、核軍縮について一歩踏み込んだ内容も盛り込むことができました。

 NPT加盟国の首脳に訴えます。

 今回の再検討会議を決して無駄にしないでください。国連総会などあらゆる機会に、核兵器禁止条約など法的枠組みを議論する努力を続けてください。

 また、会議では被爆地訪問の重要性が、多くの国々に共有されました。

 改めて、長崎から呼びかけます。

 オバマ大統領、そして核保有国をはじめ各国首脳の皆さん、世界中の皆さん、70年前、原子雲の下で何があったのか、長崎や広島を訪れて確かめてください。被爆者が、単なる被害者としてではなく、“人類の一員”として、今も懸命に伝えようとしていることを感じとってください。

 日本政府に訴えます。

 国の安全保障を核抑止力に頼らない方法を検討してください。アメリカ、日本、韓国、中国など多くの国の研究者が提案しているように、北東アジア非核兵器地帯の設立によって、それは可能です。未来を見据え、“核の傘”から“非核の傘”への転換について、ぜひ検討してください。



 この夏、長崎では世界の122の国や地域の子どもたちが、平和について考え、話し合う、「世界こども平和会議」を開きました。

 11月には、長崎で初めての「パグウォッシュ会議世界大会」が開かれます。核兵器の恐ろしさを知ったアインシュタインの訴えから始まったこの会議には、世界の科学者が集まり、核兵器の問題を語り合い、平和のメッセージを長崎から世界に発信します。

 「ピース・フロム・ナガサキ」。平和は長崎から。私たちはこの言葉を大切に守りながら、平和の種を蒔き続けます。

また、東日本大震災から4年が過ぎても、原発事故の影響で苦しんでいる福島の皆さんを、長崎はこれからも応援し続けます。



 現在、国会では、国の安全保障のあり方を決める法案の審議が行われています。70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、いま揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています。政府と国会には、この不安と懸念の声に耳を傾け、英知を結集し、慎重で真摯な審議を行うことを求めます。

 被爆者の平均年齢は今年80歳を超えました。日本政府には、国の責任において、被爆者の実態に即した援護の充実と被爆体験者が生きているうちの被爆地域拡大を強く要望します。

 原子爆弾により亡くなられた方々に追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は広島とともに、核兵器のない世界と平和の実現に向けて、全力を尽くし続けることを、ここに宣言します。

                

2015年(平成27年)8月9日

長崎市長  田上 富久




平和宣言【平成27年(2015年)】広島 - 2015.08.09 Sun

私たちの故郷(ふるさと)には、温かい家族の暮らし、人情あふれる地域の絆、季節を彩る祭り、歴史に育まれた伝統文化や建物、子どもたちが遊ぶ川辺などがありました。1945年8月6日午前8時15分、その全てが一発の原子爆弾で破壊されました。きのこ雲の下には、抱き合う黒焦げの親子、無数の遺体が浮かぶ川、焼け崩れた建物。幾万という人々が炎に焼かれ、その年の暮れまでにかけがえのない14万もの命が奪われ、その中には朝鮮半島や、中国、東南アジアの人々、米軍の捕虜なども含まれていました。

辛うじて生き延びた人々も人生を大きく歪められ、深刻な心身の後遺症や差別・偏見に苦しめられてきました。生きるために盗みと喧嘩を繰り返した子どもたち、幼くして原爆孤児となり今も一人で暮らす男性、被爆が分かり離婚させられた女性など――苦しみは続いたのです。

「広島をまどうてくれ!」これは、故郷(ふるさと)や家族、そして身も心も元通りにしてほしいという被爆者の悲痛な叫びです。

広島県物産陳列館として開館し100年、被爆から70年。歴史の証人として、今も広島を見つめ続ける原爆ドームを前に、皆さんと共に、改めて原爆被害の実相を受け止め、被爆者の思いを噛みしめたいと思います。

しかし、世界には、いまだに1万5千発を超える核兵器が存在し、核保有国等の為政者は、自国中心的な考えに陥ったまま、核による威嚇にこだわる言動を繰り返しています。また、核戦争や核爆発に至りかねない数多くの事件や事故が明らかになり、テロリストによる使用も懸念されています。

核兵器が存在する限り、いつ誰が被爆者になるか分かりません。ひとたび発生した被害は国境を越え無差別に広がります。世界中の皆さん、被爆者の言葉とヒロシマの心をしっかり受け止め、自らの問題として真剣に考えてください。

当時16歳の女性は「家族、友人、隣人などの和を膨らませ、大きな和に育てていくことが世界平和につながる。思いやり、やさしさ、連帯。理屈ではなく体で感じなければならない。」と訴えます。当時12歳の男性は「戦争は大人も子どもも同じ悲惨を味わう。思いやり、いたわり、他人や自分を愛することが平和の原点だ。」と強調します。

辛く悲しい境遇の中で思い悩み、「憎しみ」や「拒絶」を乗り越え、紡ぎ出した悲痛なメッセージです。その心には、人類の未来を見据えた「人類愛」と「寛容」があります。

人間は、国籍や民族、宗教、言語などの違いを乗り越え、同じ地球に暮らし一度きりの人生を懸命に生きるのです。私たちは「共に生きる」ために、「非人道性の極み」、「絶対悪」である核兵器の廃絶を目指さなければなりません。そのための行動を始めるのは今です。既に若い人々による署名や投稿、行進など様々な取組も始まっています。共に大きなうねりを創りましょう。

被爆70年という節目の今年、被爆者の平均年齢は80歳を超えました。広島市は、被爆の実相を守り、世界中に広め、次世代に伝えるための取組を強化するとともに、加盟都市が6,700を超えた平和首長会議の会長として、2020年までの核兵器廃絶と核兵器禁止条約の交渉開始に向けた世界的な流れを加速させるために、強い決意を持って全力で取り組みます。

今、各国の為政者に求められているのは、「人類愛」と「寛容」を基にした国民の幸福の追求ではないでしょうか。為政者が顔を合わせ、対話を重ねることが核兵器廃絶への第一歩となります。そうして得られる信頼を基礎にした、武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みを創り出していかなければなりません。その実現に忍耐強く取り組むことが重要であり、日本国憲法の平和主義が示す真の平和への道筋を世界へ広めることが求められます。

来年、日本の伊勢志摩で開催される主要国首脳会議、それに先立つ広島での外相会合は、核兵器廃絶に向けたメッセージを発信する絶好の機会です。オバマ大統領をはじめとする各国の為政者の皆さん、被爆地を訪れて、被爆者の思いを直接聴き、被爆の実相に触れてください。核兵器禁止条約を含む法的枠組みの議論を始めなければならないという確信につながるはずです。

日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役として、議論の開始を主導するよう期待するとともに、広島を議論と発信の場とすることを提案します。また、高齢となった被爆者をはじめ、今この時も放射線の影響に苦しんでいる多くの人々の苦悩に寄り添い、支援策を充実すること、とりわけ「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

私たちは、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、被爆者をはじめ先人が、これまで核兵器廃絶と広島の復興に生涯をかけ尽くしてきたことに感謝します。そして、世界の人々に対し、決意を新たに、共に核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすよう訴えます。



平成27年(2015年)8月6日

広島市長 松井 一實




安保関連法案反対集会とパレードなぜかワタル担任の先生と。 - 2015.07.12 Sun

 昨日7月11日の土曜日、札幌中島公園で北海道の弁護士さんの団体が主催の安保関連法案反対集会がありました。安保関連法案はいま国会で審議されていて、来週再来週にも衆議院で採決されそう。
 私はいてもたってもいられず、これなら参加できそうという土曜日午後からのイベントにイブキ、ワタルと行きました。集会の後は、中島公園から大通公園までパレードがあります。
 行く前はワタルは何がなんだかわからない。イブキは渋っています。

「ワタル、18歳選挙だよ、来年から。イブキ、親と考え同じでなんてことは決して言わないから、何でも見て欲しいし、聞いて欲しいよ。とりあえず行こう行こう」

 中島公園駅に着き、広間の入り口に来た時です。

「ワタルくん!」

 誰かが呼ぶので確認すると、養護学校高等部の毎日大変お世話になっているワタルの担任の先生が!

「あれ~~!どうしてここにいるんですか!」

とお互いが大絶叫。

 私は、「SNSで知って参加できそうで来ました。もういてもたってもいらなくて。子どもたちも誘って来ました」と言うと担任の先生が「高教組なんですが、いてもたってもいらてなくて。母も誘って来ました」とのことでした。同じ気持ちなのがわかりお互い笑いました。

「あ、お母さんですか?いつも息子が先生に大変お世話になっています」

 毎日のように連絡帳でやり取りしている先生ですが、政治のことはまったく話したことがなくて、まだお互いがピンと来てないよう。

「一緒に参加しませんか?」先生が仰ってくださいました。少々心細かったので有り難かったです。先生に案内されて「高教組」のノボリのところに行ってみるとワタルの知っている先生方が他にもいました。「あれ〜、ワタルくん!」。

 今回の参加者は6000人とのことですが、偶然のこととは言え、本当によく会場で出会ったなぁと思います。

 すごい人、人、人。ちっちゃい子どもを連れたママたちや家族の姿もたくさん見かけました。
 
 その後の中島公園から大通公園までのパレードもワタルはずっと先生と手をつないで参加しました。

「せんそうってなに?」
「せんそうってね」

 私は先生と同じ気持ちで一緒に参加できてとても嬉しかったです。
 私たち母子、忘れられない出来事になりました。





中学生向き「今、日本で起きていること」 - 2015.06.29 Mon

 先日の「えほん 障害者権利条約」の中に出てくる『国連は、国際障害者年(1981年)に関連して「一部の構成員をしめだす社会は弱くもろい」と決議しました。言いかえれば、障害のある人が住みやすい社会は、だれもが住みやすい社会ということになります。バリアフリーという考え方が広がれば、障害のある人が移動しやすくなるばかりではなく、みんなが便利になるはずです。障害のある人の社会参加度は、そのまますべての人のくらしやすさ度につながるのではないでしょうか』という箇所がありました。
 これは政治参加についても同様だと思います。今国会で安保法案が問題になっていますが、なぜかより難しく難しく、と思います。難しくすればするほど、政治参加できる人が限られてきます。どうにかやさしく理解しやすい方向に向かって欲しいと思います。私も本当に非常に助かります。

 以下、フェイスブックで知った民主党衆議院議員のたまき雄一郎氏の「今、日本で起きていること」(6月27日アップ)というブログ記事の転載です。



『立憲主義』って一体、何ですか?と地元の中学生数人に聞かれたので、中学生にも分かるように、説明してみたいと思います。



『立憲主義』とは、一言でいうと、国民の自由・権利を守るために、憲法で権力を持つ人の行動をしばることです。



まだ、難しいですかね?



もし憲法が、その時々の総理や官僚によって勝手に解釈、変更できるようになれば、どうなるでしょう?



例えば、権力を持つ人が正しいと考えることだけを認め、違う意見を言う人は逮捕する、そんな世の中だったら絶対嫌ですよね?



でもわずか70年前の日本では、そんな状況がたくさんあったのです。例えば「その政策はまちがっている」そう言っただけで、人は逮捕、投獄されました。



そんなことにならないように、憲法で政治家や公務員の勝手な行動をしばっておこうという考えが『立憲主義』なのです。



今、安倍総理は「世界情勢の変化にあわせて憲法解釈を変えるのがむしろ当然で、それをやらない方が無責任だ」と言っています。



こうした総理の発言はニュースなどでも取り上げられましたが、私は実際にその場で発言を聞いていて、こんなことが起こっていること自体に、背筋が凍る思いでした。



これは、『立憲主義』の考え方から完全に外れています。憲法解釈を自由に時の政権の考えで変える、それは、越えてはいけない一線を越えてしまっているのです。



そして、『立憲主義』の考えを無視してつくられている、この「平和安全法制整備法案」の何が問題なのか説明しましょう。中学生の皆さんにも分かるように、できるだけシンプルに書こうと思います。



まず「国を守るため」と安倍総理は声を大にして言っていますが、他国が日本に攻撃してくれば、自衛隊は今の憲法でも十分戦うことができます。



国会で通そうとしている「平和安全法制整備法案」は、

1.「日本が攻撃されていないのに自衛隊が戦えるようにする」

2.「自衛隊を海外のどこにでも派遣できるようにする」

これらが主な内容です。



厳しい世の中になっているのだから、日本もアメリカなどと一緒に戦わなければならないという理論です。



でも本当にそうでしょうか?



厳しい世の中になっているからこそ、日本と日本人の命を守るために、他国の戦争には軽々しく加担しないことが、本当は大切なのではないでしょうか。



それが、私がかつて外交官として世界を見て回って肌で感じた、日本が取るべき最良の策だと信じています。



誤解して欲しくないのは、それは、何もしないこととは違います。



外交、調停、災害援助、崩れてしまった国を立て直す、病気を撲滅する…武力ではなく、積極的に平和に貢献できる方法はたくさんあります。



特に日本は宗教戦争を経験していない珍しい立場の先進国であるからこそ、欧米諸国にはできないことがあるのです。



日本には、これまで歴代の政権が築きあげてきた平和国家の「信用」という財産があります。それを活用して日本独自の貢献ができるはずです。そして、そういう日本の姿勢が最終的に国民に安全をもたらすのです。



米国の後をついていって戦争に加わって、本当に日本は安全になるのでしょうか?私は、米国の議員とも話をしますが、日本は米国とは違う役目を果たせると意見する議員もいます。



でも、中学生のみなさんには、この話、どちらが正しいのかすぐに判断するのは難しいかもしれません。ただ、これだけは忘れないでください。

「いい戦争というのは絶対にない」ということです。



武器を持って海外に出ていけば、自衛隊の皆さんが死んだり傷ついたりする危険は高まります。そして、何の罪もない他国の市民を悲惨な戦いに巻き込んでしまう危険も高まります。



総理や大臣という偉い人たちから「外国からの危機が迫っている」「戦える準備をするのが当然だ」そんなふうに不安を煽(あお)られれば、その通りだと思うかもしれません。



でも、聞いて下さい。



私は、かつて外務省で働いていました。その時に、中東やアフリカを担当していました。中東和平の支援が私の仕事でした。ヨルダンのアブドラ国王やリビアのカダフィ大佐とも直接会って話をしたこともあります。



また、米国のハーバード大学のケネディスクールに留学したときには、世界中から集まった仲間たちと政治や外交を研究しました。



だからこそ、今の世界の問題点もよく理解しているつもりです。そして平和を維持することの難しさも。



平和はつくらなければいけません。

でも、この法案では、平和はつくれない。

法案名に「平和」とついていますが、逆に、日本と日本人の安全を損なうおそれがあります。



私は、これまで日本が世界から受けてきた平和国家としての信用を守りぬき、それで戦いたいのです。こんなに大切で尊い国の財産はないからです。



子どもを親を配偶者を恋人を、殺された怒りは世代を超えて必ず連鎖します。



他国の戦争についていけば、必ず日本も「敵」になります。敵になればいつか必ず日本でもテロが起こります。これこそ、まさに新しい変化の本質なのです。



もう一度言います。



武力ではなく、人道支援など、苦しんでいる人たちが平和に安全に暮らせる状態にすることに積極的に貢献することが、日本国民の安全を守ることにつながるのです。



最後に、『立憲主義』と同じく、中学生の皆さんにもうひとつ知っておいてもらいたいことがあります。



前回の選挙でアベノミクスという経済政策を訴えた自民党は圧勝しました。その結果、今、どんな法案でも数の力で強行採決できる状態にあります。民主主義は多数決ですから、安保法案もこのままでは通ってしまいます。



今できることは、多くの皆さんに、たとえ一人であっても、おかしい!との声をあげていただくことではないかと思います。自民党の中でもそう思っている人は、本当はたくさんいると私は信じています。



もし皆さんのまわりに、よく分からないと言っている大人がいれば、どうか『立憲主義』がなぜ大切なのか、説明してあげてください。



皆さんの将来に大きくかかわる問題です。知らなかったでは、すまされない。あなたたちの問題なのです。



私も、がんばります。

「今、日本で起きていること/玉木雄一郎」より

ほかに、仙台のあやめ法律事務所の「民主主義と立憲主義のはなし」も中学生向きです。



「18歳投票権と有権者教育」毎日新聞のコラムより - 2015.06.20 Sat

 6月17日改正公選法が成立し来夏参院選から18歳以上に選挙権が。18歳になったワタルも対象になりました。
 先日コンビニで毎日新聞を買ってきました。政治アナリストの横江公美さんの「18歳投票権と有権者教育」に大事なこと書いてあると思いました。

「アイスクリームに賛成ですか?反対ですか?宿題に賛成ですか?反対ですか?」というアメリカの有権者教育の一例から始まるコラムです。

 真ん中くらいからは「誰に投票するかは四つの点で確認する」ことが書かれています。四つのこととは、

 一つ目は、政党、候補者の主張する全ての政策についての情報を集めたかどうか。
 二つ目は、扇動的に書かれた情報にあおられていないかどう確認する。
 三つ目は、情報源の確認。
 四つ目は、自分の決定によって利益を得る人と不利益を被る人を考え、多くの人を幸せにすると思えば、ここで、誰に投票するかを決定する。

 最後は「大人も巻き込んだ質的な有権者教育が広まる機会になってほしい」と結んでいます。


↑クリックすると大きくなります。

新聞読むなら、毎日新聞。  新聞読むなら、毎日新聞。




先週ワタルが見学した国会議事堂で。 - 2015.06.13 Sat

 ワタルは先週国会議事堂に見学に行きましたが、その国会でいま安保法制案でもめています。6月4日の衆議院憲法審査会で参考人として招致された憲法学者3人全員が「安保法制が集団的自衛権を行使できるとしていることは違憲である」と言いました。それに対して官房長官は「合憲といっている憲法学者はたくさんいる」と言いました。この辺りから審議はストップした状態です。

 いくら選挙で勝ったからと言っても、何でも「数で押し切る」ことは民主主義のルールからも逸脱していると思います。少数意見を聞いてもらえない不満の気持ちは、ずっと残るでしょう。

 日本国憲法ですが、誰に向けて書かれているかというと、国民ではなく閣僚や国会議員の国家権力者(99条)。国家権力をしばるために憲法はあり、集団的自衛権の行使をできるとすることは招致された憲法学者3人に違憲と言われました。歴代内閣も集団的自衛権はできないとしていて、現役の自民党議員(村山誠一郎衆院議員)や自民出身の戦争体験がある重鎮山崎拓氏、亀井静香氏、藤井裕久氏、武村正義氏が共同記者会見安全保障関連法案への反対を表明しました。立場が逆な団体ではなく同じ団体(団体出身者)からの意見も色々な意味で重たいと思いますし、重たいと感じて欲しいです。

 そのことでは、自民出身の小樽の箕輪登氏の自衛隊のイラク派兵違憲訴訟を思い出します。亡くなってしまったのですが、最後に残した言葉です。

 何とかこの日本がいつまでも平和であって欲しい
 平和的生存権を負った日本の年寄りの一人がやがて死んでいくでしょう
 やがては死んでいくが死んでもやっぱり日本の国がどうか平和で働き者の国民で幸せに暮らしてほしいなとそれだけが本当に私の願いでした




4月12日の北海道知事選挙の争点。 - 2015.04.05 Sun

 4月12日(日)投開票の北海道知事選立候補者は現職高橋はるみ氏と新人の佐藤のりゆき氏。
 全国的に自民党と民主党が相乗りの知事候補者が多い中、北海道は分かれました。
 高橋氏は自民党道連、公明党道本部、北海道経済連合会、日本商工連盟北海道連合会、北海道農協政治連盟、北海度医師連盟などが支援。
 佐藤氏は民主党北海道、共産党道委員会、新党大地、維新の党道総支部、社民党道連、市民ネットワーク北海道、緑の党、連合北海道、北海道農民連盟、「北海道の未来を拓く知事を!」道民ネットなどが支援。

 写真は北海道新聞による知事選の争点の順位です。
 今回(3/20〜22)の調査での一位が「泊原発の再稼動の是非」二位が「医療、介護、福祉など社会保障政策」三位が「景気・雇用対策」です。
 泊原発の再稼動については、高橋氏は「イエスともノートも言うべきではない」とし、佐藤氏は再稼動反対の姿勢です。
 福島での事故後、福島から避難してきている方も住んでいる北海道で事故が起こったらまた避難することにもなりかねません。ぜったいはないのですから、安心安全な世の中のためにも、原発に頼らない社会を何とか構築していきたいです。






『戦争せぬ国に一票投ず』父の新聞投稿。 - 2014.12.13 Sat



 ↑12月12日北海道新聞朝刊読者の声欄、父の「戦争せぬ国に一票投ず」です。写真をクリックすると大きくなります。



「支持政党なし」党に投票しちゃった~⁉︎ - 2014.12.12 Fri

 リュウは無事に入院中のM病院で、12月10日に不在者投票をすることができました。ホッ。
 今回は、私の立ち会いができ、投票用紙も見ることができました。ネットで話題の北海道で立候補の「支持政党なし」党も他の政党と一緒に印刷されていましたよ〜。
 
 今日(12月12日)のことです。私はいつものように仕事帰り病院へ。病院で顔見知りになった働いている人に、
「選挙明後日ですね。さっきニュースで今日を繰り上げ選挙日にした道北の町で、投票率低いって言ってました〜」
と私が言うと、
「そうなんだ、私もう期日前投票で選挙したんだよね。それがさ、支持政党なしってあってそれに投票しちゃったの」
とその方。
「ええ〜〜!インターネットで話題になっていますよ!そう言う名前の党だって」
「うん。今ならわかるけど、期日前投票だから情報が私に流れてなくてわからなかったの〜〜!ダマされた〜」
「そうなんですか!」
「うん」

ということでした・・・。

 北海道で立候補している「支持政党なし」は、そういう党名の政治団体ですので、注意が必要ですよ〜。
 「支持政党なし」党のホームページは、ここをクリックしてください


↑こちらはネット上の写真です。私が見たのは、「支持政党なし」は一番最後でした。今日話した方も一番最後だったと言っていました。


「どこに投票したら?」の方は毎日新聞「えらぼーと」で投票の目安が!? - 2014.12.10 Wed

 12月14日(日)は衆議院議員選挙に行こうとうながされてもどこに投票したらいいのかわからないという方は、毎日新聞の「えらぼーと」というサイトで一度試してみてはどうでしょう。選挙の争点の「賛成、反対、無回答」で15の質問項目を答えて行くと自分の考えに近い政党と、小選挙区の候補者名が最後に表示されます。「任意」のところは記入しなくてもいいです。あと何回でもできます。フェイスブックで色々な情報が流れてきて、そこで知ったのですが、こんなのあるんだ〜と思いました。イブキのように初めての選挙の方も一つの参考になりそうです。


↑毎日新聞ボートマッチ「えらぼーと」2014衆院選のトップページは上の写真をクリックしてください。「スタート」を押すと質問が始まりますが、その下の「えらぼーと とは」と「使い方」も見てみて下さいね。





↑質問全部答え、これから小選挙区の自分の住んでいるところを選ぶ画面。ここを選ぶと自分に合っていると思われる小選挙区の候補者が。ここで私は北海道以外に東北、東京、大阪、沖縄など飛んでみました・・・。

 あと自分は与党だと思っていたのが野党だったり、その逆だったりしたら、自分にびっくりするかもしれません。


ー ー ー ー ー ー ー ー ー

「ボートマッチとは?」以下ウィキペディアより

「概要」
選挙に関するインターネット・サービス。立候補者や政党に対し、選挙で争点となりそうな政策や問題に関するアンケートを送付。提出された回答を基にデータベースを作成し、有権者が同じアンケートに回答する事で、有権者と立候補者、または有権者と政党との考え方の一致度を測定することができる(政党に関しては、ボートマッチを主催している団体が各党のマニフェストなどを分析し、それをデータベース化している場合もある。)。
ヨーロッパでは広く普及しているサービスである。

「名称の由来」
「ボートマッチ」は、英語による呼び方。「ボート」(vote)は英語で「投票」や「票」、「参政権」、「選挙権」などを表す語で、「マッチ」(match)は「適合する」または「一致する」などの意味を持つ語である。その他に、ドイツでは「バール・オ・マート」(Wahl-O-Mat)、オランダでは「ステムバイザー」(StemWijzer)などと呼ばれており、国や言語によって呼び方は異なる。

「歴史」
サービスの発祥はオランダ。心理テストを元に、1980年代後半に開発された。当時は紙によるテストで一致度も有権者自身が計算しなくてはならなかったが、デジタル化が進みコンピュータで計算できるようになった。1998年からインターネットによるサービスが始められる。その後オランダ国内での普及が進み、更にヨーロッパの他の国へも広がった。現在ではドイツやブルガリア、フランス、スイス、ベルギーなどでも行なわれている。
日本では、2001年7月に行なわれた参議院議員選挙で初めて、佐藤哲也がインターネットを利用した争点投票支援システムを実施した。その後、第21回参議院議員選挙で毎日新聞社と日本版ボートマッチ ワーキング・グループがそれぞれ独自に、インターネットを通じてボートマッチを実施した。



道内45市町村議会「反対」-集団的自衛権。 - 2014.07.01 Tue

 集団的自衛権今日閣議決定とのことですが、北海道から45市町村議会で、憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認に反対する趣旨の意見書が提出されており、国内では全部で138件になるそうです。
 こちらも選挙で選ばれた人たち。



7月1日(火)北海道新聞一面。写真左は道内の意見書を可決した議会。写真右下は、「六花亭喫茶室」の広告。



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集団的自衛権、7月1日の閣議決定の見込み。  - 2014.06.25 Wed

『集団的自衛権、27日の与党合意、7月1日の閣議決定の見込み』

今朝(ブログ下書き6月25日)の北海道新聞朝刊。
公明党が了承段階に入ったとのこと。

諦めないで私ができる「現代のつぶて」投げ続けます。



こちらは病院のブックスタンドにある平和憲法草の根普及会の「新・鳩を飛ばす!"いいものは、いい"平和憲法」第19版「著名人等203名の秘密保護法・集団的自衛権発言」の表紙。



発言者氏名一覧1ページ目。



発言者氏名一覧2ページ目。



発言者氏名一覧3ページ目。



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現代の「つぶて」。 - 2014.06.21 Sat

 6月21日北海道新聞朝刊一面の卓上四季(朝日新聞で天声人語にあたるところ)は、過去の色々な「つぶて」の説明があり、その中に「庶民にとって許し難いことが起こった際、~中略~ 抑圧者に向かって打ちつけられた」というのが。「つぶて」の意味は「小石を投げること。また、その小石」(デジタル大辞泉より)
 そして、

 声も叫びも、手紙もメールも、集会もデモ行進も、来るべき選挙での「1票」も、現代の「つぶて」。

と結んでありました。
 私ができることは、インターネットでまわってくる署名(フェイスブック上)に署名することや、政党や議員さんにメールすることですが、これも現代の「つぶて」何ですね。
 子どもたちの未来と、自分に後悔しないように、つぶてを投げ続けよう~。



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一般家庭が電気会社を選べる法律改正がありました。 - 2014.06.12 Thu

 6月11日(水)改正電気事業法が参院本会議で自民、公明、民主各党などの賛成多数で可決、成立しました。電気事業法とは電力事業に関するあらゆるルールを定めた法律です。
  現在、家庭向け電力は独占されていますが、2016年以降完全自由化する法律改正が決まりました。
 これにより将来、自分の家で使う電気の会社を選べることになります。今現在は50キロワット以上という基準を決めた企業が自由化になっていて、スーパーマーケットとかレストランがひと足先に、新しい会社から電気を購入し、使っているところがあります。
 この家庭向け(と50キロワット以下の企業)電気は、市場も大きいので、もうすでにたくさんの企業、携帯電話会社、ガス会社、石油会社などが、新規参入のために動いています。
 
 あ~、この会社好きだから、ここからうちの電気買いたい

 こういう電気の買い方ができるように?
 私たち消費者は、いろいろな物をいろいろな価値観で購入します。電気もそういう風になるのかと、期待します。



6月11日の参院本会議で2016年に電力小売りを全面自由化する改正電気事業法の成立を伝える6月11日北海道新聞夕刊。


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オレンジ島のバニラ再び。秘密保護法から成立から半年。 - 2014.06.07 Sat

 2013年12月6日、私の感覚では突然、特定秘密保護法が決まってしまいました。
 でもその感覚は正しく、充分に審議されないままスピーディーに決まってしまったのです。
 公布は同年12月13日で、その日から一年以内に施行されます。
 昨日は決まってから半年目の日でした。
 「突然」と思った人はたくさんいて、議論も納得もできないまま来てしまっているということで、ずっと疑問視する声が続いています。特に毎月6日です。新聞でもその日この法律のことを取り上げています。

 まず問題だと思うのが、法案の中に「その他」という言葉がいくつも出てきて、何を秘密にするのか曖昧なものだということです。それから、特定秘密を扱うことになる公務員がその資格があるのか身辺調査が行われるのですが、対象者は家族とか公務員以外の人も当てはまるそうです。誰もが身辺調査の対象になりえます。

 この法律が本当に必要なのかわからないまま決まってしまったのですが、日本にはすでに秘密に関する法律があるそうです。国家公務員法100条、109条、自衛隊法96条の2、122など。それから政府が必要性の事例としてあげる尖閣ビデオ流出事件は、国家公務員法の違反ではなかったそうです(参考文献:『これでわかった!超訳 特定秘密保護法』著書:明日の自由を守る若手弁護士の会 発行所:岩波書店)。

 それなのにどうして作ったんだろう?と思えば思うほど、戦争体験者の川上信夫先生の言葉が思い浮かびます。以下、「歴史のささやき9号ー2013年11月21日」よりの引用です。


   あの山、登っていいの?

 ここで、ぼくは戦争中のことを思い出します。ぼくは七八年前、十歳の時、父の仕事のために函館に引っ越し ました。函館は寒かったけれど、海釣りにこった父と大森浜にいくたびに、あの函館山の「立待岬」の姿に心惹かれていきました。その姿をスケッチして、学校 の先生にひどく叱られたことを覚えています。「こんな絵を書いてはいけない。スパイだと言われるぞ」。ぼくは、なぜスパイの話が出てくるのか分からなかっ たけれど、先生のこわい顔が、これ以上聞いてはいけないといっているように見えて黙ってしまいました。それとは別の機会に、函館山には「陸軍」の要塞が あって、海峡を通る敵の船をいつも見張ってるんだと聞かされて、はっとしましました。多分「要塞」があるというのは本当で、「敵」が山の形を知れば攻めやすくなるんだ。それにしても、見れば誰でも知ってる山の形だったけれど。そんなふうにぼくは思った。
  札幌に移ったのが中学2年の時だから、七四年前か。札幌、特に藻岩は、樹林の混じり合うところで、珍しい虫が沢山います。「昆虫少年」だったぼくは、藻岩 に上りたかったが、はたと函館山のことを思い出す。先輩に「あの山、登っていいんですか」と聞いたら、先輩はぼくの顔をじっと見て「おれはそんなこと知ら ん」とにらまれた。今はどうなっていますか。当時の藻岩は、ふもとを廻ってみても、道はあっても人は歩いていない。上を見ると、何か屋根みたいなものが見 える。「まさか」と思いながら、ぼくは、登るのを諦めました。新聞では、今、「こういう法律ができただけで、国民は委縮する」と警鐘を鳴らしている。当時 のぼくらは、完全に委縮していて、そのことを口にすることもできなかった。そういう「萎縮」は、自分では気が付かなくても生活の隅々まで行きわ たっていて、ぼくの「人間」全体をちじこまらせていたに違いないのです。僕らは、まだ子どもだったから、逮捕されるようなことはなかったけれど、そういう ちじこまった人間にされて、「戦争」について文句も言わずに引きずり込まれていった、そのことが、今ぼくはとても悔しいのです。米英との「戦争」が始まっ たのが 一九四一年。ぼくが 函館山で治安維持法に出会ったのが一九三五年。たった六年の間に、日本は見る見るうちに死の淵に向かって進んでいたのでし た。
 人が普通の判断のできるうちは、「戦争」など起こすものではありません。まして、「核戦争」の被害受けた日本国民は、起るかもしれない「世 界核戦争」の残酷さをよく知っています。それはアメリカの「核の傘」にぶら下がっていれば何とかすり抜けられるようなものではないことを。国民を「戦争」 に引きずり込むためには、権力は、法律、教育など、あらゆる力を動員しなくてはなりません。「秘密保護法」は、その先兵だと思います。それが「戦争」を起 こしたい人びとが仕組む戦争準備」でしょう。それが、今、もう一歩一歩進んでいる。ぼくらは、本当に平和な国、世界を創ることができず、つけをあなた方に 残してしまったことを本当に残念に思います。それでも、ぼくらは、「憲法改悪」おしとどめ、「戦争」のできる国にすることだけは、許さなかった。それはぼく等の誇りなのです。力を合わせよう。ぼくらが、普通の健全な人間らしい心を持ち続けていくために。
  ぼくは、今「軍備」を持ち、「戦争」する力を強めなければ「国」を守ることができないと信じている人たちがたくさんいることは知っている。ぼくらは、そう いう人たちが「敵」だとは思わない。時代の動きが、そういう心の動きを作り出しているのです。だからこそ、本当に心をぶつけ合って話し合っていかなければ ならないのです。日本人は、「戦争」という大災害を乗り越えて生きてきた。ぼくらが正しいのなら、ぼくらは、この危機を乗り越えていくことができるだろ う。


 川上先生の引用は以上です。体験から書かれた文章は、貴重です。

 それから昨年特定秘密保護法が決まる前に私がブログにアップしたものをもう一回ここにアップしたいと思います。知る権利をないがしろにする特定秘密保護法に反対します。



 「虹のバラとヒミツ法」


 バニラはオレンジ島の住人です。
 島にはある伝説がありました。それは、

「島には特別なバラがある。毎年咲くその花は、虹色を順番に色を変え、最後の色に達すると、金色に輝く。それを煎じて飲むと、病は治るし、不老不死にもなる」

というものです。レインボーカラーの一色が咲く期間は、100年の時もあれば、一年の時もありました。でも、ついに今年は七色目の色のバラの花が咲きました。ここまで、350年も経ってしまいました。今年、バラが金色に変わるかもしれません。

 バニラの夫は、難病で入院中でした。バニラは、毎日自宅のパソコンで、ブログアップされる「虹のバラ」の様子を確認していました。ブログをアップしてくれている人は、そのバラが庭に咲いているというF氏です。F家は代々、このバラの手入れをしてくれています。

 バニラは、せめて一滴でいいから、金色のバラのエキスを夫に飲ませたいと、考えていました。

 でも、金色のバラのエキスを手に入れたい、そういう風に考えている人は、他にもたくさんいました。オレンジ島の大統領もそうだし、隣の島のブルー島の大統領もそうでした。
 そして厄介なことに、オレンジ島の大統領は、ブルー島の大統領が大嫌いでした。

  ある日のことです。毎日確認していたバラの様子を見ようと、パソコンの前に座り、ブラウザのお気に入りの中からF氏のブログを表示させようとしました。で も、エラーが出てしまい、見られません。変だな?と思い、まったくちがう人のブログを見てみると、それは見られました。おかしい?と思い、今度は、「虹の バラ」で検索してみました。お気に入りに入れる前に、検索でF氏のブログにたどりついたので、その方法を試してみました。すると、「検索された言葉は見当 たりません」と出ました。そんなはずはありません。虹のバラ伝説は当人のF氏のブログもそうですが、ほかの人のブログでも話題になって、そのことを書いた 人がたくさんいて、ぜったいに検索で引っかかるはずなのです。
 
 バニラは何が起きたのか、何が何だかわからなくなりました。
 そして気分転換にフラリとカフェに行きました。
 そこで、ヒソヒソ話しが聞こえてきたのです。

「虹のバラ・・・・ヒミツ法・・・」

(ヒミツ法?それって何だっけ?あ、この前国会で決まった法案?え!もしかしたら・・・)

 その日以来、バニラは虹のバラについての情報を知ることはありませんでした。


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大飯原発運転差止請求事件判決要旨 - 2014.05.24 Sat

 関西電力大飯原子力発電所の3号機と4号機の安全性をめぐる裁判で、福井地裁は2014年5月21日に、原子炉を運転してはならないとの判決を言い渡しました。この判決文ですが、すごく話題になっています。弁護士やジャーナリストらが運営するニュースサイト「NPJ」で全文が公開されました。人間の命に関わることと、電気を生み出す一手段の経済活動と並べて考えること自体が法的に許されないというようなことが内容にあります。
 地裁での原告勝訴ということで、高裁にいったらこの判決文は保留になり、そこで原告敗訴になったら、判決文は効力をもたなくなります。最高裁でも同じことが起こります。ずっと残って欲しい気持ちが強いので、「NPJ」から全文引用して私のブログに記します。なお、「NPJ」の全文掲載のページはここをクリックしてください

 原告の方たちの努力に感謝します。


大飯原発3、4号機運転差止請求事件判決要旨

主文

1  被告は、別紙原告目録1記載の各原告(大飯原発から250キロメートル圏内に居住する166名)に対する関係で、福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1-1において、大飯発電所3号機及び4号機の原子炉を運転してはならない。

2  別紙原告目録2記載の各原告(大飯原発から250キロメートル圏外に居住する23名)の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第2項の各原告について生じたものを同原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

理由

1 はじめに

 ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命、身体やその生活基盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる組織には、その被 害の大きさ、程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきである。このことは、当然の社会的要請であるとともに、生存を基礎とする人格権が公 法、私法を間わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。

 個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるというこ とができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を 他に見出すことはできない。したがって、この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人 格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが、その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する 性質を有するとき、その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。

2 福島原発事故について

 福島原発事故においては、15万人もの住民が避難生活を余儀なくされ、この避難の過程で少なくとも入院患者等60名が その命を失っている。家族の離散という状況や劣悪な避難生活の中でこの人数を遥かに超える人が命を縮めたことは想像に難くない。さらに、原子力委員会委員 長が福島第一原発から250キロメートル圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討したのであって、チェルノブイリ事故の場合の住民の避難区域も同 様の規模に及んでいる。

 年間何ミリシーベルト以上の放射線がどの程度の健康被害を及ぼすかについてはさまざまな見解があり、どの見解に立つか によってあるべき避難区域の広さも変わってくることになるが、既に20年以上にわたりこの問題に直面し続けてきたウクライナ共和国、ベラルーシ共和国は、 今なお広範囲にわたって避難区域を定めている。両共和国の政府とも住民の早期の帰還を図ろうと考え、住民においても帰還の強い願いを持つことにおいて我が 国となんら変わりはないはずである。それにもかかわらず、両共和国が上記の対応をとらざるを得ないという事実は、放射性物質のもたらす健康被害について楽 観的な見方をした上で避難区域は最小限のもので足りるとする見解の正当性に重大な疑問を投げかけるものである。上記250キロメートルという数字は緊急時 に想定された数字にしかすぎないが、だからといってこの数字が直ちに過大であると判断す’ることはできないというべきである。

3 本件原発に求められるべき安全性

(1)  原子力発電所に求められるべき安全性

 1、2に摘示したところによれば、原子力発電所に求められるべき安全性、信頼性は極めて高度なものでなければならず、万一の場合にも放射性物質の危険から国民を守るべく万全の措置がとられなければならない。

 原子力発電所は、電気の生産という社会的には重要な機能を営むものではあるが、原子力の利用は平和目的に限られている から(原子力基本法2条)、原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって、憲法上 は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。しかるところ、大きな自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広汎に奪われるという事態 を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定し難い。かような危険を抽象的にでもはらむ経済活動は、その存在自体が憲法上容認できないというの が極論にすぎるとしても、少なくともかような事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば、その差止めが認められるのは当然である。このことは、土地所有権 に基づく妨害排除請求権や妨害予防請求権においてすら、侵害の事実や侵害の具体的危険性が認められれば、侵害者の過失の有無や請求が認容されることによっ て受ける侵害者の不利益の大きさという侵害者側の事情を問うことなく請求が認められていることと対比しても明らかである。

 新しい技術が潜在的に有する危険性を許さないとすれば社会の発展はなくなるから、新しい技術の有する危険性の性質やも たらす被害の大きさが明確でない場合には、その技術の実施の差止めの可否を裁判所において判断することは困難を極める。しかし、技術の危険性の性質やその もたらす被害の大きさが判明している場合には、技術の実施に当たっては危険の性質と被害の大きさに応じた安全性が求められることになるから、この安全性が 保持されているかの判断をすればよいだけであり、危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じることはない。原子 力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては、本件原発において、 かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課され た最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる。

(2)  原子炉規制法に基づく審査との関係

 (1)の理は、上記のように人格権の我が国の法制における地位や条理等によって導かれるものであって、原子炉規制法を はじめとする行政法規の在り方、内容によって左右されるものではない。したがって、改正原子炉規制法に基づく新規制基準が原子力発電所の安全性に関わる問 題のうちいくつかを電力会社の自主的判断に委ねていたとしても、その事項についても裁判所の判断が及ぼされるべきであるし、新規制基準の対象となっている 事項に関しても新規制基準への適合性や原子力規制委員会による新規制基準への適合性の審査の適否という観点からではなく、(1)の理に基づく裁判所の判断 が及ぼされるべきこととなる。

 4 原子力発電所の特性

 原子力発電技術は次のような特性を持つ。すなわち、原子力発電においてはそこで発出されるエネルギーは極めて膨大であ るため、運転停止後においても電気と水で原子炉の冷却を継続しなければならず、その間に何時間か電源が失われるだけで事故につながり、いったん発生した事 故は時の経過に従って拡大して行くという性質を持つ。このことは、他の技術の多くが運転の停止という単純な操作によって、その被害の拡大の要因の多くが除 去されるのとは異なる原子力発電に内在する本質的な危険である。

 したがって、施設の損傷に結びつき得る地震が起きた場合、速やかに運転を停止し、運転停止後も電気を利用して水によっ て核燃料を冷却し続け、万が一に異常が発生したときも放射性物質が発電所敷地外部に漏れ出すことのないようにしなければならず、この止める、冷やす、閉じ 込めるという要請はこの3つがそろって初めて原子力発電所の安全性が保たれることとなる。仮に、止めることに失敗するとわずかな地震による損傷や故障でも 破滅的な事故を招く可能性がある。福島原発事故では、止めることには成功したが、冷やすことができなかったために放射性物質が外部に放出されることになっ た。また、我が国においては核燃料は、五重の壁に閉じ込められているという構造によって初めてその安全性が担保されているとされ、その中でも重要な壁が堅 固な構造を持つ原子炉格納容器であるとされている。しかるに、本件原発には地震の際の冷やすという機能と閉じ込めるという構造において次のような欠陥があ る。

5 冷却機能の維持にっいて

(1) 1260ガルを超える地震について

 原子力発電所は地震による緊急停止後の冷却機能について外部からの交流電流によって水を循環させるという基本的なシス テムをとっている。1260ガルを超える地震によってこのシステムは崩壊し、非常用設備ないし予備的手段による補完もほぼ不可能となり、メルトダウンに結 びつく。この規模の地震が起きた場合には打つべき有効な手段がほとんどないことは被告において自認しているところである。

 しかるに、我が国の地震学会においてこのような規模の地震の発生を一度も予知できていないことは公知の事実である。地 震は地下深くで起こる現象であるから、その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ないのであって、仮説の立論や検証も実験という手法がとれない以 上過去のデータに頼らざるを得ない。確かに地震は太古の昔から存在し、繰り返し発生している現象ではあるがその発生頻度は必ずしも高いものではない上に、 正確な記録は近時のものに限られることからすると、頼るべき過去のデータは極めて限られたものにならざるをえない。したがって、大飯原発には1260ガル を超える地震は来ないとの確実な科学的根拠に基づく想定は本来的に不可能である。むしろ、①我が国において記録された既往最大の震度は岩手宮城内陸地震に おける4022ガルであり、1260ガルという数値はこれをはるかに下回るものであること、②岩手宮城内陸地震は大飯でも発生する可能性があるとされる内 陸地殻内地震であること、③この地震が起きた東北地方と大飯原発の位置する北陸地方ないし隣接する近畿地方とでは地震の発生頻度において有意的な違いは認 められず、若狭地方の既知の活断層に限っても陸海を問わず多数存在すること、④この既往最大という概念自体が、有史以来世界最大というものではなく近時の 我が国において最大というものにすぎないことからすると、1260ガルを超える地震は大飯原発に到来する危険がある。

(2) 700ガルを超えるが1260ガルに至らない地震について

ア 被告の主張するイベントツリーについて

 被告は、700ガルを超える地震が到来した場合の事象を想定し、それに応じた対応策があると主張し、これらの事象と対 策を記載したイベントツリーを策定し、これらに記載された対策を順次とっていけば、1260ガルを超える地震が来ない限り、炉心損傷には至らず、大事故に 至ることはないと主張する。

 しかし、これらのイベントツリー記載の対策が真に有効な対策であるためには、第1に地震や津波のもたらす事故原因につ ながる事象を余すことなくとりあげること、第2にこれらの事象に対して技術的に有効な対策を講じること、第3にこれらの技術的に有効な対策を地震や津波の 際に実施できるという3つがそろわなければならない。

イ イベントツリー記載の事象について

 深刻な事故においては発生した事象が新たな事象を招いたり、事象が重なって起きたりするものであるから、第1の事故原因につながる事象のすべてを取り上げること自体が極めて困難であるといえる。

ウ イベントツリー記載の対策の実効性について

 また、事象に対するイベントツリー記載の対策が技術的に有効な措置であるかどうかはさておくとしても、いったんことが 起きれば、事態が深刻であればあるほど、それがもたらす混乱と焦燥の中で適切かつ迅速にこれらの措置をとることを原子力発電所の従業員に求めることはでき ない。特に、次の各事実に照らすとその困難性は一層明らかである。

 第1に地震はその性質上従業員が少なくなる夜間も昼間と同じ確率で起こる。突発的な危機的状況に直ちに対応できる人員がいかほどか、あるいは現場において指揮命令系統の中心となる所長が不在か否かは、実際上は、大きな意味を持つことは明らかである。

 第2に上記イベントツリーにおける対応策をとるためにはいかなる事象が起きているのかを把握できていることが前提にな るが、この把握自体が極めて困難である。福島原発事故の原因について国会事故調査委員会は地震の解析にカを注ぎ、地震の到来時刻と津波の到来時刻の分析や 従業員への聴取調査等を経て津波の到来前に外部電源の他にも地震によって事故と直結する損傷が生じていた疑いがある旨指摘しているものの、地震がいかなる 箇所にどのような損傷をもたらしそれがいかなる事象をもたらしたかの確定には至っていない。一般的には事故が起きれば事故原因の解明、確定を行いその結果 を踏まえて技術の安全性を高めていくという側面があるが、原子力発電技術においてはいったん大事故が起これば、その事故現場に立ち入ることができないため 事故原因を確定できないままになってしまう可能性が極めて高く、福島原発事故においてもその原因を将来確定できるという保証はない。それと同様又はそれ以 上に、原子力発電所における事故の進行中にいかなる箇所にどのような損傷が起きておりそれがいかなる事象をもたらしているのかを把握することは困難であ る。

 第3に、仮に、いかなる事象が起きているかを把握できたとしても、地震により外部電源が断たれると同時に多数箇所に損 傷が生じるなど対処すべき事柄は極めて多いことが想定できるのに対し、全交流電源喪失から炉心損傷開始までの時間は5時間余であり、炉心損傷の開始からメ ルトダウンの開始に至るまでの時間も2時間もないなど残された時間は限られている。

 第4にとるべきとされる手段のうちいくつかはその性質上、緊急時にやむを得ずとる手段であって普段からの訓練や試運転 にはなじまない。運転停止中の原子炉の冷却は外部電源が担い、非常事態に備えて水冷式非常用ディーゼル発電機のほか空冷式非常用発電装置、電源車が備えら れているとされるが、たとえば空冷式非常用発電装置だけで実際に原子炉を冷却できるかどうかをテストするというようなことは危険すぎてできようはずがな い。

 第5にとるべきとされる防御手段に係るシステム自体が地震によって破損されることも予想できる。大飯原発の何百メート ルにも及ぶ非常用取水路が一部でも700ガルを超える地震によって破損されれば、非常用取水路にその機能を依存しているすべての水冷式の非常用ディーゼル 発電機が稼動できなくなることが想定できるといえる。また、埋戻土部分において地震によって段差ができ、最終の冷却手段ともいうべき電源車を動かすことが 不可能又は著しく困難となることも想定できる。上記に摘示したことを一例として地震によって複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり故障し たりすることは機械というものの性質上当然考えられることであって、防御のための設備が複数備えられていることは地震の際の安全性を大きく高めるものでは ないといえる。

 第6に実際に放射性物質が一部でも漏れればその場所には近寄ることさえできなくなる。

 第7に、大飯原発に通ずる道路は限られており施設外部からの支援も期待できない。

エ 基準地震動の信頼性について

 被告は、大飯原発の周辺の活断層の調査結果に基づき活断層の状況等を勘案した場合の地震学の理論上導かれるガル数の最 大数値が700であり、そもそも、700ガルを超える地震が到来することはまず考えられないと主張する。しかし、この理論上の数値計算の正当性、正確性に ついて論じるより、現に、全国で20箇所にも満たない原発のうち4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの問に 到来しているという事実を重視すべきは当然である。地震の想定に関しこのような誤りが重ねられてしまった理由については、今後学術的に解決すべきもので あって、当裁判所が立ち入って判断する必要のない事柄である。これらの事例はいずれも地震という自然の前における人間の能力の限界を示すものというしかな い。本件原発の地震想定が基本的には上記4つの原発におけるのと同様、過去における地震の記録と周辺の活断層の調査分析という手法に基づきなされたにもか かわらず、被告の本件原発の地震想定だけが信頼に値するという根拠は見い出せない。

オ 安全余裕について

 被告は本件5例の地震によって原発の安全上重要な施設に損傷が生じなかったことを前提に、原発の施設には安全余裕ないし安全裕度があり、たとえ基準地震動を超える地震が到来しても直ちに安全上重要な施設の損傷の危険性が生じることはないと主張している。

 弁論の全趣旨によると、一般的に設備の設計に当たって、様々な構造物の材質のばらつき、溶接や保守管理の良否等の不確 定要素が絡むから、求められるべき基準をぎりぎり満たすのではなく同基準値の何倍かの余裕を持たせた設計がなされることが認められる。このように設計した 場合でも、基準を超えれば設備の安全は確保できない。この基準を超える負荷がかかっても設備が損傷しないことも当然あるが、それは単に上記の不確定要素が 比較的安定していたことを意味するにすぎないのであって、安全が確保されていたからではない。したがって、たとえ、過去において、原発施設が基準地震動を 超える地震に耐えられたという事実が認められたとしても、同事実は、今後、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しても施設が損傷しないということをな んら根拠づけるものではない。

(3) 700ガルに至らない地震について

ア 施設損壊の危険

 本件原発においては基準地震動である700ガルを下回る地震によって外部電源が断たれ、かつ主給水ポンプが破損し主給水が断たれるおそれがあると認められる。

イ 施設損壊の影響

 外部電源は緊急停止後の冷却機能を保持するための第1の砦であり、外部電源が断たれれば非常用ディーゼル発電機に頼ら ざるを得なくなるのであり、その名が示すとおりこれが非常事態であることは明らかである。福島原発事故においても外部電源が健全であれば非常用ディーゼル 発電機の津波による被害が事故に直結することはなかったと考えられる。主給水は冷却機能維持のための命綱であり、これが断たれた場合にはその名が示すとお り補助的な手段にすぎない補助給水設備に頼らざるを得ない。前記のとおり、原子炉の冷却機能は電気によって水を循環させることによって維持されるのであっ て、電気と水のいずれかが一定時間断たれれば大事故になるのは必至である。原子炉の緊急停止の際、この冷却機能の主たる役割を担うべき外部電源と主給水の 双方がともに700ガルを下回る地震によっても同時に失われるおそれがある。そして、その場合には(2)で摘示したように実際にはとるのが困難であろう限 られた手段が効を奏さない限り大事故となる。

ウ 補助給水設備の限界

 このことを、上記の補助給水設備についてみると次の点が指摘できる。緊急停止後において非常用ディーゼル発電機が正常 に機能し、補助給水設備による蒸気発生器への給水が行われたとしても、①主蒸気逃がし弁による熱放出、②充てん系によるほう酸の添加、③余熱除去系による 冷却のうち、いずれか一つに失敗しただけで、補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと同様の事態に進展することが認められるのであって、補助 給水設備の実効性は補助的手毅にすぎないことに伴う不安定なものといわざるを得ない。また、上記事態の回避措置として、イベントツリーも用意されてはいる が、各手順のいずれか一つに失敗しただけでも、加速度的に深刻な事態に進展し、未経験の手作業による手順が増えていき、不確実性も増していく。事態の把握 の困難性や時間的な制約のなかでその実現に困難が伴うことは(2)において摘示したとおりである。

エ 被告の主張について

 被告は、主給水ポンプは安全上重要な設備ではないから基準地震動に対する耐震安全性の確認は行われていないと主張する が、主給水ポンプの役割は主給水の供給にあり、主給水によって冷却機能を維持するのが原子炉の本来の姿であって、そのことは被告も認めているところであ る。安全確保の上で不可欠な役割を第1次的に担う設備はこれを安全上重要な設備であるとして、それにふさわしい耐震性を求めるのが健全な社会通念であると 考えられる。このような設備を安全上重要な設備ではないとするのは理解に苦しむ主張であるといわざるを得ない。

(4) 小括

 日本列島は太平洋プレート、オホーツクプレート、ユーラシアプレート及びフィリピンプレートの4つのプレートの境目に 位置しており、全世界の地震の1割が狭い我が国の国土で発生する。この地震大国日本において、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは根 拠のない楽観的見通しにしかすぎない上、基準地震動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大な事故が生じ得るというのであれば、そこでの危険は、 万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。このような施設のあり方は原子力発電所が有する前記の本質的な危険性について あまりにも楽観的といわざるを得ない。

6 閉じ込めるという構造について(使用済み核燃料の危険性)

(1) 使用済み核燃料の現在の保管状況

 原子力発電所は、いったん内部で事故があったとしても放射性物質が原子力発電所敷地外部に出ることのないようにする必要があることから、その構造は堅固なものでなければならない。
 そのため、本件原発においても核燃料部分は堅固な構造をもつ原子炉格納容器の中に存する。他方、使用済み核燃料は本件 原発においては原子炉格納容器の外の建屋内の使用済み核燃料プールと呼ばれる水槽内に置かれており、その本数は1000本を超えるが、使用済み核燃料プー ルから放射性物質が漏れたときこれが原子力発電所敷地外部に放出されることを防御する原子炉格納容器のような堅固な設備は存在しない。

(2) 使用済み核燃料の危険性

 福島原発事故においては、4号機の使用済み核燃料プールに納められた使用済み核燃料が危機的状況に陥り、この危険性ゆ えに前記の避難計画が検討された。原子力委員会委員長が想定した被害想定のうち、最も重大な被害を及ぼすと想定されたのは使用済み核燃料プールからの放射 能汚染であり、他の号機の使用済み核燃料プールからの汚染も考えると、強制移転を求めるべき地域が170キロメートル以遠にも生じる可能性や、住民が移転 を希望する場合にこれを認めるべき地域が東京都のほぼ全域や横浜市の一部を含む250キロメートル以遠にも発生する可能性があり、これらの範囲は自然に任 せておくならば、数十年は続くとされた。

(3) 被告の主張について

 被告は、使用済み核燃料は通常40度以下に保たれた水により冠水状態で貯蔵されているので冠水状態を保てばよいだけであるから堅固な施設で囲い込む必要はないとするが、以下のとおり失当である。

ア 冷却水喪失事故について

 使用済み核燃料においても破損により冷却水が失われれば被告のいう冠水状態が保てなくなるのであり、その場合の危険性 は原子炉格納容器の一次冷却水の配管破断の場合と大きな違いはない。福島原発事故において原子炉格納容器のような堅固な施設に囲まれていなかったにもかか わらず4号機の使用済み核燃料プールが建屋内の水素爆発に耐えて破断等による冷却水喪失に至らなかったこと、あるいは瓦礫がなだれ込むなどによって使用済 み核燃料が大きな損傷を被ることがなかったことは誠に幸運と言うしかない。使用済み核燃料も原子炉格納容器の中の炉心部分と同様に外部からの不測の事態に 対して堅固な施設によって防御を固められてこそ初めて万全の措置をとられているということができる。

イ 電源喪失事故について

 本件使用済み核燃料プールにおいては全交流電源喪失から3日を経ずして冠水状態が維持できなくなる。我が国の存続に関 わるほどの被害を及ぼすにもかかわらず、全交流電源喪失から3日を経ずして危機的状態に陥いる。そのようなものが、堅固な設備によって閉じ込められていな いままいわばむき出しに近い状態になっているのである。

(4) 小括

 使用済み核燃料は本件原発の稼動によって日々生み出されていくものであるところ、使用済み核燃料を閉じ込めておくため の堅固な設備を設けるためには膨大な費用を要するということに加え、国民の安全が何よりも優先されるべきであるとの見識に立つのではなく、深刻な事故は めったに起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っているといわざるを得ない。

7 本件原発の現在の安全性

 以上にみたように、国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると、本件原発に係る安 全技術及び設備は、万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず、むしろ、確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆 弱なものであると認めざるを得ない。

8 原告らのその余の主張について

 原告らは、地震が起きた場合において止めるという機能においても本件原発には欠陥があると主張する等さまざまな要因に よる危険性を主張している。しかし、これらの危険性の主張は選択的な主張と解されるので、その判断の必要はないし、環境権に基づく請求も選択的なものであ るから同請求の可否についても判断する必要はない。

 原告らは、上記各諸点に加え、高レベル核廃棄物の処分先が決まっておらず、同廃棄物の危険性が極めて高い上、その危険 性が消えるまでに数万年もの年月を要することからすると、この処分の問題が将来の世代に重いつけを負わせることを差止めの理由としている。幾世代にもわた る後の人々に対する我々世代の責任という道義的にはこれ以上ない重い問題について、現在の国民の法的権利に基づく差止訴訟を担当する裁判所に、この問題を 判断する資格が与えられているかについては疑問があるが、7に説示したところによるとこの判断の必要もないこととなる。

9 被告のその余の主張について

 他方、被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の 生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないこ とであると考えている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、こ れを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが 国富の喪失であると当裁判所は考えている。

 また、被告は、原子力発電所の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひ とたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問 題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。

10 結論

 以上の次第であり、原告らのうち、大飯原発から250キロメートル圏内に居住する者(別紙原告目録1記載の各原告)は、本件原発の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があると認められるから、これらの原告らの請求を認容すべきである。

福井地方裁判所民事第2部

 裁判長裁判官 樋口英明

    裁判官 石田明彦

    裁判官 三宅由子




「集団的自衛権について」by 全日本おばちゃん党 - 2014.05.17 Sat

 5月16日(金)に安倍首相の私的諮問機関が首相に報告書を提出し、首相はこれを受け、国家安全保障会議を開催し、その内容を首相官邸で発表しました。首相は憲法解釈を変更し、集団的自衛権行使容認を目指すという内容のものです。それを受け、昨日全日本おばちゃん党から、意見が出されました。全日本おばちゃん党のフェイスブックに載っているのですが、昨日の記事そのもののアドレスがわからないので、ここに全文引用します。なお、おばちゃん党のフェイスブックはここをクリックしてください。このページは、フェイスブックに登録していなくても見ることができます。


【しんちゃん 今度はほんまの詐欺するつもりかいな?】
「集団的自衛権の行使は憲法9条の範囲内」やて?】

しんちゃん、賢いお友だち14人の私的諮問機関っていうのに、これからの安全保障のこと考えてもろてんてなぁ。おばちゃんら、そのまとめみて、椅子ごとひっくりかえったわ。「集団的自衛権の行使は憲法9条の範囲内」という新しい説、ホンマにびっくりしたわ。

「集団的自衛権」って、仲良しのツレがやられたらオイラ無条件にやり返しに行くで!ツレが悪いとか、ツレが強くて弱いモンいじめしてたとして関係ないし!ツレやから助けに行くし!ってやつやんな?ヤンキーのケンカみたいやな。

なんでまた、こんな原始的なやり方に戻ろうとしてんのか、おばちゃんらにはホンマにわからへんねん。世界と武器もってケンカできるようになったら一人前なんかいな?ホンマの強さは、ひけらかさず、平和を保つことちゃうの?武器も持たんと、根気よう...対話し続けることが、日本という国での大人の責任とちゃうんかいな?口下手でも、筋が通ってたら通じるはずやで。

ほんでな、憲法っちゅーのはその国の最高法規やねんで。今回みたいな国の根幹にかかわることを、「解釈」で変えようっていうのは、ナンボなんでも無理を通して道理ひっこめすぎちゃうやろか?そもそも、しんちゃんとその仲間たちが暴走せーへんように憲法ってあるんやで。ホンマにどないしても「集団的自衛権」を認めてもらいたねんやったら、憲法さんにもちゃんと向き合わな失礼やで。

要は、武器もって戦争しに行けるようにするってことやもんなぁ。この間「武器輸出三原則」も「防衛装備移転三原則」っちゅーのに名前変えて、死の商人への一歩踏み出したみたいやしなぁ。大事なこと、何やワケのわからんうちに、どんどん変えていくねんな。はっ、もしや「秘密保護法」も、こういうことを言わさへんため…?

そうそう、日本で平和の祭典オリンピックするんやんな?東京に決まった理由って、他の都市に比べて「安全」やったからやろ?せやけど、他の国と争いごとしよかっていうような国で、何が「平和の祭典」なんやろな?言うてること、ちぐはぐやなぁ。

おばちゃんたちには「はっさく」いうのがありますねん。
その1は「うちの子もよその子も戦争には出さん」。
おばちゃんは、どこの国の子も、オッサンの見栄や欲望のために、殺したり、殺されたりしてほしないねん。ケンカを売られてきても、煽られてても、冷静に話し合う智慧を駆使してほしいねん。それが大人の責任ちゃうやろか。これまでの69年間にできてきたことが、70年目にできへんことないんちゃうの?よう考えてや。

日本だけじゃなく、世界中の子どもを戦争に巻き込みたくないおばちゃんらより



憲法記念日に護憲派、改憲派のつどい - 2014.05.03 Sat

 今日、憲法記念日に護憲派、改憲派のそれぞれのつどいが、札幌であります。
 両方聞いて、自分の考え持つのが一番なのですが、同じ時間のスタート。
 友だちと別々に参加して、どうだったのか聞いたりするのも面白いです。
 護憲派の講演は、「全日本おばちゃん党」代表代行の谷口真由美大阪国際大准教授です(私もおばちゃん党)。
 改憲派は、安倍首相のブレーンとして知られる八木秀次教授(憲法学)です。
 詳細は、4月30日北海道新聞夕刊の写真を。
 クリックすると大きくなります。





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vanilla

Author:vanilla
「やさしいまなざし」は「Vanilla Web Site」の日記の部分です。

登場人物(平成28年11月現在)
 
佐藤リュウ(59歳)←夫
佐藤バニラ(永遠の20歳)←私
佐藤イブキ(社会人)←長男
佐藤ワタル(福祉施設通所)←次男

 夫佐藤リュウは、平成17年頃(48歳)より、物が二重に見える、手に力が入らない、全身が重苦しく感じる症状があり、会社勤務ができなくなりました。
 若年性のパーキンソン病の疑いとのことで、平成18年(49歳)より神経内科に通院し、平成19年にはパーキンソン病関連疾患と診断名が付きました。
 その後、平成22年 (52歳)、診断名が若年性の「進行性核上性麻痺」に変わりました。
 ずっと自宅より通院していましたが、平成24年4月に自宅外で転倒骨折し、手術入院となってしまいました。入院時、誤嚥性と思われる肺炎も併発していて、現在も入院中です。平成26年11月19日に胃瘻造設しました。
 夫が仕事ができなくなった平成17年時、上の子が小学校6年生、下の子が小学校2年生(多動と自閉で特別支援学級在籍)でした。
 私は、平成19年より、平日フルタイムで仕事しています。たくさんの方のお力をお借りし、生活しています。
 北海道在住です。

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